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天狗一族との死闘

  序


 人間の空想が産み出した化け物、妖魔ファントム。それを討伐するのは空想を現実化させる能力者、夢想士イマジネーターだけ。人間の生命エネルギーを奪う妖魔討伐のために作られた組織、夢想士組合ギルド。そして己の欲望のためにしか能力を使わない闇の夢想士による闇之夢想士同盟ユニオン。三つ巴の戦いが今日も始まる。


  第1章 夢想士たちの憂鬱


 天狗一族の提言で始まった鳴神市の、全ての夢想士を抹殺する作戦が始まって3日目。他の魔王軍が手を引いたとはいえ、鳴神学園の存在する中央区は未だに天狗一族との戦闘が続いていた。負傷した夢想士は鳴神学園方術研究会の、広大な闘技場で回復士ヒーラーの治療を受けて身体を休めていた。中央区以外の夢想士も応援に来てくれているとはいえ、天狗一族は日本全国の烏天狗を総動員しているため、圧倒的な物量作戦で攻め立ててくる。それにアンジェラさんの不在で、夢想士たちは精神的にも追い詰められつつあった。

 私が理事長室に戻ろうとした時、光が生じ武藤むとう3姉弟の姿が現れた。

小夜さやさんたち、戻ったのね。戦局はどんな感じ?」

 羽織袴の武藤家の戦闘服に身を包んだ小夜が、静かに首を振る。

「敵の人海戦術の前に圧倒的不利な状況が続いてます。何より夢想士たちの士気が下がっているのも良くないですね」

「そう。無理もないけど、ここらでそろそろ全夢想士を一時的に学園内に保護しようかしら?学園にはアンジェラさんの張った強固な多重結界があるから、それにエネルギーチャージしていれば中は安全だしね」

「皆、疲れが溜まってるようなので、それも良いでしょう。それじゃあ、私たちも少し休みます」

「ええ、もうすぐ神尾かみおさんや絵本えもとくんが目を覚ますはずだから、ゆっくり休んでてちょうだい」

「はい。それでは失礼します」

 武藤3姉弟は学園ではなく、自らの屋敷のある北西地区へ空間転移スペース・ワープしていった。あちらは中級妖魔がたまに出るくらいの以前の状態に戻っているらしい。鳴神市警の妖魔特捜課は、学園と同じく中央区にあるので、特殊部隊1班から20班までを総動員して、討伐に当たっているが、なかなか戦況は厳しいらしい。瑠璃るりは未だに学園周りを取り囲んでいる烏天狗たちと戦闘を続けている。仕方ないので自分でコーヒーを淹れて飲んだが、

「まっず」

 苦いだけのコーヒーをテーブルに置き、ため息をついた。


 アラームの鳴り響く音で、泥のような眠りから覚めると、上半身を起こしてアラームを止めた。眠っても疲れが取れないのは、やはりアンジェラさんがいないためだろう。どんな難局でもあの人がいれば何とかなると思えたが、今は異世界のどこかにいて、僕たちのピンチを救ってはくれない。他力本願とは思うが、モチベーションが下がってるのも、また事実だった。

「お兄ちゃん、おはよー」

 いつでも腕白だったいーちゃんこと、九十九つくもいろはも、かなり疲れているようだ。

「おはよー。良く眠れたかい?」

「なかなか寝付けなくて、睡眠不足気味かなー?」

 とてとてと、部屋に入ってくると僕の腰に抱きついた。

「ちょっと、いーちゃん。着替えが出来ないよ」

「うーん、このまま学食まで抱っこしてってよー」

「赤ちゃんじゃあるまいし、ちゃんと自分の足で歩きなよ。猛志たけし先輩、朝ですよ!」

 僕の身体から離れないいーちゃんを引き離しながら、2段ベッドの上に声をかける。

「うー、もう朝かよ。ろくに寝れやしないぜ」

 先輩は上半身を起こしたが、ボーッとしたまま動こうとしない。

「先輩?」

「あー、先に行っててくれ。俺もすぐに行くから」

「分かりました。さ、行くよ、いーちゃん」

 僕たちは部屋を出て学食を目指した。いーちゃんは相変わらず僕の手を握ってくるが、もうツッコむ気力もない。学食に着いて見渡すと見慣れたメンバーたちが、いつものテーブルに座っていた。

「おはようございます」

 朝食のトレーを持っていつもの席に向かう。

「ああ、ミーくん、おはよー」

「おはようさん。昨夜も・・・あまり寝れてなさそうやなー」

 龍子りゅうこ先輩も風子ふうこ先輩も、他のメンバーも、いつも通り挨拶を返してくれるが、やはり疲労が色濃い。

「先輩がたも昨夜はあまり寝てないんですか?」

「眠れんなー。気持ちが高ぶった状態やと、上手いこと眠ることが出来ひんもんなんやなー」

「ま、もうそろそろ例の作戦を実行するべきだな」

 龍子先輩はサラダをフォークでつつきながら、そう切り出した。

「ウチらが派手に陽動して、その隙に龍子のパーティーが本丸を攻める作戦やな?」

「ああ、みんな疲労が蓄積してるし、士気も下がってる。このままじゃ天狗一族の思惑通り、鳴神学園が滅ぼされるかもしれないからな」

「でも、それは敵の軍勢をある程度減らしてから決行することになってたやろ?」

「いや、全然減らないじゃないか。あいつらマジで日本中の烏天狗を投入してるぞ。後、どれくらい戦えば良いのか、ある程度目処がつけばと思ってたけど、倒しても倒しても、後から続々湧いてくる。このままじゃジリ貧だ」

「焦る気持ちは分かるけど、結界さえ保てばろう城作戦も続けられるんやし、理事長の判断を待つしかないなー」

 やはり、戦闘続きのこの3日間は、みんなにとってもかなりの負担になってるようだ。

「まあ、今でもゲリラ戦みたいなものだけどな。うっかり敵の集団の中に転移すると不味いから、日によって転移先を変えてるし」

「あうー、こう毎日戦い続きだと疲れちゃうよー」

 隣に座る薫ちゃんが、僕にもたれ掛かりながら愚痴る。

「あ、薫ちゃん、ズルい!じゃあ、おいらもー」

 今度は反対側をいーちゃんが攻める。いつものマウント合戦が始まった。この二人はまだ結構余裕がありそうだ。

〈あなたもこの二人くらいリラックスしなさい。緊張続きじゃ保たないわよ〉

 僕の頭の上に鎮座している白い子猫の外見をした幻想種、白虎びゃっこが忠告をしてくる。

(いやー、僕は普通に疲れたよ。こう連日戦闘続きじゃあね)

〈いざという時は私が守ってあげるから、大船に乗ったつもりでいなさい〉

 そう太鼓判を押されたら仕方ない。少しはやる気を見せますか。

「それで、先輩方。今日はどこから戦闘を開始しますか?」

「お、なんやミーくん。やる気まんまんやん。流石、男の子やなー」

「やる気ありそうなのは有り難いわね」

 声のした方を見ると、マディ土屋理事長が、瑠璃ちゃんを連れて学食に現れた。

「期待してるわよ、絵本命えもとみことくん」

 あー、何かやらかした感を感じてるのは僕だけか?

「武藤姉弟が休憩に入ったから、みんな朝食を終えたら頼むわよ」

「そらもう、期待しててください。ウチらは学園最強の八部衆ですから!」

 風子先輩がドヤってるが、いつそんな名前が付いたのか謎だった。

「今日も中央区の20地区から30地区までを中心に討伐を開始してちょうだい。子天狗岳のある1地区から10地区を避けて攻撃して、なるべく軍勢を神山神社から遠ざけることに集中してね」

「分かりました。さ、行こうか、みんな」

 龍子先輩が立ち上がり今日の戦闘が始まる。


 今日の戦闘は20地区をウチらのパーティー、30地区を龍子たちのパーティーが担当する。学園のある25地区を挟んだ形で戦うことになる。避難勧告が出されて無人になっているマンションの屋上に、ウチらのパーティーは空間転移スペース・ワープした。遠目に学園の結界にがむしゃらに攻撃している烏天狗の姿が見える。

「よし、転移完了。みんな、用意はええか?」

「ちょっと待って。うーん、それ!」

 いーちゃんが変身能力で龍子先輩の姿になる。

「なんか、その姿見てたら龍子とパーティー組んでた頃、思い出すなー」

「えへへ。龍子姉ちゃんの能力が一番使い勝手良いんだよ」

 それにしても上手く化けよるなー。変身するとこ見てなかったら、ほんまに龍子がいてるみたいや。

「よし。ほな、行くでー!」

 ウチらは重力操作グラビティ・コントロールで宙に浮き、鳴神学園に群がる烏天狗の軍勢に接近した。

「よっしゃ!薫、頼むで!」

「OK!死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデン、立体バージョン!」

 薫ちゃんの両手から次々と植物の緑の蔦や蔓が、湧き出して学園の結界に群がっている烏天狗たちを、一網打尽にする。

「おいらも行くよー!稲妻狙撃ライトニング・ストライクス!」

空想之銃イマジン・リボルバー!」

「カマイタチ、乱れ打ち!」

 植物の蔓に捕まった烏天狗たちを、次々に攻撃して倒して行く。B+ランクだった薫やミーくんも、Aランクに昇格して、能力が飛躍的にアップしてる。烏天狗たちが学園の結界から、ウチらに標的を改める。そうそう、その調子でこっちに注意を傾けてやー。

死之暴風デス・ストーム!」

 ウチの広範囲攻撃で烏天狗たちが宙に舞い上がり、バラバラになってゆく。その時、

「己れ!風娘め!チョロチョロと逃げ回りおって!」

 明確な敵意のこもった声に振り向くと、そこには天狗一族の幹部、神通坊じんつうぼうの姿があった。

「はっはー!また、あんたかいな?今日も力比べをしたいんか?」

 神通坊は木の葉の扇を振るい、強風を吹き付けてくる。どんどん気圧が下がってゆき、プラズマが発生する。

「ウチも負けてへんで!」

 ウチも大気を操作して低気圧を生み出し、一気にプラズマを発生させる。

「おいらも混ざるよ!」

 いーちゃんが稲妻狙撃ライトニング・ストライクスで攻撃を仕掛け、神通坊はプラズマを散らされてしまう。

「うぬっ、2対1とは卑怯なり!」

「万単位の軍勢で攻めて来とる、あんたが言うか?」

「むう、確かにこれは戦争。綺麗事は通用しない!それでは、烏天狗たちよ!こいつらを殺すが良い!」

 神通坊が声を張り上げるも、誰もやって来ない。

「むうっ、またあの小僧か!」

「はっはっは、目についた烏天狗は全部、カードにしてやったよ!」

 体長20メートルを超す白虎の背にまたがったミーくんが、両手一杯のカードを示して見せる。やっぱり能力が飛躍的にアップしとるな。ミーくんも薫も。

「非常識な技を使いおって!だが、異界のトンネルを通って、烏天狗は次々にやって来る!それを全部絵にできるかな?」

 うえー。まだまだお代わりがあるんかい。うんざりやなー。

「風子先輩、僕の絵画化イラストライズも結構、霊力を使います。全てをカード化するのは厳しいですよ」

「分かってる。とにかく今はこいつらに、ウチらの陣地は20地区にあると思わせんとあかんからなー。後ちょっとだけ、気張ってや!」

 ウチらがやり取りを終えると、神通坊の結界の入り口から烏天狗たちが続々現れる。

 ほんま、勘弁してーや。

 白虎が咆哮を上げて突進してゆく。群がる烏天狗たちを、虎パンチで次々に吹っ飛ばしてゆく。ウチらのパーティーは幻想種の白虎がいるのが強みやなー。幻想種である龍や鳳凰なんかの神獣は、上級妖魔の支配種を遥かに超えるエネルギー量を誇る。天狗たちも形無しやなー。などと考えていると、

「死ねい!」

 烏天狗の群れに紛れて現れた神通坊が、剣を振るって遅いかかってくる。

「風子先輩!」

 不意を突かれたけど、ミーくんが長剣ロング・ソードで、神通坊の斬撃を受け止めた。そのまま剣での戦いに移行する。ミーくんは疾走状態オーバー・ドライブに入っている。疾走状態オーバー・ドライブは思考速度と反応速度を上げるスキルで、Cランクで常人の10倍の速度で動ける。Bランクで100倍、B+ランクで1000倍、Aランクで1万倍の加速が可能。A+ランクは10万倍、Sランクは100万倍らしいけど、ウチには数字がデカ過ぎてピンと来んわ。

 で、Aランクに成り立てとはいえ、ミーくんの動きについてこれるとは、流石に幹部クラスやな。というか、あれは単純に剣術のレベルが高いということやな。技術アーツも極めれば、格上の相手とも互角に戦えるということや。

 とりあえず神通坊はミーくんに任せて、山ほど湧いてきた烏天狗との戦闘に入る。

熱電撃サンダー・ボルト!」

薔薇之銃ガンズン・ローズ!」

 薫の立体的に展開する緑の絨毯に拘束された烏天狗を、次々に仕留めてゆく。

「よっしゃ!ウチも行くで!刀剣乱舞ダンス・アンド・ブレイド!」

 空中に無数の真空状態が生じ、敵をまとめて切り裂いてゆく。広範囲攻撃がウチの得意技やけど、これだけの数がいてると、ほんまキリがないなー。

(龍子のほうも上手くやっとるかな?)

 ウチはほんの200メートルほど離れた距離で戦闘を行っている、龍子たちのパーティーの安否が気にかかった。


手之焼灼ハンド・プラズマ!」

 あたしは両手に超高温のプラズマを発生させ、襲ってくる烏天狗たちを火葬にしてゆく。

「うらあー!百尾脚ハンドレッド・キック!」

 猛志の高速の蹴り技で次々に烏天狗が宙から落ち、萌の死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデンの緑の絨毯に拘束され、タマちゃんの灼熱破壊砲レッド・ホット・ブレイカーでこんがり焼かれてゆく。

 戦いの序盤ではみんな調子が良いが、長引くと霊力が弱まり、烏天狗辺りでも苦戦することになる。それに、烏天狗はカラスのような黒い羽で宙に舞い、空中戦を仕掛けてくるから、こちらも重力操作グラビティ・コントロールで宙を飛び戦っている。これが、このずっと宙に浮いて戦うスタイルが消耗を激しくする。

 そして幹部の太郎坊と次郎坊も厄介だ。どちらも武術に秀でていて、修験者のような術も使う。

「不動、金縛り!」

 太郎坊が狙ったのは猛志だった。

「うぬっ、くそー!」

 動けなくなっても猛志の闘志は失くならないが、放っておいたら殺られてしまう。あたしは稲妻狙撃ライトニング・ストライクスで太郎坊を狙うが、持っている錫杖で雷エネルギーを散らしてしまう。そして、気を取られているあたしに、今度は次郎坊が攻撃を仕掛けてくる。

「雷娘め!これを食らえ!羽毛針うもうばり!」

 広げた背中の翼から、鋭く先が尖った羽毛が無数に襲ってくる。

手之焼灼ハンド・プラズマ!」

 あたしは両手のプラズマを使って、羽を全て焼き尽くす。

「よーし、みんな下がれ!究極攻撃で一気に殲滅する!」

 あたしは両手を前に突きだし、極大のプラズマを生み出す。太郎坊と次郎坊は不味いと悟ったのか上に向かって飛び、距離を取った。

太陽焼灼砲フレア・ブラスター!」

 およそ一万度の高温の範囲攻撃で数百の烏天狗がチリとなって消えた。

「よーし、やったぜ、龍子!敵の数が一気に減った!」

 猛志は残党を次々にぶっ飛ばしてゆく。それにもえとタマちゃんが畳み掛けようとするが、太郎坊と次郎坊が結界の入り口を開き、またもや烏天狗の大群が溢れだす。

「くそっ、まったくキリがないな」

〈落ち着け、龍子よ。あまり広範囲攻撃は多用するな。すぐに霊力が尽きてしまうぞ〉

 あたしの中に存在する、父親的存在の龍神が忠告してくる。

(一人一人相手にしてるほうが消耗するよ!見ろ、また数が増えたぞ!)

〈剣を使え。あれなら霊力の消費が少なくて済む〉

(そうか、天薙ぎでも広範囲攻撃は出来る!)

 あたしは右腕を上げ、

天薙神之剣あめなぎのみことのつるぎ!」

 呪文コマンド・ワードを唱えた。手にずっしりとした重みを感じ、ひゅんっと風を切る。

「ここは空中だ。戦闘領域バトル・フィールドを張らずに、遠慮なく攻撃出来るぞ」

 太郎坊と次郎坊が揃って手印を結び、真言マントラを唱えている。

「行くぞ、天之崩壊ヘブンズ・ブレイカー!」

 群がってくる烏天狗たちに向けて、剣を横に薙いだ。途端に暴風が生じ烏天狗たちがバラバラに吹っ飛ばされてゆく中、2人の幹部の周りだけ結界が張られて攻撃が届かない。

〈結界に直接攻撃しろ。幹部クラスの結界なら破壊可能だ〉

 龍神の指示に従い、あたしは高度を上げて幹部たちの頭上を取った。

「むうっ!?」

「来るかっ!」

 剣を振り上げ、一気に降下する。

天斬瀑布ヘブンズ・フォール!」

 剣を振り下ろすと幹部たちの結界が破壊された。やったと思ったが、攻撃が届く直前、空間転移スペースワープで遠くに逃げたようだ。

(くそっ、本丸のほうに戻ったか!?)

