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戦いの始まり

  序


 人間の空想が産み出した化け物、妖魔ファントム。それを討伐するのは空想を現実化させる能力者、夢想士イマジネーターだけ。人間の生命エネルギーを奪う妖魔討伐のために作られた組織、夢想士組合ギルド。そして、己の欲望のためにしか能力を使わない闇之夢想士ダークサイドによる闇之夢想士同盟ユニオン。三つ巴の戦いが今日も始まる


  第1章 期待のルーキー


 僕は故郷の白石村しらいしむらを離れ、電車に揺られて鳴神市なるかみしを目指していた。

 鳴神市。人口250万人の大型都市だ。いや、これは僕の個人的感想であり、白石村に比べて遥かに大都会だと思っているだけで、鳴神市の住人にとっては決して多くはないのかもしれない。

 ともあれ、母が亡くなりその遺言に従って僕は一路、鳴神市に向かっている。私立の名門、鳴神学園高等部に入学し、寮に入ることになる。編入試験は免除されているし、寮に宅急便で荷物も送っていた。僕の新生活が始まろうとしている。

 ふと、目の前を蝶々のようなものが横切った。

 ああ、ここにもいるのかと思った。考えてみれば僕の住んでた村とは比較にならないマンモス都市だ。それはいるだろう、妖魔ファントムも。

 最も、今目にしてるのは下級妖魔。大気に微量に存在する生命エネルギーを吸って存在している無害な連中だ。普通の人間の目には視えないし害もない。こういう存在がたまたま見える人に目撃され、妖精や妖怪の伝承に繋がってるんだろう。

 危険なのは中級妖魔からだ。こいつらは人間から生命エネルギーを奪う。そして、必要とあらば普通の人間に姿を見せることもある。まあ、一番世の中に溢れてるのはこの辺りだな。

 そして、上級妖魔となると・・・

 パチン!!

 妖精もどきの姿が突然弾けた。

 何が起こったのか、周囲を見渡すと制服を着た高校生の男がこちらを見てニヤリと笑った。片袖にCのワッペンが確認出来た。

 この男、Cランクの夢想士イマジネーターか。同じ鳴神学園の制服を着ていながら、ワッペンの付けてない僕に示威行為を行ったのだろう。格下のDランクと侮ったのかもしれない。

 討伐する必要のない下級妖魔を倒して随分と得意気だ。何をしたのかは分からないので、戦士ではなく術士なのかもしれない。

 やれやれ、じゃあこういうのはどうだ?

「行け、大福。軽く脅かすだけで良いよ」

 僕の命令を受け、頭の上に乗っていた白い子猫が姿を消した。最も、大福は自分の意思で不可視化出来るので、他の乗客には最初から視えてない。

 男は急に襲いかかってきた子猫に驚愕し、何事か口走ったが、その時には制服がズタズタに切り刻まれていた。

「わああー!!」

 男は駅に到着し、扉が開くと慌てふためいて逃げ出した。もはや先刻の見下したような態度など微塵もない。

「あーあ、僕も器が小さいな。戻れ、大福」

 子猫は再び僕の頭の上に戻り、ふにゃあと眠そうにあくびした。


 10分ほど歩くとバカデカイ建物が見えてきた。周りを頑強そうなコンクリート塀と巨木の緑で囲まれた私立鳴神学園だ。卒業生のほとんどを東京の有名大学に送り出す中高一貫の名門だ。

 通学生、寮生合わせて2000人の生徒を抱えてるだけに敷地面積だけでもかなりのものだ。

 正門が見えてきた辺りで、他の登校生に挨拶しながら立っている上級生がいた。長いロングの髪を風にたなびかせた見目麗しい女子生徒の姿が見てとれた。リボンの色は赤で2年生だ。見ると左手にフィンガーレスの手袋をしている。ファッションだろうか?上級生に挨拶しようと口上を考えていると、

「やあ、君が今日やって来た転入生か」

 と、先に挨拶をされてしまった。

「あ、はい。転入生の絵本命えもとみことです」

 僕がこうべを垂れて挨拶を返すと、

「鳴神学園にようこそ、命くん。あたしは方術研究会部長の神尾龍子かみおりゅうこだよ」

 いきなり下の名前呼びするとは、人懐こい人だ。握手を交わすと、

「それにしても頭の上に使い魔を乗せたままとは、君もなかなか命知らずだね。妖魔は夢想士に寄ってくる。ここまで妖魔に襲われることは無かったのかな?」

 視られていた。まあ、この人も夢想士みたいだし当然か。

「あ、大丈夫です。普段は不可視化してるので。でも、先輩には視えるんですか、大福の姿が」

「ぷっ、くくく。大福とはまた可愛い名前だね」

 神尾先輩は笑いをこらえながらそう尋ねた。

「あ、はい。白くて真ん丸になってる姿が似てるので。おかしいですか?神尾先輩」

「ノンノン」

 人差し指を振りながら神尾先輩は愉快そうに言った。

「あたしのことは下の名前で呼ぶように、いいね、ミーくん」

 ミーくん!? 会って数十秒でもうあだ名呼び!? 恐ろしい人懐こさだった。

「それにしても・・・」

 龍子先輩は急にシリアスな顔付きになり何事か考え始めた。

「理事長から君はBランクだと聞いてたんだけど、クラスは魔物使いかな?」

「あ、はい。術士と魔物使いです」

「ダブルホルダーか。まあ、それはこの際置いておいて」

 龍子先輩はシリアスな表情を崩さずに問いを重ねる。

「その大福は君が生み出した妖魔かい?」

 その問いに、僕は返事を迷う。大福が規格外の存在であることは、視る人が視れば分かることだ。そこで僕は龍子先輩の片袖のワッペンを見る。

 Aランク!? 高校生まではどう頑張ってもB+ランクまでしか取得出来ないと聞いてたけど、この人も大福のように規格外の存在なのか?

「だ、大福は元は母の使い魔でした。母が亡くなったので僕が新しい主人になったんです」

 隠しても仕方ないので、僕は真実をぶちまけた。大福ほどの使い魔は滅多にいない。実際、母は地元では誰もが一目置く夢想士だった。

「なるほど、事情は分かった。君の処遇は理事長が決めるから、とりあえず男子寮に案内しよう。表に宅急便の荷物がとどいていたよ」

 龍子先輩はふっと表情を和らげ、踵を返した。

「これからよろしくね、ミーくん」

 その聞き慣れないあだ名につられて僕も後を追った。今日から新しい学園生活が始まる。


 男子寮の建物もなかなかどうして、大きな造りになっていた。中学1年から高校3年まで、800人からの寮生がいるのだから、当然といえば当然か。成績優秀者や、部活の推薦入学したものだけが入れる憧れの寮生活というわけだ。

「ミーくん、寮生は推薦入学した者だけじゃない。熱心な夢想士志望者はほぼ全員寮生だよ」

「へー、それは初めて聞きました。鳴神学園は夢想士の指導も行っているんですか?」

 僕からの問いに龍子先輩は少し顔をしかめて、

「当たり前だよ。鳴神学園は夢想士の卵の発掘から養成まで行っている。事実上、夢想士組合ギルドの鳴神支部なんだよ」

 それを聞いて僕は驚愕にかられて、よろめいてしまった。

「な、鳴神支部?母が、忌わの際に鳴神学園に転校しろと言ったのは、そういう事情もあったのか!?」

「それともう一つ、君の母親と理事長はこの学園で同期だったらしいね。普通、この学園への編入試験は相当厳しいんだけど、君の場合は免除されてるしね」

 ああ、そうか。鳴神学園はかなりの進学校だ。無試験で編入出来るほうが珍しいのか。

「それでも、一応は夢想士としての実力テストはあるから、覚悟だけはしておいたほうが良い」

 龍子先輩はニンマリと笑い、さりげなくプレッシャーをかけてくる。

「はい、頑張ります」

 僕が返事を返したタイミングで龍子先輩の足が止まった。

「・・・あのバカ」

 天を仰いでそう呟いた。男子寮の入り口らしき所に一人の男子生徒が立っていた。その傍らには宅急便の箱が山積みになっている。どうやら僕が送った荷物のようだ。

「よう、お前が転入生の絵本命だな?」

 ガッチリとした体格の男子生徒が声をかけてきた。如何にも体育会系の野太い声。茶髪をオールバックにした髪型が印象的だ。ネクタイを見ると龍子先輩と同じ赤だ。先輩には敬意を表さないと。

「はい、転入生の絵本命です」

「やっぱりそうか。俺は2年B組の剛猛志ごうたけし。よろしくな!」

 剛先輩は快活な笑みを浮かべて手を差し出してくる。僕は慌ててその手を握り返した。

(あ痛たた!)

 凄い握力だ。この人も夢想士なんだろうけど、戦士に間違いない。

 ズバンッ!!

 重い音がして龍子先輩のハイキックが剛先輩の延髄に極っていた。

「下級生をビビらせるな」

 うわ、白いパンツが丸見えだ!僕は咄嗟に視線をあらぬ方向に泳がせた。

「テメー、龍子!いきなり何しやがる!」

「お前こそ、転入生にちょっかい出すんじゃないよ。ミーくんはあたしが案内するんだから」

「テメー、女だから殴られないと思っていい気になるなよ」

「なんだ?また組手でもやりたいのか?後にしろ。これからミーくんを部屋まで案内するんだから」

 事の成り行きを見守っている僕に気づいて龍子先輩は苦笑いを浮かべた。

「悪いね、ミーくん。気にしなくていいよ。猛志とは幼なじみで、こんな口喧嘩はしょっちゅうだよ」

 いや、あなたはハイキック極めてましたよね?幼なじみだと、あの程度は喧嘩にも入らないのかな?

「おう、そうだ。俺も命の荷物を運んでやるぜ。力だけが俺の取り柄だからな」

「あ、そんな自分でやりますよ。荷物といっても段ボール箱が5個程度ですから」

「遠慮するな。後輩の面倒を見るのが先輩の責務だからな」

 そういうと、剛先輩はいきなり段ボール箱3個を積み上げて、寮の中に入ってゆく。

「ま、面倒見が良いのがあいつの少ない取り柄の一つだからな。気にするな、ミーくん」

 龍子先輩は笑みを浮かべながら、地面に積まれた段ボール箱を2つ、軽々と持ち上げた。ちなみに剛先輩の持っていったのは衣服類だが、龍子先輩の持っているのは本とかCDの入った重いほうの荷物だ。

「あ、龍子先輩!流石にそれは重いでしょ?僕が持って行きます!」

「気にしなくていいよ。先輩には甘えておきなさい」

 ウインクを極めて龍子先輩は颯爽と寮の中に入ってゆく

(うーん、男前だ)

 僕は妙な感心をして、二人の先輩の後を追った。


 僕の部屋は2階の角部屋だった。しかもルームメイトは・・・

「はっはっは!これからよろしく頼むぞ、命!」

 剛先輩が入り口で待ってたのはそういうことだったのか。まあ、何の関係もない転入生の荷物を運んでくれるなんて、妙だとは思っていた。

「はい、よろしくお願いします、剛先輩」

「おいおい、水臭いな。気軽に猛志先輩と呼んでもらって構わないぞ!」

 何だろう?鳴神学園は下の名前で呼び合うのが暗黙のルールなのだろうか?

「よろしくお願いします、猛志先輩」

「おう!模擬戦をやりたくなったらいつでも胸を貸してやるから、遠慮なく言うんだぞ!」

 うわー、第一印象通り体育会系の人だ。龍子先輩を見ると肩をすくめて頭を振っていた。

「猛志、お前は仮にもB+ランクなんだから、誰彼構わず模擬戦をやろうとするな」

「強くなるには模擬戦が一番だろーが!俺は空手の師匠を組手で負かしちまって、目標を見失ってるんだよ!」

 猛志先輩の片袖を見るとBに+が付いている。高校生で取得出来る最高ランクだ。凄い人なんだろうけど、龍子先輩はため息をついた。

「普段、中級妖魔ばかり討伐してるお前が言っても説得力がないな」

「何おう?この間上級妖魔をぶっ倒した逸話をまた語れってのか?」

「あれはパーティーでの討伐だっただろう。お前一人の手柄じゃない」

 龍子先輩は軽く伸びをすると、

「じゃあ、ミーくん。あたしたちは授業があるからこれで行くよ。放課後にはあたしのパーティーのメンバーに会わせるから、楽しみにね。ほら、行くぞ猛志」

 猛志先輩の背中を押しながら龍子先輩はウインクを決める。美人はなにしても様になるなー。

「はい、僕は荷物の整理をします。ありがとうございました」

「じゃーねん♥️」

 ひらひらと手を振り、二人の先輩は予鈴の鳴り響く中、寮の中を駆けて行った。


 ふむ、理事長のマディ土屋先生に聞いていた通り、とんでもない存在を使い魔にしてるな。

(龍神、あの転入生の連れていた使い魔についてどう思う?)

〈我の考えはお前の想像している通りだ、龍子。あれは幻想種で間違いあるまい〉

 あたしの中に存在する次元を超越した龍神がそう答えた。

(どういうことだ?上級妖魔の中でも支配種はお馴染みの存在だけど、幻想種が2体もこの鳴神市に集まるとは偶然が過ぎる)

〈まあな。いわゆる神獣と呼ばれる幻想種もほとんどが異世界に転生した。希少種である、天使と悪魔は異世界で今でもハルマゲドンをしている。本来ならこの世界にいてはならない存在だ〉

(そのいてはならない存在が鳴神学園に2体か。このことについては理事長と相談したほうがいいな。最悪、アンジェラさんが来日してもおかしくないレベルだ)

 妖魔はそのエネルギー量で下級、中級、上級に分けられる。普段、夢想士が討伐するのは中級妖魔が多い。理性もなく本能の赴くままに、人間の生命エネルギーを奪う中級は数の上では一番多い。だが、上級妖魔もたまに結界の外に出て狩りをすることがある。知能も高く人型の多い上級妖魔でも、支配種の鬼は特に危険だ。中でも最強クラスの酒呑一族の長は魔王である。

 魔王。その存在は知られているが、何人いるのか知る者はいない。鬼一体でもAランクの夢想士が苦戦すると言われているので、その強さは計り知れない。

〈まあ、今は様子を見るしかあるまい。どのみち実力テストがあるのだから、何もかもその時に判明するだろう〉

(ああ、まあそういうことだなー。幻想種としても、どんな存在なのか、気になって仕方がない)

〈今は勉強に集中するがいい。放課後の部活で嫌でもその正体が判明するだろう〉

(だな。龍神ももしコミュニケーションが取れるようなら頼むぞ)

〈かっはっは!大船に乗った気でいろ〉

 あたしは龍神のいつもの高笑いを頼もしく思いながら、学業に精を出すのだった。


 荷物の片付けも大方終えた頃、放課後を知らせるチャイムが鳴った。僕はとりあえず喉が乾いたので学食のほうに向かった。自販機でコーヒーを買って食堂に入ると、見覚えのあるロングヘアーが振り返った。

「お、来たねミーくん。荷物は片付いたかい?」

「あ、はい。お陰さまで」

 龍子先輩の傍らには4人の生徒が控えていた。猛志先輩はもう知ってるが、後の3人の女生徒は初めて見る顔だ。2人は僕と同じ1年生で緑のリボンを付けてるが、後の一人は龍子先輩と同じ赤だ。

「それじゃあ紹介しようか。まずはあたしと同じ2年生の・・・」

「はいはいはい!ウチは2年C組の霧崎風子きりさきふうこ!よろしゅう頼むわな」

 パーティーの中で一番小さい女生徒が元気一杯に自己紹介してくれた。うーむ、見た目小学生みたいに見えるが恐らくそれは禁句だろう。独特の癖っ毛の強い髪型だ。

「よろしくお願いします、風子先輩」

「おお、いきなり距離を詰めてくるやん!お近づきの印にウチの得意技、披露するわ。カマイタチ!」

 シュンっと風切り音がすると、僕の手にした缶コーヒーの上半分が、すっぱりと切り裂かれ、中身が床にぶち巻かれた。

 バコン!!

 直後、重い打撃音が響いた。

「アホか!いきなり技を繰り出すな!ミーくんが怪我したらどうする!?」

「うー、ちょっとくらいええやんか。ウチの実力を示しただけやん」

 ぶつぶつと怨み節を述べる風子先輩はすっぱり切り捨て、龍子先輩は残りの二人を紹介してくれた。

「で、この二人が双子の花園はなぞの姉弟だ。姉がもえで弟がかおる。二人とも花や植物を操る能力を持っている」

 ん?あれれ、何だろうこの違和感は?あのどう見ても女の子が弟と言ったような気がするんだけど。

「えっと、龍子先輩?」

「初めまして!ボクは、1年C組の花園薫。男の娘だよ、よろしくね❤️」

「え、あの・・・女の子では?」

 女生徒の制服を着て、可愛いらしいツインテール。顔も声も女の子としか思えない。

「だからー、男の娘だってば」

 いや、漢字が違っても読みは同じだから。戸惑っていると、

「ゴメンねー。この子、子供の頃から女の子の服しか着たことなくて。この学校はLGBTに理解のある学校で、薫は普通に女の子扱いされてるの」

 双子の姉、萌ちゃんが説明してくれた。こちらはボブの髪をヘアピンでまとめている。いかにも真面目そうな美少女だ。しかし、田舎生まれの田舎育ちの僕はカルチャーショックで目眩がしてきた。

「まあ、そのうち慣れるよ、ミーくん」

 龍子先輩が僕の肩にポンと手を置き、ニッコリと微笑んだ。いやー、慣れるにはかなり時間がかかるかと。

「それより、これから部活だ。まずはミーくんの実力テストがあるから、楽しみだねえ」

 もう、話題は早くも切り替わっていた。

「そういえば命、お前は術士と魔物使いのダブルホルダーだって?」

 猛志先輩が興味深そうに尋ねてくる。

「あ、はい。僕は描いたイラストを現実化させる能力と、使い魔を使役できます」

 頭の上に待機していた大福が、スーッと姿を現した。

「キャー、何?可愛いー♥️」

 薫・・・ちゃんが黄色い声を上げた。声といい仕草といい、女の子にしか見えないなー。

「使い魔の大福です」

 そう紹介すると、笑いと黄色い声が同時に起こった。まあ、予想通りの反応ではある。

「よしよし、この大福の力量を見るために早く部室に行こう」

 笑いを堪えながら龍子先輩はそう促し、一行はクラブ棟に向かって移動を開始した。


 クラブ棟の一番奥に古めかしくも威厳のある扉が存在していた。プレートには方術研究会とある。

「方術?」

「研究会。何だミーくんは方術のことは知らないのか?そんなはずはないんだけどな」

「あ、えっと、ひょっとして呼吸法と瞑想ですか?」

「そうそれだ。夢想士の基本的な鍛練法だよ。それによって身体強化クオリティ・アップ疾走状態オーバー・ドライブ重力操作グラブィティー・コントロール結界創造フィールド・クリエイト。などの基本的な能力が磨かれるんだ」

 龍子先輩が解錠すると重々しい響きと共に扉が開いた。

「方術研究会の活動は秘中の秘だから、部室や訓練室、戦闘場は全部地下にあるんだよ。さ、行こうか諸君」

 龍子先輩は先頭に立ち、一行を促しながら地下への階段を降りて行く。さてさて、鬼が出るか蛇が出るか?


