血奇集会
序
人間の空想が産み出した化け物、妖魔。それを討伐するのは空想を現実化させる能力者、夢想士だけ。人間の生命エネルギーを奪う妖魔討伐のために作られた組織、夢想士組合。そして、己の欲望のためにしか能力を使わない闇の夢想士による、闇之夢想士同盟。三つ巴の戦いが今日も始まる。
第1章 血奇集会
儂は実に300年ぶりに人間界に帰ってきた。神仙境での修行を終え、久しぶりに鳴神の里に空間転移した儂は驚愕した。我ら天狗一族の聖域であった天狗岳が無くなっていたのだ。正確に言えば山の半分ほどが削られ、その上に建物が建っていたのだ。この300年の間に一体何があったのか?儂は隣の山に潜む、留守居役を命じた神通坊から仔細を聞かされた。どこぞの酔狂な人間が山を削り、そこに城を建てたというのだ。その後、戦争などで城は消失したが、今は鳴神学園という巨大な寺子屋になっているという。
なんと罰当たりなことをするのだ、人間は!とても捨て置くことが出来ない暴挙である。儂は共に修行していた太郎坊、次郎坊、そして神通坊と話し合った。
「人間どもの愚行は許せぬものであるが、神通坊よ。留守を任せたお主は何故止めなんだ?」
「苦楽魔様の言う通り」
「然り」
太郎坊、次郎坊も追随する。
「恐れながら、人間どもは武器を進化させております。それは我らが妖術を凌ぐほどであります。この日本は列強国の総攻撃を受け、戦争に敗れました。私は烏天狗の軍勢を率いて影に日向に力を貸しておったのですが、もはや国力の低下した日本は敗戦するしかなかったのです。その戦火のおり、天狗岳に築上されていた城は焼け落ちました」
「まて、その後に鳴神学園なる建物が作られたのは見てきたが、そもそも、何故人間どもが山を削る暴挙を見過ごしたのだ?」
儂は厳しい表情で問い詰める。
「夢想士どもが邪魔をしたからでございます。何やら夢想士にとっても、天狗岳は理想の土地らしく、当時の藩主は夢想士の進言で、軍勢を率いて攻め行って来ました。そして夢想士で編成された軍勢も加勢し、我らは泣く泣く天狗岳の隣の子天狗岳に避難するしかありませんでした。幸いそこには古くからの神社がございましたので、私と一部の烏天狗はそのまま神社の本殿に居を移し、苦楽魔様のご帰還を待つしかなかったのであります」
神通坊の話を聞いて、儂は益々人間どもへの憎悪を募らせた。
「そうだ!迦琉羅様の像は如何いたした?我らの地母神である迦琉羅様の像は無事なのだろうな?」
儂の追求に身を縮こませた神通坊は、さらに深く頭を下げた。
「それが・・・戦火の最中に行方不明になったのです。烏天狗を総動員して探りましたが、城は結界で守られ捜索することも叶わず、さらに後の時代では人間どもの進化した武器で我らも被害を被ったのです。その後、城も焼け落ちたので探してみました。ですが、迦琉羅様の像は見つかりませんでした」
「ううむ、かえすがえすも人間どもめ。これはとても捨て置けぬ事態である。血奇集会を開かねばなるまい!」
「異議なし!」
「異議なし!」
太郎坊と次郎坊も賛成の意を示した。神通坊も平伏したまま、
「異議ありませぬ!」
同意したので、儂は300年ぶりになる血奇集会を開くべく、全ての妖魔の神、阿修羅様に願い出た。すると、許可が下りて異界の、魔王の会議室が再び使われることになったのであった。
オレは手下の訓練を行っていた。最近生まれた野良鬼を鍛え、自分の配下を強力な軍勢にするためだ。
「そらそら、そんな柔な攻撃が通じるか!」
金剛杖を弾き飛ばし、その身を打ち据えた。これで5人目だ。生まれたばかりとはいえ、鬼がこんな脆弱では話にならない。
「馬鹿野郎!いつも言ってるだろうが!自分の中に強力な存在を感じろ!それを我が物にしてこそ、金剛力が生まれるんだ!」
教導していると、オレの右腕である癩が素早くやって来て報告した。
「遭禍様!使いが来ております!」
「使いだと?他の魔王の手下か?」
「いえ、それが・・・羅刹殿です」
「羅刹だと!?」
羅刹は鬼を食らう鬼であり、そのエネルギー量は桁外れな存在だ。今は異界で阿修羅様の側近になっているはずだが・・・
「待てよ、昔にも羅刹が使いに来たことがあったな。まさか・・・」
オレは300年前のことを思い出しながら、魔王、喰俄様の城に向かった。門番に門を開けさせて、謁見室に急ぐ。
贅をつくした玉座に我らが酒呑一族の魔王、喰俄様が肩肘をついて寛いでいた。
「どうした、遭禍?何をそんなに慌てている、お前らしくもない」
白い長髪に黒角2本、白角2本の喰俄様が面白そうに問う。
「喰俄様、羅刹殿が使いでやって来ております」
オレは片膝をついてそう報告した。
「羅刹だと!?この300年ほど、姿を見せたことがない、あの羅刹が!」
喰俄様は顎に手をやり、考え込んだ。
「そういえば、以前に羅刹がやって来たのは300年前だったな」
「はい、天狗一族の魔王、苦楽魔殿が異界で修行に入るおり、各地の天狗一族の眷属に手出ししないよう、阿修羅様に進言した時です」
「ふうむ、苦楽魔殿が戻って来たということか・・・そうか、なるほど。あの惨状を見ては冷静ではいられないか」
喰俄様は余裕を取り戻し、癩に謁見室まで通すように命じる。
程なくして、地響きが謁見室に近づいて来た。扉を抜けて現れたのは、10メートルはある黒い4本角の巨人だった。
「これは、羅刹殿、久しいですな」
気軽に声をかける喰俄様に対し、羅刹は表情一つ変えない。
「阿修羅様の勅命だ。異界の会議室にて血奇集会を行う」
その高圧的な態度に喰俄様のこめかみに血管が浮き出る。
「ほう、久しぶりだな。何年ぶりになるかな、遭禍?」
「は、およそ300年ぶりかと」
いきなり話をふられて焦ったが、そんなことはお首にも出さずにオレは答える。
「今回の提案者も同じく苦楽魔だ」
喰俄様の読み通り、天狗一族の聖域であった天狗岳が消失したことで、苦楽魔殿が怒り心頭になっているようだ。
「今夜の丑三つ時に始める。異界の会議室の鍵は持っているな?」
羅刹の問いに喰俄様はニヤリとして答える。
「俺様が失くすわけないだろう、これ、この通り」
喰俄様は片手を上げて奇妙な形の鍵を示した。
「よし、それでは俺は帰る。遅れるでないぞ」
「その心配はご無用に願いたいね」
羅刹は喰俄様には何の関心もないとばかりに、無言で謁見室から出ていった。すると、喰俄様の座ってる椅子の肘掛けが砕け散った。
「羅刹の野郎!阿修羅様の側近だからと調子に乗りやがって!」
喰俄様は怒りの形相で歯ぎしりした。
「ふん、戦えば俺様が勝つ!だが、阿修羅様の不興を買う真似も出来んからな」
再び椅子にもたれかかった喰俄様は、
「確か、お供は2人までだったか。ふん、2人も要らん。遭禍、俺様と一緒に行くぞ」
300年前と同じくオレを指名した。
「はっ!謹んでご同行いたします」
他の幹部が今、ここにいないことを恨めしく思えた。喪崩は先の戦闘で負傷して再び眠りについているし、後の二人はそれぞれ自分の配下を鍛えていて、この結界内にはいない。
オレは自分の根城に戻り、癩を相手に戦闘訓練を行った。魔王同士が直接戦闘することはないが、お供の間で小競り合いが起こることも無いではない。それに備えての演習といったところだ。
そろそろ丑三つ時になろうとする頃、オレは喰俄様の城に出向いた。
「待っていたぞ、遭禍。それでは参ろうか」
「はっ!」
喰俄様が鍵を取り出し、念を込めると、巨大な扉が虚空に出現した。そして、鍵を開けて扉を開くとすぐに階段になっている。階段を上ってゆくと霞がかった異界が現れた。そこには4つの凝った造りの椅子が向かい合わせになっていて、巨大な丸いテーブルが真ん中に設えられている。
3つの椅子にはすでに他の魔王が座っていた。
「俺様が最後か。ご機嫌如何かな?御一同」
喰俄様は空いている椅子に座り、すぐに肩肘をついた。すると、上空より巨大な姿が現れた。我ら妖魔の神である阿修羅様だ。
「皆、揃ったようだな。それではこれより血奇集会を行う」
魔王たちは阿修羅様に礼をして、いよいよ魔王たちの協議が始まった。対面に座っているのが、天狗一族の魔王、苦楽魔殿。お供は神通坊。右側には土蜘蛛一族の魔王、紅嵐殿とお供は紫怨と藍柰。左側には妖狐一族の魔王、唾棄尼殿。お供は天狐と空狐の2人。現在、日本全国を支配している4大魔王たちが集まったわけだ。
「さて、まずは皆さま方に儂の帰還を報告させて頂く。しかし、この時代では妖魔は低級なあやかしに陥っておられるのかな?」
「それは言葉が過ぎよう、苦楽魔殿。我々は未だに人間どもを糧にしている。食物連鎖の頂点に君臨しているのだからな」
土蜘蛛一族の魔王、紅嵐が涼しい顔で軽く受け流す。
「然り!俺様たちは魔王なのだからな。人間などただのエサに過ぎん」
喰俄様も紅嵐殿と同じ考えであることを示した。残ったのは妖狐一族の魔王、唾棄尼殿だけだ。十二単をまとった、金髪金眼の美少女の姿をしているが、そのエネルギー量、妖力の強さは魔王の中でも抜きん出ている。
「はて、どう言ったものかのう?妾たち妖狐は、日本全国で稲荷大明神として祀られておるからのう。信仰を集めておるから我ら妖狐は人間と敵対する理由がない。毎日せっせと生命エネルギーを捧げられておるものでな」
この唾棄尼殿は見た目に反して、恐ろしいほどの妖術の使い手。そのお方が反対意見を述べたのが気にくわないのか、苦楽魔殿は唾棄尼殿を睨み付けている。
「しかし、まあ現実問題として失った山を元に戻すことも出来ないからな。今回の血奇集会は、聖域を潰された苦楽魔殿の提案で開かれたのだろう?一体我々に何を求められているのかな?」
喰俄様が疑問を呈すると、
「我ら妖魔を侮った人間どもの根絶だ!全て根絶やしにしてやらねば、儂の気が済まん!」
過激な意見が苦楽魔殿から飛び出した。
「いやいや、それは流石にやり過ぎであろう。人間どもがいなくなれば、我々はどうやって糧を得るのかな?」
紅嵐殿が非常に現実的な意見を述べた。そこに我らの魔王、喰俄様も同調する。
「その通りだな。ま、俺様たちが本気になれば、3日ほどで人間どもを根絶やしに出来るだろうがな」
「我らは聖域を冒され、地母神である迦琉羅様の像まで失った!天狗一族は、我々だけでも戦う所存だ!」
苦楽魔殿の顔は怒りで真っ赤になり、握った拳は岩をも砕きそうだ。
「まあ、そう結論を急がれるな、苦楽魔殿。言っただろう?糧が無くなっては困ると。だから目標を絞れば如何かな?」
喰俄様は何やら腹案がありそうだ。
「全ての人間を殺すのは現実的ではない。それなら夢想士だけに的を絞れば良い」
「なるほど、聞けば山を削って城を築上したのは、夢想士から出された意見のようだからな。恨むなら夢想士を恨むのが筋かもな」
紅嵐殿も同調して見せる。
「それだけでは儂の気が済まんのだ!」
「しかし、山を削られ城を建てられたのはそちらの落ち度。そんなあなた方だけで、人間を皆殺しにするのは不可能ではないのかな?」
「愚弄する気か、喰俄殿!」
主に忠実な神通坊が錫杖を持って前に出る。オレはすぐに結界を張り、神通坊と向かい合う。金剛杖を手に先手必勝で攻めこんだ。錫杖と金剛杖が激しい勢いでぶつかり合った。オレは離れると雷を放った。神通坊は葉っぱの扇で風を起こし、急激に低気圧を作ってプラズマを産み出した。
二つのエネルギーがぶつかり合う刹那、
「その辺にしておけ、遭禍!」
喰俄様が怒鳴った。オレはすぐに雷を散らし、結界を消した。
「ここは話し合いをする場だ。そうですな、苦楽魔殿?」
「うむ、その通り。神通坊よ、軽率な行動は止めよ」
「はっ、すみませぬ!」
立ち上がっていた苦楽魔殿も椅子に座り直し、協議が続いた。
「以前から思っていたが、鳴神市に4大魔王の結界が集まっているのは、ただの偶然とは思えん。夢想士の鳴神支部も、東京本部より強豪が揃っているみたいだしな。この機に鳴神支部の夢想士を一掃するのはどうかな?」
「ふむ、奴らには何度も煮え湯を飲まされているからな。意趣返しするのも面白い」
紅嵐殿も喰俄様の意見に賛成のようだ。
「うーむ、確かに要所要所で夢想士の姿がちらついておるからな。夢想士狩りか。悪くはない提案だ」
ようやく、苦楽魔殿も矛を納める気になったようだ。そうすると、残るは・・・・。
「やれやれ、困ったものじゃ。これでは反対意見も出しにくいものよな」
唾棄尼殿も渋々ながら、手を上げ、賛同の意を示した。
「意見がまとまったようだな。問題は誰がどの地区の夢想士狩りを行うかだが・・・」
「喰俄殿!そういうことなら、我々は鳴神学園のある中央区を担当させてもらいたい!あの目障りな建物ごと、夢想士どもを消し去ってくれる!」
「ふむ、それでは酒呑一族は北西地区と南西地区を請け負うか」
「なら、土蜘蛛一族は北東地区を担当する」
紅嵐殿も早々と担当地区を決めた。
「では、妾は残った南東地区を担当しようかのう。あそこは稲荷明神が多くあるから、我らにとっては戦いやすいからな」
気乗りしない様子で唾棄尼殿は、ため息をついた。
「あまり気乗りしないようですな、唾棄尼殿。それなら闇の夢想士をお貸しするが?」
喰俄様がそう言った途端、苦楽魔殿が口を挟んだ。
「待たれよ、喰俄殿!闇であろうと夢想士には違いあるまい!そ奴らもまとめて殺すべきだ!」
案の定、苦楽魔殿は疑念を表明したが、
「いや、闇之夢想士同盟に所属している夢想士は、夢想士組合と敵対関係にある。現に俺様のところと、紅嵐殿のところでも、奴らに協力させて、色々と仕事をしてきたからな」
「儂は承服しかねる!」
苦楽魔殿はテーブルを叩いて断固反対の構えだ。
「まあ、そう熱くなられるな、苦楽魔殿。奴らはあくまで傭兵として雇うだけだ。戦闘が終わればまとめて殺せば良い」
流石に喰俄様は心得ておられる。利用価値の失くなったものは排除すれば良い。
「ふうむ、分かった。だがそ奴らと一緒に戦いたくはない。他の地区に回してもらいたい」
「そういうことなら、俺のところにも回してもらいたい」
紅嵐殿がそう言うと唾棄尼殿も、
「妾のところもお願いする。大規模な戦闘は何百年ぶりじゃからのう。一つ、力のある闇の夢想士を派遣してもらいたいものじゃ」
迷うことなく増援を要請した。まあ、妖狐一族は魔力エネルギーは桁外れだが、大規模な戦闘にはあまり参加したことがないからな。
「俺様たちは闇之夢想士同盟とはコネがあるからな。戦力をお裾分けしよう」
こうして、どの魔王が鳴神市のどこを攻めるか、ある程度計画の骨子がまとまりつつあった。
「さて、それでは一体いつ決行するかだが」
その言葉を受けて、苦楽魔殿が立ち上がった。
「明後日の正午。一斉に武力蜂起しようではないか!」
「異議はない」
「俺もない」
「妾も別にないのう」
魔王たちの意見がまとまった。明後日、鳴神市を震撼させる妖魔の大進撃が始まる。
鳴神学園教員棟の寮の一室で、予言者である千歳が眼を覚まし、ベッドの上で身体を起こした。
「うむ、遂にやってくるぞ!血奇集会で鳴神市が戦場と化す!」
寝巻きを脱ぎ捨て、白いワンピースを着た予言者は、テレパシーでアンジェラ・ハートに呼び掛ける。
(よう、千歳早起きだな。こっちはまだ夜が始まったばかりだ)
アンジェラの能天気な言葉を遮り、千歳は血奇集会が行われたことを報告した。
(マジか?前回はもう少し後だった気がするが)
(予知には振り幅があることは知っておろう?これまでの軌跡で少しばかり未来が変化したようじゃ)
(それじゃ、ぐずぐずしていられんな。こっちの仕事を片付けたら、すぐにそっちに行こう)
(うむ、頼む)
千歳はそのまま理事長室まで出向き、ドアをノックする。
「どうぞ」
応答を待って扉を開いた。中に入ると、早朝なのにすでにマディ土屋理事長は仕事をしていた。
「あら?千歳さん。理事長室まで来るのは珍しいですね」
「マディ、以前から予言していた血奇集会が行われたようじゃ」
控えていたメイドの土屋瑠璃が、カップを2つ用意して、コーヒーを入れ始めた。
「血奇集会!?あの、4大魔王の眷属が一斉に攻めてくる、あれですか!?」
千歳が応接セットのソファーに座ると、マディも机を離れて対面に腰を下ろした。香ばしいコーヒーの匂いが立ち込める中、話が始まった。
「お主たちは知らないかもしれんが、ここ鳴神学園が建っている丘は、かつて天狗岳と呼ばれた天狗一族の聖域だったのじゃ」
白髪白眼の美少女が両手でカップを持ち、コーヒーを一口飲む。途端に吹き出し、瑠璃が素早くテーブルの上を布巾で拭いた。
「苦いのう。瑠璃、砂糖をくれ」
「おいくつ、お入れしましょう?」
「2つ・・・いや、3つじゃ」
「畏まりました」
ようやく、収まったところで、マディが質問した。
「一体、いつ襲撃があるのですか?」
「ふむ、今から明後日じゃな。空に苦楽魔天狗の映像が浮かび、夢想士に対する一方的な宣戦布告をし、今までにない規模で夢想士狩りが始まる」
「それを止める方法は無いんですか?」
「奴らは聖域だった天狗岳を削られて恨み骨髄に達しておる。戦闘を避ける方法は無いのう」
「うーん、ということは、鳴神市にいる夢想士たちに、今のうちに警告しておいたほうが良いですね」
「特にここ、鳴神学園はかつて天狗岳だった跡地に建設されておるからな。天狗一族はその軍勢を全てここに集中させるじゃろう」
「そうなると、主要な戦力はここに残したほうが良いんですか?」
千歳はカップをテーブルに置いた。
「それも難しいところじゃな。鳴神市全体が攻撃対象となるから、そちらにも戦力を派遣せねばならないからのう」
「それじゃあどうすれば?」
「アンジェラには連絡しておいた。後は夢想士たち数人で結界を張り、学園を守るしかないのう」
「アンジェラさんが来てくれるんですね?」
やや、安堵しかけたマディだが、
「だからと言って安心は出来ぬぞ。北西地区と南西地区は酒呑一族が襲撃する。北東地区は土蜘蛛一族が攻めてくるし、南東地区には妖狐一族が攻めてくる」
「妖狐一族!?何百年も姿を見せなくなってた、あの妖狐一族も参戦するんですか!?」
「血奇集会で多数決でも取ったのじゃろう。一人の魔王だけが反対しても食い止めることは叶わなかったのじゃろうな」
事の重大さを改めて思い知らされたマディは、立ち上がって執務デスクに歩み寄った。
「とりあえず、鳴神市にいる夢想士全員に緊急事態宣言を出します。生徒たちはしばらく学園から出られなくなりますが、戦力になれるパーティーは各地区に派遣することにします」
「うむ。龍子と命はかなり重要な存在ゆえ、どこに派遣するかは熟慮したほうが良いのう」
「どの魔王に対して、どんなパーティーが有効なのか、分からないのですか?」
「確実なのは天狗一族が中央区、とりわけ鳴神学園に的を絞って攻めてくるのは間違いない。天狗岳の跡地に建っておるからな」
マディは電話を掛けて色々な指示を出す。各地区に住む夢想士たちに妖魔の大襲撃があることを警告している。受話器を置いたマディは、再びソファーに座った。