〈やれやれ、本気を出し過ぎだ。奴らをこちらに引き付けておかねばならんのに、また、逃げられたぞ〉

(いや、奴らの目的は鳴神学園の破壊だからな。烏天狗はともかく、幹部は慎重に立ち回ってる)

 仕方ないので、あたしは結界の出入口から溢れてくる烏天狗に向けて、攻撃を開始した。


 私は元の世界に戻るための演算をしながら、人気のない神仙境をあちこち見て回った。苦楽魔が修行していたという、崑崙山こんろんざんを登ってみるが急勾配の続く険しい山だ。こんなところで300年も修行していたのか?確かに強力な生命エネルギーに満ちているが、こんな荒涼とした場所からは、さっさと出てゆきたいものだ。すると、突然強力な気配を感じ、私はアイアン・イーグルを手に背後を振り返った。

「おや、これは珍しい。また修行に来た者がいるのか?」

 白髪に白いアゴヒゲを伸ばした、質素な服に身を包んだ男がいた。年齢はハッキリと分からないが、こんな世界にいる者がただ者のはずがない。

「失礼、あなたは仙人か?」

 私の問いを受け、男はアゴヒゲを撫でながら笑った。

「まあ、そういうことになろうな。わし和合大聖わごうたいせいと申す」

「私はアンジェラ・ハート。和合殿、とお呼びすれば良いかな?」

「はっはっは、好きに呼んで構わんよ。それでお前さんは何しにこの神仙境にやって来たのかな?」

「天狗一族の魔王、苦楽魔と話し合いをするためにここに来たのだが、まんまと嵌められて、この地に置き去りにされたのです」

「苦楽魔・・・おお、あの者か。長いこと修行しておったが、突然いなくなってしまった。すると今は、あんたの世界にいるのかな?」

「ええ。早く戻りたいのですが、元の世界の座標に刻印してなかったので、帰る術がないんです。和合殿は私のいた世界がどこにあるか分かりますか?」

「いやあ、それは不可能じゃ。そもそも、お前さんのいた世界の位置が分からんからな」

「でしょうね。さて、どうしたものか・・・」

「ふむ、せっかく来たのだから、この世界を案内しよう。儂について来なさい」

 そういうと、和合殿は険しい山を物ともせず、すいすいと歩いてゆく。そうか、重力操作グラビティ・コントロールを使えば険しい山も関係ない。仕方なく私は和合殿の後について崑崙山を走破した。すると、一面に花が咲き乱れた地が見えてきた。広大な湖の周りには数十本の桃の木が生えており、大きな熟した実をつけていた。

「アンジェラ殿、桃は如何かな?一口食べたら寿命が1000年伸びる」

 和合殿は一本の桃の木に近づくと、サッカーボール程の大きさの実をもいだ。

「いえ、結構。私はすでに数百、数千年生きてます」

 私がそういうと、和合殿は大きく頷いた。

「であろうな。お前さんの存在値はデタラメに高い。仙人である儂ですらお呼びもつかん。まるで神仏のごとき、途方もない存在じゃ」

「ただの年寄りですよ。自分のいた世界の、滅びる未来を変えることも出来ない、未熟者です」

「お前さんにそう言われると、儂の立つ瀬がないな」

 和合殿は苦笑して、桃の木の下で胡座をかいた。

「まあ、座ってくれ。桃で作った酒がある。ここには滅多に人が来ないからな。来訪者は大歓迎じゃ」

 いつの間にか酒の瓶とお猪口が用意されていた。

「ふう、そうですね。演算の途中だが、少し休憩します」

 私は対面に座し、お猪口を受け取った。酒を口に含むとその芳醇な香りが鼻に抜ける。

「これは・・・なかなかの美味ですね」

「うむ、三千世界の中でも神仙境の酒に勝るものはない」

 もう一口呑むと、どくんっと身体に響くものがあり、私はお猪口を置いた。

「どうかしたのか?お前さんは下戸というわけでもあるまい?」

 頭の片隅で繰り返していた演算の速度が、桁違いに早くなっていた。間違いなくこの酒の効能に違いない。

「和合殿、もう少し頂きたいのだが」

「はっはっは、気にいったかね?では酒瓶をもう一つ用意しよう。大いに呑もうではないか」

 和合殿から酒瓶を受け取り、手酌で本格的に飲み始める。すると頭がクリアになり、演算のスピードがぐんぐん早くなる。これが仙人の酒か。このまま演算を早めていって、早く元の世界に戻らなければ。私は酒瓶を手に集中して作業に没頭した。


 私は対面に座る白髪白眼の少女と対峙していた。感情を表に出さない予言者が、今はそわそわと落ち着きのない様子を見せていた。

千歳ちとせさん。今回の事態は今までになかったんですか?」

「うむ、数えきれないほどの回数、歴史を繰り返してきたが、アンジェラが異世界に追放されたことは、一度もなかった」

「それでは、ここから先はあなたにも予想がつかない事態が起こりうるんですね?」

「そうじゃ。これからは新たな予知に頼り、行動しなければならないが、アンジェラのいない世界でどうやって滅びの未来を覆せばいいのか、皆目、見当もつかん」

「新たなストーリー展開になったということは、今までとは違う展開があったから未来が変わったんですよね?何故か分かりませんか?」

 私からの問いに、千歳さんは瞑目して記憶を探っている。

「直近でいえば、命の術士としての成長かのう?少なくとも今まではあんな術を使うストーリーはなかった」

「絵本くんですか?彼は幻想種を使い魔にしてる、特別な存在ですが、それは今までの歴史でもそうだったんですよね?」

「うむ。だから原因はそこではなく、命自身の成長が今回のストーリーにおいて、運命を大きく変えるキッカケになったのじゃろう」

「うーん、絵本くんが、夢想士として成長するのは良いことなのでは?」

「いや、マディ。良い予兆があったからといって、それで未来が良くなるとは限らん。因果応報とはいうが歴史改変においては、良い予兆が必ずしも良い結果を生み出すとは限らないのじゃ」

 そこへ、瑠璃がコーヒーを運んできたので、話は一旦中断された。砂糖を3つ入れて一口飲むと、少しだけ落ち着いたようだ。千歳さんはソファーに身体を預け、天井を仰いでいる。

「何とかアンジェラさんを見つける方法はないんですか?」

 私は最重要な懸念について口火を切った。

「この地球の、いや、この太陽系の他の惑星とかなら、アンジェラは自力で戻って来られるじゃろう。しかし、どことも分からない異世界に飛ばされたとなると、戻るのは至難の業じゃ。あらかじめ異世界に飛ばされる前に、この世界の具体的な場所に刻印をしておけば、帰るのは容易なんじゃがのう」

 絶望的な状況に暗い思考に陥りそうになるが、私はあることを思い出した。

「そうだ、珈琉羅の像をアンジェラさんが持っていきましたよね?」

「うん?まあ、戦闘を終結させる口実になればと、持っていったようじゃが、それがどうかしたのか?」

「とても膨大な魔力で満ちている像だと、アンジェラさんは言ってました。それを依り代にテレパシーは飛ばせませんかね?」

「んん?わらわはその像は見たこともないからどうじゃろうのう?」

「いえ、あれはそもそも武藤家の蔵にあったもの。つまり竜宝老師が持っていたんです!」

「おう、あの仙人なら・・・しかし、のう。あの像は今は苦楽魔の手に渡っておるはずじゃからのう」

「試して見る価値はあるんじゃないですか?あくまで像はテレパシーの中継に使うだけですから、手元になくてもイメージさえすれば」

「うーん、妙手じゃのう。ではマディ、連絡を頼む」

「はい!」

 私はスマホを取り出し、竜宝老師の店に電話を掛けた。コール音が続いて程なく繋がった。

『はい、神仙堂です』

「あ、竜宝老師ですか?私です、鳴神学園理事長のマディ土屋です!」

『おお、これは珍しい。久方ぶりじゃな。戦闘のほうはどうなっておるのかね?』

「多勢に無勢で戦局は悪化してます。そこで竜宝老師にお願いがあるのですが」

『ほう、この老いぼれに出来ることがあるのかな?』

「詳しい話は後にするとして、老師は珈琉羅の像に触ったことがあるんですよね?」

『まあ、そりゃあのう。あのような力の籠った像は見たことなかったからのう。手に取ってその歴史を垣間見たが、ただの偶像とは違い、本物の魂の籠った像じゃったな』

「老師にはその像がどこにあるか分かりますか?」

『うん?どういうことかな?』

 私はアンジェラさんが、苦楽魔の罠にハマって遠い異世界に飛ばされたことを語った。

『ふむ、そりゃあ困ったのう。アンジェラ殿がいなくては、天狗一族の総攻撃が続き、学園が破壊されてしまうかもしれん』

「そうなんです!老師には珈琉羅の像がどこにあるか分かりますか?」

『どれ、少し待ってもらえるかな?試してみよう』

 電話の向こうで集中するためか、待機のメロディが流れ始めた。焦っても仕方ないが、何だか落ちつかない。ほんの1分ほどで再び通話モードに戻った。

『うむ、今は苦楽魔がその像を神山神社の本殿に安置しておるようじゃ。像の中に存在する、珈琉羅の魂がそう告げておる』

「え?珈琉羅と話が出来たのですか!?」

『会話というほどではないがな。儂の持っておる水晶では、力が弱くて上手く会話にならん』

 私は軽く気落ちしたが、あることを思い出して老師に提言した。

「老師!こちらにはアンジェラさんの置いていった水晶があります!地球の裏側とでもテレパシーのやり取りが出来る優れ物です!」

『ほう。それなら珈琉羅との会話も出来るかもしれんが、なにぶん外は戦闘中だからのう。儂は学園の座標を知らんし、空間転移も出来ん』

 私は言葉に詰まった。今は無傷の者は全員出払ってる。こんな状況で老師を迎えに行けるのは・・・。

「分かりました、老師。お迎えに上がりますので、こちらに来ていただけますか?」

『ふむ、今は戦時下だからのう。儂も協力させてもらおう』

「ありがとうございます!それではまた後ほど!」

 電話を切ると千歳さんが怪訝な表情を浮かべていた。

「今は主要な戦力は戦闘中じゃぞ?誰が迎えに行く?」

「大丈夫、私が直接迎えに行きます。千歳さん、その間のテレパシーのやり取りはお任せします」

「ふむ、直接戦闘に参加出来ん妾には、それくらいしか出来んしな」

「では、行ってきます!」

 私は座標を定めて空間転移スペース・ワープした。


  第2章 闇の夢想士の暗躍


 オレは目を覚ますとゆっくり上体を起こした。失った左腕も再生している。まだ万全とは言えないが、普通に動く分には支障がなさそうだった。

「目が覚めたか、遭禍そうか?」

 いつの間にか、喰俄くうが様がオレの部屋に姿を見せていた。

「喰俄様!」

 オレは慌ててその場に膝をついた。

「よせ。まだ完全には回復しておらんだろ?」

 喰俄様はしゃがみこむと、その口でオレの唇を塞いだ。

「んむ!?」

 舌が口をこじ開けて大量の唾液が流れ込んでくる。オレは頭が痺れて思考力を失い、夢中で喰俄様の舌を吸い、唾液を飲み込んだ。唇が離れてもオレはまだ夢うつつで下腹部を濡らしてしまった。

「これで少しはエネルギーが回復しただろ?」

 立ち上がった喰俄様をぼんやり眺めながら、オレは性的興奮を必死に抑えた。

「は、はい。ありがとうございます、喰俄様」

「ところで早速なんだが、あのアンジェラ・ハートが異世界に追放されたようだ」

 一瞬、何を言われたか分からなかったが、直ぐに覚醒し、その場に膝をつく。

「そ、それは本当なのですか、喰俄様!」

「ああ、苦楽魔の奴が自慢気に鳴神学園の連中に語っていた。俺様も全力で気配を探ったが、鳴神学園の中どころか、この世界から完全に気配が消失している。あのデタラメなエネルギー量を誇る存在が、完全にいなくなっている」

 どうやったのかは知らないが、知略に長けた苦楽魔なら、アンジェラを罠にハメる可能性は十分考えられる。

「そこで、俺様は思ったのだ。今なら苦楽魔を出し抜いて、鳴神学園を壊滅させられるんじゃないかとな」

「し、しかし、鳴神学園の結界は強力です。空間転移しようにも結界が邪魔をします!」

「ああ、俺様たちには無理だが、闇の夢想士なら可能な奴がいるだろう?」

 言われてオレも思い至った。かつて鳴神学園で不可視の英雄と呼ばれた、闇之夢想士同盟ユニオン、鳴神支部長のことを。

「奴はかつて鳴神学園の生徒だったからな。結界の干渉を受けずに内部に空間転移出来るはずだ」

「確かに。可能性は高いかと」

「少しは回復しただろう?悪いが奴に仕事を依頼してきてくれ。伝達が済めば直ぐに帰ってこい。一緒に鳴神学園の崩壊を見守ろうではないか」

「はっ、直ぐに行って参ります」

 流石は喰俄様。何と抜け目のないお方だろう。この方に仕えるのはオレの誇りであり、自慢だった。


 いきなり岩井邸の結界に干渉する者がいた。これは・・・遭禍か。酒呑一族は夢想士狩りから手を引いたはずだが、なんの用だ?とりあえず、俺は結界の出入り口を開いて来客を迎えに階下に降りた。

「先生、どうかなさいましたか?」

 俺の一番弟子である岩井響子いわいきょうこが、リビングで読書する手を休め、尋ねてくる。

「遭禍が来たようだ。今、結界を開いて中に入れたところだ」

「えっ!?遭禍!?戦闘はもう終わったはずじゃないんすかー!?」

 ソファーにだらしなく寝ていた金城英理かれしろえりが、滑って床に尻餅をついた。

「まだ、ボーナスステージが残ってたようですね」

 同じくソファーに座っている羽黒夜美はぐろよみは、口元に笑みを浮かべてそう述べる。そこに、ズカズカと足音を立てて遭禍が姿を現した。

「よう、高見望たかみのぞむ、いや、高見支部長」

 2メートルを超す長身に、鋼鉄のワイヤーを束ねたような筋肉美を誇る、酒呑一族の幹部、遭禍が挨拶を寄越す。

「これは、遭禍さん。3日ぶりですか?あなたは神尾龍子との戦いで負傷したと聞いてましたが」

「そりゃ嫌みか、高見支部長?それともオレが回復したか疑わしいってのかい?」

 こめかみに血管が浮いている。やれやれ、血の気の多い鬼だ。

「いやいや、あなたほどの強者が、そんな簡単にやられるとは思ってませんでしたよ。それで、今回はどういう依頼ですか?」

 酒呑一族でも1、2を争う戦闘力を誇る遭禍を相手に、挑発しても面倒になるだけなので、俺は速やかに話題を変えた。

「オメーらは知ってるか分からないが、アンジェラが異世界に飛ばされた」

 何!今何て言った!?

「苦楽魔の策略にハマってどことも知らない異世界に取り残されたらしい。戻って来られる可能性はほぼ無い」

 そんな事態が起こるとは思いもしなかったが、現在の鳴神学園側と天狗一族の戦闘に紛れて、アンジェラを暗殺するプランは白紙になったということか。俺が内心忸怩たる思いをしていることに構わず、遭禍は話を続ける。

「そこで高見支部長と他の3人は、鳴神学園の内部に潜入し、結界を消してもらいたい。もちろん邪魔する夢想士も全て殺して構わんぞ」

「チョイチョーイ!待ってくださいよ、遭禍さん!あーしらだって鳴神学園の結界は突破出来ませんって!」

 英理が慌てて口を挟むが、遭禍の意図は明白だった。

「オメーらだけじゃ無理だろう。でも、高見支部長はその昔、鳴神学園の生徒だったんだぜ?昔は頻繁に空間転移していただろう?」

 なるほど、酒呑一族の狙いはそれか。天狗一族と全面戦争してる今なら、潜入して中からバランスを崩すことが出来る。そこに酒呑一族の者が後から声を上げ、手柄を横取りするってわけか。

「話は分かりました、遭禍さん。確かに俺がいれば、この3人を連れて内部に潜入し、思い切りかき回すことが出来ますね」

「へっへ、話が早くて助かるぜ。そら、今回は前払いだ。受け取ってくれ」

 遭禍は空中から金塊を取り出して、テーブルの上にゴトゴト積み上げた。

「鳴神学園の結界が壊れる時が合図だ。直ぐに俺たちの軍勢が内部に突入するから、お前たちはさっさと脱出しろよ。逃げ遅れても助けんからな」

 遭禍は凄惨な笑みを浮かべてそう言い残し、屋敷から出ていった。

「チョッ、本気っすか、支部長?敵の懐にこれだけの人数で潜入するんすか!?」

「心配するな。俺の認識操作コグニション・コントロールでお前たちの姿を不可視にする。これを見破れる神尾龍子は結界の外で戦闘中だ。正体がバレることはないだろう」

「でも一応、仮面騎士団マスカレード・ナイツの変装はしておきましょうか。あれはテンションが上がるんです」

 薄ら笑いがポーカーフェイスの夜美が、珍しくテンションが上がっているらしい。この闇そのものみたいな者は、心中で何を考えてるか分からないが、やる気になってるならそれに越したことはない。

「先生、蓮音れおんを連れて行っても良いですか?」

 部屋の隅で静かに控えている執事を見ながら、響子はそう訴えた。

「うん?まあ、一人増えたところで負担にはならんが、ボディーガードが欲しいのかね?」

「蓮音は私の忠実な執事です。私に何かあっても必ず助けてくれます」

 自分の造ったゴーレムに、そこまで入れ込む心理は理解出来ないが、それで響子が十全な働きをしてくれるなら御の字だろう。

「分かった、連れていこう。他の者も早速支度にかかってくれ」

「うわー、敵地に潜入とか、マジないわー」

「大丈夫です、英理。もしもの時は私が手助けします」

「はあ?頼んでねーし、お前、マジでウザイのなー」

 かしましく着替えに行った2人を見送り、響子も立ち上がった。

「先生、私も着替えて参ります。蓮音、手伝って頂戴」

「はい、お嬢様」

 3人の姿が消えてから、改めてあの莫大な霊力を持つ存在を探したが、俺のエネルギー探知でもアンジェラの存在は確認出来なかった。

「ふっ、くっくっく!自分の手で殺したかったが、こうなったら死んだも同然だな」

 俺は気持ちを切り替えて、鳴神学園潜入のプランを練り始めた。


 ソファーに座って、うとうとしていた妾が、予知夢によって叩き起こされた。

「いかん!あの者が鳴神学園に襲撃をかける!」

 素早く妾の側に駆け寄った瑠璃が、

「どうかしたのですか、千歳様?」

 無表情だが、驚いたような声音だった。表面に出ないだけでゴーレムにも心があるのか。いや、今はそれどころではない。

「闇の夢想士たちが攻めてくる!その筆頭はかつて不可視の英雄と呼ばれた男じゃ!」

「不可視の英雄、高見望ですね?」

「そうじゃ。妖魔を寄せ付けない結界も、人間相手には上手く働かぬ。まして、相手は百戦錬磨の闇の夢想士じゃ!」

「それで、敵はいつやって来るのですか?」

「もう、間もなくじゃろう。恐らく、内部に入って出来るだけ多くの夢想士を亡き者にして、学園に張られている結界を消すつもりじゃ。そうなれば天狗一族の軍勢がどっと押し寄せ、我々は完全に敗北する」

