第八十八話 侵略開始
「好きで赤ちゃんやってるんじゃありません」
「我がノイトラ王国の方針は、デキるやつには大量に仕事を押し付ける、だ。
お前が赤ちゃんだろうと仕事を押し付ける。ところでさっきの話だ。
お前は良いヒントをくれた。仕事だよ。警察官が必要だな。
そしてベンツ、これを見てくれ」
「これって?」
俺はベンツに手元の携帯電話に似た手帳を見せた。
画面に表示されていたのは分体の方のベンツからもらった設計図だ。
「繊維を加工するものだ。繊維自体はもうこっちで作っているが、繊維を編んで服を作る機械はまだないだろう?」
「つまりこれは、警察の制服を作るということなんだね?」
「ああ、とりあえず一式な。そしてこの機械を使う人が働ける建物も建設せねばならない。
当然、警察署もな。建設はイブに任せた。
どちらも合衆国に似たようなのがあったから、イブ、お前や造換塔のデータベースが参考になるはずだ」
「承知した。私は仕事に戻る」
イブは元々素直だが、やっぱりお互い本音でぶつかったおかげか、より一層素直に俺の言うことを聞いてくれるようになった。
俺は歩き去っていくイブを見送ってから話を続ける。
「ベルンハルトとエースは法律の制定だ。
博士は俺と一緒に工業機械を作る。あと、銀行と保険会社は俺がデザインしたいから一緒に作ってくれ」
「わかった。ではラボへ戻ろうか。金庫の方はどうする?」
「無造作にアーセナルに現金を貯めてるだろ。ちゃんと銀行を作って金庫を作ろう。
金庫のセキュリティは適当で構わん。大事なのは銀行という見た目だからな。
ああ、そうだ。繊維……裁縫などに詳しい人材って居たりするか?」
「それは私が答えよう」
「ぬわっ」
俺とベンツは変な悲鳴を上げてしまうほど驚いた。なんと俺とベンツが話している横にベンツがもう一人現れたのだ。
「ベンツ二号か。リリシアに居なくていいのか?」
「ふふ、ベンツ二号か。私は分体なので問題ない。
それに私は本体と違って疲れるということがないからね。
繊維に詳しい人間がいなくてもマニュアルがあるから平気だ」
と言ってベンツ二号は俺の持っていた手帳に新たな情報を送信してきた。
それには様々な布の織り方が記されていた。とても覚える気にはなれないが。
「やれやれ。ベンツ二号、俺は少しならプログラミングも出来るから一人で仕事するよ。
我が住民はデジタルにそこまで慣れてないからな。アナログに変換してやらないと……二人とも、俺抜きで話を進めておいてくれ」
「あ、ちょっと」
俺はベンツ一号の言うことも聞かずに船に帰った後、官邸へとんぼ返りした。
むろん戻ってくるとベルンハルトとエースには怪訝な顔をされた。
「えっと、どうかしたんですか?」
「何か忘れものでもしたの?」
「いや。コンピュータでちょっと仕事だ。俺、ヒマすぎてプログラミング出来るようになっててさぁ」
リリスとベンツと交流しているうちに簡単なプログラミングなら出来るようになった。
というのも船の中はヒマすぎて勉強の一つもしてないと気が狂うのである。
暇をつぶせる場所もないからな。俺はそれでゲームを作ったりもしたが、自分の作ったゲームなので飽きるのは早かった。
まあそのことはいいとして、俺はエンジンを使ってまず、分体の手を召喚した。
「えっ、何に使うんですかそれ?」
「ディスプレイの応用だよ。一番最初に練習するプログラミングの基本だな。
まあ、俺もよくわからない高度なプログラムで腕は動くんだがこれは無視できるからな」
俺は官邸の手が空いているコンピュータを使ってプログラムを組んでアプリケーションを作った。
この作業自体はものの三十分くらいで終了した。別に難しいことではない。
手で文字を書くようにプログラムしただけだ。エースも横にいたし、それは難なくクリアできた。
そして完成したのがベンツから俺の手帳に送られてきたのをアナログで出力したマニュアルブックである。
このマニュアルを覚えれば誰でも紡績機械を使って繊維を編み、服を作ることが出来る。
