第八十五話 団体様いらっしゃい♡
「わかった、トントン」
俺は分体を操るのをやめて目を覚ました。すると横のベルンハルトは自分の指をしゃぶりながら俺の腕に体を巻き付けて寝ていた。
なんだかんだでこの子もまだ二歳児だ。俺は起きるに起きられず、ベルンハルトが寝返りを打つまでだいたい三十分くらいそのままにしておいた。
「やっと離れてくれたな」
俺はようやく起き上がった。すぐに、医務室でコーヒーを飲んでいるところだった親父の背中に声をかけた。
「俺も部屋に帰って寝ようかな。乳児二人の世話は大変だっただろ」
「そうだな。子育ては初めてだからな。お前は部屋に戻ったらどうだ。
彼女も一人で寂しがっていることだろう。以前まではベルンハルトがそばにいたが、それすらいないからな」
「だな」
俺はベルンハルトをおいて赤ちゃん二人のみをつれ、旗艦の三階船首付近にある自分の部屋に戻った。
まあ別に特に何もイベントとかはなかったので、俺は二人の赤ちゃんをベッドに並んで寝かせて、自分はベッドの下にもぐった。
いくら新妻とはいえ病人が寝ているベッドに一緒に寝るほど無神経ではない。
そのベッドの下には相変わらずイブ本体が寝転がっていたが、特に気にせずその横で眠った。
余談だが、翌朝起きた時、ベッドで頭を打ち、悶えながら下から這い出てきた俺はそのショックのせいでコロンビーヌを脅かしてしまい、赤ちゃんにも泣かれたのだった。
それを何とかやり過ごした俺は歯など磨き、厨房に向かった。
本来この厨房はエリザベスの聖域だが、彼女はアーセナルに移って久しいし、今ではアーセナルではなく地下に居るので、俺のやりたい放題だ。
ミルクを作るかたわらコロンビーヌと俺の簡単な朝食を作るなど、実にステキな夫であると自画自賛してもいいだろう。
赤ちゃんにミルクを飲ませて、オムツを確認し、綺麗だったので特に取り換えもせず、コロンビーヌに食事をとらせた俺は厨房に戻って三分で自分の作った朝食を食べた。
食器を片付けていると、ベルンハルトが廊下を通ったのを見かけた。
向こうも食堂にいる俺に気付いていたので食堂を通り過ぎた後、廊下を戻ってきてこう言ってきた。
「提督。赤ちゃんたちは部屋ですか?」
「ああ。ご飯もやったし寝かしつけてるよ」
「もう、それは僕の役目なのに。
二人は医務室に戻しますよ。今はママに負担をかけられません」
「あっそう。ベルンハルト、仕事だ。
造換塔で大量の船外作業服を作り、アーセナルに備蓄しておけ。
もちろん地下にいる博士との連絡も忘れないようにしろ」
「それはわかりましたが。とにかく、提督は赤ちゃんの世話なんてつまらない仕事しなくていいんですよ!」
「お前も赤ちゃんみたいなもんだろ」
と俺が言ったがベルンハルトはもう話す気がないようで、何も答えずどこかへ行ってしまったのだった。
今日はいつもの俺ではない。二つの仕事を同時にやるのだ。
尋常ではない負荷のため、一体の分体を動かすだけでも大変だったが、結論から言えばやり遂げることができた。
まず俺は本体で重機を動かし、砂をコンテナに詰めたりプラントの化学処理を監督したりという死ぬほど地味な仕事に従事した。
それに専念できているのもベルンハルトが乳児の世話を買って出てくれているからだが、いくら簡単作業とはいえ、これをやりながら別メニューもやるのは骨が折れた。
というか、自分でも良くできたなと感心する。分体の方は地下都市のインフラ整備に奔走することになった。
ベルンハルトは大量に地表にプラントを設置しているが、このプラントで光合成してガスを作っても、それを搬出する人間がいなくては手に余ってしまう。
俺達は自動化の技術が絶望的に足りてないからだ。もちろん医療の技術も足りていない。
圧倒的なまでに尖った技術ツリーを持っており、江戸時代の日本以下の技術力の分野もあれば、まるで奇跡か魔法のような超未来技術を当たり前に使っていたりもする。