「闘技場には負傷した夢想士たちの多くが身体を休めています。こちらの戦力を削るなら、まずそこが狙われるかと思います」

「うむ、マディがいない今は妾が司令官を勤めよう。瑠璃、警護を頼む」

「分かりました」

 妾と瑠璃が理事長室を出て走り出した時、クラブ棟の方から負のオーラが感じられた。

「いかん、すでに潜入されたか!瑠璃、先に行って対処を頼む」

「了解!」

 まるで弾丸のような早さで瑠璃が遠ざかってゆく。そして、背後に闇のオーラをまとった、厄介な相手が立っていた。

「まさか、内部にまで入ってくるとは、想定外じゃったのう」

 妾は目の前の幻影に呼び掛けた。そこには、かつて不可視の英雄と呼ばれた高見望と、仮面を付けた髪の長い少女の姿があった。

「ほう、あなたは予言者殿か。噂には聞いていたが、お初にお目にかかれて光栄ですよ」

「妾の今までの長い歴史改変には、まったく関わりがなかったお主が、まさかこんな思いきった行動をするとはのう」

「何を言っているのか理解出来ませんが、あなた一人で何が出来るのです?あの瑠璃というゴーレムを先行させたのは失敗でしたね」

 妾は高速で移動し、背後から剣で襲いかかってきた、高見望の攻撃を無効化した。聞いていた通り、認識を阻害する能力を持っておるようじゃ。

「なっ!?疾走状態オーバー・ドライブ!しかもこの早さはAランクオーバーか!しかも、俺の認識操作コグニション・コントロールも見破っていたとは!」

「妾は戦闘向きではないが、身を守る術くらい当然持っておる」

「ふん、なるほど。どうやらあなたよりも、他の夢想士を消すほうを優先させたほうが良さそうだ」

「!?何をする気じゃ!」

「地下に向かわせたのは別動隊。むしろこっちの任務のほうが本命なんですよ」

 仮面を被った少女が手を上げると、土が隆起して瞬く間に数体のゴーレムが生まれた。

「さあ、結界の強化をしてる夢想士たちを、全て殺しておしまいなさい!」

 少女の命令に従いゴーレムたちが、内側から結界の強化に専念している、Cランク、Bランクの夢想士たちに襲いかかっていった。

「止せ!何の罪もない者を手にかけるつもりか!」

 駆け出そうとする妾の前に、剣を握った高見望が立ちはだかった。

「あなたの存在も我々の今後の活動に邪魔になってきそうだ。ここで死んでもらいますよ」

 高見望は不適な笑みを浮かべて、ゆっくりと剣を振りかぶった。


 無事に空間転移スペース・ワープを終え、私は神仙堂の内部に到着した。黒い帽子を被り白いアゴヒゲを蓄えた竜宝老師が椅子に座っている。

「お久しぶりです、老師」

「おお、マディ。久しぶりじゃのう」

「老師もお元気そうで何よりです」

「しかし、あのアンジェラ殿が罠にハマるとは、苦楽魔という魔王は相当な切れ者らしいのう」

「そうなんです。積もる話もありますが、まずは学園に来てください」

「うむ、良かろう」

 竜宝老師は立ち上がり、私の差し出した手を握った。

「それでは転移します!」

 私たちの足元に光る魔方陣が現れ、すっぽりと身体が包まれてゆく。そして、クラブ棟地下の闘技場に到着した時、信じられない光景が広がっていた。血の海が広がり、多くのAランクの夢想士たちが血塗れで地面に転がっていた。

「くっ、このう!」

 剣を握った大神翔おおかみかけるが、仮面を付けた夢想士相手に戦っていた。床に転がっている剣を初めとする、あらゆる武器が宙を舞い大神に向けて飛んでゆく。それを回避しても、今度は夢想士の持つ細剣レイピアが襲ってくる。

 そして、一方では瑠璃が影を操る夢想士に翻弄されている。あの影は攻防一体で瑠璃の攻撃はやんわり受け止め、先の尖った触手のような影の切っ先が瑠璃の身体を貫く。瑠璃はゴーレムなので死なないが、かなり苦戦している。

「あんたたち、闇之夢想士同盟ユニオンね!一体、どうやって中に入ったの!」

「はっはー、高見支部長の空間転移スペース・ワープだよ、理事長さん!」

 大神と戦っている夢想士が答える。

「何ですって!?望・・・あの裏切り者!」

 私の怒りに呼応して、闘技場の隅に積んであるコンクリートが、あっという間に2体の人型になった。

「絶対に許さない!」

 私は2体のゴーレムを2人の夢想士に向けて突進させた。それに気づいた金属を操る能力を持つらしい夢想士は、地面に転がる金属製の武器をミサイルのように放った。が、コンクリートで出来たゴーレムには何のダメージもない。

「チョイチョイチョーイ!反則級じゃん!」

 ゴーレムのパンチを辛くもかわした夢想士は地面を転がり、距離を取った。もう一人の夢想士にもゴーレムで攻撃するが、影が巨大化して激しい連打にも耐えて見せる。

「ブレイド、仕方ありません。地上に戻りましょう。我々の仕事はあらかた片付きました」

「ああ、そのほうが良いなー、シャドウ。それに元々、結界の破壊が目的だったしなー」

 何っ!そうか、この連中はいずれかの魔王から依頼を受けて内部に侵入したのか!ということは、あいつが外にいる!

「それでは、失礼」

 2人の夢想士は影の中に沈んで気配を断った。

「影移動か!老師、後に続いてください!侵入者の目的は結界の破壊です!」

「うむ、分かった」

 私は地上に向かいながら、千歳さんの安否が気になった。彼女は予言者としては卓越してるが、戦闘が得意なタイプではない。もしかして、もう・・・。

 地上に出た私はその惨状に言葉を失った。鳴神学園の広大な塀辺りに配置されてた、CランクBランクの生徒たちが、血塗れで倒れている。そして、土から造られたゴーレムが数体、逃げ惑う生徒たちを追いかけている。

「うあああー!よくも可愛い教え子たちを!!」

 近くの体育倉庫のブロックがバラバラに崩れ、3メートルを超す頑強なゴーレムが生まれた。

「あの土のゴーレムを全部破壊しなさい!そして、ゴーレムを造った夢想士を殺すのよ!」

 私は激昂のあまり、すっかりたかが外れてしまった。

「やれやれ、すっかり昔のマディに戻ってしまったな」

 声のほうを振り向くと、高見望が両手剣ツーハンテッド・ソードを千歳さんに突きつけていた。

「それくらいにしておきなさい、望。千歳さんに傷一つ付けたら、あんたを細切れにしてやるわよ」

 すると、望は肩をすくめて千歳さんから距離を取った。

「心配しなくてもこの予言者には、何も出来ん。忌々しいことにアンジェラと同じ究極之守護アルティメット・ガードを使うからな」

「!?本当ですか、千歳さん!」

「うむ。妾は戦闘向きではないが、自分の身は自分で守らねばならん。しかし、残念ながら他の生徒たちを守ることが出来なかった、すまぬ」

 千歳さんはすっかり意気消沈して、その場に立ち尽くしていた。

「はっはー、そういうことだマディ。結界を強化、維持していた生徒たちは大半が死んだ。もう結界は長くは保たないぞ」

「それまでに、あんたを殺すわ望。あんたは一線を越えた。もう手加減してもらえると思わないことね」

「おーい、マディ!大丈夫か!?」

 クラブ棟から大神と瑠璃がやってきた。結界内部では戦力はこれだけか。それもやむを得ないが。

「マディ、テレパシーで龍子たちに状況を報せてある。だが、結界が壊れたら烏天狗の軍勢がどっと押し寄せるぞ!」

 千歳さんはゆっくりと歩いてこちらにやってきた。そこで我々と敵が向かい合う形になった。望と仮面を付けた3人の闇の夢想士たち。それに場違いな執事服を着た男。

(あれは、ゴーレムか。望が自慢していた)

 すると、メイド服姿の瑠璃がずいっと前に出る。

御主人様マスター、あの者は私が相手をします」

 すると、向こうの執事も前に一歩出た。互いに相手が同類であることが分かるようだ。

「マディ、すまない。まさか敵が内部に潜入するとは考えてなかったから、多くの犠牲者を出しちまった」

 剣を握った大神がすまなそうに頭を下げる。

「いえ、夢想士でもないあなたが、我々のために戦ってくれただけで十分です。感謝しますわ」

 その時、上空からピシッと歪んだ音がした。見ると結界のあらゆるところに綻びが生じていた。破壊されるのは時間の問題だ。烏天狗たちが闇雲に結界を攻撃しているのが見える。

「やれやれ、もう後数分といったところかのう?」

 遅れてやってきた竜宝老師が空を仰いで嘆息する。

「どれ、この老いぼれにどこまで出来るかな?武藤流呪術、天蓋強化!」

 老師が両手を上げて新たな結界を作り出した。それは広がってゆき鳴神学園をすっぽりと覆った。

「何いっ!?新たに結界を張っただと!?」

 望は驚愕したが、まだ諦めることはなかった。

「みんな、あの爺さんを狙え!新たな結界を消すために!」

 闇の夢想士たちが向かって来るが、こちらもここで戦闘を終わらせる気はない。亡くなった者たちの弔い合戦だ!

「千歳さん、老師!下がってください!我々が相手をします!」

 機先を制したのは瑠璃と執事だった。弾丸のように飛び出すと激しい肉弾戦に移行する。

 と、望と仮面の夢想士たちの姿が消えた。私は両手に電磁波を発生させ、自らの側頭部に流し込む。すると、隠密行動をする連中の姿を捉えた。

「あんたのお得意の認識操作コグニション・コントロールは通用しないわよ!電磁波拡散ウェーブ・ディフュージョン!」

 私は妨害用の電磁波を辺り一面に放射した。

「お、おお!いつの間にかこんな近距離まで来てやがる!」

 大神の振るった剣が、望の剣で受け止められる。

「馬鹿な!これは前に神尾龍子が使った術!何故君が使えるんだ、マディ!?」

「特訓したからに決まってるでしょ!あんたは、ここでは隠密行動は出来ないわよ!」

 私は更にコンクリートの欠片を集めて3体のゴーレムを造った。

「闇の夢想士たちを倒しなさい!望は私が引き受けるわ!」

 私の命令に従いゴーレムたちは突進してゆく。私は長剣ロングソードを固有結界から取り出し、身構えた。


 俺は成り行きで闇の夢想士たちと戦っていたが、手強い奴らだった。教員棟で寝起きしていたが、今朝は何故か悪いことが起こるような気がしていた。そこで朝食を済ませた後、クラブ棟地下に向かったのだか、何者かが戦っている音が響いた。大急ぎで闘技場に向かうと、仮面を付けた2人の闇の夢想士が、負傷しているAランクの夢想士たちを攻撃している最中だった。

「止めろ!お前たちは何者だ!」

 俺は地面に転がる剣を拾って誰何した。

「ふっふっふ、あーしたちは仮面騎士団マスカレード・ナイツだ!」

 すでに多くの夢想士たちが血塗れで倒れ、残っている者も劣勢に立たされていた。

「仕方ない。俺の仕事じゃないが、アンジェラさんがいない以上、俺が戦うしかないな」

「止めたほうが良いですよ。あなたは上級妖魔のようですが、鬼ほど強くはないでしょう?」

 黒髪に、闇のような瞳を持った仮面の夢想士が、薄ら笑いで忠告してくる。

「確かに鬼には及ばないが、人狼としての誇りにかけて、お前たちを止めてみせる」

「ひゅー、カッコいいね、ふ。じゃあこれを受けてみる?」

 オレンジ色の髪の夢想士が手を上げると、転がっていた剣やら斧やら、金属製のものが宙に浮いた。これがこいつの能力か!

「串刺しになりな!」

 一斉に武器が凄まじいスピードで襲ってくる。俺は疾走状態オーバー・ドライブに滑り込んで全ての得物を弾き飛ばしてゆく。その時、地面に落ちていた影が急に隆起して、触手のように何本も襲いかかってきた。これは剣では防げないと直感した俺は、後続移動で影の攻撃を回避する。

「へえ、なかなかやるじゃん、おじさん」

「これでも、昔はそれなりに修羅場を潜ってきたからな」

 とはいえ、この2人を相手に戦うのは少々骨が折れそうだ。剣を握る手に力が入った時、爆発的なスピードで乱入してきた者がいた。

「んなっ!?」

 オレンジの髪の夢想士が細剣レイピアを向けるが、それより早く影が壁を作って乱入者の攻撃を受け止めた。

「あ、君は確か、瑠璃、ちゃんだっけか?」

「そうです。援護に駆けつけました」

「助かったぜ。流石に夢想士2人は荷が重いと思ってたんだ」

 こうして、俺と瑠璃。闇の夢想士2名との死闘が始まった。


(というわけで、本来の結界はほとんど壊されたが、竜宝と名乗る仙人が新たな結界を張った)

(老師が来ているのか?その結界はどれくらい持つ?)

(少なくともアンジェラの結界よりは弱い。龍子、加勢に来てくれ。厄介な能力を持つ闇の夢想士がいる)

(分かった、ちーちゃん。すぐに行く!)

 あたしはテレパシーのやり取りを終え、猛志に向かって叫んだ。

「猛志!中に闇の夢想士が潜入したようだ!戦力不足のようだから、あたしは中に戻る!」

「また来たのか、あいつら!よーし、分かった。このまま風子たちのパーティーと合流して、戦闘を続けるぜ!」

「頼む!」

 あたしは魔方陣を展開し鳴神学園の校庭に転移した。そこはまるで修羅場の様相を呈していた。学園を守る塀の側には複数の生徒が血塗れで倒れている。結界が弱まったのは維持に努めていたCランクBランクの夢想士たちがやられたからか!

 すでに戦闘は始まっており、瑠璃と執事服の男が激しい肉弾戦を繰り広げている。仮面を付けた闇の夢想士とおぼしき連中は、理事長が造ったのであろうゴーレムと、戦っている。そして、理事長は剣を振るって高見望と斬り結んでいた。

「おー、龍子。良く戻ってくれた!」

 いつもは無表情な千歳が笑みをたたえて出迎えてくれた。後ろには竜宝老師もいる。

「ちーちゃん、よく無事だったな!」

「妾は自衛のために究極之守護アルティメット・ガードを会得しておるからな」

「え、マジで!?レベルは?」

「アンジェラと同じAレベルじゃ」

 あたしより上じゃん。ちーちゃんはどんな修羅場でも生き残れるな。

「それと、老師。新たな結界を張ってくれて、ありがとうございます」

「いやいや、アンジェラ殿のようにはいかんのう。さっき新たに結界を張り直したところじゃ」

「そうなんですか?むう、後で全員でより強固な結界を張り直しましょう。それまでは老師、お願いします」

「うむ、心得た」

 改めて戦場を見ると瑠璃と執事の戦闘は拮抗してる。他の3人は理事長が造ったらしいゴーレムと戦っているが、こちらもそれなりに拮抗してる。残すは理事長だが、元々戦士ではなく術士なので、高見望に圧されてる感じだ。あたしは天薙ぎの剣を持ち、戦闘に割って入った。

「むっ!?神尾龍子か!」

 高見望はあたしの剣撃をかわして、距離を取った。

「はー、神尾さん。正直助かったわ。ブランクがあるから剣の戦いでは圧されてたのよ」

「理事長はゴーレムをコントロールして、他の夢想士を倒してください。ここは引き受けます!」

「分かったわ、それじゃ!」

 あたしは改めて高見望と向かい合い、剣を構えた。

「いつぞやは、武藤家に汚いやり方で手出しをしてたな。夢想士の癖に妖魔と手を結んで恥ずかしくないのか?」

「ふっ、くくく。何を恥じれと言うんだ?そちらも正義の味方のつもりで、妖魔討伐をしているようだが、それだって金のためだろう?魔水晶は高値で売れるからな」

「あたしたちのパトロールで、死なずにすむ命があるなら、立派な社会貢献だ。自分の欲望のためにしか能力を使わないお前たちと一緒にするな!」

「ふん、所詮は水掛け論か。これ以上話し合っても意味はない」

「そのようだな」

 あたしは片手を上げ、

戦場領域バトル・フィールド!」

 周りに被害が及ばないよう、改めて結界を張る。

「行くぞ!」

 あたしが突進しようとする刹那、

「ぐふっ!」

 くぐもった声が聞こえた。高見望との距離を取り、確認すると、地上から伸びた影が老師の身体を貫いていた。

「老師!?おのれ、影使いか!」

 視線を移すと一際暗いオーラをまとった、闇の夢想士が笑みを浮かべていた。

「さあ。これで新しい結界も消えます」

「竜宝殿、しっかりするのじゃ、竜宝殿!」

「老師!しっかりしてください!」

 ちーちゃんと理事長がその身体を抱えて揺さぶるが、もはや意識がないようだ。

稲妻狙撃ライトニング・ストライクス!」

 あたしは闇の夢想士に向けて攻撃するが、影が壁に変形し、散らされてしまう。

 そして、ピシリっと音がして鳴神学園を覆う結界に、再びヒビが入る。

「さて、そろそろ結界も限界のようだ。みんな集まれ!脱出するぞ!天狗一族は夢想士を見境なく攻撃するからな。その前に撤退だ!」

「逃げるのか、卑怯者!」

 あたしの糾弾など歯牙にもかけない高見望は、冷酷な笑みを浮かべた。

「それが君の遺言か?では、さらばだ!」

 集まった闇の夢想士たちの足元に魔方陣が出現し、瞬く間にその姿を消した。そして、パキッピシッと結界が悲鳴を上げる。


 ざっと見渡しても数百の烏天狗が結界を攻撃している。これだけの数が一気に中に侵入すれば学園は、たちまち廃墟になるだろう。

「風子先輩、提案があります!僕たちは結界内に転移します!」

「なんやて?どういうことなん、ミーくん?」

「龍子先輩の体内の龍神と白虎を合体させます。依り代さえあれば龍神はかつての力を取り戻せるはずです!」

「それは、この間のミーティングで出た案やな。幻想種のハイブリッド。成功すれば魔王全員を倒せる、最強の妖魔の誕生や。でも、前例がないし、危険やからとりあえず棚上げになってた案やで」

