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8:疎遠の理由

 こうして伯爵家別邸での生活はスタート。驚くほど穏やかな日々が過ぎる。先ずは朝ごはんをアマーニ様と一緒に食べてお昼ごはんまで私は本を読んでみたり刺繍をしてみたり散策してみたり、と過ごしてお昼ごはんをアマーニ様と一緒に食べる。

 アマーニ様はベッドから起き上がることだけで出ることは出来ないらしい。試しに一緒に散歩しませんか、と誘ってみたこともあるけれど、断られてしまった。

 午後は時折やって来るアディナ様に刺繍を教えてみたり、アマーニ様から商会での仕事の様子を問われるままに話したり、父の思い出話を聞いたり話したり。男爵家での過ごし方を話したり。そうして夜ごはんも一緒に食べて一日が終わる。

 食堂ではなくてアマーニ様のお部屋でいつも食事を一緒に摂ることもまた、私の仕事。

 ゼスは短い時間だけど毎日必ず別邸に顔を出す。アマーニ様のことが気がかりらしい。


「そういえば、ゼスから聞いたが、オリーヴのことを男爵家に問い合わせたら異母弟だったか、跡取りが姉上が私たちを育ててくれたようなものなので、泣かせたら爵位返上しても、王家に訴えます、とゼスに噛みついたらしい」


 アマーニ様の居る別邸で過ごす時間が一ヶ月になろうかという頃に、思い出したようにアマーニ様がそんなことを仰った。


「あの子は全くもう……、誰彼構わずそんな調子ではきちんと爵位を継いで男爵になれるのかしら」


 アマーニ様にそんなことを言われ溜め息をつく。とはいえ、異母弟が私を心配してくれることは素直に嬉しいと思えた。


「母が違うとはいえ、そのように慕われているのなら良いことだ」


「そういう……ものでしょうか」


「血を分けた息子のことが分からん私が言うのは説得力が無いだろうが」


 アマーニ様が寂しそうに笑う。そんなことはないです、と否定するのは簡単だけれど。そう言えるほど、私はアマーニ様のことも伯爵様のことも知らないから、黙っておく。


「オリーヴは……賢いな」


「そんなことは」


「いや。踏み込まない。踏み込むということは、背負うことになる。それが分かっているから、踏み込まない。賢くないと判断が付かんものだ」


 アマーニ様は気難しいというゼスの話とは裏腹に穏やかな一面を私に見せる。

 これが本来のアマーニ様なのか、それとも気難しい部分を見せられるほど私を信じていないのか。どうであれ、穏やかなことは良いことだと思う。


「オリーヴ、これから独り言を言うから、聞き流してくれ」


 随分と弱々しい声でアマーニ様が頼む。私は何も言わずに頷いた。


「妻はアルバンを産んでから体調を崩しがちで二人目を産める身体ではなかった。だからとてもアルバンを可愛がっていた。とはいえ、伯爵家の跡取りとしてマナーや教養面では厳しくもあった。ただ甘やかすだけではなかったわけだ。そういった方面でのアルバンは優秀だった。私はアルバンの教育は体調を崩しがちの妻に任せっぱなしにしていた。だからだろう。妻が亡くなった後、寂しさを埋めるようにアルバンは夜会ばかり参加していた。吟味することもなく参加していたから、あまり品の良くない夜会もあった。そこで、あの女に出会った。アルバンの妻に収まった女だ」


 独り言だし、聞き流して欲しいと言われているから口を挟めないけれど、なぁんか嫌な感じのする話の流れですね。


「アルバンは妻に収まった女が純真無垢で可憐で優しい令嬢だと思い込んでいた。男爵家の娘からすれば、伯爵家の跡取りであるアルバンとの結婚は条件が良いからな。必死だっただろう。私が婚約者候補を考えるより先にコマリエと結婚したい、と言ってきた。コマリエが男爵家の娘と聞いたが家名も爵位名も私は知らず、どのみち調査は必要だからとゼスに調査を頼んだが。コマリエの父である男爵はどうも領民から税を過剰に搾取しているようだった。詳しく調査を入れる前に、酒で失敗した、とアルバンとコマリエが一夜を共にしてしまった。責任を取るべきで仕方なく結婚を許した」


 うわぁ……。

 何とも言えない典型的なヤツだ……。私は学園に通ってないし夜会デビューもしてないけど、異母弟異母妹をデビューさせてるし学園にも通わせているので、その手の話を双子から聞かされていた。

 それにしても、伯爵家の子息がそんな古典的手法に引っかかるってどうなの?