だから、結局失業者がここに来ても仕事はあるのだ。バカみたいに大量の仕事が。
この日は朝いちばんでベンツ博士が、旗艦に収容していたコールドスリープカプセルに入っていたみんなを起こした。
それとともに、地表に存在するプラントの収穫物であるガスタンク、もしくはプラントから作られる物質を利用して成長する植物の畑。
これらから恵みを収穫する仕事と、これを運搬する運送業の仕事を割り振った。
元々労働力として考えていた植民者だったし、彼らもそのつもりでスフィアから来たのだったから、起きて早々働き始めてもらった。
彼らの人数はおよそ五十人ではあるが、これでも全然足りないぐらいの大量のプラントを俺が仕事するかたわら、ベルンハルトは地表に設置していた。
何しろ赤道だから太陽エネルギーは最も降り注ぐ。これまで極地リリシアの乏しい光や、人工太陽のそれを使って発電していたのよりもはるかに多くのエネルギーをプラントのパネルは吸収。
これにより、ついに冷却塔と発電所も動き出したのだった。
その日の夜、俺たちはついに、寒い寒い地下都市の辺境のはずれに、大きなお風呂屋さんを完成させた。
備え付けたタンクには、冷却塔の結露を使って集めた水が溜まりさらに冷却塔の配管を、膨大な熱が通ってタンクのお湯を沸かす。
五十人の労働者と昔から一緒の俺の仲間。
そして何より分隊長と、元々この辺境の街にいた数少ない人々。
これらで一斉にお風呂に入ったのだった。ちなみに人間の男である親父とブリュッヘルたちは男風呂に入った。
俺達ノイトラは女湯、または混浴風呂である。
俺は女湯に入るのは気が引けたので混浴風呂に入った。
するとそこには、赤ちゃんを一人抱えたベルンハルトの本体とコロンビーヌがいた。
そしてこの二人とも仲が良く、何より俺とベルンハルトとコロンビーヌが一応の家族になっているルカという赤ちゃんとは実の親子であるアンリがいた。
彼らは面食らっている俺の方にスイスイと寄ってきた。
「コロンビーヌ、いいのか。出てきて?」
「はい。隊長……じゃなかった、アンリさんが子供見ててくれるというので」
「そりゃあ、僕の子ですから。よかったら引き取ってもいいですか?」
とアンリに言われて俺は本音を言った。
「俺的には別にいいが、二人が何というか」
「あ、私的には全然いいですよ。アンリさんとは元々家族じゃないですか!」
確かに。コロンビーヌの言う通りである。
もはや俺が公衆の面前で勝手にカミングアウトしたので天才児だということを隠さなくてもよくなったベルンハルトも母親の意見に同意した。
「僕もママと同じく。ただ、そうなるとエリザベスさんとはどうするんです?」
「僕らは大して仲良くもないけどね。一緒になって見てもいいかもね」
「それがいい」
と割り込んできたのは、なんとベンツだった。
「なにっ、博士。混浴で構わないのか?」
「今更私の体なんて誰かに見られたところでね。それより、私とて全く無作為に選んでいるわけではない。
今も人工子宮には新しい子供がいるが、それにしても相性の良い遺伝子をちゃんと選んで掛け合わせているからね」
「ぶっ飛ばされたいのか博士。じゃあコロンビーヌは俺より博士との相性の方がいいってことか?」
「いや、だって実際最高傑作が生まれたじゃないか。ほらこのベルンハルトがさ」
とベンツは言いながらベルンハルトの頭をぽんぽんした。
しかも勝手なことに俺らが何かそれにコメントする前にベンツはこう言った。
「あ、そうだ。忘れるところだった。コロンビーヌくん、主治医が言ってたよ。
結局手術することになったって。ベルンハルトにトーマ君。二人とも手伝ってみてはどうかな?」
「うむ……風呂から上がったら親父から詳しい話を聞くことにするよ。
コロンビーヌ、手術は患者の同意が前提だが、手術はしてくれるか?」
「それはもちろん。私はこんなところで死んでいられませんよ」
「わかった。俺達も最善を尽くす。ベルンハルト、親父からしっかり医術を学ぶといい」
