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天才少年と最凶の鬼

  序 


 人間の空想が産み出した化け物、妖魔ファントム。それを討伐するのは空想を現実化させる能力者、夢想士イマジネーターだけ。人間の生命エネルギーを奪う妖魔討伐のために作られた組織、夢想士組合ギルド。そして、己の欲望のためにしか能力を使わない闇の夢想士による、闇之夢想士同盟ユニオン。三つ巴の戦いが今日も始まる。


  第1章 新しいパーティーの誕生


 僕は瞑想室メディテーション・ルームで方術の朝練を行っていた。呼吸法と瞑想を行うことで身体強化クオリティ・アップ疾走状態オーバー・ドライブ重力操作グラブィティ・コントロール結界創造フィールド・クリエイトなどの基本的能力の向上を目指すのだ。結跏趺坐で瞑想していると、

「ミーくん、絵本命えもとみことくん。ちょっと良いかな?」

 目を開くと方術研究会部長の神尾龍子かみおりゅうこ先輩の姿があった。ちなみにミーくんというのは龍子先輩が出会って数秒で付けた僕のあだ名だ。

「どうしたんですか、先輩?」

「理事長があたしたちを呼んでるんだ。どうやら人事移動があるみたいだよ」

 龍子先輩はウインクを決める。流石、僕の憧れの先輩。今日も爽やかな美人だ。

「パーティーのみんな、集まってるんですか?」

「うん、それと新人さんがね」

 新人?僕と同じ転校生だろうか?とにかく、瞑想室を後にして、僕たちは闘技場へと足を運んだ。

 闘技場の扉を開くとパーティーのいつものメンバーと、かなり長めのツインテールの美少女が、メイド服を着て理事長の隣で控えていた。

「理事長、全員揃いました」

 龍子先輩の報告を受け、髪をシニョンにまとめたマディ土屋理事長が静かに頷いた。

「みんな、ご苦労様。早速報告があるので、それを先に済ますわね」

 理事長は一同を見渡して口を開いた。

「まずは朗報から。今まで高校生まではどんなに才能があってもB+ランクまでしか取得出来なかったけど、これからは年齢に関わり無く相応しいランクに認定されることになったわ」

 理事長の言葉に場が騒がしくなった。これは驚きだ。今までの常識がひっくり返されるくらいに。

「はい、静かにしてちょうだい。これはアンジェラさんが評議会に掛け合って正式に決まった新ルールです。夢想士組合ギルド、鳴神支部である、我が鳴神学園でもこれからは有能な人材に相応しいランクを与えることが出来るわ。まずは剛猛志ごうたけしくんと霧崎風子きりさきふうこさんをAランクに認定します」

 この言葉に、

「うっしゃあー!やっとAランクを手にしたぜー!」

「やったー!ウチの地道な努力がやっと実ったんやなー!」

 先輩がたは分かりやすく盛り上がっていた。まあ、Aランクは職業夢想士になれるランクだから、喜ぶのは無理もないけど。

「そして、絵本命くん、花園萌はなぞのもえさん、花園薫はなぞのかおるさんはB+ランクに認定します」

「やったわ、薫!B+ランクだって!」

 双子の姉の萌ちゃんが歓声を上げ、

「やった!これでまた夢に一歩近づいたよ!」

 どう見ても女の子にしか見えない男の娘、弟の薫ちゃんが萌ちゃんと抱き合って喜んでいる。実に微笑ましい光景だった。

「はい、注目!皆さんに新しい仲間を紹介します」

 理事長はそう言うと、隣に立つメイド少女に続きを譲った。

「私は瑠璃るり。土屋瑠璃と言います。みなさん、よろしくお願いします」

 自己紹介が終わると場は騒然となった。

「理事長!お子さんがいらしたんですか!?」

 僕の声はかなり上擦っていた。

「ふふふ、驚いたみたいね。この子は娘じゃないわ。私が造ったゴーレムよ」

「ゴーレム!?人間にしか見えないですよ!」

 龍子先輩の言葉に、理事長は満足そうに頷いた。

「そうでしょう?私も構造の簡単なゴーレムならいくらでも量産出来るけど、ここまで人間に近いゴーレムを造ったのは初めてよ」

 理事長はフフンと鼻を鳴らし、得意気に語った。

「でも、何で急に精巧なゴーレムを造ろうと思ったんですか?」

 僕の当然の疑問に、理事長は苦虫を噛み潰したような顔になった。

「・・・望のせいよ」

 しばしの沈黙の後、理事長はポツリと言った。

「あいつ、生意気にも弟子がいるらしくてね。それが土属性の夢想士らしいのよ。その子はまだ高校3年生なんだけど、執事のゴーレムを造ってるんだって。それが人間と見分けがつかないくらい精巧だって自慢気に語るから、悔しくなって私も造ったってわけ」

 は?望というのは、先日敵として戦った高見望たかみのぞむのことだろう。それは分かるのだが、何故敵の情報をそこまで詳しく知っているのだろうか?

「だって、あいつ、LINEですっごく自慢気に語るのよ。同じゴーレム使いでも、自分の弟子の方が遥かに優れてるって。だから頭にきてこの子を造ったのよ」

「いや、ちょっと待ってください、理事長」

 僕はこめかみを押さえながら理事長の言葉を遮った。

「高見望とLINEで繋がってるんですか?」

「?そうよ。昔パーティーを組んでた仲だからね」

 いやいやいやいや!

「何で敵と呑気にLINEでやり取りしてるんですか!こんなのアンジェラさんに知られたら!」

「大丈夫よ。アンジェラさんも同じLINEグルに入ってるし」

 敵味方の筋がガタガタだー!

「諦めろ、命。理事長はこういう人だ」

「せやでー。敵対してても闇の夢想士は同じ人間やからな。妖魔みたいに討伐対象やないし」

 猛志先輩と風子先輩は、肩をすくめて諦めモードだ。

「まあ、ミーくん。闇の夢想士と無闇に衝突しても仕方ないからね。ある程度繋がりがあったほうが、敵の動向を探るにも都合良いし」

 龍子先輩までそういうなら仕方ない。僕は諦めてゴーレムだという女子生徒のほうを盗み見た。細くて長いツインテールが良く似合った美少女だ。この子がゴーレム?どうもピンと来ないなー。

「さて、全員のランクが上がったことだし、人数も多くなってるから、パーティーを分けたいと思うんだけど、構わないかしら?」

 確かに人数は多い。でも、今まで一緒だった仲間と離れるのは寂しいな。

〈我慢しなさい、命。あなたもいずれは職業夢想士として自立する時が来るんだから〉

 僕の頭の上に鎮座まします白い子猫、使い魔の大福がそう諭した。この大福は普段はこんな姿をしているが、その正体は幻想種の白虎である。幻想種とは、龍や白虎、麒麟、鳳凰などの神獣のことである。妖魔の中でも桁違いの存在だ。僕は亡くなった母からこの白虎を受け継ぎ、魔物使いの称号を得ている。

(分かってるよ。部室では会えるんだし、ちょっと寂しいってだけだよ)

 ちょっぴり母親気取りの白虎に、そう返しておいた。

 さて、肝心の班分けのほうだが。

 理事長の案としては、

神尾龍子Aランク

剛猛志Aランク

花園萌B+ランク

と、

霧崎風子Aランク

絵本命B+ランク

花園薫B+ランク

 というグループ分けだった。

「ええ!?薫と別になるんですか?」

「うにゅー、萌ちゃんがいないと寂しいよー」

 やはりというか、花園姉弟から不満の声が上がった。双子として今までずっと一緒だったから無理もない。

「でも、一つのパーティーに同じ能力者がいるのは勿体ないじゃない?花園姉弟の死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデンは守りに関しては鉄壁の能力だからね」

 理事長の言葉に、僕はなるほどと思ったが、当人たちは不満そうだ。

「離れるっていってもパトロールの間だけなんだし、そこは我慢しなさい。さらなる成長のためには、これは必要な措置よ」

 理事長の鶴の一声で班分けは決まった。

「そうそう、霧崎さんのパーティーはこの子も連れてってくれる?」

 理事長はそう言って、瑠璃ちゃんの頭を撫でた。

「瑠璃ちゃんはメイドじゃないんですか?」

 僕が疑問を表明すると、

「私が身の回りの世話をさせるためだけに、この子を造ったと思うの?」

 理事長は心外と言わんばかりに語気を強めた。

「この子はラピスラズリを核に、全身を金剛石で造ってる。戦車よりも頑丈よ」

「金剛石ってダイヤの原石ですよね?かなり、お金がかかってるんじゃ?」

「あっはっは。まあ、良いじゃない」

 笑って誤魔化す理事長。

 かなりの職権乱用だった。この学園、大丈夫かな?

「さあ、パトロールの時間よ。班を2つに分けたから、調整が必要ね」

 理事長と龍子先輩、そして新たにリーダーになった風子先輩はどっちがどこを担当するか協議を始めた。

「えっと、瑠璃ちゃん。初めまして。僕は絵本命、よろしくね」

 何はともあれ、同じパーティーのメンバー同士、親睦を深めないと。

「お名前は御主人様マスターから伺っています。よろしくお願いします」

 握手をしてみると、本当の人間のように柔らかくて暖かい手だった。これがゴーレムとは信じがたい。

「やほー、ボクは花園薫。よろしくねー」

 薫ちゃんもいつものように、気さくに挨拶する。それにしても女子率高いな、方術研究会は。

 鳴神学園は夢想士組合ギルドの鳴神支部であり、方術研究会のメンバーはパーティーを組んで鳴神市全体をパトロールしている。目的はもちろん妖魔の捜索と討伐だ。

「よっしゃー。今日は南東地区に決まったで。ほな行こか!」

 新しいパーティーリーダーに促され僕たちはパトロールに赴くのだった。


 おいらは使命に燃えて鳴神学園の正門に立った。支部長によればこの鳴神学園こそが、人類を脅かす妖魔と手を結んで悪事を働く闇の夢想士の巣窟だという。正義の味方を目指すおいらとしては放っておけない話だ。

 おいらは正門で支部長が用意してくれた生徒手帳を見せた。今日から学園の寮に入る由良珠子ゆらたまこ名義のものだ。警備員は心得たもので、僕を理事長室まで案内してくれた。

「理事長、失礼します。転入生をお連れしました」

「ああ、ありがとう。下がってくださいな」

 警備員は頭を下げて理事長室を辞した。理事長は微笑み、

「さあ、入って。ソファーに座って楽にしてね」

 お茶を出してもてなしてくれるが、この人が闇の夢想士のボスだから油断は出来ない。理事長は書類を確認している。おいらは完璧に由良珠子に変身してるからバレる恐れはないはずだけど、受け答えには気をつけなければ。

「由良珠子さん。東京の成城高校からの転入生。夢想士としてはB+ランク、火の属性の術士。成績優秀ね、将来はやはり東大辺りを目指してるのかしら?」

「あ、はい」

「それにしても、2年生でわざわざ鳴神学園ここの編入試験を受けるなんで珍しいわね。理由は聞いてもいいかしら?」

「経験を積むためです。東京本部より、この鳴神支部のほうが妖魔討伐の機会が多いと聞いてたので」

「東京でもそれなりに妖魔を討伐することは出来るでしょ?」

「東京の夢想士たちも機会があれば、この鳴神市に妖魔討伐に来てると聞いたので、経験を積むならやはりこちらのほうが良いと思いまして」

「なるほどね、分かりました。それでは早速、寮に案内するわね」

 理事長は立ち上がり、先に歩きだした。校内を色々と案内されるが、流石は中高一貫校、かなり広くて道順を覚えるのも大変だ。渡り廊下を通るとすぐに女子寮が見えてきた。寮の入り口に女子生徒が待っている。

「ここが女子寮よ。こちらは寮長の佐々木美和さん。佐々木さん、こちらが転入生の由良珠子さんよ」

 紹介された生徒が軽く頭を下げる。

「寮長の佐々木です。よろしくね」

「転入生の由良珠子です。よろしくお願いします」

「それじゃあ、佐々木さん、後はよろしくね」

 理事長はそう言って校舎に戻って行った。

「さあ、行きましょうか。あなたの荷物は部屋に運んでおいたわ」

「ありがとうございます」

「それと、あなたの部屋はルームメイトがいないから一人部屋になるわ。少し寂しいかもしれないけど」

「いえ、いずれは一人暮らしする予定なので、そのほうがありがたいです」

「そう、良かった。ここがあなたの部屋よ。何かあったらいつでも呼んでね」

「はい、ありがとうございます」

 寮長が出て行くとおいらはベッドに座り、一息ついた。一人部屋なのはありがたい。気を抜いたからといって変身が解けるわけじゃないけど、やっぱりゆっくり羽を伸ばせる場所がないとね。

 さてと、荷物を片付けますか。積んである段ボール箱を開いて中身を出すと、いきなり下着が出てきた。おいらは顔が熱くなるのを感じながら、慌てて荷物整理を終わらせた。でも考えたら女の身体でお風呂やトイレを済ませないといけないんだよね。いや、その時だけ変身を解けば良いのか。

 おいらは若干、いや、かなり恥ずかし思いを味わった。いや、でも悪を倒すと言う大義名分の前には、こんなの気にしている暇はない。必死にそう言い聞かせ、おいらはシャワールームに入った。


 あたしたち、新パーティーは北西地区の120区辺りをパトロールしていた。鳴神市の名家、武藤家の近くでこの辺りは妖魔が沸いてもすぐに討伐されるから、あまりパトロールする意味はない。

「よし、少しカフェで休憩していくか」

「良いですね。ちょうど喉が乾いてたところです」

 と、萌はすぐに賛成したが、案の定というか、猛志がグズッた。

「おいおい、パトロール中だぜ。呑気にお茶してる場合か?」

「新編成したばかりだから、親睦を深めるのも大事だぞ」

 あたしが諭すと猛志も肩をすくめ、

「チェッ、少しだけだぞ」

 すぐに賛同した。こいつも喉が乾いてたな。全く素直じゃないんだから。

〈優れたリーダーは部下から信頼されなきゃいかん。特にこの班はお前と猛志の関係が如実に反映されるからな〉

 あたしの中にいる、次元を超越した存在。幻想種の龍神が苦言を呈した。

(そんなこと分かってるよ。まあ、なんだかんだ言っても猛志は幼なじみだからな。ツーカーとまでは言わないけど、お互い言いたいことがある時はそれと分かる)

〈単に話すならテレパシーで十分だろう?我が言ってるのは互いに信頼するパーティーにならねばいけないということだ〉

(はいはい、分かってるって)

 あたしはさっさと話を終わらせようとしたのだが、その時何かピンク色の物が宙を漂っているのを見つけた。手にして見ると、それは桜の花びらだった。

 桜?季節外れだな。狂い咲きかな?あたしは深く考えず二人の後を追ってカフェに入った。

「そういえば、酒呑一族の結界もここ、北西地区にあるって聞いたことあるぜ」

 注文オーダーがテーブルに揃ってから、猛志はそう口火を切った。

「ああ、聞いたことありますね。それに酒呑一族の長は魔王で、4本角を持ってるとか」

「誰も実際に見たことない都市伝説だけどな」

 あたしは軽く流した。実際に見たことしか信じられない性分だから仕方ない。

「でも、実際に酒呑一族の幹部に会った奴もいるらしいぜ。闇の夢想士とかなら、密かに手を組んでそうだよな」

「ありそうな話だけどな。一応、情報屋に聞いてみるか」

 あたしはスマホを取り出して、情報屋の大神翔おおかみかけるに電話をしてみる。

(おー、お嬢か。今日もパトロールかい?)

 通話口の向こうから気楽な声が帰ってくる。

「毎度お馴染みのパトロールだよ。で、北西地区なんだけど、酒呑一族の結界があるって噂、どれくらい信頼出来る話なんだ?」

(あー、それなー。うーん)

 俄に情報屋の口が重くなる。あまり明かしたくない情報でもあるのかな?

(桜の花びらが見つかったら、速攻で逃げたほうが良い。酒呑一族の結界どころか、天国への階段を見つける羽目になるぜ)

 何だか詩的なことを言ってるなあ。でも冗談を言ってる風には聞こえない。

「桜の花びらならさっき見かけたよ。狂い咲きの桜かと思って放っておいたんだけど、そんなにヤバいのか?」

(あー、悪いことは言わないからすぐに場所を変えたほうが良い。今日はいつものメンバーかい?)

「いや、各自のレベルが上がったから2班に別れたよ。それが何か?」

(あの魔物使いの子は別なのかい?)

「そうだけど、どうしたんだよ情報屋?何でそうメンバーに拘る?」

(お嬢なら大丈夫だろうが、あの坊やの使い魔、あれくらいのエネルギー量を誇る存在がいないと、皆殺しになるかもしれないぞ)

 情報屋は軽口を叩く男だが、嘘は言わない奴だ。それがここまで用心するとなると・・・

「まさか、酒呑一族の幹部か?」

(ああ、四天王は知ってるだろ?)

「知ってる。遭禍って奴とやり合ったこともある」

(ほう、それで生き残ってるのは流石だが、もう一人、喪崩もくずってのが洒落にならない)

「喪崩?」

(武闘派の遭禍は分かりやすいが、喪崩ってのはロリータファッションの、見た目は華奢な鬼なんだ)

「ロリータファッション?おいおい、それは本当に鬼なのか?」

(信じられないのも無理ないが、実は四天王で一番殺してるのは喪崩なんだ。鬼神法に一番精通してるヤバい奴さ)

 あたしは記憶を辿った。前にやり合った遭禍は同じ雷属性の技を使う奴だから、拮抗したが、あれ以上の鬼神法の使い手となると確かに洒落にならないかもな。

「分かった。でも、妖魔を討伐するのがあたしたちの役割だからな。逃げるわけにはいかない」

(お嬢ならそう言うと思ったが、喪崩を相手にするなら、あの魔物使いの坊やと一緒のほうが良い。これは心底本音で言ってるんだぜ?)