 地下には広大な施設が広がっていた。全ての夢想士が修練するのだから、それもまた当然なのかもしれない。一行はまず部室に行き体操服に着替えた。そして一際広大な部屋に行くと、一人の女性が待っていた。

 長い髪をシニョンにまとめ、理知的な眼鏡をかけた女性は僕の母の戦友であり、鳴神学園理事長である、マディ土屋さんだった。

「久しぶりね、命くん。少しは心の整理がついたかしら?」

「お久しぶりです、土屋さ・・・理事長。はい、もうすっかり落ち着きました。この学園への編入を許可していただき、感謝してます」

「気にしなくてもいいのよ。彼女との最後の約束だから。さて、その子が玲子の使い魔だった子ね?」

 土屋先生は僕の頭の上に鎮座する、白い子猫を眺めながら言った。いわば母の形見といえる大福を感慨深く注視している。

「はい。名前は大福と名付けました。僕の命令には忠実です」

「そう・・・契約はもうしたのかしら」

「え、契約?」

「魔物使いは使役する妖魔と契約することで、初めて真の絆が生まれるのよ。人間を襲わないようにさせるためにも、契約は重要よ」

 知らなかった。

 母が亡くなる前に大福に、僕を一番に守護するように命令してたのは覚えてるけど、契約なんてものがあったとは。

「それじゃあ、まずはその辺をキチンとしなきゃね」

 理事長が手を振るうと、床のコンクリートが凄まじい音を立てながら隆起し、やがて巨大な人形になった。

「私の作ったゴーレムと戦わせなさい。その子の真の姿を引き出すためにね」

「わわ、大福!あいつを倒せ!」

 巨大なゴーレムにビビった僕は上擦った声でそう命令していた。

 頭の上の重さが消失すると、大福は果敢にも自分の何十倍もあるゴーレムに、素早く飛びかかった。いつもの爪による攻撃は固いコンクリートに傷も付けられず、逆にゴーレムの放ったパンチを辛くもかわして地面に降り立った。

 こんなの無理ゲーだ。僕は大福に撤退命令を出そうと思ったが、理事長の鋭い眼差しで牽制された。

 続くゴーレムの猛攻をかわしているうちに、大福の身体が徐々に大きくなり始めていた。

「そう。本性を現しなさい!」

 理事長の非情な命令を受け、攻撃を続けるゴーレムだったが、突然、地を震わせる咆哮が上がって、その動きが止まった。

 今や体長20メートルほどに巨大化した大福は、真っ白な体毛に灰色の縞柄が浮かび上がっていた。

「そう、これが玲子の使い魔、幻想種の白虎びゃっこの真の姿よ」

 理事長は場に似つかわしくない微笑みを浮かべてそう言った。

 白虎?白虎だって!?

 それは中国に伝わる西の方角の守護神となる神獣の名前だ。母が一目置かれる夢想士だったのは、この白虎を従えていたからか。

 迫ってくるゴーレムを、白虎は猫パンチならぬ虎パンチ一発で粉々に粉砕してしまった。流石は幻想種。その強さは半端なかった。

 あんぐりと口を開けて呆けている僕を、理事長は厳しい口調で叱責した。

「さあ、白虎と契約しなさい!他の誰でもない、あなた自身が白虎と契約するのよ!」

 言われて僕は、震えだす下半身に力を入れて白虎と対峙した。

「白虎!僕が分かるな?契約をしたい!」

 僕の問いかけに、白虎は雷のような声で咆哮した。

〈私は絵本玲子と契約を交わした。そして、最後にあなたを守護するように命令された。だから命は助けるが、契約は出来ない〉

 頭の中に直接声が響いてきた。僕も集中し、テレパシーで呼び掛ける

(どうしてさ?僕と契約出来ない理由でもあるのかい?)

〈私と契約するには、最低でもAランクの夢想士にならなくてはいけない〉

(Aランク!?そんな、高校生のうちはB+ランクまでしか取得出来ないんだよ!?)

〈なら、待つしかない。Aランクを取得出来る日まで〉

 僕は途方に暮れて理事長の顔に視線を移した。今のテレパシーのやり取りも聞いてたはずだ。

「白虎、あなたは規格外の存在。夢想士組合ギルドとしてはあなたが暴走などしないか、確固たる証拠が必要なの。それは分かるわよね?」

 理事長の問いかけに白虎は悠然と巨体を地面に這わせ、組んだ前足に顎を乗せて鼻を鳴らした。

〈私は幻想種。本来なら使い魔などにはならない。それは良く分かっているだろう、マディ?〉

「そうね。中国に渡った玲子があなたを使い魔にして帰国した時は驚いたものよ」

 目を閉じた理事長は過去の記憶に思いを馳せてるようだ。

「あなたと玲子の間に何があったの?これは以前にもした質問だけど」

〈それには答えられない。私と玲子との密約だ〉

「あー、面倒臭いな、もう!」

 やり取りを見守っていた龍子先輩が一歩前に出て、頭をかきながら白虎と対峙した。

「あたしと勝負しろ、白虎!あたしを倒せなかったら、大人しくミーくんと契約するんだ!」

「り、龍子先輩!それはいくら何でも無茶です!」

 僕は慌てて龍子先輩を説得しようと思ったが、

「だって、仕方ないよミーくん。こいつは最初から話し合いなんて、する気がないんだ」

〈龍子とやら。Aランクの夢想士らしいが、私と戦うのは無謀だぞ。お前となら契約しても構わないが〉

「生憎だけど、先約がいるんだよ」

 龍子先輩は初めて会った時から付けていた、左手の手袋を取った。ファッションかと思っていたが、それは大きな間違いだった。

「出て来てくれ、龍神!同じ幻想種のあんたなら白虎も耳を貸すかもな!」

 龍子先輩は左手を天に掲げた。

〈やれやれ、無理を言うのう〉

 地に響く大音声が床をビリビリと震わせた。空中に現れたのは絵画で見たことのある龍だった。それも目映い光を放つ金龍だった。

 ふと、気づくと龍子先輩は地面に倒れてピクリとも動かない。

〈案ずるな、少年よ。龍子は我が体外に出ると仮死状態になるが、死ぬことはない〉

 いや、それはもう色々と何かヤバい気がするのは僕だけか?それにしても龍子先輩は体内に龍を宿していたのか。高校生でAランクを取得出来たのはそのお陰なのかもしれない。

〈さて、白虎よ。我は龍神だ。実体はとうの昔に失い、龍子の体内でのみ存在を許されている〉 

 龍神と白虎の間の空気がバチバチと焦げ臭い匂いを放っている。

〈これは驚いた。私の他にも幻想種がいたとは〉

〈先程も言ったが、我は龍子の体内でのみ存在出来る。こうして表に出ていられるのは数分だ。新たな実体でもあれば別だが〉

〈そなたは何故、人間の体内に宿っている?〉

〈その答えは直接ビジョンを送ろう。他の者には知られたくないのでな〉

 龍神がそう言うと、束の間の静寂が訪れた。どうやら龍神は記憶を直接、白虎に送ったらしい。目を閉じて耳を時折動かしていた白虎が、目蓋を開いて歎息した。

〈なるほど、仔細は分かった。そなたにとって、その娘は大切な存在なのだな〉

〈うむ、そして龍子がいるから我もまだこうしてこの世界に留まっていられる。ぬしも強い契約で結ばれた者がいなければ、異世界に飛ばされるかもしれんぞ〉

〈玲子と契約した時、私の魔水晶は消滅寸前だった。仲間の青龍や玄武、朱雀のように異世界に転生する寸前だった。玲子と契約することで一気にエネルギー量が増えて、存在が許されることになったが・・・〉

 白虎の目が動いて僕を捉えた。

〈玲子の息子ならばその価値はあるか。命よ、私との契約を望むか?〉

 突然話をふられて、一瞬焦ったが、それが母さんの望みであるように思えた。

(ああ、勿論だ。白虎、僕と契約を交わして欲しい)

〈あい、分かった。本日より私はそなたの剣となり、盾となって、最後まで付き従うことを誓おう!〉

 その瞬間、僕と白虎の身体が目映い光りに包まれて、魂のレベルで強固な繋がりが生まれたことが実感出来た。

 全てが終わると、白虎は再び白い子猫の姿に戻り、僕の頭の上に飛び乗った。

「ふう、一時はどうなるかと思ったけど、命くん、龍神と龍子さんにはちゃんとお礼を言うのよ」

 少し疲れた様子の理事長がそう促した。確かに、僕だけではどうにも出来なかったことだ。礼は尽くさねば。

「ありがとう、龍神・・・様を付けたほうが良いのかな?」

〈気遣いは無用だ。それより少年よ。龍子の力になってやってくれ〉

「それは、言われるまでもないよ。これからパーティーを組む仲間なんだし」

〈よろしく頼むぞ、では我は再び龍子の中に戻る〉

 言下に煙のように姿が崩れると、龍子先輩の左手に吸い込まれっていった。

 僕は慌てて龍子先輩の元に駆け寄り、身体を抱え起こした。

「龍子先輩、しっかりしてください!龍子先輩!」

 身体を揺するとがっしと両手で顔を挟まれた。

「ミーくん、いきなり上級生を押し倒すとは大胆だな」

「ええ!?誤解です!そんなことするわけないじゃないですか!」

「何だ、期待外れだな」

 龍子先輩は悪戯っぽく微笑むと立ち上がった。

「お、おい、龍子!今のは何だったんだ?お前の中に龍神がいるのか!?だから、俺はお前に勝てないのか!」

 猛志先輩が猛然と詰め寄ってきた。

「普段の戦闘で龍神の力を借りることはない。お前があたしより弱いのは、単なる修行不足だ」

「いや、ウチも文句言いたいで!龍子、模擬戦でアンタに全然歯が立たへんのは、アンタがズルしてたんやな!」

 上級生たちは色々と揉めてるようだが、僕と花園姉弟は顔を見合わせて苦笑するしかなかった。


  第2章 方術の修行


 鳴神学園に転入してきて早、1カ月。僕の修行は地道ではあるが続いていた。攻撃力は白虎がいるのでさほど上げる必要はない。むしろ術士としての能力を上げ防御力を高める必要があった。

 方術の内丹法である呼吸法と瞑想を組み合わせ、夢想士イマジネーターとしての基本的能力である、身体強化クオリティ・アップ疾走状態オーバー・ドライブ重力操作グラブィティー・コントロール結界創造フィールド・クリエイトなどのレベルを上げることが求められた。特に僕の場合描いたイラストを実体化させるスキルは、手間がかかるわりに、役に立たないスキルだった。夢想士ならばあらかじめ空想を現実化させたものを固有結界パーソナル・フィールドに保存し、呪文コマンド・ワードでいつでも取り出せないと意味がないと言われた。

 かなり辛辣ではあるがギルドマスターの理事長にそう言われては、返す言葉などありはしない。僕はひたすら自らの固有結界パーソナル・フィールドを構築し、そこに各種の武器や装備、使い魔を定着させる作業に没頭した。そしてようやく、Bランクの術士としての認定を受けたのだった。

 かなりの強行軍で精神も肉体も疲れ果てた僕を、猛志先輩は何も言わずサポートしてくれた。修行が終わってフラフラの僕を学食に連れてゆき、何も言わず大盛りの定食を二人分用意してくれた。その後、お風呂で疲れを癒しベッドに倒れ込む僕に黙って毛布をかけてくれた。本当に頼れる先輩だった。

 そして、修行にかまけてサボりがちな勉強は花園姉弟が、付きっきりで面倒をみてくれた。意外、と言っては失礼だが、姉の萌ちゃんも弟の薫ちゃんも定期試験では上位常連の優秀な生徒だった。

 私立なので勉強はかなり大変だったが、白石村にいた頃に比べると、僕の偏差値もかなり上がっていて、自分でもビックリだった。初めての定期試験が終わって机に突っ伏しているA組の僕を、C組の花園姉弟が迎えにやってきた。

「やっほー、ミーくん!試験終わったよ!今日の放課後は後回しになってたミーくんの歓迎会するよー!」

 元気一杯、ひまわりのような笑顔で手を振る薫ちゃんを、クラスメイトたちが生暖かい笑顔で眺めている。

「おい、絵本。お迎えだぞ。いいなー、お前は。両手に花で。転校して1カ月で、早くもモテモテじゃないか」

 クラスメイトは羨望の眼差しで僕を見るが、一人は男の娘だということに気づいているのかな?まあ、どちらにしろ説明も面倒臭いので、

「まあね、それじゃ、行ってくるよ」

「おー、行ってこい!この色男!」

 教室に残っている男子たちのヤジや冷やかしに手を振って応じ、僕は教室を出た。何かどっと疲れた。

「試験はどうだった?ミーくん」

 姉の萌ちゃんが尋ねてきた。もうそのあだ名確定なんだね。

「二人が勉強教えてくれたお陰で赤点回避は確実かな?正直レベル高過ぎで一時は絶望的だったんだけどね」

「ボクたちの家庭教師受けて赤点なんが取らせないよ」

 薫ちゃんが胸を叩いて太鼓判を押した。

「私たち、双子なんだけど得意な教科とか全然違うの。だから普段からお互いに教えあってるのよ」

 萌ちゃんは得意気にそう言った。

「羨ましいなー。僕は一人っ子だから、そういうの憧れるよ」

「ふふ、もうミーくんも姉弟同然だよ」

 薫ちゃんが悪戯っぽく笑う。こうしてると、本当に美少女だよなー、薫ちゃんって。

「姉弟?僕の位置はどこ?」

「当然、ボクの弟だよ!」

 こんな小さい姉・・・兄?は嫌だなあ。などと益体のない話をしながら、僕たちは正門へと向かっていた。今日は本当に僕の歓迎会をしてくれるそうで、1カ月ぶりに羽を伸ばして遊べそうだ。

 正門が見えてきた辺りでみんな異変に気づいていた。二人の人影が目にも止まらない早さで素早く打ち合っている。それが疾走状態オーバー・ドライブなのは言うまでもない。

 疾走状態オーバー・ドライブは思考速度、反応速度を上げるスキルで、Cランクで常人の10倍の早さで動ける。Bランクで100倍、B+ランクで1000倍、Aランクで1万倍、A+ランクで10万倍の加速が可能だ。10万倍なんて、もうほとんど時間が止まってるようなものだ。

 僕たちの目には時折、打撃を入れられた瞬間、疾走状態オーバー・ドライブが解けた状態の時しか見ることが出来ない。

 それで、分かったのだが、戦っているのは龍子先輩と猛志先輩だった。全く、あの二人は幼なじみなのに、何故毎日のように喧嘩するのだろう?

 傍らに立っている風子先輩は、呆れた顔で成り行きを見守っている。まあ、そういう反応になりますよね。

「龍子先輩!猛志先輩!」

 僕は埒が明かないと悟って大声で呼び掛けた。

「お、」

「隙あり!」

 疾走状態オーバー・ドライブを止めた猛志先輩の延髄に、龍子先輩のハイキックが極った。今日はピンクのパンツかー、などと益体のないことを考えながら、先輩たちの元に歩みよった。

「り、龍子、テメー、汚いぞ!」

「戦いを挑んでおいて油断するお前が悪い」

「そうやなー。今回はタケちゃんの負けやなー」

 苦笑しつつ判定を下す風子先輩。いつものことなので、この人もあまり動じていない。

「今回は、じゃなくて今回も、だろ、風子」

 龍子先輩はいつもの調子で腰に手をあてがい、カラカラと笑った。

「今のは無効だ!再戦を要求する!」

 未だ闘志を見せる猛志先輩を龍子先輩が冷ややかに諭す。

「ダメだ。これからミーくんの歓迎会なんだから、雰囲気をぶち壊すな」

 龍子先輩はそう一刀両断した。

「よう、ミーくんに花園姉弟。メンツも揃ったし行くとするか」

 龍子先輩はもうすっかりお祭りムードだが、不満げな猛志先輩は、なにやらブツブツと小言を繰り返していた。

「ほらほら、行くでタケちゃん。後輩の歓迎会なんやから、少しは先輩らしゅうしいや」

 風子先輩に背を押され猛志先輩も歩き出す。

「よーし、まずはカラオケにでも繰り出すか!」

 ノリノリの龍子先輩に僕は懸念を表明した。

「あのー、着替えなくて良いんですか?制服で繁華街歩くと不味いんじゃ?」

 僕の問いかけに、逆に龍子先輩は怪訝な表情を浮かべた。

「何を言ってるんだ、ミーくん?街には妖魔ファントムが蔓延ってるんだぞ。制服を着ていれば討伐してる現場を見られても、鳴神学園の生徒だから何のおとがめも受けない」

「え、それって警察も鳴神学園の生徒なら、逮捕出来ないってことですか?」

「むしろ感謝されるさ。言ったろ?鳴神学園は夢想士組合ギルドの鳴神支部だって。警察の上層部も不可解な事件は全部丸投げ出来るから、助かってるくらいなんだよ」

 なるほど、これが都会か。僕の住んでた白石村では夢想士の存在は隠すものだったけど、ここでは制服が妖魔と戦う正式な戦闘服ということか。

 駅前まで来たところで、いきなり誰かに話しかけられた。

「やあ、龍子ちゃんじゃないか、久しぶりだね」

 トレンチコートを着た年配の男性だった。チリチリの髪をかきあげ、人懐こい笑顔を見せる。

「あー、荒畑警部。お久しぶりー。お仕事ですか?」

 対する龍子先輩も満面の笑顔で手を振る。警部?この人は警察官なのか?龍子先輩の知り合いなのだろうか?

「実は今、連続失踪事件の捜査中でね。ひょっとしたら妖魔の仕業なんじゃないかと思って、学園に連絡を入れたところだよ」

 ん?ちょっと待て。この人、今なんて言った?

