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転生したら人権のない被差別種族だった件  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
最終章 魔王誕生
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第八十七話 法典

「目移りしてないで。そこじゃないよ。ホテルに行こう」


「ホテルと来たか。アンタ昔からホテルが好きだなぁ」


「覚えてたの。嬉しい」


ベンツが素で喜んでいたので俺はムカつきすら感じながらこう切り捨てた。


「乙女みたいな反応すんな」


ホテルと聞いて思い出したが、ベンツは俺に会わせたい人がいると言っていた。

ホテルに入るとフロントには声をかけず、ラウンジで待っている二人の眼鏡をかけた中年の冴えないおっさんのところにベンツは駆けていく。

俺もそれについていくと、ベンツは彼らが自己紹介する前に俺とベルンハルトにこう言った。


「紹介しよう。こちら合衆国の大手銀行の若手頭取、マクドナルドさんだ」


「どうも。そっちは?」


「合衆国では保険会社の事業部長をやっていたのをウチでスカウトすることにした。

マクギリスさんだ。優秀であることは保証しよう」


この二人、どうやら昨日か、今日の朝ぐらいにベンツから連絡があり、ここに呼び出されたものと考えられる。

既に俺たちにこの二人が必要であるとベンツは気づいていたのだろう。


「なるほど。銀行と保険か。カネがあるならやらない手はないというわけだな」


銀行と保険はいい。読者も知っていると思うが、他の分野で成功をおさめてカネがある企業が、保険などに手を出すケースを見たことがあるはずだ。

保険も銀行も、既にあるお金をさらに増やすことが出来る業種だ。

しかも、特別な技術や工場は要らない。もちろん誰でもできる仕事というわけではないにしろ、技術的に水準が低めなわがノイトラ王国だ。


そのノウハウを知っている二人の人材が引き抜かれてくれたらなそれに越したことはない。


「……ですが、この人たちがそう簡単に我々についてきてくれるでしょうか」


「えっと、そのお子さんは……?」


マクギリス氏が不思議そうに尋ねるのも無理はない。俺はベルンハルトのことは適当にごまかしつつこう返した。


「この子のことは気にしないでくれ。まずは座って話をしようか」


二人の前にあるソファに俺もこしかけ、テーブル越しに俺は話を続ける。


「自己紹介は今更必要ないだろう?」


「それはもちろん。あなたこそがノイトラの王。この世の王になられる方だ」


「まずお二人に言っておきたいのは、ウチとしても二人の人材が来てくれれば非常にありがたい。

だがそれには大きく分けて二つの障害がある。

まずは、ここから約一か月、船の閉鎖空間で退屈な時間を過ごさざるを得ないという点だ。

そこまでして移動をしても、我々は二人に給料は払えない」


「承知しています。なんでも、我々とは別の地下空間にある文明のお金が例の土地では流通しているんですよね?」


「マクギリス氏、そこまでわかっているなら話が早くて助かるよ。

我々が払えるのは向こうのお金だ。ベンツの編み出したキャッシュレス決済は向こうの文明からすると進み過ぎているからな。

アンタらはすでに合衆国にて社会的地位を得ていると聞くが、なぜベンツに従うのだ?」


これには保険会社の敏腕社員だったとかいうマクギリス氏が営業スマイルで、本音かどうかはわからないがこう答えた。


「確かに守りに入った男ならば合衆国で静かに暮らすのがよいでしょう」


「だったら」


「ですが、見ればあなたは聡明なこの世の王。しかも相当に賢いお世継ぎまでいるようだ」


