WARD CRAFT
俺は神室 守 (かむろ まもる)。都内の高校に通う2年の男子生徒だ。
2050年10月1日。今日は俺にとってとても大切な日だ。
制作発表から5年、「ゼロから自分の世界を創り出す!」をコンセプトにとある一本のVRゲームソフトがついに発売された。
ゲームのタイトルは「WARD CRAFT」だ。
このゲームは世界初の完全フルダイブ型のゲームで視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の五感全てを仮想空間で再現可能なのが最大の特徴だ。
それを実現可能にしているのがヘルメット型の専用ハードの存在だ。
俺は今、その専用ハードとゲームソフトの予約していたため、それを受け取るために家電量販店に来てレジに並んでいる。
ソフトとハードセットで価格は18万9800円だ。
普通であれば俺のような学生には手が届くような代物ではない。
だが、俺はこのゲームが発表された5年前の日から毎月のお小遣いやお年玉をコツコツ貯めていた。
高校に入ってからはバイトを掛け持ちしてお金を貯めた。
その甲斐あってか今では貯金が50万を超えた。
俺は今日このお金で待ちに待ったゲームを買うんだと強く心に決めていた。
「次の方どうぞ〜」
気が付くといつの間にかレジの列が進み俺の番になっていた。
俺は手に持っていた整理券を店員に差し出した。
「こちらですね。どうぞ〜」
俺はレジ店員からお目当てのゲームソフトとハードを受け取り帰路に着いた。
家に着くと真っ先に自分の部屋へと向かった。
そして、部屋のデスクに購入してきたゲーム機の箱をを置く。
「さぁ〜て、開封の儀と行きますか!」
俺はそう言って箱を開封していく。
数十秒後、お待ちかねのゲーム機が姿を現した。
ヘルメット型の専用ハードとUSBメモリのような形をしたゲームソフトだ。
「お〜これが世界初の完全VRハードかぁ〜」
俺は目の前にあるゲーム機を目の当たりにして感動していた。
このセットは初回生産版がわずか100万台だった。
販売方法は抽選で販売開始当初は瞬殺だった。
俺のように学生で手に入れることができた奴は少ないだろう。
いろいろな感情が俺の中で渦巻いていた。
ピコンッ
ふと、デスクの端お方に置いてあったスマートフォンの通知が鳴った。
画面を確認すると、メッセージアプリの一件の通知があった。
「大地か」
大地とは俺の小学校からの幼馴染で今も同じ高校だ。
最近ではネット上の小説投稿サイトで執筆活動を始めたらしい。
いわゆる物書きという奴だろう。
彼も俺と同じ「WARD CRAFT」を買った。
メッセージに内容は「マモはもうログインしたか?俺はもう自分の世界を創って楽しんでるぞ!」と書いてあった。
「大地のヤツもうログインしたのか。早いな、さてと、俺もそろそろ行くとしますか!」
俺は大地のメッセージに対して「これから行く!」と返信してスマホの画面を閉じた。
そして、俺はそのまま自分のベットに横になる。
横になったままヘルメット型のハードを頭に装着して、ゲームソフトを起動するための専用音声コマンドを口にする。
「Hello World」
俺はその言葉と共に仮想空間へ飛び込んだ。
ゲーム内にログインするとそこは「色」も「形」も「音」も「感覚」もない何も無い空間が広がっていた。
正直にいうと、今俺が目の当たりにしているこの状態をどう表現すればいいのか適切な言葉が見つからない。
不思議な体験をしているようだ。
「ようこそ、創造主様。まずはあなたの姿を具現化してください。メニュー選択はあなたの言葉で方向を選択してください」
俺が何もない空間をさまよっていると突然女性の声が俺に話しかけてきた。
そして、謎の声が終わると同時に俺の視界にいくつかの選択肢が現れた。
要するに他のゲームで言うところのアバター作成のことだろうと思った。
なんか他のゲームと少し言い回しが違うな。これも何かの演出なのかな………
「えーと、まずは名前。その後は性別、容姿、髪の毛の色や瞳の色か………」
俺はそんなことを思いながら目の前に現れるを選択肢を、まるで視力検査でもするように左右上下方向を口ずさんでいく。
「よし、これでいいかな〜」
しばらくして、俺は全ての項目を選択して最後の選択肢まで来ていた。
俺が選んだのは「男性」「身長185センチ」「黒髪」「碧眼」「紫のネクタイと白いスーツ」だ。
これらの選択肢の最後に「YES」「NO」が現れた。
俺は迷わず「YES」を選択した。
すると、今まで俺の視界には何もなかったが、「YES」を選択した瞬間に自分が指定した通りの腕や脚などが生成された。
「おー、これが俺か〜」
俺はアバターが作成されて自分の体を見回していた。
「おめでとうございます。今ここに創造主様が誕生されました。「ゼロ」からあなたの世界を創造してください。以上で音声ガイダンスを終了します」
