9:ユジェン伯爵と失くす日常。に。
ゼスはそれでも色々と葛藤していた様子でした。
「アマーニ様とアルバン様を会わせることになるかどうかは分かりませんが。余命幾許も無いことは、お伝えします」
何度も口を開閉していたゼスが、そう口にしたのは私の提案から一日置いた後でした。それだけ悩んでいたということでしょう。
私に宣言したのは、自分で自分を鼓舞するためなのか、勝手に自己判断しないための策なのか。
さておき。
言うが早いか出て行ったゼス。
「ははは。オリーヴ。あの手の掛かる執事の気を変えたとは、やるな。最後の時をこんな面白い娘が側に居ることになるとは。……君の父親が寄越してくれたのかもしれないなぁ」
もう起き上がる体力も無いアマーニ様が、それでも痰の絡むような咳をしながらも笑ってそんなことを仰る。父が私をここに寄越した……というのはアマーニ様なりのジョークだろうけれど。
関わる気は無かったのに口出ししてしまった辺り、大概私もお人好しということか。
「伯爵様が会いに来るかどうか、それは私も分からないですけれど。ゼスの判断は使用人としての権限を外れていますから」
「そうだな」
アマーニ様はまた笑って、それから疲れたように一つ咳をして眠る。起き上がる体力も無いけれど、眠る時間が増えたような気もする。
亡くなる前の父を見ているような気持ちに陥る。
別に和解をしろ、とは言わないけれど。会える時に会わないことを選択するのも伯爵の勝手だけど。何も知らないで、会いたかったのに直ぐに会える距離に居るのに、会いに来ることが出来なかったとしたら。
それはとても悲しいことじゃないかと思うから。
アマーニ様の病状を知っても来ないのなら、それは伯爵の勝手だからそれはそれでいいと思う。
それから二日。
ゼスが私に何か言いたいことがあるようにこちらを見るのでアマーニ様の側から離れて部屋の片隅で話を聞く。
「アルバン様に病状をお伝えしたところ、酷く驚かれておりました」
気まずそうなゼスを見るに、やはりそこまで父親が悪化していることをゼスの自己判断で話していなかったということだろう。
他家のことだから口出ししたくはないけれど、よくこれで執事を務められているなぁ……と思ってしまいます。使用人が家の不利益になるような行動を取ってはいけないと思うのだけど。
「アルバン様は葛藤なさっていたので、アマーニ様に会いにいらっしゃるか分かりませんが。アマーニ様を大切に思うあまり、アルバン様やアディナ様を排除しようとしたこの身の愚かさを嘆いております」
ゼスが反省しているだけ、口出しして良かったということでしょうか。
元々貧乏男爵家の出身である私は、社交やら貴族家の人間関係には疎いとは思います。ただ、商会で働いていたことで下位とはいえそれなりに貴族の夫人や令嬢と、売り子と客としてですが、交流してきました。
限られた交流でしたが少しは貴族の考え方や使用人としての在り方を見てきただけに、ゼスの自己判断は使用人としてどうなのかと思う部分がありました。
だから口出しをしてしまったわけですが、結果としてゼスが考えを改めたのなら良い、と見ておくことにしましょう。
「アマーニ様を大切に思うことは悪くないのでしょうけれど、今のあなたが仕えるのはアマーニ様だけではない、ということでしょうね。後は伯爵様がどうなさるのか、それは伯爵様が決められることでしょう」
それ以上は私としても何も言うことはありません。
伯爵が来るも来ないも私には関係ないことです。
私とゼスの会話が聞こえたわけでもないでしょうがアマーニ様は眠りに就くと伯爵の名を呟くように。
こういうのは聞いてしまうと、さっさと会いに来なさいよ、と思ってしまいます。それでも一日二日と経過して十日過ぎても来ない伯爵。
会わないことに決めたのか。
私は関わらない。
関わらない、方がいい。
中途半端に関わってもいいことなんか何もない。
「明日か明後日の命……とも言えますし、一ヶ月後まで生きるとも言えます。こればかりは私も分かりません」
医者がこう言ったその日の夜、私は。
もう無理、もう限界。でした。
お読みいただきまして、ありがとうございました。