第八十四話 この世の全てを手に入れる男だ
「そんなに警戒するな。お前が天才児であることはもう気づいてたよ。来い」
「はい……」
俺はこの時、一瞬だけではあるが親父のことを格好いいと思ってしまった。
それに比べて俺は格好悪いなとも思った。
俺も医務室へ行ったのだが、とりあえず手術は出来ないので部屋で安静にしているようにと医者には言われた。
「手術して治るんだったら手術できないか?」
「いや。今回は解熱鎮痛剤だけ与えて様子を見よう。
これで寛解するケースもあるし、そうなったならそれに越したことはない。
言っておくが手術はリスクが高すぎるぞ。
俺の術式の腕もあまり信用してもらっちゃ困るし、術後の感染症なんかもあるからな」
「そうか。じゃあ数日様子を見ることにしよう。その間、俺とお前は……わかってるな?」
ベルンハルトは首肯した。
「うん」
「お前ら何をする気だ?」
「ちょっとな。ハルト、計画にあたり必要なものは?」
「アーセナルから持ってくる。それより船長も仕事の引継ぎをしないと」
「おっと、そうだった。親父」
「んん?」
「親父とトントンにはここでの経営の一切を任せた。
俺とベルンハルトは、スフィアへと往復するつもりでいる。
その時間はおよそ半年以上はかかると予想しているし、もっと伸びるかもしれない」
「もしこの子が妊娠してるんだったら、出産に間に合わないかもしれないぞ」
「もちろん急ぐよ。引継ぎというのはそれだけだ。親父は経済観念が結構しっかりしているはずだ。
少なくとも俺の知る限り、親父たちの組織した革命軍が資金に困ってる様子はなかったからな」
「まあな。それは任せられたが、本当にベルンハルトに仕事をさせるのか?」
「うん。この子用の小さい宇宙服とかも作ってる時間がないけどな。
さて、俺もそろそろ人間をやめるとするか」
「な、何言ってんだお前?」
「分体だよ。博士やイブは当たり前のように自分の分体を作って動かしてるんだ。
俺もそうしなきゃだろ。こっちに分体を置いていくから、ベルンハルトは俺と一緒に来るんだ。
親父、悪いが見ての通りだ。コロンビーヌはかなり難しい状況だし、俺とハルトは仕事がある。
とても赤ちゃんを見てられない。俺が帰るまでその二人を頼めるか?」
「ああ。リリスがいればお前がいつもやってるように一瞬で泣き止ませられるからな。
王の力を上手く活用させてもらうとする。お前はどうする?」
「アーセナルを一機持っていく。それでいいな、ハルト」
「うん。早速仕事にかかろう」
「わかった」
分体と言う言葉を俺たちは当たり前のように使っていて、しかもそれに関して説明はなかったと思うので説明しよう。
イブやエースと言った者たちは、インターネットを使って己の分身を操っている。
そして己の分身それ自体は造換塔の物質を生成するという力を利用して製造している。
だから本体からの命令がなくても自分で考えて動く。だが俺のは違う。
造換塔でも命までは作り出せない。俺をコピーして作っても動かない肉の塊になってしまうらしい。
だから俺やベンツは分体を作る際にイブの体をコピーしたうえで、それの顔の部分を微調整して出力する。
ただしこの場合は人工知能AIの部分やメモリーの部分に手を加えていない。
つまり俺の記憶などをもコピーした機械の体を作ることは出来ないので、インターネットを介した本体の俺からの命令がなければ全く動くことのできないでくの坊なのだ。
ただし、ベンツの場合は意識すらコピーし、レベル8セキュリティをベースにして自立したロボットとなった自分を分体として作り、例の、ローレシアに置いている。
そのためネットを介した指令なしで独自に動いており、ベンツにしても分体の動きを感知していないし、向こうも本体のことを感知していない。
仮に本体のベンツが死んでも分体に影響はない。
ほぼ完全に自分が二人になっている状態であると言っても過言ではない。
俺はそんな恐ろしい事、技術的にも心情的にも出来ないのであくまでネットを介して本体が指令して初めて動く操り人形を作ることぐらいに留めておく。
ともかく、俺は分体を作って服を着せ、ハルトの分体とともに分体はアーセナルを起動させた。
「よし、出発だ」
などと操縦席で俺が叫ぶとすぐにハルトが水を差してきた。