「分かったよ。今日のパトロールで出会わないことを祈るよ」

 あたしは通話を終え、今の話を二人にも話して聞かせた。

「けっ!鬼が怖くて夢想士やってられるかよ!」

 猛志の反応は予想が出来たが、

「怖いです。龍子先輩、今日のパトロールは早く済ませませんか?」

 萌の瞳には分かりやすい怯えが見て取れた。

「あたしたちが今まで相手にしてきた鬼とは別格のような言い方だったな。情報屋もいい加減な情報は寄越さないだろう。よし、今日は主な所を見回ったら帰るとしよう」

 猛志の不満はあえて聞き流しておく。あたしや猛志なら良いが、B+ランクの萌にはキツいだろう。リーダーとしてはパーティーメンバーの身の安全を第一に考えなければならない。

 120区は適当に流し、遠回りして学園のある中央区に入ろう。そう願ったのだが、現実ってやつは時に厳しい。桜の花びらがまるで雪のように降ってきた。

「り、龍子先輩!桜です、桜の花びらが!」

 萌が怯えた声をあげ、猛志は身構えて辺りの様子を探った。

 すると目の前、10メートルほど向こうの歩道にピンクのロリータ服を着た少女がいた。行き交う人々は季節外れの桜の花びらに騒然となっていたが、その少女はピンク色の瞳でこちらを見ている。そのピンクの頭には2本の黒い角があった。

「間違いない、あれが喪崩という鬼の幹部だ」

 あたしの言葉に、

武装化アームド!」

 猛志は呪文コマンド・ワード強化服パワード・スーツを身にまとい、

死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデン!」

 萌は緑の結界を張る。

戦闘領域バトル・フィールド!」

 あたしは被害を外に出さないための結界を張った。

 喪崩は車道に踏み出し距離を詰めてきた。厚底ブーツの歩みはゆっくりだが、一切の隙が無かった。

「私の糧になりに来たか、夢想士どもよ」

 喪崩が言葉を発した。見た目同様、幼さを感じさせる声だったが、それがかえって不気味だった。

天薙神剣あめなぎのみことのつるぎ!」

 あたしもいきなり奥の手を出すことにした。相手のエネルギー量が半端なかったからだ。あたしの剣を見て喪崩は足を止めニンマリと笑った。

「これはこれは。今日は楽しめそうよな」

 余裕シャクシャクの態度は変わらない。この剣を見てこんな反応をした奴は初めてだ。

「先手必勝!」

 猛志が疾走状態オーバー・ドライブに滑り込んで喪崩に向かって駆ける。疾走状態オーバー・ドライブは思考速度と反応速度を早めるスキルでCランクなら常人の10倍、Bランクで100倍、B+ランクで1000倍、Aランクで1万倍、A+ランクで10万倍の速度で行動出来る。

「食らえ、鉄拳粉砕ハンマー・パンチ!」

 猛志が攻撃した刹那、大量の桜の花びらが地から沸きだし、攻撃を柔らかに反らした。花びらはまるで海のようにうねり、あたしたちは胸のところまでみっしりと埋まってしまった。

〈龍子、気を付けろ!花びらに飲まれるとそのまま食われてしまうぞ!〉

 龍神が警告を発した。つまり喪崩は攻撃も防御もこの大量の花びらで行うのか。まずは花びらを散らさないと。

天之崩壊ヘブンズ・ブレイカー!」

 神代の剣で横に薙ぎ払った。ひとまず、花びらは全て吹っ飛んだが、またすぐに集まり、涌き出て辺りを埋め尽くす。

「龍子先輩!死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデンが機能しません!」

 萌が悲痛な声を上げる。そして猛志も、

「俺の攻撃も届かねーぞ!」

 喪崩の操る大量の桜の花びら。まるで強く見えないのに、攻防一体の優れた術だった。あたしの剣による攻撃も散らすだけで、花びらはすぐにまた復活する。厄介な相手だ。何より味方の士気が下がっているのが不味い。

〈龍子よ、一旦引くが良い。この鬼は一筋縄ではどうにも出来ぬ。何よりパーティーのメンバーの命を危険に晒すことになる〉

 悔しいが龍神の忠告通りにするしかない。あたしは剣を握ったまま座標を割り出す。

「猛志、萌、あたしに掴まれ!この場を離脱する!」

 二人があたしの服を掴んだところで座標の計測が終わった。

空間転移スペース・ワープ!」

 あたしたちの身体を光る術式が覆い、その場から完全に消え失せた。そして、方術研究会の闘技場に3人とも無事に転移した。際どいところだった。今後はあの喪崩の攻略方法を考えなければならない。ともあれ、敗北の味は苦かった。


 僕たちは南東地区をパトロールしていた。以前に土蜘蛛一族の襲撃を受けた因縁の地区だ。16区。正にこの場所だ。

「前はここで土蜘蛛の襲撃を受けたんやったな。ミーくん」

 新しいチームリーダー、風子先輩が尋ねてくる。

「ええ、その時は猛志先輩が土蜘蛛の毒にやられたんですよね。ただ、土蜘蛛の結界は北東地区にあるらしいので、罠だったんですけどね」

「うにゅ、蜘蛛嫌ーい。他の虫も苦手だけど」

 薫ちゃんは寒気がしたようで、僕の腕にすがりついてくる。

「まあ、土蜘蛛は比較的、どこにでも沸く妖魔やからな。またここに沸いてても不思議やないけどなー」

 風子先輩が嫌な情報を教えてくれる。まあ、鳴神市は古から妖魔が出現する率が高い、人口250万のマンモス都市だからなー。

「そろそろ休憩入れとこか。まだ時間はたっぷりあるし」

 風子先輩の提案に、

「やったー!ボク、パフェが食べたい!」

 薫ちゃんが思い切り食いついた。何気に横を見ると、瑠璃ちゃんが辺りの気配を探っていた。

「あ、そういえば、瑠璃ちゃんは飲食は出来るのかな?」

 ゴーレムだし、必要無さそうに思えたが、

「食事の必要はありません。ただ、身体が乾燥しないよう、適度な水分補給は必要です」

 瑠璃ちゃんはにこりともせず、簡潔にそう述べた。

「ほな、お茶は出来るんやな。ティータイムと洒落こもか」

 見つけたカフェに4人で入ると、紅茶やコーヒーやパフェをオーダーした。しかし、メイド服を着た少女が逆にオーダーしてる絵面は、割りとシュールだった。

「ねえねえ、瑠璃ちゃんって味は分かるの?」

 薫ちゃんが無邪気にそう尋ねる。

「味覚の再現は難しかったようですが、御主人様マスターが苦労して再現してくださいました。お陰で利きコーヒーも出来ます」

「利きコーヒーって、飲んだだけでコーヒーの種類が分かるってこと?」

 僕も気になって話題に食いついた。

「はい。御主人様マスターがそもそもコーヒー通なものですから」

 それは初耳だった。いや、小さい頃に母と一緒に喫茶店に入った時、聞いたこともない銘柄を注文してた記憶がある。

 さて、瑠璃ちゃんだが、アイスティーをストローで飲んでいる。利きコーヒーが出来るなら利き茶も出来そうだなー。

「それにしても、気になるのは瑠璃っちのスペックやな。わさわざパトロールに付けるくらいやから、戦闘力はそこそこありそうやけど」

 風子先輩が水を向けると、

「頑丈さには自信があります。動きもAランクの夢想士並みに動けます」

 気負うこともなく、瑠璃ちゃんはそう答える。

「なるほど。戦闘になったら前衛が務まりそうやなー」

 風子先輩は術士だから、前に出てくれる前衛がいてくれたほうが良いのだろう。

〈このゴーレムはかなり戦闘力が高いわね。マディが造ったのだから当然だけど〉

 僕の頭に乗ってる使い魔の大福こと、白虎がそう言った。幻想種から見てもそうなのか。

(だけど、ゴーレム呼ばわりは何か違和感あるなー。ちゃんと名前で呼んであげてよ)

〈あなたは優しいわね。その優しさが仇にならないことを祈るわ〉

(大丈夫さ。新しい術も開発してるし、いざとなったら君がいる)

〈他力本願し過ぎないようにね〉

 使い魔からキツめの忠告を賜ったところで、パトロールは再開された。

 魔力感知マナ・センサーで探りながら通りを歩いていると、いきなり反応があった。全員が足を止め、オフィスビルの間の路地に向き直る。

「みんな、気づいたか?」

 風子先輩の問いかけに全員が無言で頷く。

「それでは、瑠璃が先頭を行きます。瑠璃なら多少の攻撃があっても、止められますので」

 その心強い言葉に釣られるように、瑠璃ちゃんを先頭にして薄暗い路地に入って行く。僕はカードを手にして、いつでも術を発動出来るように準備しておく。イラストの現実化。それが僕の得意な術だ。

 不意に先頭の瑠璃ちゃんの足が止まった。

「複数の魔力反応!みなさん、警戒してください!」

 その警告が終わらぬうちに蜘蛛の巣が広がって、頭上から落ちてくる。

防御結界プロテクト・フィールド!」

 瑠璃ちゃん以外は全員、結界を張って防御体制を取った。土蜘蛛の糸には毒が仕込まれてるから、触るだけでも致命傷になる。

 瑠璃ちゃんが飛び上がると、蜘蛛の巣を根こそぎ絡め取って、地上に叩きつけた。ゴーレムには毒は通用しない。非常に頼もしい仲間だった。

 そして、路地の前後を土蜘蛛の大群が塞いだ。

死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデン!」

 薫ちゃんが地面に両手を着けて、緑の絨毯を広げて行く。中に入った妖魔はトゲ付きの薔薇の蔓で拘束され、動きを止められる。

 早速、拘束された土蜘蛛に向けて、僕はイラストの描かれたカードを差し出した。

火球ファイヤー・ボール!」

 カードは燃え上がる火の玉になり、獲物に向かって飛んで行く。

「カマイタチ!」

 風子先輩の風の斬撃が土蜘蛛たちをバラバラに引き裂いてゆく。

 瑠璃ちゃんは次々に拘束される土蜘蛛たちを、その華奢に見える両方の拳で吹き飛ばしてゆく。見た目を完全に裏切るパワーファイターだった。

 戦闘は10分ほどで終了した。特に厄介な上級妖魔はいなかったようで、恐らく自然発生した土蜘蛛たちのようだった。

「ふん、今回は幹部はおらんかったようやな。本日のパトロールもこれで終わりにしよか」

 風子先輩が物足りないといわんばかりの顔で、同意を求めてくる。

「そうですね。そろそろ下校時刻になりますし」

 そう答えたものの、僕も多少の物足りなさを感じていた。

「うにゅー、汗をかいちゃった。早く学園に戻ってシャワー浴びたい」

 薫ちゃんは一仕事終えて早く帰りたそうだった。

「本日のパトロールは終わりですね。それでは今までの映像を保存しておきます」

 瑠璃ちゃんの発言に僕たちは全員固まった。何それ?聞いてませんが!?

御主人様マスターに報告する義務がありますので。どうかしましたか?」

 瑠璃ちゃんの言葉に

「あー、なんでもあらへんよ。問題なし!」

「ですよね。真面目に妖魔を討伐したんですし」

 僕たちは何だか嫌な汗をかいて、学園に戻るべく移動したのだった。


 部室のパイプ椅子に座ったあたしたちは、一言も発さなかった。喪崩の攻防一体の、あの厄介な花びら攻撃をどう破るか、誰も思い付かなかった

〈戦略的撤退を選んだ、ぬしの判断は間違っておらん。そう落ち込むこともあるまい〉

 龍神が珍しくフォローしてくれるが、悩んでいるのはそこではなかった。

(攻撃してもやんわりと封じられ、逃げようとしても花びらが下半身を飲み込んで、ままならなかった。こんなやりにくい相手は初めてだよ)

〈今回は仲間を連れていたから仕方ないではないか。それに花びらとは植物だ。地に落ちた花びらはどうなる?〉

(?そりゃあ、枯れるんじゃないのか?)

〈そう、つまり熱を加える攻撃なら届くかもしれん、ということだ〉

(!そうか!灼熱電撃サンダー・ボルトなら花びらを焼き尽くせるかもしれないってことか!)

〈問題はあの鬼が、どれだけ花びらを産み出せるのか未知数ということだな。焼き尽くす度に無限に沸いてくるのなら、もはや手はないが〉

(何にせよ、あの喪崩を相手にするのはあたしだけのほうが良いな。あたしと同じ雷か火の属性を持つ者がいればパートナーになれるけど)

 無言が続くなか、部室の扉が開き理事長が姿を現した。

「?どうしたの?やけに静かだけど、何かあったの?」

 あたしは、なるべく正確に事の顛末を話して聞かせた。喪崩は雷か火の属性の夢想士でないと倒せないということも合わせて報告する。

「そう。喪崩か・・・私たちが学生だった頃に一度遭遇したけど、望の認識操作コグニション・コントロールで何とか脱出したわ。神尾さんの言う通り、あの鬼は雷か火の属性の夢想士でないと倒せないかもね」

 苦々しげな理事長の顔が不意に明るくなった。

「そういえば、今日転入してきた子は確か火の属性だったはずよ」

「本当ですか?ランクは?」

「B+ランクだけど、ここでもう一度ランクを見直したほうが良いかもね。とにかく、今日はゆっくりと休みなさい。明日、顔合わせするから」

 理事長の言葉に一縷の望みを託し、あたしたちは寮へと戻ったのだった。


 僕たちは無事にパトロールを終えて方術研究会の部室に戻って来た。

「ほな、ウチは理事長に報告に行くから、先にシャワーでも浴びといてや」

 風子先輩はそういうと、部室を出ていった。どれ、汗もかいたしシャワールームでさっぱりするか。

 手早く服を脱ぎシャワールームに入って湯を出した。その時、隣から声が聞こえてきた。ああ、薫ちゃんと瑠璃ちゃんか。ここのシャワールームは壁が薄いなー。そう流しかけて僕は固まった。薫ちゃん!?なんで女子のシャワールームにいるんだ!?

「へえ、瑠璃ちゃん結構おっぱいデカイんだ。いいなー」

「薫さんの胸は平坦ですね。理由を聞いてもよろしいですか?」

「ああ、だってボク男の娘だもん」

「そうなのですか?言われてみれば股間に未知の器官がありますね」

「ひゃっ!いきなり触らないでよ!」

「失礼しました。でも興味深いです」

「そういえば、瑠璃ちゃんは本物の女の子そっくりに作られてるんだよね?」

「はい、御主人様マスターが女性なので、その点は間違いないです」

「僕はいつか女の子になるのが夢なんだ。でも肝心の場所を良く知らないんだよね。瑠璃ちゃん、見せてくれる?」

「お安いご用です」

「んー。ちょっと見えにくいかも。もう少し開いてくれる?」

「こうですか?」

 うわあああー!!

 こ、これ以上は禁断の会話だー!

 僕はさっさとシャワーを済ませて、慌ててシャワールームから飛び出した。そこに着替えを持った風子先輩がやって来た。

「何や、ミーくんはカラスの行水やな。もうシャワー済ましたんかいな」

「風子先輩、シャワーを浴びるのであれば、出来ればもう少し時間をおいてからのほうが」

「ん?なんでなん?別に薫やったらいつも女子のシャワールーム使てるから、気にする必要ないで」

「いや、今日のはあまりにも常軌を逸してます。忠告はしましたよ、それでは!」

 僕は風子先輩の脇を抜けて部室を後にした。

「何もなかった。何もなかったんだ」

 僕は何度も自分に言い聞かせ、大慌てで寮に戻ったのだった。


  第2章 形態変化シェイプ・シフトと火の玉使い


 俺は東京にいる情報屋から耳よりな情報を手に入れた。東京の学生夢想士が鳴神学園に転入してくるという話だった。

 実質的な夢想士組合ギルドの鳴神支部である鳴神学園に、スパイを送り込む絶好のチャンスだったが、その転入生に認識操作コグニション・コントロールを施しても、あの神尾龍子なら見破ってしまうだろう。電気系能力者がいると俺の術が使えない。かといって夢想士同盟ユニオンの今のメンバーは面が割れてるから、潜入など出来ない。俺は一縷の望みをかけてある施設に電話をかけた。

「はい、松戸研究所です」

高見望たかみのぞむですが、所長はおられますか?」

「あー、高見さんですか。しばらくお待ちください」

 無機質なメロディを聞き流していると、低い男の声が不意に聞こえた。

「やあ、高見くん。久しぶりだが、今日は何の用だね?」

 松戸研究所所長、松戸博史まつどひろし博士が受話器に出た。

「お久しぶりです。実は能力者を探してましてね。今は研究所に何人いるんですか?」

「20人ほどかな?しかし、即実戦に投入出来るほどの人材は・・・うん、あの子なら役に立つかも知れんが」

「アテがあるんですか?」

「興味があるなら今日にでも研究所に来れば良い。研究資金を提供してくれるなら、大歓迎だよ」

 ふむ、松戸博士め。相変わらず抜け目がないな。

「分かりました。すぐにそちらに伺います」

 電話を切ったタイミングで執事の蓮音れおんが、開けっ放しになってる扉をノックした。

「失礼します、支部長。お食事の用意が出来ました」

 相変わらず人間にしか見えないゴーレムだ。

「分かった。今下に下りるよ」

 俺の返事を聞くと蓮音は一礼し、音もなく去っていった。全く、俺の弟子は優秀だな。

 階下に下りると食堂にはいつものメンツが揃っていた。

「おはようございます、先生」

 この屋敷の主で愛弟子の岩井響子いわいきょうこが挨拶する。

「おはようございます、支部長」

「やっほー、支部長ー。おはー」

 俺と同様にこの屋敷で寝起きしている、羽黒夜美はぐろよみ金城英理かねしろえりがそれに続く。

 俺が席に着くとメイドたちが料理を運んでくる。朝から豪勢なメニューがテーブルの上に並ぶ。

「いただきましょう」

「いただきます」

 全員が手を合わせ朝食が始まる。

「支部長ー。何か任務とかないんすかー?最近退屈なんですけどー」

 ヤンキー娘の英理が尋ねてくる。

「新しい作戦があるにはあるが、君たちは、今回の作戦にはちょっと使えないな」

「一体、どんな作戦ですの?先生」

 響子が完璧な作法で朝食を摂っているのを眺めながら、

「潜入作戦だ。だから君たちは使えない。夢想士組合ギルドに面が割れてるだろ?」

 俺は簡潔に理由を述べた。ごねられても困るからな。

「ちぇー、何か地味な作戦っすね。何か暴れられる作戦とかないんすかー?」

 武闘派の英理はあからさまに不満顔だ。

「今度の作戦が上手くいけば、暴れられる機会も出来るさ。しばらく待機していてくれ」

「仕方ありませんね。英理さん、待ってる間にレベルアップに精を出しましょう」

 夜美が口許に笑みを浮かべながら、そう諭した。

「呼吸法と瞑想なー。私にゃー、じっとしてるってだけで、大した修行なんだよなー」

「能力のレベルを上げられるなら、やっても損はないでしょう。夢想士組合ギルドの夢想士がやたら強いのは、あの方術とやらの修行をやってるかららしいですからね」

 二人の会話を聞いてて俺は少し責任を感じている。夢想士同盟ユニオンの夢想士がいまいち、能力を伸ばせないのは、基本的な修行をちゃんとやって来なかったからだ。

 俺が日本を出て行く10年前に、せめてそこだけはキチンとしておけば良かった。まあ、今さら言っても始まらないが。

 食事が終わり、3人は学校へ、俺は松戸研究所に向かった。

 南西地区150区にある松戸総合病院。それに隣接している松戸研究所は、まほろば園という保護施設にいる子供たちの中から、能力者を見つけ出し、その育成と研究を行っている非合法な施設だ。顔馴染みの受付嬢に案内され、俺は施設の一角にある応接室に案内された。