「そうなんですか?あたしたちは転入生の歓迎会なんですけど、協力しましょうか?」

「いやいや、下手に君たちに手を貸してもらうと、理事長先生がお怒りになるのでね。正式に要請が出たらその時はよろしく頼むよ」

「了解!お仕事頑張ってくださいねー」

 龍子先輩は手をヒラヒラと振って歩き出したので、僕は慌てて後を追った。

「り、龍子先輩!さっきの警察の人、妖魔って言ってませんでしたか?」

「んー?そうだよ。鳴神市警には妖魔の捜査班があるんだよ。さっきの荒畑警部は夢想士じゃないけど妖魔を視ることが出来る。まあ、Dランクだな。妖魔が絡んでる事件は警察の手に余るから、その判定が出来る荒畑警部のような人はこの鳴神市にとっては貴重な存在だよ」

 まあ、普通の警察に妖魔に対抗出来る能力があるとは思えないが。

「でも、下手に妖魔に関わって襲われたらどうするんですか?普通の拳銃の弾なんて、妖魔に通用しませんよね?」

「心配はいらないよ。魔水晶イブ・クリスタルは知ってるよね?」

「あ、はい。妖魔を討伐したら落とすアイテムですよね?」

「妖魔にとっての生命エネルギーの根幹。魔水晶が高値で夢想士組合ギルドに買い取ってもらえるのは知ってるよね?」

「ええ。母も職業夢想士プロ・イマジネーターだったので、ほぼそれで生計を立ててました」

 妖魔が消滅すると落とす魔水晶。兼業で討伐する者が多いが、完全に仕事にしてる夢想士も多い。それだけ魔水晶は高値で売れるのだ。

「魔水晶は色々な物に加工出来るからな。例えば魔水晶の銃弾とかね」

 そうか。さっきの荒畑警部も魔水晶の銃弾を込めた拳銃を携帯してるのか。

「荒畑警部も百戦錬磨の猛者だよ。ああいう妖魔を視ることが出来る人材が鳴神学園に連絡を入れ、状況によってはパーティーを派遣して、妖魔討伐をするのがこの鳴神市のシステムなんだよ」

 うーん、僕の生まれ育った白石村とは全く様相が違うな。これが都会の夢想士と妖魔の在り方なのか。


 カラオケボックスに入るとみんな、ソフトドリンクを注文し、タブレットを取り合いながら、曲を選んでいる。

 お腹が空いてたのでピザを頬張っていた僕に、隣に座った薫ちゃんが尋ねてきた。

「ねえねえ、ミーくんはどんな曲歌うの?」

「え?うーん、流行りの曲はとりあえす歌えるけど、個人的な趣味で言えば日本のパンクとか、メロコアが好きかな?」

「本当?ボクもパンク大好きだよ!」

「ウソ言いなさい。あんたはJ-POPが一番好きじゃない」

 薫ちゃんの向こう側に座った萌ちゃんが、呆れた顔で真実を暴露した。

「も、もうー!バラさないでよ、萌ちゃん!自分だって昭和アイドルオタクのくせに!」

「う、うるさいわね!良いでしょ、好きなんだから!」

 いやー女の子たちが集まると、非常にかしましいね。

 ステージでは龍子先輩が歌姫ソングを歌っていた。高音のファルセットボイスも決めて、点数は98点だった。意外と言えば失礼だが、龍子先輩がこんなに歌が上手いとは思わなかった。

「さ、今度は主役のミーくんだよ、みんな拍手ー!」

 パチパチと拍手の聞こえるなか、僕は30年も前の日本のパンクの曲を熱唱した。ハッキリ言えば僕なんか全然世代じゃないんだけど、母がこういうのを凄く好きだったのだ。家にはCDが山ほどあったので、子守唄代わりに聴いたものだ。勢いだけはあるので白けることもなく、歌い終わると熱い拍手が湧き起こった。

「渋いなー、ミーくん。でもこの曲なんて全然世代やないやろ?なんで歌えるん?」

「いやー、母のお気に入りだったもので」

「あー、親の影響はあるわなー。ウチもオカンの影響でK-POP得意やわ」

 ちょうど順番が回ってきたので、風子先輩はそのままステージに上がった。

 休憩に入りコーラを飲んでいると、

「お疲れ、ミーくん。なかなか格好良かったよ」

 上機嫌の龍子先輩が声をかけてきた。

「いやー、恐縮です。カラオケボックスなんて久しぶりなんで、少し緊張しましたね」

「上等上等。カラオケなんて盛り上がってなんぼだからね。しかし、渋い選曲だったね」

「あー、母の影響で古い曲ばかり聴いてましたから」

「なるほど、母上の趣味か。っと!」

 言いかけたところで、スマホの通知音が鳴った。

「誰だー?つまらない用事ならブッチして・・・」

 画面を確認した龍子先輩は、わずかに表情を引き締めた。

「理事長からのLINEだ。流石にこれはブッチできないなー」

 そう言いながら、龍子先輩は中座して部屋の外に出ていった。

「ミーくーん!龍子先輩はどうしたのー?」

 上機嫌で薫ちゃんが僕に抱きついてきた。甘い女の子の匂いが鼻腔を刺激する。

「こ、こら、止めなさい薫!」

「何をー?ボク何もしてないよ」

「男の子に気軽に抱きつくのは止めなさい!」

 花園姉弟の言い争いを心地よく聞いていたら、部屋のドアが開いて龍子先輩が声を張り上げた。

「ストーップ!理事長から要請が来た。これから妖魔討伐に向かうぞ!」

 楽しい時間は、突然にお開きとなったのだった。


 カラオケボックスを出た僕たち一行は、そのまま南西地区を目指した。鳴神市の中でも治安の悪いところであり、ワルの吹きだまりと呼ばれる黒神高校の存在する地域である。

「話によると、荒畑警部と妖魔特捜課が現場を封鎖しているらしい。コミュニケーションが取れないようなので中級妖魔の可能性が高いとのことだ」

「でも、影で上級妖魔が手ぐすね引いて待ってる可能性もあるやろ?」

「それは勿論、どんな現場でもあり得ることだ。みんな警戒を怠るな」

 龍子先輩はそう言うと僕の耳に顔を寄せてきた。

「大丈夫か、ミーくん?大福まかせにしちゃダメだよ」

「わ、分かってます。僕も固有結界パーソナル・フィールドに武器を収納してますから、いつでも対応可能です!」

「まあ、肩の力を抜いて、実戦を経験するのも立派な修行だから。この1カ月の鍛練の成果を見せてもらうよ」

 龍子先輩はニッコリ笑い、僕の肩をポンポンと叩いた。歴戦の戦士という感じで心強いが、僕はほぼ初めての実戦に少し緊張してるのは否めない。


 廃工場や廃ビルの密集した145区に到着すると、ある廃工場の正門付近に車を停め、拳銃を構えた数人の刑事が現場を固めていた。

 無線で何やらやり取りしていた荒畑警部が僕たちに気付き、大きく手を振った。

「やあ、君たち。すまないね、楽しんでいたところに」

「仕方ないですよ。妖魔は時と場所を選ばずに出現しますからね。で、どういう状況ですか?」

 龍子先輩は手慣れた感じで荒畑警部に状況説明を求めた。

「タレコミがあった。部下たちを連れて来てみると、数体の妖魔を確認したのでね。鳴神学園に連絡を入れ、この工場の正門と裏門を固めた次第だよ」

「なるほど。荒畑警部から視てどうでした?相手は中級でしたか?」

「こちらの呼び掛けに応じないし、妖魔探知機でエネルギー量を測定した限りでは、中級妖魔で間違いあるまい」

「なるほどね。状況は分かりました。私たちのパーティーで中を探索します」

「そちらの彼は初めてだろう?大丈夫なのかい?」

 荒畑警部は僕のことを気遣ってくれているようだ。

「大丈夫です。誰でも最初は初心者なんですから。現場で経験値を高めるのが一番の修行になるんです」

 龍子先輩はそう言い、僕のほうを振り返って顔色を伺った。

「大丈夫です、龍子先輩。覚悟は出来てます」

 僕の返答を聞き、龍子先輩は満足げに頷いた。

「それじゃあ、荒畑警部。行ってきます。討ちもらした妖魔が現れたら、遠慮なく射殺してください」

「ああ、いつものことだからね。心得てるよ」

 荒畑警部は手にした拳銃を掲げてアピールする。

 僕らは特捜課が張ったであろう、魔水晶で作られた封鎖テープを抜けて、工場の中に入ってゆく。

「よーし、獲物は一つ残さず、俺が討ち倒してやるぜ、武装化アームド!」

 猛志先輩が呪文コマンド・ワードを唱えると、その全身がフルメタルプレートのような、強化服パワード・スーツに覆われた。猛志先輩は幼い頃から空手で鍛えてきたから、その戦闘スタイルも肉弾戦なのだろう。

「ミーくんも用意しておいたほうが良いんじゃないか?」

 龍子先輩が振り返り、そう促してきた。確かに、今までスケッチブックのイラストを現実化する方法に頼っていたから、何も用いずに戦闘する良い機会だった。

「それでは、行きます。長剣ロングソード!」

 僕の呪文コマンド・ワードに応じて、両手にずっしりとした重みが生じた。RPGなどでお馴染みの両刃の剣である。

「お、スムーズに出せるようになったね。でも、君は剣術の心得はないから防御することを第一に考えるんだよ。いざとなれば防壁シールドも使うようにね」

「はい、分かってます!」

「そして、いよいよヤバいとなったら白虎を使うんだ。実戦に綺麗事は通用しないからね」

 それだけを言うと、龍子先輩は先頭をきって工場の中に潜入してゆくのだった。


 廃工場の中は機械類も撤去されていて、ただ広大な空間が広がっている。

 あたしは花園姉弟に指示を出す。

「よし、萌と薫はいつものようにあれを展開してくれ」

「了解です!」

 花園姉弟はしゃがみこんで両手を地面についた。

死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデン!!」

 言下に地面に植物の蔓や蔦が恐ろしい勢いで広がってゆく。数秒で工場内の地面は緑に覆い尽くされた。

「こ、これは!?」

 初めて見たミーくんが軽くパニックになっている。まあ、仕方ないか。

「一種の結界だよ、ミーくん。妖魔が、この中に足を踏み入れると反応して束縛してしまう、探知機みたいなものだな」

 話していると、バシンッと何かがかかった。確認すると醜悪な小人型の妖魔が数体、植物の蔓にがんじからめになって、暴れていた。

「そら、かかったぞ!ミーくん、倒してこい!」

「は、はい、分かりました!」

 ミーくんは長剣ロングソードを握りしめて標的に向かって駆けた。振り上げると力任せに妖魔に一撃を食らわせた。頭から真っ二つになった妖魔は、煙を上げて消滅してゆく。そして地面には小振りな丸い水晶玉が落ちていた。

「ミーくんの戦果だよ。大事に持ってなよ」

「はい、分かりました!」

 花園姉弟とのチームプレイなら、ミーくんもそう苦戦はしないだろう。

 目を転じると猛志が大型の妖魔と戦っていた。オーガタイプか?中級妖魔では強者の部類に入るが、B+ランクの猛志なら大丈夫だろう。

 あたしは結界の入り口を見つけ、風子に声をかける。

「ここは猛志と1年生トリオに任せよう。この結界の中に親玉がいる」

「オーケー!露払いならこの風子さんに任しとき!」

 あたしと風子は空間に生じている歪みの中に身を踊らせた。すると小型のゴブリンタイプが、集団で襲いかかってきた。

「風子!」

「あいあい、死之暴風デス・ストーム!」

 風子の呪文コマンド・ワードに応じて、強烈な竜巻が生じ、ゴブリンタイプはなす術もなく空中に巻き上げられ、バラバラに引き裂かれてゆく。

 あたしは結界内の魔力をたどり、この結界を作った主を見つけた。全長50メートルはありそうな巨大な大蛇だった。

「見つけたぞ!稲妻狙撃ライトニング・ストライクス!」

 右手をかざし、稲妻を巨体に向けて打ち込んでゆく。しかし、巨体ゆえかあまり効果がない。

(龍神、軽い攻撃だと、雷エネルギーが散ってしまう。アレを使うべきか?)

〈いや、中級妖魔相手にその必要はない。こいつは蛇神タイプの奴だから、強い熱を食らわせてやれ〉

(すると、あれか、よし!)

「風子、相手の頭部に直接雷を食らわせたい!」

「よーし、ウチが動きを止めるで!カマイタチ百烈斬!」

 風子のカマイタチが大蛇の体表を削り取るが、鱗が固いのか全く意に介した様子がない。

「アカーン、龍子、任せるわ!」

 状況判断の早い奴だ。とりあえず、他にもいるゴブリンタイプを風子に任せ、あたしは地を蹴って飛んだ。重力操作グラブィティー・コントロールで10メートルほどの高さまで上がり、大蛇の姿を眼下に納めた。

「よし、行くぞ!」

〈うむ、出し惜しみする必要はないぞ。食らわせてやれ〉

 あたしは大蛇の頭の上に張り付き、とっておきを惜しみなく出す。

灼熱電撃サンダー・ボルトー!!」

 あたしの呪文コマンド・ワードで数百万ボルトの雷エネルギーが、大蛇の全身を熱し細胞を破壊してゆく。

〈シャアアアー!!〉

 大蛇は遂に力尽き、ボロボロとその巨体が崩壊してゆく。

 地に降りたって、あたしは風子に最後の指示を出す。

「よし、風子。死之暴風デス・ストームで全て破壊してしまえ!」

「オーケー!ほな、行くでー!死之暴風デス・ストーム!!」

 結界内を暴力的な風が荒れ狂い、残った妖魔たちがバラバラに四散してゆく。中級妖魔ならこんなものかな?

〈急げ、龍子。結界が崩壊し始めたぞ〉

「よし、風子、ここを出よう。この結界はもうすぐ消滅する」

「アイアイサー」

 あたしと風子は歪んで収縮してゆく結界から脱出するのだった。


 死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデンの防御力は完璧だった。緑に踏み行った妖魔は全てトゲトゲの蔓に捉えられ、動きを封じられる。そこを猛志先輩と僕でトドメを差しにゆく。攻防一体とは正にこのことだ。時々、空間の歪みの中から轟音が轟いたが、気にしなくて良いと猛志先輩に言われた。

 まあ、AランクとB+ランクの夢想士たちだから、無用の心配なのだろう。

 それより、僕も剣を使っての戦闘に随分と慣れてきた。まあ、相手は拘束されているのだから、かなり一方的なワンサイドゲームだ。これで負けるほうが難しいくらいだ。

 やはり、戦闘はパーティーで臨むのが無難だ。花園姉弟の死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデンの恩恵は計り知れない。

 工場内の妖魔を、ほぼ一掃した頃に龍子先輩と風子先輩が空間の歪みから戻ってきた。

「おー、こちらもほとんど終わってるようだな。ご苦労さん」

 疲れを見せる様子もなく龍子先輩は工場全体を見渡した。

 すでに緑も全て消え去った廃工場内は、閑散としていた。あれほどの妖魔たちを全て討伐出来て、僕は満足感に包まれていた。そこに、

「ダメですよ、先輩!その魔水晶は私たちのです!」

「この大きさのはオーガタイプの奴だろ?ならそれは俺が倒した分だ!」

 魔水晶の取り分で揉めている仲間たちがいた。

「じゃあ、こうしましょう。大きいのは猛志先輩ので、小さいのは僕たち1年生の戦利品ということで」

 僕が助け船を出すと、

「そーだろそーだろ。流石だな命。分をわきまえてる」

 猛志先輩はふんっと鼻息を鳴らし魔水晶の回収作業に入った。

「ちょっとミーくん!何も全部譲らなくても良いじゃない!」

 おっと、女子たちから不満が噴出してきた。僕はまあまあと宥める。

「こっそり、数を数えてたんだよ。量的には小さい魔水晶のほうが多い。それに問題なのは中に存在する生命エネルギーだからね。見た目通り大きいから多いとは限らない」

「なるほどね」

「さっすがミーくん。抜け目ないね」

 女子たちの賛同も得られたところで、全員で魔水晶の回収作業に入ったのだった。


 僕らが工場の中から出てくると、出し抜けに銃声が響いた。何事かと思ったら、ゴブリンタイプの妖魔が数体、荒畑警部たちのいる正門に向けてちょこまかと動きながら近づいている。

「しまった!討ち漏らした奴がいたか!」

 龍子先輩は右手の人差し指を構えて

稲妻狙撃ライトニング・ストライクス!」

 雷撃を放った。しかし、動きの素早いゴブリンタイプを全て倒すのは、時間がかかりそうだ。

「白虎ー!!」

 僕は後先考えずに最善手を選んだ。

 僕の呼び掛けに応じて頭の上にいた大福が、白虎の姿に戻って地を駆けた。数体いるゴブリンタイプは仰天したようにざわついた。散り散りに逃げようとするも、すでに遅かった。

 虎パンチが縦横無尽に繰り出され、ゴブリンタイプの妖魔は全て消滅した。

「よーし、戻れ、大福!」

 命令に応じ白虎は再び白い子猫の姿に戻り、僕の頭の上に戻った。

「ふー、ファインプレーだよ、ミーくん」

 龍子先輩が拳を突き出してきたので、僕も拳を合わせる。

「大丈夫ですか、荒畑警部?」

 龍子先輩の呼び掛けに、拳銃をしまいながら警部は苦笑いを浮かべる。

「はー、いつまでも慣れるってことはないね、この仕事は。助かったよ、龍子ちゃん」

「いえいえ、今回の功労者は彼なので、礼ならミーくんにどうぞ」

 いやー、僕も命令しただけだから、何だか面映ゆい気持ちになった。

「そうか、助かったよミーくん。これからもよろしく」

 差し出された手を慌てて握った。節くれだった厳つい手だった。

「本当にこれで終わりなんだね?それなら封鎖を解かなきゃいけないからね」

「ええ、魔力感知マナセンサーに反応がないのでここはもう大丈夫です」

「分かった、部下たちに連絡を入れておくよ。君たち、今日は本当にご苦労様。歓迎会のほうは終わったのかい?」

「いえいえ、まだこれからですよ。次はボーリングにでも行こうかと」

 龍子先輩は僕のほうを振り返り、ウインクを決めた。美少女は何をやっても様になるなー。

「それじゃ、荒畑警部お疲れ様でーす!」

 警察官たちに手を振りながら、僕たち一行は現場を離れた。戦闘で疲れていたが、龍子先輩が歓迎会を続けるというなら、是非もない。付き従うまでだった。


  第3章 上級妖魔と闇の夢想士


 学園生活にもかなり慣れてきた。表向きは熱心な進学校なので勉強は大変だったが、美少女姉妹、もとい姉弟のお陰でそれなりの偏差値を維持している。大変なのは体育の時間でうっかり夢想士の力を使ってしまうことだった。

 50メートル走でうっかり世界新を出してしまい、次は思い切り手を抜いてストップウォッチの故障だと思わせるのに苦労した。

 方術の修行で身体強化クオリティ・アップが磨かれれば、常人を遥かに上回る身体能力を手に入れられるので、普段から手を抜く演技が必須となる。

 演技が必要なくなるのは、部活で模擬戦をする時か、街で妖魔討伐をする時だけだ。そういえばそれで知ったのだが、方術研究会に所属している者は夢想士のIDカードをぶら下げ、各パーティーで順番に鳴神市内をパトロールするのが常識となっている。

 ここ鳴神市は古から妖魔の出現率が高く、夢想士の数も他の大都会並みに多いらしい。確かに僕が転入して来てからも、何度か妖魔との戦いがあった。妖魔は人間の負の感情が溜まると自然発生するため、マメなパトロールが常態化していた。

 RPGやファンタジーのゲームやアニメの影響で、人間の負のエネルギーが容易く妖魔を産み出してしまい、それを我々夢想士が討伐してゆく。とんだマッチポンプもあったものだ。

 今日も今日とて、僕の所属するパーティーが当番なので、授業が終わるとみんな校門前に集合することになっている。自販機でジュースを買い、おもむろに校門に向けて歩いていると、龍子先輩たちが、3人の生徒と向かい合っていた。

「?」

 女生徒が二人と男子生徒が一人。まったく覚えの無い3人だったが、何となく空気が張り詰めている気がする。

「龍子先輩ー!どうかしたんですか?」

 僕の問いかけに気付き、何故か龍子先輩は天を仰いでいた。

 すると、黄色のリボンをした3年生の女生徒が眼光鋭く僕を見据えた。ポニーテールが似合う、凛々しい顔立ちをしている。何かを探るような不躾な視線に耐えきれず、龍子先輩に助けを求めた。

「あのー、龍子先輩?」

「まあ、仕方ないか。いつか来る日が今日だったということか。ミーくん、こちらは武藤家の3姉弟の方たちだ」

 武藤家?何だろう、地元の名士とかいうやつだろうか?