「ダメだ。まずは発電所と変電所を作らないといけないよ、船長」
「船長じゃなくて提督でもいい?」
「なら提督。変電所を作ります。ケーブルの配線とかはお任せを。
提督は今から指示する者をアーセナル内のモジュールを使って作ってください」
「指示って……?」
「アナタが持ってるそれ。携帯電話ってやつでしょう。博士が発明したやつ。
それに全部データは送りますから。僕はデジタルネイティブ世代なんで、なんでもデジタルで仕事します」
「ハイテクだなぁ。どれどれ」
俺は絶句した。何に使うかもわからないパーツが、それは山のように送られてきた。
しかもそれらは組み立てたらどうなるのか、という説明が全くない。
「おい、この部品たちは一体?」
「番号を振ってありますから数字順に行動してください。僕はもう行きますから」
ハルトは困惑する俺を放置してアーセナル内の超巨大格納庫の一角にあるガレージの車を一台出して仕事し始めた。
信じられん。本当に俺一人でこれをやるのか。とはいえ、戸惑って立ち止まっているヒマはない。
言われた通りにアーセナル内のモジュールを操作した。
このアーセナルは建築資材および燃料の貯蔵庫であるうえ、さまざまな兵器をアーセナル内に設けた工場で製造できるようになっている。
ちょっと紛らわしいので仮の名前を付けておこうか。
普段は旗艦の前の列を走るアーセナルはアーセナルFとする。アーセナルFは食糧庫だ。
左はアーセナルL。ガス、爆薬、兵器を満載したアーセナルの名前にふさわしいものだ。
後ろのアーセナルBは総合倉庫の役目を担っていたが、居住区を増やして旗艦と直接接続していることもあり、旗艦との区別はほぼついていない。
そしてこの本来は右に位置していたアーセナルRは建築や製造に特化しているというわけだ。
このアーセナルRがあれば何か不足しても兵器や建築物を作ることが出来る。
このアーセナルRの中で俺はわけのわからないモジュールで部品を作っては、順次クレーンでトラックに積んではトラックで外に運び出していく。
トラックから荷下ろしすると、エグリゴリにバトンタッチだ。
エグリゴリは元々このアーセナルRの整備と操縦の担当をしていた分体。
これが俺たちの仕事の手伝いをしてくれていて、ハルトがどこで何をしているかは定かではないが、俺の方の仕事をサポートしてくれる。
荷下ろしした部品はエグリゴリの操作する機械で組み立てられていく。
ハードロックナットが打設され、部品同士は溶接され、プレスされた何かの板が曲げられて加工されたりするのを作業中に横目で見るが、結局何をしているのかはわからなかった。
そんな日が三日も続いたころにようやく話がわかってきた。俺とエグリゴリがハルトに作らされているのは船だった。
アーセナルは、具体的に言うと東京ビックサイトぐらいの大きさだ。
一度見に行ったことがあるが、本当に高さといい幅といい、アーセナルはビックサイトと同じくらいである。
それに匹敵する大きさの船を作っているのだと察知した俺。
その日のうちに言われた通りの作業を終え、あとはエグリゴリに部品を渡して完成するのを待つばかり。
当然、ベルンハルトに会いに行った。ベルンハルトは思った通り街の郊外で作業中だった。
ベルンハルトは発電所と変電所と電波塔を一気に一人で作らねばならないという、俺よりも遥かに大量の仕事を単独で受け持っていたのを感じさせないほどの作業進捗を見せていた。
つい三日前までこの辺には何もない白い砂漠が広がっていたというのに、それらは見渡す限り理路整然と並べられたビニールハウス風のブロックに覆われている。
全て太陽光発電モジュールだ。
道は非常に見通しが悪く、それらの中から突き出ている鉄塔しか見えず、小さいベルンハルトなど見えるはずもないと悟った俺は彼に通信を入れた。
「こちらトーマ。ハルト、すごい進捗状況だな。たった三日で建設したとはとても思えない」
「まあ僕も分体は使ってますから。僕の本体はアーセナルの操縦室です」
「へえ。分体は何体同時に使えるんだ?」
「まだ二体が限界です。今後増やしていく予定ですが。
とにかく予定の九十パーセントほどの面積のプラントを設置しました。
これにより、変電所を五百万ボルトの電圧で稼働させることが可能になりました」