 しかし、相変わらず規模がデカイな。民間の研究施設でここまでの物はそう多くない。何か非合法な商売でもしていない限りは。ここはまあ、病院が併設されてるから、多少の金は政府から出てるんだろうが。

 出されたコーヒーを飲んでいると、白衣を着た初老の男がやって来た。

 松戸博史博士。物理学と電子工学の分野で抜きん出た才能を持った研究者だ。だが、彼の特筆すべき点は科学者でありながら、妖魔を視ることが出来るということだろう。

 妖魔がなぜ生まれるか、そして夢想士という存在が、妖魔を討伐していることなど、こちら側の事情にも精通しているのが、他の科学者とは一線を画している点だ。

「やあ、待たせたね、高見くん」

「お久しぶりです、博士」

 我々はがっちりと握手を交わした。お互い夢想士組合ギルドを敵に回しているという点では、同胞のような存在だ。

「それで、博士。実戦で使えそうな人材がいるということでしたが?」

「うむ。私も科学者として長年、妖魔や夢想士の研究をしてきたが、あれほどの逸材は久しぶりだ。君以来かな?不可視の英雄くん」

 博士は向かいのソファーに腰を下ろしながら、懐かしい通り名を口にした。

「止めてくださいよ、博士。俺はもう英雄じゃありませんよ」

「そうか、それは失礼。ともあれこの映像を見て欲しい。街の路地に仕掛けてある監視映像なのだが」

 博士はそういうとテーブルの上のリモコンを操作する。するとプロジェクターが作動して大画面の監視映像が写し出された。

 右端に現れた小学生と思われる子供が路地に入って行く。すると、高校生らしき4人組がその行く手を遮った。何ごとが喋っているようだが、生憎音声はなかった。

 次の瞬間、小学生が女子高生の姿に変身し、超高速で高校生たちを地面に転がした。再び小学生の姿に戻ると画面から姿を消してゆく。

 時間にして2~3分といったところだが、俺は驚愕でしばらく言葉を失った。俺の認識操作コグニション・コントロールとは違い、小学生は本当に女子高生に変身していたからだ。そして疾走状態オーバー・ドライブを使いこなしてる。

「フフフ、どうだね感想は?私は君と出会った頃を思い出して、興奮したよ」

「これが作られた映像じゃないなら、確かに逸材ですね」

「国が設置した監視カメラの映像だ。手を加えることなど出来んよ」

 松戸博士の笑みは新しいオモチャを手にした子供のような、無邪気なものだった。

「少年の名は九十九つくもいろは。小学4年生で10歳。事故で両親と姉を亡くしてまほろば園に入園した。勉強は優秀ですでに高校生並みだ。しかし、君が見た通り、この少年の抜きん出ているのは勉強だけではない。私の見立てでは、夢想士組合ギルドの分類でいうところのAランクに達している」

 その見立てが正しいかどうかはともかく、この少年が今回の俺の作戦にピッタリな人材なのは間違いない。

「博士、この少年に会えますか?」

 俺は逸る気持ちを押さえて尋ねた。

「うむ、今は少年の能力を検証するために、研究所の宿泊所にいる。会ってみるかね?」

「もちろんです。彼の能力を実際にこの目で見てみたい」

「よかろう。不可視の英雄相手に、九十九いろはがどう反応するか楽しみだ」

 博士は喜色満面といった感じで立ち上がった。マッド・サイエンティストとしては、さぞ面白そうな組み合わせに見えるのだろう。

 俺は博士の案内で地下の広い空間に立った。鳴神学園の地下闘技場を思い出す。

「それでは待っていたまえ。すぐに彼を呼んでくる」

 博士が自動ドアの向こうに消えた後、俺は認識操作コグニション・コントロールで細工を施した。俺の偽者を作り出して中央に立たせておく。

 さて、どう反応するかな?

 やがて自動ドアが開き、少年が部屋に入ってきた。襟足の長い髪にほっそりとした体型。知っていなければ女の子と勘違いしそうな整った顔立ちをしている。その視線は偽者のほうを向いている。まあまずはそんなところだろう

「やあ、九十九いろはくん。初めまして、俺は高見望という者だ」

 少年は両手を頭の後ろで組み、

「おいらがいろはだけど、おじさんは何者なの?」

 優れた者特有の、相手を蔑むような態度が分かりやすい。

「君は妖魔を視ることが出来るそうだね?」

「あー、あの化け物。視えるよ。たまに襲いかかって来るから、やっつけてるよ」

「妖魔というのは普通の人間には見えないんだ。中級から上級妖魔になればエネルギー量が増えて存在値が増すから、普通の人間にも視えるようになるが」

「妖魔ってのは早い話、悪者でしょ?おいらは正義の味方を目指してるから、見つけ次第やっつけてるよ。こうやってね!」

 少年の姿が女子高生に変わる。実にスムーズな変身だ。驚いたことに衣服まで変わっている。おそらく人一倍空想力に長けているのだろう。

光輝之剣シャイニング・ソード!」

 いろはは、光輝く剣を握り襲ってきた。俺はゆっくり背後に周り、短剣ショート・ソードを喉元に突きつけた。

「えっ!?いつの間に後ろへ?」

 いろはは困惑しつつ両手を上げた。

「俺は忍者のようなものだ。常に相手の影に潜む」

「スゲー!おじさん、本当に忍者みたいだ!」

 振り向いたいろはの瞳は期待でキラキラ輝いていた。やはり、というか、この頃の少年は分かりやすい勧善懲悪のストーリーを好む。正義の味方を目指しているというのも、本気で言っているのだ。これはスパイとして教育するのも、簡単だと思われる。

 要は夢想士組合ギルドの連中を闇の夢想士と思い込ませ、そして我々はそれと戦う正義の組織として認識させれば良い。

「ところで、君は戦う時に何故女子高生に変身するんだね?聞いても良いかい?」

 再び少年の姿に戻ったいろはは、少し逡巡した後、明かしてくれた。

「死んだ姉ちゃんが夢想士だったからだよ。おいらは触ったことのある人なら、誰にでも変身出来るし、能力も使える」

 なるほど、触れることでその術式を解読して自らの身体を再構築するのか。形態変化シェイプ・シフトの能力者に会うのは初めてなので、色々と興味深い。

「俺は夢想士同盟ユニオンの鳴神支部の支部長なんだ。敵である夢想士組合ギルドの鳴神支部である、鳴神学園に潜入する任務をこなせる人材を探していたんだ」

「敵のアジトに潜入?スゲー、本当に正義の味方だ!」

「俺に力を貸してくれるかい?」

「うん、もちろんだよ、高見さん!いや、支部長!」

 いろはは満面の笑みで敬礼している。

 仕込みはこんなものか。細部を詰めるにはもう少し教育してからのほうが良いだろう。

 と、そこで松戸博士が早足でやって来た。

「高見くん、勝手に決めないでもらおう。いろはくんにはまだ色々と実験に協力してもらわねばいけないのだよ」

「実戦のぼうがより興味深いデータが得られますよ。それに資金の提供も惜しみません」

 俺は固有結界パーソナル・フィールドからキャリーケースを取り出し、博士の前に置いた。

「5000万あります。それで当座の研究費用を賄ってください」

「うーむ、そうか分かった。但し、必ずいろはくんは返してもらうよ。滅多にいない逸材なのだからね」

「分かってますとも。じゃあ、いろはくん。荷物をまとめて来なさい。支部まで案内しよう」

「了解です!」

 いろはは敬礼して、一目散に駆け出した。子供というのは走るのが好きだな。俺はこの後の算段をしながら、その後ろ姿を見送った。


 ひとまず、いろはを響子の屋敷に案内し、方術の修行方法を教えた。

「おー、修行かー。正義の味方なら一度は必ずやるものだよね!」

 無邪気というか、いろはは嬉々として修行を始めた。

「俺はしばらく出掛けてくるが、ちゃんと修行をしてるんだぞ」

「了解です!」

 敬礼した後、いろははベッドの上で瞑想を始めた。俺は静かに扉を閉めると控えてる蓮音に、

「響子たちには新しい仲間だと紹介しておいてくれ。くれぐれも我々が闇の夢想士だということは内密にな」

「はっ、承知しました」

 釘を刺して再び俺は屋敷を出た。東京の情報屋に連絡して、転入生がいつ鳴神市に来るか尋ねた。すると、すでに鳴神市に向かう電車に乗ったところだという。なんとかギリギリ間に合ったか。

 俺は駅まで急いだ。相手の能力にもよるが、認識操作コグニション・コントロールで記憶を改竄せねばならないが、それには直接接触しなければならない。

 俺はスマホに送られてきた写真を見た。眼鏡をかけたセミロングの髪の少女だ。添付されたコメントには火属性の夢想士だという。とりあえず、俺の術が見破られる懸念はなさそうだ。

 改札付近で張っていると、目的の少女が姿を現した。キャリーケースを引きずりながら改札を抜ける。俺は術式を展開しながら少女に声をかける。

「やあ、今日転入してきた由良珠子さんだね」

 少女は驚いて後ろを振り返った。

「驚かしてすまない。俺は鳴神学園の教師だよ。理事長に言われて迎えに来たんだ」

「あ、そうなんですか?初めまして、由良珠子と言います」

「俺は高見望。さあ、行こうか。駅からは15分ほど歩くことになる」

「はい、分かりました」

 由良珠子は疑う様子もなく俺の後をついて歩く。しかし、5分ほど歩き、ビルの狭間の路地に入り込んだ辺りで声をかけてきた。

「あのー、すみませんが本当に学園に向かってるんですか?何だか人気がなくなってるようですが」

 声が固くなっていた。ようやく何かがおかしいと気づいたようだ。

「ふん、気づいたかい?心配通り、学園には向かってない。俺は夢想士同盟ユニオンの鳴神支部長だよ」

「なっ!随分と大胆ですね。白昼堂々、仕掛けてくるとは」

「事情があってね。君の姿形と身分が必要なんだよ」

「言ってることが分かりませんが、戦いならばいつでも受けて立ちます!」

 由良珠子はキャリーケースを置いて身構えた。

火炎五芒星ファイヤー・ペンタグラム!」

 呪文コマンド・ワードを唱えると、由良珠子の背後に燃え上がる五芒星が出現した。

発射ショット!」

 五芒星の頂点から5つの火の玉が発射され、俺の偽者を焼く。

「ふん、口ほどにもないですね」

 由良珠子は口角を上げて勝ち誇るが、もちろん本物の俺はその背後に立っていた。両手で彼女の頭を掴み、側頭部に電磁波を流した。

「くはっ!」

 由良珠子は一声だけ発し、意識を失った。その身体を両手で抱えあげる。

「随分と軽いな。最近の学生は発育が良さそうに思えたんだが」

 固有結界パーソナル・フィールドにキャリーケースを収め、そのまま歩き出す。もちろんこんな絵面、見られたら未成年者略取で通報される。認識操作コグニション・コントロールで俺たちの姿は誰にも見られることはない。俺は用意しておいた車に由良珠子を乗せ、南西地区の松戸総合病院に向かった。全ては計画通りだ。後はいろはに話すべきストーリーを考えるだけだ。


 松戸総合病院の院長は、松戸博士の実妹、松戸凛々りりこだ。

「あらあら、高見くん。また、事情のある子なのかしら?」

「そうなんですよ。この子は俺が術式を解かない限り目を覚まさないので、後はよろしく頼みます。もちろん個室でね」

「それは良いけど、あなたも色んな人のお世話してて大変ね」

「先生たちほどではありませんよ」

 ちょうど空いていた個室に由良珠子を入院させ、院長に謝礼を払った。向こう2~3年は入院させられる額だ。キャリーケースをベッドの横に置き、俺は岩井邸に取って返した。

 屋敷に戻ると、感心なことにいろはは方術の修行を真面目にやっていた。金城英理には是非とも見習って欲しい謙虚な姿勢だ。

「やあ、真面目に修行をやってたようだね。感心だ」

「おいらは正義の味方になるからね。修行してもっと強くなりますよ!」

 いろはは勢いこんで宣言した。

「そうか。だが、緊急事態が起こった。今日鳴神学園に転入するはずだった転入生が、何者かに襲われて意識不明になった。ちょっと一緒に来てくれるかい?」

「え、妖魔の仕業ですか?それとも闇の夢想士?」

「詳細は転入生を見舞ってから話そう。さ、行こう」

 俺はいろはを促し松戸総合病院に向かった。


 白いシーツのかかったベッドに由良珠子は寝かされていた。腕には栄養補給用の点滴が刺さっている。

「今朝方、鳴神学園に転入するために電車に乗った彼女は、学園前駅で降りた。襲撃は彼女が学園に到着する15分間の間に行われたらしい」

 俺の説明を聞いているのか、いろははペッドのパイプを握りしめて黙りこくっている。

「妖魔の仕業か、闇の夢想士か、今のところは分からないが、幸い、君は変身能力を持っている。鳴神学園に潜入して、事の真相を探ってくれ」

「・・・姉ちゃん」

 ぽつりと、いろはは呟いた。そういえば、この子は姉を亡くしている。重ねて見えるのかもしれない。

「君は姉の分まで戦わないといけない。この女子生徒に変身出来るかい?」

「もちろん」

 いろはの小さな手が由良珠子の腕を掴んだ。そのまま無言の状態が続く。他人に化けなくてはならないのだ。細かいところまで慎重にコピーしてもらわないといけない。俺も無言でその様子を見守った。

「うん、終わったよ」

 いろはは手を離し、俺のほうに向き直った。

「それじゃ、早速見せてくれ。君の力を」

 いろははコクりと頷くと、目の前でみるみる背が高くなった。髪も伸び服装も制服に変わって行く。サイドボードに置かれた由良珠子の眼鏡をかけると、もう完全に本人と見分けがつかなくなった。

「見事なものだ。さて、君はスマホは持ってるかね?」

「保護施設に入ってる小学生に、そんなの支給されないよ」

「そうか。なら」

 同じくサイドボードに置かれていたスマホに、俺の番号を登録して、いろはに渡した。

「これから、連絡は毎晩マメにすること。君にしても初めての高校生活は戸惑うこともあるだろうからね。色々とアドバイスさせてもらうよ」

 スマホをポケットに収め、キャリーケースを手にしたいろはは、

「支部長、おいらは必ず任務を成功させるよ。それで、誰を倒せば良いんですか?」

 ふむ、いきなり倒すと来たか。まあ、正義感溢れる少年にとっては、悪は倒すべき敵なのだろう。

「一番に倒すべきは最強と言われてる神尾龍子だろう。次は絵本命かな?しかし、直接戦闘は避けたほうが良い。なんといっても敵の懐に潜入するんだからね。正体がバレないよう上手くやってもらいたい」

「直接戦わないなら、一体どうすれば?」

「そうだな。絵本命は男だから色仕掛けで落とすという手もある」

「おいらだって、男だよ、支部長!」

「しかし、実際、女子生徒に化けてるんだ。使える手は全部使わないとね」

「うーん、自信ないな」

「だから、困った時はいつでも連絡すれば良い。アドバイスさせてもらうよ」

 俺は口八丁でいろはを巧みに乗せ、鳴神学園に送り込むのだった。


  第3章 いろはの狂想曲ラプソディー


 ひと悶着あった。龍子先輩が一人で鬼と戦うと言い出したからだ。詳しく話を聞いてみれば、確かに猛志先輩と萌ちゃんとは相性の悪い相手のようだ。それにしても一人で戦うのは、どうだろう?