「でも、見てください。烏天狗は数百はいます。結界もあちこち綻んでいつまで保つか分かりません。やってみる価値はあるんじゃないですか?」

「うーん、分かった。ウチらは引き続き烏天狗たちの討伐を続けるけど、上手いことやりや!」

「はい、それじゃあ行ってきます!」

 僕は白虎の背にまたがったまま、結界内部に転移した。

 いきなり現れた僕たちを見て、校庭にいた理事長や龍子先輩は驚きの声を上げた。ざっと見渡すと塀の側には生徒たちの死体が転がっていた。

「なっ!?何があったんですか、理事長!」

「望の奴よ。あいつが闇の夢想士を引き連れて、結界内の夢想士たちを無差別に殺したの。結界を弱体化させるためにね」

 理事長は怒りが収まらないようで、吐き捨てるようにそう言った。

「それで、何で結界内に戻って来たんだ、ミーくん?少しでも烏天狗たちの数を減らさないと・・・」

「いや、無理でしょう。倒しても倒しても後から湧いてくる。それに結界ももう保ちません。そこで提案があるんです、龍子先輩。ハイブリッドを造りましょう」

「なっ!?それは前例がなく、」

「危険だということは分かってます。でも、アンジェラさんのいない今、結界が壊れようとしてる今、他に手だてがありますか?」

〈やれやれ、思い込んだら頑固なのよね、命は〉

 白虎が呆れた声で首を振る。

〈少年よ。合体案は成功すれば魔王軍を全滅させることも容易い強力な妖魔となる。しかし、前例がないからどんな事態に発展するか、正直分からん。それでも良いのか?〉

 龍神のテレパシーが届いた。

「少なくとも、今のままでは全滅するかも。だったら危険な賭けでも勝てる可能性を探るべきだと思う」

〈ふ、かっはっは!大胆な奴よ。確かにこのままではジリ貧だ。一発逆転を狙うか?〉

「ちょっと、待て龍神。あんたが体外に出たら、あたしは意識を失う。身を守ることも出来なくなる」

〈ふん、それならそこの少年が守ってくれるから心配あるまい。そうだな、絵本命よ〉

「ああ、自分の命に変えても守って見せるよ」

〈こう言っておる。龍子よ、封印を解くが良い〉

 龍神の後押しで龍子先輩は大仰に肩をすくめた。

「ああ、もう、分かったよー。とその前に」

 左手の封印の手袋を外す前に、龍子先輩は僕のところまでやって来て、両手で僕の顔を掴んだ。そして、いきなり唇を奪われた。

「んむっ!?」

 舌が口の中に侵入してきて、互いに唾液の交換をし、舌が押し合いへし合いする。僕の口内に侵入してきた舌が引っ込むと、僕は羞恥で顔が真っ赤になってしまった。

「な、な、なん?」

 混乱する僕を慈しむように眺めた先輩は、

「ひょっとしたら命を落とすかもしれないからね。私のファーストキス、もらって欲しかった」

 やや上気した顔でそういうと、龍子先輩は照れ隠しに笑った

 そして、深呼吸を繰り返すと、左手にしてる封印の手袋を外した。そのまま頭上に手をかざすと、

「現れよ、龍神!」

 龍子先輩は高らかに言い放った。


  第3章 金色の龍神


 一体何が起こったのか?神通坊も太郎坊、次郎坊も大慌てで神山神社に戻ってきた。それだけではない。鳴神学園を攻撃していたはずの烏天狗たちが我先にと結界の中に逃げ込んでゆく。

「一体何があったのだ!?説明せいっ!」

 儂は神通坊に怒鳴った。神通坊ともあろうものが、ガタガタと震えている。

「り、龍でございます、苦楽魔様!で、伝説の金色の龍が現れその場にいた烏天狗たちの半数以上が、雷に打たれ討ち死にしました!」

「金色の龍だと!?馬鹿な、あれは1000年以上昔の・・・いや、待て。そういえば、体内に龍神を宿した夢想士がいたな。そやつの仕業なのか!?」

「わ、分かりませぬ、命からがら逃げて参りましたので」

 儂は締め上げていた神通坊を放し、安置している珈琉羅様の像を見つめた。

「珈琉羅様、予想外の事態が起こりました。1000年以上前に討伐されたはずの龍神が、今、この時代に蘇りました。儂はどうすれば良いのでしょうか?」

 しかし、珈琉羅様から返答は得られなかった。


 僕たちは鳴海学園の頭上に、金色に輝く龍が、とぐろを巻くようにゆっくりと空中を泳いでいる様を眺めていた。

「龍神。神尾さんの体内に宿っていた幻想種。でも以前より更に力を増してるわ」

 理事長は横たえた竜宝老師に手をかざし、ヒーリングを行いながら、呆然と呟いた。

「想像以上やな。今は一応、学園を守ってくれてるみたいやけど、敵になったら勝ち目ないで」

 空間転移スペース・ワープで学園内に戻ってきた風子先輩が、眩しそうに上空を仰いでいる。

「おい、龍子、しっかりしろ!・・・ダメだ。目を覚まさない。おい、命!本当に大丈夫なのか?」

 猛志先輩に問われて僕は頷いた。

「少なくとも龍神が体内に戻れば、意識を取り戻します。今は取り敢えず、龍神の力で天狗一族を遠ざけられてますから、しばらくはこの状態を保ちましょう」

 その時、負傷していた竜宝老師が目を覚ました。

「うーむ、油断したわい。あの程度の攻撃をかわせんとは」

「良かった、目を覚ましましたね、老師」

「マディ、アンジェラ殿の水晶を持ってきてくれんか?通信を試してみよう」

「しかし、老師。まだ傷は完全には癒えてません」

「急ぐのじゃ。あの金色の龍は今は白虎の意識がコントロールしとるが、それが叶わなくなった時、天狗一族以上の脅威になるぞ」

「・・・分かりました。瑠璃、アンジェラさんの水晶を持ってきてちょうだい!」

「分かりました!」

 弾丸のようなスピードで瑠璃ちゃんが姿を消した。

「水晶でどうするんですか、理事長?」

「あれを使えば異世界にいるアンジェラさんと交信できるかもしれない。そうすればこの世界に帰って来られるかもしれないのよ」

 なるほど、しかし、鳴神学園への脅威がない今、この時はチャンスなんじゃないのか?

「猛志先輩、風子先輩、今がチャンスじゃないですか?烏天狗たちがいなくなった今、本丸にいるのは苦楽魔と幹部たちだけでしょう。僕たちが力を合わせれば苦楽魔に勝てるかもしれない」

 僕が提案を出した時、背後から声をかけられた。

「それはどうかな?命くん。君は魔王の恐ろしさが分かっていない」

 そこには、いつの間に転移してきたのか、武藤姉弟の姿があった。

「小夜先輩・・・」

「お祖父様!大丈夫ですか!?」

 地面に横たわる竜宝老師に、小夜先輩が気がついた。

「刺されたが致命傷でない。心配無用じゃ」

 それを聞いて武藤姉弟は安堵の吐息を漏らす。

「理事長、さっき闘技場を見てきました。あれは妖魔じゃない。闇の夢想士の仕業ですね?」

 思考を切り替え、小夜先輩は理事長に事の次第を尋ねた。

「ええ、そうよ。あの望の奴がこちらの戦力を削り結界を弱体化させるためにね」

 理事長は悔しさを滲ませた口調で説明した。

「しかし、これが龍神か。龍子くんの体内にいた。これほどのエネルギー量は、あの人にも引けを「とらない凄まじさだ。烏天狗たちが逃げ出したのも無理はない」

 小夜先輩は見上げていた視線を戻し、僕の方を見た。厳しい非難をこめた眼差しだ。

「命くん、君の使い魔だった白虎の身体を依り代にして龍神を復活させたな。もし、龍神が白虎のコントロールから離れたら、この鳴神市が完全に焦土と化すぞ。それを覚悟で龍神を呼び出したのか?」

「確かにその危険はあります。でも、結界が限界にきていて、他に選択肢はなかったんです。それに、今でも白虎とテレパシーでやり取りしてますが、今はまだ安定しています」

 これは嘘ではない。ただ、依り代を得て復活した龍神はその力をもて余してるようだ。何とかこの隙に本丸を攻められれば。

「待て、君たち。珈琉羅の像を通じてアンジェラ殿と接触出来たぞ」

 老師の言葉に理事長が食いついた。

「本当ですか、老師!」

「1兆ほど先のかなり遠い世界におる。いわゆる桃源郷のような世界におるようだ」

「老師、それでアンジェラさんは帰って来られるんですか!?」

 理事長の問いに老師は頷いた。

「テレパシーで繋がったから、それを辿ってこの世界に帰って来られるはずじゃ。それが、いつになるかは分からんが、遅くとも3日以内には帰ってこられるじゃろう」

「うむ」

 老師と同じく水晶に手を当てていたちーちゃんは、

「かなり遠方に飛ばされたようじゃな。故に、やはり今すぐ帰っては来られぬようじゃ」

 ホッとしたような焦っているような、複雑な表情を浮かべている。

「アンジェラさんが戻るのが3日以内。その間、天狗一族が大人しくしてはいないでしょう。魔王である苦楽魔なら、龍神相手でも挑んでくる可能性はあります」

 僕はそう言って頭上を指差した。

「その3日後まで龍神が大人しくしていれば良いんですが、どうなるか分からない。だから、本丸を叩きましょう!」

「ありゃーお前がやったことなんだろーが!何でわざわざ危険な手を使いやがったんだ!」

 武藤家の弟くん、こと槍太そうたくんが声を荒げた。

「結界が破壊される寸前だったんだ。他に手がなかったんだよ」

 どうもこの同級生は苦手だ。優秀な姉2人にコンプレックスを抱えていて、とにかくやたらと喧嘩っ早い。

「止めなさい、槍太。今さら言ってもどうにもならないわ」

 次女の弓美ゆみ先輩が、槍太くんを嗜めた。

「まあ、確かに今さら非難したとて仕方ない。3日の間に天狗一族とケリをつけるか否か、或いは龍神を元通り封印し、新たに強固な結界を張るかだな」

 小夜先輩は2択を提示したが、アンジェラさん並みに強固な結界を作れるとは思えない。しかし、龍神がいつまで大人しくしているか。

(白虎、龍神はどんな感じ?)

〈いきなり身体を取り戻した反動で、今は軽く錯乱状態ね。自我が目覚めた時、荒ぶる神になるか、正気を取り戻すかは今のところ微妙な感じね〉

(暴れだす可能性は?)

〈無いとは言い切れないわね〉

 かつて、いくつもの村や町を滅ぼし、京の都まで手にかけようとした龍神が蘇ってしまうかもしれないのか。

「やはり、本丸を叩きましょう。烏天狗たちが去った今なら物量作戦による疲弊もなく、苦楽魔や幹部を倒せるかもしれません!」

「行くとしても、誰が行くかが問題だ。私たち武藤家は本丸を攻めるつもりだがな」

 小夜先輩たちはやはりというか、天狗一族との直接戦闘を望んだ。

「それなら俺たちのパーティーも行くぜ。今度こそケリをつけてやる」

 猛志先輩が名乗りを上げるが、風子先輩がそれに待ったをかけた。

「待ちーや、タケちゃん。あんたは幼なじみの龍子の側にいてやったほうがええ。本丸にはウチのパーティーが行く」

「馬鹿言うな!待機組みなんて俺の柄じゃねーよ!」

「龍神が暴れだした時、頼れるのはあんただけや。龍子の親友のウチからの頼みを聞いてーや」

 猛志先輩は風子先輩と地面に横たわる龍子先輩を、何度も見比べて逡巡していたが、大きなため息をついて、両手を上げた。

「やれやれ、分かったよ。待つのは性に合わねーが、龍子のことは放っていけねーからな」

「よ、流石やな、タケちゃん!龍子を頼むで!」

 その時、両腕に薫ちゃんといーちゃんが掴まった。

「うにゅー、不安だよミーくん。幹部だけじゃなくて、魔王とも戦うんでしょ?」

「おいらも負ける気はないけど、魔王と戦ったことなんかないから、ちょっぴり緊張するよー」

 いつもの構図だけど、2人とも緊張してるのは確かだ。微かな震えが伝わってくる。

「大丈夫!武藤家と僕たちのパーティーが手を組めば、魔王とだって戦えるよ!」

 何の根拠もないが、今はとにかく士気を高めておかないと。

「ところで、ミーくん。今回は白虎のフォローが無いんやで。あんたは大丈夫なんかいな?」

 風子先輩が痛いところを突いてくる。

「大丈夫です。イラスト化したカードのストックも十分ですから、いざとなれば一気に放出します。散々苦しめられた物量作戦を今度はこっちが仕掛けます」

「あんたのえげつない術が、ここに来て本領発揮できそうやな」

「話し合いがすんだのなら行こう。私たちにとっても、初めての魔王との戦いだ。手強いだろうが、勝ちに行くぞ」

 小夜先輩が急かしてくる。学園の守りは理事長と瑠璃ちゃん。猛志先輩と珠子先輩、萌ちゃん。そして、情報屋の大神翔か。圧倒的に戦力不足だが、龍神の威光で、上級妖魔ですら侵入する気にはならないだろう。

「よし、行きましょう!」

 僕たちの足元に魔方陣が浮かび上がり、神山神社の麓まで転移する。


「ちくしょう、何なんだ、あの化け物は!」

 オレは怒りを込めて鳴神学園のブロック塀を殴りつけた。その途端、上空から稲光が走って地上を焼け焦がした。

「ありゃあ、ただの幻想種じゃねえ。まるで2体いるくらいのエネルギー量だぜ」

 闇の夢想士たちが中で上手くやったようで、結界は確かに壊れた。しかし、代わりに規格外の化け物が学園を守るように、頭上をぐるぐる回っている。

 振り替えると、鍛え上げたオレの軍勢が金剛杖を握りしめ、ガタガタ震えている。

「これじゃあ結界を破壊させないほうが良かったぜ。まさか、神尾龍子が龍神を顕現させるとは、夢にも思わなかったからな」

 オレは方針転換することにした。

「お前たち、地面を掘れ!上がダメなら地下から襲撃だ。時間はかかるが手段を選んでいられねえ」

 オレは金剛杖を地面に突き刺して号令をかけた。

「早速、始めろ!」


 神仙境には他に誰もいないと思ってたが、和合殿と酒を酌み交わしていると、どこからともなく仙人たちが集まってきて、ちょっとした宴の様相を呈していた。

「さあ、アンジェラ殿、どうぞ一献」

「これはどうも」

 頭の片隅では元の世界に戻るための演算をしながら、仙人たちの乾杯に付き合わされていた。

「アンジェラ殿は見かけと違い、恐るべき存在値ですな。ここにいる仙人が総掛りでも勝てそうにはない」

 和合殿がやたらと私を持ち上げるので、恐縮至極なのだが、まあ、向こうも本気で言ってるようだ。確かに数百、数千年戦い続けた私は、今はもう人間とは言えない。神人という輪廻の輪から外れた存在だ。ここにいる仙人たちのように。

 宴が盛り上がっている中、頭の中に声が届いた。この声は、まさか!?

(竜宝老師ですか!?)

(おー、良かった珈琉羅の像を媒介にしてテレパシーを送っているのじゃよ)

(珈琉羅の像がどうして?)

(あれはただの木像ではない。肉体を失った珈琉羅の魂が宿った特別の像じゃ。儂はいうまでもないが、あんたもあの像に触ったじゃろう?それだけではない。像の中身もじっくりと精査したじゃろう?だからこそあの像と特別な繋がりが出来たのじゃ)

(なるほど、このテレパシーを仲介している、珈琉羅像を刻印として転移すれば良いのですね?)

(うむ、学園は結界が壊された。今はやむを得ず、顕現した龍神によって守られておる)

(龍神が!?まさか、あのハイブリッド案を実行したのですか!?なんて無茶を!)

(彼らを攻めんでやってくれ。結界が破壊されそうになったので、やむを得ずの決断だったのじゃ)

(まあ、今は不問にしておきましょう。私は早速座標を割り出し、そちらに帰還します)

(うむ、よろしく頼む)

 会話が終わっても私には珈琉羅像の位置が分かる。かなり離れた距離だが、何度か空間転移スペース・ワープを繰り返せば良いだろう。

 私は決意を込めて立ち上がった。

「みなさん、お世話になりました。私は元いた世界に帰らねばなりません。お名残惜しいですが、お別れです」

「そうか、元いた世界の座標が分かったのだな。それでは致し方あるまい。皆、アンジェラ殿はここを去る。祝福をしょうではないか!」

「アンジェラ殿、これを」

 仙人の一人が中に石の詰まった袋を差し出した。それを手に取ると、途轍もないパワーを感じられた。

「これからは座標とすべき場所にそれを安置すれば良い。どんなに離れた場所でもその存在を感じられるはずじゃ」

「ありがたい、これから大いに活用します。それではみなさん、お元気で」

 仙人に言うセリフではないが、他に言うべき言葉が見つからない。空間転移スペース・ワープを開始する刹那、全員がお猪口を掲げて別れの挨拶としている。私は軽く手を振り、星の瞬く空間へと旅立ったのだった。


 僕たちは神山神社の麓の石段の前に転移した。何の気配も感じられず、今が戦争状態であることを忘れてしまいそうだ。

「お祖父様の話ではこの上にある神山神社の境内に、天狗一族の結界があるそうだ」

 小夜先輩が愛刀を手に高い石段を見上げた。

「烏天狗たちの気配も感じられねえ。どうやら龍神に恐れをなして結界に逃げ込んだってのは、本当らしいな」

 槍太くんも槍を肩にかけて呟いた。

「大気の流れから推測すると、神社の境内には、4人いてるなー。ずば抜けたエネルギー量は魔王の苦楽魔に違いないで」

 風子先輩は風の流れで人数や建物の位置などを特定出来る。やはり魔王がいるのか。

「怖いよー、ミーくん」

「お兄ちゃん、おいらが守るからね」

 僕の両腕に掴まった薫ちゃんといーちゃんが、震えながらもしっかりと石段を登ってゆく。

「大丈夫だよ、二人とも。僕には秘策があるから」

 絶対的に強力な策ではないが、少なくとも身を守る盾にはなる。

 長い石段を登ってゆくと、徐々に魔力が色濃くなってきた。

「よーし、今のうちに変身をしておこう」

 いーちゃんは言下に龍子先輩の姿に変身した。本人曰く、最もエネルギー量が高く、色んな術が使えるかららしい。

「鳥居が見えてきた。全員、戦闘態勢に!」

 僕は制服のあちこちに大量のイラストカードを仕込んでいる。そして愛用の空想之銃イマジン・リボルバーを右手に構えた。

「薫くん、君の植物の蔦で境内のほうを探ってくれないか?」

「へっ!?は、はは、はい!」

 薫ちゃんは焦りながら、緑の絨毯を上に向かって這わせてゆく。境内に侵入した途端、ガンッと強い打撃音が聞こえた。

「よし、一気に突入するぞ!」

 武藤3姉弟が境内に向かって走り出す。

「風子先輩と僕は頭上から攻撃しましょう」

「撹乱作戦か、よし、行くで!」

「薫ちゃんといーちゃんは後から境内に侵入して!」

 僕たちは重力操作グラビティ・コントロールで宙に舞い、神山神社の上空に至った。

 境内では武藤3姉弟と神通坊と太郎坊、次郎坊が激しく戦っている。苦楽魔はどこだ?本殿の中だろうか?