「3年生が武藤小夜むとうさや先輩。剣術の達人だ。2年生が弓美ゆみ。弓道部のエースだ。1年生が槍太そうた。槍術の使い手だ」

 紹介されたので僕は静かに会釈して挨拶に変えた。2年生の弓美先輩は長い髪を両側に束ねている。こちらも美形だが小夜先輩ほど鋭い眼光はしていない。おっとりした印象だが、1年生の槍太くんとやらは、いわゆるガンを飛ばすというワルの眼技でもって、僕を睨み付けている。バリバリに逆立てた髪が攻撃的だ。

「武藤家は古から鳴神市で妖魔討伐を生業としてきた家系でね。特にこの小夜先輩は凄いよ。怒らせないほうが良い」

 そんな気は毛頭無いのに、その小夜先輩にじろりと睨まれてしまった。

「ほう、龍子くん。彼が例の転入生か。卓越した魔物使いらしいな」

 小夜先輩もビックリするほどの美形だが、龍子先輩と違って明確な敵意のようなものを感じる。

「方術研究会ではこんな、危険な存在を容認しているのか?」

 小夜先輩の視線は明らかに僕の頭の上、大福に固定されていた。何だか嫌な汗が背中を伝う。

「ええ、理事長も立ち会いの元で契約を結んだ、れっきとした使い魔ですよ。決して人に害を為すことはありません」

 ふうんっと、息をついた小夜先輩はようやく大福から視線を外した。

「理事長が認めているなら私から言うことはない。それじゃあ」

 小夜先輩は他の二人を引き連れ校門を抜けて行ってしまった。そして、気付いた。あの3人が片袖にワッペンを付けてないことに。

「龍子先輩!あの人たち、夢想士なのにワッペンを付けてませんでしたよ?」

 僕が尋ねると龍子先輩は微かにため息をついた。

「さっきも言ったけど、武藤家は鳴神市で古から妖魔討伐を行ってきた家系だ。その矜持から夢想士組合ギルドにも加入していない。彼らのご贔屓筋も多いしね。そこで夢想士組合ギルドと武藤家は相互不可侵条約を結んでいる。お互い妖魔討伐は自己責任でやってゆこうって感じかな?」

 知らなかった。大きな街ではそういうこともあるのか?まあ京都などでも昔気質の一族が、たくさんあるって聞いたことがあるけど、こんな感じなのかな?

「まあ、関わらないに越したことないよ、ミーくん。特に末弟の槍太とはね」

「僕と同じ1年生ですよね?そんなに強いんですか?」

「あー、まあ弱くはないけど、やたらと人に絡む困った性格をしているんだ。ミーくんもなるべく相手をしないほうが良い」

 龍子先輩はスマホで時間を確認すると、

「よーし、パトロールに出掛けようか。今回は北東地区だ。このところ失踪者や行方不明者が多発してるから、気を引き締めてゆくぞ。」

 龍子先輩を先頭に、僕たちのパーティーはパトロールに向かうのだった。


 北東地区は南西地区とは真逆で、閑静なベッドタウンとなっている。大きな商業施設もあり、住人も犬の散歩を楽しんでいたり、とても妖魔が出現しそうにないエリアだった。

「そうでもないんだよ、ミーくん」

 僕の疑問に龍子先輩が答えてくれる。

「確かに一見平和な街に見えるだろうけど、人間って奴はどんな環境でも不平不満や愚痴、恨み辛み、妬みそねみから無縁ではいられない。確かに南西地区に比べれば治安は良いけど、犯罪件数はゼロじゃない。むしろ金持ちが多いから犯罪者の絶好のターゲットにされるケースも多いんだよ」

 なるほど。僕も性善説を信じるほどお人好しじゃないけど、どんな街でも人がいる限り妖魔が出現する可能性はゼロじゃないということか。

「ただ闇雲に探してもロスが多いから情報屋のところでネタを仕入れていくか」

「情報屋?妖魔の動向に詳しい人がいるんですか?」

「そこはまあ、会ってみてのお楽しみってところだな」

 龍子先輩は悪戯っぽく微笑んだ。

 着いたのは7階建てのテナントが沢山入ってる商業ビルだった。

「みんなは1階の喫茶店でお茶でも飲んでてくれ。さ、行こうかミーくん」

 僕と龍子先輩はエレベーターに乗り込み、5階で降りた。何だか人気のないビルだった。

「さ、着いたよ、ミーくん」

 僕たちの前には大神探偵事務所と書かれた扉があった。なるほど、探偵ね。確かに失踪者や行方不明者のことに詳しそうだ。

「おーい、いるか情報屋?」

 龍子先輩はノックをすると返答を待たずに扉を開けた。

「おいおいおーい、勝手に開ける奴があるかー!って、なんだお嬢か」

 応接用のソファーの向こう側、大きな執務デスクの上に足を載せ、椅子に座り込んだ人物が声を上げた。僕は反射的に長剣ロングソードを現実化させて身構えた。

「り、龍子先輩!妖魔ですよ!それも恐らく上級の!」

 戦闘態勢に入った僕の肩を龍子先輩がポンポンと叩いた。

「落ち着け、ミーくん。情報屋は確かに上級妖魔だが、敵じゃない」

「おやまああらさて、お嬢、新人かい?何だか途轍もない使い魔を連れてるな」

 年の頃は30代前半といったところか。白いスーツに身を包んだ人物が大袈裟におどけてみせる。フワッとした総髪に発達した犬歯が印象的な人物だ。

「とりあえず剣を仕舞え、ミーくん。彼は大神翔おおかみかける。見ての通り探偵を生業にしてる。上級妖魔だが人は襲わず、我々に妖魔関連の情報を流してくれる情報屋だ」

「け、けどそんなのあり得るんですか?妖魔が自分の仲間を売るような真似をするなんて」

「うーん、まあ初めは信じられないかもしれないね。しかし、人間にも良い奴と悪い奴がいるように、妖魔にもいるんだよ、我々夢想士に味方するものがね」

 探偵はくわえたタバコにジッポーで火をつけ、紫煙を吐き出した。

「まあ、そういうことさ。夢想士だって、光と闇があるようにね。俺なんかはさしずめグレーってところかな?言っておくが俺は人間を襲わないよ。商売柄、街を歩くことが多いが、そうやって繁華街をうろついているだけで、十分な生命エネルギーを得られるからね」

「それってまさか、精気吸収エナジー・ドレイン?」

「ご名答!1日何百人とすれ違うから、それだけで必要なエネルギーは得られるんだよ」

 その人懐こい笑顔からは確かに黒い闇も悪意も感じとれない。しかし、にわかには信じがたい話だった。

「龍子先輩の手前、一応信じます。けど油断はしませんよ」

「かっはっはっ!上等上等。それくらい用心深くないと、夢想士は務まらないぜ」

 探偵は僕の頑なさを愉快に思ってるようだ。こっちは生憎、不愉快なんだけど。

「それより、情報が欲しいんだ。この辺りでも最近、失踪者が増えてるみたいだからな」

「ああ、俺のところにも失踪者の捜索依頼が絶えない。調べた限りだと上級妖魔が関係してるようだね」

「上級妖魔か。それは確かなのか?」

「おいおい、お嬢。俺だって上級妖魔だ。見誤ることはない。何しろ一本角の鬼だからな」

「鬼だって!?」

 僕は思わず口を挟んだ。鬼といえば上級妖魔の中でもかなりの強者だ。Aランクの夢想士でも手に余るほど、エネルギー量が膨大だ。

「鬼・・・か。また武藤姉弟と揉めなきゃ良いんだが」

「?なんでここで武藤姉弟の話が出てくるんですか?」

 僕は先ほど出会った武藤姉弟たちを思い浮かべていた。

「武藤家は妖魔の中でも、特に鬼に対して強いこだわりがあるようなんだ。小夜先輩の愛用の刀は鬼切丸という業物でね。先代から受け継いだ家宝らしい。と、それはともかく」

 龍子先輩はこめかみを指で押さえて目を閉じた。

「武藤姉弟が気づく前にカタをつけなきゃいけないな」

 再び目を開けた時、龍子先輩の瞳は強い決意を秘めていた。


 僕たちは1階の喫茶店ろっく屋で作戦会議を行っていた。

「情報屋に結界の入り口がある場所をピックアップしてもらった地図がこれだが・・・」

 パッと見だけでうんざりするほどの数のバッテンが付いている。最も、その横にCやB、Aという風に書き込みがある。そこにいる妖魔のランクを示しているようだ。

「気になるのはやはりここ、Aのチェックが入った場所だな」

 そこは今いる場所からそう離れていない。

「じゃあ、早速そこに行こうぜ!上手くすれば上質の魔水晶が手に入るぜ」

 猛志先輩は拳を手の平に叩きつけ、闘志満々だった。

「落ち着け。このAの周りを見てみろ。ちょうど円を描くようにBのチェックが入ってる。その周りはCだ。まるで夢想士を引き入れるための罠に見える」

「せやなあ。とりあえず周りのB、中級から順番に討伐していったほうがええかもなあ」

 風子先輩は龍子先輩の案に賛成らしい。

「ボクも慎重に行ったほうが良いと思うな。このバッテンの多さ、一度に集結されたら厄介なことになるよ」

「そうね。この間の討伐でも、相手が中級ばかりだと油断してて危ない目に合ったんだし」

 花園姉弟は慎重派のようだ。猛志先輩は立ち上がりここぞとばかりに激を飛ばす。

「バカやろう!中級妖魔の討伐中でも上級が姿を現す可能性はあるだろうが!なら、いっそのこと上級妖魔から討伐するのもありだぜ!」

 どちらの意見もそれなりに説得力があるのでミーティングは難航していた。

「そういうことならあたしが上級妖魔、鬼の退治に行ったほうが良いな」

 龍子先輩の提案に一同が一瞬、無言になったが、猛志先輩が猛反対した。

「テメー、龍子!まんまと上級妖魔を倒して魔水晶を一人占めか!?」

「誰がそんなセコい話をしてる?」

 うわ、龍子先輩の目が冷ややかだ。あの目は猛志先輩が相手の時だけ見られるんだよなあ。

「鬼といえば上級妖魔でも支配種レベルだ。Aランクのあたしが相手するのが最善手なのは明白だろう?」

「B+ランクの俺なら上級妖魔に挑戦する資格はあるぜ。そうだろ、龍子!」

「ふーむ、鬼だからと言って単体とは限らない。中級の使い魔も何体かいるだろう。そう考えると・・・」

 龍子先輩は一同をぐるりと見渡し結論を出した。

「よし、Aの場所はあたしと猛志で行く。他のみんなはBのバッテンを片付けながらAを目指してくれ。そちらはいざとなれば、ミーくんの白虎がいるから、あまり心配はないだろう」

 こうして、今日の討伐は変則的ながら、一応バランスの取れたパーティーで攻めることになった。


 あたしは魔力感知マナ・センサーを働かせながら、地図上にAのバッテンを付けられた廃墟に向かっていた。新しいタワーマンション誕生などで、すっかり寂れてしまった場所だ。昼間でも暗い影の指すもの寂しい場所だ。

「やれやれ、お前と二人だけのパーティーなんて久しぶりだな。でもなんで俺を鬼のところから外さなかった?」

「外したらますますムキになって拘るだろう、お前の場合」

 わずかながら魔力を感じる。そちらのほうに足を向ける。

「まあな。お前がAなのに、この俺が未だにB+ランクなんて、屈辱的だからな」

 やはり、未だに勘違いしたままか。本来ならB+だって高校生には取得出来ないランクだ。風子もそうだが、あたしのパーティーメンバーだから、理事長が特別に与えた称号だ。実力的に上級妖魔、特に鬼を相手するなんて本来なら許されないことだ。

 普通なら学園に通報し、Aランクの職業夢想士に討伐依頼がいくところだ。今回はあたしの独断専行だ。いざとなれば全ての責任は自分で取るつもりだ。

 その時、いきなり膨大な魔力が生じ、金剛杖を持った鬼が現れた。頭に一本の白い角を生やした筋骨隆々の鬼はずんっと金剛杖を地面に突き立て、ギロリとこちらを睨み付けた。

「おっと、現れやがった!武装化アームド!」

 猛志が強化服パワード・スーツを装着したのを見て、鬼は醜悪な笑いを漏らした。

「クゥケケケ!まんまと半端な夢想士が釣れたな!」

 言下に中級妖魔がわらわらと出現した。やはり鬼は知能も高く狡猾だった。

稲妻狙撃ライトニング・ストライクス!」

 あたしは現れた中級妖魔を次々に攻撃するが、数が多い。その隙に、

「覚悟しろ、鬼め!鉄拳粉砕ハンマー・パンチ!」

 猛志は疾走状態オーバー・ドライブに滑り込み、猛然と鬼に向かって攻撃を始めた。


死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデン!」

 目的地に到着するや否や、いきなり中級妖魔たちが現れた。聞いたことがある。妖魔は夢想士に牽かれて出現すると。それは僕たちが並みの人間より、遥かに膨大な生命エネルギーを持っているからだと。

長剣ロングソード!」

 僕は剣を構え、風子先輩は右手を天に掲げた。

 バシン、バシンとあちこちで妖魔が蔓に絡め取られてゆく。僕は咆哮を上げて手近にいた妖魔に斬りかかる。

「ほな、行くでー!カマイタチ、乱れ打ち!」

 風斬り音が辺りに生じ中級妖魔たちはズタズタに切り裂かれ、消滅してゆく。このパーティーでの戦闘は本当に助かる。本来なら中級妖魔でも苦戦するだろうが、花園姉弟の死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデンのお陰で苦労することなく経験値が積める。

 そこで、

「妙やな」

 と、風子先輩が首を傾げた。

「何が妙なんですか?」

「いや、こいつらウチらの方に

向かってくるより、微妙に移動してるみたいや。しかも移動方向は・・・」

「何か妖魔が移動してるよー」

 薫ちゃんが怪訝な声を上げた。

「まるで、どこかに誘い込まれてるみたい」

 萌ちゃんも妖魔たちの奇妙な動きに戸惑っているようだ。

「風子先輩!こっちの方向って・・・」

「うん、考えたくないけど、Aのバッテンが付いてた場所やな!」

「まさか、罠ですか!?」

「分からんけど、その可能性はある。とにかく、一体でも多くの妖魔を倒すんや!」

「はいっ!」

 僕は長剣ロングソードを握り直し、蔓に捉えられた妖魔に斬りかかった。


 鬼の攻撃速度は早かった。Aランクのあたしなら捌けるが、B+ランクの猛志には荷が重すぎた。鬼の振るう金剛杖の攻撃を両手両足で防いでいるが、もう手足にダメージが溜まり動きが鈍くなっている。

「猛志!あたしと代われ!」

 一歩踏み出したところで、黒い影が刃物のように襲いかかってきた。

防壁シールド!」

 結界が四方八方から襲ってくる黒い影の動きを止める。

「影使い・・・羽黒夜美はぐろよみか!」

「ご名答。お久しぶりですね、神尾龍子さん」

 そこに佇んでいたのはおかっぱの、黒神高校の制服を着た女子生徒だった。

「チッ、鬼の討伐ばかり考えてて、お前らのことを失念していた」

「おやおや、冷たいですね。過去、幾度となく戦ってきたのに」

「お前ら闇の夢想士が一方的に敵対してるだけだろーが!」

「ふふ、それはともかく、早く手助けしたほうが良いんじゃないですか?あっちの彼、もうすぐ鬼にやられますよ」

 それを聞いた途端、あたしは怒りのままに呪文コマンド・ワードを唱えていた。

天薙神剣あめなぎのみことのつるぎ!」

 ずしりと両手に力強い重みを感じる。神代から伝わる伝説の神器だった。幅広の両刃剣で地はもちろん、天ですら薙ぎ倒す業物だ。

〈落ち着け、龍子。剣は最後の武器だ。鬼の大群を相手するならともかく、一体の鬼と闇の夢想士に使うのは、明らかに過剰戦力だ〉

 龍神が警告を発するが、あたしはもう止まらなかった。

(猛志が鬼にやられてしまう!今使わなくて、いつ使うんだよ!)

 羽黒夜美は暗い笑みを浮かべて両腕を組んだ。

「おやおや、本気ですか龍子さん?寂れてるとはいえ、住宅街の真ん中でそんな業物を使うなんて」

「妖魔と手を組む、闇の夢想士なんかに言われたくない!」

 あたしが剣を構えるとあらゆる方向から影の剣が次々に襲いかかってくるが、あたしが剣を軽く一振りするだけで暴風が生じ、影は瞬く間に雲散霧消していた。

「相変わらず反則級ですね、その剣は」

「そこをどかないと、後ろの鬼ごと吹き飛ばすぞ」

「良いんですか?お仲間も一緒に吹き飛びますよ?」

「猛志はそれくらいで死ぬほど柔じゃない」

 剣を握り直し、一歩踏み出した。

〈冷静になれ、龍子。まずは猛志を多重結界で保護するのだ。鬼と闇の夢想士だけに攻撃を絞れ〉

 そうか、猛志を結界で保護すれば遠慮なく斬撃を食らわせられる。

「よーし、行くぞ!羽黒夜美!」

 あたしは覚悟を決めた。


 突然、妖魔を捉えていた蔓が千切れた。一体だけじゃない。全ての妖魔が戒めを解かれて襲いかかってくる。

「一体何が?おっと危ない!」

 オーガタイプのデカイのが剣を繰り出してきた。僕は間一髪で長剣ロングソードで防ぐ。

 何やらナイフのようなものだ。それが何本も飛来して妖魔を縛ってる蔓を切断している。これは妖魔の仕業じゃない!一体何が・・・

「何や、最悪のタイミングで現れたな、金城英理かねしろえり!」

 妖魔の首をカマイタチで切り落とした風子先輩が声を上げた。

 今のは人の名前か?でも中級妖魔に名前などない。風子先輩の様子を伺うとある一点を見つめていた。その視線の先にいたのは、見たことがない制服を着た女子生徒だった。オレンジ色の髪をいじりながら、不遜な笑みを浮かべている。どこから見てもヤンキー娘だ。

「風子先輩!あれは誰なんですか?」

「金城英理。黒神高校の生徒で、闇の夢想士や」

「闇の夢想士?」

 すると、金城英理はケラケラとバカにするような笑い声を上げた。

「ウソ~、闇の夢想士知らないの?あり得ないんですけど?」

 バカにするように、ではなく完全にバカにされていた。

「ウチら夢想士組合ギルドに所属してる夢想士は光の夢想士。一方で自分の欲望にしか能力を使わへん連中は闇の夢想士って言われてる。奴らは夢想士同盟ユニオンってゆう、非正規な組織を作って色々と悪事を働いてるんや」

「チョイチョイチョーイ。決めつけるのは止めてくんない?それに何?夢想士組合ギルドに加入してる奴は無条件で正義の味方ってわけ?私、そういうの超ムカつくんですけど?」

 言い合いが続いてる間に、花園姉弟は密かに蔓を金城英理の足元に集結させていた。

「それ、拘束バインド!」

「やったー、動きを止めたよ!ミーくん今のうちにやっちゃえ!」

 薫ちゃんに言われるまでもなく、僕は長剣ロングソードを構えて駆けた。しかし、次の瞬間、足を止めざるを得ない事態が発生した。

 金城英理の全身に裂け目が生じ、真っ赤で鋭利な刃物状の物が飛び出して、蔓による束縛を全て切り裂いた。

「相変わらず思考がお子ちゃまだね、花園姉弟!私は金属ならどんなものでも自在に操れる。道路標識もガードレールも車も、そして自分の血の中に存在する鉄分さえもね!」

 そうか、自らの血液の中の鉄分を凝縮させ、刃物状にして縛めを解いたのか!しかし、それはかなりの痛みを伴うのでは?