「発展が……発展が早すぎる。情報通信が進歩しすぎている。
向こうのベンツと繋がってしまったら俺たちの仕事は二倍どころじゃない速さで進行するだろう」
「これ、誰に覚えさせます?」
「いや、このマニュアルは別に誰にも……紡績機械はまだ完成しないしな。
じゃ、俺はベンツに通信をすることにしよう」
「忙しいですね」
ベンツに通信を入れると、早く戻ってこいとのこと。
急いでベンツ一号と二号のそばに戻ると、さっそくさっきの話題を蒸し返された。
「やあトーマ君。君、確か銀行と保険会社をデザインするとか言ってたでしょ。
なのにどっか行ってしまうから。全く……それでどう?」
「すぐ建設に移ろう。ところでベンツ二号、一号とさっきまで何話してたんだ?」
「私は一号じゃない!」
「じゃあ初号機?」
「私のことは博士と呼ぶんだ!」
「すまん。で、何話してたんだ?」
「紡績機の話をね。しかしこっちはこっちで独自の発展を遂げてるね。特に建材」
「うむ。この星の砂が使えるとわかったからね。こっちに来てくれ」
とベンツ一号こと博士は地表に建てられた黒いドーム状の建物に俺たちを案内した。
俺は知っている。これは巨大な工場だ。しかも工場の素材は砂である。
地表の砂には大量の水素や酸素、カルシウム、炭素などが含まれている。
聞いたことがあるかもしれないが、二酸化炭素というのはコンクリートやその辺の岩などに吸収される性質を持っている。
これらの砂もそれと同じく二酸化炭素を吸収する性質を持つものも多いので、炭素を多く含んでいる。
あと、水素が欲しければ冷却塔に結露する水からもいくらでも取り出せるのだが、用は炭素と水素が重要なのだ。
炭素と水素を混ぜると炭水化物、または炭化水素と呼ばれる物質が発生する。
炭化水素は燃えるとエネルギーを発しながら二酸化炭素と水を出す。
その辺の木や紙が燃えるのも、それらが炭化水素を光合成によって大量に蓄えているからだ。
人間が呼吸して体内の炭化水素に酸素を結びつけることで、これを燃やし、エネルギーを取り出して二酸化炭素を吐き出すのもそう。
炭化水素はエネルギーの塊だ。そして燃えると二酸化炭素を出す。
そして、単に燃やすだけでも使えるが、様々な形に加工できるのが炭化水素の特徴だ。
この炭化水素を大量に含むのがご存じ石油と呼ばれる物質である。
石油利用以前と以後で人類文明が激変したのもご存じの通り。
石油は単に燃やしてもエネルギーをたくさん出すが、むろんそれだけが利用価値ではない。
合成ゴムの生成、薬品の合成、プラスチック製品や化学繊維の製造もそれだ。
ベンツ二号が担当していたリリシアでは、この炭化水素を合成した化学繊維を使い、布や服の製造の方にスキルツリーを伸ばしていたみたいだ。
だがこっちではゴムの生成はもちろんのこと、高密度プラスチックを用いた建材の合成の方にスキルツリーを伸ばしていた。
それらはここで融合する。博士がベンツ二号に見せた新たな工場内では大量の建材が作られていた。
「ここは主に建材を作る工場だ。冷却塔を製造していた工場の二号棟みたいなものだね。
見ての通り建材を作っている。作る建材は二種類。導体と絶縁体だ」
「ここにもエグリゴリ君がいっぱい働いてるね。頑張り屋さんだなぁ」
「そうだね。頑張らせすぎかもね」
「では博士、俺も建設に加わる。ベンツ二号はフォークリフトを。
俺はトラックの運転手でもやろうか。ククク、楽しくなってきた」
この後、銀行と保険会社はほどなくして完成した。
だいたい三日ぐらいで作業は終了した。ここでは高密度プラスチックで建材を精製している。
材料は水素と炭素を含んだ砂だ。俺は銀行にはこだわりたかった。
何しろこの銀行は一号店だし、国庫を預かる中央銀行も兼ねるのだし生半可な仕事は出来はしない。
俺達の建築はいつも一緒の工法だ。圧倒的な強度のある高密度プラスチックが建材であるうえ、地面は平ら。
自然災害の恐れは一切ないと来ている。だから基礎工事はほぼ必要なく、コンクリートが乾くのを待つ、などと言った無駄な時間は必要ない。