「まあ息子ではないが、そういうことにしておこう」


「結局、我々経済人というのは少しでも強いほうにつくだけですよ。

あなたがこの世で最も強いお方であることは、あなたと旅をしてきたわけではない我々にだってわかることです」


ここにマクドナルド氏が絡んできた。


「ベンツ博士が教えてくれたのですが、これはご本人にも確認しておきたい。

結果を出すならば、王陛下はノイトラでなくても良い思いをさせてくれると聞きました」


「それは約束しよう。マクドナルド氏は銀行頭取だとか。

さぞ向こうでいい暮らしが出来ていたと思うが、何故それを捨てるというのだ?」


「まさか。ここでの暮らしに比べたらあんなものは家畜小屋か何かですよ。

置いてきた妻子には悪いと思っています。まさかこんなに素晴らしい場所が地上にあるとは思ってもみませんでしたからね」


「まあ、ほぼ博士のおかげで快適なわけだが」


「そうですね。向こうでの最上位の暮らしは、ここでの平均的な暮らし以下です。

ここには何でもあります。想像もしなかった高い技術による便利な暮らしが。

ですが、何よりここには自由がある」


「合衆国は自由の国ではなかったのか?」


「まさか。私は銀行の頭取でしたが、その銀行は何百年も前に貴族連合の出資によってつくられたもの。

今でもその末裔が経営権を持っていますよ。

経営に私たち平民出身者が関わることなどできるはずがありません。

私は先ほどいい暮らしが出来ると言いましたが、別にそこまでいい暮らしがしたいわけではないんですよ。

私が欲しいのは自由。自由の証が欲しい。誰かに雇われていては自由とはいえません。

ベンツ博士は、陛下ならば私を頭取ではなく、銀行の経営者にしてくれると」


「うむ。実務の一切は任せよう。銀行の経営者兼頭取になってくれて結構だ。

期待を寄せてやる。その代わり、期待には応えてくれるよな?」


「最善を尽くしましょう」


「このマクギリスも、保険会社をやるからには徹底的に儲けますよ」


「そうだな。保険会社と銀行は切っても切れない関係だ。

さて、そうなってくると困ったぞベルンハルト。

だって銀行はお金を貸さないと儲からないわけだが、向こうにはこれといって借金してまで買いたいものがない」


何なら、向こうでは金持ちになるモチベーションすらない。

まだ全然基盤が整ってないので仕方がないが、住居や暖房、水道なども無料である。

家賃をとっている場合もあるが、雀の涙程度だ。そうしないと不満が大きくなりかねないからな。


まして、借金してまで買いたいものなんてない。ところがこれにはベルンハルトがヒントを出してくれた。


「博士の言っていたことを思い出してみてくださいよ」


「博士の? 確かさっきはアパレルメーカーを……そうか。

高価な商品がないなら、何もないところから価値を作ればいいんだ!」


「そうですよね、博士?」


とベルンハルトが聞くとベンツは深くうなずいてこう言った。


「服飾。それはどんな文明レベルの人間たちであっても必ず重要視してきたものだ。

昔の人は貝殻や宝石の髪飾りに、泥の化粧をしただろう。

きっと未来の人は我々では想像もできないおしゃれをしているのだろう」


世の中には、進化というものがある。だが、必ずしも進化は進歩ではない。

その一例が性淘汰と呼ばれる現象である。つまり、結局当たり前の話だが、遺伝子を残している者こそが生き残るのだ。


極端な話、どんな無能やバカや、ひどい欠点があろうともとにかく子供を残していれば生物的にはそれでオーケーだ。

逆にどんな優秀なベルンハルトのような天才でも、子供を残さなければ最初から存在しなかったのと変わりはない。


つまりモテるということは、キリン界でいう首が長いことより、人間界で言う頭がいいことより、チーター界で言う足が速い事よりも重要だということだ。