「北西地区なら武藤家の管轄ですね。彼らにも協力を仰いだほうが良いでしょうか?」
「うむ。下手をすれば鳴神市が焦土と化す。それに鬼なら武藤家としても捨ててはおけまい」
「分かりました」
マディはスマホを取り出し、武藤家にメッセージを送る。
「というか、何で武藤家とLINEで繋がっておるのじゃ?」
「あー、まあこの間、共闘した時に賠償問題とかで、密に連絡を取るために・・・」
マディは苦笑いを浮かべるが、千歳は肩をすくめて首を振った。
「北東地区は土蜘蛛一族、南東地区は妖狐一族、さて、誰が担当するべきなのじゃろうのう」
「妖狐一族は未知数ですね。夢想士との戦いの記録もほとんどありません。精々、戦国時代までですかね?」
「妖狐一族は術に長けておるからのう。強力な術士のパーティーが良いかもしれん」
「方術研究会では、霧崎さんのパーティーが良いかもしれませんね。特に絵本くんは最近、術士としての能力が上がってます」
「それに、なんと言っても幻想種が使い魔なのが心強いのう」
「問題は神尾さんですね。ほぼA+ランクに達している彼女のパーティーは強力です」
「北西地区は武藤家がいるから、南西地区が良いかもな。酒呑一族の幹部クラスが攻めてくるから、龍子たちのパーティーが適任じゃろう」
ある程度計画を進めて、千歳はマディに改めて聞いた。
「ところで、鳴神学園では討伐に出られるパーティーはどれくらいいるのじゃ?」
痛いところをつかれたように、マディは天井を仰いで顔を元に戻す。
「あなたに対してウソを言っても仕方ないので正直に言いますが、方術研究会の部員200人ほどの中で半分はCランクです」
「ふむ、討伐のメンバーにもなれないレベルじゃな」
「残り30人がBランク、15人がB+ランク。Aランクは5人しかいません」
「ふむ。まあ、昔は学生はB+ランクまでしか取得出来なかったのじゃから、仕方がないのう」
瑠璃がやって来て、空になったカップにコーヒーを注ぐ
「まあ、CランクとBランクはここに残って、学園を結界で守るのが無難じゃな。B+ランクはAランクのパーティーで後方支援するほうが良い。ところで、この瑠璃も討伐に投入するか?」
千歳は顔を上げ、無表情なツインテールのメイドを見上げた。
「まあ、そうするしかないですね。能力的にはAランクに匹敵しますから」
「他の魔王と違って、天狗一族は総力戦で挑んでくるから、この中央区はかなりの激戦区になるじゃろうのう」
「それでは瑠璃には中央区で遊撃に当たらせたほうが良いですね」
マディは疲れたようにソファーにもたれかかった。
「そうそう、鳴神市警にも連絡を入れておかないと。彼らにもサポートしてもらえれば、戦闘も有利に進められるかも!」
「うむ、使える駒は多いほうが良い」
千歳はカップを手にして熱いコーヒーをすすった。
第2章 決戦前夜
アラームが鳴り出したので、僕は手を伸ばして時計を黙らせた。二度寝しそうになった時、
「お兄ちゃーん!朝だよー!」
「ぐえっ」
誰かが僕にボディープレスを仕掛けた。いや、犯人は分かっている。
「おはよう、いーちゃん。朝から元気だね」
嬉しそうに僕に抱きついてるのは、先日ここ鳴神学園高等部に10歳で飛び級入学して来た、九十九いろはだ。今ではいーちゃんというあだ名が定着してる。
僕、絵本命はいーちゃんを引き剥がして、ベッドから滑り降りた。
「いーちゃん、先輩も起こしてあげてよ」
「うん、いいよ。そりゃー!」
床を蹴って飛び上がったいーちゃんのボディープレスが炸裂する。
「おわっ、何だ何だー!?」
ルームメイトの剛猛志先輩が泡をくって飛び起きた。
「朝だよー、猛志兄ちゃん!」
「いろは!いちいち飛び乗ってくるな!心臓に悪いだろーが!」
「だったら、おいらより早く起きなよ。隙だらけだよ」
何やら朝から騒がしいが、僕はパジャマから制服に着替えた。
「それじゃー学食に行こう!おいら、お腹が減ったよー」
「分かった分かった。猛志先輩、先に行きますよ」
僕は返事を待たずに部屋を出た。すると当然のように、いーちゃんが手を繋いでくる。
「あのさ、いーちゃん。もう手を繋ぐような年でもないでしょ?」
「おいら、まだ子供だよ。年上の人とちゃんと手を繋がないと迷子になっちゃうよ」
「いや、寮から学食まで5分くらいだけどね、迷うほうが難しいと思うよ」
学食に到着すると、
「あーーーー!?」
突然の大声と駆けてくる足音が近づいてきた。
「いーちゃん、ずるい!ミーくんと手を繋いでる!」
同級生の花園薫ちゃんが、凄い剣幕で迫ってきた。
「早い者勝ちだもーん。薫ちゃんは女子寮だから、起こしに来られないもんね、残念残念」
「むー、やっぱりボクも男子寮に入れば良かった!」
いや、それは無理があるよ。まあ、性別は一緒だけど、見た目が完全に女の子だもんなー。男の娘には男子寮の敷居は高かった。
「ちょっと、何揉めてるのよ、薫。あんたは男の子なんだから、仕方ないでしょ?」
薫ちゃんの双子の姉、萌ちゃんが薫ちゃんの襟首を捕まえた。
「うー、離してよ萌ちゃん!ミーくんの隣はボクって決まってるんだから!」
いや、決まってはいないけどね。
学食のいつものテーブルに行くと、先輩がたがすでに着席していた。
「おはよう、ミーくん。今朝も賑やかだね」
2年A組の神尾龍子先輩が微笑んでいる。ちなみに、僕のミーくんというあだ名は龍子先輩がつけたものだ。
「おはよーさん。なんやミーくんはモテモテやなー」
コテコテの関西弁で挨拶するのは、2年C組の霧崎風子先輩だ。小学生並みにちびっこい見た目だが、Aランクの夢想士である。
「いや、勘弁してくださいよ。3人とも男なんですよ」
僕は苦笑しながら朝食の乗ったトレイを運ぶ。
「まあ、仲良きことは良いことだよ」
龍子先輩がそう言った時、
「騒がしいわね」
腕を組んだ3年の女子生徒が龍子先輩を見下ろしていた。
「あ、これは千束先輩、おはようございます」
「おはよう。っていうか、騒々しいのよ。今はあんたが部長なんだから、しっかりと綱紀粛正しなさい」
ショートボブで大人しめに見える鉄条千束先輩だが、方術研究会の前部長で、龍子先輩とは犬猿の仲だったらしい。
「おいおい、俺たちはもう研究会の人間じゃないんだから、口出しするなよ」
そう割り込んできたのは、前副部長の新堂双真先輩だ。絡んでくるのは千束先輩で、それをなだめるのが双真先輩の役割だ。僕が転入してきた時からも、こうやって頻繁に揉めている。
「おお、これは先輩方!おはようございます!何かあったんですか?」
大声で猛志先輩が挨拶をしてテーブルに着いた。千束先輩は顔をしかめて腕組みを解いた。
「龍子。今度、模擬戦でもやらない?私たちもAランクに昇格したし、受験生とはいえ、今でも現役よ」
千束先輩は本気なのか冗談なのか、分かりにくい挑発をする。
「止めておきましょうよ。あたしのために受験生の千束先輩の手を煩わす気はありませんよ」
龍子先輩が肩をすくめて断ったが、千束先輩は諦めなかった。
「何よ、逃げる気?」
「おいおい、千束、止めろって」
双真先輩が再び止めるが、千束先輩は収まりがつかないようだった。
「どうしたんですか、千束先輩、双真先輩?」
朝食のトレーを持って声をかけてきたのは2年生の石井想一郎先輩だった。女顔でいつも笑っている印象のある人だ。
「早くご飯を食べましょう」
場にそぐわない、天真爛漫なオーラを出している想一郎先輩。千束先輩は舌打ちをして、
「模擬戦の申し込みは冗談じゃないからね。忘れないでよ」
そう捨て台詞を残して先輩方は去って行った。
「本当に武闘派だよな、千束先輩は。ああいう人が職業夢想士になるんだろうな」
龍子先輩はため息をついて、トーストにかじりついた。そこに遠慮がちに声をかける人物がいた。
「あの、ここ、良いですか?」
先日、鳴神学園高等部2年に転入してきた、由良珠子先輩が所在なさげに突っ立ってる。
「おお、タマちゃん!ここ空いてるで。座り座り」
風子先輩が人懐っこさを発揮して、陽気に手招きする。
「あの、風子さん。そのあだ名は止めてください」
困った顔で珠子先輩は空いてる席に腰かけた。
「あたしは良いと思うけどな。何か、にゃんこみたいで」
龍子先輩がニヤニヤしながら言った。元はと言えば、そのあだ名は龍子先輩がつけたものなんだけど。
「龍子さんも止めてください!昔からそういうあだ名で呼ばれてて嫌なんです!」
「あー、龍子がつけたあだ名は絶対定着するから、諦めたほうがええで」
風子先輩がハムエッグを食しながらそう宣告する。
「はあ、せっかく転校したのに、結局同じあだ名なんて・・・」
珠子先輩は諦めて朝食を摂りはじめた。
「はい、ミーくん、あーん」
隣に座る薫ちゃんがフォークを差し出してくる。すると反対側のいーちゃんが、
「あ、ずるい!お兄ちゃん、おいらのポテトあげるよ」
スプーンを差し出してくる。いや、一人で食べられるし。何なんだろう、この二人のマウント合戦は。
周りに冷やかされながら朝食を摂ってると、
「おい、なんだ、あれ!?」
渡り廊下から駆け込んできた生徒が、空を指差して叫んだ。
僕たち夢想士のパーティーも、全員が窓のほうに駆け寄り空を見上げた。そこには、巨大な修験者の格好をし、背中に翼のある厳めしい顔つきの妖魔が、立体映像のように存在していた。
「龍子先輩、あれは!?」
「しっ、とりあえず、何か言うだろうから、聞いてみよう」
人差し指を口に当てて龍子先輩は再び空を見た。
『愚かなる人間諸君!儂は天狗一族の長で魔王の苦楽魔という!我らが聖域の天狗岳を削り、迦琉羅様の像まで紛失させた貴様たちの暴挙に、我ら天狗一族の怒りは爆発した!よって、我々は全ての夢想士を滅ぼすことにした!これには4大魔王全員が賛成し、協力することを表明している!つまり、全ての妖魔が夢想士狩りを行うということだ!関係のない人間たちは家に籠るなり、逃げ出すかすれば良い。歴史上かつてない規模で我ら妖魔は夢想士と、最後まで戦う所存である!決戦は明日の正午!夢想士たちよ、首を洗って待っているが良い!』
呵呵大笑する天狗一族の魔王、苦楽魔の姿が薄れて消えた後、夢想士たちの間でパニックが生じた。妖魔たちが総力を上げて夢想士だけをターゲットにして、戦争をすると表明したのだ。夢想士の卵でもない一般生徒たちは、方術研究会の生徒たちが慌てふためいている様を、不思議そうに眺めている。
「龍子先輩、これって・・・」
僕の声はあまりの衝撃にしゃがれてしまった。
「まさか・・・これがアンジェラさんの言ってた、滅びの未来か?」
流石の龍子先輩も言葉を失っている。そこに校内放送が聞こえてきた。
『方術研究会の部員は全員、部室に集合してください。繰り返します。方術研究会の部員は・・・』
気持ちを切り替えたのか、自分の席に戻ると、
「全員、急いで食事を摂るんだ!腹が減っては戦は出来ないからな!」
方術研究会のメンバーたちは、急いで朝食をかきこんだ。
方術研究会の部室はクラブ棟の地下にある。シャワー室やトイレ、救急室などが完備されている。しかし、今は一番大きな闘技場に部員200名あまりが全員集合していた。
髪をシニョンにまとめたマディ土屋理事長が、白髪白眼の美少女を連れて全員注目させた。
「みなさん、会うのは初めてね。彼女は予言者の千歳さん。今回の4大魔王が結託して襲撃をかける血奇集会のことを、事前に予知していたのが彼女です。ですが、未来には振り幅があり、現在の状況が変われば未来も変わります。血奇集会はまだ起きない予定でしたが、さっきみなさんが視た通り、天狗一族を中心とした、妖魔による大々的な夢想士狩りが決行されます。ついては、一般生徒。通学生も寮生も自宅、あるいは寮の中で自習するようにすでに手配済みです」
場がざわついてきた。そりゃあ誰も経験したことのない非常事態だ。誰もが困惑することだろう。
「理事長、よろしいでしょうか?」
千束先輩が挙手していた。
「何かしら?」
「全ての夢想士を滅ぼすと敵は言ってましたが、鳴神学園の生徒も含まれるのでしょうか?」
その質問に理事長は首肯した。
「含まれるわ。だから学園としても戦力になるパーティーには、討伐に参加してもらうつもりよ」
場が再びざわついたが、今度は理事長が静めた。
「聞いてちょうだい。CランクとBランクの生徒は内側から結界を張って、それを維持する役をお願いするわ。そして、B+ランクとAランクの生徒は鳴神市の各地にいる夢想士たちと協力して、妖魔の攻撃に当たってもらいます」
「ふ、ふふふ。何だか久しぶりに大きな討伐対象じゃない。腕が鳴るわ」
そう呟く千束先輩の手が微かに震えていた。怖いんだろうな。いや、そりゃ怖いよ。妖魔の総攻撃だもんな。
〈落ち着きなさい、命。あなたには私がついてる。大船に乗ったつもりでいなさい〉
僕の頭の上に鎮座まします白い子猫、実は幻想種の白虎が頼もしいことを言ってくれる。
(分かってるよ。僕自身も最近レベルアップしてるし、この戦い、勝ちにいくよ)
〈その意気よ〉
その時、3年生と2年生が並ぶ列でどよめきが起こった。誰かが戦っているようだ。疾走状態で激しく打ち合ってる音が聞こえるが、姿がほとんど見えない。どうやらAランク同士の戦いらしい。疾走状態は思考速度と反応速度を上げる基本スキルで、Cランクで常人の10倍の速度で動ける。Bランクなら100倍、B+ランクなら1000倍、Aランクなら1万倍だ。B+ランクの僕に見えないなら、Aランク同士の戦いになるわけだ。
「ちょっと二人とも!止めなさい!」
理事長が間に入って戦闘が終わった。戦っていたのは龍子先輩と千束先輩だったらしい。
「この非常時に何やってるの?」
「いやー、それは千束先輩に聞いてください。一方的に襲ってきたのは先輩ですから」
「何言ってんのよ!3年生は受験があるから待機ですねって、喧嘩売って来たのはそっちじゃない!」
「分かったから二人とも止めなさい。神尾さんも余計なこと言わないように。非常事態なんだから、3年生のパーティーにも参加してもらうわよ」
「そうですか。スミマセンでした、千束先輩」
龍子先輩が頭を下げて、どうやら事は収まったようだ。
「さて、とはいえAランクの夢想士はまだ少ないのが現状。Aランクの夢想士にB+ランクが後方支援という形になるわね」
「鳴神学園のある中央区はどうするんですか?ここだけは天狗一族が総力を上げて攻めて来ますよ?」
「元は天狗岳があった場所だからね。ここが激戦区になるのは間違いないわ。ただアンジェラさんが来てくれるので、魔王が直接乗り込んで来てもなんとかなるでしょう。後、学園に逗留してる10人のAランクと瑠璃もいるからね。問題なのは各方面ね。どこにどれだけの軍勢がやって来るのか未知数だし」
「それは妾がその都度見通して、テレパシーで連絡するしかないのう」
「きゃー、可愛い!ちーちゃんって呼んで良い?」
場の空気を全く読まない薫ちゃんが、黄色い声をあげている。相手は数百年生きてる予言者だっていうのに!
「うむ、許す。龍子のパーティーの関係者は妾のことをちーちゃんと呼ぶが良い」
良いんかい!?
何か一気に緊張が解けてしまった。
いーちゃんが僕の手を強く握りしめる。
「お兄ちゃんのことは、おいらが絶対に守るからね!」
「はは、頼もしいね。まあ、いーちゃんAランクで実際、僕より上だからね」
「いやいや、ミーくんは魔物使いとしてはAランクやろ?術士としても新しい技、開発しとるし」
風子先輩がばんばん背中を叩いてくる。小さい割に力は強いんだよな、この先輩は。
「あれは僕よりエネルギー量が多い相手には使えないんですよ」
「まあ、そない言うても、場数踏んでるから戦闘にも慣れて来てるしな。ウチのパーティーは最強やで!」
風子先輩も案外自信家なんだよなー。まあ、高校生でAランク取得してる人は、みんなそうなんだろうけど。
「はい、それじゃCランクとBランクのみなさんは瑠璃が案内するので、学園の周囲に結界を張って維持する訓練をしてきてください」
理事長の指示で多くの部員が、ぞろぞろと、メイド姿の土屋瑠璃ちゃんの後について移動を始めた。何かシュールな絵面だなあ。
闘技場に残ったパーティーで、どこを担当するか、慎重にすり合わせが行われる。
「まず、北西地区と南西地区は鬼の軍勢が来るらしいのだけど、北西地区は武藤家とそれに連なる夢想士たちがいるからOKね。で、南西なんだけど、ここも鬼の幹部と闇の夢想士が行動するらしいので、神尾さんのパーティーにお願い出来るかしら?」
「鬼の幹部か。遭禍だと良いんですがね」
「何か因縁があるんですか?」
僕が尋ねると、
「前に一度やり合って勝負がついてない。今度こそ決着をつけたいんだけどなー」
龍子先輩は不敵な笑みを浮かべていた。やっぱり武闘派だなー。
「北東地区は土蜘蛛一族らしいので、鉄条さん、お願い出来るかしら?」
「魔王が来るんですか?」
「そこは正直何とも言えないけど、今回の妖魔の襲撃は天狗一族の恨みに端を発してるから、魔王は来ない可能性が高いわね。その代わり幹部クラスと闇の夢想士が来る公算が高いわ」
「分かりました。頑張ります」
「で、最後は南東地区。ここは当然、霧崎さんのパーティーね」
「その地区はどんな妖魔が来るんですか?」
「千歳さんによれば妖狐一族らしいわね。それにかなりヤバめの闇の夢想士が来るみたいよ」
「ヤバい?サイコ系ですか?」
「うーん、というより超武闘派というか・・・」
「妾が予知夢で見たのは全身が武器になっておる、とんでもない奴じゃ」
予言者の千歳こと、ちーちゃんが言うなら間違いない。
「ふむ、どっちにせよ、妖魔より闇の夢想士のほうが気ぃ使いますね。殺したらマズいんですよね?」
「今回は緊急事態だし、ヤバいと思ったら殺すのも仕方ないわ。市警の妖魔特捜課にも、そう伝えてるしね」
妖魔特捜課の特殊部隊が20班まで増えてるし、今回はあちこちで活躍することになりそうだ。魔水晶で加工された銃弾や防具で武装した特殊部隊は、中級妖魔の殲滅が主な任務だ。
力のある上級妖魔のいるところには、中級妖魔が沸いてくる。手強くはないが戦い難くなるのは確かだ。
「さて、作戦も決まったことだし、龍子。さっきの続きをやるわよ」
千束先輩は立ち上がると手招きする。
「ちょっと、何を言ってるの?明日に備えて今日は全員、基本の修行をやる予定なのよ」
理事長が間に入るが、龍子先輩も立ち上がると、不敵な笑みを漏らした。
「大丈夫ですよ、理事長、あくまで模擬戦ですから。そうですよね?千束先輩?」
「そうよ。明日の本番に備えての予行演習ってところかしら?」
理事長が更に言葉を重ねようとするが、風子先輩がそれを止めた。
「大丈夫ですよ、理事長。龍子はアレの強度を確かめたいだけやから」
「アレ?まさか、アレなの?それならまあ、怪我人が出る心配もないか」
理事長も納得して、二人の模擬戦を認めた。アレッて何だろう?