「言われなくてもそのつもりです。博士もボスも後継者がほかにいないようなので、僕が医者もやろうかと思っていたところです」
どうやらベルンハルトは親父のことボスと呼ぶらしい。
俺たちは風呂から上がり、さらに男風呂から上がってきた親父とぽかぽかした体で再協議に移った。
プライバシーも何もあったものではないが、いろんな人が行きかう大きな脱衣所で軽装をし、冷たい水など飲みながら俺たちはコロンビーヌの話を親父から聞かせてもらった。
「いいかね。詳しい検査の結果、首筋の大動脈に炎症が診られることが一応分かった。
問題はその原因だが、まあ、何らかの免疫異常とかが発生しているのだろう。
人間はストレスでハゲたりするが、それも自己免疫疾患のひとつだと言われているからな」
「つまりコロンビーヌはストレスを。俺のせいだろうか?」
「そんな、私は!」
「いや」
俺達の言葉を遮って親父は言ってきた。
「言い方は悪いが、妊婦にとって赤ん坊は異物だ。自分とは違う生き物が腹にいるわけだからな。
それによって免疫に何らかの異常が発生することはよくあることだ。
このように外に出て風呂に入れるまで投薬治療で回復したが、タイムリミットまでに根本治療が必要と判断した」
「何かさっきから聞いていると、コロンビーヌは妊娠しているみたいだが」
「うむ、検査の結果そうだと判明した。よかったな」
「ああ。コロンビーヌ、でかした!
とか言うんだっけか、この場合」
「言うみたいですね」
「俺も嬉しいよ。よくやった。この子はノイトラ王国の王子だ」
と俺はコロンビーヌの下腹部を触りながら言った。
「頭のいいベルンハルトはさしずめその腹心のシンクタンクだな。
しかしタイムリミットということは……?」
「そうだ。出産の際には相当な負荷がかかる上、場所が場所だ。
頸動脈……つまりここが詰まると即、命の危険に直結するわけだからな」
「それで、妊娠初期のうちの根治を目指すというわけか。
俺もそれには賛成だ。手伝うよ」
「ああ」
「ですが赤ちゃんは大丈夫でしょうか。私の体にメスを入れること自体はいいのですが」
「確実に安全とは言えない。だが最善を尽くすことは保証しよう。
だいたい、全くの健康体でさえ出産時に女が命を落とすことはざらにある。
そのリスクを減らしておくのに越したことはないだろうからな」
「そうだな。俺の血をクロスマッチしておいてくれ」
「いや、その必要はない」
「どうして?」
親父はそこそこ衝撃的なことを言った。
「ノイトラと人間のハーフでも、ノイトラが生まれたら子供は必ずO型になる」
「O型って……たしか、自分は全ての血液型に少量なら輸血できるけど、O型以外の血液はまったく受け入れられないってやつだったよな?」
「ああ。お前もO型だ。だから血液のことは心配するな。O型の血はすでに備蓄してる」
「助かるよ」
「あの……?」
とコロンビーヌが不思議そうに首をかしげながら発言した。
「えっと、私その、勘違いなら申し訳ないんですけど」
「ん、どうした?」
「赤ちゃんが出来たのに、あんまり喜んでくれてないような?」
コロンビーヌはあまり自己主張の激しいタイプではないが、いくら何でもこれはちょっとモノ言わないといけないと思っている様子である。
それは確かに仕方がない事だが、俺はそれに対し、全く下手には出ない。
「当然だろ」
俺はストレスから後頭部をボリボリ指でかきながら答えた。
「聞けば病気が発生したのは俺が妊娠させたからだそうじゃないか。
俺だって素直に喜べればよかったよ。だけど……!」
「どうする。今からでも中絶は可能だ。彼女は若いし次もあると思うが」
「そんな、それはないですよ先生。すぐにでも私を手術してください!」
とコロンビーヌが言い出すことぐらいこの場の男たち全員がわかっていた。
世の中の男性全員にこのようにアンケートしたとしよう。
"母体か子供かどっちかしか助けられないとして、あなたならどちらを優先するよう医者に言いますか?"
