4:ユジェン伯爵家の噂は。
「オリーヴちゃん、だが」
会長の心配、という顔が嬉しいけれど私がニコリと笑むだけで会長は理解してくれました。もう覚悟している、と。ドレイク様も理解してくれたようで悔しそうに俯きます。でもそれは、レンホさんも同じみたいで。
寧ろ双子は納得出来ない、と私の意思を変えようと説得してきます。
「お姉様は今まで私たちのために自分の人生を楽しめなかったではないですか! それなのにあの女が金を使ってしまったからって身売り同然で伯爵家の後妻なんて……」
「そうです! 姉上には自分の幸せを考えてください! 伯爵家へのお金は私が借金してでもっ」
言い募る異母弟と異母妹を宥めるように、苦笑してから人差し指を口につけて静かに、と促す。
途端に静かになる双子は、きっと私が寝る前の絵本を読み聞かせる時に、そうしていたことを思い出したのでしょう。
「気持ちは嬉しいわ。でもね、キィ、折角貧乏から脱出できた我が家に借金はダメよ。これから結婚するあなたの婚約者だって不安に思うわ。そしてそれは、カティ。あなたも同じこと。ドレイク様の善意だとしても私が借金したら、あなたに肩身の狭い思いをさせてしまうわ。それは出来ない。会長、理解してもらえますよね?」
双子が悔しそうに俯きました。
会長も分かった、と頷いて。
そして少し背を丸めて帰って行かれました。
会長に後できちんとお礼を言っておきましょう。
「それなら。姉上の貯金はご自分のために使ってもらうことにして、あの女が売れた金がいくらでも、その残った分を私が稼ぎます。その稼いだ金とあの女が売れた金を合わせて、伯爵家へ何年掛かってでも、返金します。返金次第、姉上は帰って来てください。そして自分の人生を楽しんでください」
異母弟が硬い表情でそんなことを言ってくる。私は仕方ないなぁ、という表情で頷きました。
「それじゃ、ドレイク様、ユジェン伯爵家についての噂について教えてくださいます?」
異母弟の提案を受け入れた私は気持ちを切り替えるように明るくドレイク様に尋ねました。
「ユジェン伯爵家は……当主のアルバン卿が三十五歳。確か七歳の娘が居るはずだ。結婚は二十六歳の時で娘が生まれた僅か三ヶ月後に夫人と離縁している。その辺りの理由は、噂では様々だが公にされていないので不明。前伯爵様はアルバン卿の父上で、六十代だと思われるが正確な年齢は不明。確か名をアマーニ様と聞いたことがある。アマーニ様は夫人と五十歳目前で死別されていて以後お独り身。王都にあるユジェン伯爵邸の別邸で暮らしておられるとのことだが、社交場に出て来ないからどのような暮らしぶりなのか、それは分からない。ただ、アマーニ様とアルバン卿の親子は仲が悪いことでとても有名で、実際、私はある夜会にてアルバン卿がアマーニ様のことをよく思っていない口ぶりで話しているのをお見かけしたことがあるから、噂ではなく事実でしょう」
親子仲が悪いのに、契約書の署名は当主であるアルバン卿の名前が書かれていて、仲の悪い父親のために後妻が必要。それもまとまったお金を出して買い取った形でも構わないから、必要……。
「ねぇ、あなた。それではお姉様が後妻として迎えられる理由が良い理由には思えないのですが」
私が口にするまでもなく、異母妹が夫たるドレイク様に尋ね、ドレイク様も「同意見だ」と頷いているところを見るに、この契約内容が良い縁談話だと思われていないのでしょう。
「実はユジェン伯爵家のことは私も耳にしている」
レンホさんが重々しく口を開きました。
後見人として我が家と関わる中で、私も親戚の方を頼るような気持ちで親しくレンホさん、と呼んでいますけれど、あまり事実でないことは口にしないで、噂を鵜呑みにしないことを教えてくださるような方がこのように口を開くとなると、噂ではなく事実ということになりますよね……?
「ユジェン前伯爵は病に罹られ余命宣告を受けている、という話だ」
つまり、もしや後妻のお話って。
「ああなるほど。余命宣告された前伯爵様の看病をする者として雇われたわけですね、私」
後妻という肩書きで世間の目を誤魔化すのかもしれませんね。看護をする者を雇うより、後妻として看護をする者を買った方が金銭的に安かったのかもしれません。
仲の悪い父親のために都度雇用契約を結ぶ相手よりも一括で金を支払って後は契約しなくてもいい相手の方が面倒が無くていいですもんね。納得です。
「姉上はようやく自分の人生を楽しめるという時になって、赤の他人の看護人として雇われたということなのか……」
納得しただけの私より、異母弟の方がかなり衝撃を受けた顔を……あら、異母妹もドレイク様もレンホさんも後処理を終えていつの間にか戻って来ていた執事も、同じような顔をしています。この場に居ないメイドたちも話を聞いたら同じような顔をするのかしら……。
でも、そういう理由なら、私が後妻という立場になることは納得出来るのですけれど、私が納得しているのだから皆はそれで良し! ……とはいかないですか?
お読みいただきまして、ありがとうございました。