「行くわよ、龍子!鋼鉄之鎖」
千束先輩の呪文で、空中から何本もの太い鎖が出現し、グルグルと空中を周りだした。
「ふんっ!」
両手で掴んだ鎖を龍子先輩目掛けて振り回す。すると、ガキンッと見えない壁に阻まれて鎖は地面に落ちた。
「こ、これは・・・!?」
龍子先輩の周りには卵型の結界が張られていた。これは!?アンジェラさんの奥義である・・・
「究極之守護!」
「ウソでしょ!?アンジェラさんの奥義を何であんたが!?」
千束先輩が呆然とした様子で呟く。
「アンジェラさんはあたしの親代わりで師匠ですからね。あたしもこれを習得するのに苦労しましたよ。まあ、まだCレベルですけど」
龍子先輩は淡々と事実を述べただけだが、千束先輩の顔は怒りで真っ赤になっていた。
「最初からそうだった。神童と呼ばれて鳴り物入りで鳴神学園に入学してきて、私なんかあっさり超えてAランクになるし・・・あんた、ムカつくのよ!」
千束先輩は鎖を結界に何十にも巻き付けて、ギリギリと締め上げた。
「このまま、くびり殺してやる!」
「止めろよ、千束!模擬戦の域を越えてるぞ!」
双真先輩が止めに入るが、それは不要な行為だった。耳障りな金属音を発して、全ての鎖が弾け飛んだからだ。龍子先輩は変わらず、卵型の結界の中で涼しげな表情を浮かべている。
「ちっ、これが天才ってわけ?私たちには到達出来ないレベル・・・」
膝を着いていた千束先輩に、双真先輩が手を貸そうとするが、
「放っておいてよ!」
自分で立ち上がり、さっさと闘技場を後にしようとする。
「鉄条さん、あくまで模擬戦だからね。深刻に考えないで明日の戦闘に集中してちょうだい!」
足を止めた千束先輩は振り向かないまま、
「分かってます、失礼します」
そう言い残し、退場した。同じパーティーの双真先輩と想一郎先輩が後を追う。
「ふう。正直、気分の良いものじゃないな」
龍子先輩は肩をすくめて頭を振った。
「まあ、気にせんこっちゃ。みんな、それぞれのレベルで出来ることをやればええだけやん」
風子先輩がそう言って、この件はお仕舞いということになった。この後、全員で方術の修行に集中した。これにより、身体強化、疾走状態、重力操作、結界創造といった、基本スキルの向上が出来るのだ。
さて、決戦は明日だ。
黒神高校の生徒会室に珍客がやって来た。あの酒呑一族の幹部、遭禍が制服を着て現れたからだ。
「そ、遭禍さん、それはどういう冗談なんすかー?」
闇之夢想士同盟所属の金城英理が、半笑いで尋ねた。
「お前らもさっきの映像は視ただろう?ここ南西地区はオレが担当することになった。だからこうしてJKに成り済まして潜入してるんじゃねーか」
「遭禍さん、背が小さくなってますね。角も隠してるし、どこから見ても女子高生ですよ」
ウソか本気か分からないが、羽黒夜美は、口元に笑みを浮かべて賛辞する。
「へっ、そうだろ?筋肉量を減らして背を小さくしてるんだ。最もこの姿でも戦闘には全然影響ねえけどな」
遭禍は満足げに腕を組んだ。
「それで?あなたはどうして黒神高校に潜入したんですか?何か目的でも?」
私は当然の疑問を投げ掛けた。
「へっへ、支部長代理・・・じゃなかった。岩井響子よ。この学校には手のつけられないワルがいるんだろ?」
遭禍の狙いが分からなかったので、私は正直に答えた。
「ええ、残念ながらそういった不良生徒はいますね」
「何人くらいいるんだ?」
「そうですね、興味がないので詳しくは知りませんが20人ほどはいます」
「20人か・・・ま、相手を戦い辛い状況を作ることは出来るか」
嫌な予感がしたので聞いてみることにした。
「不良生徒たちをどうするのですか?」
私の質問に遭禍は邪悪な笑顔を見せた。
「オレの眷属にする。といっても即席だからな、戦力というより囮だな。夢想士の奴らは半分人間のオレの眷属相手に、どうするか見ものだぜ」
ああ、聞かなければ良かった。相手は鬼なのだ。人間のような道徳心も倫理観も持ち合わせてはいないのだ。
「さて、それじゃ早速、そいつらの居場所を教えてくれねーか?」
英理が私の顔色を伺っている。私はため息をついた。
「それじゃ、英理、夜美。遭禍さんを案内差し上げてくれるかしら?」
「分かりました、それでは行きましょう、遭禍さん」
闇の深い夜美は何の抵抗もなしに遭禍の策謀に乗っかるつもりだ。むしろ、普段過激なことばかり言ってる英理のほうが少し引いてる感じに見える。
「いや、お前も来なよ、岩井響子。闇之夢想士同盟の支部長は下りても、幹部なんだろ?しっかり見届けな」
これは一体、何の罰ゲームなのだろう?しかし、かつて支部長代理を努めてきたのも事実。
「承知しました。それでは参りましょう」
生徒会室を出て、私が先導する形で廊下を歩く。その道すがら、
「遭禍さん、お聞きしたいことがあるのですが」
「ん?何だ?」
「天狗一族の魔王は全ての夢想士を滅ぼすと言ってました。夢想士組合の夢想士を殲滅したら、次は闇之夢想士同盟の夢想士が標的になるのですか?」
「かっはっは!何だそのことか。心配するな。闇之夢想士同盟の夢想士は殺さねーよ。少なくとも喰俄様はまだお前たちに利用価値があると思ってるからな」
鬼の魔王は私たちを殺さない?しかし、それは利用価値があるからだ。その役に立てなくなったら、あっさり私たちも殺すのだろう。何しろ鬼の言うことだ。完全に信用することは不可能だ。
体育館裏、ありきたりだが、不良生徒のたまり場にはうってつけの場所だった。全員が独特の格好で座り、ビールやらタバコやらでパーティーの最中のようだ。
「お、誰かと思ったら生徒会長さんじゃねーか。こんなところに何の用なんだ?」
不良たちの頭、昔で言うところの番長がくわえタバコでそう尋ねた。
「遭禍さん、彼が不良たちのリーダーです」
不良なんかと関わりたくない私は、早々に遭禍にバトンを渡した。
「よう、お前が頭か?不良生徒は20人いると聞かれたが、ここには10人しかいないな」
「あん?何だテメー。見ねー顔だが生徒会の人間か?舐めた口利いてると、輪姦すぞ、ごるぁあ!」
「まあ、先にぶちのめしたほうが話は早いか。かかってきな、死なない程度には手加減してやる」
遭禍の言葉にキレた番格はその場にいる全員に命令した。
「テメー、二度と舐めた口利けないように、全員で輪姦してやるぜ!おい、後ろに回り込め!逃げられないようにな!」
10人ほどの不良たちは遭禍だけでなく、私たちも逃がす気はないらしい。
「先輩、あたしたちもコイツラ、ぶっ飛ばして良いんすよね?」
英理は武闘派を気取ってるだけあって、こういう時には燃えるタイプだ。夜美は相変わらず口元に笑みを浮かべている。
「やっちまえ!」
番格の言葉で全員が襲いかかってきたが、遭禍は番格の首を掴み吊し上げていた。
「くっ、苦しい!離しやがれ、テメー!」
両手両足で遭禍の身体を滅多打ちにするが、全くダメージを与えられてない。当然だ。鬼に人間が素手で太刀打ち出来るわけがない。
他の不良たちは、英理の金属操作で身体のあちこちから、ナイフのように血が飛び出し、地面に転がった。残りは夜美の影で出来た剣に身体中を切り裂かれて、パニックに陥った。
「やれやれだわ」
私はため息をついて、最後の1人の顔面にレンガを飛ばして昏倒させた。
「な、何なんだ!何なんだよ、テメーら!?」
番格を吊し上げていた遭禍は、そのまま地面に叩きつけた。
「さあ、他の不良連中を全員集めろ。でないと死ぬぞ、テメー」
遭禍の指先から黒い爪が伸びてゆく。その禍々しさはかなりのものだ。
「わ、分かったよ。呼べば良いんだな?」
番格は虚勢を張りながらも、大人しく指示に従ってスマホで全員に召集をかけた。喉を締め付けられてたので、その声はしゃがれていた。
召集に答えて集まってくる不良たちは、次から次へと遭禍の馬鹿力で投げ飛ばされ、戦闘不能になってゆく。
「よーし、これで全部だな。喜べテメーら。今からお前たちはオレの眷属にしてやる」
不良たちは全員ぽかんとして、地面に座り込んでいる。その一番近くにいた奴の近くに歩み寄ると、遭禍は爪先で自らの手首をかっ切って、不良の口を無理やり開けさして、溢れる血を強引に飲ませた。
「ひっ、助けてくれー!」
恐怖で逃げ出そうとした奴の頭を掴み、今度はそいつに飲ませる。見てるだけで胸が悪くなる。私は視線を空に向けて、この呪われた儀式が終わるのを待った。
そうして全員が遭禍の血を飲まされたが、急激な肉体変化が生じて全員が苦しみだした。体格が異様にデカくなり、頭髪が白くなってゆく。
「よーし、全員無事に鬼化したようだな」
遭禍は満足げに、地面に座り込んでる、新しい眷属たちを見渡した。
「いいか、テメーら。明日は大規模な夢想士狩りがあるからな。オレの軍勢を優位にするために、お前たちには働いてもらうぜ」
すると、鬼化した不良たちは並んで膝をつき、頭を垂れた。もう完全に眷属になっている。元には戻れないだろう。私はやるせない気持ちで再び空を仰ぎ見た。
俺は闇之夢想士同盟の鳴神支部である、岩井邸で東京本部から派遣されてきた二人と面談していた。
「へー、あんたが昔、不可視の英雄って呼ばれてた夢想士かー。あたいも噂だけは聞いてたよ」
ロングヘアーに黒い戦闘服を着た、20代後半くらいの女性の顔をまじまじと観察した。見た目は美人だが目が完全にイカれてる。フルメタルと名乗り、本名は分からない。その通り名は戦場の悪魔だ。
もう1人は白いスーツに身を包んだ紳士然とした男だ。長い前髪から覗く目は、どんよりと淀んでいる。30代前半といったところだが、こちらもあまりマトモな人物には見えない。まあ、闇之夢想士同盟で傭兵なんかしてる連中は、どこかイカれてるものだ。
「それで高見支部長。今回は討伐なんて生易しいものじゃなく、戦争と聞いてきたんですが?」
白スーツの男、スモーキーが応接セットのソファーに埋まりながら質問する。こちらは会話はマトモに出来そうだ。
「その通り。血奇集会という4大魔王が協議する場で、鳴神市の夢想士狩りを大規模に行うことが決まったらしい。酒呑一族の魔王からそう通達が来た。闇之夢想士同盟としても、夢想士組合の夢想士は敵対関係にあるからね。そこで各方面に助っ人を送り込むことになった」
「ひゃははは、それであたいたちが鳴神市に派遣されたってわけか!」
フルメタルはソファーで高々と足を組み、可笑しそうに笑う。
「何が可笑しいのかな、フルメタル?仮にも戦場に赴くわけだから、もう少し緊張感を持ってだな・・・」
「支部長さんさー」
フルメタルは一挙動でテーブルに乗り上げ、銃を俺の頭に突きつけた。
「天狗一族の魔王は全ての夢想士を殲滅するつもりなんだろ?だったら、あたいたちも命を狙われるんじゃないのかい?」
ふむ。全くのイカれ者というわけではないらしい。その可能性に気づくくらいには。だが、残念ながらそのグロック17は俺の幻覚に向けられているわけだが。
認識操作。対象者に誤った認識をさせる、俺の固有スキルだ。本物の俺は対面のソファーではなく、その向こうの執務デスクの椅子に座っている。
「酒呑一族と土蜘蛛一族とは、古くからの協力関係にある。だから、心配する必要はない。天狗一族が総攻撃を加えるのは鳴神学園のある中央区だ。それ以外の地区では夢想士だからといって問答無用に狙われたりはしない」
「ふーん。それが本当なら良いけどな」
フルメタルは銃を仕舞ってソファーに座り直した。
「それで支部長。我々はどこに行けば?生憎、鳴神市に来るのは初めてなので、土地勘がありません」
スモーキーも何事も無かったように質問をしてくる。この二人が何人殺してきたのか知らないが、殺人者はこうまで倫理観が麻痺するものなのか?
「ああ、君には北東地区を担当してもらいたい。後で詳しい場所と状況を説明する。フルメタルは南東地区だ。ここは久しぶりに妖狐一族が参戦するらしいが、奴らは術が得意だが戦闘経験が少ない。君の実戦経験をフルに生かしてくれたまえ」
「ひゃははは、狐かー!きつねうどんが食べたくなってきたよ」
「あまり油断しないほうが良いぞ。どこかの地区には白虎が参戦するらしいからな」
「白虎だって!?おいおい、幻想種じゃねーか!夢想士組合はそんな化物を飼ってるのかい?」
「他にも龍神を体内に宿してる夢想士がいる。夢想士組合は半ば公的機関だから、色々な隠し球を持っているんだよ」
「ま、あたいは暴れられれば何でも良いけどね」
フルメタルは本気かハッタリか分からない発言をする。
「私は殺されたくはないですね。支部長、必要なアドバイスがあれば言ってください。そうすれば必ずご期待に沿う結果を出しますよ」
スモーキーは己の有用性を力説する。まるで対極的な二人だ。
「さて、それじゃ地図を見てもらおうか。鳴神市は中央区を中心に北東地区南東地区、北西地区南西地区の5つのエリアに別れていて・・・」
その後のミーティングでどのように夢想士組合の夢想士を倒すか、協議が重ねられた。今回のような大がかりな戦闘が始まるとなれば、必ずアンジェラ・ハートが来日するに違いない。俺は密かに復讐の炎を燃やして、明日の決戦を待った。
第3章 夢想士狩り
私は只野圭子。かつて、学校の警備担当だったが、猛訓練を積んで鳴神市警妖魔特捜課、特殊部隊に配属された。今では20班のリーダーに抜擢されている。
(まさか、妖魔の魔王たちが結託して、夢想士狩りを行うなんて。あの子たちは大丈夫かしら?)
鳴神学園の生徒に知り合いがいるので心配していたが、妖魔特捜課課長の荒畑警部が、勢揃いしている部隊の前に立ち、説明を始めた。
「諸君。すでに知ってる者もいるだろうが、昨日、妖魔の魔王による宣戦布告がなされた!」
居並ぶ隊員たちに動揺する者はいない。流石に厳しい訓練を乗り越えて来た猛者たちだ。
「幸い、全ての魔王軍が攻めてくるわけではなく、標的も無差別ではなく夢想士に限定されてるのが救いだな。だが、それでも過去に類を見ない規模の攻撃がなされると予想されるので、我々は夢想士たちと連絡を密にして、協力して妖魔を殲滅してゆく。特に戦闘が激しくなると予想されるのが中央区だ。かつて、天狗岳と呼ばれた天狗一族の聖域を破壊されたことで、天狗の魔王は怒りに任せて、全ての戦力を投入するかもしれん」
荒畑警部はそこで、一旦言葉を切り、一同を見渡した。
「そこで、中央区には1班から4班までの部隊、総出で中央区の警備と戦闘を担当してもらう!」
指名された部隊の隊員たちは居ずまいを正し、敬礼する。
「5班から8班は北西地区!9班から12班までは南西地区!13班から16班は北東地区!17班から20班は南東地区を担当してもらう!全員、油断するな!必ず生きて帰ってくるんだ!いいな!」
「「「「了解!」」」」
全隊員が敬礼し、それぞれが特殊車両に乗り込み、担当地区に向かって出発してゆく。私の元に副隊長がやって来た。
「全員搭乗しました!」
私は敬礼を返し、
「よし、それでは20班、南東地区に出発する!」
助手席に乗り込むと、すぐに車両は発車した。敵の攻撃は正午だ。その前に部隊を展開させておかねばならない。
すでに一般のパトカーが市内全域をパトロールしながら、外出禁止の注意喚起を行っている。普通の人間には縁のない特殊な状況下なので、我々特殊部隊も市民がみだりに外出しないよう注意しなければならない。
南東地区に到着すると、街は不気味なほど静まり返っている。市民の避難は完了しているようだ。
と、思っていたのだが、
「隊長!一般市民がいます!」
隊員の報告を聞いて前方を見ると、無人の道路の真ん中を、奇妙な動きで歩いている男の後ろ姿が確認出来た。
「副隊長、マイクで勧告を!」
「はっ!」
副隊長は運転しながら、マイクを掴んで警告をする。
『そこの人、止まりなさい。鳴神市は緊急避難勧告が出されました!外出は禁止です!』
警告を無視して男は歩みを止めない。これはまさか?
「全隊員、即応準備!誰か、油断せずに目標を確保せよ!」
徐行している車両から2人の隊員が下りて足早に男に近づく。短機関銃を構えて男に呼び掛ける。
「おい、そこで止まれ!」
その警告でようやく男は足を止め、こちらに振り返った。その顔は・・・
「き、狐!?」
隊員たちは腰を落とし臨戦体勢に入った。人間の身体に狐の顔。この南東地区は妖狐一族が攻めてくると聞いている。間違いなく妖魔だ!