当然、無意味な仮定だが、多分九割の男は子供より母体を優先してくれと答えることだろう。
俺だってそうだ。だが、俺たちは彼女の気持ちを優先するしかない。
子供を守ろうとしている時の母親というのは、無敵だからな。
「手術をしよう。じゃあお前たち、医務室の俺のところへ来るんだぞ」
「はい」
その後の模様は別に、この話の主軸は医療じゃないのであまり詳しく描写する必要はないと思うのでダイジェストで。
俺達はコロンビーヌに麻酔をした。もちろんこの麻酔も濃度の高いアルコールと鎮痛剤を調合したもので、現代のそれとは多分異なっていると思う。
だから、輸血パックがあると言ってもそれとは関係なく、長時間の手術は患者が覚醒してしまう危険があり、そうなれば万事休す。
再び麻酔を投与するのも難しくなり、ちょっとでも暴れられると命の危険がある。
手術時間は十分以上は危険である、と事前に説明され、そのすべてを時間内に終わらせるために俺とハルトの協力が求められた。
話は簡単だった。頸動脈という人体でも最大級にして超重要な血管に切開を入れ、人工血管を入れて縫い、その後皮膚と血管を閉じるだけ。
しかもこの人工血管は本人の細胞から培養した新品なので、拒絶反応はあり得ない。
俺達は抗生物質すらないくせに、iPS細胞によって人体組織を好きに培養することができる技術を持っている。
問題は薬剤の投与と術式の技量にかかっている。
我々の技術では人工的な心停止が極限レベルの綱渡り状態なのだ。
しかもその状態ではちょっと手術に手間取るだけで脳に重篤な障害が発生する。
当たり前だが、人工心肺装置などという都合のいいものはないうえ、エコーやレントゲンもない。
具体的に言うと、麻酔してから首筋の切開に要する時間は五分以内にせねばならない。
血管にメスを入れてから縫合して血流を再開させる段階の手術については、制限時間はわずか三分だ。
完全手探りのぶっつけ本番で切開と血管の切断、縫合をやらねばならなかった。
俺は助手としてほとんど見てるだけだった。術式は親父とハルトが同時に行った。
術式自体はシンプルなのだ。炎症を起こしているところを切り取って培養した血管をそこにそっくりつなげるだけ。
しかしこの時代では抗生物質がないので感染症もありうる。
そもそも心停止剤が効き過ぎたり、逆に覚醒させる薬がうっかり少なかったりしたら手術うんぬん以前に万事休すである、
だが、手術は無事に終了し、一両日もすればコロンビーヌは目を覚まし、意識にも全く問題はなかった。
手術が成功したと評価するにはまだ早い。抗生物質がないし、どんな感染症が発生するかわかったものではないからだ。
俺は手術が終わって二日後の夜、大浴場の混浴風呂に入りながら夢想していた。
栄えているところになら医者や学者がいるかもしれないと。
そいつらを連れてきたい。そう思っていると、アイデアが突然ひらめいた。
「そうだ!」
ざばぁっと水音を激しく立てながら立ち上がった俺。
横のアンリもびっくりしていたが、俺はアンリに上からこう言った。
「なあアンリ、そうだよ。なんで気づかなかったんだ!」
「はい?」
「この地下都市を吸収すれば俺たちの技術水準は高まる。特に低いところを補えるだろう。
高いところは必要以上に高いが、低いところは本当に低くて困ってるからな」
「本当にこの地下都市を吸収なさるおつもりなんですか」
「もちろんだ。別に邪魔する奴を殺しながら通過してもよかったんだがな」
「時間がかかるかもしれませんよ?」
「別に何年かかっても構わん。大事なのは誰も抜けないで旅を続けることだ。
何なら、ここに骨を埋めたっていい。南極へ行くのは俺だけで充分かもしれない」
「僕はついていきますよ」
「ありがとう。とにかく今はここを発展させることに注力しよう。
ここにカネが集まれば人が集まり、人とカネが集まれば新しいものが生まれるというのがこの世の常だ!」