「俺たちが足手まといとでも言いたいのかよ!」

「そこまでは言わないが、実際に攻撃も防御も通用しなかっただろ?あの喪崩って鬼と戦うには雷か火の属性の夢想士でないと無理だと言ってるんだよ」

「落ち着きなさい、二人とも。その喪崩という鬼は鬼神法の使い手よ。今回だけは神尾さんの言う通り、雷か火の属性の夢想士でないと対処出来ないわ。由良さん、入って来てちょうだい」

 理事長の呼び掛けに応じて部室に顔を出したのは、見たことがない女子生徒だった。黄色のリボンをしてる。3年生か。

「転入生の由良珠子さんよ。火の属性の夢想士だから、今回、神尾さんとパーティーを組めるかもね」

「由良珠子です。よろしくお願いします」

「よろしく、珠子先輩。あたしは神尾龍子です」

 2人はガッチリと握手を交わした。

「疑うわけじゃないけど、あなたの実力を少し見せてもらえますか?今回の敵はかなり強力なもので」

「さて、それじゃいくわよ」

 理事長が手を振ると、闘技場の隅に積んであるコンクリートの欠片が固まってゆき、巨大なゴーレムが完成した。

「始め!」

 理事長の合図と共にゴーレムが猛然と襲いかかってきた。由良珠子はわずかに身構え、

火炎五芒星ファイヤー・ペンタグラム!」

 呪文コマンド・ワードを唱えた。次の瞬間、燃え盛る五芒星が背後に浮き上がった。

一斉放射フル・ショット

 五芒星の頂点から5つの火球が発射され、ゴーレムの身体がグツグツと煮たってきた。

灼熱破壊砲レッド・ホット・ブレイカー!」

 今度は五芒星全体から強烈な炎の塊が発射され、ゴーレムは跡形もなく溶かされてしまった。

「素晴らしい!是非、あなたとパーティーを組みたい、珠子先輩」

 龍子先輩はいつも通りのノリで手を差し出すが、珠子先輩は少し戸惑っているようだ。

「ちょっと待てよ。龍子、お前本気で今のパーティーを解散するのかよ!」

 猛志先輩が憤った声を発する。それに対して龍子先輩は肩をすくめて理事長の反応を伺った。

「うーん、そうねえ。今回、問題になってるのは喪崩という鬼に対する備えだからね。あの鬼がいつどこに現れるか分からないし、当面、神尾さんのパーティーに由良さんを加えて、パトロールを続けるしかないわね」

「まあ、それが妥当ちゃいますか?ウチらのパーティーに瑠璃っちが参加してるように、あくまでゲストっゆうことで」

 空気の読める先輩、霧崎風子が場を取りまとめるように提案する。

「ちっ、まあそれじゃあ、その形で行くか。いまいち納得出来ないけどよー」

 不満顔の猛志先輩だが、それ以上異を唱えることはなかった。格闘では鬼にも引けを取らない猛志先輩だが、術を使う相手とは相性が良くない。それを自分でも自覚しているのだろう。

〈他人事じゃないわよ、命。あなたもまだB+ランク。術の得意な上級妖魔相手では似たような状況になるかもしれないわよ〉

 僕の頭に鎮座する白い子猫の姿をした使い魔、白虎がここぞとばかりに忠告してくる。

(分かってるよ。僕も今、新しい術を開発中なんだ。それが完成したら、かなり無双状態になるはずなんだ)

〈へえ。じゃあ今度のパトロールが楽しみね〉

 なんだか、皮肉られてる気がするが、ここは気がつかないフリをしておこう。とにかく、ミーティングが終了したので各自、自由行動となった。


 はー、何とか由良珠子として振る舞えている。あのコンクリートのゴーレムには驚いたが、由良珠子の能力が思ったより高かったので助かった。さてさて、今のところ、この学園が悪の巣窟という証拠がない。割りと真面目に妖魔討伐のミーティングをしてたりするし、思ってたのと少し感じが違う。

 ちょっと疑問に思ったので支部長に連絡を入れてみる。

(ああ、そりゃ闇の夢想士だって稼がなければいけないからだよ。妖魔を倒したら魔水晶を落とすだろ?)

「あー、あれか。綺麗だからコレクションしてあるけど、あれって売れるんですか?」

(君は知らなかったのかい?結構高額で買い取ってもらえるんだよ。だから職業夢想士だっているんだからね)

 知らなかった。じゃあ施設に戻ったら隠してある魔水晶、全部売っちゃおう。かなりのお金になりそうだ。

(ところで、まだ誰も目星はつけてないのかい?)

「目星?」

(おいおい、遊びに行ってるんじゃないんだよ。誰か一人でも戦闘不能に追い込まなきゃ)

 そうだった。でも、一体誰から攻めたら良いのか分からない。

(ふうむ、やはり色仕掛けで落とすしかないのかもな)

「だから、支部長。おいらは男なんだよ。そんなの出来ないよ」

(高校生くらいの男子なら女子の裸にメロメロになるだろう。絵本命相手に仕掛けたらどうだ?)

「あー、あの子猫を頭に乗せてる兄ちゃんかー」

 どうなんだろう?そういえば、いつもくっついてるお姉ちゃんがいたな。確か花園薫だったっけ?あの人に化けて裸を見せたらメロメロに出来るの?

 単に化けるだけなら触れる必要もない。あの顔さえしっかり真似すれば大丈夫だろう。

(とにかく、騒ぎを起こしてそれに乗じて誰か一人でも倒すんだ。君には使命があることを忘れちゃいけないよ)

「はい、分かりました」

 電話を切ると俄に不安になってきた。とりあえず部屋に設えられている姿見の前で花園薫の顔に変えてみる。ふーむ、見た目は完璧だと思うけど、あんまり自信ないなー。おっとリボンの色もちゃんと緑に変えておかないと。こういう細かいところからボロが出るかもしれないからな。

 おいらはとりあえず部屋から出て、女子寮を抜け出した。うっかり本人と遭遇しないとも限らないので、結構気を遣った。

 男子寮に向かって歩き出すが、上手い作戦が思い付かない。自販機のある渡り廊下に辿り着いた時、不意に話し掛けられた。

「やあ、薫ちゃんもジュース買いに来たの?」

 何と、絵本命本人がいた。驚いたけど、これは思わぬチャンスだった。

「そ、そうなの。喉が乾いちゃって」

 流石に声の調整まではしてないから、バレるかと思ったが、

「また、いつもの買うの?」

 って、いつもの!?薫はいつも何を飲んでるんだろう?声の調整どころではなかった。

「い、いや、今日は気分を変えて、違ったジュース買おうかなって思ってるの」

 おいら、ナイス!とりあえず硬貨を取り出し自販機に入れた。レモンスカッシュなんかで良いか。

 ジュースを取り出したおいらのことを、絵本命は不思議そうに眺めている。あ、あれ?何かまずったかな?

「珍しいね、薫ちゃん。前に炭酸は苦手って言ってなかったっけ?」

 ふわあ!?いきなりの凡ミス!

「き、気分転換よ、気分転換。今日は炭酸に挑戦してみたかったの」

 かなり、苦しい言い訳だったが、絵本命は気にした風でもなかった。

「ふうん、そうなんだ」

 はー、心臓に悪い。とにかくこのまま二人っきりになって、色仕掛けってのを試してみよう。

「み、命くん!」

「みことくん?どうしたの、急に。いつもはミーくんって呼んでるのに」

「あー、そうそう、ミーくん!ちょっと人のいないところにいかない?」

「夜の散歩?別に良いよ。中庭のほうに行こうか」

 二人して連れだって外灯に照らされた中庭までやってきた。人気のないベンチに二人で座る。

「ね、ねえミーくん。私のことどう思う?」

「私?いつもはボクっていってるのに、どうしたの?」

 くわー、ボクっ娘なのか、花園薫!色々設定があって、ややこしいな!

「ボ、ボクのことどう思う?」

「どうって・・同じパーティーの頼れる仲間だよ」

「そういうことじゃなくて・・・ ボクのこと好き?」

「ええ!?そ、そりゃ好きだよ。友達として!」

「友達じゃなくて、女の子としてどう思う?」

「女の子!?何を言ってるの、薫ちゃん?」

 えーい、面倒くさい!支部長の言う通り、裸を見せないとダメなのか?

 おいらはYシャツのボタンを外して一気に脱いだ。もう破れかぶれだ。

「か、薫ちゃん!何で!?」

 あれ?思った反応と違う。でももう後には引けない。

「好きなの、ミーくん!好きにして良いよ」

 絵本命の腕を掴んで引き寄せた。その弾みでおいらはベンチの上に倒れてしまい、覆い被さられる事態になった。左の乳房は思い切り掴まれてるし、顔がほんの少し唇を突き出せばキスが出来そうなほど近い。

 顔が熱くなって心臓が早鐘を打っていた。絵本命が女顔だからか恥ずかしいのに、キスをしたくなってきた。後、ほんの少し。おいらが目をそっと閉じると、

「こんなところで何をしているのですか?」

 急に声をかけられ、おいらと絵本命は飛び上がった。

「る、瑠璃ちゃん!違うんだよ、これは・・・」

 そこにいたのは、メイド服に身を包んだ土屋瑠璃だった。

「ええ、違いますね。今ここにいるのは薫さんではありません」

 いっ!?何故かあっさりバレていた。絵本命も気付かなかったのに、何故?

「薫さんは男の娘です。胸は平坦なはずなのに、何故今はおっぱいがあるのですか?」

 近づいてきた瑠璃はいきなりおいらの股間に手を突っ込んできた。

「うひゃっ!な、何を!?」

「思った通り、股間に男性の器官がありません。この薫さんは偽者です」

 花園薫は男の娘だったのか!そんな事前情報なかったし!

「た、確かにおっぱいがあるのが不思議だったけど、薫ちゃんの偽者?一体どうやって!?」

 思い切りバレていた。ここは三十六計逃げるに如かず。おいらは離れ飛ぶと、一目散に逃げ出した。

「待ちなさい!偽者が紛れ込んでるなんて、大問題!拘束させてもらいます!」

 瑠璃はそう宣言すると、ロケットみたいな勢いで追ってきた。おいらは渡り廊下まで辿り着くと、再び由良珠子に変身した。女子寮の前で呼吸を整えていると、

「失礼、ここに花園薫さんが来ませんでしたか?偽者なんですが」

「え、何を言ってるのですか?私は気分転換に散歩しようと思ったのですが、誰も来ませんでしたよ?」

 瑠璃はしばらくおいらの姿をしげしげと眺めていたが、

「そうですか。逃げられたようですね。失礼しました。お休みなさい」

「は、はい。お休みなさい」

 おいらは内心ホッとして瑠璃の後ろ姿を見送った。色仕掛け作戦、見事に失敗。というか、男の娘って!反則だよ、反則!おいらは疲れきって部屋に戻り、服を脱いでさらに変身を解いた。ああ、当たり前だけど本来の自分に戻るとホッとする。

 シャワーを浴びてスッキリすると、おいらはベッドに飛び込んで泥のように眠ったのだった。


 あたしは理事長の協力の元、熱電撃サンダー・ボルトの能力上げに励んでいた。数千度の電撃が回りのゴーレムたちをドロドロに溶かす。そして、今回は新たな技の開発に挑む。両手を前に突き出してプラズマを発生させる。一万度の灼熱の塊が大きくなってゆく。いかなる生命体も生きてはいられない必殺技だ。

太陽焼灼砲フレア・ブラスター!」

 前方に立ちはだかるゴーレムたちが、ドロドロのマグマに変じてゆく。

「OK、ここまでにしましょう。私も少し疲れたわ」

 理事長の言葉であたしも我に帰った。時計を見ると午後9時前だ。流石に訓練もお開きとなった。

「新たな技も生まれたし、また喪崩に遭遇しても、これで大丈夫でしょう」

「理事長、ありがとうございました!」

「礼は要らないわ。生徒が妖魔に殺されたら大変だからね。いつでも特訓に付き合うわよ」

 とその時、闘技場にミーくんと瑠璃が入ってきた。

「夜遅くにスミマセン。でもこれは理事著の耳に入れておくべきだと、瑠璃ちゃんが言うので」

「あら、何かしら?恋の相談ならいつでも受け付けるわよ」

 理事長が冗談を言うが、ミーくんは微妙な顔をしていた。まさか本当に恋の相談?

「あたしもいるけど、遠慮なく言いなよ。まさか、ミーくんと瑠璃が恋仲に?」

 あたしも慣れない冗談を飛ばしてみるが、反応は今一つだった。

「実はさきほど、花園薫の偽者が出現しました」

 瑠璃の言葉にあたしは、は?と間抜けな顔をしてしまった。

 詳しい話をミーくんと瑠璃から聴取するが、何だか要領を得ない話だった。

「つまり、薫の顔をした女が、ミーくんを色仕掛けで誑かそうとしたのか?それにしても、男の娘の薫に化けるとは間抜けな話だな」

 あたしはボイン姿の薫を思い浮かべて、思わず失笑してしまった。

「そもそも、何故その偽者は花園薫さんに化けたのかしら?命くんを誑かすなら、神尾さんのほうが成功しそうなものだけど」

 理事長の言葉にあたしも、は?と間抜けな顔になってしまう。

「り、理事長!僕を誑かす前提で話を進めないでください!」

「うーん、でも色仕掛けで来たんなら、やっぱりそういうことじゃない?命くんは神尾さんのことが好きなんじゃないかと思ってたんだけど」

「はあ!?何でそうなるんですか!た、確かに龍子先輩は憧れですけど・・・」

 ミーくんの顔が赤く火照ってきた。

「へえ、ミーくんはあたしのことが好きなんだ?」

 あたしは悪戯心でミーくんをいじる。

「そ、そりゃ好きか嫌いかって言われれば好きですが、それはあくまで先輩として憧れの対象という意味で!」

〈話がずれておるぞ。龍子。もしかしたら形態変化シェイプ・シフトの能力者かもしれん〉

 あたしの中の龍神が厳かに忠告を発した。

「話が大きくズレています」

 瑠璃が場を仕切り直すように、そう指摘してきた。

「あー、偽者の話だったな。悪い悪い。ん?でも、それが仮に闇の夢想士の仕業として目的は何なんだろ?どれ、ミーくん動かないで」

 あたしは両手でミーくんの頭を掴み、電気信号の流れを読み取ってゆく。

「うーん、また高見望の認識操作コグニション・コントロールかと思ったけど、それらしき痕跡はないね」

 あたしの言葉に理事長も同意する。

「こっちには神尾さんがいるから、術を仕掛けても無駄なのはあいつも分かってるはずよ。つまり今回のは認識を狂わせる術じゃなくて、形態変化シェイプ・シフトの可能性が高いわね」

形態変化シェイプ・シフト?」

 ミーくんの頭に?マークが飛び交ってるので簡単に説明する。

「早い話が変身能力だよ」

「変身って・・・そんな簡単に出来るものなんですか?身体はともかく、顔は薫ちゃんそのものでしたよ?」

「まあ、ランクにもよるけど、Aランクの夢想士なら見ただけでそっくりに化けられるわね。どんな能力を持ってるとか、詳しい情報を得るには対象者と接触する必要があるけど」

 理事長が簡潔にまとめて説明する。あたしは会ったことないけど、変身系の能力者は危険もあると聞いたことがある。

「変身系の能力者は身体を武器に作り替えることがあるけど、これが危険なのよ。徐々に能力に引っ張られて、人の心を無くす者もいるわ。こうなったら妖魔と同じね」

 そりゃ、ゾッとしない話だ。しかし、今回のケースは・・・。

「この学園に潜入したスパイ・・・しかし、まだ調査不足で今回のような間抜けな結果を招いた、ということですかね?」

 あたしは理事長に問いかけてみる。

「そうね。単にこちらを混乱させるのが目的ならまだ良いけど、もし暗殺を目的としてるなら、これは放って置けない案件ね」

「暗殺・・・か」

「そして、一番怪しいのは最近この学園に入った者、ということになるわね」

「珠子先輩ですか?でも、事前情報通り、火の属性の能力者でしたよ?」

「夢想士にはコピーキャットと呼ばれる者がいるわ。触れるか、いえ、触れなくても一度見た能力をそっくり盗んでしまう術士がいるのよ」

「待ってください、理事長。夢想士は一人につき一つの属性しか扱えないはずですよね?」

 少なくともあたしはそうだ。雷属性の術しか使えない。

「ええ、コピーキャットは例外中の例外よ。しかも、変身能力まで持ってるなんて、私も寡聞にして聞いたことないわね」

 理事長は肩をすくめた。相手の能力も盗める変身能力を持った夢想士か。そりゃちょっと洒落にならない。

「とにかく、しばらく用心するしかないわね。由良さんもそうだけど、いつの間にか仲間の一人に化けられてたら、簡単に寝首をかかれるわ」

 結局、それが一番洒落にならない事態というわけだ。

「とにかく、このことはここにいる者だけの秘密にしたほうが良いですね。スパイを炙り出すためにも、情報の共有者は少ないほうが良い」

「そうね。さて、もう遅いわ。みんな寮に戻りなさい。スパイの特定は私に任せておいて」

 理事長の鶴の一声で全員、闘技場を出て寮に戻った。スパイ容疑者がよりによって珠子先輩とは。喪崩に出会う前にこの問題は解決しておかないと。

〈喪崩はしばらく置いておいて、先にスパイをあぶり出したほうが良いと思うがな。パーティーで戦闘に入った途端、裏切られたら、非常に不味い状況になるぞ〉

 龍神は慎重な態度を崩さなかった。そりゃ確かに喪崩を相手にしている時は命懸けだから、その時に仕掛けられたら洒落にならない状況になるが。

(それまでにスパイを炙り出さないとな。でも、九分九厘、珠子先輩だと思うがな)

〈背中を任せるべき相手が闇の夢想士では、危険が大きすぎる。それまでに白黒つけたほうが良いぞ〉

(分かってる。でも、珠子先輩はそんな悪には思えないんだよな。)

あたしは龍神と話し合いながら自室に戻った。


 朝、目が覚めるとおいらは一番に支部長に連絡を入れた。色仕掛けはやっぱり無理だとハッキリ断りを入れる。

「そうか。なら、やはり一人ずつ暗殺するしかないか」

 支部長の言葉を聞いておいらは少し違和感が募った。妖魔を退治するのはスカッとするし、人のためになると実感出来たが、殺人となると話が違う。本当にそれが正しいことなのだろうか?