「全隊員に告ぐ!発砲を許可する!油断するな!」
男に近づいていた隊員たちが、短機関銃で狙いを定めていると、ビルとビルの隙間から狐の頭部を持つ妖魔が、次々と現れた。
「総員、発砲せよ!」
私も銃を窓から突きだし、向かってくる妖魔目掛けて発砲した。
北東地区ではパトカーや特殊車両が走り回っていて、移動するのは困難になってきていた。
「仕方がない、あそこに避難するか」
俺は車を車道の端に止めて、ある店の中に避難した。
「話には聞いてたが、本当に戒厳令だな」
「おや、誰かと思ったらお前さんか」
店の奥から黒い帽子を被った白いアゴヒゲの老人が姿を見せた。
「こりゃあ、老師。鳴神学園に行こうと思ったんだが、警察の動きが思ったより早くてね。車じゃ行けそうもないんで、ここで避難してて構いませんか?」
「そりゃあ構わんが、大神くん。何故学園に行こうとしてたんだね?」
竜宝老師はお茶の用意をしながら、そう訪ねてきた。
「いやー、だって近年稀に見る戦争ですよ。俺も多少の情報はあるし、鳴神学園には強固な結界があるから、そこに避難しようと思ってたんですがね」
「ふむ、それは災難だったな。お茶で良かったら飲みなさい」
「あ、こりゃどうも、頂きます」
俺は湯呑みを掴んで熱い茶を胃袋に流し込んだ。
「この店には結界が張ってある。戦闘が終わるまでゆっくりすると良い」
「いやー、そうしたいんですが、今回の戦闘、いつ終わるか見当もつきませんからね」
「しかし、上級妖魔である君がウロウロしていたら、妖魔特捜課に射殺されるぞ」
「それは・・・考えたくない事態ですね」
俺は口角を上げて、タバコを口にくわえた。
「おっと、老師。この店は禁煙ですか?」
「しばらく、客も来んだろうから好きにしたまえ」
許可が出たのでタバコに火を点ける。紫煙を吐き出して外の様子を伺った。今はまだ緊急車両が巡回しているが、正午まで後僅か。緊張が高まる。
「ところで、老師。屋敷に戻らなくて良かったんですか?お孫さんたちは心配では?」
俺は気になっていることを尋ねた。
「ふっふっふ、小夜も弓美も槍太も一人前だ。それに北西地区には武藤家と縁のある夢想士も多い。みんなで力を合わせてこの難局を乗り切ってもらいたい。そうすれば未来も少しは明るいものになろう」
老師は何かを期待しているようだ。しかし、部外者の俺には分からない。何とかして、鳴神学園に行きたいものだが・・・
俺はタバコの火を灰皿で揉み消し、腕組みをして考えを巡らせた。
修繕の終わった武藤家には、昔から付き合いのある夢想士たちが、次々に集結している。
「小夜さん、俺たちは共に最後まで武藤家と一緒に戦うつもりだ。遠慮せずに何でも言ってくれ!」
北西地区のリーダー的な存在、斧田恭介がその決意を表明した。
私たち武藤家の3姉弟は全員、羽織袴の戦闘服を着ている。特殊な素材で編まれた物で、物理攻撃にも術を使った攻撃にも耐えうる仕様になっている。
「みなさん、お集まり頂き感謝します。この北西地区は鬼の軍勢が攻めてくるという情報がありました。鬼は武藤家の代々の宿敵。今回こそは幹部を打倒すべく頑張って頂きたい!」
小夜姉さんが口上を述べると、集まった夢想士たちが一斉に腕を突き上げ勝ちどきを挙げた。
そこに、偵察隊が戻って来て報告した。
「小夜さん!鬼の幹部らしい者が、軍勢を引き連れて現れました!」
「分かりました!弓美!槍太!後に続け!」
姉さんは素早く武藤家の玄関から飛び出し、通りの向こうからぞろぞろとやって来る、鬼の軍勢と中級妖魔たちの大群と向かい合った。
「皆さん、露払いをお願いします!弓美、あれをぶちこんでやれ!」
「分かったわ!」
私は弓に矢をつがえて引き絞り、
「百矢!」
矢を放った。その一本の矢が百本に分裂して、敵の軍勢に突き刺さって行く。
「よーし!行くぞ、みんな!」
斧田氏が両手に斧を持って、先陣を切って敵の懐に飛び込んで行く。私はひとっ飛びで武藤家の瓦屋根の上に立ち、有利な位置から百矢を放つ。夥しい数の中級妖魔は私の攻撃の格好の標的だ。姉さんは周囲を凍らせながら、次々と鬼たちを斬り伏せてゆく。その背中を槍太が守り槍を縦横無尽に振り回して妖魔を倒して行く。そんな中、明らかに他の鬼とは比較にならないエネルギー量を持った存在が現れた。長い髪を後ろで縛り、金剛杖を肩に引っ掛けた黒い2本角の鬼が、余裕の笑みを浮かべて立っている。
「むっ?そちらは四天王の1人とお見受けする。私は武藤小夜だ!」
姉さんの名乗りに金剛杖を地面に突き刺した鬼は、
「俺は四天王の一角、流牙だ。あんたが武藤家の次期当主か?」
「如何にも!」
「ふーん」
流牙は金剛杖を引き抜くと肩に引っ掛けた。
「武藤家も女を当主にするようになったか。堕ちたものだな」
その台詞に姉さんの顔が無表情になる。これは本気になった時の顔だ。
「言いたいことはそれだけか、流牙とやら」
腰を落として柄に手を添える。
「本当のことを言ったまでだ!流円錐!」
流牙の手の中から激しく回転する円錐形の水が出現した。
「水のドリルでバラバラになりな!」
流牙が攻撃してくるが姉さんの周囲の温度が急激に下がってゆく。
「武藤流抜刀術!」
「なっ!?」
氷結の剣士である姉さんは、流牙の水のドリルも瞬時に凍らせ、一刀の元に斬り伏せた。
「ちっ。こりゃー相性が悪い。おい、慚危はいるか!」
その声に答えるように、ジャンプした巨体が、流牙と姉さんの間に降り立った。
「呼んだか、流牙?」
身長3メートルはある、黒い2本角の鬼が現れた。
「この夢想士とは相性が悪い。お前に譲るぜ」
「ふんっ、相変わらず状況判断は早いな」
2体の鬼の会話を姉さんが遮った。
「どちらでも構わないから、さっさと掛かって来い!」
「ん?ふはは、生きの良い奴だ。俺の名は慚危!少しばかり遊んでやる!」
姉さんは腰を落とし、抜刀術の構えに入る。だが、周りが凍結しない。
「む?」
「ふははは!気づいたか?俺は炎と熱を操る能力を持っている!いくら周りを凍らせようとしても無駄だ!」
あの慚危とやらは高熱を操るのか!姉さんの術との相性は最悪だが、
「抜刀術!」
剣の腕前に変わりはない。
だが、慚危は金剛杖で鬼切丸の斬撃を受け止めて見せた。
「むう、流石に幹部。伊達に四天王は名乗ってないということか」
剣で弾いて姉さんは距離を取った。
よし、今だ!私は弓を引いて矢を放つ。慚危の頭部に命中する刹那、ぱしっとその矢を掴んで止めた。私の奇襲も感づいていたのか!?
「ふん、屋根の上で安心か?それ、魔物どもよ!屋根にいるあの女を食らえ!」
慚奇の命令でどっと中級妖魔の群れが屋根に駆け上がって来る。私は弓の弦を指先で弾く。
「鳴弦!」
弦を弾いて生じた超音波が、妖魔たちの動きを止め、苦しめる。その隙を逃さず矢でフェンシングよろしく、次々と妖魔たちを突き殺して行く。
「弓使いが遠距離攻撃しか出来ないと思ったのか!私は接近戦も得意なんだ!」
北西地区の戦闘はすでに始まっていた。
鳴神学園の中は夢想士たちによる結界で護られていた。中央区に住む200名のAランクの夢想士が、敵の攻撃に備えて校庭に集っていた。
「みなさん、この鳴神学園を含む中央区が最大の激戦区になるでしょう。しかし、決して無理はしないでください。学園には回復師がいるので、怪我をしたらすぐに学園内に空間転移して治療を受けてください!」
私の説明の最中、光が生じ、人影が現れた。
「アンジェラさん!」
流れるような金髪と蒼穹のような青い瞳。夢想士組合でも数人しかいないSランクの夢想士、アンジェラ・ハートさんが空間転移でやって来たのだ。
「よう、待たせたなマディ。欧米でも似たような事案が生じて忙しかったんだが、ギリギリ間に合ったか」
アンジェラさんの姿を見た夢想士たちはテンションが上がった。
「歴戦の勇者が来てくれたぞ!」
「正直、キツイ戦いになると思ったが、これで一安心だ!」
「天狗一族何する者ぞ!必ず勝利出来る!」
盛り上がる中、アンジェラさんは私に向き直った。
「それで、マディ。各地の戦況はどんな具合だ?」
「はい、南東地区と北西地区ではすでに戦闘に入った模様。南西地区と北東地区からはまだ連絡が入ってません」
「学園からはどのパーティーがどこを受け持ってるんだ?」
私は地図を広げざっと説明する。アンジェラさんは少し考え、
「北東地区のパーティーは最近Aランクになったばかりか。戦力的に不安だな。お前のゴーレムを派遣したほうが良い」
「鉄条さんたちではキツイですか?」
「ああ、土蜘蛛は毒の糸を使うからな。その点、ゴーレムなら毒も効かないし、しっかり前衛が務まるだろう」
「分かりました。瑠璃!」
私は夢想士たちにコーヒーを振る舞っている、メイド服の少女を呼び寄せた。
「何でしょう、御主人様」
「今すぐ北東地区に向かった鉄条さんのパーティーと合流しなさい。現地の夢想士たちが集合してるはずだから、そこに誘導するのよ」
「了解しました、御主人様」
瑠璃は簡易的に作った作戦本部のテントの中にトレーを置き、ドンッと地を蹴って空中を飛んで言った。
「北西は武藤家とそれに連なる夢想士たちがいるから、心配は要らないか。南東地区は白虎を使い魔にしてる、ミコトのパーティーだから、戦力的に十分だな。南西地区は我が弟子のパーティーが担当してるのか。さて、どれだけ成長してるのか、楽しみだ」
アンジェラさんは持って来た水晶玉を、作戦本部の中に据えた。
「これを使えば全夢想士にテレパシーを飛ばせる。連絡を密にして、最悪の事態に備えるんだ」
「分かりました!」
事実上、司令官の役割になった私は、各方面に状況確認を求めるテレパシーを送った。
その時、暗雲が立ち込めて空を覆い尽くさんばかりの烏天狗の軍勢が現れた。やはり、天狗一族は総力戦を仕掛けるつもりらしい。
「よし、Aランクの諸君。最初の正念場だ。今現れたのは前衛部隊。本丸はまだずっと後に現れるだろう。消耗したところを狙われたら終わりだから、怪我や消耗した者は学園に空間転移して、回復師の治療を受けるんだ。この戦いは妖魔との全面戦争ではなく、夢想士だけを狙ってくる特殊な戦闘だから、勝つ必要はない。生き残るのが最低条件だ!」
アンジェラさんの言葉に夢想士たちが腕を上げて咆哮する。
「アンジェラさん、久しぶりにあんたと一緒に戦えるとは光栄だ!」
ガタイの良い二人組が前に進み出る。
「おお、神谷風仁と雷蔵の風雷兄弟か。息災か?」
「はっはっは!バッチリですよ、アンジェラさん!」
「あんたたちは北東地区と南東地区を担当していたと思ったがな」
「中央区が一番の激戦区になると聞いてたんで、後のことは任せて馳せ参じたわけです」
「そうか、何にしても心強い」
アンジェラさんは、二人とハイタッチを決めて挨拶に代える。
「さて、久々に戦闘の最前線に立つとするか」
アンジェラさんが重力操作で、上空に飛び上がると、夢想士たちも一斉にそれに続いた。中央区は激戦区になるだろう。でもアンジェラさんがいれば安心だ。私は各方面に散ったパーティーたちとコンタクトを取る準備をする。
僕たちが南東地区に到着した時には、すでに妖魔特捜課の特殊部隊が戦闘に入っていた。
「風子先輩!」
「分かってる。現地の夢想士たちが集合を果たして、こちらに向かってるそうや。よっしゃ、特殊部隊に加勢するで!」
僕らは防御結界を張り、戦場に走って行く。僕はイラストの描かれたカードを手にする。いーちゃんは女子高生の姿に変身していた。両手に剣を持つ戦士のようだ。
「それは、お姉さんの姿かい、いーちゃん?」
「うん。変身しないとその人の能力が使えないのが欠点だけど、変身は一瞬で終わるから問題ないよ」
「鳴神学園のパーティーです!遅なりました!って、只野さん?」
風子先輩が驚きの声を上げる。
「えっ?あなたたちがこの地区の担当なの?奇遇ね」
ある事件で知り合った只野圭子さんだ。何か会うたびに出世してる気がするなあ。
特殊車両を盾にして隊員たちが短期間銃で攻撃している。見ると巨大な骸骨がゆっくりと近づいて来ようとしている。
うわー、あれは手強そうだ。そう思った時、僕の頭に乗っている白猫の大福が語りかけてきた。
〈命、あれは妖狐が作り出した幻影よ。あなたの術で消せるわ〉
幻術か。さすがに妖狐といったところか。
「只野さん、あれは妖狐の幻術です!実際には存在しません!」
僕は手をかざして呪文を唱えた。
「絵画化!」
次の瞬間には僕は骸骨のカードを手にしていた。
「お見事や、ミーくん。よう見破ったな!」
風子先輩に褒められたが、見抜いたのは大福なんだよなー。
しかし、妖狐一族は一応は剣で武装してるが、積極的に攻めてくる感じじゃない。まあ、例によって中級妖魔がぞくぞくと集まって来ているけど。
「よし、次はボクの番だね。死之庭園之薔薇!」
薫ちゃんが地面に両手を着くと、たちまち緑の絨毯が周囲を埋め尽くして行く。植物の蔦や蔓だが、ここに妖魔が踏み込めば、たちまちトゲ付きの蔦に全身を拘束され、身動きが取れなくなる。早速あちこちで中級妖魔のゴブリンタイプやオーガタイプが罠にかかった。
「空想之銃!」
僕は銃を構えて次々に拘束されてる妖魔を撃ち倒してゆく。
「真空刃、刀剣乱舞!」
風子先輩の真空刃が獲物を切り裂いて、いーちゃんが両手の剣でトドメを刺してゆく。
おかしい。さっきから中級妖魔ばかり倒している。妖狐は一体どこにいるんだ?
〈命、空を見なさい!〉
大福の警告に空を仰ぐと、妖狐たちは宙に浮いて手にした槍を地面に向けて放っている。
「危ない!白虎、戦闘形態だ!」
僕の命令で頭に乗った白い子猫は、瞬時にして灰色の縞模様を持つ、体長20メートルの白虎の姿に戻った。特殊部隊の隊員たちは車両の中に逃げ込み、僕たちは白虎の身体の下に潜り込み槍の雨をやり過ごす。流石に幻想種の白虎の体毛は頑丈だ。槍が降ってきても弾き返してしまう。
「はっはっはー!逃げの一手かい?夢想士組合の夢想士さん!」
高らかに笑いながら現れたのは、ロングヘアーに黒い戦闘服の美女だった。
「なんや、あんた?闇の夢想士か!?」
風子先輩が白虎の身体の下から一歩踏み出し、新たな闖入者と対峙した。
「おやおや、こんな可愛いらしいお嬢ちゃんが、パーティーリーダーなのかい?大人しくその白虎の影に隠れてなよ。怪我をす・・・」
全て言い終える前に、風子先輩のカマイタチが敵の服を浅く切り裂いた。あの回避速度!Aランクオーバーか!?
「人を見た目で判断してたらその首が飛ぶで、お姉ちゃん?」
少し驚いた表情を浮かべたが、相手は満足そうに口角を上げて笑った。
「はっはー。こりゃ失礼したね。あたいはフルメタル。戦場の悪魔が二つ名だ!」
びしりと指先を風子先輩に突きつけたが、その腕が瞬く間に機関銃の銃身に変化する。
「精々楽しませておくれよ」
顔は笑ってるが目は完全にイカれてる。あれはヤバい相手だ。機銃掃射で特殊部隊の車両も、次々と穴が空いてゆく。
「総員!持てる限りの弾薬を持って横のビルまで撤退せよ!」
只野さんは賢明な判断で部下を下がらせた。何しろ、もう一方の腕も銃身に変えて、停められていた車やビルの外壁が穴だらけになってゆくまで撃ちまくるのだ。
「みんな、結界の強度を上げるんや!あれは下手に近づいたら蜂の巣になってまうで!」
僕らは白虎の、鋼鉄より硬い体毛の後ろで、機銃掃射を凌いでる最中だ。
「しっかし、いつまで撃ちまくってんねん。いくらなんでもエネルギーが保たへんやろ?」
「風子姉ちゃん、あれ!」
いーちゃんの指摘で全員、こっそりと様子を伺うと、フルメタルは地面に落ちている魔水晶を手にすると、己の胸に押し当てた、すると魔水晶がするりと体内に入り込む。
「あ、あいつ、あんなデタラメな方法でエネルギー補給してんのか!?妖魔の魔水晶を取り込んだら、どんな悪影響が出るか分からんのに!」
確かにデタラメだ。しかし、この周辺には集まってきた中級妖魔の魔水晶が、数えきれないほど落ちている。これじゃ相手はまだまだ撃ちまくれそうだ。
〈仕方ないわね。私があの夢想士を潰すわ〉
白虎がそう言ってのっそりと立ち上がった。
「ん?へいへいへーい。盾になるのは止めるのかい!他の連中を撃ちまくってやんよ!」
白虎は目にも止まらない速度でフルメタルの眼前に迫った。
「・・・は?」
次の瞬間にはフルメタルの左腕が吹っ飛ばされていた。
「ぐあああー!この猫のデカブツがー!」
フルメタルは右腕の機関銃を撃ちまくって、その反動で白虎から離れてゆく。
「ひゃっはっはー、痛ぇーじゃんかよー!流石に幻想種、ハンパないねー!」
地面に接地した途端、辺りの魔水晶をかき集めて体内に取り込んでゆく。すると瞬く間に左腕が生えてきた。
「あれはもう、闇の夢想士というより妖魔やな。身体を改造する夢想士にはありがちやけど、正気を失っとる」
その時、天から雷が落ちて白虎とフルメタルの間に立ち塞がる者たちがいた。金色の狐と銀色の狐が身体だけ人型にして剣を握っている。
「我らは此度の戦闘の指揮を任された金狐と銀狐だ!幻想種と戦えるとは、願ってもない好機!いざ、尋常に勝負!」
南東地区の戦闘はまだ始まったばかりのようだ。
あたしたちのパーティーは重力操作で宙を飛び、南西地区に入った。現地の夢想士たちと合流する予定だが、すでに各地区で戦端が開かれたとの連絡を受けている。ここもすでに妖魔が戦闘を開始しているだろう。妖魔特捜課の車両やパトカーが巡回しているのが見える。街には人っ子1人いないようだが、黒神高校が近づくにつれ妖魔の気配が濃くなって来た。
「龍子!あれを見ろ!」
猛志が地上を指差すと、そこには夢想士たちが高校生相手に戦っている様子が見て取れる。
(何故、夢想士たちが学生相手に戦ってるんだ?)
〈うむ、鬼どもが禁断の手法を使ったのかもしれん〉
あたしの体内にいる、父親にしてアドバイザーの龍神が見解を述べる。
(禁断の手法ってなんだ?)
〈鬼は自分の血を飲ませて人間を眷属にすることが出来る。半分人間だから、夢想士たちも攻めあぐねておるのだ〉
(鬼め!とんでもないことをしでかしやがる!龍神、元に戻すことはできるのか?)
〈もう、体内の構造が変化しておるだろうから、戻すことは出来ないであろうな〉
ちっ!てことは殺人をしなければいけないということか!夢想士をこれからも続けるなら、こんな事態でも速やかに解決しなければいけないのだろうが、殺人は流石に躊躇してしまう。
〈正念場だぞ、龍子。夢想士ならここで怯むでないぞ。鬼化された人間は気の毒だが、もう戻れない以上、殺してやるのがせめてもの情けだ〉
(・・・分かった。やるしかないな)
「みんな、良く聞いてくれ!あれは鬼に無理矢理血を飲まされ眷属にされた連中だ!もう元に戻すことは出来ないから、一思いに殺すのがせめてもの情けだ!」
「うえっ、マジかよ!」
「で、でもまだ人間の部分があるんですよね?」
「妖魔なら容赦しないけど、半分人間なんて、やれそうもない」
萌とタマちゃんは予想通りの反応だが、猛志は流石に怯まなかった。
「もう人間に戻れないなら、人を殺さないよう、引導を渡してやるのが慈悲ってもんだぜ!」
幼なじみだから予想はしていたが、こいつはこういう時に変に迷ったりはしない。心強く思いながら、
「よし、下に降りるぞ!」
あたしは指示を出した。近づいてゆくと、夢想士たち数人が得物を使って牽制しているが、完全な鬼ではないので攻めあぐねている。
「お待たせしました。救援に来ました!」
あたしたちがやって来たことで、夢想士たちは安堵の表情を見せた。その隙に鬼化した学生が襲いかかって来た。
「稲妻狙撃!」
あたしは最大出力で術を発動した。命中した白髪の高校生は焼け焦げて倒れた。
「みなさん、その学生たちは鬼の血を飲まされて眷属にされてます。もう人間には戻れないので殺してやってください。それがせめてもの情けです!」
一瞬、動揺が走ったが、流石に職業夢想士は判断が早かった。
「そうか。そうじゃないかと思ってたが、やはり殺すしかないんだな」
南西地区のリーダー的存在、素浪仁さんが業物の日本刀を持ちかえた。今まで峰打ちにしてたのを、斬り殺すために心を固めたようだ。
「ありがとう、龍子ちゃん。これで思い切り戦える」
あたしは黙って頷き、パーティーメンバーにも忠告した。
「あたしたちもだ!鬼の眷属になった者も遠慮なく討伐するんだ!」
「仕方ねーな。武装化!」
猛志は強化服に身を包み、鬼化した学生たちに迫った。
「食らえ、鉄拳粉砕!」
猛志の正拳一発で学生の身体は10メートルはすっ飛び、仲間たちを巻き込んで次々に倒れてゆく。
そうこうしているうちに、中級妖魔がぞくぞくと現れた。
「よし、戦闘開始だ!萌!」
「は、はい!」
萌は両手を地面に着いて、
「死之庭園之薔薇!」
たちまち緑の絨毯が辺りを覆ってゆく。蔦に拘束されてゆく妖魔たち。それをあたしたちパーティーと地元の夢想士軍団が、トドメを刺してゆく。と、そこに、
「ちっ、作戦は失敗か。まあ、お前が出てきた時点でそうなるかとは思ってたが」
行く手に、女子高生たちが立ち塞がっていた。後ろの3人は仮面で顔を隠しているが、一番前にいる者は違った。体格は小さくなっているが、その顔は見間違えるわけがない。
「遭禍か!随分と卑劣で下衆な真似をするじゃないか!」
「はっはっはー!オレたち鬼にテメーらの常識なんて通じねーぜ!」
4大魔王の1人、喰俄の直属で四天王の1人、遭禍は高笑いしながら身体が大きくなってゆく。そして頭部には黒い2本の角が生えてきた。
いきなりの大物の出現に、夢想士たちの間に動揺が走る。
「キツい戦いになると思っていたが、まさか、早々に幹部があらわれるとは!」
「あの遭禍は雷を自在に操る!下手をすれば黒焦げにされるぞ!」
「ええい、怯むなみんな!」
素浪さんは日本刀を構え、背水の陣で挑もうとしている。
「待ってください、素浪さん。遭禍はあたしに任せてください。因縁のある宿敵なんです」
あたしはずいっと前に出て、そう願い出た。
「うーん、そうかい?なら、任せよう。他の鬼や妖魔たちは俺たちが担当する!」
素浪さんは踵を返し、戦場に戻って行った。
「猛志!萌!タマちゃん!ここは任せたぞ!」
「おうっ!お前も抜かるなよ!」
「頑張ってください、龍子先輩!」
「タマちゃんって言わないでください!」
3人に後を託し、あたしは遭禍と向かい合った。
「宿敵ねえ。人間ごときがオレに勝てるつもりなのか?」
「お前こそ妖魔風情が夢想士に勝てると思ってるのか?」
両者の間で火花がバチバチと散った。比喩ではなく、本当に空気がはぜたのだ。
「食らいやがれ!魔力弾!」
「稲妻狙撃!」
両者の放った攻撃がぶつかり合い、周囲に拡散する。
「やるじゃねーか。今度は本気でいくぜ!」
「ちょっと待て。戦闘領域!」
あたしは手を上に掲げ術式を展開した。
「前回の戦いじゃ、周りに甚大な被害が出たからな。これで好きなように暴れられるぞ」
「へっ、そりゃ重畳。じゃあ遠慮なくぶち殺してやるぜ!」
「熱電撃!」
「灼熱弾!」
両者の攻撃がぶつかり合い、またもや周囲に飛散した。
(くそっ、また相殺された!)