「そうか」
俺はそれの何がすごいのかはイマイチわからない。
例えば現代日本の送電網は何万ボルトなのか、俺は知らないので比較することができない。
「そろそろ日暮れだぞ?」
「平気です。車の中は気密性も高いですし、第一車の中にいるのも分体ですから。
それより問題は、僕らには自動化の技術が全くと言っていいほどないということです」
「うむ。スフィアへの往復半年近い旅の間、二億回ぐらいそれは思ったよ俺も。
自動運転できる技術があったらどれだけいいかと」
「もちろんそれも大事ですが、インターネットの通信網は電気によって支えられています。
発電所が止まることなどあってはならないのですが――」
「太陽光発電だったら当然夜は止まるだろうな」
「はい。ですから太陽光発電ではなく、人工光合成プラントを作りました。
光合成プラントで作ったガスなら夜間でも燃やし続けられますからね」
「うむ……」
「とはいえ解決にはなりません。結局この発電所はここにいるノイトラ王国の人や分隊長さんたちに管理してもらう必要があります。
その代わり、この変電施設では五百万という超超高圧電線で効率の良い送電が出来ます。
どんなに長い距離を送電してもロスの少ない方法です。
まあつまりさっきから何を言いたいかというと、大きいケーブルを作ります」
「わかった。どうすればいい?」
「知っての通り、物質を生み出すのは大量のエネルギーを食うのであまりやりたくはない方法なんです。
ですから、ここの砂を調べ、例の北極付近にあるリリシアの砂と同じ成分ならばそこから色々作ります」
「わかった。手順を教えてくれ」
「元々砂の選別、回収、洗浄、化学処理のプラントは博士が作って船に積んでありますからね。
やり方は至ってシンプル。アーセナルに積んである砂を掘る機械で砂を掘ってください。
これをアーセナル倉庫の空きコンテナに詰めたらそれを所定の場所にセットするだけでいいです」
「わかった」
「そっちには僕の本体が行くので詳しい説明はあとで」
俺はすぐにアーセナルに戻ってショベルカーを出してきて、そろそろ日も沈んできたのでとりあえず空きコンテナ一つ分だけ仕事をすることにした。
想えばベンツと初めて会った日にもこういったショベルカーを作ったものである。そこからずいぶん遠いところまできてしまった。
ショベルカーはアームの先っちょが変身できるようになっている。これは五年前もそうだった。
アームの先は穴を掘るバケットや、物を掴むハサミにもなる優れものだ。
コンテナを掴んでそのままショベルカー本体ごとコンテナはアーセナルRに格納。
その倉庫の中のある場所までコンテナを持ってきて、ガチャンと大きな音がするまでくぼみに押し込んでセットした。
「ふう。まるで土建屋さんにでもなった気分だ」
と言いながら一息ついていた時のことだった。よちよち歩きでアーセナルの操縦席からベルンハルトが出てきて重機の操縦席の俺を見上げながら言ってきた。
「ご苦労様です提督」
「お前は真面目過ぎて可愛げがないなぁ」
「なんでまじめなことを怒られなきゃいけないんですか。
それより降りてきて。一から説明しますよ」
ベルンハルトが重機から降りてきた俺にプラントの説明をしだしたが、あまりよくわからなかった。
要は砂からプラスチックを作るという話らしい。もっと具体的にはカーボン繊維という超強力な物質だ。
俺も詳しくは知らないのだが、ベルンハルトの言うところによればケーブルを二層構造にするとのこと。
中央には電気を通すように加工した炭化水素繊維が入っていて、その周りを囲むのは強靭で寒さや紫外線にも十分耐えうる、太い繊維で作った第二層。
これでケーブルを構築するらしい。電線と言ったら中に金属が入っているものと思っていたが、それは旧時代の古い考え方らしい。
ベルンハルトによれば、この世界にかつて栄えた機械文明はケイ素つまりシリコンと炭化水素を用いた半導体を使っていたという。
その痕跡が残っているため、模倣するのも容易であり、かつ金属を用意するよりこっちの方が圧倒的に安上がりであるためこうなったのだとか。
前にも説明されていた通り、この星では過去の文明に作られた隔壁が無数に存在しており、その隔壁内部にはネットや電気の有線ケーブルが通っている。