その一方、俺の分体とベルンハルトは地下都市にも電波塔を建設するなど、インフラ整備に余念がない。
地下都市に電波塔を建設したら、あとは出発進行するほかなかった。
かねてよりベルンハルトに作らされていたのは、大量の砂をプラント処理して製作したケーブルや様々な物資を乗せた新しい船。
建築資材ももちろん積載していて、およそ百キロメートル間隔で電波塔を建設していった。
アーセナルRと新しい船は時速二百キロメートルくらいは出るので、だいたい三十分に一度止まっては電波塔を建設する形だ。
アーセナルRと建設資材船に乗っている俺もベルンハルトも分体なので、本体は別にいる。
本体は別の仕事があるので、地下都市に残っている。
俺とベルンハルトの仕事と言うのはもちろん、新たな移民たちの歓迎だった。
まだ鉄道は、駅や車両、線路などこそ完成しているもののここ終着駅のほかに駅がないので使えない。
そこで、わがノイトラ王国植民地初めてのバス便に乗ってやってきた十人ほどの者たちをまず集めてバス停前で俺はお話をしたのだった。
「ようこそ、ここは辺境の街エクアドル。お前たちが入植希望とかいう失業者だな?」
と言うと、当然一人の無職の男がこう言ってきた。
「お前は誰だよ。若造が」
「俺はトーマ。この街の総督だ。俺のことは総督とでも呼ぶといい。
当面はお前たちの世話をしてやる。まずは家を探すといい。
あそこの金髪メガネのお姉さんはエースと言って、移民局で働いてた経験があるから、入植者の世話も手馴れたものだ」
俺はエースの方を指さしながら言った。
「ここには仕事があると聞いた。仕事をさせてくれ」
「うむ。どうやら家より仕事というわけだな。ついてこい」
俺は徒歩でしばらく歩いて先導し、それからこの地下都市"エクアドル"に張り巡らされたトンネルについて説明する。
「今から向かうのはロープウェイ駅だ。むろん利用料は必要ない。ロープウェイを使うことで地表に出る」
「地表だって!?」
「地表は危険だと……!」
などと男たちが口々に言った。そういえば、こいつらみんな男だ。
全く生産性のないことだ。人口を俺は増やしたいのだが。
と思いつつ俺は男たちをなだめてこういった。
「その通りだ。地表は危険だ。今から向かうのは地表に建てた建造物の中だ。
外気に晒されるわけではない。行くぞ。仕事の説明をする」
こうして俺は無職のおっさん十人と一緒にロープウェイで地表へ登り、地表のプラントを彼らの目に入れた。
そして、そのプラントで仕事をするためのフォークリフトがずらりと並んでいるのを見せた。
「見ての通りだ。プラントでは主にガスを冷却塔へパイプで送っている。
諸君らの仕事は、まず冷却塔で冷却ののち、圧縮してタンクに入れられたガスを第二冷却塔までフォークリフトで運ぶことだ。
第二冷却塔は常にキンキンに冷やされた倉庫状の建物で、ガスタンクを満載するためのものだ」
ちなみに、冷却塔からあまりに離れた場所のプラントではガスタンクにまだ冷却され切っていないガスが封入される。
これを冷却塔へ車で運ぶのも仕事のうちだが、そこまで人数がいないのでまだその話は彼らにはしない。
仕事は単純明快。極めてわかりやすいもので、これ以上の説明は要らないようだった。
フォークリフトを扱ったことはみんなないだろうが、別に多少失敗しても構わない。
正直言って、おっさんらがガスタンクやリフトの扱いを間違えて引火爆発させて死んでしまっても、それはそれで別に構わない。
プラントもガスもいくらでも作りなおせるからな。
などという本音は隠しつつ、俺はおっさんたちに腕時計をプレゼントした。
「午前八時から夕方四時までの八時間が勤務時間だ。仕事時間はそれ以上でもそれ以下でもあってはならん。
腕時計を全員に無料で配る。今は昼だから、夕方になったら作業を終了し、フォークリフトを所定の位置に直したらロープウェイで下まで来るがいい。