〈落ち着け、龍子。お前たちは同じ属性でレベルも同程度。ここは術ではなく剣で戦うべきだ〉
あたしの中の龍神がそう忠告する。
(結局、それしかないか)
あたしは渋々それに従う。
「天薙神剣!」
手にずしりとした重みを感じ、何者も恐れない勇気が湧いてくる。
「へっ、得物で勝負か?良いだろう」
遭禍は金剛杖を手にして、一振りする。途端に暴風が唸り吹き寄せてくる。
「行くぞ!」
「来やがれ!」
あたしたちは結界の中で、暴風と雷が荒れ狂う戦闘に入った。
第4章 夢想士狩りⅡ
私たちは北東地区に入った。パトカーや特殊部隊の車両が行き交う中、地元の夢想士たちが集まるドーム形の球場を目指していた。
「ここは土蜘蛛一族のテリトリーだからみんな、今のうちに結界を張ったほうが良いわ」
「まだ早いんじゃないか?妖魔の気配も感じないし」
壮真がのんびりとしたことを言ってる。
「あんたねー。もう敵地に入ってるのよ!少しは警戒しなさい!」
「分かったよ、千束」
壮真と想一郎が結界を張る。その瞬間、宙に蜘蛛の巣が現れて、私たちに覆い被さる。危なかった。警告が遅れてたら被害者が出ていたところだ。
「ほ、ほら見なさい。攻撃が始まったじゃない!」
「流石は千束さん!頼もしいリーダーです!」
想一郎が無邪気に賛辞をくれるが、逆に恥ずかしい気持ちになった。
「ま、まあね。ほら、あんたたち反撃に出るわよ!」
私は地面と空中に鎖を張り巡らせて、攻防一体の陣を敷いた。壮真は両手に棍棒を握り、惣一郎は手をかざしてアスファルトをめくり始める。すると、前後左右に大量の土蜘蛛が出現した。土蜘蛛は中級のうちは蜘蛛の姿のままだが、幹部クラスになると人型にもなれるようになる。しかし、中級の土蜘蛛はやたら数が多いのが厄介だ。
不用意に近づいてきた土蜘蛛は、私の鎖が反応し、がんじがらめにしてしまう。
「行くわよ!」
私は鎖を回して近くにいる土蜘蛛を真っ二つにしてゆく。壮真も棍棒で攻撃し、惣一郎は拳大に固めたアスファルトを飛ばして、土蜘蛛を穴だらけにする。順調だ。よし、この勢いで!っと、その時、
「調子に乗るなよ、夢想士!俺の名は紫怨!」
紫色の髪をした幹部が現れた。
「糸で固めて溶かしてやる!私は藍柰!」
後ろには藍色の髪の女幹部が立ち塞がる。
「想一郎、石つぶてを叩き込んでやりなさい!」
「分かりました!狙撃之石!」
拳大のアスファルトが大量に打ち出された。しかし、紫怨は蜘蛛の巣を張って全てのつぶてを食い止めた。
「さあ、大人しく溶かされな!」
藍柰が巨大な蜘蛛の巣を、結界ごと私たちに向け、放った。紫怨もさらに糸を重ねる。
「お、おい、千束!結界が軋んでるぞ!」
「急いで強化するのよ!3人の力を合わせて、強力な結界を一つ作れば良い!」
「うーん、僕はあまり、結界創造が得意じゃありません」
想一郎が泣き言を言い出した。
「苦手でもやるしかないのよ!毒にやられるか、輪切りにされるか、このまま結界を維持するか、どれを選ぶの!?」
「そりゃあ、一番最後のです」
「だったら、死に物狂いでやりなさい!」
とはいえ、このままでは反撃もままならず、ジリ貧だ。何か良い手はないのか?
考えがまとまらないうちに、何かが宙を飛んできた。着地と同時に私たちの結界を掴み、糸を引きちぎりながら再び地を蹴って飛び上がった。これは・・・理事長のメイドの瑠璃だ!
彼女は中央区で戦うのではなかったのか?
十分距離を取ると、瑠璃は結界を覆っている鉄鋼糸を無造作に引きちぎってゆく。完全に糸がなくなると私たちは結界を解除した。
「瑠璃さん、あなたは中央区が担当じゃなかったの?」
「理事長よりあなた方のパーティーに参加するよう命令されました。それより、敵の幹部たちが迫ってきますよ」
「ちっ、今は素直に感謝しておくわ。鉄鎖之暴風!」
私は空中の鎖を激しく回転させて、敵の接近を阻み、そして攻撃に転じる。
「よし、俺もやるぜ!」
壮真は両手の棍棒をリズミカルに叩き始めた。
「この世に存在する物全てが、固有の振動数をもっている。そら、中級妖魔たちが身体を震わせ始めたぞ!ここで急に重い振動を与えたら!死之振動!」
周囲にいた中級妖魔の群れが、一斉に爆死した。流石に幹部たちは耐えて見せた。
「くっ、アジな真似を!」
「次は僕の番ですね!」
想一郎が両手をあげると、アスファルトが隆起して大型のゴーレムが出現した。一体だけではない。私と壮真の分のゴーレムも出来上がっている。
「千束先輩、壮真先輩、それは意志の力で自在に操れます。もしまた糸の攻撃が来てもゴーレムが盾になってくれます!」
こんな術が使えるって、何で黙ってたのか問いただしたく思ったが、今は戦闘に集中しなければ!
「私は紫怨って奴を相手にするわ。壮真は藍柰を!想一郎と瑠璃は他の土蜘蛛たちをお願いね!」
「分かりました!」
「了解しました」
私たちは分散し、それぞれの獲物に集中する。
遂にこの北東地区でも戦闘が始まったか。俺は外部で荒れ狂ってる魔力と霊力のぶつかり合いを感じながら、タバコに火を点けた。
「北東地区は土蜘蛛の縄張りでしたね。夢想士たち、特に鳴神学園の生徒が無事だと良いんですけどね」
「ウルフ、いや、大神くん。お前さんは参戦しないのかね?」
武藤竜宝老師が茶を飲みながら尋ねてきた。
「よしてくださいよ。あたしゃ、しがない私立探偵ですよ。情報屋の仕事もしてるんですから、こういう非常事態の時はお休みにしてもらわないと」
「ふむ、ところで天狗一族が血奇集会を開催するように要請したが、理由は分かるかね?」
「まあ、聞いた話では天狗一族の聖域だった天狗岳を削られ、地母神である迦琉羅の像が失われたので、人間に強い怨みを持っているからと。分かってるのはそれくらいですかね?」
「ふむ、ちょっと待ってなさい」
老師は立ち上がると店の奥に姿を消した。はてさて、今回は大規模な妖魔の攻撃があったわけだが、いつまで続くのやら。この鳴神市のAランクの夢想士だけで、1000人くらいいるはずだが、奴らはそれを本当に殲滅出来ると思っているのか?いずれも一騎当千の強者揃いだ。事はそう簡単にいくとは思えないが。
「待たせたね」
老師は何やら大きな木箱を持って戻って来た。ごとりとテーブルの上に置かれたそれは、かなりの年代物だということは想像できた。
「何です、老師。これは?」
「開けてみたまえ」
「それじゃ失礼して」
俺は仕事用の手袋をして、封印の帯を解き、箱を開いた。
「ん?何か仏像のように見えますね。いや、服は修験者のようだし・・・え!?まさか!」
老師は煙管にタバコの葉を詰め、火を点けた。
「来歴は不明じゃよ。だが、何代か前のご先祖が偶然手に入れ、代々受け継がれてきた物じゃ」
箱の上蓋に筆で迦琉羅、と書かれている。おいおいおーい!こりゃとんでもない代物じゃないのか!?
「老師、失われた迦琉羅の像ってこれなんじゃないですか?」
「そこが困ったところなんじゃよ。武藤家の蔵をしらみ潰しに探したのじゃが、その像にまつわる一切の記録がなくてのう。ウチは骨董屋もやっとるから、とりあえずここの倉庫に保管しておいたのじゃ」
「もし、本物なら今回の戦闘は回避出来るんじゃないですか?」
「うむ、ワシもそう思ったのじゃが、もし偽物なら、かえって天狗たちの怒りを買うだけじゃ」
それはそうだが、鳴神市全体に戒厳令が敷かれる今の状況を、この像は変えることが出来るかもしれない。
「このことを、何とか鳴神学園に報せないと」
「ふむ、そうしたほうが良いと思うかね?本物であっても、天狗岳を削った事実は変えられないからのう」
「中央区は今、天狗一族の猛攻撃にさらされてる状況です。持久戦となれば妖魔のほうが優位に立つでしょう。何とかこのことを学園側に報せないと」
「うむ、一つテレパシーで交信を試みてみるか。この老いぼれの呼び掛けが届けば良いが」
老師はテーブルに乗っている、大きな水晶玉に手を置き、目を閉じて一心に念じた。
中央区はあちこちで夢想士と、烏天狗の軍勢との戦闘で、被害が拡大していた。私は神通坊という現場の指揮官と斬り結んでいた。流石に武術に秀でた天狗一族は正攻法では手強い。
「むん!霊気弾!」
「何の、魔力弾!」
互いに放出系の攻撃を試みるも、拮抗するばかりだった。
こうなればアレを使うしかない。天狗一族の長である苦楽魔戦に備えて使わなかったが、やむを得ない状況だった。
私は剣を持ち替え、神通坊の攻撃を誘った。途端に神通坊は踏み込んで来て、剣で斬りかかってくる。
「百花繚乱!」
私は一息に107つの急所を剣で突いた。剣の間合いに入って来た者は、誰1人逃れられない必殺の技だ。
「ぐふうっ!」
神通坊も半分ほどは捌いたが、残りの突きを全身に食らった。そのまま、宙から落下してゆき、地上の戦場の渦の中に消えた。
それにしても、かなりの数だ。天狗一族は本当に日本全国の天狗たちを召集し、今回の戦闘に投入しているようだ。その時、マディからのテレパシーが届いた。
〈聞こえますか、アンジェラさん?〉
(ああ、感度良好だ?何か問題でも起きたか?)
〈実は・・・竜宝老師から連絡がきたのですが〉
(竜宝?あの仙人か?一体どんな話を持って来たんだ?)
〈それがですね・・・失われた迦琉羅の像を所有しているらしいんです〉
(何だって?それが本当なら天狗一族との交渉に使えるな。だが、本物なのか?)
〈それについては所有してる古文書を全て調べたらしいのですが、本物であるという確たる証拠は見つからなかったとのことです〉
(うーん、すでに怒り心頭になっている天狗一族の魔王、苦楽魔がどんな反応を見せるかだな。竜宝老師は今どこにいる?)
〈自分で経営されてる漢方薬の店にいるそうです〉
さて、ここが正念場だ。過去何回も繰り返した歴史では、苦楽魔が迦琉羅の像を手にして、戦闘が終了する未来もあったが、その像が偽物と切り捨てて、鳴神市が焦土と化す未来もあった。果たして今回はどっちだ?
(よし、私が直接、老師のところに像を受け取りに行こう。現在のところ、各地区の夢想士たちの被害状況はどうだ?)
〈北西地区は武藤家とそれに連なる夢想士たちなので、交信が出来ないので詳細は不明です。南西地区は神尾さんが鬼の幹部と戦闘中。南東地区は闇の夢想士の援軍があったようで、あまり芳しくないですね〉
(なるほど。それで北東地区はどうなってる?)
〈アンジェラさんの懸念が当たったようで、ピンチに陥りましたが瑠璃が参戦して、現在は拮抗状態のようです〉
(あそこは土蜘蛛が多いからな。苦戦しているようなら、救援がてら老師の店に行くか。今は中央区もそれほど被害は出ていないからな)
〈分かりました、老師に伝えておきます〉
交信を終えた私は神谷風仁と雷蔵兄弟に呼び掛ける。
(私はこれから北東地区に行く用事が出来た。ここの防衛を任せて良いか?)
(アンジェラさんの頼みとあれば是非もない。しっかりと守り抜きますよ!)
(助かるよ。じゃあ行ってくる)
私は重力操作で向きを変え、北東地区に向けて飛んだ。
慚危という鬼はなかなか厄介だった。その足元はマグマがぐつぐつと煮えたって、2000度近い高温だ。そして、炎を纏った金剛杖が襲ってくる。姉さんはそれを鬼切丸で弾いて横薙ぎに胴を狙う。しかし、その瞬間に地面から炎が吹き出し、再び距離を取る。さっきからこんな拮抗状態が続いているが、姉さんの息が上がり始めた。他の鬼や中級妖魔の軍勢を相手取ってるので、加勢に行くのもままならない。
「仕方がない。このままでは劣勢になるばかりだ。究極奥義を出すしかない」
「!?姉さん、今の状況では不味いわ!まだ、多くの軍勢が残ってるのよ!」
「後のことは弓美、槍太、頼むぞ。他の夢想士のみなさんと連携して、勝利しろ!」
姉さんは腰を落とし、抜刀術の構えに入った。
「小夜姉!本気か!?」
「槍太、しばらくは私の側を離れないでくれ。お前は私の誇りある弟だ」
「・・・分かったよ!必ず小夜姉は守って見せる!」
「よし!慚危、最後の勝負だ!」
「くぁっはっは!お前の凍結は俺には通じないと、まだ分からんか?」
嘲笑う慚危だが、その足元が徐々に凍り始めたことに気づいた。
「なん・・・だと?灼熱の溶岩が凍るだと!?そんなバカな!」
慚危の顔から笑いが消えた。ようやく異常事態に気づいたようだが、時すでに遅しだった。
「絶対零度!炎ですら凍る究極奥義だ!」
姉さんは踏み込んで慚危の身体を、横薙ぎに斬り裂いた。下半身は完全に凍り、上半身が地面に落下した。
「ば、バカな・・・この俺が・・・四天王のこの俺がー!」
姉さんはかがみ込み、その首を斬り飛ばした。姉さんの完全勝利だ。ようやく酒呑一族の幹部の1人を倒した。だが、その代償も大きい。姉さんは刀を納めると、その場にパッタリと倒れた。しかし、幸いなことに絶対零度の影響で、半径5メートル内にいた鬼も中級妖魔も凍ってしまった。
「小夜姉、流石だぜ!後は俺たちに任せて休んでてくれ!」
槍太が姉さんの身体を抱えあげた時、一斉に勝鬨の声が上がった。
「やった、小夜さんが幹部を倒したぞ!」
「これで一気に形勢逆転だ!」
「残った妖魔も全部討ち取れ!」
夢想士たちの士気が上がり、北西地区の鎮圧はほぼ成功したかに思えた。
金狐、銀狐の不動金縛りの術で白虎が動きを封じられた。その間に兵隊である野狐の軍勢が辺りを囲んだ。現地の夢想士集団と睨み合う形である。僕たちはフルメタルの銃弾をかわしながら、野狐たちの幻術に翻弄される。
「ええい、一般人の避難は完了しとる!遠慮なくいくでー!」
風子先輩が両手を振り上げた。
「死之暴風!」
突如、荒れ狂った竜巻に野狐たちは次々に宙に舞い上がり、バラバラになってゆく。その間、薫ちゃんの張った死之庭園之薔薇に拘束された野狐や中級妖魔を僕の空想之銃で撃ち倒し、いーちゃんが両手の剣でトドメを刺してゆく。一見、拮抗してるようだが、あのフルメタルが厄介な存在だ。今も両腕の機関銃を撃ちまくりながら、お腹から迫り出した砲身からミサイルを発射して、夢想士集団を殲滅しようとしている。
やはり、白虎の自由を取り戻すのが先決か。僕は重力操作で宙に舞い上がり、金狐と銀狐目掛けて銃弾を撃ち込んだ。だが、案の定というか、当然結界を張って防御している。
後、試していない方法がある。出来るかどうか分からないが、やるしかない!僕は両手をかざし、呪文を唱えた。
「絵画化!」
次の瞬間には僕の手に結界のカードがあった。成功だ!空想之銃で、改めて金狐と銀狐に銃弾を撃ち込んだ。
「ぐわっ!」
「己れ、まさか結界を消し去るとは!」
自由の身になった白虎は、虎パンチ一発で金狐と銀狐を、ぶっ飛ばした。
〈借りが出来たわね、命〉
(なーに、お互い様だよ)
その会話の途中にフルメタルの機銃掃射が襲ってくる。
「妖狐の幹部もだらしないねー。あたいが白虎の首をもらうよ!」
機関銃の弾は白虎の鋼鉄より硬い体毛に弾かれる。
「これでどうだ!対戦車ミサイル!」
フルメタルの両腕が変形し、お腹から砲身が飛び出した。次々とミサイルが発射され、白虎の体表で爆発するが、ダメージはあまり無さそうだ。
〈それで終わりか?なら死ぬが良い!〉
白虎が地を駆けてフルメタルに襲いかかる直前、金狐と銀狐が復活して再び術を仕掛けようとする。
「させるかー!」
僕は空想之銃を連射してそれを阻止するが、今度は僕の身体が動かなくなった。
「忌々しい小僧め。白虎を討ち取るまで、そうやって大人しくしていろ!」
こいつらは白虎に執心している。倒せば特大の魔水晶が手に入るからだろう。
だが、そうはさせない!
