2:知らぬ間に売られていました。に。
その日。
たった十日ぶりだというのに、離れていて寂しかったですわ、お姉様ぁああ、と嘆く異母妹を朝から迎え入れることになりました。
「いらっしゃいカティ。ドレイク様も」
執事の読み通りドレイク様もいらっしゃってますね。押し切られたのでしょうね。異母妹を微笑ましく見る辺り順調なようです。
尤も結婚して僅か十日でケンカされても困りますが。何があったのか、という話ですもの。
或いは婚約時代から冷えた関係だったことになってしまいます。その片鱗が婚約時代に垣間見えていた事は無かったので大丈夫だと思っていましたけど、やっぱり大丈夫そうですね。
「お邪魔しますね、義姉上。……あなたのことはカティからたくさんお話を聞かせてもらいました。自分のことよりもあなたのことを話すほどで。結婚式であなたがカティを嫌いだの憎かっただの仰った理由も聞かされて。あなたのことを誤解していたと分かりました。これからは私もカティ共々姉として慕わせてもらいます」
挨拶と同時にそんなことを言われてしまいましたが。
異母妹さん? あなた、夫に何を話しているのです……。もっと自分と夫のことを話し合い、未来を語り合いなさい……。
「いえ、あの、姉としてではなく、無難に義家族としてで構いませんから……」
そんな感じの無難な答えです。
「いいえ。私とカティを娶せたのも義姉上だとカティから教えてもらいましたからね。可愛い妻を娶らせてくれたのですから、やっぱり慕いますよ」
目元を和らげてカティを見るドレイク様に安心しつつ、その気持ちが三十年経っても五十年経っても続くことを願います。
「そうですか……。お気持ちは有り難く。カティは淑女教育も夫人教育も一通りこなしていますが、それでも夫婦として様々な困難が待ち受ける事でしょうから、お互いを尊重し合って話し合い、時には互いを叱り合って良い夫婦になってくださいね。まぁ独り身の私が偉そうに言えたことではないのですけれど」
異母妹夫婦のために、と口出しして自身に苦笑してしまう。独身の私が夫婦の何を分かっているのかって言われてしまえばそれまでなのだけれど。
働いている間に恋人が居る女性たちや夫人方の愚痴を聞いて、お互いを尊重することが関係を維持するのに一番良くて一番難しいのね、と知って。
つい、口出ししてしまいました。
神妙な顔をして二人が聞いてくれたので良し、としておこう。
「ところでいい加減に姉上から離れろ、カティ。今日はあの女が来るって言っているんだぞ」
お出迎えの時から黙ってこの場に居た異母弟が私にベッタリの異母妹に声を掛けてますね。
「あの女今さら戻るとか、都合良すぎよ」
そして、異母妹のあなたも実の母をあの女呼ばわりなのね……。苦労させてしまったかしら。
あと、ナイスタイミングで執事がエントランスから応接室に案内を申し出てくれました。ごめんなさいね、いつまでも客人をエントランスで立たせたままなんて失礼をして……。
場を改めたところで異母弟が手紙を読むように異母妹に促し、異母妹は憤慨して手紙を破りそうになったのですが、寸前でドレイク様が手紙を確保しましたわ。
「ダメだよカティ。証拠は残して置かないとね」
……あら、ドレイク様、手紙を証拠扱いって何をお考えなのかしら。
「証拠」
「そうだよ。この手紙を読んでカティの話から察するに、君たちの母親は貴族法を知らないらしい。夫或いは妻から離婚の話が出て離婚することは貴族でもあるけれど、貴族の妻や夫が出奔するという可能性までは考えられていないし、そんな事例も無かったからね。その辺りに関する法律は無い。ただ平民が貴族の妻や夫に迎え入れられた場合、結婚相手が亡くなった時に、平民に戻る。つまり現在君たちの母親は平民だから、この家には戻って来られないんだよ。戻ると言っているけれど戻れないということを説明するための証拠さ」
ドレイク様の説明に異母妹がそうね、と頷く。異母弟もウンウンと同意している。
そうなのよね。
平民を伴侶にする場合、貴族家の養子として迎え入れて結婚するか、平民のままで結婚するかで伴侶が死亡した後が変わってくるのよね。
養子として迎え入れた場合は、伴侶が死亡しても貴族家の者として認められるから、その責務と付随する権益も使える。なぜなら養子縁組した場合、一定期間貴族教育を施されてから嫁入りや婿入りをするから。
平民のままで迎え入れた場合は、伴侶が死亡すると戸籍は平民に戻るから、貴族としての責務から解放される代わりに貴族権益は使えません。継母の場合はこちらに当たるわけ。
もしも、平民のままで結婚し、相手が死亡して、それでも子どもの養育などで貴族で居たいのなら、王城にて手続きをします。
手続きが出来るのは伴侶が死亡してから十日以内。継母は父が亡くなってから十日以内にこの手続きをしていないから貴族籍から抜けたことに。
つまり平民に戸籍が戻ったということ。
「だから門前払いをして良い、ということだ」
異母弟が宣言するけれど、そのことについても話し合ったでしょうに。
「キィ。でもね、門前払いをしても、執念深そうだから、あちらの言い分を聞いてから貴族法によって平民であることを教えて二度と近寄らせないことを約束させないと、何度もやって来ると思うわよって言ったはずよ」
私が窘めると、異母妹が「確かにあの女はそういう感じよね」と納得してます。
……実の母なのにあなたたちは本当に嫌っているのね。
お読みいただきまして、ありがとうございました。