9:ユジェン伯爵と失くす日常。ろく。
教会で執り行われる葬儀は、鐘の音が響き渡ることで何かの儀式だと分かる。その鐘の音がカランコロンのような響きなら結婚式。カーンカーンというような響きなら葬儀、と。王都内にカーンカーンと響き渡る鐘の音を耳にして、参列せずに別邸のアマーニ様のベッドにて冥福を祈る。
もちろん、既に彼の遺体は無く教会に安置されて葬儀が始まっている。……この鐘の音はそのことを伝えているのだから。
だけど生者の幸福を祈るとき、必ずしも相手がそこに居るとは限らないように。
死者の冥福を祈るときに必ずしも相手がそこに居なくても祈ることは大事だと、教会で話をしてくれた神父さまの言葉を今でも思い出します。
母が亡くなったのは産後の肥立が悪くて。
つまり私を産んだから。
それは中々に私の中で重みのある現実で。
熱心な教会信者でもない父でも、貧乏男爵家とはいえ貴族の義務として、寄進することがありました。父の代理で向かう執事と一緒に行ったけれど、誰にも溢すことのない本音が零れ落ちたのは、どうしてだったのか今でも分からないですが。
ただ、神父さまの言葉通りなら神の導き、巡り合わせ、その時だった、ということなのでしょう。
父と同じく私も熱心な教会信者ではないものの、祖父が亡くなったときも父が亡くなったときも、そしてアマーニ様が亡くなられた今も。
神父さまの言葉が都度蘇ります。
だから。
その場に居なくても、相手のために祈る。それは私が相手のために出来ること。
そうして、どれだけの時間祈りを捧げていたでしょうか。
伯爵をアマーニ様の元に連れて来たのが昨日の朝早く。それから数時間後にはアマーニ様が息を引き取られて、教会へ連絡を入れたり親戚へ連絡を入れたりなどのアレコレをゼスを通して行いながら、伯爵が正気に戻ったのが夜。
翌朝、つまり本日朝に教会へアマーニ様の遺体を安置してもらい、そのまま葬儀が始まり。気づいたら太陽が中天に差し掛かっていましたから、それだけの時が経ったことは確実でしょう。
墓地に遺体を埋葬して葬儀は終わりますが、そろそろそんな時間かもしれませんし、もう終わったかもしれません。正確な時が分からないほどに祈りを捧げていましたから今ごろどのような状況なのでしょう。
そんなことを考えながらぼんやりとアマーニ様の部屋を見回していました。
短いながらも毎日顔を合わせ話をして時を積み重ねてきました。この部屋に私が居ても違和感を自分も周りも覚えないくらいには馴染んでいました。
昨日と同じ寝具にカーテン。洗い替えのパジャマ。飲み残したお水が入ったカップ。私が刺繍したハンカチ。何もかもが昨日と同じ今日を迎えているように見えるのに、そこにアマーニ様だけが居ない。
祖父が亡くなったときの喪失感より父が亡くなったときの喪失感に近いでしょうか。
書類上とはいえ、短い間だったとはいえ、私の夫が亡くなった。
夫婦というより親子か近しい親戚のような私たちでしたけれど、それでも大切な人がこの場に居ない。
その喪失感は、いつまで経っても慣れるものではありません。
ーーまた、大切な人を失くしました。
それは、不安定の中の安定した日常が無くなったことと同じであることに、気づいているけれど気づかないフリをしたい現実を直視するのと同義でした。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




