14:その日までの。に。
アディの誕生日が過ぎてから三ヶ月程過ぎていたので、私はすっかり忘れていました。
アディの母親の存在を。
「お前が泥棒猫ね!」
安易にやって来るとも思っていなかった、という油断もあったことは認めます。
ですから伯爵家の門を出て早々に、こんな風に怒鳴り声を上げて女性が行き先を阻んで来るとは思っていませんでした。
……片や馬車の中。片やふんぞり返ったもとい、胸を大きく逸らして腕を組んだ徒歩の人。
馬車の中に居る私の姿も見ずに高らかに詰ってくるところから察するに、私がこの馬車に乗っていると知っているのか、それとも当てずっぽうなのに当たってしまったのか、どちらかしら?
「大奥様、どうぞ馬車から降りませんよう」
私がそんなことを考えている間に、私と共に馬車に乗っている侍女が告げてきました。伯爵家の侍女で伯爵付きでもアディ付きでも無い彼女は、本日私が出かける時に、ゼスから彼女を伴うようにお願いされて、着いてきてもらっています。
「でも……アディのお母様よね?」
言外に無視するのは良く無いのでは? と侍女に尋ねれば、首を左右に振られました。
「実は大奥様にもお嬢様にもお伝えしておりませんでしたが旦那様の元に連日、あの方から手紙が届いておりました」
大奥様は私のことです。お嬢様はアディで旦那様はアルバン様なことです。名前を呼んでよい、と許可されてない者はこういう敬称で呼ぶのが普通ですから、それは構わないのですが。
連日アルバン様宛に手紙?
私が首を捻ると侍女が続けます。
「大奥様のことを泥棒猫だの女狐だのと罵った手紙を書いていたようでして、旦那様はどうしようか悩まれておりました。お嬢様の実母ですので無碍に出来ないと申しますか。伯爵家としてあの方の実家に抗議するのは……と」
ああ、この程度のことで家として抗議するのは、と控えたのね。難しいところね。あまり抗議をしないなら舐められているのと同じだし。
「なるほど。アディの実母だから強く抗議してアディを悲しませるわけにはいかない。かと言って、ずっと放置しておくのは伯爵家が舐められる、と」
「左様にございます。ですから、あの方のご実家に注意を促されていたご様子です」
抗議だと強いから注意を促していたのね。それでコレということは、伯爵家は自分に対して甘いとでも思われているのかしらねぇ、アディの母親は。
「そこまでの対応をしてこの態度なら確かに出ない方が良さそうね。馬車から出て伯爵家に醜聞を撒くわけにはいかないもの。……そうか、ゼスがあなたを伴うように言ってきたのは、アルバン様から言われていたのね?」
アディの実母が手紙を寄越していたのなら、もし私やアディが外出する際に何かあったら困る、ということか。
それなら侍女や護衛をつける意味も分かる。
ただ出かけるだけなのに馬車の外で護衛が騎乗して二人も着いてくるなんて……と思っていたのよね。
「左様にございます」
「本当なら出かけるのは中止にした方がいいのでしょうけれど、アルバン様も私に行動制限を課すことは悩まれたわけね。私としても異母弟と男爵家の後見人を務めて下さった方とお会いするのに日程はずらせなかったし」
今日、出かけるのは異母弟であるキィからの連絡を受けて、だった。レンホさんも一緒だという。結構偉い立場のレンホさんに予定を合わせてある以上、何かがあったわけでもないのに予定をずらしてもらうのは気が引けた。
もちろん、前もってアルバン様には今日の予定は伝えてあったし、後見人のレンホさんがどういう立場の方かも伝えてあったので、アルバン様も日程をずらすことは難しい、と考えたのだろう。
それで、侍女と護衛を付ける考えになったわけでしょうが、結果的にその判断は正しかったみたい。
まさか、アディの母親が、門を出て早々に馬車の前にふんぞり返っているとは思わないもの。
まぁ手紙の件は話をしておいてもらいたかったけれどね。
さて、どうしましょうね。
そんなことを考えている間に護衛が追い払っている声が聞こえてきました。
馬車は二頭立てで屋根付きなのですが、小窓が付いていて、その小窓から車外が見える形です。
もちろんこの小窓からアディの母親らしき女性がふんぞり返っているのを見ていました。
そう、私はその女性をアディの母親だと勝手に思っていただけです。だってきちんとお会いしていませんし。流れ的にそうかな、程度です。
まぁ侍女が肯定したのでアディの母親(推定)からアディの母親(確定)へランクアップしましたけど。
アディの髪や目の色はアルバン様似ですが、顔の作りは母親似。小窓から見える女性とよく似てますのでそう思いました。当たっていて良かったです。
取り敢えず、アディの母親を護衛が追い払ったことを確認してから馬車が動き出して、ようやく出かけることができました。
でも、アルバン様に報告して、アディの母親の実家にキツく灸を据えてもらう方がいいかしらね。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