建材の強度が凄まじいため柱や梁といったものも最小限でよく、プラモでも組み立てるように建築物は簡単に建てられる。
問題は内装だ。建築自体はわずかな人手でさえ数日もあれば完了したが、内装の方には時間がかかり過ぎて、ついには完成前に分体と本体の俺たちが合流してしまったほどだ。
内装は絶対にこだわりたかった。化学繊維で織りあげたカーペットをきっちり敷き、転倒などによるけがを防止することは当然である。
銀行らしく受付の奥にはたくさんのデスクを置き、行員が働きやすいように配慮。
さらにその奥に金庫があり、二階にはこの都市国家エクアドルの中央銀行がある。
中央銀行とは、一般人との取引をしない銀行である。もちろんその初代総裁はこの俺、トーマ・アラン・ロランである。
総裁。いい響きだ。俺はまだ内装が完成しきらないうちから下の方の銀行の頭取をはるばる迎え入れ、業務が始まった。
俺達はカネ持ちになっているし、ここでの仕事をしている住民はかなり増えている。
だから銀行業務の需要は十分にある。
だが、面倒なのは彼らはノイトラではないため、言うことに従ってはくれない。
従わせるための公権力は今のところ乏しい。公務員が非常に少ないためだ。
だからとりあえず、地表のプラントなどの仕事をしているノイトラの者たちだけを最初に銀行に集めた。
ざっと六十人。コールドスリープから解凍してここで働かせている住民と、元々船で連れてきた数少ない俺の仲間たちだ。
これを銀行に集め、俺はとりあえずみんなに、銀行に来てやって欲しいことを説明する。
「よく集まった諸君。私はこの都市国家エクアドルの総督にして中央銀行の総裁。
超絶エラい、ノイトラの王であるトーマだ」
俺は愛おしさすら感じるような、化繊で作らせたカーペットの上をごそごそと歩き、集められた六十人あまりの仲間の周囲を回る。
このカーペットこそエクアドルで初めて生産された紡績機性の繊維製品だ。
「外貨獲得というのは……言葉が違うな。通貨は同じだからな。
すまん、グダグダになった。初めからやり直させてくれ。
えー、俺が総督のトーマだ。この都市国家エクアドルでは現在、健全な財政、堅調な経済成長が見られる。
諸君の働きのおかげだな。外部とのお金のやり取りの収支は黒字だから儲かっている」
俺は少々恥ずかしくて言葉を切り、咳払いしてから話を続ける。
「この儲かっているカネをどうやって増やすか。それは銀行によってに他なるまい。
こちらは我がエクアドル第一銀行の頭取、マクギリス氏だ。先日リリシアから着任された。
彼と一緒に仕事をすることになる。カネを増やすには、諸君らにカネを貸して利子をとるか、外部に貸して利子をとるかの二択である。
だが、諸君らには今のところ借金してまで買いたいものはない。
それならば外部に貸すしかなかろう。カネに困っている連中は外部にもそこそこ多いようだ。
世知辛い話だな。それでは諸君、自分らに協力できることは何もないと思っただろう……それは違うぞ?」
ここから俺はエクアドル国民に対し、彼らに出来ることを説明して協力を仰いだ。
「諸君らに払っている給料だが、ぶっちゃけ定期預金契約をしてくれるのが一番助かることになる。
いつ、どのくらいのカネが入ってくるのかがスケジュール管理しやすくなるからな。
定期預金の見返りとして、一年に利率一パーセントを約束する……つまり百万ドルを預けてたら一万ドルお得だってわけだな」
このエクアドルでは、近隣都市の使っている通貨がドルなので当然ここでも通貨はドルである。
それはともかく俺は続ける。
「特にオススメなのが夫婦定期預金だ。夫婦共同で同一の口座に通常の倍額を定期預金する。
当然つける利子は二パーセントだ。頭のいい諸君なら夫婦定期預金の方が一人ずつ定期預金するよりおトクなことがわかっただろう。
高額な預金の方が同じ利率でも帰ってくるお金は多いわけだから、夫婦で定期預金した方がお得なわけだな。
逆に言えば、我々は銀行の人件費や維持費を無視しても、最低でも年に三パーセント以上は外部に金貸しをして利益を得ねば赤字となるわけだ」