「暗殺って、何か正義の味方っぽくない。おいらには無理です、支部長」

「だからと言って、今さら由良珠子は偽者でしたって訳にはいかないだろ?じゃあ、誰かに変身して誰かを狙うフリをするんだ。互いに疑心暗鬼にさせて、信用出来ない状況をつくれば、パーティーの絆がガタガタになって、妖魔討伐どころじゃなくなるだろ?」

「うーん、それなら何とか。支部長、本当においらたちは正義なんですよね?」

「当然だ。出来るだけ鳴神学園をガタガタにしてくれ。後は俺が仲間たちと決着をつける」

 電話が切れた後、おいらはしばらく考えていた。仲間割れさせるのが目的なら、やはり攻撃を仕掛けるのが性に合ってる。

 さて、誰に?と考え、おいらは神尾龍子に化けることにした。初めて会った時に握手したが、あれである程度、どんな術を使うか把握出来ている。そして攻撃対象は剛猛志。二人は同じパーティーだが、あまり仲は良くなさそうだ。

 早速、神尾龍子に化けて姿見の前に立つ。うう、胸が苦しい!おいらは制服の胸の部分を少し大きくした。案外グラマーだな、神尾龍子。

 そして、朝食が始まるより少し早い時間に男子寮に向かう。事前に手に入れた部屋割り表で部屋を確認する。何だ、絵本命がルームメイトなのか。昨夜のことを思いだし、少し顔が火照った。違う違う!おいらは女の子に変身してたから気持ちが引っ張られただけだ。別に絵本命を意識してるわけじゃない!

 全てを振り切るため駆け出し、絵本命の・・・じゃない!剛猛志の部屋の前に立つ。うー、もう破れかぶれだ!

 ドアを開けると二段ベッドの上に剛猛志が、気持ち良さそうに寝入っていた。下の段に寝てる絵本命のことはなるべく意識しないようにしよう。

 おいらは人差し指を剛猛志に向けて突きだし、

稲妻狙撃ライトニング・ストライクス!」

 攻撃を行った。稲妻が迸ると、

「ギャー!」

 剛猛志は飛び上がり、そのまま床に叩きつけられた。

「うーん、何かあったんですか、猛志先輩?」

 絵本命が目を覚ましてしまったが、ここは剛猛志だけに集中しよう。

「て、テメー、何しやがる、龍子ー!」

 おいらはおもむろに近寄り、

熱電撃サンダー・ボルト!」

 二回目の攻撃を加える。

「ぎゃわー!!」

 剛猛志は動かなくなったが死んではないだろう。

「何するんですか、龍子先輩!・・・と待てよ。君はひょっとすると変身能力を持つ・・・」

 不味い!思ったより早く正体が露見してしまった。おいらはそのまま後ろを振り返らずに全速力で逃げた。人気のないところで由良珠子に変身する。もうバレたかもしれないがとりあえず演技は続けよう。

 時間をおいて学食に向かうと、何やら騒ぎになっていた。剛猛志が猛然と神尾龍子に食ってかかっていた。これで少しは成果が上がったかな?

「おはようございます」

 いきなり声をかけられ、飛び上がりそうになった。そこには困り顔の絵本命が立っていた。

「お、おはよう。何かあったの?」

「いやー、今朝方、いきなり龍子先輩が猛志先輩に電撃を食らわして。まあ、良くあることですよ」

 何ー!?良くあることなのか?あの二人はどんな関係なんだ?

「あの二人、幼なじみらしいんですが、そのせいか喧嘩は日常茶飯事なんですよ。今回のことも多分、大した理由はないと思うんですけどね」

 喧嘩が日常茶飯事?それじゃあ今回のことも有耶無耶になってしまいそうだ。仲違いさせるのも案外難しい。

「珠子先輩、気にせず食事してて良いですよ。すぐに収まるので」

 すぐに収まっちゃ困るんだよ!

 そう叫び出したい気持ちだったが、絵本命の前でそんなことは出来ない。

「分かったわ、それじゃ」

 おいらはその場を離れ、次の策を練る。と言っても良い案が浮かばない。放課後にはパトロールが待っている。何とかそれまでに、ある程度の成果をあげたい。


 おいらは神尾龍子のパーティーに加わり、パトロールを行っていた。ちゃんと妖魔対策をしている。鳴神学園は本当に悪の組織なんだろうか?

「龍子、本当にあれはお前じゃないんだろうな!」

「あたしがそんなセコいことするわけないだろ。お前に文句があったらその場でぶん殴る」

「殴るな!まずは話し合えよ!」

 絵本命の言ってた通り、仲が悪そうで実は良さそうな二人だ。

 じゃあどうする?もう一人花園萌がいるが、女子生徒は攻撃しにくいなー。おいら、というより、由良珠子がこのパーティーに加わったのは、かなり強い鬼がいるからそいつと遭遇した時の、臨時要員らしい。じゃあ、その鬼に出会っても手助けしなければ、自然とこのパーティーを潰せるかも?

「それにしても、惜しいな。今日の見回りが北東地区になるとは。北西地区ならまた喪崩に遭遇したかもしれないのに」

 神尾龍子が何やら愚痴っている。そこにガッチリした体型のおじさんが声をかけてきた。

「やあ、龍子ちゃん。久しぶりだね」

「あ、荒畑警部。お疲れ様です」

 警部!?鳴神学園は警察ともコネがあるのか?

「話しは聞いたよ。前回は苦戦したみたいだね」

「見たことのない術を使う鬼だったんですよ。北西地区はその後の治安はどうですか?」

「良くないね。昨日も行方不明者が出た」

 荒畑警部は眉間にシワを寄せて頭を振った。

「荒畑警部、ピンクの花びらを見かけたら一目散に逃げてください。あれは妖魔特捜課でも手に余りますよ」

「ふーむ、君がそんなこと言うのは初めてだね。そんなに手強いのかい?」

「物理攻撃は通用しません。夢想士でも限られた属性の、それなりのランクでなければ太刀打ちできませんよ」

「そうか。ならそれらしいのを見かけたら連絡するよ」

「ええ、是非そうしてください。すぐに駆けつけますんで」

 警察にも妖魔特捜課なんてのがあるのか。まあ、鳴神学園の生徒だけで全ての妖魔討伐は難しいだろう。警察にも妖魔を視ることが出来る人材がいるということか。でも、攻撃とかどうしてるのかな?待てよ、そういえば松戸博士が、妖魔を倒したら手に入る魔水晶を加工して、色々な物に応用する実験をしてたな。銃弾とかビーム砲とか。

 そんなことを考えていると、神尾龍子が振り返って声を上げた。

「とりあえず、情報屋に詳しい話を聞こう。喪崩のことも知っていたし、もう少し何か分かるかも知れない」

 そこは7階建ての雑居ビルで、情報屋というのはここで探偵事務所を構えているらしい。

 エレベーターで5階まで上ると、大神探偵事務所というプレートが貼られたドアがあった。

「おーい、情報屋ー。話が聞きたいんだけど」

 ノックをしただけで、返事も待たずにドアを開ける神尾龍子。せっかちだなー。

「おいおい、お嬢。返事もしてないのに勝手に開けるかい、普通?」

「まあまあ、あたしたちの仲じゃない」

 情報屋はいつものことと諦めたのか、タバコをくわえて椅子の背にもたれかかった。

「それで、何が知りたいんだい。まあ、見当はついてるが」

「そう、喪崩のことについて聞きたいんだ。あいつは北西地区にしか現れないのか?」

「まあ、俺の知る限りはね。北西地区には酒呑一族の結界があると噂されてるが、実際、幹部の遭禍や喪崩は北西地区での目撃情報しかないからな。もっとも、幹部はそう滅多に姿を現さないがね」

「だろうな。ところで喪崩ってのはどんな鬼なんだ?」

 情報屋はタバコに火を点けて、紫煙を天井に吐き出した。

「根本に死体が埋められた桜は、見事な花びらを付けるって話しは聞いたことあるかい?」

「なんだ、それ?都市伝説か?」

「というより、おとぎ話に近いがね。とにかく、殿様が花見の儀を執り行う春には、毎年うら若き乙女が生け贄に選ばれて桜の根本に埋められていたらしい。ところがある年、生け贄に選ばれた乙女と恋仲だった青年は、一緒に脱走したらしい。しかし、すぐに捕らわれ青年は乙女と共に殺され、桜の根本に埋められた」

「酷い・・・」

 それまで無言だった花園萌が呟いた。

「ああ、酷い話さ。そしてその年の桜の儀を執り行っていた最中、桜の根本からサクラ色の髪をした鬼が姿を現した。そして、殿様やその一行、儀式を行っていた村の者は皆殺しになったらしい。一般には流布されてない話だが、この時に生まれたのが喪崩だと言われてる」

 おいらは息を潜めて話に聞き入っていた。鬼にもそんな悲しい過去があったなんて。妖魔はただ人に害をなす化け物という認識しかなかったおいらには、カルチャーショックといっても良いほどの衝撃だった。

「何十年、何百年に渡る怨念が形を成した鬼だったのか、喪崩は。道理で手強いわけだ」

 神尾龍子は目を閉じ、天を仰いだ。黙祷でも捧げてるのかな?

「だが、事情がどうあれ我々としては人に仇なす存在は討伐しなきゃならない。夢想士ならば誰もがその覚悟をしているはずだ」

 神尾龍子の言葉には確固とした決意が見てとれた。夢想士としてはどんな事情があれ、妖魔は討伐しなければならない。その揺るぎない決意は本物に見えた。

 おいらはまたもや迷うことになる。このパーティーは、神尾龍子は、邪悪な存在に思えなくなってきた。鳴神学園の夢想士が、闇の夢想士というのは本当なのだろうか?おいらはとりあえず、結論を出すのは先延ばしにした。今のところ悪巧みをしてるような組織には到底思えなかったからだ。

 パトロールの最中も、見つけた妖魔は速やかに討伐していた。闇の夢想士は妖魔と手を結んでいるんじゃないのか?とにかく、こう疑問だらけでは下手に手を出せない。支部長を問いたださないといけない。おいらは正義の味方を目指しているのだから。


  第4章 土蜘蛛一族の緑刃


 僕は方術研究会の瞑想室メディテーション・ルームで新しい能力を開発中だった。華々しい戦闘向けでない僕は、攻撃でも防御でもない新しい能力が必要だった。丹田に練り上げた気の霊力を溜め込んで、僕はそっとその場を後にして闘技場にやってきた。

広々とした空間だが、壁際には修行で打ち捨てられたコンクリートの欠片が積み上がっていた。

 僕は手をかざしゆっくりと深呼吸を繰り返し、呪文コマンド・ワードを唱える。

絵画化イラストライズ!」

 ひときわ大きなコンクリートが消失し、僕の手の中にコンクリートのイラストの描かれたカードが収まっていた。

 成功だ!まだ無機物だけだが、いずれは有機物もイラスト化出来るはずだ。

 順調に修行の進んでる僕は少し浮かれ気味だった。

〈あまり、浮かれるのは考えものね。実戦で検証しないと効果のほどは分からないわよ〉

 僕の頭部に乗っかってる白い子猫姿の白虎が忠告してくる。

(分かってるよ。早速今日のパトロールから実戦使用する予定だよ)

〈戦闘中はわずかな油断が命取りになる。肝に命じておくのよ〉

(ハイハイ。何だか母さんみたいだな、白虎は)

〈玲子はストイックな夢想士だった。私という強力な使い魔を得ても、極力自分の能力で戦っていた。あなたにも同じストイックな夢想士になって欲しいから小言を言うのよ〉

(分かってるよ。母さんに追い付けるか分からないけど、僕なりに努力はしてるよ)

〈天は自ら助かる者を助く、って、言葉もあるわ。頑張りなさい〉

 最後まで手厳しい白虎なのだった。


 さて、朝食を食べるため学食に向かうと、珠子先輩と遭遇した。

「おはようございます、珠子先輩」

「あ、お、おはよう」

 視線を反らし僅かに顔を赤らめて校舎に入っていった。はて、何やら普通の反応じゃないな。スパイ疑惑が掛かってることに感づいたのかな?ともあれ、学食で龍子先輩に報告しておこう。

 いつものテーブルにトレイを持って行くと、

「ミーくん、おはよーさん」

 気さくなニューリーダー、風子先輩が元気に挨拶をくれる。

「おはようございます、って、あれ?龍子先輩たちはどうしたんですか?」

 いつもの指定席にいない。というか、テーブルと椅子が何脚か移動してあった。

「まあ、一応、別のパーティーになってもうたからな。それに向こうは新人さんも増えたから、別にせざるを得んかったわけよ」 

 それは珠子先輩のスパイ疑惑のことも関係あるのかもしれない。

「うにゅ、おはよーなんだよ、ミーくん」

 薫ちゃんが挨拶してきたので返しておいたが、この間の偽者騒ぎのせいで、変に意識してしまう。薫ちゃんは男の娘。だから、あり得ない、あり得ないんだ。必死に自分にそう言い聞かせる。

「何か顔が赤いで、ミーくん。風邪ちゃうか?」

 目ざとい風子先輩に鋭く指摘されてしまった。

「いや、何でもないですよ。それより、今日はどこをパトロールするんですか?」

「おお、やる気十分やな。今日は南東地区になると思うで。最近、行方不明者と謎の化け物の噂が絶えへんから、16区辺りを中心に回る予定やで」

「16区というと、以前にも土蜘蛛たちと戦った場所ですね」

「まあ、妖魔が沸きやすい場所ってあるからな。今日は一気に殲滅するで」

 風子先輩はやる気十分だった。僕も心を入れ替え、妖魔討伐に集中しないと。

 とはいえ、僕たちは学生なのでこの後、授業を受けないといけないけど。食事を終えると、またみんな、三々五々散っていった。


 俺は結界の入り口を見つけると認識操作コグニション・コントロールをフルに発揮しながら、中へと入っていった。前の結界より少し様子が変わった感じだ。一際高い位置にある玉座に黒に緑の混じった髪の妖魔が座っていた。なるほど、今回は親衛隊長の出番ということか。

「失礼するよ、緑刃りょくは殿」

「これはこれは、高見殿か。相変わらず神出鬼没ですな」

 土蜘蛛一族の幹部にして親衛隊長、緑刃はあまりご機嫌がよろしくなさそうだった。

「蒼威殿の代わりにここの管理を任されたのかな?」

「それを言わないでくれ!思い出すだに腹が立つ!我らの王妃的存在である蒼威様を一度は殺した夢想士、絵本命のことを考えるだけで憎悪の炎で身が焦がれる思いだ!」

「蒼威殿が復活して何よりですな」

 俺はやや引いて言葉を繋ぐ。副官の蒼威が殺されたのが、かなりトラウマになってるようだ。

「しかし、それなら朗報がありますよ。絵本命とそのパーティーが今日、この16区にパトロールに来るらしい」

「なんと!まことか、高見殿!」

「鳴神学園に潜入させてるスパイからの情報ですよ。まず間違いない」

「ならば好機!我ら鬼と並ぶ上級妖魔の力、思い知らせてくれる!」

 鳴神学園の夢想士のパーティーは持ち回りで鳴神市をパトロールしているから、いずれは巡りあっただろうが、これで少しは士気が上がるなら言うことなしだ。

「それでは俺はこれで。色々と忙しい身なのでね」

「おお、高見殿!情報の提供、感謝する!」

 辺りにいる土蜘蛛たちも一斉に頭を垂れる。俺はその中を悠々と歩き結界の外に出たのだった。


 俺はもう一つの案件で北西地区に取って返した。酒呑一族でも一番ヤバい喪崩が現れたことで、この辺りの妖魔たちも活性化していた。妖魔特捜課の連中も忙しくたち働いている。俺が現役の頃に一度合間見えたことがあったが、あの鬼の能力は異常だった。幸い、俺の認識操作コグニション・コントロールが通用したので、退避することが出来たが、でなければ今俺はここにいないだろう。

 あんなアンタッチャブルな存在とは直接関り合いになりたくないので、一旦、岩井邸に戻った。俺の部屋に安置してある水晶球の前に立つ。それに念を送ると酒呑一族と交信することが出来るのだ。

 しばらくすると、水晶に像が浮かび上がった。赤い髪に2本の黒い角。四天王の一人、遭禍そうかだった。美しい顔立ちをしてるが、酒呑一族きっての武闘派だ。

「これは遭禍殿、久しぶりですね」

「おー、夢想士同盟ユニオンの鳴神支部長か。復帰したのか」

「ええ。いつまでも教え子に任せておけませんからね」

「そりゃ結構なことだが、今回は何の用だ?何か夢想士組合ギルドにダメージを与えられる策でもあるのか?」

「土蜘蛛一族のほうには朗報がありましたがね。今回は少々聞きたいことがありまして」

「ほう、なんだ?」

「何故、喪崩さんが出て来たんです?あの方は少しやり過ぎるところがある。以前、俺が学生時代の時もどれだけの人間が犠牲になったことか。あまりやり過ぎると歴戦の勇者が出てきかねませんよ」

「ちっ、嫌な通り名を聞かせやがって」

 俺たち夢想士が喪崩がアンタッチャブルな存在なのと同様、アンジェラ・ハートは妖魔にとっては避けて通りたい存在なのだ。

「高見、お前にゃ悪いが喪崩はオレたちにも止められない。魔王の喰俄くうが様じゃなきゃ止められねーんだ」

「じゃあ、魔王に止めてもらうわけにはいかないんですか?」

「喰俄様は今回も喪崩のことを止める気はないらしい。10年に一度の謝肉祭ってところだな。あいつは10年眠り続け、目が覚めると食事を取ってまた眠る。目を覚ましてる期間はその時々でバラバラだ。今回はいつまで起きているのか、何人食らうのか、見当もつかねーよ」

「聞いてる限りでは幹部としての仕事はしてないように聞こえますが?」

 俺の言葉に遭禍は露骨に顔をしかめた。

「仕方ねーだろ。喪崩は喰俄様のお気に入りなんだからよ。オレもあいつの面倒なんか見たくねーが、喰俄様の命令だから仕方ねーんだ」

「神尾龍子のパーティーが喪崩さんを討伐するため、何やら特訓してたらしいですよ。どんな妖魔にも弱点はありますからね」

「言うじゃねーか。何ならオレを討伐してみるか、高見?」

 凄惨な笑顔で遭禍が挑発する。俺は肩をすくめて頭を横に振る。

「俺は夢想士組合ギルドを抜けた身ですよ。あなた方妖魔を討伐する義務なんかありません」

「ふん、文字通り食えねえ野郎だぜ」

 俺は苦笑して返す。

「俺も食われたくはないですよ。では、喪崩さんは放置で構わないんですね?」

「ああ、喪崩にとっちゃ夢想士も闇の夢想士も区別がつかねえ。下手に近寄ると食われるだけだぜ」

「分かりました。今回は我々も傍観させてもらいますよ」

 通信を終えると、俺は考え込んだ。今回、鬼の側をサポートする必要はなさそうだ。九十九いろはが神尾龍子のパーティーに加わったようだが、雷属性と火の属性か。それが喪崩対策の一環というなら、喪崩と戦う時にいろはに裏切らせれば良い。その後、無事に逃げられるかは彼次第だ。もろとも喪崩に食われるなら、所詮その程度だったということだ。

 さて、となると俺の部下たちには土蜘蛛一族の援護に回ってもらうか。金城英理などは早く暴れたがってたから、ちょうど良い戦場になるだろう。俺は蓮音にコーヒーを淹れてもらい、部下たちが帰ってくるのを待つことにした。


 授業が終わると僕たちは校門付近で待ち合わせした。今日も南東地区を回る予定だ。

「今日は16区辺りを回る予定やで。また土蜘蛛が襲ってくるやろから、みんな油断せんようにな」

 パーティーリーダーの風子先輩が今日の予定を発表する。

 土蜘蛛は強さでは鬼に少し劣るが数の多さが半端ない。人海戦術で来られたら、広範囲攻撃の術がないとかなり厳しい。まあ、いざとなれば白虎がいるけど。

〈最初から私を当てにするのは感心しないわね、命〉

 僕の頭に乗っかる子猫こと白虎が早速手厳しい意見を述べる。

(分かってるよ。君は最終兵器だから十分温存しておくさ)

〈私を非人道兵器みたいに言わないで。妖魔討伐は夢想士の仕事なんだから、あなたが自力で何でもこなさないと、意味がないわ〉

(大丈夫だよ。新しい術も開発中だしね。今日は実戦で通用するか判断するのに良い機会だ)

「うにゅ、何考えてるの、ミーくん?」

 気づくと薫ちゃんが顔を寄せて僕の表情を伺っていた。

「わわっ!な、何でもないよ、薫ちゃん」

「そう?何かボンヤリしてるよ」

「いや、気のせいだよ、気のせい」

 どうもこの間の一件以来、薫ちゃんを意識してしまう。薫ちゃんはどんなに可愛いくても男の娘なんだから、と自分に言い聞かせてるが、見た目も声も可愛いし、良い匂いがするから、どうしても気にせざるを得ない。

「お待たせしました。それでは行きましょう」

 最後の一人、瑠璃ちゃんがようやくやってきた。しかし、メイド服のままというのもどうなんだろ?