俺についてくれば、飯と風呂と寝床くらいは提供する。明日の勤務時間までにエースと話をして居住区を決めておけ」
などと俺は言うべきことをいっぺんにワッと全部言った。
仕事を始めた無職のおっさんたちは運送業のおっさんにジョブチェンジし、冷却塔には次々とタンクが運び込まれていった。
正直、冷却塔と第二冷却塔は水を集める役目はあるものの、第二冷却塔にこんなにガスを満載してどうするのかという疑問はあるが、備蓄が潤沢であることに越したことはないので仕事は続けさせた。
夕方になったら俺はおっさんたちを連れてエースのところへ行き、部屋を契約させた。
むろん家賃はとる。どうせ給料を払うのは俺達だから、そこから家賃を天引きすることになっている。
ただし、今はまだ給料を払うほどのお金も俺達にはない。
俺達は物質的には何不自由ない暮らしをしているし、今後も不自由することはないが、この地下都市で流通する現ナマがないのだ。
偽札を作ることも出来ないし、この地下都市で流通しているお金でなくては意味がない。
だから俺の仕事はおっさんたちを案内し、風呂に入らせ、自分らの部屋を契約して住まわせるところで終わりではない。
次は定住者というよりも、分隊長らが街へ出かけていって、そこで話を聞きつけたお客さんたちがバス便に乗ってわが国の飛び地である独立植民都市国家エクアドルにやってきた。
お客さんは全員が主婦風の女性で、二十代から五十代くらいまでの年齢層だ。
そんな女性たちがおよそ二十人ほど団体でやってきた。
「あの、ここエクアドルではお水を安価に売っていると聞いたのですが……?」
「ええ、もちろん」
と俺は女性相手ということもあり、おっさんたち相手よりも幾分にこやかに愛想よく対応。
そして話を聞き、水相場はこの国の相場で一リットルあたり一ドルくらいであることを聞いた。
一ドルというのは、まあだいたい日本人にとってのアメリカの一ドルとほぼ同じと考えてくれればいい。
だいたい感覚的には百円ちょっと、円安ドル高でも二百円いかないくらい。
思ったより安いと思ったかもしれないが、これは飲み水の話ではない。
全ての水をひっくるめての話だ。仮に二百リットルのお湯をお風呂に貯めたとすると、光熱費を無視しても二万円ぐらいかかることになる。
これではお風呂に入れるわけがない。一応公衆浴場で入ることもできるらしいが、それでも一回五千円くらいかかり、非常に高額とのこと。
俺は色々と女性たちから話を聞いたがとにかくこう言わないことには始まらない。
「それは大変だったね。俺はトーマ。この都市国家エクアドルの総督だ。
あちらにはお風呂に入れるホテルがある。水も販売している。好きに利用するといいだろう。
おカネの方もそこまで高くはないはずだと思う。
ただしそこの二人にはもう少し俺の話を聞いてもらうとしようか」
「え、私たちですか?」
俺は若くてきれいな主婦を選んだ。別に顔で選んだわけではない。全くの無作為、適当である。
別に誰でもよかったのだ。俺は二人の主婦風の女性たちにこう聞いた。
「二人とも、あなた方は見たところ結婚しているようだが、子供と旦那さんは?」
「私は五歳の子が一人。旦那はアルバイトが主です。
定職にはついてないと言われても仕方ありません」
「私は新婚です。私の夫も特に定職には……」
「なるほど。ここでは水を安売りしている。
だが、それを大量に持って帰るのは女性の細腕が二本だけでは大変ではないかね?」
「大丈夫です。気合でもって帰ります!」
「待て待て。そうではない。ここには仕事がある。
二人の旦那さんも仕事を探しているようだし、いっそここに住んで、ここで二人とも仕事をしてみては?」
ぶっちゃけ自分では、ノイトラ王国建国後の最終章の話は面白いと思ってはいるのですが、ブクマしてくれている人には地味な話で興味ないという方もいるかもしれません。
そういう場合は正直、最終話さえ見てくれればこの作品のオチもわかるし、おすすめだと思います。