「かっはっは!烏天狗たちがいなくなって、奇襲を仕掛けてきたか。だが生憎、そんなことはお見通しだ!」

 そこには、空に映し出された映像で見た苦楽魔、その人が待ち構えていた。

「貴様らを殺してから、あの龍神への対策を考えるとしよう」

 苦楽魔は手にした錫杖を振るい、ぐんぐん身体が大きくなってゆく。

「先手必勝!」

 僕は空想之銃イマジン・リボルバーで、苦楽魔の頭部や胸に向かって連射した。しかし、流石は魔王、そんな攻撃は効かないとばかりに、錫杖を振るって攻撃に移った。

「カマイタチ、乱れ打ち!」

 風子先輩の真空刃による攻撃にもまるで怯まない。ちゃんと傷は出来るのだが、恐ろしい速度で再生してしまう。

「かっはっは!その程度か!これを食らえ、暴風竜牙!」

 苦楽魔が手にした錫杖が、勢いよく回転して、凄まじい暴風が生み出された。

「おっと、風攻撃はウチの十八番やで!死之暴風デス・ストーム!」

 二つの暴風がぶつかり合い、恐ろしいほどの乱気流が発生した。僕は高度をあげて巻き込まれるのを避ける。そして、空想之砲撃イマジナル・ミサイルを構え、頭上から苦楽魔に向けて何発も発射した。流石に直撃を避けるためか、防御結界を張って爆発の衝撃を流した。

「おのれ、チョロチョロと!」

 苦楽魔の視線が僕を捉え、巨大な羽毛針を、何百本も飛ばしてきた。僕も防御結界プロテクト・ガードを張って攻撃を無効化する。その隙に風子先輩が苦楽魔を攻撃する。

刀剣乱舞ダンス・アンド・ブレイド!」

 風子先輩の究極技が襲うが、苦楽魔は何事もなかったかのように、錫杖を振るって無数の真空刃を、無効化してしまう。

 やはり強い。幹部クラスなら僕と風子先輩のタッグで倒してきたが、魔王はやはり別格だった。

「鬱陶しい!ならば、我が奥義見せてくれるわ!」

 人差し指先と中指を口に当て真言マントラを唱える苦楽魔。するとその姿が2体となり3体となり、最終的に6体になった。

「かっはっは!言っておくが幻術などではないぞ!この6人全てが本物。同じ力をもっておる!」

 単なる分身の術なら本体を倒せば分身は消えるが、苦楽魔はそうではないと言う。それが本当なら魔王を6人相手に戦わなければいけないということか!

「どうしますか、風子先輩?魔王が6人に増えました!」

「あー、もう反則級やな。1人でももて余してるのに、6人って、危なっ!」

 6人のうちの1人が錫杖を振るって攻撃を再開する。しかも、風子先輩と僕に対して、2人の苦楽魔だ。魔王相手に1人で勝てるとは思えない。しかも、残った4人の苦楽魔は、その巨体を揺らして鳴神学園のほうに歩み寄ってゆく。どうやら、複数ならば幻想種にも勝てると踏んだらしい。

 接近する苦楽魔たちに呼応し、龍神が雷のような唸り声を上げた。不味い、ただでさえ龍神は不安定な状況なのに!

 だが、鳴神学園に向かうことは叶わない。苦楽魔の分身体が立ちはだかってるからだ。

 くっ、龍子先輩!

 苦楽魔の攻撃をかわしながら、僕の心は龍子先輩のことで一杯だった。


〈ぐうう、ぐあああー!〉

〈龍神、正気に戻りなさい!苦楽魔が分身して襲ってくるわ!〉

 私は何とかして龍神の暴走を止めようとするが、流石に龍神のエネルギー量は半端じゃない。でも、このまま暴れさせては荒ぶる神となる。苦楽魔の1体が、錫杖を振るって打ち据えようとする。それに呼応して龍神の全身から雷が放出された。数千度の熱電撃だ。苦楽魔の錫杖はチリとなって消えた。

「むう、流石は幻想種。我ら支配種を超える途方もない存在だな」

 すると、分身のうち3体がその巨体を生かして龍神の身体を押さえ込む。電撃が放出され続けているが、この3体は犠牲になる覚悟のようだ。残った一体が錫杖を振りかぶり、動けなくなった龍神の身体に攻撃しようとしている。

〈ぐおあああー!〉

 龍神の蛇のように長い身体がうねって、苦楽魔たちの押さえ込みを振りほどく。そして、逆に1体の苦楽魔をぐるぐる巻きにして、最強の電撃を放った。苦楽魔の身体が破裂して焼け焦げてゆく。

〈はは、ははは、はははははー!〉

 龍神が歓喜に満ちた笑い声を上げる。

〈ちっ、マズイわ!このままじゃ、本当に荒ぶる神になる!〉

 私は校庭で成り行きを見守っている千歳に呼び掛けた。

〈千歳、このままではマズイわ!龍子の左手を上にかざして!強制的に龍神を龍子の体内に戻すわ!〉

(コントロールが効かなくなってきたか、白虎。分かった封印の手袋を用意しておく)

 私は荒れ狂う龍神の存在を、何とか引き留め、地上に向けて投げ放った。

〈今よ、龍神!龍子の体内に戻って!〉

 霞のように朧気になった龍神は龍子の左手に吸い込まれてゆく。千歳が手袋をはめて封印が成功した。

〈さて、苦楽魔ども!今度は私が相手だ!〉

 合体の影響で通常の倍の大きさになった私は、苦楽魔に向けて咆哮を上げた。


 龍神が体内に戻っても龍子は目を覚まさない。その身体を抱えながら上空を見るとまるで神々の戦いを見ているようじゃった。

「まるで神話じゃのう」

 すると、強烈な魔力に誘引されて、校庭のあちこちで中級妖魔が湧いてきた。結界が壊れたから学園内でも妖魔が湧いてくるようじゃ。

「おっと、萌!頼むぜ!」

「はい!死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデン!」

 途端に校庭中に緑の絨毯が広がり、妖魔たちを拘束する。

「ようし、俺も手を貸すぜ!」

 大神が剣を振るって飛び出してゆく。

「瑠璃、千歳さんと老師、神尾さんの護衛、頼んだわよ」

「分かりました、御主人様マスター

 マディはコンクリートを組み上げゴーレムを造った。

「さあっ、湧いてくる妖魔を全て討伐するのよ!」

 ゴーレムは主の命令に従い、植物の蔦で拘束されてる、中級妖魔を蹂躙し始めた。

 背後からも妖魔が湧いてきたが、瑠璃が素早く動き、ボコボコのバラバラにする。これは過剰戦力じゃないかのう?妾は結界を張り、ご老体と龍子の身の安全を完全にする。

「しかし、あれは反則じゃのう。魔王の力を全ての分身が宿しておるとは。白虎は支配種を超えた幻想種じゃが、3体を一度に相手取るには、ちと荷が重そうじゃ」

 妾は龍子の身体を抱えながら、各地で起こっている戦いの行く末を見守ることしか出来んかった。


 これで何度目の転移になるのか?私はふと足を止めて、雄大な日の出の光景に目を細めていた。すると背後に気配が生じたので、素早く振り向いた。

 そこにいたのは、修験者のような格好をした、桁違いの存在値を誇る女性だった。

「そなたがアンジェラ殿か」

 敵意など微塵も感じない、底知れない慈愛に満ちた存在だった。

「そうか、あなたは珈琉羅殿か」

「如何にも。此度は私の眷属が迷惑をかけたようで、誠に申し訳ない」

 珈琉羅は軽く頭を下げた。

「あなたは、私のいた世界での出来事を把握しておられるのかな?」

「まあ、概ねは。しかし、私は今やこの世界に転生しておるので、そなたの世界に干渉することが、出来ない」

「だが、テレパシーを送ることくらいは出来るのでは?現に私はあなたの木像を媒介にして、元の世界と交信を行った。それで今は帰る途中なのだが」

 すると珈琉羅はゆっくりと首を振った。

「すでに解脱してしまった私の声は、あの者たちには届かない。そなたは帰る途中なのだろう?どうか眷属たちには寛大な心で接して欲しい」

「それは苦楽魔に言って頂きたい。今回、一方的に戦いを挑んできたのは向こうのほうだからな」

「あの者たちは聖域とか秘宝とか、目の前のことしか見えておらんからな。だが、そなたなら両方の仲立ちになって仲裁することが出来るはず」

「いや、怒りや憎悪でまみれた今の苦楽魔には、忠告など聞き入れる余裕はないだろう。悪いが場合によっては天狗一族の者を、全て倒さねばならないかもしれん」

 私の言葉に珈琉羅はため息をつき、その場に膝をついた。

「これでもダメだろうか?異界の勇者よ。そなたを見込んでの頼みなのだ」

 私は正直、どう答えたら珈琉羅が納得するか、図れずにいた。だから、先ほどの意見を繰り返すことになる。

「苦楽魔を説得出来るのはあなただけだ。不可能などと最初から決めつけずに何度も試してもらいたい。あなたの言葉なら苦楽魔も耳を貸すだろうからな」

 片膝をついたまま思案していた珈琉羅だったが、決心したのか、再び立ち上がった。

「なるほど、確かに自分の眷属の不始末は私の不始末。責任を取らねばならないな。苦楽魔に呼び掛けてみよう。だが期待はしないでくれ」

「分かっている。こちらとしてもなるべくなら犠牲者を出したくはない。説得のほうはよろしくお願いする」

 私は再び空間転移スペース・ワープの準備に取りかかる。

「どうか争いが鎮まらんことを・・・・」

 転移の際に、珈琉羅の呟きを耳にしたような気がした。


 僕は襲いかかる巨体の苦楽魔から逃れながら、イラスト化した烏天狗の群れを、

現実化リアライズ!」

 具現化させて何とかやり過ごしていた。数十、数百の群れに苦楽魔も怯んでいる。

「己れ!我が同胞を傀儡にするとは、許せん所業!貴様だけはこの手で殺す!」

 何だか火に油を注いだ感じになってるが、なりふり構ってはいられない。

空想之砲撃イマジナル・ミサイル!」

 合間を縫ってミサイルを撃ち込むが、向こうの結界を破ることは叶わない。どうする?っと思っていると、ズシンと地面が揺らぎ、風子先輩と対峙していた苦楽魔が苦しそうに喉を押さえている。

「あんたの周りの大気の酸素濃度を下げた。妖魔とて酸素のないところやったら苦しくなると思たが、的中したみたいやな!」

「己れ、小賢しい術を!」

 僕を相手どっていた苦楽魔が、風子先輩のほうに向き直った。

「今だ!空想之爆撃イマジナル・ボム!」

 僕は空中に出現した無数の爆弾を、苦楽魔めがけて落とした。いわゆる空爆というやつだ。

「うおおー!舐めおって!」

 頭上からバラバラと落ちてくる爆弾に、苦楽魔たちも翻弄されている。

「おお、ええで、ミーくん!ナイスフォローや!」

 絨毯爆撃で動きの止まった苦楽魔たちに、風子先輩も更なる攻撃を加える。

刀剣乱舞ダンス・アンド・ブレイド

 この波状攻撃に耐えかねたのか、苦楽魔は猛然と吠えた。

「忌々しい夢想士どもめ!」

 2体の苦楽魔が合体して、俊敏な動きで爆弾や真空刃をかわしてゆく。

「巨大化してたら的が大き過ぎて、広範囲攻撃の絶好の餌食になるって分かったみたいやな。って、うわっ!」

 僕たちの攻撃をかわしきった苦楽魔が、風子先輩に向けて羽毛針を飛ばした。それをかわしたところで錫杖が、唸りを上げて先輩に襲いかかる。

空想之銃イマジン・リボルバー!」

 僕は背後を見せた苦楽魔に対して銃弾を撃ち込んだ。しかし、全方位型結界で弾かれた。

 もうすぐ、風子先輩に届こうかという時に風が一陣吹いた。それは矢のように飛び込んできた小夜先輩の抜刀術だった。生憎、苦楽魔自身には届かなかったが、結界は綺麗に弾けとんだ。

 全員が地上に降り立ち、構えを取った。小夜先輩が来たということは、幹部たちは倒したということか。

「むう、3対1か・・・」

「逃がさへんでー」

「覚悟を決めろ」

 先輩たちは苦楽魔に徐々に近づいているが、何だか嫌な予感がする。

「かっはっは!優位に立ったつもりか?愚か者どもが!」

 その時、先輩たちの背後の空間が歪み、口を開けた。

「危ない!絵画化イラストライズ!」

 僕は大急ぎで術を発動した。先輩たちの後ろに生じた空間の歪みが、パクりと口を閉じたように見えた。僕は慌てて手に持ったカードを確認した。無事に風子先輩と小夜先輩はイラスト化されている。もし、あらかじめアンジェラさんの件を聞いてなかったら、今頃大変なことになっていただろう。

「むう、小僧め。おかしな術を使いおる」

 苦楽魔の標的が僕に変更されたようだ。慌ててカードを手に、

現実化リアライズ!」

 先輩たちを3次元に戻した。

「うーわ、イラスト化されたらあんな感じになるんか!」

「正直、2度とごめんだ」

 先輩たちが何やら嫌そうな顔でこちらを伺ってる。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!緊急避難な事態だったんです!悪気はなかったんですってば!」

「ああ、分かっている。命くん」

「助かったわ。おおきになー」

 その時、弓美先輩、槍太くん、薫ちゃん、いーちゃんが駆け付けた。

 これで7対1だ。魔王に勝てるのか、否か?


 私は身体中の体毛を硬質化させて、周囲にばら蒔いた。鋼鉄の針を食らって、3体の巨大苦楽魔が顔を押さえる。無防備になった胴体に虎パンチを食らわす。

猛虎白爪もうこびゃくそう!」

 マトモに食らった苦楽魔は上半身と下半身に両断され、ダメ押しの顔面への攻撃でボロボロと崩れ落ちてゆく。

 さて、残るは後2体!っと思ったのだが、巨大苦楽魔は2体とも姿を消していた。本体に呼び戻されたのか?いずれにせよ、私は再びの天狗一族の攻撃に備えて、鳴神学園の真上に陣取り、警戒を怠らなかった。


 あたしが目を覚ました時、事態は一変していた。結界は無くなったままだが、烏天狗たちの姿は見当たらなかった。地面に目を落とすと、夥しい数の魔水晶が転がっており、パーティーメンバーたちはその収集に取りかかっていた。

「おう、龍子。目を覚ましたか」

 あたしの身体を抱えているのは千歳こと、ちーちゃんだった。

「あたしが意識を失っている間に何が起こったんだ?」

「龍神と白虎のハイブリッドに恐れをなして、烏天狗たちは神社の結界の中に逃げ込んだのじゃ。そして巨大化した苦楽魔の分身体が4体も現れてどうなるかと思ったのじゃが、流石に幻想種は桁違いじゃな。2体をあっという間に倒しおった」

「・・・そうか、ぱないな、幻想種。それで残り2体はどうなったんだ!」

「消えてしもうた。ひょっとすると、本丸を攻められて苦楽魔は追い詰められたのかもしれん。それで慌てて分身体を呼び戻したのじゃろう」

 あたしは立ち上がり、全身のストレッチを始めた。

「そうか。でも相手は魔王。神社に向かったパーティーがどうなってるか気がかりだな」

「うん?まあ、そうじゃが、あのメンバーなら滅多なことは起こるまい」

「違うんだ、ちーちゃん。あたしはどういうわけか、地下から魔力が近づいて来ているのが気になってるんだ」

「何っ!?・・・むう、この気配は!今まで空中の戦闘に気を取られていたから気付かなかったが」

 その時、魔水晶を集めていた猛志が、あたしに気付いて声を上げた。

「よう、龍子!目を覚ましたか?」

「危ない、飛べ!猛志!」

 あたしが呼び掛けた直後、地面が隆起して派手な爆発が生じた。

「な、にぃー!?」

 校庭にぽっかり空いた穴から鬼たちが、わらわらと這い出してきた。そして、見知った顔を見ることになる。

「遭禍!どうしてここに!?酒呑一族は手を引いたんじゃないのか!」

「よう、龍子。結界が邪魔だったがオレたちは地下を掘り進めて、こうして侵入することが出来たぜ。覚悟しな!」

 その時、ドクンっと心臓が高鳴った。後から後からエネルギーが湧いてくる。

「ちーちゃん、あたしは今恐ろしいくらいにエネルギーに満ちているんだが?」

「うむ、荒れ狂う龍神を無理やり戻したからな。今の龍子はAランクオーバーの強さになっておる」

 遭禍は自分の部下たちを総動員しているようだ。金剛杖を手にした鬼の軍勢と、夢想士軍団が睨み合っている。

「おい、お前たちの相手はあたしが1人でやってやる!全員で掛かって来い!」

 あたしの台詞が気に食わなかったのか、遭禍は、それだけで人を殺せそうな、激情の視線を放っている。

「テメー、大口叩くじゃねーか。長引く戦闘でおかしくなったのか?よし、オメーら神尾龍子だけを狙え!討ち取った奴は幹部にしてやる!」

 鬼の軍勢はターゲットを私に絞り、こちらに向けて殺到した。

「おい、龍子!何血迷ったこと言ってんだ!?」

 猛志の言葉は無視して私は全身に漲るエネルギーを、鬼の軍勢に向けて放った。

太陽焼灼砲フレア・ブラスター!」

 一万度近いプラズマ攻撃は、行く手を全て焼き尽くす焦熱地獄だ。一瞬にして部下を全て失った遭禍は、呆然とその場に立ち尽くしていた。

「な、何なんだテメーは。前より格段に強くなってる」

「殺されたくなかったら、今すぐ穴に戻って逃げ出したほうが良いぞ」

 その台詞に遭禍は眉を吊り上げ、激怒の表情になった。

「テメー、舐めやがって!少しばかり強くなったからって、このオレが逃げるとでも思ってやがるのか!?」

 遭禍は金剛杖を手にして、思い切り地面に突き刺した。

「本当に強くなったのか、このオレが試してやる!」

「良いだろう。こちらも剣で相手をしてやる。天薙神剣あめなぎのみことのつるぎ!」

 あたしは召喚した剣を握り、遭禍と向かい合った。


 僕らは翻弄されていた。今度は等身大の分身体を7つ作った苦楽魔は、凄まじいスピードで攻撃してくる。Aランクになったばかりの僕はともかく、剣技では最強と思っていた小夜先輩ですら、苦戦している。苦楽魔とマトモに戦っているのは小夜先輩と風子先輩、槍太くんと僕だけだ。薫ちゃんは死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデンで苦楽魔たちを拘束しようするが、蔦などあっさり引きちぎり、襲いかかってくる。それを龍子先輩に変身したいーちゃんが、電撃で仕留めようとするが、とにかく動きが速い。弓美先輩の百矢びゃくやですら射止められない。