そしてモテるということは、別に優秀だからモテるということではない。

むしろその逆で、異性にモテる奴は無条件で優秀であるということだ。そこはもう理屈ではない。


何故かと言うとモテるということは多数決で決まる。

だからその時々のさまざまな不確定要素次第で、いくらでもその投票結果は変わりうる。

よって、優秀か優秀でないかという判断基準にはなり得ない。


太っている人が美しいとされる地域は地球上でも多かったようだが、それは腹いっぱい食える経済力の証左であるからとみてまず間違いない。


ところが、そうでない地域もある。やせている人が好まれる地域だ。

例えば日本は、大昔は太っている人が美人とされたが、現代ではちがっていた。


そして人々はモテるためにおしゃれをする。おしゃれをするのに、ブームだの流行だのを人々は参考にする。

下らないと俺も思っていたのだが、このように考えると非常に合理的であるとわかる。


人々はモテるためにおしゃれをしているのだから、多数決によって決まった"これがおしゃれだ"という服装をしたがるのは当然である。

そしてこのブームや流行には当然だが根拠や理由は必要ない。流行っている、ただその事実だけがあればいい。

これは性淘汰の原理と同じだ。そこに理屈は必要ない。それが人気であるという事実があればいい。


そして、それが人気であるかどうかすら誰も確かめる術はないし、確かめようともしない。

その必要はそもそもないからだ。それが流行っているらしい、という情報があればそれで良い。


「ファッションモデルが必要だな。俺と妻がやってもいいが、出来ればそんな仕事はやりたくはない」


「ふふ、お好きになさってください。陛下が美しいと言えばどんな女性でも世界一の美女になるでしょう」


「よし、もはや信仰しかない。あの女神をスターダムへ駆けあがらせるとしようか。

博士、エリザベス・マックアリスターという合衆国出身の料理人のノイトラを知ってるだろ」


「ああ、あの大きい子だよね?」


「うむ。彼女をファッションモデルにしよう。

ああいう、豊かな肉付きでふくよかで、よく働ける体力のある感じの女性。

今日この日から、それこそが我がノイトラ王国における美人の絶対条件である」


「ではそのようにしましょう」


「ええ……」


とだけベルンハルトは言った。文句を言う気はないが、それはそれとしてなんか釈然としないらしい。


「まあ無理な相談だが、カメラマンや広告マンも必要だな。

あの美しい脂肪をまとった女神を撮影してみんなに見せるのが仕事だ。

そういう仕事が出来る人材も手配してくれるか?」


「よくわからないけど、美的センスのある人が欲しいんだね。

分かったよトーマ君。手配しよう」


「それで大丈夫だ。助かるよ博士」


「しかし、どうしてまたエリザベスくんなの?」


と聞いてきたベンツに俺は迷うことなくこう答えた。


「彼女が美しいからだ。それに、俺の妻も昔から、エリザベスに似たふくよか系美人だからな」


「へえ。私はてっきりエグリゴリに君が夢中だったから、スレンダー系が好きなのかと」


「俺はエグリゴリの見た目に惹かれたわけではない。あれはあれで美しい姿をしているが。

ともかく二人とも、準備をするなら早いほうがいい。それと、アンタらはコールドスリープで運ぶ」


「コ……え?」


「コールドスリープだ。氷漬けにして運ぶ。約一か月の道のりだからな。

眠って起きたら向こうについてる。それに、その方がエネルギー消費が少ないから無駄がなくて済む。

アンタらも経済人なら、ムダがないということは無条件でいいことだと思うだろう?」


「それはそうかもしれませんが」


「決まりだな。"王様も秒で落ちる。筋肉と脂肪を程よくつけてあなたも社交界の華になろう!"

