第八十一話 黒船来航だな
俺は腕の中で泣いている赤ちゃんを見下ろしながら、低い声で一言、こうつぶやいた。
「だまれ」
ピタっと泣き止んだ赤ちゃん。ほらどうだ、とでも言いたげな顔をして俺はイブの方をみつめた。
「なるほど効果的のようだ。今後言うとおりにする」
「ちょっと、赤ちゃんが泣いてるのは問題が起きてるからなんだから、黙らせるだけじゃダメでしょ!」
とエースが正論を言った。俺はこれには別に全く反論する気はない。
「エースの言う通りだ。タオルは汚れてないし暖かいから、寒いのでも漏らしたわけでもない。
お腹が空いてるのかもしれないから、ミルクでもあげよう。
ミルクは六時間に一回でいいだろう。この間親父がそんなこと言ってた。
こいつらは俺が黙らしとくからエースはミルクの用意の仕方をイブに教えてやってくれないか?」
「わかったわ」
俺はそのスキにリネン室へ行っておむつ用の布をこしらえた。
そして中に本来医療用に使われる止血吸収パッドを仕込んでおいた。
これは非常に水分の吸収性がよく緊急を要する医療現場で便利な代物だが、おむつにも使える。
タオルケットを一旦脱がせてオムツを履かせ、またタオルでくるんだ。
そして気が付いた。
「あれ……?」
どっちがどっちかわからなくなったのである。実際、別に俺はどっちでも構わない。
だが血の気が引いた俺は、ラボに戻って何か作っている最中のベンツを発見するといきなりこう叫んだ。
「ハカセ! こいつらどっちがどっちだ!!」
「えっ?」
俺は同い年の双子みたいな赤ちゃんを両腕に抱えてベンツの目の前に突き出すがベンツはただただ困惑して苦笑いしているばかりである。
「だから、こいつらはどっちがどっちなんだ?」
「そんなこと言われても……」
どっちもノイトラなので性別での判断は不可能だし、新生児なので顔はしわくちゃだし、だいたい会ったばかりで顔はよく覚えてないので俺もわからない。
どうやらベンツもその点においては俺と全く同じようである。
「まあまあ、どっちでもいいんじゃないの。少なくとも片方は君と血がつながってるわけだしさ。
あ、そうだ。タオルだよ。確か青いほうのタオルをリコリスちゃんに巻いたと思うんだけど」
「それがさ、オムツ履かせるためにタオルをとったんだ。もう一回巻き直したらどっちがどっちだか……!」
「ううーむ。一番世話をしていた私でも全然わからないよ。まあいいじゃないか」
「いや、まあ、いいんだけどさ。アンリとエリーの子だから二人に今後、どっちを会わせたらいいものかと思って」
「どっちも会わせたらいいんじゃないかな。まああとで遺伝子検査をしておくから」
ベンツは面倒くさそうに立ち上がると、ラボの中にある小さな机からテープのようなものを取り出した。
これをちぎって何かペンで書きこむとそれを俺の方へ持ってきた。
「はい、タグをつけよう。仮にだけどね」
俺の右腕に抱いてる子の足首に、"ルカ(仮)"と書かれたタグを、もう片方には"リコリス(仮)"というタグを足首に装着した。
リコリスというのは花の名前らしいのだが、俺は何の花のことかすらよく知らない。
「そういうのは最初にやっとくべきじゃないのか?」
「ごめん忘れてた。赤ちゃんを見分けなきゃいけないという発想自体が私には希薄だったから」
「全く。あ、そういえば博士なら知ってるだろ。ベルンハルトとコロンビーヌはどこにいった?」
「ああ、二人なら君の部屋に」
「どうして?」
「どうしても何も、この船に居住区は三部屋しかないじゃないか。
リリスの部屋、私とエースさんの部屋、そして君らの部屋だけだ」
そういえば居住区は改装工事はしてないが、その部屋に限界まで物資を詰め込んでおいたのを忘れていた。
アーセナルに居住区が増築された分こちらの旗艦の居住区には大量の食糧や燃料が入っているのだった。
「そ、それはそうなんだが。じゃあ行ってくる。博士、ありがとな」
俺は赤ちゃん二人を抱えて自分の部屋へ戻った。
そこには案の定、もう赤ちゃんと呼べるのか微妙な二歳弱という年齢になったベルンハルトと一緒にいるコロンビーヌの姿があった。
「全く。考えなしにこっちに避難してこいなんて言うもんじゃないな。
よりによってここにいたのか二人とも」
「お邪魔してます。アーセナルはちょっと今一触即発状態でして」
「冗談抜きで火薬庫じゃないか全く。さて、ベッドに寝かすか」
この部屋にはベビーベッドはちゃんと用意されていた。イブとリリスはかねがね赤ちゃんに興味があったからだ。
俺は両手に抱えた赤ちゃんをこれに寝かせた。もっとも、おなかが空いてるだろうからベッドにおいてもまだ寝ないだろうが。
そして俺は勝手に俺の部屋のキングサイズのベッドで子供と一緒に居たコロンビーヌにこう言った。
「コロンビーヌ。悪いが博士とエースの部屋に行くことをお勧めする。
ここに住むというのなら家賃を取ることになるぞ?」