「かっはっは!どうしたどうした?7人がかりで儂1人に苦戦するとは、修行が足りんな!」

 苦楽魔が挑発するが、事実、誰1人互角の戦いをしてる者はいない。これが魔王という絶対的な存在なのか?幹部たちとの実力差は圧倒的だった。

「仕方ない、こちらも最終奥義を出すしかないな」

 小夜先輩が刀の柄を手に、腰を落とした。

「姉さん!絶対零度を使うつもり!?あれは霊力の消耗が激しいから、月に1度くらいしか、使えないのよ!しかも、先の戦闘で使ったばかりじゃない!また使ったら今度こそ半月は寝込む羽目になるわよ!」

 弓美先輩が必死に引き留めている。その最終奥義とやらが、今使えたら良かったのだけど、どうも無理のようだ。

「そっちが来ないなら、こちらからいくぞ!」

 そう言った時には、苦楽魔は弓美先輩の真正面に立っていた

「くっ、鳴弦!」

 弓美先輩が弓の弦を指先で弾いて超音波を発生させるが、苦楽魔は余裕の笑みを浮かべている。

「おう、丁度良い刺激じゃな。肩凝りに効きそうじゃ」

 何のダメージも受けてないようで、錫杖を振り上げて打ちかかる。弓美先輩は弓で受け止めるが、5メートルも吹き飛ばされてダウンしてしまう。

「野郎!よくも弓美姉を!」

 槍太くんが槍で小刻みな連打を繰り出すが、その全てを苦楽魔は余裕たっぷりに捌く。そして、弓美先輩が戦線離脱したため、2人の苦楽魔を相手取る形になる。僕も右手に銃、左手に剣を持って戦っているが、そもそも反応速度が違うので、一方的に劣勢に立たされてしまう。

 もうダメかと思った矢先、空から巨大な影が降りてきた。頼れる相棒の参戦に歓喜の声が上がった。

〈命、大丈夫?〉

「ナイスタイミングだよ、白虎!でも、鳴神学園の守りは良いのかい?」

〈竜宝老師と千歳が結界を張り直したわ。とりあえずは凌げるはずよ〉

 白虎の姿を見た途端、苦楽魔は分身を全て集めて1人に戻った。

「ちっ、幻想種か!ここは一旦引くしかないか」

 不利を悟った苦楽魔の判断は早かった。結界の入り口を開きその中に逃げ込もうとする。

「勝負はまだついておらん。また戻って来るぞ!」

 高らかに宣言して結界の中に飛び込んで姿を消した。どうやら生き延びたようだ。それもこれも白虎のお陰だった。


 数回斬り結んだだけで、遭禍は防戦一方になった。今のあたしは力が漲っている。スピードもパワーも遭禍を遥かに上回っていた。

「そら、今なら見逃してやるから、引いたらどうだ?」

「なんだとー、テメー!」

「あたし1人に苦戦してる上に、ここには他にも夢想士がいる。どう考えても勝ち目はないぞ」

「・・・ちっ!」

 斬撃で飛ばされたタイミングで遭禍は金剛杖を下ろし、忌々しげにあたしを睨み付ける。

「これで勝ったと思うなよ。後はまた天狗一族に譲るが、テメーとの決着はいつか必ずつけてやる!」

 そう言い残し、遭禍は掘ってきた穴の中に飛び込み撤退した。


 第4章 帰ってきた夢想士


 儂は隠れ家である神山神社の境内にある結界の中で、ひしめく烏天狗たちを前に演説をおこなっていた。

「なんたる体たらくだ!幻想種1体に恐れをなし、敗走するとは!我ら誇り高き天狗一族ともあろう者が!」

 錫杖を地面に突き刺し、大声てどなったが、そこで神通坊が割り込んだ。

「恐れながら、苦楽魔様。あれはただの幻想種ではありませんでした!2体の幻想種が合体したような、途方もない化け物でした。烏天狗たちが逃げ出したのも無理はないかと」

「黙れ!幹部である貴様がそんなザマだから、烏天狗たちの士気が下がるのだ!恥を知れい!」

 儂が錫杖で打ちすえると、神通坊はその場に膝を折って、かしこまる。それを庇うよに太郎坊と次郎坊が進言する。

「苦楽魔様、かの金色の龍は姿を消しました。現在、新たな結界が張られていますが、以前ほど強力なものではありません。あの歴戦の勇者もいない今、再び結界を破壊するチャンスかと」

 それを聞いて儂はニヤリと笑う。

「うむ、今度は儂も結界の破壊に赴く。厄介な幻想種の白虎はまだいるからな。そちらは儂が担当するしかあるまい」

「苦楽魔様の手を煩わすのは不本意ではありますが、お願い申し上げます」

「その代わり、我々は今度こそ鳴神学園を陥落させます故」

 太郎坊と次郎坊が膝を折ってそう誓う。烏天狗たちもかなり数が減ってしまった。次の戦闘で決着をつけなければ、死んだ連中も浮かばれまい。

「よし、明朝9時から戦闘を開始する!今度こそ勝利よ、我が手に!」

「「「我が手に!」」」

 全員の声が重なり大音量が結界内部に響き渡った。


「お祖父様、大丈夫ですか?」

「うむ、もう傷も塞がっておる。心配は要らん」

 小夜先輩たちが、地下の医療棟でベッドに横たわる竜宝老師を囲んで、心配そうに話しかけている。他にも負傷者が多数いるので、闘技場も人が慌ただしく行き交っている。多くの遺体が小闘技場に集められ、術による防腐処理が施されている。大闘技場には多くのペッドが並べられ負傷者が寝かされている。回復士ヒーラーたちが、不眠不休で頑張っているが、そろそろ限界を迎えつつあった。

「そろそろ決着をつけなければならないわね」

 痛ましい惨状を眺めていた僕はその声に振り向いた。理事長と瑠璃ちゃん、そして龍子先輩が様子見にやってきたようだ。僕は先日のキスをされた日以来、龍子先輩の顔をマトモに見れなくなっていた。ファーストキスっていってたよな?ということは、龍子先輩は僕のこと・・・好き、なのだろうか?そう、だよな。好きでもない男とキスするわけないよな。考えただけで顔が火照ってきた。

「どうしたんだ、ミーくん?顔が赤いぞ?」

「べっ、別になんでもありません!」

 気にしているのは僕だけか?龍子先輩は通常運転だ。あのキスには別に意味はなかったのか?1人、顔を火照らせていると、

「絵本くん、理事長室に集まって。今後の方針について作戦会議をするわ」

 理事長はそういうと、瑠璃ちゃんを従えて闘技場から出ていった。すると、龍子先輩は僕の方を振り返り、イタズラな笑みを浮かべた。

「どうした、ミーくん?あの時の唇の感触を思い出して顔が赤いのかな?」

「えっ、それはその・・・」

 僕があたふたしていると、龍子先輩は僕の身体を強く抱き締めた。柔らかくて暖かい感触に包まれ、良い匂いに包まれて、僕の男の子の部分が熱く固くそそり立った。

「ミーくんのが、お腹に当たってるよ。本当に固くなるんだね」

 そう言うと、龍子先輩は僕の唇を塞いだ。生き物のように熱くうねる舌が侵入してくる。僕の頭は麻痺して、夢中で柔らかい舌を吸い続けた。1分くらいそうしていただろうか。やがて、唇が離れると2人共、すっかり息が荒くなっていた。

「そ、それじゃ理事長室に行こうか、ミーくん」

「そ、そうですね・・・」

 僕は龍子先輩に手を引かれ、闘技場を後にした。繋いだ手は意外なほど細く柔らかく、龍子先輩も女の子なんだなーと、益体もないことを思ったのだった。


 理事長室には、学園の戦力が勢揃いしていた。まずは理事長と瑠璃ちゃん。龍子先輩と猛志先輩、風子先輩、珠子先輩、花園萌、薫ちゃんの姉弟。九十九いろはと僕、絵本命。そして、武藤家の小夜先輩、弓美先輩、槍太くんと情報屋の大神翔。合わせて14人の精鋭だ。

「緊急事態ということで、鳴神市中のAランクの夢想士が、増援として駆けつけてくれる運びになっている。妖魔特捜課の特殊部隊も全班が烏天狗対策として投入される。しかし、まあ我々の牙城が狙われているわけだから、助っ人に頼りきりってのも良くないわね」

 理事長はそこで言葉を切って口を閉じた。

「そういえば、本丸の神山神社では、苦楽魔に全員が翻弄されたんだったわね。流石に魔王というべきか・・・」

「それは違います、理事長!私の奥義を使えば例え魔王といえども!」

「でも、それは使ってしまったら、あなたは霊力を使い果たして気を失うんでしょう?」

「技さえ決まれば絶対に倒せます!」

「魔王相手の戦闘で絶対なんて言い切れる?事実、魔王はあなたちを異世界の中に追放しようとしたんでしょう?」

「そ、それは・・・」

 小夜先輩が言い淀んだ。まあ実際、あの魔王は知略を巡らすタイプみたいだったから、奥義をわざと使わせてこちらが消耗するのを待ち、反撃に出るという想定も出来る。

「私は大切な生徒にこれ以上死んで欲しくないのよ。だからこそあらゆる事態を想定したシミュレーションをしておきたいの」

 理事長はホワイトボードに向かい、ペンで簡単に学園と神社の位置を記した。

「まず、問題なのは魔王の苦楽魔がどちらに現れるかね。先の戦闘ではどちらにも現れるという、とんでもない展開だったけど、分身が消えて残ったのが神社にいた苦楽魔だった。やはり御神体である珈琉羅の像がある神社から離れたくないみたいね」

 持論を展開する理事長。しかし、分身体を生み出せる苦楽魔なら、どちらも同時に襲える。実際そうだったし。僕はその辺りを理事長に質問したが、

「うーん、鋭いわね。ただ同じ能力を持ってるっていっても、やはり大元になる苦楽魔は1体しかいないはず。それを倒せば分身なんて全て消えるわ。ただ、魔王の討伐なんて、簡単にはいかないのよ。何故、平安の世から4大魔王が存在し続けているか?簡単なことよ。歴史上、魔王を討伐した夢想士は皆無だからよ。最も、それ以前。神話の時代には魔王や幻想種を討伐する勇者もいたらしいけどね」

「アンジェラさんはどうなんですか?あれだけ強かったら、魔王も目やないって感じですけど」

 風子先輩の質問は想定内だったのか、理事長は大きく肩をすくめる。

「あの人は謎の多い人だからね。世界で数人しかいないと言われるSランクの夢想士。しかもその中で最強といわれてるアンジェラさんは、私が調べた限りではアメリカやヨーロッパにいた魔王を討伐した記録が残ってるわ。ただし、500年ほど前の話だけどね」

「えー、それはいくらなんでもあり得なくないですか?アンジェラさんって、年齢はいくつなんですか?」

「儂と同じじゃ。輪廻の輪から外れた存在。神人であり不老不死じゃ」

 扉を開けて現れたのは予言者であり、平安の世から現代にやって来た、白髪白眼の美少女、千歳こと、ちーちゃんだった。この見た目が12歳くらいにしか見えない予言者は、1000年以上生きていると聞いて驚いたものだったが・・・

「マディ、作戦会議をするなら、何故妾を呼ばん?妾だって早起きくらい出来るぞ」

 ぷうっと頬を膨らませた顔を見てると、とても不老不死には見えない。

「あー、ゴメンなさい、千歳さん。あなたは戦闘に直接関与しないから、つい」

「これでも、幾つもの修羅場を潜って来たんじゃ。変な気を使うでない」

 トテトテとやって来た予言者は、理事長室の大きな椅子に埋まって、厳かにいった。

「まあ良い、続けよ」

 見た目はあどけない少女だが、やはり1000年生きているだけあって、尊大な振る舞いも板についていた。

「はい、それでは。えーっと、本物の苦楽魔が現れる可能性が高いのは神山神社ね。幹部たちもいるし、出来るだけ強力なパーティーを向かわせたいわね」

「そういうことなら、是非とも武藤家の軍勢に任せてください!武藤家ゆかりのAランクの夢想士たちもついてます!」

 一番に名乗りを上げたのは、やはりというか、小夜先輩だった。どうしても魔王と戦いたいのだろう。この500年ほど、討伐された魔王は皆無というのが、余計にやる気の炎に油を注がれたようだ。

「うーん、分身とはいえ、みんな一度は魔王と戦った経験はあるのよね?どう?勝てる自信のある人は他にいるかしら?」

「それじゃあ、あたしが行きます。ハイブリッド化して体内に戻った龍神の影響で、何か押さえきれないほどの破壊衝動があるんです。それを解消したい」

 あ、やはりハイブリッド化の影響があるのか。そういえば、さっきから龍子先輩の強烈なオーラが、ダダ漏れなんだよね。

「うん、神尾さんのエネルギー量が増えて、とんでもないレベルに達しているわ。神尾さん、IDカードを出してちょうだい」

 龍子先輩は一瞬戸惑ったものの、大人しくカードを渡した。理事長が思念を込めて見つめている。すると、一際明るい光がカードを包んで、元に戻った。

「はい、神尾さん。昇格、おめでとう」

「え?・・・ええええー!?」

 返してもらったIDカードをガン見する龍子先輩。僕もそっと覗き込んだが、夢想士にしか視えないランクの欄にA+と書かれている。他のみんなも確認してしばらく大騒ぎになってしまった。

「な、なんでこのタイミングで昇格するんだよ!?」

 猛志先輩が非難を込めて理事長のほうを見つめていた。

「ハイブリッド化したことで、龍神と白虎、2体の幻想種のエネルギーの残滓が、神尾さんのレベルを一気に引き上げたのよ。これは本当に怪我の巧妙といえるわね」

 龍子先輩もだが、ここに集まった面子が全員この事態に二の句が継げなくなっていた。

「というわけで、神尾さんには神社のほうを担当してもらうわ。魔王が出てきても、今の神尾さんなら結構、善戦するんじゃないかしら?」

「そうじゃのう。念のためにバックアップする者が必要じゃが、もうすぐ夢想士も帰ってくる」

「えっ、アンジェラさんが戻ってくるんですか!?」

 理事長が一瞬、期待の眼差しをちーちゃんに送ったが、彼女は少しだけ顔をしかめ、

「いや、アンジェラはまだ少しかかる。戻ってくるのはAランクの夢想士じゃ」

 ちーちゃんがそう言ったところで、扉をノックする者がいた。アンジェラさんならノックなんかしない。

「はい、どうぞ」

 理事長の言葉に後押しされる形で、鉄条千束、新堂壮真先輩の二人が入室してきた。

「あなたたち、石井くんの葬儀に参列してきたのね。どんな様子だった?」

掃除屋クリーナーの隠蔽工作で、想一郎は交通事故で亡くなったことになってました。お通夜と本葬儀を終えて、これからは想一郎の分まで生きようと思って、忘れようと思ったのですが、忘れられません!どうにも悔しくて、悔しくて・・・」

 千束先輩は言葉を詰まらせて、その後を壮真先輩が引き取った。

「俺たち、どうしても想一郎の仇を取りたいんです!もう一度夢想士として戦うチャンスをください!」

 しばらく、室内は静まり返っていたが、やがて理事長はため息をついて二人に向き直った。

「本気なのね?死ぬ覚悟は出来ているのね?」

「はい!必ず魔王軍は打ち破って見せます!後悔はさせません!」

 理事長はちーちゃんと龍子先輩に視線を送った後、宣言した。

「良いでしょう。あなたがたの復帰を認めるわ」

 理事長の言葉に、

「ありごとうございます!」

 二人が頭を深々と下げ、パラパラと拍手が送られた。

「二人には神尾さんのバックアップをお願いするわ。それと花園萌さんと九十九くんもお願いね」

「ええー!?お兄ちゃんと別の班!?おいらもお兄ちゃんと一緒に戦いたいよ!」

「九十九くん、これは遊びじゃないのよ。花園姉弟の緑の結界は優秀だから、萌さんと薫さんは両方に配置する必要があるのよ。それに、君がいると薫さんとややこしいことになるでしょう?」

 僕は正直、本丸を攻める手勢が少ないと思ったので、その疑問を正直にぶつけてみた。

「さっきも言ったけど、魔王の苦楽魔は神社にいる可能性が高い。絵本くんはとりあえず結界保護をしてもらうけど、魔王が現れたら相手を出来るのは白虎くらいのもの。つまり、神社に現れたらそちらに。結界の破壊に現れたらそのまま白虎を中心としたパーティーで対応するのよ」

 理事長の意図は分かった。幻想種という切り札を持つ僕を遊撃部隊として使うつもりなのだ。

〈大丈夫かしらね?龍子は確かに強くなったけど、魔王と互角に戦えるか心配だわ〉

 僕の頭の上に鎮座する白い子猫の大福、こと白虎は不安を述べる。 

「大丈夫だよ。そのために僕らは遊撃手に選ばれたんだから」

〈まあ、そうね。神社には転移で一瞬で駆けつけられるしね〉

 僕たちが心で会話している間に鳴神学園の残留組は烏天狗たちと幹部の討伐に関して、熱い議論が交わされていた。

「神社に行けないなら仕方ない。武藤家と所縁のある夢想士は全員で烏天狗たちの討伐に専念しよう」

 小夜先輩は内心穏やかではないのだろうが、それを挑発するように猛志が意見する。

「へっへーん、俺たちは飛行しながらの戦闘にはずいぶん慣れたぜ。武藤家のみなさんはしばらく、俺たちの戦いかたを見て学んだほうが良いんじゃねーの?」

 まったく空気を読まない猛志先輩が挑発的な物言いでからかう。

「なんだと。テメー!武藤家に喧嘩売ってるのか!?」

 槍太くんがいつものように、好戦的に吠える。

「ああん?先輩に対して口の利きかたがなっちゃいねーな!」

 猛志先輩も負けずに怒鳴り返すが、槍太くんが頭を小夜先輩に殴られて沈んだ。

「まったく、出来の悪い弟を持つと苦労する。しかし、猛志くん。さっきのは君が悪いぞ」

 小夜先輩の鋭い眼光に当てられて、猛志先輩も肩をすくめた。

「そうだな。悪かったよ」

 猛志先輩も小夜先輩の実力は認めてるので、小競り合いはあっさり幕引きとなった。

 その時、不意にちーちゃんが声を上げた。

「おう、戻ったようじゃ。今頃、闘技場の惨状を見て嘆いておるじゃろうな」

「戻った!?それはアンジェラさんのことですか?」

「ここで起こったことを、トレースしておる。何だか激おこのようじゃのう」

 アンジェラさんが激おこ?なんのことだろう?