とでもコマーシャルを打つのがいいか。博士も恐ろしい。こうなることも理解していたのか?」


「まさか」


「いや、ここまでの行動から逆算して、そうだと断定してもいいんじゃないでしょうか。

博士は遠隔から電波で映像を飛ばす技術を使って、提督が言ったようなコマーシャルを打つ気だ」


ベルンハルトの言うとおりであることはベンツの不敵な笑みを見ればわかる。

俺がエリザベスを選ぶことは予想外だったみたいだが、それを除けば全てベンツの計画通りに事は進んでいるようである。

博士ベンツは、まず最初にアパレルメーカーを俺に推奨し、その後銀行と保険会社を作るように言った。


そうなれば当然の流れとして、高額なファッション関連の商品で儲けるという話になる。

(特に女性たちが)借金してまで買うような商品を売るのだ。

そして、そのように高額な服への憧れを刷り込むには雑誌とテレビといった大衆的メディアが必要となるのは必然の流れだ。


そしてテレビを流すのに必要な電波塔は奇しくも都市国家エクアドルからここ、リリシアまできっちりとネットワークが敷設されている。

それは俺たちの手によって、でもあるが、半分くらいはベンツの建設によるものだった。

俺達がテレビでファッションのCMを流すことを発案することまでは恐らくベンツの予定通りだっただろう。


俺達がそう言いださなければベンツがそれとなく誘導していたと思われる。


「改めて思うが、切れ者ぞろいの俺たち五人の中でも博士はやっぱとんでもない切れ者だよ」


「いやいや、君も相当だよ。別に私はなんも言ってないのに、それに気が付くくらいだからね」


「いよいよテレビ番組や映画が見られるようになるのか。

一度撮ってみたかったんだよなぁ……自分の映画」


「ヒマな時間が出来たらね。ぶっちゃけ、私たちからするとそこまで君が急ぐ方が不思議なぐらいだけど」


「別に急いでるわけではない。やるべきことをただやってるだけだ。

元来仕事は嫌いじゃないんだ。働くのは好きだし、誰かの役に立てることは嬉しい。

テレビ番組の撮影は任せる。俺は向こうでCM撮影と行くか」


「わかった。またね」


「またねって博士、俺らはまだ用があるんだけど」


「どうしたの?」


「牧場はどうなってる?」


「一応家畜はスフィアから移植してるけど……どうするの?」


「博士、たとえば牛フンや牛の死体は綺麗に処理できるんだろ?」


「え、うん。そりゃあ、スフィアになら分解してくれる土壌生物や微生物がいるけどね。

そうでない土地に住む場合は、牛や鶏の死骸は徹底的にきれいに化学処理しないとね」


「この辺にまだ牧場ないのか。

俺は別に、最悪肉食べないでも生きていけるんだが国民は肉や卵があった方が喜ぶからな」


俺は最悪肉を食べなくても生きていける。少なくとも、船での旅ではどうしてもそのような食生活になってしまっていたが食事に不満は感じなかった。

俺の好物はアーモンドやナッツ類、そして炭水化物。

それさえあれば生きてけるが、まあ他の人はそうもいかないだろう。


「何とか動物たちを向こうへ持っていきたいんだが」


「牛や鶏は他の動物に比べれば閉鎖環境や移動にも耐えられる生き物だからね。

事実我々もスフィアから持ってこられたわけだし。わかった。

好きなだけ持っていくといい。工業的畜産ならやり方は向こうのベンツに任せたらいいはずだ」


「何もお土産もなしには帰れないからな。恩に着るよ博士。

しかし道中はどうすればいいと思う?」


「アーセナルとかいう船の中を見せてくれ。何日か滞在してくれるなら色々準備をやっておくが」


「世話になる。そうしてくれると助かるよ」


「話はまとまったようだね。では私は失礼するよ。あ、そうそう」


「どうした博士?」


話を切り上げようとしていたベンツが気が変わったようで、一旦立ち上がったのにまた座りなおした。


「言い忘れてたが結婚おめでとう」


「それはどうも」


「私は別に、心から祝福するよ。コロンビーヌ君と君たちとのことをね。

だが向こうにいるベンツの本体もそうかはわからないぞ?