だからこのケーブルを何万キロメートルも用意する必要はないものの、隔壁内のケーブルが寸断したときのためにも地上の方のケーブルも多少は作っておくとのこと。
"不測の事態に備えた予備"というものを重視しているあたりはまるでベンツのようである。
そういえばコロンビーヌが母親とはいえ、ベンツが父親でいいのだろうか。よくわからない。
ともかく、ベルンハルトは以上のことを説明し終わると、途端に二歳児に戻った。
「で、ですから……念のためケーブルを……」
授乳後の赤ちゃんみたいにうとうとしだしたベルンハルト。
もはや瞼が開けようとしてもぜんぜん開かなくなっていた。
「もうおねむの時間か?」
「いえ、一刻も早く仕事を……しないと……」
「もう日も暮れるし子供はおネンネするんだな。
命令だ。今から八時間、ぐっすり眠れ。わかったな」
ベルンハルトは答えるまでもなく眠りについた。俺はこれをだっこし、アーセナルから出て行って、すぐ近くの旗艦へと帰還。
抱っこしたまま医務室へと運ぶと、中にいた親父とそのパートナーの女医が目をむいて驚いてきた。
「おい、しばらく見ないと思ったらその子倒れたのかっ!?」
さすがの親父も子供が抱っこで医務室に運びこまれてくると焦ったようだが、俺はすぐに落ち着かせた。
「寝不足の様だったから寝させただけだ。子供はよく寝ないとな」
「そうか。びっくりさせやがって。その子の母親ならお前の部屋だぞ」
「ここを使わせてくれ。赤ちゃん見ててくれてるようだな。ありがとう」
「うむ……ベッドは空いてるが、急患がきたら叩き起こすからな」
「ああ」
俺はベルンハルトを空いてるベッドに寝かせ、その横に添い寝した。
そして寝ている二歳児のほっぺはほぼ液体といってもいいぐらいにプルンプルンの弾力がある。
俺はこれを思う存分指でつつくことにした。
「ほぉーれ。ぷにぷに。ぷにぷに」
「こら、寝てるんだからやめなさい」
「わかったよ。じゃあ俺も寝る。その前にちゅーしよ」
俺はハルトのほっぺにキスした。義理の息子とはいえ悪いが、子供のほっぺは知らない間に勝手にキスをされているものなのである。
「愛してるんだったら起きてる間にしてやったらどうだ」
「起きてる間にやったら嫌がるだろ」
満足した俺はハルトの横で目を閉じ、横になった。と言っても寝るわけではない。
分体と交代して仕事だ。ベルンハルトのことを言えないが俺も忙しいのである。
分体の仕事はまず、コンテナに砂を詰めることだ。俺が先ほどやってた仕事である。
だがそれよりも先にお片付けだ。必要な仕事の前に色々放り出していた仕事道具を片付けた。
そして重機を操作し、空きコンテナの山からいくつか取り出しては外に出した。
ショベルカーで砂をかいて砂を充填し、、いっぱいになったらコンテナを中へ運び込んだ。
砂を処理するプラント自体はほぼ自動なので俺は砂入りコンテナを運ぶだけ運んだら重機をアーセナルの駐車場に戻し、今度は地下に潜った。
地下都市では昼夜を通し、建築作業が進んでいるところだった。
俺は地下に潜ると、いつも通り階段の一番上の方から下の様子をしばらく眺める。
地下には大量のパイプやケーブルが垂れ下がっていてこれが三階建てのお風呂屋さんの天井にまで続いている。
これは上にある冷却塔から伸びた排熱用の配管であると考えられる。
そしてその建築中の風呂屋さんのそばでは目視で見える通り、ベンツやエグリゴリらがせかせかと忙しく働いている。
冷却塔というのは高さ一千メートル近くもある巨大なもので、それ自体を冷却することで空気中の水分が結露。
これを集めて水を得る機能がある。この赤道付近は前にも説明したと思うが、風がよく吹く場所だ。
赤道は比較的暖かいので常に上昇気流が立ち上り、それによって気圧が下がり、下がったところへは高気圧な寒い場所から風が吹いてくる。
特に南からの風は氷河の上を吹いて来るので一応それなりに水分を含んでいるから、結露を期待できるというわけだ。
さて、俺がお風呂屋さんに向かおうとした時だった。階段の下から分隊長が上がってきた。
階段は狭いのでどう考えてもすれ違えない。目があったまましばらく俺たちは黙っていたが、やがて分隊長の方からこう話しかけてきた。
「お疲れさん」
「ああ」