「遅かったな、瑠璃っち」

 風子先輩がポンポンと瑠璃ちゃんの肩を叩いて迎える。

「スミマセン、御主人様マスターのコーヒーを淹れていたら遅くなりました」

 ちゃんとメイドの仕事もやってるんだな。その勤勉さには頭が下がる。

「よし、メンバーも揃たし、ボチボチ行こかー」

 風子先輩の言葉で僕たちパーティーは、南東地区に向かった。電車で4つ目の駅で下りて、オフィスビルの立ち並ぶ街を歩く。

「この辺りのビルで働いてるサラリーマンの間では、巨大な蜘蛛にさらわれて食われるって噂が立ってる。実際、就業時間を早めて夜に出歩かない対策をしてるオフィスもあるらしいで」

「噂というか、まんまですね」

「まあ、中級妖魔の頃の土蜘蛛は、一般人には見えへんからな。蜘蛛の巣が見えた時には、すでに巨大な蜘蛛の餌食になってるってわけやな」

 オフィス街を歩きながら僕たちは魔力関知マナ・センサーで、周辺の警備を怠らない。ようやく気配が感じられた時には、僕たちパーティーはビルの間の路地に入り込んでいた。

 路地を抜けるとビル街の中に広大なデッドスペースが現れた。ちょっとした公園並みの広さだ。

「あっはっはー!掛かったな、霧崎風子!」

 その声には覚えがあった。細剣レイピアを構えた金城英理だった。その横には口許に笑みを浮かべる羽黒夜美の姿があった。そして、もう一人、今回初めて見る顔だが立ち位置からして、高位の闇の夢想士と思われる者が混じっていた。

「へえ、今回は支部長代理の岩井響子さんもお出ましかいな、珍しいな」

 風子先輩は喋りながら静かに術式を展開していた。いつでもカマイタチが放てるように。

「正直、私は気が進まなかったのですが、支部長の命令だから仕方なし、ですわ」

 新たな敵、岩井響子。どんな術を使うのか今の段階では分からない。僕もイラスト入りのカードを用意して、急襲に備える。

「私たちはあくまでサポート役ですわ。今日の主役は・・・」

 岩井響子が後ろの空間に手を振ると、結界の入り口が現れ、中から黒髪に緑がまだらに混じった妖魔が現れた。

「我が名は緑刃!この時が来るのを一日千秋の思いで待っていたぞ!絵本命!」

 え、僕!?土蜘蛛に恨まれる覚えは・・・全員ある。しかしこの緑刃という土蜘蛛の幹部は、明らかに僕に対して敵意のこもった視線を向けてくる。

「何や、ウチらのミーくんに個人的な恨みでもあるんかいな?」

 風子先輩は何気ない動作で僕の前に回り込んだ。

「大ありだ!我らの地母神たる蒼威様を殺したのは絵本命!貴様の使い魔だからな!」

 僕は思い出していた。一際巨大な土蜘蛛と戦い、深傷を負った僕に代わって白虎がその土蜘蛛を倒したのだった。

「身に覚えがあるから否定はしないけど、そもそも夢想士は妖魔を討伐する存在。逆恨みされても仕方がないな」

「そうか、認めるか。なら容赦せん。者共、奴らを食らうが良い!」

 言下に結界からわらわらと土蜘蛛の群れが沸いて出てくる。

「カマイタチ、乱れ打ち!」

 風子先輩は先手必勝で技を繰り出した。

死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデン!」

 薫ちゃんが地面に両手をついて術式を展開する。

「あの妖魔の狙いがあなたなら、私が守りましょう!」

 瑠璃ちゃんが宣言し、放たれた矢の如く、緑刃に迫った。

「邪魔をするな、この土人形が!」

 緑刃の身体が見る見る巨大化してゆく。全長15メートルはあるだろうか。巨大蜘蛛は4本の脚でしっかり身体を支え、残った4本の脚で天地左右、あらゆる方向から攻撃をしてくる。瑠璃ちゃんに加勢しようとする僕の前に無数の影の触手が襲ってきた。羽黒夜美か!

「フフフ、今回は確実に仕留めさせてもらいますよ」

「させるか!火球ファイヤー・ボール!」

 僕の放った攻撃は影の壁に跳ね返されて散った。お返しとばかりに無数の影の触手が、僕を串刺しにしようとする。

 風子先輩は金城英理と対峙して、激しい戦闘を繰り広げている。薫ちゃんはとにかく土蜘蛛が近寄らないように緑の蔓で拘束して、薔薇之銃ガンズン・ローズで止めを刺していた。

(白虎!とりあえず顕現して、苦戦してるメンバーを援護して!僕は瑠璃ちゃんのサポートにゆく!)

〈分かったわ、十分気をつけなさい!〉

 僕の頭に乗っていた白い子猫が巨大化しながら、宙を駆け上がってゆく。幻想種の白虎。支配種の鬼や土蜘蛛ですら及ばぬ神獣だ。

 僕は長剣ロング・ソードを手に瑠璃ちゃんの元に駆けつけた。彼女のメイド服はズタズタになっている。しかし、身体は金剛石で出来ているので無傷だ。激しく打ち合っている両者の間隙を縫って、僕は剣を土蜘蛛に突き立てた。緑刃は咆哮を上げて攻撃の手を僕に切り替えた。

「蒼威様のお命を脅かした貴様は絶対に許さんぞ!」

 攻撃が止んだのを逃さず、瑠璃ちゃんは飛び上がって重いパンチを緑刃の顔面に叩き込んだ。

「うぬっ、目障りな土人形め!」

 煌めく無数の糸が瑠璃ちゃんの身体を拘束して、無力化した。

 そして、再開される4本脚の猛攻。僕は疾走状態オーバー・ドライブに滑り込んで、その猛攻を何とか凌ぐ。

 そして、煌めく糸が見えた時、

防御結界プロテクト・フィールド!」

 間一髪で結界を張り糸で縛られるのを回避した。この鉄鋼糸で全身を絡めとられると、輪切りにされてしまう。

空想之銃イマジン・リボルバー!」

 僕の呪文コマンド・ワードに応じて右手に回転式拳銃が顕現した。両手でホールドし緑刃目掛けて連射する。念を込めてあるので、妖魔特捜課の使う銃弾より威力はある。

 しかし、相手は巨体なのであまりダメージを負ったようには見えない。

「小賢しい!覚悟しろ、絵本命!」

 緑刃が攻撃してくる前に、

絵画化イラストライズ!」

 鉄鋼糸で動きを封じられた瑠璃ちゃんの姿が消え、僕の手にカードが現れる。瑠璃ちゃんは人間じゃないから術が掛かった。

「それ、現実化リアライズ!」

 僕の手元から弾丸のように飛び出した瑠璃ちゃんが、緑刃の顔面に蹴りを叩き込んで転倒させた。

「よし、今だ!」

 緑刃の頭部に銃弾をぶちこもうとした時、またもや影の触手が僕の身体を貫こうと襲い掛かってくる。羽黒夜美め、とことん邪魔してくれる。銃口を向けた時には姿が消えていた。と思いきや、影移動で僕の影から姿を現し、手にした細剣レイピアで刺殺しようと試みる。

 それをかわし、空想之銃イマジン・リボルバーで連射しても、その時には再び影に潜り込み、遠方に姿を現す。本当に嫌らしい戦闘方法を使うな、羽黒夜美は!

「フフフ、多勢に無勢ですよ。ほら、花園薫さんは処理が追い付かなくてパニクってますよ」

 目を転じると次々に土蜘蛛が拘束されて、その上を乗り越えて薫ちゃんに迫る群れがいた。

「ひゃあー!助けて、ミーくん!!」

「ふふ、行かせませんよ」

 羽黒夜美が立ちふさがるが、僕には秘策があった。

「広範囲、絵画化イラストライズ!」

 僕の呪文コマンド・ワードで溢れる群れが全て一枚のカードに封印された。

 やった!実戦での検証は成功だ!僕には広範囲攻撃の術はないけど、結果的には同じ効果を上げられる術式が完成した。

「驚きました、まさかこんな術が使えるとは」

 羽黒夜美は僕から距離を取って口許だけで笑う。

「さあ、どうする?妖魔だけじゃなくて、人間でもイラスト化されるかもしれないよ?」

「それはゾッとしない話ですね。いいでしょう。あなたに恨みがあるのは緑刃という、土蜘蛛の幹部ですからね」

 スーッと自分の影の中に姿を消しながら、羽黒夜美は撤退した。僕はリボルバーを連射しながら、薫ちゃんの元に急ぐ。

「えーん、怖かったよー!ミーくーん!」

 薫ちゃんに抱きつかれて、一瞬クラっとなったが、恐ろしい数の土蜘蛛が蔓に拘束されてるのを見て、僕は気持ちを入れ換えた。空想之銃イマジン・リボルバーで拘束されてる土蜘蛛を始末し、乗り越えてくる群れは全てカードに変えた。こりゃかなり魔水晶を稼いだな。

 凄まじい異音がしたので目をやると、ビルが一棟倒壊するところだった。あれは金属を操る金城英理の仕業に違いない。全く誰が後始末すると思ってるんだ、あの壊し屋め!

「これ以上、暴れさせんで!空間拘束スペース・バインド!」

 風子先輩の呪文コマンド・ワードで金城英理の全身が見えない大気で覆われた。

「あっはっはー、なんだこれ?痛くも痒くもないんですけどー?」

酸素遮断オキシジェン・インターセプト!」

 風子先輩の呪文コマンド・ワードで異変が生じた。金城英理が口をパクパクさせながら、胸をかきむしっている。うわー、酸素欠乏か。苦しそうだ。

 と、油断していたら蜘蛛の巣が頭上にあった。

「おっと、防御結界プロテクト・フィールド!」

 間一髪のところで結界を張ることが出来た。見ると瑠璃ちゃんが鉄鋼糸でぐるぐる巻きにされていた。緑刃か!流石に幹部だけあってしぶといな。

「貴様だけは、この俺が殺す!」

 試みに手をかざして、

絵画化イラストライズ!」

 呪文コマンド・ワードを唱えてみるが、流石にあれだけのエネルギー量を持つ存在は、カードに変えることが出来ない。

「覚悟しろ!」

 緑刃が怒涛の勢いで迫って来た時、

〈お待たせ〉

 そんな場違いな言葉と共に、緑刃の左半身が吹っ飛んだ。

 恐ろしい数の土蜘蛛たちを始末し終えた白虎の虎パンチ一発で、一気に形勢は逆転した。

「な、なんのこれしき、俺はまだ倒れんぞ!」

 見上げた根性だが、そんな緑刃に向けて僕は手をかざす。

絵画化イラストライズ!」

 エネルギー量を大幅に減らされた緑刃は難なく僕の手の中にカードとして囚われた。

「恨むなよ」

 僕は手にしたカードを千切った。すると、大振りの魔水晶が地面に転がった。

 頂こうと手を伸ばしたら、またもや轟音が響いて、コンクリートで出来たゴーレムが数体、出現した。

「なんだこれ?まるで理事長みたいだな」

〈岩井響子というのは土属性の夢想士よ。さっきまでゴーレム軍団と戦っていたんだけど、壊しても壊しても復活するから始末が悪いわ。命、あれはイラスト化出来ないの?〉

「やってみなきゃ分からないけど、やるしかないか」

 襲い掛かってくるゴーレム軍団に向けて、白虎が駆ける。僕も両手をかざし、呪文コマンド・ワードを唱える。

絵画化イラストライズ!」

 ゴーレムの一体が消失し、僕の手にカードとして保存された。

 後は僕と白虎の独壇場となった。

「どうやらここまでのようですわね。土蜘蛛の幹部が倒れた今、私たちが戦いを続ける意味がありませんわ」

 岩井響子は一方的に宣言し、戦闘の終了を告げた。

「そっちになくても、こっちにはある!逃がさへんで!」

 風子先輩のカマイタチが岩井響子に迫るが、バラバラになったコンクリートがまた集合してゴーレムとなり、攻撃を遮る。

絵画化イラストライズ!」

 僕はゴーレムをカード化するが、その時にはもう闇の夢想士たちは姿を消した後だった。

「くそっ、逃げられた!まあ、土蜘蛛の幹部を倒したから、戦果はあったってところやな」

「それだけじゃないですよ。魔水晶が山ほど落ちてます。全部回収しましょう!」

「まあ、半分は公的基金に持っていかれるけど、これだけあったらしばらく小遣いに困らへんな」

 風子先輩は相好を崩して、魔水晶集めに取りかかった。僕と薫ちゃんは顔を見合わせて笑った。

「この水晶を集めれば良いのですか?」

 瑠璃ちゃんが協力を申し出るが、その前にメイド服がズタズタでかなりあられもない姿になっていた。

「ちょっと待って瑠璃ちゃん。今すぐメイド服のイラスト描くから」

 僕は苦笑しながらまっさらのカードにメイド服を描き始めた。


  第5章 龍子V5喪崩


 おいらはあまり戦果を上げられない代わりに、鳴神学園の内部について調べられるだけ調べて、支部長に報告していた。まあ、普段学園は多重結界で守られてるから、あんまり意味はないとおもうけど。

「それで?神尾龍子のパーティーはいつ北西地区のパトロールに行くんだね?」

 スマホの向こうから支部長の声が聞こえる。最初の頃に比べると随分冷たい口調に聞こえる。仕方ないよね。思うような戦果を上げられないんだから。だけど今日それも終わりになるかもしれない。

「今日です。神尾龍子以外はピリピリしてますよ。喪崩ってのがどんな鬼か知らないけど、かなりナーバスになってる」

「ふむ、そうか。もし喪崩に出会ったら君はさっさと姿をくらましたほうがいい。巻き添えを食って、食われたくなければな」

「・・・支部長なら勝てるんですよね、その鬼に?夢想士は妖魔を討伐するのが仕事です。神尾龍子たちが倒されたら、喪崩って鬼は支部長たちが倒すんですよね?」

 しばらく無言が続いたが、

「当然だろ?対策もある。だから君は戦闘になったら真っ先に逃げるんだ。良いね?」

 しつこく念押しされて電話は切れた。本当に対策はあるんだろうか?神尾龍子は打倒、喪崩のために連日模擬戦を行っている。妖魔討伐のために打ち込んでいるのに、おいらは何をしてるんだろう?

 いっそ放課後なんて来なきゃ良いのに。そう願っても時間は立ち止まらない。放課後を知らせるチャイムが鳴ると、渋々と下校の用意をして、一度女子寮に戻りカバンを置いて校門に向かう。

 今日はあらゆる意味で正念場だ。いよいよ神尾龍子を始めとするパーティーを打倒する日である。悪人とは思えない連中を極悪な鬼に差し出すのが本当に正義なのか。今になっても未練がましく考えてしまう。

「早いですね、珠子先輩」

 いきなり声をかけられ、思わず飛び上がりそうになるが、神尾龍子が挨拶をしただけだ。落ち着け、落ち着け、自分!