「ふん、新入りがいるね。名前は?」

「・・・絵本命だ」

「絵本命。逃げたほうが良いよ。ぺっちゃんこになる」

 金城英理の言葉に、思わず上を見上げた僕は度肝を抜かれた。頑丈そうな高級車が頭上に浮いていたのだ。

「言ったっしょ?私は金属ならどんなものでも操れる」

 いや、それにしても1トン近い車をこうも軽々と!?

 僕は地を蹴って、死に物狂いで回避に努めたが、車は突如轟音を発して吹っ飛んだ。白虎が本来の姿に戻り虎パンチで車を弾き跳ばしたらしい。

〈油断大敵よ、命。あの闇の夢想士はかなり危険な存在。私があなたを保護する〉

(白虎!有難いけど殺すなよ。彼女は妖魔じゃないからな!)

「ちょっと何?聞いてないんですけど。こんなデタラメなエネルギー量を持った使い魔なんて、いるの?」

「見ての通りだよ、金城英理。僕の使い魔は幻想種だ。君がどれだけ強いかは知らないけど、幻想種に勝てるほどじゃないだろう?」

 しばらく無言でこちらを睨み付けていた金城英理だったが、不意に吹き出して不遜な笑みを取り戻した。

「オーケーオーケー。分かったわよ。つまり、あんた以外の奴らなら殺っていいんだ?」

 僕は不意にゾッとした。妖魔が人間に襲いかかってくるのは理解できる。奴らは人間の生命エネルギーを糧にしているからだ。だが、この闇の夢想士という少女は何なんだ?こんな可愛い顔して平気で人の命を奪うのか!?

「ミーくん、しっかりしいや!闇の夢想士に常識は通用せえへん!自分の利益になると思たら妖魔とも手を結ぶような連中や!」

 異音を発して襲いかかってくる道路標識やガードレールを、カマイタチで切り裂きながら、風子先輩がそう警告する。

「あははー、言うねー、霧崎風子。この攻撃に耐えられるう?」

 突然、風子先輩の全身が裂けた。鋭く刃物状態になった血が、身体中に飛び出していた。他人の血液の鉄分まで操れるのか!?

「・・・痛いやないか、お返しや」

 風子先輩が手の平を閉じる動きをすると、金城英理が首もとに両手を当て、苦しそうにその場に膝を着いた。

「ウチは風や大気を操る能力がある。あんたの顔の周りの大気だけ酸素濃度を薄くしたった。高山病になった気分はどないや?」

 金城英理は金魚のように口をパクパク開閉させていたが、やがて白目を向いて気を失った。風子先輩の勝ちだ!

 しかし、風子先輩も全身を切り裂かれて出血多量で意識を失っている。もう戦闘は無理だろう。残った中級妖魔は花園姉弟が捕縛し、薔薇之銃ガンズン・ローズで止めを刺していた。とりあえずこれ以上の戦闘は不可能だと判断し、僕は龍子先輩にLINEでその旨を伝えた。


 天薙神剣あめなぎのみことのつるぎで一閃し、あたしは羽黒夜美と鬼をまとめてぶっ飛ばした。もちろん猛志には多重結界を張った状態にしての一撃だった。廃墟となっている後ろの団地跡もまとめて灰塵に帰す、究極攻撃だったが仕方ない。後で清掃人クリーナーが苦労しそうだが。

〈やれやれ、ぬしももう少し精神を鍛えねばならんな。仲間の危機を救うためとはいえ、これだけの被害を出したらただでは済むまい〉

(分かってるよ、龍神。またしばらくIDカード取り上げられて謹慎を食らうかもな。覚悟の上だ)

〈ぬしはいずれ夢想士の勇者となるべき存在。そう度々謹慎を食らっておってはのう〉

(勇者なんてのはアンジェラさんに譲るよ。あたしは仲間とパーティー組んで妖魔討伐してるのが性に合ってる)

 あたしは結界で保護された猛志の元まで歩み寄った。気絶してるようだが、重傷ではない。

「起きろ、猛志。引き上げるぞ」

 げしげしと頭を蹴ってると、不意に意識が戻った猛志がガバッと上半身を起こした。

「龍子、テメーなんて起こし方しやがる!」

「元気そうだな。担いで学園に帰るのは正直、嫌だったからな」

「テメー、俺が相手だと本当に容赦がねーな」

 ぶつくさと文句を言いながらも、猛志は軽快に立ち上がってみせた。本当にタフなところだけは相変わらずだ。

「お前が鬼と戦っていた間、羽黒夜美が現れたんだ」

「何い!?闇の夢想士の、あいつか!」

「だから、お前に加勢する暇がなかったんだ。悪く思うなよ」

「べ、別に俺は苦戦なんかしてないぜ!もう少しで勝つ・・・はずだったんだが」

 そこで、ようやく辺りが破壊されまくっている現状に気付いたようだ。

「龍子、またアレを使ったのか?」

「仕方ないだろ。相手は鬼と闇の夢想士だ。お前を助けるには使わざるを得なかった。どれ、清掃人クリーナーに連絡入れるか」

 あたしはスマホを取り出したが、LINEに通知が来ていた。ミーくんか。そういえば、あっちの討伐は上手くいってるのかな?

「なっ!」

 あたしは思わず声を上げた。

「どうした?」

 猛志が怪訝な表情で尋ねてくる。

「あっちにも闇の夢想士が現れたらしい。しかも金城英理だ」

「何ぃ!?あの切り裂き魔か!」

夢想士同盟ユニオンめ、鬼と手を組んであたしたちを消すつもりだったのか!猛志!」

「おうっ!急ぐぞ!」

 あたしたちは急いで仲間たちの元に向かった。


 第4章 伝説の勇者アンジェラ


 先日の討伐の件で、龍子先輩はこっぴどく叱責された。仲間を危険にさらしたことと、伝説の剣で廃墟になってる団地4棟を粉々にぶっ飛ばしたのが、問題になってるらしい。それは古いガス管が爆発したという偽装が行われたようだが。

 まあ、基本的に夢想士の存在は一般には秘されてるから、目立った真似をしたらマズイのは分かるけど、僕は一貫して龍子先輩の擁護に回った。

 聞いた話では、相手は最強クラスの鬼と闇の夢想士のコンビだったらしいから、それは使うでしょ最終兵器。でも、以前にも龍子先輩はそれで甚大な被害を出して、かなりのペナルティを負ったらしい。

「ともかく、しばらくあなたのIDカードは預からせてもらうわ。パトロールもしばらくは禁止。修行をやり直して一から出直しね」

 マディ・土屋理事長は手厳しかった。まあ、個人でやってるAランクの夢想士ならともかく、僕たちは学生でパーティーを組んで討伐を行っている。問題が起きればリーダーが責められるのは仕方ないのかもしれない。

「それじゃ失礼します」

 理事長室を出ようとした僕たちに、理事長の声が追ってきた。

「そうそう。もうすぐアンジェラさんが来日するそうよ。久しぶりに旧交を暖めなさい」

 足の止まった龍子先輩の顔が、何とも言えない表情を浮かべていた。それからの先輩は、トボトボ歩くという形容がピッタリなくらい、落ち込んでいた。龍子先輩をここまで追い込むって、一体アンジェラという人は、どんな人物なのだろう?

 方術研究会の部室に到着しても、龍子先輩はパイプ椅子に座り込んで、一言も発さない。

「ねえ、ミーくん。理事長からどんなおとがめを受けたの?」

 薫ちゃんが顔を寄せて尋ねてきた。

「まあ、しばらく討伐禁止にされて、後、アンジェラって人が来日するって聞いてから、先輩はずっとこんな調子なんだよ」

「アンジェラさん!?」

 萌ちゃんの表情が明らかに引いていた。

「うーん、そら龍子も落ち込むわな」

 風子先輩は憐れみの表情を浮かべていた。何だろう?そんなに怖い人なのだろうか?

「よーし、俺も一緒にシゴキを受けてやる!だからそんなに落ち込むな、龍子!」

 これはますます只事じゃない。あの猛志先輩が龍子先輩を元気付けている。

〈アンジェラなら会ったことあるわ。私がまだ玲子の使い魔だった頃ね〉

 頭に乗ってる大福こと白虎が不意にそんなことを言った。

(本当かい?一体どんな人なの?)

夢想士組合ギルドで監察官みたいな仕事をしてるらしいわ。で、幻想種を使い魔にした玲子の処遇を決めるために白石村までやって来た〉

(そうだったのか。それで、その時はどういうやり取りをしたの?)

〈とても懐の深い人物よ。歴戦の勇者と聞かされてたけど、納得したものよ〉

(勇者だって!?魔王と同じくらい縁遠い存在だよ!)

〈ええ、彼女なら魔王とも渡り合えるわね。私と同じように数百年生き続けた者だけが到達出来る、規格外の存在よ〉

 僕はしばらく言葉を失った。龍子先輩が最強、みたいな空気が流れていたのに、ここに来てそんな番狂わせな存在が出てくるなんて。

〈アンジェラは私が人に仇なす存在ではないと確信して、玲子の夢想士としての活動を認めた。夢想士組合ギルドの最高意思決定機関、評議会にもそれを認めさせたわ。彼女は生きる伝説よ。誰にも彼女を従えさせることは出来ない。夢想士組合ギルドにも数人しかいないSランクの夢想士だからね〉

(え、Sランク!?聞いたことはあるけど実在したのか!)

 かなり途方もない存在のようだ。流石の龍子先輩でも貫禄負けするのは無理もない。

 珍しく大人しい龍子先輩はそっとしておいて、僕と残りのメンバーは方術の基本的な修行に専念した。身体強化クオリティ・アップ疾走状態オーバー・ドライブ重力操作グラブィティ・コントロール結界創造フィールド・クリエイト、などのレベル上げに挑戦する。僕でいえばB+ランクを目指す修行というところだ。

 薫ちゃんなんて、かなり熱心に修行に打ち込んでいる。僕も負けていられない。

「薫ちゃんも熱心だよね。どんな能力を伸ばしたいの?」

 と、軽い気持ちで聞いてみたのだが、

「ボクは肉体改造ボディ・クリエイトだよ!本物の女の子になるのが夢だからね!」

 なるほど。聞かなければ良かった。しかし、肉体改造ボディ・クリエイトは、精神にもかなりの影響を与える。自分の肉体を武器化する夢想士もいるらしいが、過度な改造は精神を蝕み、やがて妖魔同然になってしまうというリスクがあると聞く。

「薫ちゃん、くれぐれも無理しないようにね」

「?何のこと?」

「いや、気にしなくて良いよ」

 深入りするとドツボにハマると感じた僕は曖昧に誤魔化した。

 瞑想室メデイテーション・ルームには他にも沢山の生徒が呼吸法と瞑想の修行をしている。私語を交わす僕たちはジロリと一斉に睨まれ、頭を下げて詫びを入れ修行を再開した。


 あたしは憂鬱な気分で体操着に着替え、闘技場に向かった。

〈そういえば、龍子よ。以前やらかした時、戦闘領域バトル・フィールドを構築出来るように言われてなかったか?〉

 龍神が今さらのようにその事実を語った。いや、もう本当に今さらだが。

(なんであの時に言ってくれなかったんだよ!)

〈いや、言ってものう。ぬしはしばらくは真面目に修行しておったが、途中で飽きて投げ出したではないか。それでどれだけの強度の戦闘領域バトル・フィールドが張れるというのだ?〉

(ぐっ、痛いところを!じゃあ試してやる。戦闘領域バトル・フィールド!)

 あたしの呪文コマンド・ワードで広大な闘技場に正方形の半透明な結界が現れた。あたしはその中でぐるりと辺りを見渡した。

 戦闘領域バトル・フィールドとは、外からの攻撃から守るためのものではなく、激しい戦闘で周りに被害を出さないための結界だ。当然ながらそれ相応の強度がないといけない。

 突然、銃声が轟き、あたしの戦闘領域バトル・フィールドが粉々に砕けていった。背後からの圧力に身がすくんだ。見なくても誰なのか瞭然だった。

「ア、アンジェラさん。お久しぶりです。ご健勝なようで何より・・・」

「似合わないお世辞は止めて、こっちを向け」

 あたしは覚悟を決めると、ゆっくりと背後を振り返った。流れるような金髪と蒼穹のような青い瞳が似合う、女神のような美女が、武骨な大型拳銃を握っている。

「一応、言い訳をさせてもらえますか?」

「聞こう」

「今回、甚大な被害を出してしまったのは、うっかりと戦闘領域バトル・フィールドを張るのを忘れてまして、それというのも仲間が殺されそうになったからで・・・」

「お前はいつから仲間を引き合いに出して言い訳するようになったんだ?」

 アンジェラさんの目から光線が放たれて、身が焦がされるような心地を味わった。

「私は言ったはずだ。次に会う時までにそれなりに頑丈な戦闘領域バトル・フィールドを作れるようになっておけと。それがさっきのガラス張りなのか?」

「いや、近く来日されると聞いていたので、それまでに強化する予定だったのに、まさかこんなに早くお見えになるとは思わなかったので・・・」

「言い訳は止めろ。それに忘れたのか?私は一度行ったことのある場所なら空間転移スペース・ワープで、一瞬で移動出来る」

「そうでしたね」

 最早、喋れば喋るほどドツボにハマっていきそうだ。あたしはその場に両膝を着き、こうべを垂れた。早い話が土下座だ。

「申し訳ありませんでした」

〈やれやれ、方術研究会の部長も形無しじゃのう〉

(うるさいよ!あたしに他にどんな選択肢があるってのさ!)

 心の中で龍神と言い合ってると、

「土下座なんかして何になる?全てはお前の怠慢が原因だ。さっさと立って修行を始めるぞ」

 アンジェラさんが非情な声で告げた。ですよねえ?しかも、アンジェラさんの場合、徹底した実戦訓練ですよねえ。

「もう一度、今度は徹底的に頑丈な結界を作るという、強い意思でやってみろ。せめて、私のアイアン・イーグルの銃弾くらい跳ね返すつもりでな」

 ムチャぶりだ。アンジェラさんの得物は自由に威力を調整出来る。普通の銃弾並みから、ロケットランチャー並みの威力まで、思いのままだ。しかし、どちらにせよ逃げられない。やるしかなかった。


 本日の修行を終え、夕食のために生徒たちが学食へと向かう。僕たちパーティーメンバーも学食に行き、いつもの席を確保して待っていると、龍子先輩がぐったりした様子で現れ、トレイを持って僕たちのテーブルへとやって来た。

「龍子先輩、まだ落ち込んでるんですか?気にしても仕方ないですよ。アンジェラって人が来るまでは英気を養わないと」

 そう声をかけたのだが、

「もう来てる」

 と力無く呟いた。

「えっ!アンジェラさん、もう来てるん!?」

 風子先輩の声が学食内に響き渡り、一同がシーンと静まり返った。

「そうなんだよな。あの人はいつだってこっちの思惑の上を行く。分かってた、分かってたんだ・・・」

 龍子先輩は誰に言うともなく呟き、箸で定食のオカズをつついている。こりゃあ重傷だ。右に座ってる萌ちゃんに、

「これって、どうにか出来ないの?」

 と尋ねたが、

「アンジェラさんは魔王と同じくらい、アンタッチャブルな存在なの。特に龍子先輩と同じ学年より上の先輩たちにはね」

 左に座ってる薫ちゃんは、

「今夜は龍子先輩を励ます会やろーよ。可哀想過ぎて見てられないよ」

 何故か僕の左腕を両腕で抱えた薫ちゃんが言う。まあ、確かに見るに耐えない光景だよなあ。

「龍子!明日は俺も修行に付き合うぜ!半分は俺のせいでもあるからな!」

 猛志先輩も珍しく励ましてるし。

「ま、そやなあ。ウチは修行には付き合えんけど、慰めるくらいは出来る」

 というわけで、今夜は龍子先輩を励ます会が行われることになった。


 食事が終わり、各自入浴や宿題を片付けると、再び学食にパーティーメンバーが集まった。この頃には龍子先輩も少しは回復し、普通の会話が出来るようになっていた。

「アンジェラさんはなー、実はあたしの親代わりなんだよ」

 唐突に爆弾発言が飛び出した。

「物心つく頃には、あたしはアンジェラさんに連れられて、ここの寮に入った。付属小学校にはここの寮から通ってたんだ」

「それはかなりの特例やなー」

「親御さんはどうされたんですか?」

 僕は一番気になる点について尋ねた。

「アンジェラさんに聞かされた話では亡くなったらしい。で、両親と親しかったアンジェラさんがあたしを引き取り、この寮に入れて生活する場所を提供してくれたんだ」

 それは少し重い話だ。その辺はもう聞かない方が良さそうだ。

「アンジェラさん曰く、あたしは百年に一人の逸材だそうで、世界中を忙しく飛び回っていても、日本に来た時にはあたしに稽古をつけてくれた。あたしも期待に応えるために頑張ってきたよ。でも、アンジェラさんの期待は重すぎた。だって、あたしに勇者になれっていうんだから。荷が重すぎる。その頃からアンジェラさんを避けるようになったんだけど、あの人はまだ諦めてない。正直、シンドイよ」

 龍子先輩の話は確かに重すぎた。一介の学生が魔王を倒す勇者になれるものだろうか?確かに龍子先輩は僕たちからすれば、段違いに強いがそれにしたって、Aランクの強さだ。魔王を倒せる勇者ならアンジェラさんのように、Sランクに至らなければ無理だろう。そして僕たちは一生費やしてもSランクなんて不可能だ。

 でも、勇者になれというからには、アンジェラさんから見ると、龍子先輩にはその才能があるということだろうか?いずれにしても、特別な才能をもってる人達のやり取りに思えて、現実感が乏しかった。

「でも、確かにあたしは普通じゃないところがある。体内に龍神を宿してる夢想士なんて、他に例がない。アンジェラさんによれば、それは私の才能に呼ばれて龍神の魂が体内に宿ったと言われたけど、それだけじゃない気がする。アンジェラさんはどういうわけか、あたしの物心つく以前のことは話したがらないから、詳しくは分からないけど」

「やっぱりその辺に秘密がありそうやな。そもそもどこで龍神の魂を宿したのか、それが謎や」

「ですよね。龍神なんて幻想種ですよね。大昔ならともかく、今でも幻想種の魔水晶を奉ってるところなんてあるんですかね?」

 萌ちゃんが当然の疑問を口にする。すると、全員の視線が僕に集まった。

「な、なんですか?みんなして僕に注目して」

「考えてみたら、ミーくんの使い魔も幻想種だよね?どうやって使い魔にしたの?」

 薫ちゃんが今さらな質問をする

「それはこの間、やり取りを見てたでしょ?元々は母の使い魔だったんだ。母さんがどうやって白虎を使い魔にしたか、詳しくは知らない。中国に行った時に四神殿を訪ねて、他の神獣は異世界に転生したけど、白虎の魔水晶だけはかろうじて残ってたらしい。それからどういう経緯で契約を結んだのかは、母さんが亡くなった今、確かめようもないけど」

 そこで大きくため息をついた龍子先輩が、重々しく口を開いた。

「あたしの場合、ミーくんとは全く異なる事情がある。あたしは物心ついた頃から、自分の中にいる龍神と会話をしていた」

「なっ!?」

「それはほんまなん、龍子?」

 先輩たちがかなり狼狽えている。僕も白虎とテレパシーで会話してるけど、龍子先輩の場合は体内に存在するから、もっとダイレクトにやり取りが出来るのだろう。

「あたしにとっては父親のような存在だった。いつも側にいて的確なアドバイスをしてくれるからな。でも、アンジェラさんからはなるべく龍神に頼るなと言われた。エネルギー量が膨大になるのは仕方ないけど、出来るだけ修行で自分自身を鍛えろと言われた」

「まあ、そりゃそうだろ。夢想士に限らず、人は自分で自分を鍛えてなんぼだろ?」

「これに関してはウチもタケちゃんに同意やな。で、どないなん?龍子はほんまに自分の修行で今の立場にいてるんか?」

 龍子先輩を励ます会だったはずが、何だかよってたかって詰め寄るかたちになってしまっていた。

「みなさん、落ち着いて!こうして集まったのは龍子先輩を励ますためだったでしょう?」

「分かってるよ、ミーくん。でもな今回はそこをハッキリさせんと、下手したら今のパーティーが解散することになるかもしれんで」

「まあ、高校生でAランク取得出来るのは、少し納得出来ねーとこあるからな」

 先輩がたはかなりシビアだ。まあ、今まで一緒に修行してきたのに、これだけ差が開いていることに納得出来ないのかもしれない。

「龍神はあたしにとって父親みたいな存在だ。だからアドバイスはいつももらってるけど、今の夢想士としてのあたしのランクは自分の修行で獲得したものだ。それが信じられないというなら、無理に付き合ってくれなくて良い。自分の意思で決めてくれ」

 気まずい雰囲気の中、猛志先輩と風子先輩が立ち上がった。僕は焦って声が上ずってしまった。

「猛志先輩!風子先輩!お二人は龍子先輩を信じられないんですか!」

「龍子とはよー。ガキの頃からの付き合いだからな。同じ修行をしてるのにどんどん差をつけられるのが、正直小憎らしかった。今回は自分を見つめ直す意味も込めて、しばらく抜けさせてもらうぜ」

 猛志先輩は腕組みをしながら、重々しく自らの考えを語った。

「ウチは中学からの付き合いやけど、正直ドンドンレベル上げてく龍子は、頼もしくはあったけど、同じくらい不条理を感じてたんや。しばらくウチも抜けさせてもらうわ」

 先輩たちは席を立つと、学食から出ていってしまう。なんてことだ。こんなことでパーティーが解散なんて!