割れながらベンツと言う人間は何をしでかすものかわからないからね。

君もよく知ってることだろう?」


「まあ、ノイトラ王国とは俺のことだからな。俺こそが国土であり俺こそが法律だ。

別にやろうと思えば一夫多妻にすることも出来る。博士は俺と結婚したくないのか?」


「君のことが好きだからそう言ってるんじゃないか!」


「ベルンハルト次第だなそれは。博士もこの子の親なわけだし」


「僕に投げないでくださいよ。じゃあ皆さん、僕らはこれで。せっかくだしホテルに泊まりましょうか」


「そうだなハルト。あ、部屋は別々の方がいいか?」


「僕そんな反抗期じゃないんですから……」


「じゃあ一緒の部屋だな。いい子にしろよ。おねしょするんじゃないぞ」


「大丈夫です。僕は分体ですからトイレしません」


「可愛くないやつだな」


と言いながら俺はベルンハルトを腕の中に抱っこした。


「ほおずりしながら言っても説得力ないんですけど」


「まあ分体だからお互いこんなことする必要もないんだけどな。

じゃあ一緒の部屋でお願いします。はい。宿泊は二泊ということで……はい」


俺はフロントで受付をし、予約もせずに宿泊したのだが、まあその様子はカットでいいだろう。

分体は休ませ、本体の寝ているベッドの上で覚醒した俺は、気が付くとベッドのそばにイブがいることを認めた。

起きてすぐ横を向いたら目が合ったのでずっと俺が目を覚ますのを待っていたようだとわかった。


「話があったみたいだな。遅くなって悪い」


「もう丸一日ぐらいそうしてるぞ、そいつ。何かどうしても話がしたいらしいな」


「そうだったか親父。迷惑かけたな」


「別にいいが」


「コロンビーヌはどうしてる?」


「問題ないようだ。感染症が心配だったが、元々免疫が妊娠のため過剰に活発になっていたことが幸いしたのかもしれん」


「よかった。イブ、何か俺に用か?」


何か折り入って話があるとしても人払いはこいつの性格上必要ないとわかっていたので俺はやめといた。


「赤ちゃんを抱かせてほしい」


「別にいいぞ。好きなの選ぶといい」


「わかった。ありがとう」


「話はそれだけか?」


「……私はわからなくなったのだ」


医務室のベッドに寝てはいるが、もう起きているベルンハルトをイブは抱っこした。

ハルトも慣れているので抵抗はしない。されるがままだ。


「私はわからないのだ。お前とお前の父親が言っていたことをよく覚えている。

結婚とは子供を作ることだと言っていたな。だが私にそれは出来ない」


イブはベルンハルトの頭をなでながら寂しそうに眼を細めて言った。


「お前変わったな。本当に変わったよ。ようやく実感してきた。

まるでエースみたいに人間らしくなってきた。まあ五年も一緒に居るからな」


「だがお前は言っていたな。結婚とは他と結婚しないことだと。

やはりそれは私への建前で、お前の父親が言っていた定義が正しいのか?

だからお前と子供を作れるコロンビーヌと事実上の結婚に近い関係を選択したということか?」


「お前の言うことはいちいち厳密なんだ。少しは逃げ道をくれよ。

いいかイブ、今だから言えることだが、お前にプロポ―ズしたのは俺の間違いだった」


「やはり、そうか……?」


と露骨に落ち込んだ顔をするイブ。普通の人間ならあざといと言われるところだ。

だが俺にはわかっている。イブに計算して表情を作るような器用さはあるはずもない。


「お前との関係性は結婚以外のそれでもよかったはずだった。

俺が判断をミスしたんだ。俺はお前が好きだ、イブ。

だが、結婚をする必要性は別になかったよな」


「ウム」


「でもそんな顔ズルだよ。俺のことをそんなに大切に思ってくれてるとわかってたら俺はコロンビーヌとも――」


と言いかけて俺はやめた。それは言わない方がいいことだ。

俺はイブが、俺のことは大してなんとも思ってないと思ったからコロンビーヌの方に気持ちを移したのだった。

それが真実だ。そして俺は、今さらイブに何らかの気持ちを抱くことは許されない。


「いや、なんでもない。ベルンハルト行くぞ。

イブも俺と一緒に仕事をしてくれるか?」


「わかった。私とお前の結婚は最初からなかったことにしても構わん。

だが私の気持ちは変わっていない。いや、むしろ……私の気持ちはむしろ強くなっている」


「ええ!」


とベルンハルトはイブの腕の中で思わず声を出してしまったが構わずイブは続ける。


「あの時、隠さずにこの気持ちを示せていたらこうはなっていなかったのか……?