「ええ、ホームルームが早く終わったので。他のみなさんは?」

「みんな、日直とか掃除当番とか色々ありますからね。しかし、今日はいよいよ喪崩との対決か。まあ、現れるかどうか分かりませんけどね」

「神尾さんは勝算があるの?」

「この世に絶対はありませんからね。人事を尽くして天命を待つ、ですよ」

「オース、お待たせ」

 剛猛志と花園萌が校門にやって来た。いよいよ作戦決行か。でも、おいら自身は喪崩という鬼は見たことないので、どれだけ強いのか分からないが、雷か火の属性を持つ夢想士でないと勝負にすらならないという。だから、もし喪崩に遭遇したら神尾龍子と由良珠子だけで戦うという作戦が立てられている。しかし、そこでおいらが手を貸さなかったら、神尾龍子は殺されるかもしれない。

 支部長の作戦に従うのか、それとも神尾龍子に手を貸すべきなのか?おいらはこの期に及んでも決心がついてない。出来れば喪崩に出会わなければ良いのに。しかし、パーティーは北西地区に向かって移動を開始した。おいらも覚悟を決めなければならない。


 北西地区120区は、学園のある中央区にほど近い場所なので、一行は徒歩でパトロールを開始した。未だに改修作業中の武藤家の前を通りすぎ、高層ビルの立ち並ぶ地域までやって来た。

「みんな、魔力感知マナ・センサーで辺りを探ってくれ」

 あたしは指示を出して先頭を歩く。もし、喪崩に出会ったら猛志と萌には撤退してもらう。そして、あたしと珠子先輩で花びらを燃やし尽くす段取りになっている。珠子先輩には夢想士同盟ユニオンのスパイだという疑惑があるので、100%信頼しているわけではないが、どのみち、あたしは一人でも喪崩と戦うつもりなので、そこは考える必要はない。

 と、そこであたしのスマホが震えた。確認すると、荒畑警部からだった。

「荒畑警部、どうしました?」

(龍子ちゃん、大量に中級妖魔が沸いてる地域がある。121区だ。それだけなら良いが、ピンクの花びらを確認した。とりあえす、特捜課の部隊で封鎖してあるので、来てもらえないかね?)

「分かりました。警部、内部には入らないでください。すぐに駆けつけますので!」

 スマホを仕舞うとあたしはみんなに向かって報告する。

「みんな、中級妖魔が沸いてる地域があるらしい。しかもピンクの花びらが確認されてる。すぐに討伐に向かうぞ!」

 現場に駆けつけると、現場には黄色いテープが張られ、荒畑警部がパトカーの無線で指示を出していた。

「荒畑警部!」

「ああ、龍子ちゃん。現場の周りは特捜課で封鎖してある。我々の支援は必要かい?」

「必要ありません。あたしたちのパーティーだけで乗り込みます。封鎖を解かずに待機していてください」

「分かった、気をつけるんだよ、龍子ちゃん」

「はい。よし、行くぞ、みんな!」

 黄色いテープをくぐり抜け、全員でビルの谷間の路地に入って行く。しばらく進むと解体作業中の場所に出た。足場もバラされて重機が2台放置されている。そこにオーガタイプの中級妖魔が数体、姿を現した。

「よし、ここは俺に任せろ!武装化アームド!」

 猛志が強化服パワード・スーツをまとって特攻する。

「あれくらいなら、猛志一人でも楽勝か」

 そう思ったのだが、今度は昆虫タイプの中級妖魔が現れた。喪崩が出現してから、やたら中級妖魔が沸くようになっているようだ。

「萌!」

「はい!死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデン!」

 萌が地面に手をついて術式を展開する。

稲妻狙撃ライトニング・ストライクス!」

 あたしは植物の蔓に拘束された中級妖魔に向けて攻撃する。

炎之五芒星ファイヤー・ペンタグラム!」

 珠子先輩も術を発動し次々現れる中級妖魔を、燃やしてゆく。

 その時、一際大きな魔力を感知した。

「現れたか!?」

 ピンクの花びらがひらりと舞った。ロリータ服を着た、ピンクの髪に2本の黒い角を持った鬼が姿を現した。

「この間の連中か。また尻尾を巻いて逃げるのかえ?」

「猛志!萌!撤退しろ!」

 あたしの警告で二人は討伐を止め、もと来た路地のほうへ撤退する。

戦闘領域バトル・フィールド!」

 あたしは周りに被害を出さないよう結界を張った。ピンクの花びらが雪のように降り注ぐ。

「飲まれるが良い。無謀な夢想士よ」

 喪崩が両手を上げると桜の花びらが恐ろしい勢いで地面から沸いてくる。すでに胸まで花びらに埋まった。

「珠子先輩!」

 振り向いたが、そこに珠子先輩の姿はなかった。猛志たちと一緒に撤退したのか!?いや、この場はすでに花びらの海になってる。いち早く飲まれたのかも?

「どちらにせよ、やるしかない!熱電撃サンダー・ボルト!」

 あたしの身体から電撃が放出され、周りの花びらが燃えて塵と化していく。

「ほう、雷で花びらを焼くか。良い手ではあるが、私は遭禍よりも強いぞ」

 焼かれて花びらが消えて行くが、そこに上から大量の花びらが落ちてくる。

「桜花繚乱!」

 予想以上の花びらの猛攻撃だが、怯んではいられない。

手之焼灼ハンド・プラズマ!」

 あたしは両手にプラズマを発生させて、それをどんどん巨大化させてゆく。1万度の高温のプラズマはあたしの周りの花びらを容赦なくかき消して行く。 

「己れ!小癪な!」

 喪崩は怒りの表情を浮かべ、更なる花びらを投入するが、あたしの周りをゆっくりと回りだしたプラズマは、容赦なく焼き付くしてゆく。

「そろそろトドメを刺してやる!太陽焼灼砲フレア・ブラスター!」

 あたしの前にかざした両手から、特大のプラズマ球が発射された。喪崩はそれに飲まれて消し炭になったかと思われたが、

「む?本当に焼き尽くされたのか?」

〈気をつけろ、龍子。膨大な魔力はまだ残っている。向こうにはまだ秘策があるやもしれんぞ〉

 龍神が警告する。確かにまだ気配が色濃く残っている。

 辺り一面に積もった花びらを、プラズマを操作して焼いてゆくが、

「うわっ!」

 地面が花びらと化していて、あたしの身体はズブズブと飲み込まれてゆく。

「くそっ、熱電撃サンダー・ボルト!」

 花びらは焼かれるが身体が沈んで行くのを止められない。

「はっはっは!桜花のるつぼに飲まれて死ぬが良い!」

 喪崩の声が聞こえた。かなりしゃがれた声だった。やはり無傷ではなかったのだ。あたしの攻撃でダメージを負ったので、奥の手を出したということか。

〈用心しろ!手負いの鬼は危険だぞ。まずは重力操作グラブィティ・コントロールで抜け出すのだ!〉

 龍神がアドバイスをくれるが、あたしは敵を倒すことしか頭になかった。

「なら、もう一度だ!」

 あたしは声の聞こえた方向に、

太陽焼灼砲フレア・ブラスター!」

 再度の究極攻撃を放ったが、どうなったかは分からない。あたしの意識が遠くなってきたからだ。

「龍子さーん!」

 あたしを呼ぶ声が聞こえた気がしたが、そこで完全に意識を失った。


 今年もこの季節がやって来てしまった。花見の儀が執り行われる春がやって来た。今年は私が生け贄に決まっていた。清吉さんは何とかすべく、私と話し合っていた。

「ダメよ、清吉さん。逃げようとしても逃げられない。必ずお殿様の手の者が追って来るわ」

「だからって、このまま大人しく生け贄になるのか?伝統行事がなんだ!好きな女をむざむざ殺されてたまるか!」

「清吉さん、あなたまで殺されてしまうわ」

「構いやしねえ!こんな村に未練はねえ。俺と一緒に逃げよう、お鷹!」

「清吉さん、嬉しい」

 二人、しっかりと抱き合った。花見の儀が行われるのは明後日。だから今夜のうちに村を出てしまえば、私は殺されずにすむ。その夜、私たちは旅支度をして手を取り合って村を出た。

 しばらく何も言わず黙々と歩いていたが、馬の蹄の音が聞こえた。それも一頭ではない。何頭も。まさか、もうお殿様の手の者に感づかれたのか!?

「お鷹、走るぞ!」

 私たちは必死に走ったが、所詮馬の早さには敵わない。馬に乗った武士たちが、清吉さんと私の周りを囲んだ。

「このうつけ者どもめ!神聖な花見の儀を、なんと心得る!」

「お願いだ、お侍様!このまま行かせてくだせえ!若い女なら他にもいるでねえか!」

「己れ!無礼者が!」

 馬を降りた武士が刀を抜く。

「逃げろ、お鷹!」

 清吉さんが私を庇って前に出る。武士達はそれをいとも簡単に斬り捨てた。

「清吉さーん!」

 清吉さんはすでに虫の息だ。私は武士達にいとも容易く縛り上げられた。

「その死体も持ってこい。屍が多いほど桜も咲き乱れよう」

「清吉さん・・・なんで、なんでこんなことに」

「ふんっ、女、ありがたく思え。おそれ多くも殿の役に立てるのだ。こんな光栄なことはあるまい」

 私はずるずると引きずられ、桜の根本に掘られた大きな穴を覗かされた。数えきれない白骨が埋まっている。鬼だ、鬼畜の所業だ。

「村長、これはどうしたことだ!生け贄に逃げられるなど、花見の儀を何と心得る!」

 年老いた村長以下、花見の儀を執り行う司祭どもは、土下座で許しを乞うていた。

「申し訳ございません!すぐに生け贄を捧げますので、どうかご容赦を!」

「ふん、始めろ!」

 私は穴の縁に座らされ、神主が畏まって祝詞を唱え始めた。私は急に滑稽に思え、大声で笑った。

「こらっ、お鷹、何笑ってるだ!神聖な花見の儀の前夜祭ぞ!」

「お前たちは今まで数えきれない数殺してきたな!こんな子供だましの催しのために!お前達の行く末は地獄だ!地獄の悪鬼に責め苛まれるのがお似合いだ!人の皮を被った鬼畜どもが!」

 私の口は勝手に動き、この場に集う愚か者たちを糾弾する。

「己れ、女!桜の儀を子供だましだと!?数百年に及ぶ儀式を軽んじるつもりか!」

「お前たちは地獄に巣くう餓鬼だ!早く地獄に帰れ!」

 私は武士の足元につばを吐いた。

「己れ、無礼者が!」

 武士が刀を抜き袈裟斬りに私は斬られた。深い穴の底に落ちて行く。気づいたら清吉さんが隣にいた。虫の息だがまだ生きている。私もすぐには死なないだろう。だが、連中は早くも土をかけて穴を埋めようとする。

 生き埋めにする気か!

 清吉さんの手を握り私はありったけの呪詛を吐き続けた。村中の者がくわを使って、誰が先に穴を埋められるか競争しているようだ。

 貴様たちも同罪だ!この恨み必ず晴らしてくれる!!

 やがて、穴はすっかりと埋まり、儀式の実行会は畳や灯籠、酒や料理の用意に忙殺された。

 そして、花見の儀を執り行う日がやって来た。殿様がカゴに揺られてやって来た。

「殿、着きましてございます!」

「うむ」

 カゴを出た殿様は一際巨大なしだれ桜に見入った。

「うむ、今年の桜も見事な花をつけておるのう」

 桜の根本辺りに設えられた畳の上まで行き、殿様は座布団の上に座った。

「これ!早く酒の用意を!料理も早く持って来るのだ!」

 村の実行会は大忙しでたち働いていたが、お付きの武士たちは周辺の警護に当たっていた。

 やがて、料理に舌鼓を打ち、酒に酔った殿様は家老に尋ねた。

「この桜は一体今まで、何人の血を吸ってきたのかのう?」

「おそらく、数百人くらいかと」

「はっはっは!そやつらも幸せだろうて!この儂の目を楽しませることが出きるのだからな!」

 呵呵大笑する殿様の前で土がはぜた。何かが這い出てこようとしているみたいだ。

「お、おい、誰か!そこの土を調べてみい!」

 武士の一人が押っ取り刀で駆けつけ、調べようと屈んだ瞬間、土から伸びた腕がその顔を掴んだ。

武士は悲鳴を上げて刀で地面を滅多突きにするが、その頭はまるでスイカのようにあっさりと潰された。

 土をかき分け姿を現したのは、桜色の髪をした2本の黒い角を持った鬼だった。

「ひいいー!鬼じゃ!者共、出合え出合えー!」

 殿様の命で武士達は刀を抜いて鬼の周りを取り囲む。

「はっはっはっはっはー!」

 鬼は大笑いしてその波動で武士達がジリジリと下がって行く。

「貴様ら、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる!」

 鬼の狂気に満ちた呪詛に耐えきれず、武士達は一斉に斬りかかった。その瞬間、地から大量の花びらが湧き出して全てを飲み込んでゆく。

「うわー、助けてくれ!」

「か、刀が動かん!身体が飲まれる!」

「ひいいー、お助けをー!」

 見渡す限り全てが花びらの海となり、殿様も武士達も実行会の村の者も、全てが飲み込まれてゆく。

「はっはっはっはー!貴様ら全員桜の花びらの藻屑となるが良いわ!」

 村全体が花びらに覆われすっかり飲み尽くされた頃、空中を歩いて近づいて来る者がいた。鬼は顔を上げその姿を見た。

 筋骨隆々の頭に黒い角2本、白い角2本を持った鬼がそこにいた。

「生まれたばかりというのに、この能力。お前は幹部に相応しい。この喰俄の元に来い。お前にはその資格がある」

 ノコギリの刃を引くような獰猛な声であった。生まれたばかりの鬼はその声に奇妙な安心感を覚えていた。

「お前は、そうよな。これからは喪崩と名乗るがいい」

 差し出された手を掴み、喪崩は酒呑一族の幹部となった。夢想士たちが駆けつけた時には、辺りには大量の桜の花びらが残っていただけだった。これが後に酒呑一族きっての危険な鬼、喪崩の誕生の物語となった。


 あたしは不意に目が覚めて、慌てて立ち上がった。花びらの海に飲まれて気を失ったところまでは覚えている。

「良かった、目が覚めたんだね、龍子姉ちゃん!」

 見知らぬ小学生が声を掛けてくるが、全く状況が掴めない。

「目が覚めたか。今回はなかなか危ない状態だったな」

 この声は・・・いや、まさか!

「ア、アンジェラさん!?どうしてここに?」

流れるような金髪に碧眼、革ジャンにダメージジーンズの出で立ちは、まごうことなくアンジェラさんだった。

「マディから連絡が入ってたんだ。お前が喪崩と対決するってな。必要な用事を済ませて日本にやって来たのは良かったが、現場には瀕死の喪崩と変身能力を持つ小学生がいた。喪崩にトドメを刺そうとしたところで、喰俄が現れてな。ひとまずこちらは瀕死のお前と小学生しかいなかったからな。とりあえず、今回は引き分けということで話をつけた」

「魔王、喰俄と会ったんですか!?」

「昔、一度だけ戦ったことがある。街一つ廃墟になっても決着がつかないから、私たちが直接戦うことは避けることにしたんだ。それ以来、強力な夢想士を育てることに専念してきたんだが・・・」

 そこで、ジロリとアンジェラさんに睨まれたが、今回は仕方ないでしょ!あの喪崩って鬼は規格外過ぎる!

「それに、この子は何なんだ?喪崩の背後を取って炎で攻撃し、剣でトドメを刺そうとしてたんだが?」

「ゴメンなさい、龍子姉ちゃん!おいらはユニオンの支部長に騙されて、あなたたちが闇の夢想士で悪だと教え込まれてて。でも、命をかけてあの喪崩と戦ってる姿を見て目が覚めたよ!」

 いきなり、まくし立てられたが、要するに変身能力を使って由良珠子になりきって、あたしたちを倒すつもりだったのか。

 待てよ、この子が偽者ってことは、本物の由良珠子は?

「意識不明で病院に入院してるよ。支部長が術を解かないと永遠に目を覚まさない」

「高見望め、卑怯な真似を」

「相手は闇の夢想士だぞ。卑怯な手を使うのは当たり前だ。とりあえず、マディも含めて最善の策を考えるんだな」

「え?って、アンジェラさんは手伝ってくれないんですか?」

「私のスケジュールは一杯だ。今日、ここに来れたのもたまたまだったんだぞ。そろそろ私に頼らず問題解決してもらいたいな」

 アンジェラさんが忙しいのは分かってるが、あたしたちだけで解決出来るのか?この問題。

〈やれやれ、我の警告を無視するからこんな事態を招くのだ。アンジェラにお灸を据えてもらうが良い〉

(そういうなよ、龍神。これからは、あんたの忠告もちゃんと聞くから)

 やれやれ、四面楚歌だな。

「おーい、無事か?龍子!」

「え、ちょっと待って!アンジェラさんがいる!?」

 撤退していた猛志と萌が驚きの表情を浮かべている。まあ、気持ちは分かる。

「さて、後は若い者たちで力を合わせて頑張れ」

 ウインクを決めたアンジェラさんの姿が突然かき消えた。空間転移スペース・ワープか。あの人の場合、アメリカまで行けるのが凄いよな。

「ところで、君の名前は?まだ聞いてなかったな?」

「おいらは九十九いろは。10歳だよ!」

「10歳で変身能力を使えて、しかも相手の能力も使えるようになるのか。なかなか優秀だな、いーちゃん」

「いーちゃん!?いきなりあだ名呼びされたの初めてだよ、龍子姉ちゃん」

「あたしも姉ちゃんなんて言われたの初めてだよ」

 コツンとお互いの拳をぶつけ合う。


 さて、喫緊の問題はどうやって由良珠子を取り戻すかということだった。言ってみれば、人質を取られてるとの同じだからだ。

「あのお姉ちゃんなら、松戸総合病院にいるよ。でも支部長が脳に細工してあるから、ただ取り戻すだけじゃ意味ないよ」

 すっかり仲間となったいーちゃんは、由良珠子の現状を教えてくれた。

「あたしが電磁波で戻せれば良いんだけど、奴らも警戒して病院を見張ってるはずだから、病院から強奪するって案も使いづらいな」

 方術研究会の部室に全員が揃って頭を捻るが良い案が浮かばない。

「うん、ここはやっぱり、おいらが向こうに戻るしかないよ」

 いーちゃんが意を決したように宣言した。

「でも、君はユニオンの支部長の命令に違反したんだろ?戻るのは危険なんじゃ?」

 ミーくんが的確な意見を述べる。

「それに、君はもう僕たちのほうが正義だと分かってるはずだよ」

 ミーくんの指摘に何故か顔を赤らめたいーちゃんが、人指し指を立てた。

「実は、おいらに良い考えがあるんだ。空間転移スペース・ワープを使える人はいる?」

「あたしは使えるけど、正確な座標が分からないとな、少し難しい」

「うん、使えるんなら問題ないよ。向こうでの作戦が上手くいけば、おいらがテレパシーで連絡するから」

「で、具体的にどうするんだい?」

 ミーくんの問いに、

「それは秘密。でも絶対に上手くいくよ、お兄ちゃん!」

 いーちゃんは、ニンマリ笑って保障するのだった。


 おいらはまずは南西地区に赴き、松戸研究所を訪ねた。

「おお、良く戻ってきたね、いろはくん!」

 松戸博士は嬉しそうに握手を求めて来るが、高見支部長は冷静だった。だから、おいらのほうから支部長に握手を求めた。すると支部長は面倒臭そうにだが、握手をしてくれた。ますは第一関門通過といったところだ。