「何で解散なの?ボクは残るよ。龍子先輩は憧れの人だし!」

 薫ちゃんは泣きそうな顔でそう訴えた。そして、萌ちゃんも、

「私も龍子先輩を信じます。私が夢想士としてやっていける自信をもらったのは、龍子先輩ですから!」

 僕は不用意にも涙ぐんでしまった。まだ希望は残されている。

「僕も龍子先輩を信じます。というか、幻想種の力を借りても良いじゃないですか!僕だって白虎がいなければ何も出来ません!」

 後輩たちの擁護を得て、龍子先輩は照れたような笑みをもらした。

「ははは、参ったなー。後輩からエールをもらえるとは思ってなかったよ。でも、ありがとう」

 龍子先輩は机に両手をついて、頭を下げた。


 私は応接セットのソファーに腰を下ろし、テーブルを挟んで向かいに座った人物の前にグラスを置いた。自分の分も用意して、取って置きの一本を開ける。

「さあ、どうぞ。アンジェラさんの好きなバーボンです」

「やれやれ、理事長室の中にウイスキーが置いてあるとは、私は怒るべきかな?」

「ふふふ、私もそれなりの地位にいますからね。これくらいの贅沢は許されるでしょう?」

「じゃあ、遠慮なく頂こう。マディ・ツチヤ支部長」

 アンジェラさんはグラスを持ち上げ軽く口に含んだ。流れるような金髪と海のような青い瞳は相変わらずだけど、革ジャンにダメージジーンズというファッションは今の時代に合わせてるのだろうか?

「それにしても、修行時代のことは今でも鮮明に思い出されますね。Aランクのテストの時は死ぬかと思いましたよ。テストに選ばれた場所に鬼の集落があるとは知らず、私は死を覚悟したものです」

「だから、私がすぐに応援に駆けつけただろう?結果的には鬼を数体倒してA+ランクになれたじゃないか」

「でもすぐに限界を感じて後進の育成に専念することになりましたけどね」

「本当に勿体ない限りだ。お前なら良い夢想士になれただろうに」

「アンジェラさんの関心は神尾さんだけだと悟ってましたからね。私は自分を過大評価するエゴは持ち合わせてません」

「なるほど、成長したものだ。それに比べてリュウコはまだまだだな。未だに自分の能力を制御することが出来てない」

 グラスをテーブルに戻したアンジェラさんは両腕を組み、軽くため息をついた。

「それにしても、本当に神尾さんは勇者になる運命なんですか?本人は重荷に感じてるようですが」

「予言者がそう言ってるんだ。あいつは滅びの未来を回避するためには、必要なパーソナリティーだってな」

「予言者・・・ですか。話には聞いてます。今までにも何度か世界が滅びるシナリオが存在していたけど、予言者の忠告でそれを回避してきたと」

「ああ、でも最後の滅びの運命だけは何度やっても回避出来ない。その度に予言者は時を巻き戻してやり直して来たんだがな」

 ここだ。私がいつも疑問に思う箇所だ。まるでアンジェラさんと予言者は何度も時間跳躍タイム・リープして、歴史を組み直しているかのような言い種だ。

「アンジェラさんにとって、必要な駒は神尾さんだけですか?」

「いや、そういうわけじゃないが・・・」

 アンジェラさんの口が不意に重くなる。私に聞かせても仕方ないからなのか、秘密にしたいからなのか、真偽のほどは分からない。しかし、神尾さんは確実に最後の時とやらに必要な駒だ。まだ高校生なのに、その使命の重大さに同情する。誰だって自分の人生が人類の存亡に影響するなんて、考えたくはないだろう。

「少なくとも夢想士組合ギルド鳴神支部の夢想士は、全員必要な人材だ。誰が欠けてもいけない。お前さんも含めてな」

「それは初めて聞きました。私にも必要な役割が?」

「当然だろう。最後の滅びの運命はこの鳴神市で起こる。教員棟でAランクの夢想士が何人か投宿してるが、それも万が一の時に備えてのことだ」

「彼らはただの宿無しではないと?」

「当たり前だ。リュウコとそのパーティーが一人前に育てば、彼らには自分のテリトリーに戻ってもらう予定だ。まあ、全員この鳴神市に元から住んでる人材だから、引き続き協力してもらうがね」

 アンジェラさんはバーボンのグラスを干し、立ち上がった。

「今回はリュウコに磐石な戦闘領域バトル・フィールドを作れるように指導するつもりだ。あいつの能力の高さを考えると必須のスキルだ」

「あまりスパルタなやり方は避けてください。彼女は能力は高いですが、一介の女子高生に過ぎないんですから」

「まあ、お前の立場ではそう言いたくなるだろうが、時間はそう残されてない。あいつがAランクオーバーの実力を身につけて、初めて事は動き出すんだからな」

 相変わらずはぐらかす人だ。私は部屋を出て行くアンジェラさんを見送りながら、まだ小さかった頃の神尾龍子の思い出にひたりながら、バーボンをあおった。


 第5章 最強の酒呑一族


 私はベッドから抜け出すと、部屋に備え付けのバスルームでシャワーを浴び、髪を乾かしてセットしてから制服に着替えて自室を出た。1階に下りると食堂のほうから大声が聞こえて来て、私は軽くため息をつく。

 食堂の入り口に着くと、自動的に扉が開かれた。忠実な執事、蓮音れおんは完璧に私の動向を把握している。

「おはようごいます、お嬢様」

 執事服に身を包んだ蓮音が慇懃に頭をさげる。

「おはよう、蓮音。何の騒ぎなの?」

「金城様がご機嫌斜めなご様子です」

「そう。でしょうね」

 私は軽くため息をつくと、食堂に足を踏み入れて後輩たちに挨拶をした。

「ごきげんよう、英理さん、夜美さん」

 あえて視線は合わせず上座の自分の席につく。蓮音は私の背後に立ち、メイドたちが朝食の用意をするのを黙して控えていた。

「ごきげんじゃねーっすよ、先輩!」

 予想に違わず金城英理が口火を切った。

「神尾龍子ならともかく、霧崎風子風情にやられたのが気にくわないんすよ!」

「でも、相討ちになったのは事実なんでしょう?小型ゴーレムが一部始終を動画に収めてるから、何があったのかは把握してるわ」

「私は神尾龍子さんがいきなり禁断の剣を抜いたから、影移動で一目散に逃げました。私は分を弁えてますからね」

 羽黒夜美は悪びれる様子もなくそう報告する。相変わらず感情を見せない子だ。いつも口許に笑みをたたえているが、それが彼女のポーカーフェイスだ。

「それも動画で見たわ。相変わらずデタラメな威力ね、あの剣は。上級妖魔の中でも最強クラスの鬼が、剣の一振で消滅するなんて」

「あ、それは少し違うようですよ」

 夜美が口を挟んだ。

「下半身は吹っ飛ばされたようですが、上半身だけは鬼の結界に逃げ込んだようですよ」

「そうなの?ゴーレムの動画には映ってなかったけど」

 私が疑問を呈するのと同時に、食堂の下座の扉が開いた。

 英理はゲッとお下劣な声を上げて私の席の近くまで避難してきた。夜美は余裕なのか恐怖心が麻痺してるのか、笑みを崩さず闖入者に視線を移す。

「ウチの下っ端の兵隊が昨日殺られたのは本当だ」

 上級妖魔でも最強クラスが鬼。その中でも最強と言われるのが酒呑一族だ。そして四天王といわれる幹部の一人、遭禍そうかが、朝からわざわざ自分のほうから出向いてくるとは。

「何もそう驚くことはねーだろーよ。闇の夢想士の組織、夢想士同盟ユニオンはオレたち妖魔と手を結んでるんだからよ」

 粗暴な口を聞いているが、遭禍は赤みがかった長髪の似合う美人だ。ただ頭に2本の黒い角と口の中に覗く牙を気にしなければの話だが。

「これは遭禍さん。お久しぶりですわね。お茶は如何ですか?」

「要らねーよ。気を遣う必要はねえ。オレたちは生命エネルギーさえ搾取出来れば良いんだからな」

「そうですか。それで、今朝わざわざおいでいただいたのは、どういうご用件なんでしょう?」

「おいおい、惚けるのは無しにしよーぜ」

 遭禍は獰猛な笑みを漏らして椅子に座った。長身で人間よりも遥かに膨大な筋肉量を蔵しているので、木の椅子がギシギシと悲鳴を上げていた。

「岩井響子支部長代理。あんたに会いに来るのに他の要件があるか?」

 私は蓮音が注いでくれた紅茶を味わいながら、頷いてみせた。

「分かってますわ。夢想士組合ギルドに属する光の夢想士狩りですわね?」

「おう。オレたち妖魔を目の敵にする奴らは、オレらにとっても敵だからな。その点、あんたら闇の夢想士という人間相手では、奴らも手加減せざるを得ないから、そこが付け目よ」

「確かに下手に私たちを殺せば、その夢想士は殺人犯になるかもしれませんものね」

「そういうこった。だからオレたちもあんたらと手を結んでるんだからな。そこで今日はまた新たな兵隊を連れて来たぜ」

 遭禍がパチンと指を鳴らすと、頭部に2本の白い角を生やした、屈強そうな鬼が入ってきた。

こうっていう。好きなように使ってくれ」

 鬼の強さは角の本数と色で決まるらしい。一番下が白い一本角でこれが2本角になるとさらに強くなる。黒い2本角は幹部クラスだ。酒呑一族の長で魔王は2本の黒い角に2本の白い角の、4本角らしい。誰も見た者はいないが。

「さて、それじゃあオレは帰るがよろしく頼むぜ」

 一際獰猛な笑い顔を最後に遭禍は帰ってしまった。場に張り詰めていた空気が緩む。

「もう、いきなり幹部の登場とかあり得ないんですけどー」

 ようやく緊張を解いた英理が早速不満を漏らした。

「先輩は良く平気っすねー。やっぱり支部長代理ともなると、度胸も半端ないって感じっすかー?」

 そんなことはない。そもそも私が支部長代理なんて勤めてるのは、高級住宅街である北西地区でも、一際大きな屋敷を夢想士同盟ユニオンに提供しているからに過ぎない。両親はすでにいない。若くして莫大な財産を相続した私が、たまたま闇に堕ちた夢想士だったというだけだ。

 もちろん、私もそれなりに強いつもりだ。私はあらゆる鉱物を自在に操る能力を持っている。そして、ゴーレムを使役する魔物使いとしても優秀なつもりだ。アスファルトやコンクリートで作ったゴーレムは頑丈な魔物だ。しかし、私は夢想士同盟ユニオンの支部長代理となっているので一線には出ない。いつか、自由に暴れてみたいものだが。私はかつての恩師のことを思いだし、複雑な胸中を味わった。

「それで先輩、今度はどういう作戦で行くんすか?鬼のエネルギーでそこらにいる中級妖魔はいくらでもかき集められるから、また、物量作戦で行くんすか?」

「それは前回失敗したのでやり方を変えるべきだと思いますが」

 英理の提案は夜美によって一蹴された。

「何だよ、夜美。他に良い案でもあるのか?」

「いえ、特には。ただ同じ方法で闇雲に戦っても、結果は同じだろうと思っただけですよ」

「案がねーなら、反対ばっかりするなよ。全身に血のナイフを作ってやろうか?」

「その前に私の影があなたを串刺しにしますよ」

「・・・やんのか、テメー?」

「止めなさい、二人とも。仲間割れしてる時じゃないでしょう?」

 私はため息をついて仲裁に入った。

「そうね。今度は鳴神学園付属小学校辺りをターゲットにしましょうか」

「先輩も結構えげつないっすね。ガキたちをエサにするんすか?」

「もちろん、実際に妖魔に襲わせる気はないわ。ただ妖魔の襲撃を受けてると、鳴神学園に通報が入れば良いのよ」

「なるほど。妖魔に襲撃されてると通報が来れば、鳴神学園としては討伐のためにパーティーを送り込んできますね」

 相変わらず薄い笑いを浮かべたまま、夜美が賛同する。

「それで、いつやるんすか、先輩?」

 すでに乗り気になってる英理が尋ねてくる。血の気の多い後輩だ。

「もうすぐ中間考査があるから、それが終わってからね」

「えー!?良いじゃないですか、テストなんてどうでも!私は早くあの風子の奴をギャフンと言わせてやりたいんすよ!」

「そう。なら英理はまた赤点ね」

「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!分かりました、テスト明けで良いっすから、また勉強みてくださいよ!」

「はいはい。というわけで甲さん。動くのは試験明けになるけど、構わないかしら?」

 私はずっと蚊帳の外だった白角2本の鬼に尋ねた。

「俺に気を使う必要はない。遭禍様より、あんたの命令に従うように言われている。なんでも言ってくれ」

「そう。ではしばらくこの屋敷に滞在なさってください。面倒はこの蓮音が見ます」

 蓮音が慇懃に礼をすると甲は頷いた。

「分かった、厄介になろう」

「それでは甲様、こちらにどうぞ」

 執事の案内で鬼は食堂を出ていった。それだけで張り詰めた空気が緩み英理は椅子にもたれかかった。

「やれやれ、鬼と同居とか、あり得ないっしょ」

「良いじゃないですか。これ以上心強い用心棒はいませんよ」

 どこまで本気なのか、笑みを張り付けたまま、夜美がそう言ってのける。

「ったく、あんた、どこまで本気なわけ?」

 怪訝な表情で英理が吐き捨てるように言った。この場合、英理の反応がまともだろう。ひたすら闇に飲まれたような夜美の黒い目には、どんな感情も宿っていない。

「とにかく、作戦決行は5日後よ。そのつもりでいてちょうだい」

 私たち3人は屋敷を出て南西地区にある黒神高校に向かった。


 放課後になり、僕は花園姉弟と連れだって方術研究会に向かった。今日は何としても龍子先輩の修行に付き合うつもりだった。猛志先輩と風子先輩が去った今、龍子先輩を支えられるのは僕たちしかいない。

 しかも、実際に修行に付き合えるのは僕だけだ。正確に言うと僕の使い魔である白虎なのだが。

 体操服に着替えた僕たちは闘技場の前までやって来た。

「やっぱり、僕だけで行ってくるよ。萌ちゃんと薫ちゃんは自分の修行をしてて」

 僕の言葉に花園姉弟は顔を見合わせる。

「ミーくん、それどういうこと?みんなで龍子先輩の力になるって話し合ったじゃない!」

「薫の言う通りよ。私たちも龍子先輩の手助けをしたいの!」

「気持ちは分かるよ。でもBランクの僕たちじゃ足手まといにしかならない気がするんだよ」

〈それは賢明な判断ね。でも命、あなたは私をだしにして、龍子の修行に割り込むつもりね。どうなっても知らないわよ〉

 大福こと白虎が呆れた様子で呟く。

「と、とにかく、僕だけで行くから二人は自分の修行をしてて。白虎を使い魔にしてる僕が適任だと思うから」

「それを言われると返す言葉がないけど・・・」

「ミーくん、絶対に龍子先輩の力になってあげてね」

 無理やり説得した花園姉弟と別れ、僕は闘技場の扉を開いた。

「ミーくん!?何をしにきたんだ?」

 柔軟体操をしていた龍子先輩が驚きの声を上げる。

「龍子先輩一人に過酷な修行はさせません。僕も付き合いますよ!」

「いや、何を言ってるんだ、君は?私は戦闘領域バトル・フィールドを強化する修行をしてるんだ。君に出来ることはないよ!」

「そうでもないんじゃないか?」

 僕たちの会話に割り込んできた人物がいた。

 流れるような金髪、蒼穹のような青い瞳。革ジャンにダメージジーンズ。すらりとした長身。この人が・・・

「アンジェラさん、本気ですか?ミーくんはまだBランクなんですよ!」

 先輩が愕然とした声を出した。アンジェラさんの視線が僕を捉えたので、頭を下げる。

「初めまして、絵本命です!」

「うむ。礼儀正しい子は好きだよ、ミコト。それに、久しぶりだな、白虎」

 アンジェラさんは僕の頭の上に視線を上げ、懐かしんでいるようだ。それにしても流暢な日本語だ。外国人なので言葉が通じるか心配だったが杞憂だったようだ。

〈久しぶりね、アンジェラ。10年ぶりだというのに、あなたは変わらないわね〉

「ああ、忙しすぎて年を取るのを忘れたんだ」

 何だか二人とも遠い過去に想いを馳せているようだ。

「それで、このミコトがレイコの息子なんだな。今は彼と契約してるということか?」

〈ええ、そうよ。かつての盟友の息子ならば十分にその資格はあるわ〉

「よし、ならば一つ協力してもらおう。今はリュウコに戦闘領域バトル・フィールドの強化のための修行をしてるんだが」

 そこでアンジェラさんはちらりと龍子先輩に視線を移した。

「まだまだ強度が全然足りない。ここは一つ、白虎の力でも破壊出来ない戦闘領域バトル・フィールドの構築を目指そう。いいな、リュウコ?」

 あ、あれ?心なしか龍子先輩に恨みがましい目で見られてしまった。ひょっとして僕は手助けどころか、余計に先輩を追い込んでしまったのかもしれない。

「よし、集中しろ、リュウコ!始めろ!」

 龍子先輩は気持ちを切り替えたのか、目を閉じて右手を天にかざした、。

戦闘領域バトル・フィールド!」

 言下に、四方八方が白い半透明の結界に覆われた。

「ここまでは良し。後は強度だ」

 アンジェラさんの右手に巨大な拳銃が握られていた。そして、無造作に結界に向けて連射する。パキッとかペキッとか嫌な音がする。

「やはり、まだ強度が不足しているな。白虎、結界を破壊してくれ」

〈良いのかしら?せっかく張った結界なのに〉

 白虎は戸惑って僕の顔を伺った。僕としても、そんな残酷な真似はしたくないけど、協力すると言った以上仕方ない。

(やれ、白虎!)