「現実化!」
僕のポケットの中にあるイラストカードが、全て実在化した。これまでに野狐を含めて中級妖魔をたくさんイラスト化させておいたのが幸いした。ちなみに一度でもイラスト化された者は、僕の命令に忠実となる。
「よし、みんな!金狐と銀狐、フルメタルを倒せ!」
これには流石に金狐も銀狐も驚いたようだ。フルメタルも顔色を変えている。野狐と中級妖魔の集団が突然自分達に牙を剥いたのだ。
〈ナイスよ、命〉
白虎にも褒められた。僕は褒められて伸びるタイプなのだ。
その時、フルメタルの身体が変形し始めた。もはや何が起こっても驚かない自信があったが、これには驚愕した。フルメタルは集められるだけの魔水晶を取り込み、ジェット戦闘機に変身したのだ。高速で宙に飛び上がったフルメタルは、飛びながら爆弾を投下し始めた。敵も味方も区別してない。無差別の空爆が突如始まった。
「あやつめ!何をしておる!」
「我らの眷属まで攻撃するとは、最早、奴は我らの援軍ではない!」
金狐と銀狐は雲に乗り、宙へ舞った。そのお陰で金縛りが解けた。
「風子先輩、薫ちゃん、いーちゃん!ビルの中に避難を!フルメタルは正気を失ってます!」
「あんたはどないするんや、ミーくん?」
「白虎と一緒に空中戦をして来ます!」
僕は重力操作で飛び上がり、白虎の背にまたがった。その途端、フルメタルの機銃掃射に襲われたが、白虎が身体の向きを変えて銃弾を跳ね返した。
〈命、あなたも命知らずね〉
「このままじゃ、敵はともかく夢想士の犠牲者も出る。フルメタルを倒すしかない!」
〈分かったわ、しっかり掴まってて〉
白虎の動きが加速した。フルメタルが放つミサイルは、その信管を僕の(イマジン・リボルバー)で狙い打ち、破壊する。白虎が虎パンチを繰り出すが、フルメタルは巧妙にかわし、攻撃をしてくる。
「一体、どれくらいの魔水晶を取り込んだんだ?確実にレベルアップしてる!」
〈その代償に人間では失くなったようね〉
「何だって!?」
〈人間なら当然持っている心が失われたようね。純粋な殺人機械になっているわ〉
「・・・憐れだな。もうトドメを刺してやるのが、せめてもの情けか」
〈そういうこと。行くわよ!〉
白虎は戦闘機に向かって宙を駆けた。当然機銃掃射が始まるが、白虎には通用しない。
〈命、武器を進化させなさい。拳銃では戦闘機は落とせないわよ〉
「ええっ!?突然そんなこと言われても・・・」
〈あなたなら出来る。夢想士は空想力と強い意志があれば、新しい術式を作れるはずよ!〉
言われて僕は両手を開いてじっと見る。戦闘機を落とすなら対戦車ミサイルくらいの威力が必要だ。必死に念を凝らして新しい武器を生み出す。
「空想之砲撃!」
僕の呪文に呼応して両手にずっしりと重みを感じた。たっぷり念を込めたので、サイズはそれほど大きくはないが、戦車でも破壊出来る武器が生まれた。
「よし、成功だ!白虎、フルメタルに出来るだけ近づいて!」
〈了解!〉
地上に無差別爆撃しているフルメタルに再度近づく。それを察知して、戦闘機は機首を上げてミサイルを放って来た。白虎はミサイルを虎パンチでぶっ飛ばして距離を詰める。僕は空想之砲撃で、正確に狙いを定めて発射した。操縦席に当たる部分に命中して、派手に爆発したが、機体全体がフルメタルなのだ。失速しながらも、まだ機銃掃射とミサイルで攻撃してくる。
なら、こっちは連射で行くぞ!
大きな反動を食らいながら、ミサイルを連射した。両翼も失った機体はもうスクラップ同然だ。
〈これでトドメよ!〉
白虎の虎パンチを受けて、地上に叩き付けられた機体は派手に爆発した。ありゃあ、遺体の一つも見つからないな。憐れなものだった。
地上に舞い戻った時、風子先輩たちが嬉しそうにビルから飛び出して来るが、まだ金狐と銀狐、そして野狐の軍勢が残っていた。戦いはまだ終わらない。
紫怨の身体は10メートルを超す大きな蜘蛛になっていた。蜘蛛の巣攻撃はゴーレムが引き受けてくれるが、4本の脚で大地を踏みしめ、残った4本の前足による攻撃が厄介だった。上下左右どこからでも尖った爪先が襲ってくるので、私はチェーンでガードして、合間を縫って攻撃するのだが、拮抗状態が続いて埒が明かない。
しかし、そんな時にまたもや危機が訪れた。新しい気配に気付き、チェーンをぐるぐる回して防御しながら、そちらを振り向いた。前髪の長い白いスーツを着た男が立っていた。この気配は妖魔ではない。これは・・・。
「あんた、ひょっとして闇の夢想士!?」
「正解ですが、私が手助けする必要もなさそうですな」
男が腕組みをしながら感想を述べた。
「おい!お前は闇の夢想士か?だったら手を貸せ!さっきから拮抗状態で煩わしく思っていたところだ!」
紫怨が忌々しげに言い放ったが、
「あなたは幹部なのでしょう?Aランクの夢想士くらい倒せないのですか?」
男は冷たくあしらった。
「このスモーキーはバランスを大事に思ってるのですよ。2対1ではややバランスが悪い」
「訳の分からんことを!手助けする気がないなら、死ね!」
紫怨はスモーキーと名乗った男に頭上から蜘蛛の巣を落とした。土蜘蛛の毒が染み込んだ糸で編まれた巣だ。触れただけで毒が全身に周り身体が蕩けて死ぬ。だが、蜘蛛の巣を頭から被った瞬間、スモーキーの身体が煙のようになり、巣はストンと地面に落ちた。
「な、なんだ今のは!?貴様は身体を・・・」
絶句している紫怨に代わり、男は自ら語った。
「そう、私は身体を煙状にすることが出来る。どんなダメージを受けても身体を煙状にすれば元通りになる。私を殺せる者はいないんですよ」
その台詞の途中でゴーレムがスモーキーを潰してしまった。
「大丈夫ですか、千束先輩!土蜘蛛の軍勢は僕の作ったゴーレムが対処してます。藍奈という幹部は壮真先輩に任せてきました!」
「助かったわ。下手すると2対1で戦う羽目になってたから」
「やれやれ」
その時、ゴーレムの巨大な拳と地面の間から煙が漂い出て、人型になった。
「不意打ちとは、戦士としてのマナーがなってませんね。良いでしょう。君の相手は私がします」
私は驚愕していた。どんな状況下でも煙になって逃れられるなら、ほとんど無敵だ。
「良いですよ、おじさん。こっちも手加減なしでいくから」
そのやり取りを見ていた私の隙をついて、紫怨が爪先攻撃を再開した。
「ちっ、あんたも戦士のマナーがなってないわね!」
「マナーなど知るか!俺たち妖魔はやるかやられるかだ!」
そうだ!今までゴーレムは蜘蛛の巣対策だと思ってたが、想一郎は自分の意思で動かせると言っていた。一つ、確かめてみよう。
攻撃に集中している紫怨の顔面にゴーレムのパンチを打ち込んだ。当然、予想してなかった紫怨はマトモに食らった。
「ぐあっ!」
怯んだ隙にチェーンで前足ごと胴体を拘束して、真っ直ぐに伸ばしたチェーンを振りかぶった。
「食らえ!鎖状之剣!」
紫怨の首が切断され、地面に転がった。すると胴体もボロボロと崩壊し始めてゆく。私1人の力では倒せなかったかもしれない。壮真もゴーレムが自由に動かせることに気づいて、藍奈の動きを封じていた。そして両手の棍棒を打ち鳴らして振動数を合わせてゆく。
「くぅわー!おのれー!」
「よし、ここだ死之振動!」
壮真が一際大きく棍棒を打ち鳴らすと、藍奈の土蜘蛛本来の姿、10メートル近くの巨体が爆発した。よし、これで二人の幹部を倒した。後は・・・
複数のゴーレムが動き回っている。時折、打撃音が聞こえるが、戦闘が終わる気配がない。
「壮真、闇の夢想士の傭兵が来たわよ」
「何だって!?想一郎が戦ってるやつか?」
「ええ、身体を煙状にして、どんなダメージもなかったことに出来る厄介な奴よ」
想一郎が複数のゴーレムで攻撃するが、煙状態になったスモーキーには何のダメージも与えられない。それに良く見ると細い糸状の煙が、ぐるぐると想一郎の身体に巻き付いているのが見てとれた。
「想一郎、気をつけて!身体に細い煙が巻き付いてるわよ!」
私の警告に気づいた想一郎は、短剣で切ろうとするが、気体を切ることなど出来ない。やがて、スモーキーが実体に戻った時、糸状の物が想一郎の身体をがんじがらめにしていた。
「ふふふ、糸を武器にするのは土蜘蛛だけではないんですよ」
スモーキーは握った糸を引っ張り、下に振り下ろした。その瞬間、想一郎の身体は輪切り状になって地面に転がった。
え?
こんなに呆気ないものなのか?
人の死が。
スモーキーは顔色一つ変えずに私たちと対峙していた。怒りと悲しみが胸中に渦巻いて、私は半狂乱になった。
「あ、ああ、うああー!」
闇雲に鎖を振り回してスモーキーに襲いかかろうとしたが、その前に瑠璃がやって来てスモーキーに一撃をくらわす。当然煙状態になって相手は無事だ。
「落ち着いてください。あなた方の攻撃はあの敵には通じない。私が引き付けてる間に逃げてください」
「!?何をバカなことを!想一郎の仇は私が討つわ!」
「いや、それは無理だな」
文字通り天からの声に、頭上を見上げると、そこにはアンジェラさんの姿があった。
心強い援軍は速やかに地面に降り立った。ちらりと想一郎の遺体を見ると、
「気の毒だったな。別件で北東地区に来たんだがこんなことが起きてたとは・・・瑠璃はこのまま北東地区で戦闘を継続。そして君たちは早く学園に遺体と一緒に戻るんだ。後はそのまま待機していろ」
それは、事実上の戦力外通告だった。
「で、でも、アンジェラさん!」
言いかけた私の肩を壮真が掴んだ。振り向くと、涙を堪えた表情で壮真が首を横に降った。そうだった。想一郎を弔ってやらなければ。それは私たちの責務だ。彼を守ってやれなかった私たちの。
「分かりました。後は頼みます、アンジェラさん」
「ああ、任せろ」
力強い言葉をもらって、私たちは想一郎の遺体を固有結界に納めて、鳴神学園に空間転移した。
第5章 停戦
俺は群がる中級妖魔や鬼を、萌の死之庭園之薔薇に拘束された奴から片っ端に片付けていた。強化服を着た俺の拳や蹴りは砲弾並みの威力だ。白い2本角の鬼が拘束している蔦を引きちぎって咆哮を上げた。
「よーし、この猛志さんが相手になってやる!」
迫ってくる俺の姿を見つけると、鬼も金剛杖を振り回して向かって来た。打撃の隙をかいくぐって、鬼の鳩尾に橫蹴りをぶちこんだ。動きの止まったところで、
「百裂拳!」
疾走状態で全身に拳の連打を叩きこんだ。鬼は流石に堪えたようで、金剛杖を取り落とした。だが、鬼は首を斬らないと死なない。
「前腕之剣!」
前腕の盾から剣が飛び出し、鬼の首を跳ねた。その身体はボロボロと崩れてゆく。
「炎之五芒星!」
珠子の奴も炎の攻撃で中級妖魔たちを焼き殺している。他の夢想士チームも互角の戦いを繰り広げている。ちらりと見ると、戦闘領域の中は雷や嵐が吹き荒れる激闘状態のようだ。
(死ぬなよ、龍子)
俺は密かに幼なじみの勝利を願った。その時、萌が警告を発した。
「猛志先輩!後ろです!」
ギョッとして振り向いた俺は、長い髪に2本の黒い角を持った鬼の姿を認めた。
「テメー!四天王の1人か!?」
反射的にバックステップで後退して身構えた。鬼は牙を見せてにいっと笑った。
「その通りだ。俺は四天王の一角、流牙という」
3メートル近い巨体は強靭な筋肉で鎧われている。
「元々は北西地区を担当してたが、武藤家の奴らとは相性が悪い。それで南西地区に来たんだ。遭禍の奴も1人を相手に苦戦してるみたいだしな」
「けっ、この南西地区に来たことを後悔させてやるぜ!」
疾走状態に滑り込んだ俺は正拳突きを食らわそうとしたが、いきなり地面から大量の水が吹き出して身体が宙に浮いた。
「かっはっは、逆流水を食らった気分はどうだ?」
俺は重力操作で何とか体勢を整えた。水を操る能力があるのか。だが、相手が誰であれ、肉弾戦が俺の真骨頂。
「そのにやけた面に拳を叩き込んでやる!」
再び急接近して蹴りを食らわそうと思ったが、
「円流垂!」
今度は水のドリルのような物が、生き物のようにうねりながら、俺の身体を飲み込む。まるで洗濯機に放り込まれたように、強い渦に翻弄されて俺は目が回ってしまった。
「炎之五芒星、連射!」
珠子が炎の塊を流牙に向けて発射した。注意が逸れたお陰で俺は水の渦巻きから脱出した。
「ちっ、こっちは炎の術の使い手か。だが、流石に凍結よりはましだな。その程度の火力なら・・・」
流牙は両手から円流垂を発射して、珠子を捉えようとする。
「させるかよー!」
俺の右腕の前腕の盾から銃身が滑り出した。
「前腕之銃!」
俺は滅多に使わない秘密の飛び道具を使った。弾は流牙の左腕に命中した。
「ぐあっ!ちいっ!肉弾戦に固執するタイプだと思ってたが、飛び道具も使うのか!」
「へっ、奥の手ってのは、最後まで秘密にするもんだぜ!」
俺は前腕之銃を連射しながら、流牙に向けて歩み寄って行く。相手がどんな隠し球を持ってるか分からないので、慎重に接近してゆく。流牙は自分の周りを激流でガードしているので、俺が発射した弾は本体に届かない。すると、今度は向こう側から、水で作られた矢が全方位に向けて発射された。
「激流針!ハリネズミになるが良い!」
俺は前腕に装着されてる盾で頭部を守った。俺は強化服を着てるので、結界を張らなくてもある程度の攻撃には耐えられる。そして、また前腕之銃を連射するが、俺のレベルではあの水流の壁を突破するのは難しい。
「おいおい、いつまでそうしてるつもりだ?鬼ってのはとんだ臆病者だな」
俺が煽っても流牙の余裕の笑みは崩れない。
「かっはっは、馬鹿め。すでに俺の術中にハマってることも分からないのか?」
「あん?」
気づいた時には地面がドロドロにぬかるんで、俺のくるぶしまで沈んでいた。
「俺はあらゆる液体をコントロール出来る。地面に含まれる土の水分もな!」
重力操作で脱出を試みるが、粘っこい地面は俺の身体を捉えて離さない。それどころか、太ももの辺りまで身体が沈んでゆく。
「猛志くん、待ってて!灼熱破壊砲!」
珠子が炎の最終技を繰り出すが、蒸発する側から次々に水が湧き出して、本体に届きそうにない。
「かっはっは!残念ながらレベルが足りなかったようだな。神尾龍子レベルの熱攻撃なら突破出来たかも知れんが」
その龍子は戦闘領域で、遭禍と戦闘中だ。身体が胸の辺りまで沈んできたが、有効な手を思い付かず、無駄と分かっていても前腕之銃を連射して、せめてもの抵抗をする。
「かっはっは!無駄無駄無駄!大人しく地中に沈んでしまえ!」
俺は首まで地面に埋まりながらも、妙案を思いつき、言わずにはいられなかった。
「策士、策に溺れるって言葉があるのを知ってるか?」
「ふん、それくらい知ってる。だがお前に、どんな逆転技があるってんだ?」
「萌!頼んだぞ!」
俺の言葉に一瞬キョトンとした萌だが、すぐに意を汲んで両手で丸を作った。俺は頭もすっかり地面に埋まりながらも、右手で親指を立てた。
「ふんっ、俺の沼地獄から逃れた奴はいない。さて、次はお前が食らうか?」
流牙はすでに勝ったつもりになって珠子たちに凄んでいるが、地面に沈んだ俺の身体に巻き付くものがあった。
よし、後は良い場所に俺を運んでくれよ!
強力な力で俺の身体は地面から引き上げられた。全身に絡まってるのは萌の死之庭園之薔薇の植物の蔦だった。いきなり背後から現れた俺に、流牙は呆然とした顔を見せた。
「食らえっ、百裂拳!」
俺の渾身の打撃を食らって流牙は血を吐いた。
「ぐふっ」
「トドメだ!前腕之剣!」
左腕の前腕の盾から飛び出した剣で、流牙の首を跳ねた。首は地面に転がり、悔しげな表情を見せた。
「己れ!一騎討ちなら俺の勝利だったのに!」
「俺たちがパーティーを組んで討伐する意味が分かったか?お互いに助け合うことで、九死に一生を得るんだ。お前らは単独では強いが、連携が取れてない。それが敗因だ」
俺は頭も剣で切り裂き、トドメを刺した。ようやく一息ついたと思ったら、今度は様々な先の尖った金属が俺の強化服に突き刺さる。
何者かはすぐに分かった。
「仮面騎士団!華麗に参上!」
仮面で顔を隠した二人の闇の夢想士がポーズを決める。
「何やってんだ?金城英理、羽黒夜美」
俺は呆れて大袈裟に肩をすくめた。
「チョイチョイチョーイ!せっかく仮面付けてるのに本名で呼ばないでくんない?」
「無駄ですよ、英理。剛猛志とは今まで何度も戦ってます」
「いや、そりゃそーだけど!」
さっきまでの熱い展開を一気に覚めさせる二人組だった。
「ふん、警察に逮捕されないための変装か?お前らの今までの悪事は全部学園側で保存してる。未だに逮捕されないのは、理事長の温情なんだぞ。ありがたく思え」
俺の言い分が気にくわなかったのか、金城英理は細剣を俺に向けて突きつけた。
「ふんっ、そんな恩着せがましい台詞で、こっちのやる気が無くなると思ってんの?」
ちらりと様子を伺うと、萌は死之庭園之薔薇で敵の拘束と始末に忙しそうだし、珠子もその加勢でてんてこ舞いのようだった。俺は盛大にため息をついて、
「よーし、相手になってやる。手加減してもらえると思うなよ、テメーら」
その台詞にカチンときたのか、金城英理は道路のあちこちに停めっぱなしの車を、何台も宙に浮かせた。
「手加減してやるのはこっちのほうだよ!この脳筋野郎!」
高級車から軽自動車まで、数台の車が勢い良く俺に向かって飛んできた。
「ふっふっふ、伝説のSランクの夢想士とやりあえるとは、このスモーキー、感動していますよ」
白いスーツに身を包んだ、前髪の長い闇の夢想士、スモーキーが優雅に一礼してみせる。
だが、今の私にそんな遊びに付き合うつもりは、さらさら無かった。
「アイアン・イーグル!」
私の右手に大型の拳銃が現れた。躊躇無く発砲するが、スモーキーは身体を煙状態にして無効化してみせる。
「ふっ、それでお仕舞いですか?Sランクの夢想士も大したことは・・・」
「橫竜巻!」
私は相手の言うことなど歯牙にもかけず、強烈な突風を吹き付けた。
「うおおー、た、立っていられん!」
スモーキーの身体は宙に浮き、道路標識に必死にしがみついていた。
「さて、スモーキーとか、言ったか?これから銃で狙い撃ちにしてやるが、煙状態で逃れるか?出来ないだろう?そんなことをしたら身体がバラバラになってしまうからな」
「ぐうう、一瞬のやり取りだけで、もう対処法を思い付くとは!これが・・・これがSランクか!」
私は銃の狙いを定めた。轟々と荒れ狂う竜巻の中で両腕、両足、胴体、頭部に一発ずつお見舞いしてゆく。スモーキーは名前通り煙のようにこの世を去った。これで多少の意趣返しが出来た。
「勘違いするな、スモーキー。お前程度ならAランクの夢想士で十分だ」
私は踵を返し、本来の目的である漢方の店に向かった。すると、一瞬魔力反応をキャッチして、銃を構えるが、この気配には覚えがあった。
「そうか。あいつの探偵事務所も北東地区にあったな。老師の店に避難でもしてるのか?」
目的の神仙堂にたどり着き引戸を開いた。
「竜宝老師はおられるかな?」
「うへえっ、ア、アンジェラさん!」
テーブルに肘をついてくつろいでいた大神は、見事に椅子から転げ落ちた。
「やあ、ウルフ。息災か?」
「い、いやあ、元気にやってますよ。しかし、まさかアンジェラさんが直々にお越しになるとは」
「そんなに緊張することもあるまい。今のお前は夢想士組合に認定された情報屋なんだからな」
私が店の中に入った時に、ちょうど竜宝老師が奥から顔を出した。
「おー、これはアンジェラ殿。久しぶりですな」
「老師もお変わりないようで何よりです」
老師が椅子に座ったタイミングで、大神は私に席を譲って立ち上がった。
「さあ、アンジェラさん座ってください。席を暖めておきました」
「お前は豊臣秀吉か。まあ良い。遠慮無く座らせてもらうよ」
私が椅子に座ると、老師はテーブルに置いてある木箱をすっと私に向けて押し出した。
「まずはこれを見てもらいたい」
「これが曰く付きのやつですか。ちょっと拝見」
私は古ぼけた木箱を開いて、中に納められている像を取り出した。持った瞬間に様々な情報が流れ込んでくる。それを精査してゆくと、どうしてもこの結論しかあり得なかった。
「どうやら、本物の迦琉羅の像のようですね」
「ふむ、やはりそうか」
老師は長い顎ひげを触りながら、何度も頷いている。
「武藤家に代々伝わる像なのだが、詳しく来歴について書かれた物が無かったので、そのままにしておいたのじゃが」
「これを返せば苦楽魔は引くと思いますか?」
「どうじゃろうな?聖域である天狗岳は元には戻らんしのう」
「交渉の糸口にはなるでしょう。長期戦になれば、夢想士側が不利になってゆきます。食べたり寝たりする時間が取れなければ戦闘の継続は難しくなりますからね」
「ふむ。アンジェラ殿はもう覚悟を決めておるのじゃな?」
「学園の生徒に犠牲者が出ました。他にも何人か夢想士が犠牲になってるでしょう。私が苦楽魔と直接交渉するしかありません」
私は立ち上がり像を箱に納めた。
「さて、行こうか、ウルフ」
突然振られて大神はキョトンとした表情を浮かべた。
「は?俺が何ですって?」
「これから中央区に戻るが戦力は多い方が良い」
それを聞くと大神はぶんぶん首を振って反対の意を示した。
「冗談はやめてくださいよ、アンジェラさん。俺はしがない上級妖魔ですよ。魔王軍と戦える器じゃないですよ」
「ふうん。かつては鬼や土蜘蛛たちとトラブルを起こしていた、ウルフの台詞とは思えないな」
「あ、あれは若気の至りですよ。今や全うな探偵兼情報屋ですから」
「全国から烏天狗の大群が集まって、正直猫の手も借りたいんだ。牙狼拳の使い手であるお前が来てくれると助かるんだがな」
大神は顎に手をやったり、頭をかきむしったり、天を仰いだりしていたが、
「分かりましたよ、分かりました!でも依頼料はちゃんと請求させてもらいますよ」
「それは鳴神学園に請求してくれ。さ、行くぞ」
私は大神を促して店を出た。
「気をつけなされ、アンジェラ殿。大神くんもな」
「ええ、それでは老師もお元気で」
私は迷いなく大神の車に向かって歩いてゆく。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ。まさか俺の車で行くんですか?勘弁してくださいよ。この間車検から戻ってきたばかりなのに!」
「各地の戦況を確認しながら戻りたいんだ。運転は任せたぞ」
私は助手席のドアを開けて中に滑り込んだ。
「あーあ。もう好きにしてください・・・」
もう観念したのか、大神は運転席に乗り込み、車を発車した。
(リュウコの奴、上手くやってると良いが)
私は南西地区から感じる魔力を辿って、そちらに視線を向けた。
「天之崩壊!」
あたしは剣の大技を繰り出すが、
「金剛体!」
金剛杖を前にして防御力を上げて、遭禍は受けきって見せる。
「今度はこっちの番だ!」
稲妻が金剛杖に迸り、
「雷虎崩山!」
エネルギーの溜め込んだ一撃を繰り出してくる。あたしは剣で受け流し、返す刀で横薙ぎにするが、その攻撃も受け止められる。エネルギー量も攻撃力も防御力も、全てが拮抗してるこのままでは、あたしの体力の方が底をつきそうだ。
(龍神!どうすれば良い?もう1時間は戦ってるが決着がつかない!)