「さて、とりあえず、支部に戻るとするか。いろはくん、君はどうする?」

 その問いかけに、松戸博士は色めき立った。

「高見くん、いろはくんは私の研究に協力してもらうんだよ。君たち夢想士同盟ユニオンが彼を欲しいなら、その後にしてくれたまえ!」

「ああ、そうでしたね。分かりました。当面彼にやってもらう仕事もありませんしね」

 支部長はそう言うとソファーから立ち上がり、あっさりと引き上げてしまった。まあ、その方が都合良いけど、何だか過小評価されたみたいで、少しだけ腹が立った。

「さて、いろはくん、早速なんだが・・・」

 おいらは高見望に変身して、松戸博士の頭に電磁波を流した。

「かはっ!」

 気を失った博士をソファーに横たえ、おいらはそっと研究所を抜け出した。もちろん、松戸博士に変身してだ。その足で松戸総合病院に向かう。

 由良珠子の病室の前には金城英里がいた。おいらは再び高見望に変身してあるので、怪しまれる心配はない。

「あ、支部長、どしたんすかー?別に異常はないっすよー」

 ヤンキー娘もすっかり騙されている。

「何、ちょっとばかり、彼女の利用方法を思い付いたんでね。中には入るが決して誰も通さないように頼むよ」

「誰に言ってるんすかー?あたしがそんなヘマしませんって」

 自信満々に請け合う金城英里の横をすり抜け、病室の扉を開いた。


 由良珠子がベッドに仰臥して眠っている。その頭部を両手で挟み電磁波を流して、支部長の仕掛けた術式を全て無効化した。

「よし、後は・・・」

 おいらはテレパシーで龍子姉ちゃんに連絡を取る。

(OKだよ。珠子姉ちゃんに施された術式は解除したよ)

(分かった。今の君のいる座標を割り出して・・・よし、分かったぞ。今そっちに行く)

 言下に龍子姉ちゃんは病室の中に、突然出現した。

「凄いね。おいらはまだワープは使えないんだ」

「急ごう。珠子さんに仕掛けられ

た術式は解除したんだね?」

「うん、バッチリだよ」

「そんじゃ、キャリーケースを固有結界パーソナル・フィールドに納めてと、さあ、行こうか。いーちゃん、あたしの身体に掴まれ」

 言われて龍子姉ちゃんの腰にしがみつく。柔らかくて暖かい。何だか姉ちゃんを思い出すなあ。

空間転移スペース・ワープ!」

 おいらたちは展開する術式の中で光に包まれ、無事に鳴神学園の闘技場にワープしたのだった。


  第6章 天才少年いろは


「今回は私たちの勝ちってことね」

 私は地団駄踏んでる姿を期待したが、流石に百戦錬磨の相手は動じた様子はなかった。

(まんまとやられたよ。俺はともかく、松戸博士は怒り心頭のようだがね)

 スマホから聞こえる声は冷静で丸っきり堪えた様子はない。

「何よ、あんたとしても、有能な人材を失って悔しいんじゃないの?」

(まあ、惜しいとは思うが正義の味方を標榜してるような奴だからな。早かれ遅かれそっち側につくと思ってたさ)

 何だ、望の奴あんまり残念な様子は見受けられない。凹ましてやろうと思ったのに。と、そこに瑠璃がトレイを持って理事長室に入ってきた。

「お待たせしました。キリマンジャロとブルーマウンテンのブレンドです」

「あら、ありがとう」

 私は馥郁たるコーヒーの香りを楽しみ、口に含んだ。うん、バッチリ私好みの味だった。

「そういえば、私も造ったわよ。限りなく人間に近いゴーレムをね。ちゃんと私の好みにブレンドしたコーヒーを出してくれる、超優秀なメイドよ」

 通話口の向こうでため息の音がする。

(まったく。つまらないことで対抗心を燃やすな、君は)

「その、つまんない自慢を始めたのはあんたじゃない、望」

(俺はただ、自分の弟子の、まあ良い。そちらが優秀な人材を得たという事実は変わらんからな)

「そうよ。由良珠子さんに九十九いろはくん。特にいろはくんは将来有望よ。10歳で高校に飛び級して、夢想士としてはAランク。成長が楽しみだわ」

(だが、今回は最強といわれてた神尾龍子がもう少しで命を落とすところだったそうじゃないか。夢想士組合ギルドの面目は丸潰れじゃないのかい?)

 くそ、痛いところを突いてくるわね。だけど、あの酒呑一族の魔王を引かせただけでも、大したもんじゃない?

(何を言ってるんだか。それはアンジェラ・ハートのお陰だろう?相も変わらず夢想士組合ギルドは、最後には彼女に頼らないと何も出来ないんだな)

 これにはかなり頭に来たが、事実なので、あえてそこは肯定も否定もしなかった。神尾龍子がA+ランクの夢想士になれば、好き勝手には言わせないものを。まあ良い。生徒たちは着実に成長している。いつか夢想士同盟ユニオンの連中を一掃してやる。

「まあ、好きに言ってなさい。あんたのところだって、任務に失敗ばかりしてるじゃない。後進の育成に手を抜いてる証拠だわ」

(ふん、これ以上はただの水掛け論にしかならんな。俺も忙しい身だから、これで失礼するよ)

「はいはい、精々部下の指導に励むことね」

 通話が終わっても、何だかスッキリしなかった。状況的にはこっちの勝ちなのに何故?

御主人様マスター、コーヒーはお口に合いませんでしたか?」

 無表情ながら、瑠璃がおずおずと聞いてくる。

「あー、別にあなたのせいじゃないのよ。電話の相手が失礼な奴だっただけでね。あなたの淹れてくれたコーヒーは絶品だったわ」

「それは、何よりでした」

 無表情だが、何だか瑠璃が嬉しそうにしているように見えた。


 僕たちはかなり度肝を抜かれることになった。小さいながらもちゃんと鳴神学園高等部の制服を着たいろはくんが、1-A組に転入してきたからだ。担任の向田むこうだ先生も少し戸惑ってるように見えた。だっていろはくんの片袖にはAランクのエンブレムがあったからだ。

「やっほー、お兄ちゃん。来たよー!」

「あらあら、絵本くんとはもう知り合いなの?それじゃ絵本くんの隣の席がいいわね」

 何故か僕に懐いているいろはくんは、嬉しそうに僕の隣の席に着いた。

「まさか、君が学園に転入してくるとは思わなかったよ」

「えへへ。編入試験も全教科90点以上だったよ。だって3年生の珠子姉ちゃんになりきって、授業受けてたくらいだからね」

 そういえばそうだった。しかし、夢想士としてもAランクって、この子は本当に天才だなー。

「どうやったらAランクになれるんだい?コツがあったら教えてよ」

 軽い気持ちで聞いてみたのだが、何故かいろはくんは顔を赤くして、

「い、良いよ。お兄ちゃんなら特別にタダで、手取り足取り教えてあげる」

 嬉しそうに笑うのだった。


「くそー!!」

 あたしは最大限の威力の電撃をぶちこみ、ゴーレムをドロドロに溶かす。プラズマ球を作り出し、ドンドンと巨大化させる。触れるもの全てを溶解させる小型の太陽だ。

「待ちなさい、神尾さん!闘技場を丸焼きにする気!?」

 その言葉で正気に帰ったあたしはプラズマを消し去った。

「そりゃ、敗北は悔しいけど、みんなそれを乗り越えて成長するんだから・・・」

「あたしは負けてません!相討ちです!」

「分かった分かった。でも、今回の相手、喪崩が武藤小夜さんと戦ったらどうなってたと思う?」

「なんですか、藪から棒に。小夜先輩なら氷結を使って・・・」

 そこであたしは言葉に詰まった。花びらが沸いてこないよう、辺り一面凍らせてしまえば、あるいは喪崩の術に対抗出来たかもしれない。

「私たちは妖魔を討伐するのが宿命。でも相手によっては戦う人選をしなければならないのよ」

「次に喪崩が現れたら武藤家に討伐を依頼するんですか?」

「まあ、今の段階ではね。あなたがA+ランクまで成長すれば、次ももちろん、あなたに討伐を依頼するわ」

〈龍子、マディはお前に期待しておるのだ。今のところA+ランクになれる可能性のある者は、ぬししかおらんのだからな〉

(理事長のいわんとしてることは分かってるよ。私がA+ランクになるには・・・)

 あたしは思い切り息をすいこみ、ゆっくりと時間をかけて吐いてゆく。

「分かってます。究極之守護アルティメット・ガードを使えるようにしておけってことですね?」

「そうね。究極之守護アルティメット・ガードのCレベルくらいは使えるようにならないと、難しいわね」

 究極之守護アルティメット・ガードはアンジェラさんが開発した究極の防御結界だ。アンジェラさんは最高位のAレベルである。核ミサイルでも、核撃術式でも破壊出来ない。そしてこれをまとった状態で、高速で激突すればそれ自体が核撃術式を超える究極の攻撃になる。

「まずはCレベルをクリアしなさい。あなたなら必ず出来る。そうすれば喪崩なんか敵ではないわ」

 あっさりと言ってくれるが、前回、強固な戦闘領域バトル・フィールドを作れるようになるまで、どれだけしごかれたことか。

「分かってます。今まで攻撃にばかり囚われてましたが、防御を鉄壁にすればどんな敵も目じゃないですからね」

「うん、それが分かってれば大丈夫。じゃあ私は仕事があるから、頑張りなさい」

 そう言って理事長は闘技場を後にした。

「さて、いつになるか分からないけど、やりますか」

〈龍子、究極之守護アルティメット・ガードを身に付けるにはアンジェラのを参考にすれば良い。最初から究極をお手本にすれば、間違いはないぞ〉

(あーもう。勝手なこと言ってくれるよ。あんな世界最強の人をお手本にするって、それだけでかなりの難易度だよ)

 ぶつくさと愚痴りながらも、あたしは最強の術式をお手本に、修行を続けるのだった。


「よーし、今日は北東地区のパトロールやで。みんな気合い入れてくで!」

 我らがパーティーリーダー、霧崎風子先輩が告げる。

 パーティーの編成だが、色々とすったもんだがあったけど、結局、珠子先輩は龍子先輩のパーティーに、いろはくんは僕らのパーティーに配置された。

 僕の右手はいろはくんが握り、左腕は薫ちゃんが抱き締めてる。なんだ、これ?どういう状況?

「僕は子供だから、年上の人と手を繋がなきゃ」

 いろはくんがそう言うと、

「うにゅー、ミーくんはボクのものだよ。いろはくんは離れて!」

「薫ちゃんのほうこそ離しなよ」

 と、取り合いの状態になっている。3人とも男だというのが残念ではあるけど。

 しかし、いろはくんの手は小さくて可愛いな。一方の薫ちゃんは女の子特有の甘くて良い匂いがする。繰り返すが全員男なのが残念だ。

「なんや、ミーくんはモテモテやな。意外とジゴロやったんやな」

 風子先輩が両肩をすくめて顔を左右に振る。

「いや、もう助けてくださいよ、風子先輩」

「パーティーが仲良いんは結構なことや。ほれ、みんな行くで」

 全員で電車に乗り担当地域を目指す。乗客たちがひそひそと言葉を交わしている。鳴神学園の生徒が何かは分からないけど、平和のためにパトロールしてるのは周知の事実である。

 110区辺りで電車を降り徒歩で街の中をパトロールしていると、風子先輩のスマホが鳴った。

「はい、霧崎です」

 先輩が話してる間も薫ちゃんといろはくんのマウント合戦が止まらない。

「ミーくんはボクのものだからね、あげないよ」

「へへーんだ。おいらは弟分だから絶対に離れないよ」

 いろはくんが腰に抱きついてくる。

「あー、ズルい!よーし、ボクだって!」

 薫ちゃんまでもが抱きついてきた。いや、普通に動きにくいよ!

「ほら、オモロイことしとらんで、112区で妖魔が出現したらしいから行くで。今は妖魔特捜課の特殊部隊で回りを封鎖してるらしい」

 おっと、それは急がねば!

「さあ、行くよ、薫ちゃん、いろはくん!」

「はーい!」

「了解!」

 ようやく夢想士のパーティーらしくなったところで、僕らは移動を開始した。

 112区に到着すると、オフィスビルの1階のカフェの周りを、武装した隊員たちが取り囲んでいた。と、そこに見知った顔を見つけた。

「あー、只野さん、お久しゅー!」

 そこにいたのは前回妖魔特捜課に就任した只野圭子さんだった。

「お久しぶり。今日は前回とは違うパーティーだね」

 全身、特殊部隊の装備で武装している。前回は妖魔特捜課に入ったばかりじゃなかったかな?

「全員、レベルが上がったから、パーティーのメンバーも変わったんです。それで、中はどういう状況ですか?」

「オーガタイプが1体とゴブリンタイプが数十体だね。私たちだけでも討伐出来そうだけど、決まりだから学園に通報したわ。それでたまたま近くにいた、あなたたちに討伐要請が出たのね」

 短機関銃マシンガンを構えたまま、只野さんから状況説明を受ける。確かに特殊部隊でもこなせそうだか、妖魔は基本的に夢想士が討伐するのが決まりだから、我々の到着を待っていたのだ。

「状況は分かりました。中には我々だけで行きます。もし、打ち漏らした妖魔がいたら、遠慮なく射殺してください」

「OK、各部隊に連絡しておくわ。気をつけてね」

「只野さんも、ね」

 こうして僕たちは黄色い封鎖線を超えてカフェの中に乗り込んだ。

「よし、薫、結界を張ってや」

「アイアイサー。死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデン!」

 薫ちゃんが呪文コマンド・ワードを唱えると、緑の絨毯が店内に張り巡らされた。途端にあちこちで妖魔が拘束されてゆく。

空想之銃イマジン・リボルバー!」

 僕は使い勝手の良い銃を出現させ、囚われた妖魔たちを次々に撃ち倒してゆく。

光輝之剣シャイニング・ソード!」

 女子高生に変身したいろはくんが手際よく妖魔を打ち取ってゆく。

「いろはくんは変身しないと術が使えないのかい?」

 僕が疑問を呈すると、

「それが僕の唯一の欠点。でも変身は一瞬で出来るから問題ないよ」

 始めて見る姿だが、あれはいろはくんの実のお姉さんらしい。優秀な夢想士だったんだろうな。

「おおっと、出たで。ミーくん!」

 カマイタチで雑魚たちを切り裂いていた風子先輩が指差す方向を見ると、白い1本角の鬼がいた。絡み付く薔薇の蔓を引きちぎって咆哮を上げている。

「よーし、試してやるぞ!絵画化イラストライズ!」

 右手をかざして呪文コマンド・ワードを唱えると、鬼の姿が消え、僕の手中に鬼のイラストのカードが収まった。

「それ、考えたら結構えげつない術やな」

 最後の妖魔をカマイタチで引き裂いて、風子先輩が笑った。

「今のは生まれたての野良鬼だから出来たんですよ。酒呑一族の鬼には通用しないでしょうね」

 10分ほどで戦闘は終了した。魔水晶をみんなでかき集めて後始末も終えた。カフェの外に出ると只野さんが待っていた。

「首尾はどうだった?」

「上級妖魔が1体いましたが、全て討伐しました。後のチェックは任せます」

「分かったわ、お疲れ様。またどこかの現場で会いましょう」

「はい、ほなまた!」

 我々は敬礼して只野さんを見送った。こうした縁の下の力持ちがいるお陰で、僕たちの妖魔討伐もスムーズに行われるのだ。その、ありがたさを胸に僕らは帰路に着いた。これから先も我々、夢想士たちに幸あれ!


「本当に間違いないのか、千歳ちとせ

 私は向かい側のソファーに座る、白髪白眼の少女の姿をした予言者に尋ねる。

わらわの予言が外れたことがあったかのう?」

「いや、そりゃー分かってる。しかし、血奇集会けっきしゅうかいとは。時期が早くないか?」

「今まで繰り返してきた歴史の中で、多少の時期のズレはある。それはそなたも良く分かっておろう、アンジェラ」

「それはそうだが、最初のターニングポイントが、こうも早くやってくるとはな」

「それはやはり、龍子と絵本命の存在が大きい。あの二人に滅びの未来を変えられるか否か。今まで何度も繰り返してきた、運命の改変に成功すれば良いが」

「成功の確率は低いがやらないわけにはいかないな。それには我々も鳴神市に滞在する必要がある」

わらわは心の準備ができておる。そなたはどうじゃ、アンジェラ」

 私は立ち上がり笑って見せた。

「何百回も繰り返してきた滅びの未来の改変。今度こそ成功させてみせるさ」

 私は、可能性を秘めた二人の姿を思い浮かべ、今度こそやってみせてくれることを、切に願った。


  了




こんなちは、チョコカレーです。今回は一目見ただけでそっくりに変身出来る天才少年いろはと、華奢な見た目に反する最凶の鬼、喪崩が登場しました。前作でも登場した高見望も出てきますが、今回はあまり目立ったことはしませんでした。喪崩が予想外に強い鬼だったので、そちらのほうにお株を奪われた感じでしたね。さて、次作からはいよいよ滅びの未来に繋がる予兆が始まります。果たして滅びの未来は回避出来るのか?それでは、またお会いしましょう。

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