 やがて靴音が近づいてきて、いきなり理事長室の扉が開かれた。そこにいたのは流れるような金髪に、蒼穹のような青い瞳の歴戦の勇者だった。

「アンジェラさん、帰ってこれたんですね!心配してました」

 そう嬉しそうに言った龍子先輩だったが、アンジェラさんは無言で龍子先輩の元に歩みより、平手で頬を叩いた。

「馬鹿者が!ハイブリッド案は危険だから実行はするなと、あれほど釘を刺したはずだ!運良く事が収まったから良いものの、もし龍神が荒ぶる神になったらどうするつもりだったんだ!?」

 マジ切れしてるアンジェラさんは怖すぎる。龍子先輩も無言で項垂れている。でも、言わなければならない。

「違います、アンジェラさん!ハイブリッド案を提案して実行に移したのは僕なんです!」

 僕の言葉にアンジェラさんはゆっくりと振り向いた。

「ミコト、君が?」

 まるで蛇に睨まれた蛙の気分だったが、龍子先輩だけに責任を負わせるわけにはいかない。

「もし、ペナルティがあるなら、僕が受けます!龍子先輩を許してください!」

 僕は頭を下げて必死に訴えた。そんな僕と龍子先輩を交互に見ていたアンジェラさんだったが、やがて、表情を緩めた。

「そうか、君たちはそういう関係になったか。なら、これ以上の追求はしない。マディ、会議を再開して良いぞ」

 一体、何に納得したのか、アンジェラさんはちーちゃんと席を交代し、幼い予言者を膝の上に乗せてマホガニーの巨大な机に肩肘をついた。何故かぼくに向けて親指を立てている。何だかかえって不安だった。

「アンジェラさんが戻って来たので結界の心配は無くなったわ!でも、多くの烏天狗たちがこの学園を中心とした中央区に攻撃してくることに変わりはない。みんな、気を引き締めてね!」

 全員で拳を突き上げ、理事長室を出てそれぞれの配置についてゆく。すると、龍子先輩が寄ってきて僕に耳打ちした。

「さっきは庇ってくれてありがとう。助かったよ」

「いや、本当のことですから」

「そういう謙虚なところが好きだよ、ミーくん」

 うわ、まさかそんなあっさり好きって言われるとは思ってなかった。気恥ずかしくて視線を外すと、アンジェラさんとちーちゃんがニヤニヤと笑って、こちらのやり取りを見守っている。

 し、しまったー!!ここは人前だったー!!

「君たちが深く愛し合い、絆が深まれば、より大きなエネルギーを得ることが出来るだろう。ただし、学生らしく節度を持った交際をするように」

 ええええー!?アンジェラさん公認!?それは嬉しいような、恥ずかしいような、何とも落ち着かない気分にさせられた。

「アンジェラさん、ミーくんと付き合っても良いんですか?」

「何を言ってるんだ?誰と誰が付き合おうが、それは本人たちの自由だろう?私がとやかく言うことじゃない」

 アンジェラさんは大仰に肩をすくめて、肯定してくれた。

「恋人が出来たからと言って、浮かれすぎるでないぞ。愛の力は途轍もないエネルギーを生み出すが、諸刃の剣にもなるからな」

 予言者のちーちゃんがアンジェラさんの膝の上でピシャリと言い放った。

「分かってます。さ、行こう、ミーくん!」

 龍子先輩は僕の手を引いて歩きだした。その顔がほんのり赤かったのは見間違いではないだろう。

 何だかなんでも出来るような、万能感に包まれながら僕たちは理事長室を後にした。


  第5章 最終決戦


 朝食の後、僕たちはそれぞれの配置についた。装甲車に乗り込んだ只野圭子ただのけいこさんが短機関銃サブマシンガンを肩にかけて声をかけてきた。

「お互い、かなり疲れが溜まってるわね。いつ決着がつくのかしら?」

 妖魔特捜課の特殊部隊の指揮を取る彼女も、この長きに渡る戦闘でかなり疲労してるようだ。

「アンジェラさんも戻ってきたし、私のランクも上がりました。今日で全てを終わらせましょう」

 龍子先輩の強気な発言に、只野さんも頬を綻ばせた。

「そうね。お互い戦闘を終わらせて、生きて再会しましょう」

 龍子先輩と只野さんが拳をぶつけ合っていた。非常に絵になる光景だ。そこにテレパシーで連絡が入った。

(天狗一族が動き始めたぞ!各員配置につけ!)

「オッケー、それじゃ行きますか!」

 龍子先輩が手をかざすと地面に魔方陣が展開し、パーティーメンバーたちは神山神社の麓に向けて空間移動スペース・ワープした。


 配置に着いた途端、空を埋め尽くすほどの烏天狗が姿を現した。

武装化アームド!」

 猛志先輩は強化服に身を包み、重力操作グラビティ・コントロールで宙に舞い上がった。地上でも夢想士や特殊部隊の間で戦闘が始まっている。

「おらおら、行くぜー!」

 猛志先輩は襲ってくる烏天狗たちを、突きや蹴りで蹴散らす。薫ちゃんも死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデンを展開し、次々に烏天狗たちを拘束する。そこを風子先輩の真空刃が切り裂き、珠子先輩の炎が焼き尽くす。結界はアンジェラさんが新たに、さらに強固に作ったものなので、結界を守るためというより、1体でも多く倒す殲滅戦だ。武藤家の3姉弟も流石の強さだった。さっきは猛志先輩が挑発していたが、出来るだけ戦闘を避けたいと思わせる、鬼神のような強さで次々と屠ってゆく。

「おっしゃー、この勢いで最後まで突っ走るぜ!」

 今日で戦闘を終わらせる!僕も本来の大きさに戻った白虎の背にまたがり、宙へと駆けていった。


 子天狗岳の麓。長い石段の下に無事転移を終えた。ここを登りきった先に幹部と魔王がいるはずだ。武者震いが止められないが、萌やいーちゃんも同じようで、二人してお互いの腕を掴んで離さない。

「おいおい、萌。遊びじゃないんだ。いーちゃんも、お互いにしがみついてる場合か?」

 あたしはにこやかな笑顔でそう言うが、こめかみがピクピク痙攣している。

「あうう。龍子先輩、怖いです」

 半泣きで萌といーちゃんは、お互いの腕を解放した。

「ちょっと、大丈夫なの、龍子?これから本丸を攻めるってのに、この子たちは役にたつの?」

 千束先輩は両腕を組み、アゴを上げて睥睨している。これがこの人の悪いところだ。すぐに挑発をしたがる。こういうところは猛志に似てるな。

「この二人は始まりからずっと戦い続けて慣れてます。それに多少の緊張感がないと、敵の罠にハマりますよ」

 あたしはそんなつもりはなかったが、千束先輩は噛みついてくる。

「それはどういう意味?確かに私たちは途中で戦線離脱したけど、昨日今日、ランクアップした連中に私が敵わないとでも言いたいの?」

「おいおい、止めろよ千束。確かに彼女たちはこの4日間ほど戦い続けている。経験値では向こうのほうが上だ」

 見かねた壮真先輩が仲裁に入る。この人はこのポジションが板についてるな。 以前のパーティーでもそうだったのだろう。

「まあ、ここで揉めていても仕方ない。石段を登りましょう。今日の戦闘の始まりです」

 あたしは全て棚上げにして石段を登り始めた。他のみんなも後に続く。

「全く、なんで私が龍子の下につかなきゃならないのよ」

「理事長が決めたことだ。仕方ないだろ?」

「そうだ、おいらも今のうちに変身しておこう」

 背後から光が生じたが、その途端、千束先輩がすっとんきょうな声を上げた。

「ちょっと、何なのよこれは!?龍子が二人いるなんて、冗談じゃないわよ!」

 なんとも、かしましい限りだ。あたしはため息をついて後ろを振り返った。

「いーちゃんは誰かに変身しないと術が使えないんですよ。それで何やらあたしに変身したほうが一番しっくりくるみたいなんで、戦闘時はあたしの姿になってることが多いんです」

「あはは、何これ?何かの罰ゲームなわけー!?」

 いかん、千束先輩がゲシュタルト崩壊する一歩手前だ。

「いーちゃん、今日は他の誰かに変身してくれないかな?千束先輩がヤバいことになりそうだ」

「うーん、この姿が一番使い勝手良いんだけどな。じゃあ、おいらの姉ちゃんに変身するよ」

 そう言うと、一瞬にして見たことのないセーラー服姿の少女に変わった。片手剣を両手で持つ戦士スタイルだ。

「へえ、その姿はひょっとして・・・」

「おいらの姉ちゃんだよ。優秀な夢想士だったけど、討伐中に命を落としたんだ」

 そう言われてみると、何となくいーちゃんの面影があるな。

「さあ、これで良いでしょ?千束先輩。魔王たちとの戦いが控えてるんですから、集中してください」

「あんたに言われるまでもないわよ!私は想一郎の仇を取るため、一人でも多くの天狗を殺すと心に決めてるのよ!」

 あたしは大きく頷き、再び石段を登り始めた。

「萌、そろそろ登りきるから先に緑の絨毯を境内に侵入させてくれないかな?」

「は、はい!死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデン!」

 夥しい緑の絨毯があたしたちを追い越し、神社の境内に入り込んだ。途端にバシン、バシンと妖魔を拘束する音が聞こえた。

「よし、総員、突撃ー!」

 あたしは最上段を飛び越えて、天薙神剣あめなぎのみことのつるぎを構えて戦場に乗り込んだ。すると、地面で拘束されているのと、頭上に避難した烏天狗たちの群れを確認した。そして、戒めを解いた神通坊があたし目掛けて襲いかかってくる。錫杖で打ちかかってくるのを剣で防ぐ。

「神通坊!お前は倒したはずなんだがな!」

「はっはっは、俺たちは苦楽魔様がいる限り、何度でも蘇ることができるのだ!」

 何だか聞き捨てならない台詞を聞いたぞ?

「ちょっと待て、すると烏天狗も・・・」

「苦楽魔様がいる限り、大量に生み出すことが可能だ!最も、多大な魔力を使うので限界はあるがな」

「そうか、するとやっぱり、お前たちを出来るだけ倒して、苦楽魔が直々に姿を現すのを待つしかないか!」

 すでに境内は戦場と化していた。烏天狗たちと自然に湧いてくる中級妖魔たちはトゲ付きの蔦に拘束され、千束先輩と壮真先輩が片付けてゆく。両手に剣をもったJK姿のいーちゃんは宙を舞い、頭上に滞空している烏天狗たちを次々と討ち倒してゆく。

「いい加減、大人しく死んでろ!」

 あたしは神通坊を袈裟斬りにして仕留めた。そして、そのまま溢れだした中級妖魔と、空に逃げ損なって拘束されている烏天狗たちを、次々に斬り倒してゆく。その勢いのまま、神社の本殿に向かい、格子戸を開いた。板張りの簡素な部屋の奥に祭壇があり、珈琉羅の木像が安置されていた。

「これが珈琉羅の像か・・・」

 あたしが本殿に足を踏み入れようとした刹那、強烈な殺気を感じて後方に飛び下がった。

「この罰当たりめ!珈琉羅様の像には指一本触れさせん!」

 金色の錫杖を手にした苦楽魔が、本殿の中に姿を現した。

「やはり、こちらが本丸だったか。あたしは神尾龍子!お前は天狗一族の魔王、苦楽魔だな?」

「ほう、お前が体内に龍神を宿した夢想士か。確かに大した存在値のようだな」

 本殿の階段を下りてくる苦楽魔に合わせて、あたしは後方に下がる。流石に魔王というべきか、威圧感が半端ではなかった。

「それでは、遊んでやる!ついてこれるか!」

 疾走上体オーバー・ドライブに滑り込んで苦楽魔が錫杖を振り上げる。相手が魔王だから気を張っていたが、その動きはしっかりと見える。ランクアップしたお陰か。あたしと苦楽魔は神速の攻防を繰り広げる。その余波で周りに暴風が荒れ狂った。

「な、なんて早さなの?まるで見えない!」

「神尾さんは+Aランクになったんだ。もう俺たちなんて及びもつかないさ」

 そんな声が聞こえてくるが、実際にはもっと間延びしている。こちらの反応速度が早すぎるので、周りの声や音はぼんやりとしか聞こえない。

「むうう、何故だ!300年修行してきた儂と互角に斬り結ぶなど、あのアンジェラ以外にいるとは!信じられん!」

 苦楽魔は焦りの表情を浮かべて攻撃の速度を上げるが、あたしにはまだ余裕があった。そこで、アンジェラさん直伝の必殺技を繰り出した。

百花繚乱ソード・イリュージョン!」

 全身の107つの急所を瞬時に突く、究極の剣技だ。だが流石に魔王というべきか、半分ほどはかわされてしまった。だが、半分急所に入れられたのは上出来だ。

「ぐぅあああー!」

 苦楽魔はあたしとの距離を取り、血まみれになった自分の身体を見下ろし、信じられないという表情を浮かべている。

「むうう、そうか。龍神を体内に戻した時、莫大なエネルギーも取り込んだのか!」

「そういうことだ。苦楽魔、覚悟しろ!」

「馬鹿め!この程度で勝ったつもりになるな!」

 言下に、苦楽魔の身体が分裂してゆき、7体の苦楽魔が錫杖を構えてあたしの周りを取り囲んだ。

「分身体か。しかし!」

 あたしは重力操作グラビティ・コントロールで地を蹴り、上空を獲った。

「食らえ!天蓋瀑布ヘブンズ・フォール!」

 パーティーメンバーはいち早く結界を張って衝撃に備えた。強力なエネルギーの衝撃で、地面がグラグラ揺れた。苦楽魔は分身体をすべて集めて防御結界を張っていた。分身体を多く失えばそれだけエネルギーが削られるからだろう。

「むうう、なんという凄まじき技。貴様かなりの使い手だな。あのアンジェラにも迫る実力だ」

 そう言われて嬉しくなかったといえば、嘘になる。ちょっぴり舞い上がり隙を作ってしまった。

「アンジェラさんはあたしの師匠だからな。あたしは優秀な弟子のつもりだ」

 有頂天になって話している隙に、苦楽魔は奥義を実行していた。2本の指を口に当て、真言マントラを唱えている。

「なんだ、まだ他に術があるのか?どちらにせよ、お前は追い込まれてることに変わりはない」

 すると、萌が大声で叫んだ。

「龍子先輩!後ろです!」

 とっさに振り返ると、空間が口を開けてあたしの身体を飲み込もうとしていた。

次元操作ディメンション・コントロールか!」

 直ぐに回避しようとするが、苦楽魔の錫杖で腹を突かれて、一瞬息が止まった。身体がすっぽりと次元断層に取り込まれ、あたしはどことも分からない、異世界に放り出された。


 白虎の背中にまたがり、空想之銃イマジン・リボルバーで烏天狗たちを射ちまくっていると、不意に半身をもがれるような、嫌な感覚を味わった。

(白虎、今の感覚はまさか!)

〈考えたくはないけど、神社で一際大きなエネルギー反応が消えたわ。でも、これは苦楽魔じゃないわね〉

 考え得る最悪な展開が神社で起こったようだ。

「猛志先輩!神社のほうで異変が起こりました!僕はそちらに向かいます!」

「ああ、苦楽魔が現れたらそっちに駆けつけることになってたな。後は任せて行ってこい!」

「ありがとうございます!」

 白虎は大きく体勢を変えて、神社に向かって宙をかけ下りてゆく。嫌な想像が当たらなければ良いんだけど、戦争中の今は何が起こるか分からない。

 神社の上空にたどり着くと、パーティーメンバーが押されているのが見えた。またもや分身体を使う苦楽魔と烏天狗たちに囲まれて、劣勢に立たされている。

(よーし、白虎!苦楽魔の相手を頼む!僕はメンバーたちの補佐に回る!)

〈了解!〉

 白虎の背中から飛び降りた僕は、両手に空想之銃イマジン・リボルバーを握っていた。

「行くぞ!連続発射フルオート!」

 銃が火を吹き群がる烏天狗たちを射ち倒してゆく。

「ナイスタイミング!」

「助かったよ、絵本くん!」

「ふー、もうすぐ死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデンも、限界でした」

「流石、お兄ちゃん!助かったよ!」

 口々にお礼を言われるが、その中に僕の大事な人がいない。

「龍子先輩はどこですか?山の地形が変わるほどの激闘があったみたいですが?」

「・・・気の毒だけど、絵本くん。龍子は苦楽魔の次元操作ディメンション・コントロールで異世界に飛ばされたわ」

 え、なに?何だって!?

「アンジェラさんですら戻ってくるのに数日かかったからな。帰って来られる可能性はゼロに近い」

 千束先輩と壮真先輩の言葉が上手く頭に入って来ない。異世界に飛ばされた?どことも分からない異世界に!?

「うあああああー!」

 僕は2丁拳銃で苦楽魔に向けて発砲した。普通の虎サイズに変化していた白虎が、驚いてこちらを見ていた。苦楽魔は防御結界で全ての銃弾を無効化する。

「うん?何やら怒りで我を忘れた奴がいるな」

 その落ち着き払った声音が、僕の怒りに更に火をつける。

空想之砲撃イマジナル・ミサイル!」

 理性を失った僕はあらゆる攻撃で苦楽魔に攻め込んでゆく。火を吹きながらミサイルが飛んでゆくが、これも防御結界で爆発し、標的は無傷のままだった。

〈落ち着きなさい、命!苦楽魔の相手は私がするわ〉

 白虎の制止の声も聞こえず、僕はミサイルを射ちまくった。

「かっはっは!無駄無駄無駄!あの神尾龍子ですら倒せなかった儂を、貴様程度の攻撃が通ると思ったか!」

 勝ち誇る苦楽魔だったが、白虎の虎パンチ一発で結界は粉々に砕けた。

〈相手を間違えないことね。あんたは私が殺すわ〉

「ちぃっ、この巨大猫が!」

 苦楽魔が背中の翼を広げて羽毛針を発射するが、白虎の鋼鉄より硬い体毛に全て弾かれてしまう。結界が壊れた今が絶好の好機。僕は2丁拳銃で連射しながら苦楽魔に近づいてゆく。

「むうん!これでどうだ、暴走乱気流!」

 苦楽魔は両手に巨大な扇を持ち、ぶんぶん振り回して竜巻を発生させる。神社の境内は荒れ狂った。

「みんな、私の鎖に掴まって!離れないでよ!」

「千束先輩!植物の根を張り巡らしました。蔦に掴まってください!」

「こりゃ、壮絶だなー!」

「凄いけど、風子姉ちゃんのお陰で暴風には慣れてるよ!」

 みんなは何とか一塊になり、暴風に耐えている。僕は白虎の身体に掴まって、何とか荒れ狂う暴風に耐えている。

(くそう、身体を支えるのがやっとだ!白虎、攻撃出来る?)

