15:お別れです。いち。
「アディ。お別れを言いに来たわ」
キィとレンホさんとお会いしてから一週間。約束の日を迎えました。これから二人が伯爵家に私を迎えに来てくれることになっています。
そして。
アディは、一週間前に二人と会って帰って来た私からこの伯爵家を去ることを聞いて以来、ほぼ引きこもり状態です。食事も部屋だし。お風呂とお手洗いくらいしか出てこないですけど、そんなときに私もアディを呼びかけるなんてしませんし。
だからお別れの日まであっという間に過ぎ去りました。まぁ一週間ですし、ね。
ちょっとどころじゃなく寂しい思いをしています。
一週間、アディと過ごしたかったですからね。
歳の離れた妹のように思っていましたし。
まぁ身分差を考えたり、実際の立場を考えたりすれば、若干複雑ですが。それでも気持ちはそんな感じでした。
だけど、アディは頑なに顔を見せてくれなかった。
手紙も毎日書いたのですが、リサさんに託しても受け取ってもらえなかったみたいで。
内容はアディと過ごしたかったってこと。明日は必ず顔を見せて、と六日間書き続けました。最初の日の夜から昨日の夜まで。
その六通は未開封のまま、私の手元に。
ドア越しに別れを言いに来た私の側には、リサさんが心配そうな顔をしています。
「お嬢様、オリーヴ様が去られますよ。ご挨拶しなくていいのですか」
ドア越しにリサさんも話す。
『会いたくないっ』
ドアの向こうから泣いてる声のアディが答えた。
「お嬢様……」
『お母様だけじゃなくて、おばあちゃままで居なくなる。おばあちゃまもずっと一緒に居てくれない』
さっきより弱々しい涙声。
そうね。母親と既にお別れしているのに、祖父と死別して更に「おばあちゃま」と呼んだ私まで去って行こうとしている。
八歳のアディには辛いお別ればかりね。
「アディ。会いたくないなら会わなくていいわ。そのままで聞いて」
『聞きたくない』
「それなら耳を塞いでもいいわ。私は勝手に話すから聞きたいと思ったら聞いて。これから私がこの伯爵家から出て行く理由をあなたに伝えるわ。他の誰でもなく、私が話す方が良いと思って。手紙にも書いたけれど読んでもらえなかったから」
一呼吸置くと、ドアの向こうで物音が聞こえる。動いているらしい物音。少しして足音が聞こえてきてドアの向こうで止まった。
少し待っていると少しずつドアが開いた。
やがて見えてきたのは、アディナ。
泣いたことがとてもよく分かる真っ赤な目をした女の子は、悲しみと怒りを混ぜた顔で俯いて私を見ることは無い。
「アディ。私はあなたにきちんと伝えるわ。私が居なくなる理由を」
居なくなる、と言えば、全身を震わせる。
それでも、耳を塞ぐことなく、俯いたままだけどその場から動かない。
それは、聞く意思がある、ということ。
ああ、聞いても良いって思うくらいには、私とアディに情が芽生えている、と思うと嬉しかった。
「アディ。私はね。前にも話したけれど、お金のためにこの伯爵家に来て、アマーニ様と結婚した」
「おぼえてる」
ちょっと辿々しいのは、悲しみと怒りを抑えているからかしら。
私が去る悲しみと、置いていかれる怒り、かな。
「アディ、覚えていてくれてありがとう。お金はもらったのではなくて、借りたの。アディはリサさんからハンカチを借りて返さない?」
「かえすわ」
「そうね。私もお金をアルバン様に返すことにした。アルバン様はアマーニ様と結婚することで、返さなくていいって言ってくれたの。でもね。それを私の弟は嫌だって言ったの。アマーニ様と結婚することはお金を貸してもらう条件だから、納得した。でもお金を返すから、お金を返せたら、姉である私を返してほしいって言ったの」
「お父様は返さなくていいって言ったのに、返すの」
アディは、返さなくていいのに返すことを選んだ異母弟のことが分からないらしく、首を捻って私を見上げてきた。
「そうよ。私の弟は、お金を返すから、私を男爵家に返してってアルバン様にお願いした。その時は借りないとお金がなかったから借りた。でも後で返すから私を男爵家に返してって」
「なんで?」
「私は、アディのお祖父様と結婚した。結婚すると中々家族に会えない人が多いの。それでも、これからアディも経験するけど、お茶会や夜会という大勢の人たちが集まる場所、社交場というところで会えることが多いから。その時に会うことが多い。でも私は、会えないから」
「どうして?」
「お茶会も夜会も招待状が送られてこないと行けないの。お客様として来てねって言われてないのに、行けないでしょう? アディがもっと大きくなったら分かると思うけれど、私はその招待状が来ない」
「来ないの?」
「来ないの。だから弟と妹が会いたいって言っても簡単に会えないから。だから私を返してって言ったの」
「おばあちゃまの家族もおばあちゃまに会いたい」
「そうね。だからアマーニ様が亡くなって、お金も返せることになったから、帰ってきてって弟に言われたの。アディのこと、大好きよ。ずっと一緒に居たかった。でもね。そうしたら私に帰ってきて欲しいから、とっても頑張ってお金を返した弟の気持ちは?」
「悲しいね。私もお母様に会いたいのに会えないの、寂しいもん」
アディは分かった、と頷く。
「私はおばあちゃまに会えなくなって寂しいけど、おばあちゃまの弟が会えないのが悲しいなら、我慢するわ。私、八歳だもの!」
異母弟は成人しているけどね、と内心で苦笑してから私はアディの髪を撫でる。
「ありがとう、アディ。少し大人になったわね」
「ほんと?」
「ええ。でもね、アディ。一つ、違うことがあるわ」
「ちがうこと?」
大人に憧れるアディに、大人になった、と言えば目を輝かす。さっきまで泣いていたのにね。
それから私は、アディナの勘違いを正す。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




