3:契約内容は拒否出来ないのです。いち。
「契約書に目を通してみるに、ユジェン前伯爵の後妻になること、が契約内容のようですが。伯爵ではなく前伯爵の後妻を務めることが私を買った理由って……。どういう事なのでしょうね」
私が売られた金額がそこそこ高いことに対して、どう思えばいいのかはさておき、社交場に出たことのない私はユジェン伯爵家がどのような家なのか全く分からないので義弟であるドレイク様に視線を向けます。
彼は当然社交界デビューを果たして社交も行っているはずなので、ユジェン伯爵家の噂を聞いた事がないか、という意味です。
「ユジェン伯爵家の噂は聞いたことがあります。併し、義姉上にその噂のことを話す前に、この女をどうするのか、決断してからにしましょう。このようにいくら自分が産んだ子ではないからとはいえ、戸籍上では娘にあたる義姉上をなんの躊躇いもなく売るような人といつまでも同じ空気を吸いたくない」
あ、まともな感覚を持った人が異母妹の夫で良かったわ。
「全くですね。この契約に関してはさておき、大切な姉上を売るような女は親でも子でもない。早急に出て行ってもらいます。貴族ではないのだから二度と我が家に来ないように。来ても門前払いをしますので」
異母弟がドレイク様に追随し、異母妹も「本当にこんな人を母だと思いたくないわっ。二度と顔を見せないで!」と嫌悪剥き出しで全力拒否。
「娼館に売ってもまだ足りない金額をどうするのか考える必要がありますが、我が子ではないからといって義理の娘を売るような契約をする人と同じ空気を吸いたくないのは私も同意ですね。併し直ぐに追い出すのは待ってください。娼館のオーナーに連絡を取って引き取っていただく必要がありますから。有り難いことに私も人脈がいくらかありますから、その人脈を辿って娼館のオーナーを紹介していただきましょう」
レンホさんの人脈発言で本気度合いが分かりますが、そこで私は少し正気に戻りました。
他人事じゃなくて私のことなので、私が動くべきじゃないか、と。
「あの、私が働かせてもらっている商会の会長なら娼館の伝手もあるはずなので、すぐに執事に行ってもらいます」
「何なのよっ! 寄って集って私を悪者にして! それにっ、あんたみたいな行き遅れの分際で、この母たる私を身売りさせようと言うのっ!」
正気に戻ったからでしょうか。それとも大人になって継母に会ったからでしょうか。あまり怖いとは思いませんので、ようやく言い返せる気持ちになりました。
……子どもの頃にぶたれたり抓ったりされた記憶で怖かったんですよ。
でも今は、これだけ味方が多く居るからか、言い返せる気持ちになれます。
「悪者にして、というか、悪者です。先ず、父と再婚して私をぶってむしたよね。抓ってもいました。執事やメイドたちに注意されても見えないところでやって来ましたよね。おまけに増えました。あと、あなたを母と思ったことはありません。次に双子を産んで三歳まではさておき、父が病気に罹った途端に父と双子を見捨てて出奔しましたね。夫と子どもを見捨てるって人としても妻としても母としても最低です。この時点で既に悪者認定していましたが、なにか。それでもあなたは自分を悪者じゃないと考えているから、こうしてノコノコと男爵家に戻ってこられるのでしょうね。まともな感覚を持っていたら恥ずかしいとか申し訳ないとか思って、戻って来られないので、まともな人間では無いのでしょう」
ここでひと呼吸置いたのは、私の言ったことを理解してもらうためです。
「さらに、ノコノコ帰って来て、私に謝ることも無いし、双子に謝ることも使用人たちに謝ることも無い上、自分の要求を突きつける。これもまともな感覚の人では有り得ないでしょう。その上、国王陛下の意向を受けた後見人の方に対しての不敬な態度も謝ることはなく、次期子爵に対する不快な態度も謝ることはせず、挙げ句の果てに私が自身の産んだ子ではないから、という身勝手極まる理由で勝手に私を売る契約を取り付けて、それを悪びれない。他人が聞いても悪者だと思います。悪者だと思わない人は、まともな感覚を持ってない人でしょうね。つまりあなたを身売りさせようとしても、私はなんの胸の痛みも感じませんし、あなたが自分で言ったはずです。産んだ子じゃない、と。私も言います。あなたは私の母じゃない。だから身売りさせることになんの躊躇いも無いです」
冷静に言い返したら、レンホさんとドレイク様に拍手され、異母妹はキラキラした目で「さすが私のお姉様だわ」と何故か感動してます。
「私もあなたを売ることに抵抗はありません。病気に罹った父上が稼げないから、金の無い貧乏な男爵家で私たちと使用人と父上を食べさせるために姉上は働いてました。姉上が働いてくれなければ、私たちは食べる物もなく路頭に迷っていましたよ。そして姉上が婚期を逃してしまわれたのは、母と呼びたくない女が家出し、父上が死んでしまって、私たちだけで頼る人が居ないことを嘆いていた私とカティを寂しがらせないために、です。アンタみたいに姉上は私たちを見捨てなかった。それが全てですよ。アンタは私たちに何もしてこなかったし、これから先も何かしてくれるとは思っていません。ただの害悪です。二度と顔も見たくない」
異母弟は、本当に男爵家の当主……貴族らしく、不要なものを切り捨てる冷徹さを見せてます。
だいぶ大きくなった、と感慨深いですね。
そんなことを考える間に、執事が異母弟の目配せを受けてこの場を退室しました。……私が働いている商会の会長のところへ向かったのかしら。
お読みいただきまして、ありがとうございました。