〈下手に動いたら、あなたを振り落としてしまうわ。命、私から離れないように頑張って!〉

「かっはっは、この間の風娘はいないようだな。ならばこのままバラバラになるまで暴風を繰り出すまで!覚悟しろ!」

「覚悟するのはお前のほうだ、苦楽魔」

 突如、聞こえた声に僕は歓喜の念を押さえることが出来なかった。

 唐突に空中に出現した龍子先輩は、剣で苦楽魔の背中の翼を一刀両断した。

「ぐぅああああー!」

 そして、返す刀で腹を突き刺した。

「うぬぬ、何故だ!?確かに異世界に飛ばしたはずなのに、何故!?」

 苦楽魔は後退することで剣を抜いて、血を吐きながら問う。

「アンジェラさんが異世界の仙人から渡された輝石のお陰だ。強力な通信力が込められたその石を、アンジェラさんから2つ持たされてたんだ。その一つはこの境内に、そしてもう一つはあたしが持っていたから、座標計算は簡単だった。策に溺れたな、苦楽魔!」

「龍子先輩!戻ってこれて良かったです!本当に・・・」

 不覚にも僕は溢れる涙を押さえられなかった。

「ゴメン、ミーくん、心配かけたね。さあ、一緒に魔王を討伐しよう!」

「はいっ!」

 苦楽魔を逃さぬよう背後に白虎。前には僕と龍子先輩がいる。さしもの魔王もこれで終わりかと思ったのだが、

「かっはっは!全門の虎、後門の狼というわけか。虎の位置が逆だがな」

 諦めの境地なのか、苦楽魔はそんな冗談を口にする。

「この上、まだ何か策があるのか?」

 苦楽魔は再び真言マントラを唱え始めた。

「今はこれまで!太郎坊、次郎坊、神通坊!蘇りて、この者どもを足止めするのだ!」

 言下に3人の幹部が蘇り、それぞれが僕たちの前に立ち塞がる。そして、苦楽魔の姿が次第に薄くなってゆく。

「待てっ!逃げる気か!」

「次はもっと万全の体勢で仕掛けるまで。それまで勝負はお預けだ」

 だが、突然苦楽魔は苦しそうにその場にしゃがみ、動けなくなっていた。

「て、転移出来ん!何故だ!?」

 愕然としている苦楽魔の頭上に、アンジェラさんが浮遊していた。

究極之檻アルティメット・ジェイルだ。例え幻想種でも逃れることは出来ん」

 凄い!支配種だけでなく、幻想種でも出られない結界って。本当にアンジェラさんは最強だ。

「さて、このまま檻を収縮して潰すことも出来るが、龍子。良い経験だから、お前が苦楽魔を倒せ」

 かなりの無茶ぶりとも思ったが、ランクアップしている龍子先輩なら倒せるかもしれない。

「さあ、龍子。お前だけが檻に入れるようにしてある。お前の実力を見せてみろ」

 すぅっと、地面に着地したアンジェラさんが腕を組んで、観戦する姿勢を明白にした。

 僕たちは幹部たちの相手をしなければいけないが、時折、檻のほうを見てしまう。

「うぬぬ、追い詰められているだと?この儂が!?認めん、断じて!」

 苦楽魔は錫杖を手に龍子先輩と向き合った。最早勝敗は決しているように見えるが、苦楽魔はまだ隠し球でも持ってるのか?剣と錫杖が打ち合うが、最早ボロボロの苦楽魔は次第に押され、檻の壁に背中でもたれかかっている。

「これで最後だな、苦楽魔。遺言くらいは聞いてやるぞ」

 龍子先輩は剣を油断なく構えて、せめてもの情けを見せる。

「かっはっは!敵に塩を送る気か?無用の気遣いだ!」

 そう言うと、苦楽魔は再び分身体を出して龍子先輩を取り囲む。

「その技は通用しなくなったのを忘れたか!」

「かっはっは!今はこれまで!最後に強者と戦った名誉を持って、儂は爆死する!お主をせめてもの道連れにしてな!」

 そう言うと苦楽魔の分身体は龍子先輩の身体にしがみつき、動きを封じた。

「苦楽魔!最後の悪あがきか!?あたしから離れろ!」

「そうはいかん。既に体内の爆裂細胞に命令を下した。儂と共に散るが良い!」

 流石にこの事態にアンジェラさんは究極之檻アルティメット・ジェイルを消し、龍子先輩の身体にしがみついている、苦楽魔の分身体を剣で切り裂きだした。

「かっはっは!無駄無駄無駄!自分の弟子が爆死するのを目の当たりにするが良い!」

 僕も空想之銃イマジン・リボルバーで分身体に銃弾を浴びせるが、倒れる側から次々に分身体が産み出されて、龍子先輩は苦楽魔の肉の壁から抜け出せない。

「では、さらばだ!夢想士ども!」

 今にも爆発するかと思われたその時、凛と澄んだ声が境内に響き渡った。

「止めなさい、苦楽魔。相討ちになってでも敵を倒そうとするそなたの覚悟は本物ですが、そもそも、夢想士たちとの、戦いそのものが間違っているのです」

 神社の本殿の中に、修験者の格好をした見目麗しい女性が立っていた。

「あ、あなたは!いや、あなた様は、珈琉羅様!」

 全ての分身体を消した苦楽魔は、その場に平伏して頭を地面に擦り付けた。他の幹部や烏天狗たちも一様に膝をついて頭を垂れている。

 あれが天狗一族の地母神である珈琉羅なのか。女神のような美しさの中に、何者にも負けない強大な魔力を秘めている。

「苦楽魔、すぐに此度の戦争を終わらせなさい。戦争は失なうものが多く、得るものなど何もありません」

「お言葉ですが、珈琉羅様!人間どもは我らの聖域である天狗岳を削り、本尊である木像まで奪いました。我らにとって人間は全て敵でありまする」

 苦楽魔は顔を上げ、地母神にそう直訴した。

「愚かな・・・他の魔王たちは自らの結界の中で世界を構築しているというのに、何故そなたはあの山に拘るのです?今のこの神社に結界を作り自分たちの世界を作れば良いものを」

「天狗岳は珈琉羅様と初めてお会いした大切な場所なのです!ですから珈琉羅様が修行を終え、異世界に旅立つ時、儂はこの山だけは何としても守りたかった!しかし、人間どもはその大事な場所を・・・」

 後は言葉にならず、苦楽魔は身体を震わせて拳で地面を殴り付けた。

「そなたの気持ちは分かりました。ですが、人間をどれだけ殺しても、失なわれた山は元には戻りません。これ以上不毛な争いは止めなさい」

 あくまで優しく諭す珈琉羅。それに対して苦楽魔も弱々しく首を振る。

「ですが、珈琉羅様と一緒に過ごした、思いの深い聖域を侵されたことはどうしても許せん所業。儂は・・・儂は!」

「アンジェラ殿との出会いで私は自分の眷属が、無謀な殺し合いをしていると聞き胸を痛めました。私はこれよりその木像に憑依して、皆のことを見守りましょう」

「そ、それは願ってもないこと!しかし、それでは珈琉羅様は木像に縛られることに・・・!」

「良いですか、苦楽魔。上級妖魔の支配種ともなれば、この大気中に含まれる生命エネルギーを吸収することで糧を得ることが出来ます。人間を殺す必要はないのです。まして、夢想士たちと戦争するなど、もっての他。この神社の中に結界を作り自分たちの世界を作りなさい。私はそれをずっと見守りましょう」

 項垂れていた苦楽魔は顔を上げ、

「ありがたき幸せ。珈琉羅様、儂が愚かでした。これより後は結界の中に入り修行に邁進いたします!」

「その前に、この戦争を起こした張本人として、言わねばならないことがあるでしょう?」

 その言葉を聞き、苦楽魔は僕や龍子先輩、アンジェラさんに向き直った。

「此度は儂の狭量な想いのため、あなたがたには迷惑をかけた。謝っても償えるものではないが、誠に申し訳なかった」

 苦楽魔は再び頭を垂れたが、それを良しとしない者もいた。

「冗談じゃないわよ!想一郎は殺されたのよ!そんな言葉一つで許せるわけないでしょ!」

 千束先輩が猛然と噛みついた。

「確かに、失なわれたものは帰って来ないことは、儂も身をもって思い知らされた。儂を殺して気が晴れるなら、そうしてくれ。儂も自分だけが生き残ろうなどと、虫の良いことは考えておらぬ。さあ、やってくれ」

 苦楽魔はその場で結跏趺坐で座り、両手を開いた。

「言われなくてもやってやるわよ!」

 千束先輩が重い鎖を振り回しながら苦楽魔に近づいてゆく。その前に立ちはだかったのは、龍子先輩だった。

「千束先輩、珈琉羅の話を聞いていたでしょう?お互いに大量の血が流れた。でも、失なったものは帰って来ません!これ以上の戦いは無意味です!」

「どきなさい、龍子!邪魔するなら、あんたから殺すわよ!」

「生憎、あたしはまだ死ぬ気はありません。それに、苦楽魔を殺せばまた、遺恨を残すことになる。今回の戦争、終わらせるには今しかないんです」

 しばらく、龍子先輩と千束先輩の睨み合いが続いたが、じゃらっと重い鎖が地面に落下した。

「想一郎の仇をとりたかったけど、苦楽魔を殺しても想一郎は帰って来ない。だから今回殺すのは諦める。でも、また人間に危害を加えるようなことがあれば、その時は容赦なく殺すからね」

 悔しさを滲ませる千束先輩の肩に、壮真先輩がそっと手を置いた。

「立派だったぜ。想一郎もそう望んでたはずだ」

 千束先輩は後ろを向いて肩を震わせていたが、泣き声をあげることはなかった。

「よし。ではこれで天狗一族は結界の中で大人しくしてくれるんだな?私は立場上、その言質を取らなければいけないからな」

「ええ、アンジェラ殿。私が眷属たちを教導します。もう人間に手出しはさせません」

 珈琉羅は微笑み、すうっとその姿は木像に吸い込まれていった。

「アンジェラ殿、夢想士の方々。我らは反省の意を込めて、二度とあなたがたの前に姿を現さないと誓おう」

 苦楽魔が錫杖を一振すると、本殿の中に結界の入り口が開いた。

「さあ、皆の者!この地を去るぞ!」

 苦楽魔の一声で幹部や烏天狗たちが次々に結界の中に飛び込んでゆく。苦楽魔も珈琉羅の木像を大事そうに抱え、結界の入り口に足を踏み入れた。

「それでは、夢想士の諸君、さらば!」

 苦楽魔が姿を消すと結界の入り口はぱくっと閉じて、後には閑散とした神社の本殿があるのみだった。

「終わったー!」

 みんな、その場にへたれ込み、口々に今回の戦闘について意見を述べあった。すると猛志先輩からテレパシーが届いた。

(おーい、烏天狗たちが一斉に姿を消したぞ!苦楽魔に勝ったのか?)

(ええ、そうですね。完全勝利です)

(ひゅー、マジかよ!じゃあ今夜は祝賀パーティーだな!)

(ええ、そうですね。学食で派手にやりましょう)

(OK!それじゃまた後でな!)

 テレパシーのやり取りが終わると、龍子先輩が隣に座っていた。

「やりましたね、龍子先輩」

「うん、やったね。ミーくんは今回、八面六臂の大活躍だった」

「そんな、止めてくださいよ。苦楽魔を、魔王をあそこまで追い込んだのは龍子先輩じゃないですか」

「そうなんだけどね。今回はミーくんも術士として随分腕を上げただろ?今の君なら上級妖魔の手強い奴でも余裕で勝てるよ」

 いつの間にか、龍子先輩の手が僕の手に重ねられていた。小さくて柔らかくて、本当に先程の戦闘を行っていた夢想士とは思えない。

「ともあれ、お疲れ様、ミーくん」

「はい、お疲れ様です、先輩」

 木漏れ日の差す爽やかな日だった。僕は龍子先輩の手を握って空を仰いだ。


  第6章 終わりよければ全て良し


 学園に戻った時、校門の辺りに武装車両が停められており、肩に短期間銃サブマシンガンをかけた特殊部隊と風子先輩たちが談笑していた。

「只野さん、お疲れ様です」

 子天狗岳から戻った僕は見知った顔に挨拶をする。

「やあ、ミーくん。今回は大活躍だったみたいだね」

 何故か妖魔特捜課にも僕のあだ名が浸透していた。

「今回の勝利は、妖魔特捜課の特殊部隊のみなさんのバックアップあってこそです。ありがとうございます」

「ははは、おだてても何も出ないよ。さて、夕方の点呼の時間までに戻らないと。それじゃ、みんなまたね!」

 特殊車両に乗り込んだ只野さんが敬礼したので、僕たちも敬礼で見送ったのだった。


 そして、夜。動ける夢想士たちは全員、学食に集合した。

 司会はマディ土屋理事長だ。

「みなさん、今回はいつもの討伐と違い、文字通りの戦争でした。まずは犠牲となった仲間たちに敬意をこめて黙祷を捧げます。黙祷!」

 全員が目を閉じ、それぞれのやり方で犠牲者たちの冥福を祈った。

 1分間の黙祷が終わり、アンジェラさんが語り始めた。

「みんな、ご苦労だった。4日間に渡る戦いに良く耐えてくれた。鳴神支部の顧問として君たちを誇りに思う。残念ながら犠牲となった者たちもいるが、彼らはいつまでも君たちの思い出の中で生き続けるだろう。そして今後も夢想士として友の分まで活躍してくれることを望む。さて、細やかではあるが、戦闘に勝利したということで祝賀パーティーを行おう。みんなグラスを」

 アンジェラさんの呼び掛けに僕らはジュースのコップを持つ。

「みんなが一丸となって勝ち取った勝利に、乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」

 後はテーブルの上に乗ったご馳走に舌鼓を打ちながら、各々が今回の戦闘について語りあう時間だ。

「お兄ちゃん、これ美味しいよ、はい、あーん」

「いや、しないよ」

「いーちゃん、ずるい!はい、ミーくん、あーん」

「だから、しないってば」

 みんな、長丁場の戦いを乗り切ったことで、かなりテンションが上がってるようだ。

 適当に料理をつまみながら談笑していると、

「ミーくん、ミーくん」

 龍子先輩が僕のことを呼んでいた。何だろうと近寄ると、

「寮のあたしの部屋で、2人だけでお祝いしない?」

「え、でも、ルームメイトの人がいるんじゃ?」

「あれ、言ってなかったっけ?あたしは1人部屋だよ」

 その魅惑的な申し出を断る理由のない僕は2つ返事でOKした。


 2人で手を繋いで龍子先輩の部屋を目指した。モチロン男子禁制なので、様子を伺いながらである。

「さあ、ここがあたしの部屋だよ、入って」

 手を引かれて足を踏み入れてみると、意外とファンシーな部屋だった。カーテンはもちろん、ベッドのシーツや枕までピンクだった。

「何?意外だった?」

 押し黙ったままの僕に悪戯な笑顔をみせる先輩。

「いや、まあ、トレーニングジムみたいなのを想像してたわけじゃないですけど」

「はは、アスリートってわけでもないからね」

 龍子先輩は2つのグラスと大きなビンをテーブルに置いた。

「せ、先輩。まさかお酒ですか?」

「んー?シャンメリーだよ。アルコールは1%未満だから大丈夫でしょ」

 それを聞いて安心した。その程度なら酔っぱらうこともないだろう。2つのグラスに注いで、お互いにぶつけ合う。

「今日の勝利に!」

「勝利に!」

 それから、ポテトチップスやチーズをつまみながら談笑していると、何となく頭がボーッとしてきた。

 あれれ?何だか周りの風景がグラグラしているぞ?

「ミーくん、どうかした?」

 心配そうに覗き込んでくる龍子先輩が愛おしくなり、僕はギュッと抱き締めた。

「わ、どうしたミーくん!?辛抱たまらんくなったのか?」

「いえ、何か急に先輩のことが愛おしくなりゃまして」

 あれ?何か呂律も回ってない気がする。

「もー、ミーくん。この程度で酔っぱらうって、弱すぎでしょ?」

 龍子先輩と僕はキスをした。最初は軽くタッチするフレンチキスだが、次第にお互いの舌を絡めるディープキスになってゆく。僕はベッドに押し倒され、更に激しくキスを交わす。

「初めての相手はミーくんが良いなって、少し前から思ってたんだよ」

「嬉しいです。僕も初めては龍子先輩が良いとずっと思ってました」

「ふふふ、両想いだね」

 僕たちはその夜、一生忘れられない経験をしたのだった。


 戒厳令が解かれて1週間。鳴神市はようやく落ち着きを取り戻していた。しかし、何かヤバいと感づいたのか、約10万人が鳴神市を去った。破壊された建物などはそれぞれ、ガス漏れが原因とか、掃除屋クリーナーによる入念な隠蔽工作が行われた。中にはSNSなどに街が戦闘状態になったという書き込みが複数見つかったが、即刻削除されてなかったことにされていた。

 そして、僕たち鳴神学園の生徒たちは今日も街をパトロールしていた。

「あたしたちは今日は北東地区だね。猛志、萌、タマちゃん、気合い入れて行くよ」

 パーティーリーダーの龍子先輩が活を入れる。

「俺はいつだって気合い入ってるぜ!」

「今日も頑張ります!」

「タマちゃんって言わないでください!」

 いつもどうりのやり取りが交わされる。

「よっしゃー、ウチらも気合い入れて行くでー!今日は南西地区や!」

 こちらのパーティーリーダー、風子先輩も負けずに声を張り上げた。

「おー!」

「おいらも頑張るよ!」

「ふっふ、今日もボクの得意技で妖魔を一網打尽だよ!」

 こちらも準備万端だった。

「よーし、それじゃ、しゅっぱーつ!」

 2組のパーティーが別れる刹那、僕と龍子先輩はアイコンタクトでお互いの無事を祈った。空前絶後の大戦争も終わってしまえば、いつもの日常が帰ってくる。終わり良ければ全て良し、だね。


  了

こんにちは。チョコカレーです。本来なら血奇集会で終わる予定だった、天狗一族との戦いは今回まで持ち越しました。しがし、これで天狗一族はもう登場しないでしょうし、妖狐一族は元から人間とは良好な関係を保っているので、今後は4大魔王ではなく、2大魔王になりそうですね。次の作品は一体どんな話になるのやら。気長にお待ちくださいね。

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