「しかしあんたら、ここら辺の人口はせいぜいが五十人ってところだ。
辺境で仕事もないんだぞ。どうしてここに風呂屋なんか作ろうと思ったんだ?」
「言わなかったか?」
「辺境だから中央から目が届きにくいってことだろ。だからって……」
「そう卑下することはない。ここが辺境で人口密度が低いならば増やせばいい」
「どうやって?」
「うむ。ついてきてくれ。そのために地下に来た。それとも今忙しいかな?」
「いや。頼む」
こういう中年のおっさんは素直にいうこと聞いてくれないと相場が決まっているが、分隊長は話が早い。
俺達の存在に賭けてくれたのだからな。その期待には応えなければならないだろう。
俺はそのまま階段を降り、ベンツの方に向かって歩いていく。途中で向こうも俺たちに気づき、逆にベンツも俺の方に走ってきた。
「やあトーマ君。コロちゃんが倒れたんだってね。大丈夫かい?」
「外科的な手術をすることになるかもしれない。当分は要注意だ」
「そうか。お大事に。どうかしたの?」
「そろそろ頃合いだろう。コールドスリープしていたノイトラたちを起こすぞ」
「うむ。そろそろ言われるのではないかと思っていたよ。
よしっ、それでは残業をするとするか。トーマ君も居住区の建築手伝ってくれる?」
「もちろん。それでは人手を集めるとするか」
俺はこういう時便利な能力がある。ノイトラたちを集めるのに便利な能力が。
アンリやアルもヒマしているのでちょうどいいだろう。
赤ちゃんやベルンハルト、コロンビーヌを除く仲間のノイトラに通信を入れ、王の力を使って地下に呼び寄せた。
建築現場前の広場に集められた面々。アーセナルで乱痴気騒ぎをしてしまい、乱れた体の関係にある連中だ。
そのせいでパートナーに嫉妬を抱き、体だけでなく心まで浮気するのではと疑心暗鬼になっているようでは世話ないが、そんなことまで俺の知ったことではない。
とりあえず俺はみんなを集めると大上段からこう告げた。
「みんな。これからの基本方針を発表する。ここに長期滞在することになったのは予想外だ。
とはいえ、捨て置けば通行の邪魔をされるのはほぼ決定的だ。
根本的な対処が必要だと俺は判断した。異論のある者はいるか?」
誰も俺に意見しなかったので俺は続ける。
「今からやることは大きく分けて二つだ。まず博士に命じ、コールドスリープカプセルの連中を起こすことにした。
総勢約五十名の彼らとともにここに植民し、地下都市の人間たち相手に商売をする。
その間に地表では俺の本体とベルンハルトがインフラの建築を進めていく」
「ちょっと待って、誰だって?」
「ベルンハルトですって、トーマ様?」
とアルとアンリが言うのも無理はない。赤ちゃんの頃から奴を見てきた二人だからな。
「ああ。ベルンハルトは天才児だった。二歳児にしてすでに俺たちの誰よりも賢くなってしまっている。
本人にとってそれが幸福かはさておき、二歳児とはいえ俺も使える奴はどんどん使う。
俺とベルンハルトは地表で様々なインフラ整備を行うことにした。
また、人工光合成プラントを大量に敷設し続けている。
このプラントから得たガスを燃やしてエネルギーを作れば様々な物質が作れることだろう。
諸君らにやってもらいたい仕事は、この地下都市の建設である。すでに青写真は俺の頭の中で出来ている」
「そうでしたか。早速ご説明していただけませんか」
とアンリに言われた俺はとりあえず一番最初にやるべき事を明確化することにした。
「まずやるべき事はインフラ整備である。地下都市は平らで三百六十度どこまでも見渡せる構造だ。
水平線の関係上、目視できる範囲は周囲数キロメートル程度に限定されるがな。
分隊長どの、確認するが地下都市は赤道付近にしかないんだよな?」
「ああ。赤道付近、だいたい一千キロメートルの幅だ。
もっとも、人口密集地となっている都会がちらほらあるほかは、全部僻地だが」
「そうだろう。人は密集地により密集する習性がある。
その方がもうかりやすいし、インフラも効率よく使ってもらえるからな。
要は、ここを人々が密集しやすいだけの街にすれば勝手に儲かることになるだろう。
しかも、その元締めは俺達である。つまり街が発展すればするほど加速度的に儲かるってことだな」
「だからインフラ整備をまず先にすると?」