〈ふうむ、こうなればあれを使うしかあるまい〉
龍神は重々しい口調で言う。
(あれって、まさか、あれか!?でも、あれは対魔王戦のためにとっておいた奥の手だぞ!?)
〈いや、ハッキリ言うが龍子。今のお前の実力では魔王には勝てん。だが幹部なら通用するだろう。というより、今使わなくていつ使うのだ?前回も勝負がつかず、引き分けになったであろう?アンジェラがいなかったら、今のお前は存在せん〉
(ちぇっ、痛いところをついてくるなー)
不本意だが、遭禍に確実に勝てるのはこの方法しかない。このところ、この修行しかしていない、奥の手で最強の攻防合わせ技。
「究極之守護!」
呪文を唱えると、卵型の結界があたしの周囲を覆う。
「むっ、それはあのヤローが使ってた・・・!」
流石に遭禍も覚えているようだ。
「そうか、オメーはあいつの弟子だったな。英才教育を受けたってわけか」
遭禍は金剛杖を構え、全エネルギーを集中してゆく。
「見た目は同じでもあのヤローほど強力じゃねーだろ?オレで試してみな!神尾龍子!」
確かに究極之守護にもレベルがある。あたしはまだ使えるようになったばかりの、Cレベルだ。果たして遭禍に通じるか否か。
「行くぞ、遭禍!」
「来やがれ!」
あたしは疾走状態に滑り込み、遭禍目掛けて突撃した。最強強度の結界による高速攻撃。これで倒せなかったら、あたしに勝ち目はない。
あたしと遭禍のエネルギーが衝突すると、まるで高性能爆弾が爆発したかのように、辺り一面が吹っ飛んだ。戦闘領域までもが衝撃で破壊されてしまう。あたしはあまりの衝撃の強さに、剣を杖代わりにしてようやく立っている状態だ。
遭禍は左腕を失い全身に傷を負って気を失っている。トドメを刺すなら今だ。あたしはよろめきながら遭禍に近づこうとするが、
「止めい!」
凄みのある声があたしの歩みを止める。声の方向を見ると、黒角2本、白角2本の、圧倒的な存在感を誇る鬼の姿があった。
「まさか、酒呑一族の魔王、喰俄か!?」
魔王が直々に姿を現すのは何百年ぶりなんだろうか。あたしは反射的に剣を構えた。
「ふんっ、あの勇者の弟子か。忌々しい結界攻撃なんて、他の夢想士は使わんからな」
話しながら喰俄は遭禍の元まで歩み寄った。
「うむ。この程度なら2~3日で回復するだろう。貴様、神尾龍子だな!」
「な、なんだよ?あたしは鬼の間じゃ有名人なのか?」
「なるほど、お前が遭禍がライバル視し、喪崩に手傷を負わせた夢想士か。確かに他の連中と違って特別な存在のようだな」
喰俄は遭禍の身体を抱えあげ、あたしを睨んで宣言した。
「酒呑一族は此度の戦闘を中止する。他の鬼たちも引き上げさせる。沸いた中級妖魔はお前たちで狩れば良い」
魔王による突然の停戦宣言。だがそれを素直に信じるわけにはいかない。
〈よせ、龍子。相手は魔王だぞ。お前の体力の消耗も激しいし、ここは手を引いておけ〉
(でも、これは千載一遇のチャンスなんだぞ!)
〈お前がベストコンディションであっても、あの魔王には勝てん。無駄死にする気か?〉
(やってみなきゃ、分からないだろ!)
〈よせ!〉
剣を振り上げて特攻を仕掛けようとした途端、
「愚か者が!」
圧倒的な威圧感が物的エネルギーとなって、あたしの身体を吹っ飛ばした。
「幹部を2人も失った。これ以上は捨て置けん。お前も自分の運の良さに感謝しろ!」
威圧感が強風のように吹き付けてきて、あたしは立ち上がることも叶わなかった。魔王とはこれほどの存在なのか?
喰俄は結界の入り口を開き、遭禍と共に姿を消した。
あの圧倒的な存在感。例えあたしが万全の状態でも勝てる気がしない。魔王とはそれほどの強者なのだ。いずれ勝てる日が来るのか?自信喪失で座り込んだあたしは、ゆっくりと天を仰いだ。
俺は飛んでくる車を手足で薙ぎ払って、金城英理の細剣による攻撃を凌いでいた。時折、羽黒夜美の影攻撃が襲って来るのをかわしながらなので、全く気の抜けない状態での戦闘が続いていた。
「くそ、鬱陶しい!」
俺は前腕之銃を撃ちまくって、何とか距離を取ろうとするが、2対1は流石に不利だった。羽黒夜美の影の壁で前腕之銃の弾は全て無効化されてしまう。金城英理の細剣の攻撃を盾で凌いで突破口を考えていると、突然大きな爆発が起こった。敵となるべく離れた位置に移動して見てみると、龍子の戦闘領域が消失していた。
そして、ボロボロになった龍子と圧倒的な存在感を誇る4本角の鬼の姿があった。
あれは・・・間違いない。酒呑一族の長にして魔王、喰俄だ。見ると、遭禍は瀕死の状態で、龍子も既に戦える状態ではないようだ。だったら俺が!・・・と思ったのだが、龍子と対峙しながら俺にも威圧をかけてくる。こりゃ、とんでもない化け物だ。
何やら聞いていると、酒呑一族は戦闘を停止すると宣言していた。正直言って助かったと思った。様子を伺うと、金城英理も羽黒夜美も、呆然として話を聞いていた。
「さて、どうする?鬼の大将が停戦を宣言したぜ。まだ俺たちとやりあう気か?」
俺の言葉を受けて、金城英理は羽黒夜美のほうを振り返った。こちらは相変わらず口許に笑みを浮かべているが、
「撤退しましょう、英理。魔王の1人が停戦したのなら、また、血奇集会が開かれるでしょう。少なくとも中央区以外は停戦する可能性大です」
「その場合は私らは助太刀する必要が無いってことか」
金城英理が剣を下げて呟いた。
俺はもう二人には構わず龍子の元に走った。剣を握って身体を支えてるが、もう精も根も尽き果てたという感じだ。
「おい、龍子!大丈夫か?」
俺の問い掛けに龍子は大儀そうに顔を上げた。
「猛志か・・・無事だったのか?」
「バカ野郎!人の心配をしてる場合か?身体は平気なのか?」
「もう、疲れ果てた。戦況はどうなってる?」
「ちょっと待て。テレパシーで連絡をしてみる」
鳴神学園に向けてテレパシーで呼び掛ける。すると、理事長が釈然としない感じで応答した。
(理事長、たった今、魔王が現れて停戦宣言をしました。他の地区ではどうですか?)
(ええ、北東地区でも土蜘蛛の魔王が停戦を呼び掛けてるわ。北西地区は武藤家の管轄だけど、あちらも同じような状況ね)
(南東地区はどうなってますか?)
(今のところ、まだ停戦はしてないけど、時間の問題かもしれないわね)
(魔王たちは何故急に戦闘を止めようとしたんですかね?)
(中央区は相変わらずの激戦区よ。やる気が残ってるのは天狗一族だけのようね。中級妖魔の討伐が完了したら、みんな学園内に空間転移して帰ってきてちょうだい)
(了解です!)
交信を終えると、俺は龍子の身体を抱えあげた。
「萌!珠子!俺は一旦、龍子を休ませるために学園に帰る!中級妖魔の討伐は任せたぞ!」
「はい、分かりました!」
「戻ってきてよ猛志くん!」
「分かってる。それじゃあまた後でな!」
空間転移の用意にかかると、龍子が何事か囁いた。
「ん?何か言ったか、龍子」
「まさか、人生初のお姫様抱っこの相手がお前だなんて・・・最悪だ」
「な!?お、お前そういうこと言ってると、そこらに放り出して行くぞ!」
「冗談だよ。今のお前はそこそこ格好良い」
そこそこかよ!?
まあ、今は口喧嘩してる場合じゃない。座標の計算を終え、空間転移を発動した。方術研究会の闘技場に無事に到着すると、そこはさながら野戦病院のようだった。あちこちに怪我人が横たわり、回復士たちが忙しく立ち回ってる。
「剛くん、戻ったのね!神尾さんの容態はどうなの?」
マディ土屋理事長が早足で近づいて来た。
「見た目はボロボロですが、まだ軽口が叩ける余裕がありますから、多分大丈夫です」
「そう。それで神尾さんは鬼の幹部と戦ってたのよね?勝負はついたの?」
「僅差ですが龍子のほうは意識を保ってたので、勝ったと思います。ただ、魔王の喰俄が現れて、重傷の遭禍を連れて行きました」
「そう。土蜘蛛一族のほうも撤退を開始したし、後は南東地区だけね」
俺は頷き、立ち上がった。
「さて、萌と珠子が中級妖魔の討伐をしてるので、また行ってきます」
「分かったわ。気をつけてね」
俺はもう一度頷くと、空間転移で再び南西地区に向かった。
風子先輩の死之暴風で、兵隊の野狐や中級妖魔たちが舞い上がる。僕は薫ちゃんの死之庭園之薔薇に捕らわれた獲物を、空想之銃で撃ち倒してゆく。いーちゃんは龍子先輩に変身して、雷や稲妻で群がる敵を蹴散らしている。
「あはは、龍子姉ちゃんの術が一番強くて使いやすいよ!」
呵呵大笑しているいーちゃんの後ろに、金狐が突然現れた。
「危ない、後ろだ、いーちゃん!」
僕は狙いを定めて発砲した。金狐は手に持った錫杖で弾を弾いた。
「今度はお兄ちゃんの後ろが危ないよ!」
いーちゃんの警告を受けて、素早く結界を張る。銀狐の錫杖が結界に弾かれ大きく体勢を崩した。
今がチャンスだ!
僕は振り向き様に銃口を向けたが、その時、天上から大音声が響いた。
『金狐、銀狐、止めるが良い。他の野狐たちもじゃ』
空に浮かぶ映像は十二単を纏った、金髪金眼の美少女だった。頭に狐の耳が見える。これはまさか?
『夢想士たちも見ておるな。戦闘は今この時を持って終了する。妖狐一族は直ちに結界に戻ってくるのじゃ』
一体何があったのだろう?考えていると、風子先輩が大声で噛みついた。
「ちょっと、待ちーや!これだけの犠牲者が出てるのに、一方的に停戦言われても納得出来るかい!」
すると、映像はこちらに視線を移した。向こうからも見えてるのか。それはそうだ。
『戦いが長引けば不利になるのはそちらのほうではないのか?』
妖狐一族の魔王、唾棄尼が厳かに言う。確かに、こちらも朝から戦い続けているので、否定は出来なかった。お腹も空いてるし、疲労も蓄積している。
『それと、そこの小僧よ』
唾棄尼は明らかに僕に向けて話しかけて来た。
『お主の術で多くの野狐が捕らわれておるようじゃが、解放してくれぬかのう?』
僕の絵画化もお見通しのようだった。仕方ないのでイラスト化したカードを取り出し、呪文で実体に戻した。僕が施している洗脳も解いて、金狐と銀狐に引き渡す。
『礼を言うぞ、小僧。名は何と申す?』
「僕は命、絵本命だ!」
問われたのでそう答えると、
『命か。良い名じゃな。親に感謝するが良い』
敵の妖魔に褒められて、僕は妙な面映ゆさを覚えた。
『お互い、もう二度と会わなければ良いがのう』
映像が徐々に薄くなり消えていった。すると、ばんっと背中を叩かれた。
「アホやな、ミーくん。正直に名前言うてどないすんねん!後から呪いを掛けられるのを警戒して、術士は本名は名乗らんもんや」
風子先輩の言葉で僕もようやく認識出来たが、後の祭りだった。
「まあ、あの魔王がそんなセコいことせんとは思うけどな」
風子先輩はそう言って辺りをぐるりと見渡した。どこもかしこも怪我人だらけだ。かなり熾烈な戦闘だった。
「よっしゃ、気持ち切り替えて、魔水晶を集めよか。そこら辺に景気良く落ちてるから、ひとつ残らず拾うんやで!」
風子先輩は次から次へと魔水晶を固有結界に放り込んでゆく。ちびっこいのに本当にタフな先輩だ。
「お兄ちゃん、この辺に沢山落ちてるよ!早く拾おうよ!」
「ちょっと!いーちゃんばっかりズルい!ボクも今回は張り切って働いたから、全部もらってくよ!」
変身を解いて元の姿に戻ったいーちゃんと薫ちゃんが、またマウント合戦をしている。みんなタフだなー。かくいう僕もしゃがみこみ、魔水晶の収穫に取り組んだのだった。
第6章 アンジェラの不在
「何故、戦闘を勝手に中止したのか!?訳を聞かせて頂きたい!」
儂は異界に用意された円卓を叩き、他の魔王の真意を正した。再び儂が阿修羅様に嘆願して、急遽開いた2度目の血奇集会で4大魔王が再び集まった。
「それじゃあ正直に言わせてもらうが、割に合わないんだよ、苦楽魔殿」
酒呑一族の魔王、喰俄が片肘をついて言った。
「何人かの夢想士は仕留めたが、その代償に幹部2人が犠牲になった。今日は連れてこれなかったが、遭禍の奴も重傷だ。兵隊もかなりの数がやられた。これ以上仲間を失うのはごめん被りたい」
喰俄の次は紅嵐が口を開いた。
「俺のところも同様だ。幹部2人と兵隊は山ほどやられた。闇の夢想士の傭兵も役に立たなかったからな」
紅嵐はちらりと喰俄に視線を送ったが、喰俄は素知らぬ顔で聞こえないフリをしていた。
「唾棄尼殿!あなたは何故、戦闘を中止した?戦力的にはあなたのところが一番充実していたはず!」
ずっと瞑目して話に参加しない唾棄尼に話を振った。すると、まぶたを開き、大儀そうにため息をついた。
「妾たちは人間に信仰され崇められておる。その妖狐一族が、夢想士とはいえ人間と事を構えるのには、最初から反対だったのじゃ。しかし、以前の血奇集会では多数決で反対出来ず、意に沿わぬ形で戦いが始まった。そして、喰俄殿と紅嵐殿が戦闘から手を引いたと聞いたので、妾も停戦することにしたのじゃ。苦楽魔殿。納得出来ないのであれば、再び決を取れば良い」
唾棄尼に言われて儂は後がないことを知った。そうか。茶番になるが体裁は整えなければ。
「それでは、再び決を取りますぞ!夢想士狩りを続ける意志のある方は、挙手をして頂きたい!」
手を上げているのは儂1人だけだった。これで結論は出た。
「ふ、ふっふっふ。良かろう。中央区は我ら天狗一族だけで殲滅する。お三方、多くの犠牲を出してしまったこと、お悔やみ申す。もし、戦闘で生き残ればそれなりの賠償はしよう」
儂は席から立ち上がり、異界の会議室から退席する。全国から集まった烏天狗の軍勢だけでも、十分事足りるだろう。神通坊や太郎坊、次郎坊ら幹部もいる。儂は背水の陣で再び戦場に戻るのだった。
「あっ、アンジェラさん、戻られたんですね!って、ええ!?大神さん?何故アンジェラさんと一緒に?」
理事長室に入るとマディが驚きの声を上げた。
「いやー、懐かしいねマディ。君が高校生の頃以来かな?まさか、理事長まで出世するとはね。ところで、今日は女王様を送り届けに来たんだ。途中、烏天狗の群れに襲われて俺の愛車がスクラップになっちまったが、後で学園に請求書を送るよ」
「え、ええ?何があったんですか!?」
「それについては女王様に聞いてくれ。アンジェラさん、俺は教員棟の寮で寝れば良いんですね?」
「ああ、そうしてくれ。送迎、ご苦労だった」
ウルフは手を振って理事長室から姿を消した。
「あのー、アンジェラさん?」
「詳しいことは後で話す。戦況はどうなってる?」
「あ、はい、えっとですね」
マディは一瞬で司令官の顔になり、説明を始めた。
「第一陣の戦闘終了後、安否確認したところ、Aランクの夢想士が132名、B+ランクで157名の犠牲者が出ました。なお、ここ中央区では未だに戦闘が続いており、約200名のAランクの夢想士が戦っています。他の地区の保全もありますので、400名近くの夢想士が地元に戻っており、残りの200名はここ鳴神学園で休息し、現在は2交代制で何とか持ちこたえている状況です」
理事長室で私は戦闘の事後処理について、マディと話し合っていた。
「結構、被害者が出たな。天狗一族は鬼と肩を並べるほどの実力者だ。無理もないが、これ以上の犠牲者は出したくないな」
「武藤家にも応援を要請しますか?」
「武藤家を筆頭とする北西地区の夢想士が助太刀してくれれば、形勢も優位に傾くんだが・・・一応、武藤家には打診してみてくれ」
「分かりました。それでアンジェラさん、中央区での戦いは勝てるんですか?」
「千歳は何と言ってるんだ?」
「未来には振り幅があるから、断言は出来ませんが、アンジェラさんと神尾さん、そして絵本くんが未来の鍵を握っていると」
私は腕を組んで考え込んだ。珈琉羅の像を返せば戦局を変えることが出来るかもしれない。だが、それでもまだ戦いを挑んで来るのであれば、天狗一族の魔王、苦楽魔と直接対決となるので私が出るしかない。しかし、異世界で300年も修行を積んだ苦楽魔は、以前より強敵となっているだろう。
「そういえば、リュウコはどうしてる?」
「幹部の遭禍との戦闘で重傷を負っています。回復士の話では今日1日休めば大丈夫とのことです」
「そうか、ミコトのほうはどうだ?」
「絵本くんは怪我はしてませんが、やはり消耗が激しいので、食事を摂った後、寮で休んでいます」
今、動けるのは私くらいか。敵陣に乗り込むことになるので気は進まないが、これ以上の犠牲は出したくないので、やむ終えまい。
「確か、天狗一族は学園の裏山である、子天狗岳の神社に結界を張ってるんだったな」
「ええ、そっち方面からの攻撃が一番苛烈ですね。BランクとCランクの部員たちに交代で結界を維持してもらってますが・・・って、アンジェラさん、まさか!」
「魔王苦楽魔と交渉するしかない。それで向こうが納得すれば良いが、決裂すれば最後の一人まで戦いを挑んでくるだろう。だが、上手くいけば戦闘を終わらせることが出来るかもしれない。やってみる価値はあるだろう」
「上手く行かなければどうするんですか!?アンジェラさんがいなくては、この戦いに勝利する可能性が一気に低くなります!」
私はテーブルに置いてある珈琉羅の像を手に取った。
「この、珈琉羅の像が大事な鍵を握っている。停戦か、徹底抗戦か。苦楽魔が賢明な判断をすることを祈ろう」
珈琉羅の像を固有結界に納め、私は立ち上がった。
今や信仰を失って久しい神山神社の本殿に、儂は胡座をかいて座っている。太郎坊と次郎坊が強固な結界をいかに破るか討論している。本殿の周りは神通坊と烏天狗の親衛隊が警護している。守りに徹底されるとなかなか陥落させるのも容易ではない。その時、儂に個人的に飛心の術で呼び掛ける者がいた。
(こんなことが出来るのはそなたしかおるまい、アンジェラ・ハートよ)
(他の天狗に感づかれたら厄介だからな。こうして秘密の周波数で声をかけるしか無かった)
(それで、何用か?現在、儂らは戦争をしておるのだぞ)
(ああ、あんたたちの聖域だった天狗岳を削ったのは、明らかに人間側に非がある。そのことについては正式に謝罪したい。しかし、このまま戦争が長引けば、そちらにも甚大な被害が出るだろう。それを止めたくはないか?)