〈やれやれ、罪悪感が沸くけど仕方ないわね〉

 白虎は本来の姿に戻り、虎パンチ一発で結界を粉々にした。何とも言えない表情を浮かべている先輩を直視出来ず、僕はあらぬ方向に視線を泳がせた。まず、間違いなく僕は龍子先輩の邪魔をしに来たようなものだ。

「まだ余計な考えに囚われてるな。考えるな、感じろ!あの白虎の幻想種の気配をお前は一々考えるのか?膨大なエネルギーの流れを感じたら、それをそのまま結界創造フィールド・クリエイトに繋げるんだ!」

 うーん、何か有名な言葉が出てきたけど、結界一つ作るのが、そんなに大事だとは思わなかった。

「ミコト、厳しすぎると思ってるだろうが、これはリュウコ自身のためでもあるんだ。リュウコの持つ天薙神剣あめなぎのみことのつるぎは天地を薙ぎ倒すほどだが、威力がありすぎて下手に使えない。周りに甚大な被害を出すからな。強力な戦闘領域バトル・フィールドで、周りに被害が出ないようにしないと、せっかくの究極兵器も宝の持ち腐れだ」

 うーん、それは分かるけど、幻想種の白虎にも破壊出来ない結界なんて、あるのだろうか?

「よし、見本を見せてやろう。究極監獄アルティメット・ジェイル!」

 アンジェラさんが手をかざすと、僕と白虎は虹色の結界に囚われた。

「さて、どうだ白虎?その結界を壊せるか?」

〈やれやれ、アンジェラ。10年前の再現?冗談キツイわよ!〉

 白虎は猛然と結界の壁に虎パンチの連打を打ち込むが、結界はヒビ一つ入らず、微動だにしない。これがSランクの作る結界か。レベルが違い過ぎる。幻想種を閉じ込めておける結界など、存在することすら信じられなかった。

「こ、これが究極監獄アルティメット・ジェイルか。凄い、これならあたしの得物でも外に被害を出さずに済む」

 龍子先輩は何やら感動している様子だが、閉じ込められた身にすれば堪ったものではない。

〈アンジェラ、いい加減解除してくれない?閉所恐怖症になりそうだわ〉

「これはすまん」

 アンジェラさんが手を一振すると、結界は跡形もなく消え失せた。

「ま、ここまでのレベルは今は求めてない。とりあえず、今は天薙の剣でも破壊されない程度の強度があれば良い」

「いや、あたしは自分の甘さを思い知りました。必ず幻想種でも破壊出来ない結界を作ってみせます!」

 龍子先輩は興奮してそう宣言した。何だか目の色が変わって別人のように見えた。百聞は一見に如かずとはこのことか。

「フフフ、礼を言うよ。ミコト、白虎。リュウコもようやくその気になったようだ」

 アンジェラさんはやる気になった龍子先輩を見て、まぶしそうに目を細めた。それはまるで我が子の成長を喜ぶ母親のようだった。


 中間考査の間、私たちは大人しく勉強せざるを得なかった。自分の分はもちろん、不肖の後輩の面倒もみないといけない。そして、生徒会の仕事もあった。生徒会長である私は煩雑な仕事に忙殺された。

 黒神高校はワルの吹きだまりといわれる、偏差値の低い公立校だが、真面目な生徒のほうが多いので、生徒会の仕事も多いのだ。

 時々、真面目な高校生と闇の夢想士の二つの仮面を使い分けるのに疲れることもあるが、仕方ないと割りきるしかない。上級妖魔のなかでも最強といわれる、酒呑一族と手を結んでしまったからには、今さら後には退けない。もし、私たちが協力を拒めば彼らは遠慮なく私たちを殺すだろう。

 酒呑一族の長は魔王である。誰もその姿を見たものはいない。しかし、その配下である幹部の四天王の一人、禍禍ですらあれだけの存在値を誇っている。魔王ならその覇気だけで我々を気絶させかねない。

 今さら後悔しても手遅れだ。酒呑一族と手を結んだのは先の支部長らしいが、後々のことまで考えていたのだろうか?闇の夢想士と言っても夢想士組合ギルドに所属せず、能力を自分のためにしか使わないというだけだ。現に中級妖魔辺りは私たちにも遠慮なく襲いかかってくる。上級妖魔の鬼がいるから今は襲って来ないというだけだ。このまま妖魔に与したまま夢想士組合ギルドと対立したままで良いのだろうか?

 今さらのことではあるが、早く支部長に戻って来て欲しいものだ。鬼たちとの交渉にも疲れた。本来なら私の仕事ではないのだ。私は岩井響子。かつて、師匠である支部長の元で修行した者。ある出来事で闇に堕ちた師匠は、かつて英雄と呼ばれた存在だった。その師匠が闇之夢想士同盟ユニオンの支部長となり、私の屋敷が鳴神支部となってしまった。そして、旅に出た師匠の代わりに支部長代理を勤めている。

 そうだ、分かっている。もう後戻りは出来ないことは。中間考査が終われば鬼との共同戦線でまた戦いが始まる。支部長代理としてやることはやらないといけない。それが私、岩井響子に課された仕事なのだから。


 第6章 戦闘領域での激闘


 私、只野圭子ただのけいこはいつものようにスマホ片手に校舎の中をパトロールしていた。鳴神学園付属小学校は生徒数も多く校舎もかなり広い。かつて起きた妖魔の侵入事件以来、鳴神市にある小中高全ての学校にDランクの警備員が配置されることになった。私はそもそも、鳴神市警の妖魔特捜課に所属する警察官である。1斑から10班で構成される特捜課だが、各学校に配属されるのはどこの班にも入れない半端者だ。だが妖魔を視ることが出来るDランクということで、その存在意義はかろうじて保たれている。

 いつまでこんな学校の警備員なんで、やらなきゃならないのよ! 

 私には署に復帰して、尊敬する荒畑警部の元で仕事をしたいという野心が捨てきれなかった。正直、Dランクなら誰でも出来る仕事をやらされるのは、相応のストレスの原因になっていた。

 その時、スマホの魔力探知アプリが警告音を鳴らした。

 なっ!?ディスプレイはずっと見ていたのに、何故警告音が鳴るまで気づかなかったのだろう?場所はどこだ?GPSによれば体育館に中級妖魔が数体いるようだ。

 体育館は今は使われているか?頭の中で全てのカリキュラムを照合すると、6年生が体育の授業中だ。

 すぐに通報アプリに切り替える。タッチすれば鳴神学園、鳴神市警、どちらにも通報できる。

「おっと、通報はもう少し待ってくんない?」

 いつ現れたのか全身黒づくめの仮面を着けた侵入者が、細剣レイピアを構えて剣先を圭子の喉元に向けている。

「あ、あなたは誰よ!今は一刻を争うのよ!遊んでいる暇は・・・」

 言いかけた私の目前で光が弾け、上着の正面が切り裂かれた。

「生憎、こちらも遊びじゃないんだわ。スマホをこちらに投げてくんない?」

「あなた、まさか闇の夢想士?」

「おっと、それは秘密。そうだなー、仮面之騎士マスカレード・ナイトとでも呼んでくんないかな?」

 仮面の闖入者はおどけて見せる。何にしろ不法侵入者だ。私は会話の合間に通報アプリをタッチした。

「あ、何やってんだ。テメー!」

 仮面之騎士マスカレード・ナイトはスマホを細剣レイピアで弾き飛ばし、空中で細かく刻んだ。

「ちょ、何してくれてんのよ!連絡先みんなパーになったじゃない!」

「剣を突き付けられてんのに、そっちの心配?はー、私っていまいち迫力に欠けるのかねー?」

「舐めないでよ。私はこう見えても市警の妖魔特捜課の一員なんだからね!」

「ハッ、部隊に配属されない半端者でしょーに。ま、いっか。どちらにしろ通報してもらうつもりだったし」

 仮面之騎士マスカレード・ナイトは暗に私のことを小馬鹿にした。頭に血が上った勢いで姿勢を低くして、ショルダーアタックをかける。

「な!?」

「密着してしまえば剣なんて、長くて使いにくいだけよ!」

 私の作戦は半ば成功した。だが、仮面之騎士マスカレード・ナイトは一人じゃなかったのだ。スルスルと何本もの黒い影が迫り、そのうちの一本が私の腹を貫いた。

「がはっ!?」

 全身に力が入らない。何か得体の知れない物にやられた。闇の夢想士なら何らかの術だろう。

「遊んでる暇はありませんよ、ブレイド」

 影よりも深い黒を宿した瞳。仮面で顔は分からないが、一目でヤバい相手だと分かる。

「っせーな!よ・・・シャドウ!この姉さんが思ってた以上にタフだったから、油断しただけだ」

 ああ、ドジを踏んでしまった。でも、通報は終ってるので、後は妖魔特捜課と鳴神学園の到着を待つだけだ。

「それで?通報は済んでるんですか?」

「ああ、この姉さんが通報アプリでな。ここから先は鬼任せだ。私たちは万一の時のための人質を確保する役割だ。正直、風子の奴と決着をつけたかったんだけどなー。ま、先輩の作戦通りやろーや」

 なんてことだ、この二人は校舎内の生徒や教師を人質にする人員か。相手が妖魔だけと思ってる鳴神学園や市警は、いざという時に人質を盾に取られて手も足もでない。私の意識は徐々に薄れてゆく。

「ところで、シャドウ。この姉さんは殺したのか?」

「死にはしませんよ。当分の間、目が覚めないでしょうけどね」

 この二人の存在を伝えねばならない。荒畑警部に・・・早く・・・

 私の意識はそこで途絶えた。


 授業中、不意に校内アナウンスが流れた。

〈2年A組の神尾龍子さんとそのメンバーは速やかに理事長室まで来てください、繰り返します・・・〉

 このアナウンス、明らかに切迫しているのが分かる。僕は立ち上がり、教師に事情を説明して教室を出た。廊下で花園姉弟と合流して、理事長室を目指す。

「何の呼び出しかな?」

「それは決まってるわ。妖魔関係」

「龍子先輩のパーティーだけ呼び出すというのが気になるね」

「それだけ手強い妖魔ということだよ!ボク、感張っちゃう!」

 理事長室に到着し、ノックをして中に入る。すると、そこには土屋理事長とアンジェラさん、龍子先輩の他に、教員棟に投宿してるAランクの夢想士が数名集合していた。何やら不穏な空気が漂っている。

「よーし、揃ったな」

 ソファーに腰かけていたアンジェラさんが立ち上がり、集合したメンツをぐるりと見渡した。

「あの、アンジェラさん!まだ猛志先輩と風子先輩が・・・」

「ミーくん!」

 龍子先輩が僕の言葉を遮ると静かに首を横に振った。

「ミコト、何か問題でもあるのか?」

 怪訝な表情のアンジェラさんに、

「いえ、何も」

 僕はそう答えるしかなかった。

「よし、それじゃ状況を説明するぞ。鳴神学園付属小学校から妖魔出現の通報が入った」

 途端に騒然となる理事長室。アンジェラさんが手を上げて場を静める。

「それだけじゃない。生徒たちからもスマホで連絡が飛び交ってる。どうも妖魔だけじゃなく、闇の夢想士も現場にいるようだ。この場合、生徒たちが人質に取られたという可能性がある」

 それは大変だ。妖魔たちとのバトルだけならともかく、生徒たちの救出が問題となる。優先すべきはやはり救出のほうになるだろう。

「情報を整理すると、妖魔が出現したのは体育館。闇の夢想士たちが校舎の中で待機しているらしい。そして、闇の夢想士からは直接、龍子のパーティーを寄越すように連絡が入った」

 それは、どう考えても先日やり合った夢想士たちに違いない。報復のつもりなのだろうか?

「だから、正面から直接乗り込むのは龍子のパーティーだけにする」

 アンジェラさんの言葉にAランクの夢想士たちから意見が上がった。プロの夢想士たちにしてみれば、学生で構成されたパーティーを正面からぶつけるのは危険過ぎるのだろう。

「それは敵の要求だから仕方ない。それにな、このメンツを見てみろ。プロの夢想士パーティー並みの実力はあるぞ」

 アンジェラさんの言葉を受けて、Aランクの夢想士たちは僕たちを見た。龍子先輩を見て驚き、僕の頭に乗っている大福の、隠されたエネルギー量を知って、反対の意見は無くなった。

「Aランクの諸君には人質解放というミッションを任せたい。闇の夢想士が何人いるか分からないが、そんなに多くはないだろう。今回は人質救出がメインだから、百戦錬磨の諸君にお願いしたい」

「妖魔が出現したのは体育館だけなんですか?校舎内は闇の夢想士だけなんですね?」

 龍子先輩が細かい質問をする。いざという時の予想外のケースも想定してるのだろう。

「体育館のほうは、すでに市警の妖魔特捜課の部隊が制圧にかかってる。授業中の生徒もいたが、無事に避難は完了しているようだ」

 アンジェラさんの答えに龍子先輩は頷いた。

「ということは、あたしと戦いたがってる妖魔、鬼は校庭にいるということか。多少の中級妖魔もいるにしても」

「まあ、そうなるな。ところでミコトたちは多重結界は張れるようになったのか?」

 突然の質問に僕が口ごもっていると、

「大丈夫です。3人で力を合わせれば、ミサイルを落とされてもびくともしない結界が張れます!」

 萌ちゃんが力強く宣言した。

「それは頼もしい。強すぎる先輩を持って苦労するな、君たちも」

 アンジェラさんは苦笑して、すぐに表情を引き締めた。

「よし、Aランクの諸君は校舎の中にいる闇の夢想士の制圧。ミコトたちは体育館の様子を見て大丈夫そうなら、龍子のサポートに回ってくれ」

 アンジェラさんの指示に従って、みんな理事長室を退出してゆく。僕は最後に振り返ってアンジェラさんに告げる。

「アンジェラさん、もし、猛志先輩と風子先輩が来たら・・・」

「心配するな。最後まで仲間を信じようとする君の気持ちは無駄にはしない」

 アンジェラさんはタフな笑顔を見せて言った。

「行ってこい!」

「はい、行ってきます!」

 今度こそ覚悟の決まった僕は、理事長室を後にした。


 鳴神学園付属小学校が妖魔に占拠されたという情報を得て、俺は車を飛ばした。学校が見えてくると、警察官たちが周囲を固め、野次馬たちが鈴なりになってるのが見て取れた。

 現れたのは中級妖魔と聞いてたが、明らかにそれとは違う気配が感じられた。上級妖魔が一体いる。しかもこれは鬼か。厄介なことになったと車を降りると、見知った顔が確認出来た。

「おーい、荒畑の旦那ー!」

 俺は人混みをかき分け、妖魔特捜課の部隊が出入りしている、体育館のほうに向かった。

「君、入っちゃダメだ!」

 制止に来た警官に俺はIDカードを見せた。

「これは失礼しました!」

 鳴神市において、夢想士組合ギルドのIDカードは絶大な威力を発揮する。俺のような素性の怪しげな者でも警官は敬礼して道を空ける。

 俺は制止線をくぐると荒畑警部に声をかけた。

「これは大捕物ですな、旦那」

「ん?なんだウルフか。何をしに来たんだね?まだ事件は終わってないんだ」

「まあ、そういわずに。校舎の中は闇の夢想士たちが生徒を人質に取ってるそうですね」

「何いっ!?大神くん、どこでその情報を?」

「テレパシーってやつですけどね。鳴神学園が体勢を整えてこちらに向かってる最中のようですな」

「なんてこった!そんなに大量に人質を取られたら、手が出せん!」

 俺はタバコを取り出すとジッポーで火を付けた。

「なあに、餅は餅屋というでしょう?後は包囲網を解かずに成り行きを見守るしかありませんや」

「おい、ウルフ、大神くん!小学校の中でタバコは遠慮したまえ」

「おっと、こりゃ失礼」

 携帯灰皿にタバコを入れたところで

「警部!校庭のほうから強力な魔力反応!上級妖魔と思われます!」

 部下の報告に荒畑警部は頭を抱えた。

「何の冗談だ?この上、上級妖魔だと!?」

 荒畑警部は妖魔探知機を覗き込み、そのエネルギー量を測定した。見るまでもない。俺には猛烈な圧力となって魔力が漂ってくるのが実感出来た。

「これは、鬼か?いよいよ、お嬢の出番だな」

 俺の呟きに応じるように、背後で歓声が上がった。

「おいでなすったな」

 誰に言うともなく呟くと、俺は背後を振り返った。


 僕たちはまるでアルマゲドンの宇宙飛行士のように、歓声に包まれたまま、鳴神学園付属小学校の校門をくぐった。Aランクの夢想士たちはすでに隠密裏に、校舎の裏手に回って人質救出作戦に入っている。

「おー、龍子ちゃん。待ちかねたよ!こちらの状況だが、体育館の妖魔はすでに制圧して、生徒を救出した。しかし、校舎内の生徒たちが、全員人質に取られている」

「状況は分かってます、荒畑警部。・・・うん、魔力探知マナセンサーにも反応がない。体育館は大丈夫ですね。後は校舎内ですがAランクの夢想士たちが制圧に向かってます。後は・・・校庭にいる鬼だけですね」

「鬼だって!?上級妖魔でも手強いやつだろう?大丈夫かい?」

「大丈夫ですよ、警部。こういう時のために、あたしたちは毎日修行してるんですから」

 龍子先輩はウインクしてみせた。見事に決まる。美人は何やっても様になるなー。僕は感心しながら視線を上げた。すると信じられないものを見つけた。

「龍子先輩!」

「うん、ミーくんも気付いたか?屋上にいるな。やはり奴ら、逃亡防止の結界を張って、仕事は終ったと思い込んでるな。さて、あたしたちも仕事にかかろうか。鬼だけじゃなく中級妖魔の気配も増えつつある。露払いは任せたぞ!ミーくん!萌!薫!」

「了解!!」

 僕たちは校庭に向けて一歩を踏み出した。


 私は目を覚ますと、慌てて状況確認を行った。腹に食らった攻撃の負傷は、ほとんど無くなっている。しかし、後ろ手に縛られ地面に転がされていた。人質状態だ。

 ここがどこかはすぐに分かった。屋上だ。コンクリートの地面に巨大な貯水タンクが見て取れる。視線を移すと先ほどの仮面之騎士マスカレード・ナイトたちが鉄柵に寄りかかって話をしている。

「校舎全体に結界を張って、誰も逃げられないようにしてるけど、この後、私らの出番はあるのかねー?鬼とその配下になってる中級妖魔たちがいるから、マジでこれは詰んだっしょ?」

「油断は禁物ですよ、ブレイド」

「あんた、ここは他に誰もいないんだから、コードネーム意味なくない?」

「闇の夢想士は夢想士組合ギルドだけでなく、警察からも追われる身だということを忘れないほうが良いですよ」

「ちぇっ、分かってるよ。だからこうやって仮面を・・・」

 言いかけたオレンジの髪の仮面が素早く振り向いた。

「シャドウ!夢想士の反応ありだ、それも複数でおいでなすったぞ!」

 その言葉が終わる前に屋上の扉が勢いよく開いた!