その言葉を最後に謎の女性の声は聞こえなくなった。
その直後に俺の視界に「オンラインモードが解放されました。他の世界へ行くことや、新たな創造主を呼ぶことができます」というメッセージが表示された。
「ってことはもしかして大地もここへ呼べるのか?」
俺はそう思い至って「WARD CRAFT」を起動したままこのゲームのメニュー画面を開いた。
実はこのヘルメット型のハードはゲーム以外にも様々なアプリケーションをインターネットを経由してインストールすることができる。
俺はいつも使っているメッセージアプリをインストールして大地に「今すぐこっちに来い!」とメッセージを送った。
すると、3分後くらいに大地から「OK!ルームのID教えて」と返信が返ってきた。
俺はすぐにこのルームのIDを大地に送信した。
それからおよそ5分後のこのことだ。
「よっマモ来たぜ!」
「ああ、待ってたよ。ずいぶん早かったな」
「親友の頼みとあらばどこでも駆けつけるのが俺さ」
「ありがと」
大地はニヤリと笑ってあたりをキョロキョロと見渡す。
「お前の世界なんもねーんだな。もしかしてアバターだけ作って俺を呼んだ感じか?」
「そうだよ。せっかくならお前と作りたかったしな。あと、このゲームの遊び方教えてくれ」
「なんだそんなことか。この大地大先生に任せたまえ!」
「ああ、よろしく~」
俺は大地に軽く低い声で返事をした。
そして、大地の指導の下まずは自分の家を作ることになった。
まず、この何も無い世界で新しいものを作るには創作メニューを開く必要があるらしい。
ちなみにこの創作メニューを開くには口で実際に言わなければならない。
なんだか中二病の技名を叫ぶようで恥ずかしい気持ちになった。
「基本的には自分のアバターを作った時と同じだ。まずは作りたい物の名前を決めるんだ。その後言葉のキーワードを好きなだけ入れていく。これをするだけで基本何でも創れる。やってみろよ」
「なるほどな。学校の学級活動の時にやるアイデアマップみたいな感じか」
「おお、いいなそれ。まさにそんな感じだ」
「そっか、だったら………」
30分後。
「できたー」
俺が作ったのは黒い屋根で灰色の壁をした2LDKの現代風の家だ。
「さっそく中に入ってみようぜ」
家の中に入るとまずはリビングに直行した。
リビングには深緑色のソファーが2つと茶色い木製のテーブルを配置した。この他に寝室やキッチンもつくったが後は長くなるので割愛する。
この家を作った言葉のキーワードは「黒い屋根」「灰色の壁」「ガラスの窓」「緑色のソファー」「茶色い木製のテーブル」などだ。
俺はソファーに座り大地に話しかけた。
「大地お前最近趣味の小説はどんな感じ?」
「ああ、まぁまぁ順調かな。それより俺は今日このゲームをプレイしてスゲーことに気づいたぜ!!」
「なんだよ?」
「世界は全部言葉出来てるって事だよ」
「なんだそれちょっと意味わかんない」
「今お前がこの家を作ったことそのままだよ。一番わかりやすいのは自分のアバターを決めた時かな。あの時どうやって作った?」
「あの時は自分の名前と身長や着る服なんかを選択したけど………」
「一番最後に何をしたか覚えてるか?」
「最後は「YES」を選択したな。その後に選んだ通りに体が生成されたな。あ!もしかして………」
「お!気づいたな?「YES」を選択した瞬間にお前の存在が確定したんだよ。これと同じでこの世界に存在するものには全て何かしらの名前がついているってこと」
「あっ!そういうことか!」
俺は大地の言葉を聞いて鳥肌が立った。
それと同時に俺の脳裏にあることがよぎった。
それは、今大地が話したことはこの仮想世界に限らず、俺たちが暮らしている現実世界にも同じことが言えるのではないか?ということだ。
例えば、生まれたばかりの赤ん坊に名前がついて初めて「人」というものが認識されるのではないか。
他には政治家が新しい法律を決める際、最終的には多数決という方法で決まる。
これらのこと全てが人間の「意思」によって決まることだ。
もっと深いことを言えば「意思」を作り出しているのは全て「言葉」なのだということ。
このゲームはそのメカニズムを体現しているように感じた。
「これはすげーな!大地はどうしてこのことに気づいたんだ?」
「俺は物書きをやってるからな。小説ってさ全部文字で出来てるだろ?人物の着ている服装とか容姿とか風景描写なんかもそうだな。それらを作ってるのは「文字」であり「言葉」なんだって思ったんだよ」
「なるほどな〜」
俺は大地の話を聞いていて、言葉が作る世界の大きさに驚いていた。
「まぁ、ずっと長話してるのもつまんねぇーしそろそろ新しいもの創るか?」
「おうっ!」
俺たちはそう言って同時にソファーから立ち上がった。
「そうだな。次に創るのは………」
ご覧いただきありがとうございました。