(自らの非を認めておきながら随分と虫の良いことをいうな。本来なら鳴神市の人間を皆殺しにしたいところだ。それを夢想士だけに限定してやってるだけ、有り難く思うが良い)
(天狗岳を元に戻すのは不可能だが、珈琉羅の像が戻ると言えばどうする?)
(何いっ!?)
儂は手にしていた杯を握り潰した。太郎坊と次郎坊が何事かと、こちらを見ている。儂は呼吸を整え、再度、飛心の術に集中する。
(貴様っ、持っているのか?珈琉羅様の像を!?)
(偶然に手に入った。調べてみたが、私の精査によれば本物に間違いない。さて、そこで提案だが、この像をお返しするので停戦にしてもらえないか?このまま戦い続けても屍の数が増えるだけだ。それはそちらとしても本望ではあるまい)
(確かにそうだが、そもそも本物なのか?この300年の間、神通坊と烏天狗たちが探し回っても見つからなかったのだぞ)
(さる夢想士の家系が秘宝として手に入れた。見つからなかったのは隠形の護符が貼ってあったからだろう)
(うーむ、俄には信じがたい話だな)
(では、実際に見て確かめてくれ。どこか都合の良い場所でな)
(良かろう。では神山神社の石段の下まで来てもらいたい。そこには烏天狗の兵隊もいないからな)
(分かった。では後ほど)
会話を終えて儂は立ち上がった。
「どうされました、苦楽魔様?」
太郎坊が怪訝な表情で尋ねてくる。
「私用だ。しばらくここを頼むぞ」
「御意」
太郎坊と次郎坊が頭を垂れる。儂はそのまま空間転移で神山神社の石段の下に移動した。
私は空間転移で、裏山の麓に移動した。苦楽魔はすでに錫杖を手に待っていた。
「これは苦楽魔殿、待たせたかな?」
「いや、今来たところだ。久しいな、アンジェラ殿。300年ぶりになるか」
苦楽魔は錫杖を振るい、結界の入り口を開いた。
「ここでは巡回している者に見られる懸念がある。話はこの中でしよう」
そう言って、苦楽魔は結界の中に入ってゆく。私は一瞬、躊躇したが、落ち着いて話すには、確かに結界の中が一番だった。気を引き締めて結界の内部に入る。するとそこは花が咲き乱れ、数えきれない数の桃の木が、果実をたわわに実らせていた。
「ここは・・・ひょっとして神仙境か?」
「左様。儂は向こうに見える崑崙山で修行していたのだ。まさか、またここに、貴殿と来ることになろうとはな」
苦楽魔は感慨深そうに言うが、人っ子1人いない世界は不気味なほど静まりかえっている。
「さて、アンジェラ殿。早速見せてもらおうか」
苦楽魔は単刀直入にそう切り出す。私は手に持った像を地面に置き、数歩後ろに後ずさった。像を手に取った苦楽魔は瞑目し、像の審議を始めた。精査が進むと苦楽魔は涙を流して呟いた。
「ああ、珈琉羅様!300年ぶりの再会!儂はこの日を待っていました!」
感動の再会に水を差すのもどうかと思ったが、私は交渉に入ることにした。
「本物だと分かってくれて良かった。早速なんだが話を進めよう。そうしてご本尊も戻ったことだし、停戦を受け入れてくれないか?」
私の言葉を受けて、苦楽魔は像を懐に納め厳かに言った。
「確かに珈琉羅様の像は戻ってきた。しかし、削られた天狗岳は元には戻らぬ。だからあの目障りな学園という建物を破壊して、新たな聖地を作らねばならない」
苦楽魔は頑なな姿勢を崩すことは無かった。
「何故あの地に拘る?他の魔王たちは自分の作った結界で暮らしているし、人間界に拘る必要はないはずだ!」
「留守の間に勝手に我が家を、他人に荒らされたようなものだ。儂は人間たちを許せん。まだ夢想士だけに標的を絞っていることに感謝して欲しいくらいだ」
その時、苦楽魔の姿が薄れつつあることに気づいた。
「待て、苦楽魔殿!話はまだ終わっていないぞ!」
「ふはは、夢想士たちとの戦いで最も厄介なのはそなただ。儂は修行を積んだが、こうして再会して未だに遠く及ばないことが分かった。とすれば残るは異世界に追放するしかあるまい」
どんどん苦楽魔の姿は儚くなってゆく。
「結界の中に誘い込んだのはそれが目的だったのか!?」
「元の世界に戻るにはその座標に刻印をしておかねばならん。だが、そんな暇は無かっただろう?この神仙境で1人、修行でもしていろ!」
苦楽魔の姿は完全に消え失せ、笑い声が遠ざかってゆく。
やられた!異世界に転移するには正確な座標を刻印しておかねばならない。もし、失敗すれば永遠に次元の狭間をさ迷うことになる。
私は座り込み、元の世界の座標を割り出す演算を始めたが、同じ世界の中ならともかく、異世界では至難の技だ。例えば1兆の世界をまたいで移動するには、1兆分の演算が必要になる。しかし、諦めるわけにはいかない。それにしてもこの展開は初めてだ。滅びの未来に繋がるルートがまた増えたということか。どちらにせよ、私がいなければ元の世界は滅びることになる。
私は絶対に帰らなければならないのだ。
僕は寮のベッドで目を覚ました。軽く2時間ほどだが、ガッツリ寝てしまった。見るといーちゃんが何故か隣に寝ていた。この子は全く、何故こんなに僕に懐いているんだろう。まあ、休息も取れたし、そろそろ起きるとしよう。
「いーちゃん、起きなよ。また討伐に行くよ」
「うーん、お兄ちゃん?」
僕の腕を取りすりすりと頬擦りしている。薫ちゃんが見たらまた大騒ぎになりかねない。仕方ない、荒療治といこう。
「さあ、寝ぼけてないで、さっさと行くよ!」
僕はベッドから滑り降り、2段ベッドの上で寝ている猛志先輩に声をかける。
「先輩、仮眠は終わりです。中央区の戦闘は継続中なんですから、そろそろ交代しないと」
「うーん、そうか。先に学食に行っててくれ。すぐに行く」
「分かりました。さ、いーちゃん、行くよ」
「むにゅ、待ってよ、お兄ちゃん」
寝ぼけ眼でふらついているいーちゃんを連れて学食に行くと、重傷だった龍子先輩が風子先輩と話し合っていた。
「龍子先輩、もう身体は大丈夫なんですか?」
「おお、ミーくん。今回は大活躍だったそうじゃないか。風子から聞いたよ」
「いやー、もうミーくんはAランクでええんとちゃうかなー?」
風子先輩がそう僕を持ち上げる。
「それもこれも、白虎のお陰ですよ。僕はまだ修行が足りません」
僕が謙遜している時、またもや誰かが学食に駆け込んできた。
「お、おい、大変だ!また天狗の魔王が現れたぞ!」
その言葉を聞いた学食にいた生徒たちが、一斉に窓に駆け寄る。
『ふはは、未だに抵抗しておる夢想士どもに告ぐ。お前たちがあてにしておるアンジェラは異世界に追放した。ここに戻って来られる可能際は零に近い。もはや此度の戦争は我らの勝利となることが約束された!今のうちに降伏する者は特別に生かしておいてやるぞ!』
何だって!?魔王、苦楽魔は今なんと言った!?
「おいっ、苦楽魔!デタラメを言うにも程があるぞ!アンジェラさんがお前の罠にみすみすと引っ掛かるものか!」
龍子先輩は大声で空に向かって怒鳴った。すると、苦楽魔はニヤリと笑って見せる。
『確かに、奴は強敵だ。マトモに戦えばこの儂とて勝てるかどうか分からん。しかし、下手に停戦交渉などを持ちかけてきたから、奴は油断した。ここから何千何億、何兆もの遠い異世界に置き去りにしてきたのだ。アンジェラはもはやこの世界には帰って来れん。お前たちの最後の希望はもうないのだ!』
「アンジェラさんは必ず帰って来る!あの人は特別な存在なんだ!お前の言い分など絶対に信用しないぞ!」
『ふはは、それはお前の意見だ。他の夢想士たちはどうだ?今のうちに降伏するなら、中央区から追放するだけで許してやっても良いぞ』
やはり上級妖魔、とりわけ魔王ともなれば知恵が働くようだ。僕たちを疑心暗鬼にして混乱を産み出そうと画策しているのだ。
『今より2時間の猶予を与えてやる。降伏か玉砕か、じっくりと考えて決めるが良い』
その言葉を最後に、苦楽魔の姿はゆっくりと消えていった。
龍子先輩と風子先輩は、すぐさま駆け出して学食から出ていった。僕といーちゃんもその後を追う。
「ん?おいおい、みんなどこへ行くんだ?」
遅れてやって来た猛志先輩に、
「猛志先輩も理事長室へ来てください!」
そう言い残して学食を出た。アンジェラさんがいない!?それが本当なら今後の戦局は大きく変わらざるを得ないだろう。
理事長室に集まった僕たちは、何とも言えない無力感に苛まれていた。
「理事長!本当にアンジェラさんとは連絡がつかないんですか!?」
龍子先輩が珍しく焦った様子で理事長を問い詰めていた。
「ええ。苦楽魔と交渉に行くと言って出ていってもう2時間経つけど、帰って来ない。この水晶でテレパシーを送っているけど何の返答もないわ」
あの水晶はアンジェラさんの持ってきたもので、地球の裏側にいる者とも連絡が取れる優れものだ。それに返答がないということは、少なくともこの世界にアンジェラさんはいないことの、何よりの証明になってしまう。
「アンジェラさんは無敵だ!苦楽魔の罠にハマったのだとしても、絶対に帰って来ます!」
「そうね。でもいつ帰ってこられるか分からない。精神的支柱であるアンジェラさんの不在は、夢想士たちを不安にさせ、降伏する者が出てきてもおかしくないわ」
理事長は小刻みに身体を動かし、内面の自分と戦っているように見えた。
「とにかく、地元に戻ったAランクの夢想士たちを、再び召集するわ。中央区以外は魔王軍が撤退したから、難しいことではないわね」
「理事長。私たちは降りたいんですが」
挙手してそう言い出したのは、鉄条千束先輩だった。
「千束先輩!?何でですか!学園に少ないAランクの夢想士である、あなたがどうして!?」
「後輩を失ったのよ。彼の家族に連絡を取って遺体を引き渡さないといけない。葬式にも出たいしね。もう殺し合いは沢山なのよ」
千束先輩は龍子先輩の視線を真っ向から受け止め、静かに自らの出処進退を明らかにした。
「それじゃあ、理事長。私と双真は戦線離脱したいと思います」
その言葉を受け、理事長は静かに頷いた。
「分かったわ。2人は空間転移で外に脱出しなさい。だけど、学園に籍は残せるけど、夢想士組合のIDは抹消されるわよ。その覚悟はあるのね?」
「はい。落ち着いたら私たちはただの受験生に戻ります」
「分かりました。二人とも気を付けるのよ。夢想士組合から抹消されても、妖魔たちから狙われることに変わりはないから」
「承知の上です。さ、行きましょう、双真。理事長、失礼します」
千束先輩と双真先輩は静かに理事長室を出ていった。
「良いんですか、理事長!戦力が減ってしまいますよ!」
「彼らを引き留めるのは酷よ、神尾さん。何にせよ自分の身の振り方を決めるのは本人よ。私たちが強要出来るものじゃない」
理事長は瑠璃に命じてコーヒーを人数分用意した。
「さあ、とにかく。もう学園にはAランクは神尾さん、剛くん、霧崎さん、九十九くんの4人だけになってしまったわね」
僕たちは何とも言えない焦燥感に囚われていた。大きな精神的支柱だったアンジェラさんは行方不明。2人のAランクの夢想士を失った。鳴神市全体のAランクの夢想士に召集をかけるにしても、この戦争がいつ終わるか分からない以上、どうしても集まりは悪くなるだろう。
「うん、この際だから絵本くん、花園姉弟の2人と、由良さんはAランクに昇格させるわ」
突然の提案に萌ちゃんと薫ちゃん、僕と珠子先輩は顔を見合わせた。
「え、昇格試験も受けてないのに、良いんですか!?」
「4人ともIDカードを出して、このテーブルに並べてね」
言われるがままにIDカードを出すと、理事長は手をかざして念を込めた。すると、夢想士でないと見えないランクの項目がAに変わった。その途端、僕は身体の奥から大きなエネルギーが沸いてくるのを実感した。
「さ、これで良いわ。ランクが上がった分、エネルギー量も増えたはずよ。これから熾烈になる戦闘でかなりのアドバンテージになるはず」
〈やったわね、ミコト。今後ますます討伐において中心的な立場になるわよ〉
僕の頭の上でくつろいでいる、白い子猫に擬態した、幻想種の白虎が賛辞を述べた。
(今は戦時下だから、理事長も特別な措置を講じただけだと思うよ)
〈謙虚ね。先の戦闘では八面六臂の大活躍だったじゃない〉
(君との連携があってこそだよ)
などと、白虎と話し合ってると、龍子先輩は突然立ち上がって理事長に訴えた。
「理事長、あたしたちのパーティーは裏山を攻めて良いですか?」
「裏山?神山神社を攻める気なの?」
「集まった情報によれば、苦楽魔たち天狗一族は神山神社に結界を作って籠城しているようです。真正面から攻めるのは数の上で我々が不利です。だから、遊撃隊でゲリラ攻撃するのが有効かと思います」
「そうねえ。他の場所はAランクのパーティーで対応出来るけど、長期戦に入ってすでにかなりの人数が負傷してるし、ゲリラ作戦も悪くないわね」
理事長はコーヒーをすすり、長考に入った。そこに、いきなり扉を開けてちーちゃんこと、千歳ちゃんが入って来た。
「あ、ちーちゃんだ、おはよー!」
場の雰囲気にそぐわない、明るい声で薫ちゃんが手を振る。
「うむ、お早いな。マディ、アンジェラが行方不明になったのだな?」
「え、どうしてそれを!?」
「妾とアンジェラは魂のレベルで繋がっておる。突然その繋がりが強制的に断たれて、妾は目を覚ましたのじゃ」
「ちーちゃん!アンジェラさんはどこだ?無事なのか!」
龍子先輩は我を忘れたかのように、ちーちゃんの肩を掴んで揺さぶった。
「落ち着け、龍子よ。この世界での繋がりは無くなったが、生存してるのは間違いない」
その言葉でホッとしたのか、龍子先輩はちーちゃんの肩から手を離した。
「微かではあるが、異世界のどこかにいる感触がある。じゃが、無数に存在する異世界のどこにいるのかは、さっぱり分からん」
その言葉で再び理事長室の中に、重苦しい沈黙が甦った。
「何にしろ、この戦争はアンジェラさん抜きで戦うしかないってことか」
龍子先輩は既に熱い決意を胸の中で燃やしているようだ。
「龍子のパーティーが本丸を攻めるっていうんやったら、ウチらは陽動作戦で行こか。派手に暴れて烏天狗の軍勢を1人でも多く別の場所に誘導するんや」
風子先輩はそういうが、そうなると僕らのパーティーには、かなりの負担がかかりそうだ。
「悪くないわね。LINEで連絡を取ったら、武藤家と北西地区の夢想士たちも、応援に来てくれるそうよ。とりあえずは神尾さんのパーティーが本丸を攻める。他のパーティーは陽動作戦で烏天狗の軍勢と戦闘を続ける。作戦としてはそれで良いけれども・・・」
理事長はそこで少し言い淀んだ。
「本当に良いの、神尾さん?本丸ということは幹部たちだけでなく、魔王がいるかもしれないのよ?」
「あたしはアンジェラさんの弟子ですよ。師匠のいない間はあたしがアンジェラさんの代わりを努めます!」
力強いその言葉に居合わせた者たちは、一斉に勝鬨を上げた。
「俺は鬼の幹部を倒した!この調子で天狗どもも倒してやるぜ!」
「ウチらも負けてへんで!今度はウチが幹部を倒したる!」
とりあえず、重苦しい空気は吹っ飛ばし、僕らは口々に決意の程を示した。アンジェラさんは必ず帰ってくる。その時まで僕たちは、僕たちなりの戦いをすると誓い合うのだった。
了
こんにちは、チョコカレーです。今回は300年異世界で修行していた、天狗一族の魔王、苦楽魔が人間界に戻ってきたことに端を発し、4大魔王が集まる血奇集会が開催されます。そして、鳴神市全体が戦場になるスケールをデカクし過ぎた作品です(笑)。本来なら一部で終わらせるつもりが、登場人物が増えたせいで本文が膨れ上がり、次巻に持ち越しとなりました。異世界に追放されたアンジェラは戻れるのか?龍子たちの戦闘はどうなるのか?次回もお楽しみください。チョコカレーでした。