「もう、逃げられへんで!金城英理!羽黒夜美!」

 現れたのは二人の学生だった。ああ、あれは鳴神学園の制服だ。応援がやっと到着したのだ。

「チョイチョイチョーイ!仮面付けてる人間をフルネームで呼ばないでくんない?マジ、最悪なんですけど」

「さしづめ、この間のリターンマッチをご所望のようですね」

 黒い髪の仮面が慌てた様子もなく、口元だけで笑った。

「でも、残念だったねー。校舎内はウチらの結界で固めてる。中から外には絶対逃げられない。そして・・・」

 オレンジの仮面が右手をすっと差し出した。

「結界内に猛毒を流して殺すことも出来るんだよー?」

 茶髪の男子生徒がそこで吹き出した。

「面白い、やってみろよ。やれるもんならな」

「なっ!?」

「あんたら、自分の策で自ら追い詰められたことに、まだ気付かんのか?」

 駆けつけた女子生徒が余裕の笑みでそう告げる。

「ちょっと、ウソ、マジでどうなってんの!?」

 手を地面に向けて集中しているオレンジの仮面が、余裕を無くして狼狽えた声を上げた。

「まだ、分かんねーのか?Aランクの夢想士たちが全員で校舎に新たな結界を張った。もちろん、誰も出れないんだから、一人残らず新たな結界で保護されたってわけさ。策士、策に溺れるとはこのことだぜ!」

「あんたらには人質は一人もおらん。しかもここは屋上。詰んだな」

 関西弁の女子生徒がびしりと、人差し指を仮面之騎士マスカレード・ナイトたちに突き付けた。

「ちっ、だから何?あんたらで私たちを倒せるとでも思ってんの?超ウケるんですけど」

 オレンジの仮面が今度は背後に手を向けた。鉄製の柵がブチブチと千切れて空中に制止する。

「おっと、武装化アームド!」

 男子生徒の全身が甲冑のようなもので覆われた。これが夢想士の術か。話には聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。

「おっと、カマイタチ乱れ打ち!」

 私めがけて飛んできた鋭利な鉄片を、渦巻く風が薙ぎ払った。

「相変わらず卑劣やな、英理。最後の人質にも容赦無しか?」 

 しまった、なんてことだ。最後の人質とは私のことだ。ここ一番という時に足を引っ張ることしか出来ないとは。

「あんたが只野圭子さんやね?荒畑警部から聞いてるで?もう心配ないから安心してな」

 荒畑警部!それは当然来てるか。役に立つどころか、足手まといになってしまって私は身の置き所が無かった。

「さて、英理。リターンマッチや。変な仮面付けて変装のつもりか?」

「やかましい!あんたのお陰で作戦は失敗だよ!楽に死ねるなんて思うなよ。身体中切り裂いてたっぷりと血を流してやる!」

 一触即発の空気の中、男子生徒もずいっと前に出た。

「今度こそ決着を付けてやる。影女、覚悟はいいか?」

「フフフ、その強化服パワード・スーツは私の影を通さないほど強力なんですか?」

「試してみな!」

 こうして屋上を舞台に夢想士同士の激闘が始まった。


 僕たちは地中から沸きだしてくるゴブリンタイプを相手に戦っていた。花園姉弟の死之庭園之薔薇ローズ・オブ・デッドガーデンで動きを止めて、僕と大福がトドメを刺しにゆく。ゴブリンタイプを倒すのに、白虎の力は明らかに過剰戦力だから、大福の姿のままで攻撃を加えている。

 それにしても・・・

 龍子先輩と鬼の戦いは壮絶だった。今はまだ素手で格闘してる段階だが、動きがほとんど見えない。まあ、Aランクの疾走状態オーバー・ドライブは常人の1万倍の速度だから、むべなるかなといったところだ。

「おのれ!」

 2本角の鬼が飛び下がって、距離を取った。両手を合わせ脇に構える。バトルものでお馴染みのポーズだ。

「食らえ、魔力弾!」

 魔力を込めたエネルギー弾を打ち出す鬼。対する龍子先輩は、

防壁シールド!」

 真っ向から受け止める。

「それじゃあ、お返しだ!霊気弾!」

 今度は龍子先輩のエネルギー弾だ。

「むうんっ!!」

 鬼は両手に金剛杖を握り、そのエネルギー弾の衝撃に耐えて見せた。

「そろそろ頃合いか。戦闘領域バトル・フィールド!」

 龍子先輩が片手を上げて呪文コマンド・ワードを唱えると、半透明の巨大な正方形が現れ、校庭の半分ほどのスペースが隠された。

「あ、これからが良いところだったのに!」

 いつの間にか僕の頭の上に戻っていた大福が、ペシンっと顔を叩いた。

〈鬼は龍子に任せておきなさい。まだ中級妖魔は残ってるわよ〉

 怒られてしまった。

「分かってるよ!」

 僕は手にした長剣ロングソードを握り直し、妖魔目掛けて斬りかかった。


 訓練の成果通りかは分からないが、無事に戦闘領域バトル・フィールドを展開することが出来た。

「見事な結界だ。俺はお前のような強者と戦えることを誇りに思うぞ!」

 鬼に褒められたことなどないので、何だか面映ゆい気持ちになる。

〈油断するなよ、龍子。白とはいえ2本角の鬼は強いぞ〉

(身を持って感じてるよ。相手も得物を持ってることだし、ここはやはりあれの出番だな)

 あたしは右手を天に掲げ、

天薙神剣あめなぎのみことのつるぎ!」

 呪文コマンド・ワードを唱えた。右手にずしりと頼もしい重みが生じる。

「むう、見事な業物。これほどのものと戦えるとは冥利に尽きるぞ!まだ、名乗ってなかったな。おれの名は甲!」

「あたしは龍子だ!いざ、尋常に」

「「勝負!!」」

 あたしたちは同時に飛び出し、お互いの得物を振るう。重い金剛杖を両手で扱っているのに、先ほどと変わらぬ速度で打ち込んでくる。大した筋力だ。あたしは剣で上下左右からの攻撃を捌いてゆく。甲の疾走状態オーバー・ドライブはあたしとほぼ同程度だ。このままでは埒が明かない。そして、甲もそう思ったのだろう。再び後ろに飛び下がり、金剛杖を握った両腕を後ろに振りかぶった。

〈龍子、奴は奥の手を出すつもりだぞ!〉

(ああ、ならこちらも奥の手をだすさ!)

 甲が金剛杖に火花をまとわせて攻撃してくる。

「食らえ!双竜打ー!!」

 あたしは大きく振りかぶった剣を振り下ろす。

「天薙ぎー!!」

 強大なエネルギー同士が激突する。膨大な魔力と霊力のぶつかり合い。地面はひび割れ、強大なエネルギーは戦闘領域バトル・フィールドの中で竜巻のように荒れ狂った。あたしの制服は強化されてるとはいえ、このエネルギーの奔流の中でズタズタになってゆく。

 甲のほうも全身傷だらけで、金剛杖を使ってエネルギーを受け流そうと試みているが、上手くはいかなかった。頑丈そうな金剛杖はボキリとへし折れ、甲の身体もエネルギーの奔流で宙に舞った。

「うぐあああー!!」

 天薙ぎの作り出したハリケーンすら凌ぐ暴風で、きりきり舞いになり、その肉体も徐々にバラバラになってゆく。

「ぐふふ、見事だ、龍子。これほどの強者と戦えたことは俺の誇りだ」

 その言葉を最後に甲は微塵と化して消えていった。これほどの激闘が行われたのに結界は無事に残っている。

戦闘領域バトル・フィールド、完成だ!甲、あんたも強かった。戦えたことを誇りに思う!」

〈見事だったぞ、龍子。アンジェラの究極之守護アルティメット・ガードにも引けをとらない、見事な結界だった〉

 龍神が珍しく手放しで称賛している。アンジェラさんの結界には流石に及ばないだろうが。

 満足感に浸りながら、あたしは戦闘領域バトル・フィールドを解除したのだった。


 屋上の戦闘は激しさを増していた。時折、姿が見えるが何をしてるのか、まるで分からない。これが噂に聞く疾走状態オーバー・ドライブか。こんなの私たち一般人にはどうすることも出来ない。ただ見守るだけだ。

「あー、もう!鬱陶しいったらない!さっさと死ね!」

「そう思うんやったら、もっと本気でかかってこんかい!」

「殺す殺す殺す殺す!!」

 その時、男子生徒と戦ってた黒い仮面が、影の触手を両者の間に次々と打ち込み、戦闘を中断させた。

「チョーイ!シャドウ、邪魔すんなー、ごるぅあー!!」

「結界が消えて立ってるのは神尾龍子だけですよ。どうやら鬼は負けたようです」

「なっ!?マジでー!?」

 校庭に展開していた結界は確かに消えていた。しかも妖魔に勝ったようだ。これで仮面之騎士マスカレード・ナイトたちも窮地に立った。

「へっ、流石だな、龍子。勝ちやがったか」

「これで残りは、あんたらだけやで!」

 鳴神学園の生徒たちは余裕を取り戻して仮面たちを追い詰めた。

「ここは逃げるが勝ちです。またチャンスはやってきますよ」

 黒い仮面が冷静に仲間を説得する。

「あー、ムカつくー。あんたら、次に会ったら細切れにしてやるからねー!」

 仮面たちの身体が給水タンクの影に沈んでゆく。

「あ、逃げんのか、テメー!」

 男子生徒が飛び掛かるが、二人の仮面は影の中に沈んで、完全に気配を断った。

「影移動で逃げたか。止めとき、タケちゃん。もう安全な場所まで逃げ延びとる」

「ちっ、やっぱりあの影使いを先に倒さないと、簡単に逃げられちまうぜ」

「ま、今回はウチらの作戦勝ちやから、ええやん。それより、龍子に謝る算段でもしてーや」

「ああ?そんなの気にする奴じゃねーよ、龍子は。一緒に飯でも食えばそれで丸く収まる」

「はは、まあ、そんな感じやなあ」

 女子生徒は私の縛めを解くために、近づいてきた。

「お姉さんはどない思います?仲直りの秘訣とか」

 激しい戦闘を行っていたとは思えないくらい、人懐こい笑顔だった。

「それ」

「はい?」

「そんな笑顔出来るなら大丈夫と思うわよ」

 100%掛け値無しで私はそう言い切った。


  第7章 強者どもが夢の跡


 鳴神学園付属小学校襲撃事件。犯行は2名の闇の夢想士、鬼とその眷属の中級妖魔により行われた。鳴神学園と鳴神市警の迅速な対応により、生徒と教職員に被害は無し。警備員一人が負傷したが命に別状無し。妖魔特捜課の部隊による、迅速な対応により中級妖魔の半分は特捜課の部隊が鎮圧。上級妖魔の鬼も、鳴神学園の夢想士により鎮圧。速やかな事件解決となった。


 鳴神学園の校門付近で、龍子先輩とそのパーティー、武藤3姉弟が睨み合っていた。そして、もう一人校門の外側でタバコを吹かしてる人物が。

「鬼の結界の情報を夢想士組合ギルドに流したそうだな、情報屋」

 目を細めた武藤小夜むとうさや先輩が、情報屋こと大神翔おおかみかけるを睨む。

「いやー、そりゃあ流しましたよ。武藤のお嬢さん。でもあたしもそれが仕事なもんでね」

「鬼の結界が見つかったら、武藤家に優先的に情報を流してくれと、頼んだはずだが?」

「ちょーっと待った、小夜先輩。僭越ながらそれは通らないでしょう?ウルフは夢想士組合ギルドと契約してるんですよ。あなたがたに情報を流す謂れはない」

 龍子先輩の言葉に、今度はそちらを睨む小夜先輩。

「龍子くん、聞けば酒呑一族の鬼と戦ったそうだな」

「ええ、まあ。流石に手強かったですよ」

「そうだろう?鬼は我々に任せて、君たちは他の上級妖魔でも討伐してれば良いんだ」

 その言葉にカチンときたのか、猛志先輩が声を荒げた。

「おいおい、何様のつもりだよ、小夜先輩よー!地元の名士だか何だか知らないが、あんたらにこっちの討伐についてあれこれ言われる筋合いはねーぞ!」

 猛志先輩の言葉を受けて小夜先輩の目が細まる。

「そんなに私の剣の冴えを味わいたいか?」

 小夜先輩はわずかに腰を落とす。その左手にはすでに日本刀が握られていた。

「ストップ、ストッープ!小夜先輩。夢想士組合ギルドと武藤家は、相互不可侵条約を結ばれてることを、お忘れなく!お前もだ、猛志。挑発に簡単に乗るな!」

 龍子先輩は両者の間に割って入り、仲裁に努める。

「こりゃあ、どうも俺は身の置き所がないね」

 情報屋はかなり大袈裟に肩をすくめて見せる。武藤家でも2年の弓美先輩は大人しくことの成り行きを見守っているが、1年の槍太くんは僕や花園姉弟に盛大にガンを飛ばしてくる。やれやれ、何でこんなに好戦的なんだろう、武藤姉弟は。

「あまり目に余るようなら、あたしが直接老師に後進言するしかなくなりますが、それでも良いんですか、小夜先輩?」

「な、それは禁じ手だろう。龍子くん!」

 何故だか小夜先輩が一瞬動揺して見えた。老師?武藤家の武術指南をしている人物だろうか?

「先に横車を押したのはそっちですよ、小夜先輩」

 日本刀を消し去り、しばらく唇を噛んでいた小夜先輩だったが、やがて盛大にため息を漏らし龍子先輩に向き直った。

「分かったよ、龍子くん。もう情報屋は使わない。鳴神市には我ら武藤家に連なる夢想士も多い。そっちのほうで情報収集するとしよう」

「ええ、それがお互いのためになるでしょう」

「鬼は手強い。我々に任せておけば良いものを」

 くるりと背を向けて歩きだした小夜先輩がそう捨て台詞を残した。弓美先輩はすぐに後を追ったが、槍太くんはまだガンを飛ばしてくる。

「あんたらは弱い妖魔相手にママゴトでもしてれば良いんだよ」

 憎まれ口を叩いた瞬間、その顔面に大福の猫パンチが炸裂した。

「て、めー!やんのか、ごるぅあー!!」

「何をしてる?早く来い、槍太!」

 遠くから聞こえる小夜先輩の声に、槍太くんは舌打ちし、

「いつか、ぶっ倒してやるかんな!」

 捨て台詞を残して去って行った。

(ナイス、白虎)

〈あんな甘ちゃんに好き勝手言わせとくと、タメにならないからね〉

 すると、僕の右腕に薫ちゃんが嬉しそうにぶら下がった。

「いいぞー、ミーくん!あの槍太って子、野蛮だから大嫌いだったんだ。スカッとしたよー♥️」

「いやー、大福が勝手にやっただけだけどね」

「ちょっと薫、離れなさい!すぐにミーくんにベタベタしないで!」

「だってボク、ミーくん大好きだもん」

「ちょっ、そういうことも軽々しく言うなー!」

 僕を中心にして花園姉弟がグルグルと追いかけっこする。なんだろう?不思議で複雑な気分だ。

「ほお、モテモテだな、命」

「これがほんまの両手に花やな」

 先輩方は助けてくれそうにもない。僕たちがワイワイやってると、

「さて、あたしゃ仕事があるんでこれで失礼。また情報が必要な時はいつでもご用命を」

 情報屋はそう言い残し、車に乗り込んで行ってしまった。

「さーて!細やかながら祝勝会とシャレこもうか!」

 龍子先輩の一言で一斉に歓声が上がった。

「あれ?そういえばアンジェラさんはどうしたんですか?」

「アンジェラさんならアメリカに戻った。忙しい人だからな。今回はあたしに稽古をつけるために無理して来日してくれてたんだよ」

「龍子、今回はあの酒呑一族の鬼を倒したんや。魔水晶も高値で売れたんやろ?」

 風子先輩は込み上げる武者震いを抑えきれない様子だった。

「ああ、学生のうちは魔水晶を手に入れても、半分は奨励会に寄付で持っていかれるけど、今回は理事長も大盤振る舞いしてくれたぞ。あたしが手にした賞金は、10万円だー!!」

「おおー!!」

「やったじゃねーか!今夜は焼き肉だな!」

「サラリーマン的な発想だなー。ま、たまには贅沢も悪くないか」

「わーい、ボク塩タン!」

「その前にみーくんから離れなさい、薫!」

 などと、かしましく街を歩いていると、突然、風子先輩が大声を出した。

「あー!只野さんやん!」

 スポーツウェアに身を包んだ女性が、ジョギングの足を止めてこちらにやって来た。

「やあ、君たち。いつぞやは世話になったね」

「いえいえ、とんでもない。只野さんは身体はもう大丈夫なんですか?」

 あー、付属小学校事件の時のお姉さんか。風子先輩は誰とでも仲良くなるなー。

「ええ、もうすっかり。それでね、もう一度妖魔特捜課の部隊に配属されるために、再訓練を受けてるのよ。それで走り込みをしてたってわけ」

「ええですね。じゃあいつか現場で顔を合わせるかもしれませんね」

「ふふ、その時はよろしくね。それじゃまた!」

 軽く手を振り只野さんは行ってしまった。ああいう内助の功があるからこそ、僕たち夢想士も大いに助かってるのだ。僕はそっと只野さんの後ろ姿に向けて頭を下げた。

「さ、本人はいないけど、只野さんの快気祝いもかねて、派手に繰りだすぞー!!」

「異議なーし!」

「焼き肉なら食べ放題で良いんじゃねーか?というわけで、俺は食うぞ!」

「ケチケチせんと普通の焼肉屋でええやん。10万円もあるんやで。ロース、豚バラ、カルビ・・・あかん、よだれ出そうや」

 感動が台無しな感じだが、ま、今日くらいはみんなで和気あいあいと、親睦を深めるのも悪くない。戦士にも休息が必要だ。それこそ、強者どもが夢の跡ってね。


    了





強者どもが夢の跡、第1部。如何だったでしょうか?本作はキャラ一人一人の履歴書を作成し、キャラデザインもして、SNSでイラストを発表したのが始まりでした。色々なキャラを創作するうち、自分の手で何とかこの物語を形に出来ないかと思い、スマホで書き始めました。拙いデビュー作ですが、暖かい目で見守ってくださると幸いです。


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