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7:すれ違っていたようで。に。

 日当たりの良い部屋は窓が少し開いていて空気の澱みが無い。そのことにホッとしつつ、寝室に足を踏み入れると天蓋付きベッドのカーテンが開かれ、その奥で身を横たえる人が見えた。


「アディナ、よく来た」


「お祖父様っ」


 掠れた声は弱々しく、呼びかけられたアディナ様が呼応するように呼びかけて駆け寄ろうとした。でも私はそれを止める。


「アディナ様、先程お約束しましたね?」


 アディナ様は、ハッとした顔の後でゆっくりと辿々しいカーテシーをする。体幹がブレているけれど異母妹がこのくらいの年齢の頃は似たような感じだったし、私もこんな感じだったからよく出来ていると思う。

 後ろに立つゼスに視線を向けるとうむ、と言うように首肯していた。


「お祖父様、お久しぶりです。アディナです」


「よく、来た。顔を見せてくれ」


 アディナ様はゼスをチラリと見て、ゼスが頷くのを確認してからベッドに近寄る。ゆっくりとアディナ様の頭を撫でる腕は細い。病というのは確からしい。


「それで? そなたが私の妻だと?」


 アディナ様に声を掛けた時の暖かさから一転、威厳のある声に温度が感じられることは無い。

 なるほど、前とはいえ伯爵を務めた方なだけあって、人を従える雰囲気はベッド上でも失くしていないのかもしれない。

 そんなことを思いながら私は挨拶をした。


「はじめまして、前伯爵様。書類上、妻の身分を賜りましたオリーヴと申します。ゼスからは前伯爵様の話し相手を務めるよう伺いましたが、お気に召すこと無ければ、伯爵家にて仕事を得たいと願います」


 カーテシーをしたまま、一息に希望を口にする。異母弟を信じないわけじゃない。けれど直ぐにまとまったお金が入ることもない。

 それなら、異母弟がお迎えに来るまではこの伯爵家で暮らして行く必要がある。

 金で買われた以上、この身は伯爵家のもので、伯爵本人は前伯爵の妻という名目で私に立場を与えたわけで。つまりは前伯爵の心持ち一つで私の今後が決まるのだから、それなら希望くらい伝えておこうと思った。


「オリーヴか。学園に通っていなかったと?」


「はい」


 事情もゼスから聞いているだろうから私が説明する必要は無いだろう、と返事をする。


「それにしては、正しく自分の立場を表明した上に己の希望まで伝えてくる辺り、賢さが見える。仕事を得たいと言うが希望は?」


 私が学園に通っていないことを踏まえた上で、意外だと思う声音で私の希望を聞いてくる。

 その声に背中を押されてさらに希望を伝える。


「男爵家では商会の店番とお針子を勤めておりました。また、後見人様や執事の手伝いで男爵家の執務見習いを行っておりましたから、機密性の無い書類整理は出来るか、と」


 図々しいと思われようとも、仕事を与えてもらえるのであれば、どうせならやりたいことを仕事にしたい、とやりたいことを伝える。


「なるほど。書類上とはいえ、そして爵位を譲った隠居の妻とはいえ、伯爵家に嫁いできたから商会の店番やお針子は無理だ。書類整理は息子の意見を聞く必要があるが、おそらく却下するだろう。アルバンはどうも私を疎んでいるようだからな。オリーヴに対しても良い顔をすまい」


 前伯爵は息子の伯爵から疎まれていることは理解しているのね。

 大きく溜め息をついているし。

 原因は分かっているのかしら。

 まぁ首を突っ込むのは止めておく方がいいわね。下手に首を突っ込んで中途半端に関わるのは良くないわ。碌なことにならないもの。

 でもそうなると、やりたい仕事は出来ないかもしれないわね。


「それなら、この別邸の使用人に混じって掃除や洗濯をします」


「それはなりません」


 私が別の提案をすれば、ゼスがいち早く否定する。そちらに視線を向ければ、大反対、というような顔をしていた。


「オリーヴ様は大旦那様の妻という身分の方にございます。使用人に混じって掃除や洗濯をすることは使用人の仕事を取り上げることでございます」


 ゼスの説明は一理ある。使用人の仕事を取り上げるのは良くない。じゃあどうしようかしら。


「おばあちゃま、おはりこってなぁに?」


 ずっと前伯爵のベッド横でおとなしくしていたアディナ様から尋ねられたので説明する。


「刺繍のお仕事でお金をもらっていたのです」


「ししゅう。おばあちゃま、ししゅうが上手?」


「お金をもらえるくらいには」


「じゃあ私にししゅうをおしえて下さい」


 意外な申し出にゼスへ目を向けると、それなら、という顔で頷いた。

 ゼスとリサさんから話を聞くに、アディナ様は刺繍が苦手で刺繍専門の家庭教師が来ると逃げ出すくらいらしい。

 そんなアディナ様が自分からやる、と言うのであれば、とゼスもリサさんもぜひお願いします、と言わんばかりだった。

 前伯爵の話し相手を務めながらアディナ様に刺繍を教えるというのが、この伯爵家での私の役割ということで話が落ち着いた。

 話し相手はやっぱり務めるのね。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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