ずっとそう思い続けていたのだ。どうやらそれで間違いないようだな。

初めてだ。こんな気持ち。千年以上も生きてきて、こんなこと」


口下手なイブではあるがそれでも精いっぱい自分の気持ちを示してくれた。

俺のことが大好きだと。だったら、ないがしろにするわけには絶対いかない。

俺はベッドから起き上がるとイブの目を見つめながらなるべく真摯な態度でこう返した。


「あの時はお互いに反省すべき態度だったな。お前は俺が好きだし、俺もお前が好きだ。

そこに何の違いもない。なのに結婚しようとしたのは間違いだった。

結婚してなくても好き合っていれば他に何もいらなかったんだよ。

なあイブ、俺はやっぱり前にお前も言ってた通り、心のどこかでお前を女としてみてたんだろう。

だから結婚して独占をしたがったんだ」


「何故結婚して独占する必要がある?」


イブは誰かを好きだという気持ちを理解している。

その対象は俺だったわけだが、俺がコロンビーヌの方を向いていたら、その気持ちをぶつけられない。

それが辛い。そういった人間らしい気持ちも理解している。だがしかしだ。

しかし、独占をしたいという気持ちはまだよくわかっていないらしいので俺は説明をすることにした。


「お前もわかると思うが、魅力的な人を人は好きになるわけだ。

俺はお前のことを魅力的だと思う。ということは、好きな人というのは可能な限り早い段階で独占してしまうのが良い。

だって、魅力的な人は人気なわけだからな」


「そうだな」


「魅力的な人というのは当たり前だが、もうすでに相手がいる場合もある。

なんと言っても人気があるわけだからな。俺はお前の魅力に誰かが気づく前に独占しておきたかった。

それはあまり褒められたことではなかったな。お前との結婚を維持するため、俺も結構無理をしていた。

お前にも俺を好きになってもらおうとして、痛々しいほど必死だったな」


「私はお前のことが前から好きだが……?」


クソ、と俺は心の中で毒づいた。もう何回でも言うが、最初からこうだったら俺はうっかりコロンビーヌになびくことはなかった。

コロンビーヌのことが好きでないということではない。

そのことを返す返すも惜しく思っているのは、俺は約束を一つ破ったからだ。

結婚とは他の誰とも結婚しないというのを俺はイブに語ったのにそれを破ってしまったからだ。


「それを確かめようとしてコロンビーヌにキスした。

あれは全く人として恥ずべき最低な行為だったよ。

あの時の俺は痛かったな。お前からの愛してる証拠をもらおうとして必死だった。

ところで、俺はそろそろ行くぞ。向こうで得た情報を俺はこっちで有効活用せねばならないからな。

お前とこんな話をしていても詮無いことだ。もう済んだこと……俺とお前の苦い思い出だ」


「わかっている。この後何の仕事をしに行くのだ?」


「銀行と保険会社を建てる。一日から二日で完成させるぞ。

分体とともに銀行のイロハを知っている人材が到着するのはまだかなりの時間がかかる」


まあ、とはいえ今はもう人工衛星もあれば電波塔も各地に設置されている。

そのおかげで地表と地下でもネットでの通信ができるので、銀行の頭取だとかいう人材たちを連れてこなくても、リモートワークしてくれて構わないが。


「ベルンハルト。お前コンピューターが得意だったな。

まだ法律すらまともに運営されていないこの都市国家エクアドル。

まずは銀行と保険会社を作る前に、庁舎を建設する」


「しかし手狭ですよ」


「問題ない。行くぞ、まずはベンツに会いに行く。ラボにいるはずだな」


俺はベンツに通信を入れた。その模様はカットする。

結論から言うと地上の船の中にいる俺たちはベンツに話をつけ、ベンツ本体のいる地下のホテルに移動した。


奇しくも俺たちの分体もホテルに泊まっているわけだが、俺たちはベンツに会いに行き、このエクアドルの官邸に無理やり連れて行った。

官邸にはいつもエースがいる。イブに建設をやらせているなら、エースにはありとあらゆる事務作業を押し付けているのが我が国だ。


デキるやつにはいくらでも仕事を押し付けていくのが我が国のスタイルである。

官邸で移民の個人情報の管理や上がってくる様々な報告を全て一人でさばいてコンピューターに打ち込んでいるエースのところへ久しぶりに俺が慰労にきた。

もちろん更なる仕事を携えて、だが。


「よう、エース。今回はいよいよ俺も本気を出すことにしたぞ」


「何よいきなり。ぜんっぜん意味が分からないんだけど……?」


手を止めたエースに、ベンツが俺の言うことを通訳してくれた。


「つまり彼の言いたいことというのは、いよいよこの国の大事なところに着手するぞって意味らしい」


「なるほど……アナタの仕事っていっつも異常なほど急かすでしょう。

通常一年必要な仕事を一日でやろうとしたりね。今回はなに?」


「法律を作る。一週間以内に」


「ほらまたぁ……法律なんてどうするわけ?」


「それは合衆国の法律を参考にする。ベルンハルト、お前は法律も出来るだろう?」


「そんなことあなたに言いましたっけ?」


「あれ、出来ない?」


「出来ますけど。法律というのはとかく煩雑なものです。

弁護士も裁判官もここにいないうえ、警察もいませんからね。

今、急に複雑で多岐にわたる法律を作る意味はないでしょう」


「うむ。ベルンハルト、お前の言う複雑でない、最低限必要な法律を作ってくれ。

合衆国法を丸写しでも構わん。いいな。これは命令だ」


「それは構いませんが……ああ、そうだ。当然提督の独裁に都合の良い方向性でですよね?」


「お前はデキるやつだよベルンハルト。エースと協力し、法律を制定してコンピュータに打ち込め。

俺の決済は必要ない。ていうか、法律なんて面倒くさいし頭に入れる気にもならない」


「人に仕事を頼んでおいて酷いことを言いますね」


「うむ。だがベルンハルト、まったくお前はデキるやつだよ。

赤ちゃんにしておくにはもったいないぐらいだ」


「好きで赤ちゃんやってるんじゃありません」



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