「質問いいすか、王様?」
「おう、どうしたアル?」
「そもそもの話、年利とか言ってるが王様は年単位でここに留まる気あるのか?」
「ごもっともな質問だな。それに対して答えるとしたら、俺が仮に年度末にここに居なくても関係はない。
業務は滞りなく行われるだろう。その点を心配する必要はない」
「よかった。それともう一つ、この口座はドル建てでしか貯蓄できないんだよな?」
「そうだ。むろん通貨を両替することはできん。その必要はないと言った方が正しいかな。
お前の持ってるカネは船の中で使えるから心配しなくてよろしい」
「ならエリー、俺たち給料は全額定期預金しようか。どうせ使わないし」
まあ、こいつらの場合船に居住しており、船に住む限り生活費はかからないので給料全額預金などという暴挙にも出られるというわけだな。
「そうですね」
などとエリザベス、アルの夫婦が言っていた。アルはともかく、エリザベスは俺にコロンビーヌを取られてどう思っているのかいまだに聞けていない。
少なくとも彼女は俺に冷たくするわけではない。いつも通りに恭しい態度で接してくれる。
だが内心では何を考えているかわからない。とにかく刺激しないのが一番であることは疑いようがない。
「聞いたかみんな。二人は夫婦で定期預金してくれるそうだ。ありがたいことだな。
さて、俺たちは金を貸す人間を増やさないといけないな。お仕事頑張りまーす」
その後皆を解散させたが、今回の仕事のパートナーであるマクギリス氏は俺と二人になるとこう進言してきた。
「保険会社の方は専門家に任せるとして、我々も金を貸す相手を見つけないといけませんね。
まずは土地勘のある者に話を聞いてみましょう」
「ウム。それでは、例の場所へ行こう」
「例の場所ですか?」
「ああ。実はもうすでに紡績機を入れた繊維工場が建っていてな、
そこに働きに来た女たちがいる。この女たちはいずれも隣町からやってきた者だ」
「なるほど、行きましょう」
工場に行き、俺が作った仕事のマニュアルブックを渡されて機械の前で読んでいる若い女工に俺たち二人は並んで歩み寄り、こう話しかけた。
「もしもしそこのお姉さん、俺のこと知ってる?」
「だ、誰ですか?」
「まあいい。俺はこの都市国家エクアドルの総督だ。気軽にプレジデントと呼んでくれても構わない。
俺は総督。言わばこの工場の持ち主でもあるわけだ。自分の立場がわかったか?」
俺はあえて高圧的な態度に出てみた。女工は俺のことを無表情で見つめながらこう返してきた。
「私に何か用ですか?」
「ウム、機嫌を損ねてしまったかな。まあこれで機嫌を直してくれ」
と俺は適当に持っていた札束から何枚か紙幣を抜き取って渡そうと思いながら言ったのだが、なかなかそう器用に抜き取れないのでもう面倒くさくなり、束ごと女工にあげた。
「ホレ、十万ドルくらいかなこれで」
「頂けませんよ。私は何もしてないのに……」
「でも俺が総督ということは信じたみたいだな。こちらは銀行の頭取だ。
経営が軌道に乗れば頭取というより経営者に昇格となることだろう。
まあそれはともかく、君に聞きたいのだが、故郷は近くか?」
「はい。ここからだいたい一時間くらいのところです」
「家はこの辺に買ったのか?」
「はい。賃貸ですが」
「俺はここから出たことがないのでぜひ知りたい。隣町というのはどうなっているんだ?」
「ここの水を運んで向こうで売ってますね」
「それは知ってる」
「あと……領主様がいます」
「領主だって。こいつはぜひ会いたいものだなぁ……」
聞くところによると、明治維新では全国の商人はずいぶん損をしたらしい。
明治維新、そしてその後には廃藩置県などがあった。
その際、全国の藩を借金漬けにしていた商人たちはその借金をとりっぱぐれたまま話はうやむやになってしまったという。
かの有名な渋沢栄一のペテンにより、商人たちは溜まりに溜まっていた借金を返してもらえなくなった。