「ああ。土地はバカみたいに余っているんだ。最初が肝心だし、駅の建築用地は大きめにとる。
心配するな分隊長。俺達ちょっと街づくりかじってるもんで、初めてじゃないから慣れてるよ」
「それならいいが……」
「あんたらには仕事がある。なるべく人の多い都会に行ってこの街に勧誘することだ。
特に貧しい者や仕事のないものを呼んで来い」
「それは構わんが、貧しいものに与える仕事があるのか?」
「問題ない。そもそも分隊長、お金とは何だと思う?」
「価値を扱いやすくしたものではないか?」
「アンタはそのような答えがぱっと出てくるあたり、本当に頭のいい人なのだろうな。
普通パッと答えは出てこない。俺の見解もそれに近いが、わずかに違う」
「ではなんだ?」
「お金とは仕事だ。お金を使うということは誰かに価値を生む仕事をさせるということだ。
例えばアンタ銀行と言うものを知っているようだが、銀行にお金を預けたり借りたりするときに、利息というのがあるだろう?」
「ああ。ほとんど払ってもらったためしはないが」
「利息というのは貸した金を返す時に、お金が発生しているわけだな。
つまり、貸した後と貸す前とでなぜかこの世の中に存在するお金は明らかに増えている。
お金が増えているということは、つまり、誰かの仕事が増えているというわけだ」
「悪いこととは言えないだろう?」
「例えば、仮に百億持っている人が年利五パーセントで人にお金を貸したら、一年後には五億のお金が増えている。
つまり突如としてこの世に発生した五億の仕事を、誰かがしなければいけないということだな」
「理屈の上ではな」
「それがつまり、この世の技術がどれだけ発展しても人々の生活は楽にならないし、仕事はむしろ増える理由だ。
仕事と経済活動を行うたびにこの世には価値が増殖する。増殖した価値はお金と労働に変換できる。
つまり何が言いたいかというと、人手はいつでも不足しているってことだ」
「わかった。君の言うことは全面的に信じよう。具体的に仕事は?」
「プラントの仕事だ。だがその前にインフラを整備しないことには仕方がないから少しだけ待ってくれ。
わかったな、みんな。この街はこれからものすごい勢いで発展していく予定である。
人手が足りない。その人手を補うためにもまずはインフラを整備し、様々な建築物を建てていく。
今までみんなには美味しい汁ってやつを吸わせてやれなかったことと思う。
命を懸けた戦いや非人道的ブラック労働。むしろ俺について来たことで苦労ばかりさせてきたはずだ」
「そんなことは……僕たちは使いつぶされて死ぬ運命だった神の奴隷だったのですよ。
トーマ様に出会えなければ、こうして生きていることもできませんでした」
「そうです。陛下についてきてちょとアレな経験もしましたけど、それでも!」
アンリとシシィが口々に言ってくれたが、なんかあんまりフォローにはなっていない。
俺は気遣いには感謝しつつもこれに真っ向から反論した。
「俺はそんなことで満足しない。俺を誰だと思っている?」
「この世の全てを手に入れられる方です!」
アンリはノリがいい。実姉だしな。俺が何度も言っているセリフを先読みして見事俺の言ってほしいことを言ってくれた。
俺は気を良くしてニヤつきながら話を続ける。
「そうだ。俺はお前たちを最大限幸せにしたい。その点に関しては俺は必死だ。
お前たちのことが一人残らず大好きなんだ。俺なんかのためにこんなところまでついてきてくれた。
スフィアからコールドスリープしてまでついてきてくれたみんなにしてもそうだ。
お前たちに与えられる限りのものを与える。それが王の役目だ。
俺はお前たちのために、この世の全てを手に入れる男だ!」
俺は肺活量の続く限り叫んだあと、さらに続けてこういった。
「もちろん、ノイトラではない者に対しても可能な限りの尊重をする。
今日はもう寒い。時刻が朝になったら船外作業服を着てアーセナルに戻り、重機を持ってくるぞ。
まずは地上と接続するトンネルを。それはもうすでに一回リリシアでやってるからノウハウはある。
アルとトントン、その仕事俺と一緒にやってもらうぞ」
「わかった。今日はお休みだね。君は分体だろう。本体もゆっくり休むんだよ」
「わかった、トントン」