「アルバンは人の悪意に鈍く策略にも弱いことをその時初めて知った。それから口を挟むことになったが、まぁ今さらだったということで、逆にアルバンは私を疎むようになった。だから当てつけのようにコマリエとアルバンは仲睦まじくしていたが。まぁたった一夜で子を身籠るわけがない。そこから二年くらいか……子は出来なかった。あの頃がアルバンにとっての幸せだったかもしれないな」


 そこで疲れたようにアマーニ様は溜め息をつき、同時にかなり激しく咳き込んだ。その背中を摩って落ち着いた頃合いで果実水を飲ませる。

 アマーニ様は時折このような咳をしていた。医者には診せているようだが、その辺りの診断結果は私に知らされる事はない。

 一度ゼスに確認したところ、アマーニ様が私には話さないように、と命じていたらしくて教えてもらえなかった。

 私に負担をかけないためか、私を信用してないのか。それは分からないけれど、むやみに踏み込まない私のことをご存知だからなのかもしれない。

 だから私はこれくらいのことしか出来ない。


「ありがとう、オリーヴ。楽になった」


「もうお話はお止めになられて、お休みされたらいかがですか? 後日お聞きしますから」


「いや……。独り言だ」


 そう言われてしまえば、それ以上のことは言えなくて。


「結婚と同時に爵位をアルバンに譲ったから、当初のアルバンは忙しかった。私も疎まれてはいても当主の引き継ぎの仕事でアルバンと顔を合わせて忙しいのは変わらなかった。そうして二年ほど経つ頃にコマリエはアディナを身籠った。それが分かった時のアルバンはとても浮かれていたし、コマリエを大切に扱った。まぁ当たり前のことかもしれんが。伯爵の仕事も調整してなるべくコマリエの側に居るようにしたが。それが逆に悪かった」


 ええと、妊婦の妻を大切にしていた伯爵が常に寄り添うことの何が悪いんでしょう。


「コマリエの部屋に届いた手紙を、アルバンが偶然目にした。封筒に入っておらず風に吹かれて便箋が散らばってしまったのを拾おうとして、な。コマリエが上手くアルバンに取り入って妻の座を得た上、跡取りを身籠ったことをコマリエの父親が褒める手紙の内容には、金の無心も記載されていた。どうも既にコマリエは父親にある程度の金を渡していたようだ。度々実家に帰っていたのは、そういうことだったのか、と判明したと同時に、その実家でコマリエは恋人と会っていたらしく、バレないようにしておけ、と父親からの手紙にあった。この辺りはアルバンに聞いたのではなく、その修羅場に居たゼスから聞いたのだがな」


 あーもう、ホントに色々ドロドロしていて嫌ですね! 伯爵に同情するけど、そういうのに引っかかった時点で仕方ないというかなんというか。


「当然アルバンはコマリエを詰ったが、身籠ったコマリエを実家に帰すのは外聞が悪い。アディナが不貞相手の子だったら、子と共に離縁する、と宣言してアルバンはコマリエの監視をした。結果的にアディナの髪の色と目の色はアルバンと同じ色だったことから、アディナを手元に残してコマリエとは離縁した。コマリエの不貞相手の色がもしアルバンと同じだったら疑っていたかもしれないがな」


 つまり、不貞相手と伯爵は髪も目も色が違うということ。……それは良かった。良かった、わけじゃないかもしれないけど良かった。


「結局、コマリエと離縁してから再婚も興味なく、私も上手くアルバンと仲を戻せず。だからといってアルバンはアディナに関わることはせず、教育はきちんとしておくようにゼスに命じて伯爵の仕事をこなすだけ。アディナを私に近づけないのは、私に孤独を与えたかったのだろう。オリーヴとの結婚は悪女ならば私と交流しないだろうし、コマリエと同じ悪女を虐げることで自分の気持ちを慰めたかった、というところか」


 あー……。なるほど。継母の泣き落としに引っかかったわけじゃなくて悪女を虐げることで自尊心の回復を図ったというか。

 つまり、こういってはなんですけど。


「私のことを全く知らないのに、悪女だと言う継母の言葉を表面的に受け入れて、悪女なら何をしても許されると自分に言い聞かせて自尊心を回復、とか控えめに言っても器の小さい男だわー」


 ……あ、うっかり本音が出てしまいました。


「はっはっは。そうか、器が小さいか」


 アマーニ様は豪快に笑って発言のお咎め無しにしてくれました。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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