もっとも、利子地獄になっていて元本はとっくに返してもらっていたケースが多かったから借金の大幅減交渉に合意したという面もあったようだが。
そういうわけで、隣町に領主様がいるとのことだが、江戸時代の藩主らと同様、ほぼ間違いなく懐事情は苦しいはずである。
前近代の金持ちと近代以降の金持ちはお金の使い方において大きく分けられる。
それは、近代以降の金持ちは持っているお金を、"お金を増やすため"に使う。
つまり投資と投機だ。だから必要以上の贅沢はしない。前近代の金持ちはその全く逆を行く。
彼らにとってお金とは、無駄に使えば使うほどよいという奇妙なものだったのだ。
パーティーを開いて暴飲暴食をし、家や着るものを飾り立て、職人の粋を凝らした技の数々をカネの力で買う。
芸術家を支援したり、地元に錦を飾るために散財したり、己の財力を競って意味のない巨大な建築物を作ったりもする。
そうすることが粋で格好いいことで、力をアピールする手段であり、お金とは使うためにあるものだと当然思っていた。
よくなろう小説の主人公とかで、効率的に領地経営をして税収を上げようとする輩がいるが、前近代の金持ちにそのような発想は決してない。
彼らにとって財力とは土地に由来し、土地は戦争もしくは結婚によって獲得するものである。
との考え方があるので、今ある土地に手を加えてよりたくさんの税収を獲得しよう、などという発想はない。
そもそも現代と違って大規模な国家間の戦争とかがなくても、土地はちょっとしたゴロツキにも簡単に略奪され、破壊されうるものであり、それに投資をするメリットも薄い。
"未来"というものへの信頼なくして投資という行為はあり得ないが、昔の人は今ここを生きるのに精いっぱいだし、未来などに信用を置いていないというわけだ。
まあ長々と話したが、このように隣町の領主と会うのはハイリスクハイリターンということだ。
昔の金持ちなので、まず間違いなく領主は散財していると考えられ、経営が健全であるはずもない。
それは、この街に来る食い詰め者の多さからもうかがい知ることが出来る。
一方で、領主は未来への信頼というのが恐らくないだろうから、投資や借金といった文化そのものに対する懐疑的な態度を持っているものと思われた。
「領主のところへ案内してほしいね。数日かかる仕事になりそうだ」
「私はついていきましょうか」
「いや。マクギリス氏は銀行の業務にあたってくれ。
俺はそうだな、リリスを連れて行こう。そしてアンタも案内してくれ」
「わかりました」
「そういえばエースに移民申請をして仕事をし始めたんだと思うが君、月収はいくらだ?」
「一四〇〇ドルの予定です」
「そうか。家賃は?」
「光熱費込みで五〇〇ドルです」
「なるほど。じゃあほら、二千ドルやるから案内してくれ」
俺は二〇〇ドル札紙幣を十枚、女工に渡した。さすがに彼女もやる気になってくれた。
「わかりました。今すぐですよね?」
「もちろんだ」
「ではバスへ乗ってください総督。リリスという人も一緒に」
「わかった。少々待ってくれ」
さすがに三歳児のリリスであるから、地下都市エクアドルでは仕事を請け負ってはいない。
通信して呼び出せばすぐに待ち合わせ場所のバス停に来てくれた。
「おーいパパー!」
と手を振りながら走ってくるリリスを、横の女工が怪訝な目で見ていた。
「パパはやめろって言ってるだろリリス。ここでは総督だ」
「すいません総督。そちらの方は?」
「繊維工場で働く人……の予定だったが急遽、臨時の仕事を頼むことになった。
隣町を案内してもらう。今から隣町の領主に会いに行くぞリリス」
「わかった。よくわかんないけど!」
リリスは決してアホではない。そういうキャラではないが、無駄に元気いっぱいでバカっぽく見えていた。
俺達は三人でバスに乗り込み、あの顔見知りの運転手の協力のもとバスは出発。
三十分ほど雑談しながら乗っていると終点についた。まあ、終点というか次のバス停というか。
今のところこのバスはバス停が二つしかない。今後それを増やすのは確定だが、どのくらいのスピードで増やせるかについては領主との会話次第だ。
「いやー、新天地だなぁリリス。お前もここ来たことないだろ?」
「うん。会いに行く領主というのはどういう人なんですか?」
とリリスが聞くと女工はこう答えた。
「この街の中心街に城を構える人よ。何百年も前から一族代々領主みたいなの」
「なるほど。こりゃ厄介そうな相手だな」
「いっそのことブッ殺す?」
「どうしてそう思うんだ、リリス?」
「だってパパのやり方はまどろっこ……提督のやり方はまどろっこしいの。
お金で支配なんてしなくたって、私たちには軍事力があるわけだし」
「あのなリリス。お前はどうでもいいかもしれないけど、俺の妻はギリギリ奇跡的な確率で助かっただけなんだ。
もうそろそろ臨月だが、ここまでたどり着けただけでもすでに奇跡。
彼女に限らず出産時に命を落とす女は多い……医療技術をしっかりしないとな」
「それと何か関係でもあるの?」
「いや、この地下都市にはそういう技術力があるかもしれないだろ。
人材をみすみす失いかねない真似はしたくない。だいたい、俺はこれまでも口を酸っぱくして言っているだろう。
お金があるところに人が集まり、人が集まるところにお金が集まる。
そしてお金と人が集まるところには、新しいものが生まれるんだ」
「わからない……いや、理屈はわかるんだけど」
「しょうがないか。いいかリリス、長い話になるが歩きながら話をしよう」
俺達は地下都市を散策しながら話をする。
この地下都市は最初あの辺境エクアドルに降り立ったのと似たような感じの風景が広がっていた。
暗くて寒い。体を洗っていない人の体臭がするが、だんだん歩いているうちに鼻がマヒして何も感じなくなってきた。
リリスも失礼にあたるので鼻をつまむしぐさをしていたのは最初だけで今は手を顔から離して俺の話をじっと聞いている。
「テクノロジーがカネを生み、カネがテクノロジーを生む。
その循環が生まれたなら技術革新は早い。どうもこの都市はやはり前近代的だな。
そういう循環がある感じがしない。文明が失われたようだが……それはそれで好都合だ。
我々の支配する余地がある。リリス、お前は武力での制圧を提案したが、もっと平和的に制圧できるならそれに越したことはないだろう。
そういうわけだから、俺はこれから衣食住を支配する」
俺は生前、次のようなことを知った。食料やエネルギー資源を大量に生産して世界中に売っている超大国がある。
食料や肥料、エネルギー資源などをもっている資源大国が経済制裁などを食らうと、むしろそこから輸入している小国の方が打撃を受ける。
金持ちの先進国は多少食糧価格が高くなっても何とかなったりするが、中小国はそうもいかない。
だからというわけではないが、その国が四面楚歌になっても中小国が味方に付いてくれる場合もある。
そのぐらいエネルギー資源と食糧を握るというのは重要だ。
「水と住居はわかったけど、食糧も?」
「聞くが君、ここに住んでいたことがあるそうだな。食料を売る店はどこだ?」
「領主のところへ行く前に案内しましょうか」
「ああ」
三人で食料品店に行ってみて、とりあえずパンと卵の値段を見てみた。
「パン一斤三ドル。なるほどな。あんたこのお店のバイト?」
と俺は店頭に立っている若い女性に聞いてみた。
余談だがこの若い女性店員はルックスがよく、彼女のシフトの時は売り上げがよさそうだと思った。
「あ、はい」
「失礼だが時給いくらかね」
「時給は、はい、こちらを」
パン屋の壁を女性が手で示した。そこには時給七ドルでバイト募集という広告が貼ってあった。
ということは一時間働いてもパン二斤を買うのがせいぜいということで、これは生活が厳しい。
そのうえ一日に五リットルの水を使うとすると八時間働いて一日に五十六ドル引く五で、日給五十一ドルとなる。
「こいつはひどい。いくらなんでもそれは少なすぎるだろう。
リリス、これじゃ一週間に一度ぐらいしかお風呂に入れないじゃないか」
「だねー」
「まさか。そんなにたくさん入りませんよ」