「や、家賃ですか。それはどんな?」
「これから、おまえをとって食う」
「ええ!」
一瞬にしてコロンビーヌの顔が赤く染まった。俺とそういうことをするのは、まんざらでもないらしい。
俺はベッドの上を膝を使って歩きながらコロンビーヌに近づくとその胸に遠慮会釈なく手を当てた。
「ちょっと、今は子供もいますから!」
子供がいない時だったら応じていた、という言葉に俺は満足感を覚え、そのまま胸に手を当て続けた。
コロンビーヌは初めての処女みたいに身を震わせて心臓を高鳴らせる。
「何を考えてるのか知らんが、もう用は済んだぞ?」
「え……?」
俺がコロンビーヌの胸に手を当てたのは、そのノイトラとしての力を吸い取るためだった。
もちろん、このあとベルンハルトにめちゃくちゃ怒られた。
「悪かったって。ママの胸はお前のもんだから、俺は盗ったりしないよ」
と、母親を健気に守ろうとする息子に弁明していたところようやく胸の高鳴りが収まったコロンビーヌが顔を真っ赤にしてこう言ってきた。
「意地が悪いですよトーマ様。まったくもう、子供の前で何て姿を晒させるんですか!」
「悪い。ごめん」
「本当に意地が悪い人です。おまけに鈍感だし無神経で!」
「ごめん」
「あなたは私の初恋の人なのに!」
「え、そうだったの?」
俺はコロンビーヌの言っていることが最初全く信じられなかった。
だが彼女の言葉が重なっていくにつれ、だんだんそれが真実であることを受け止めざるを得なくなっていった。
「だいたい、なんでアルと結婚したんだよ」
「あなたが先に神様なんかと結婚するなんて気でも狂ったみたいなことを言い出したからでしょ!?」
「うっ、それはまあ、そうだが」
「私を運命から助けてくれた人。夢を叶えさせてくれた人。
だからあの保育園を出てまであなたについて来たんじゃないですか!?」
「こ、コロンビーヌ。怒るとこんなに怖かったんだな」
コロンビーヌの声が大きくなるのに反比例して俺の声はどんどんか細く、小さくなっていった。
「大好きなのに。でも私臆病だし、あんまり美人じゃないから。
あなたはみんなの王様だから、抜け駆けするようなこと言えなくて」
「いや、コロンビーヌは綺麗だ。
そんな美人が七歳も年下の俺のことが好きなんて、そんなこと考えたこともなかったよ。それで――」
話していると後ろで物音がした。ドアを開けてみるとそこには哺乳瓶を手にしたイブとエースの姿があった。
エースと違い、イブは全然気まずそうな様子は見せない。
「私はミルクを飲ませに来たのだが……入っても構わないか?」
「ああ。話は聞こえてただろ、二人とも?」
エースは目を伏せ、コロンビーヌはこれ以上ないくらい顔を赤くして震えている。
穴があったら入りたいと顔に書いてあった。それを見た俺はまたベッドの上へ戻ってコロンビーヌの唇を強引に奪いに行った。
キョトンとするコロンビーヌとエース。イブは子供にミルクを飲ませながら振り返った俺の顔を見てくる。
「どうした。俺は今浮気したんだが……何か言わないのか?」
「お前が誰と何をしようが、浮気にはならないと思うが」
イブの言うとおりである。俺が彼女に教えた情報を整理すると次のようになる。
人間は肉体関係のあるパートナーが自分以外と関係を持つと嫉妬をすると教えた。
逆に俺とイブには何もないのだから、原理的に俺たちの間に浮気などという現象が発生する理由がないということだ。
「もう、ダメじゃないですか王様。私とのキスをダシに使わないでください」
「あ、悪かった。気づかなくて」
「そんなの許してあげるの私くらいのものなんですからね、気を付けてくださいよ」
「ああ。今後気を付ける。すまないコロンビーヌ。でもこれではっきりしたよな。
正直言ってとても残念だよ。イブ、いやエグリゴリ。俺とお前は違う」
上のような言葉は本音ではあるのだが、こう言ってみたらどうなるかと思いイブの顔を覗き込んでみた。
すると歯を砕き散らさんばかりに歯を食いしばり、不愉快そうに顔を歪めていた。
拳も握っており、とうとう俺も今度こそこいつに殺されるかもな、なんてことを思った。
「不愉快だ。今の言葉からは私を馬鹿にするニュアンスが感じられた!」
「お前にも謝らなきゃな。妙なことに付き合わせて悪かった。
お前は今まで俺に合わせてくれてただけなんだよな結局。
俺とお前は合わないって思ったけど、本来合わせるべきは俺だった」
イブは結局俺自身に対する執着はない。
執着してほしかったが、結局これだけ時間をかけても無理だったってことがわかった。
それに納得して折り合いをつければまだまだ一緒に居られるのだ。
いまが決断の時だった。俺は迷うことなくイブにこう言った。
「お前に見返りを求めるべきじゃなかった。俺が悪かったんだ全部」
「そんなことないですって。私からすると意味不明ですよ?」
「コロンビーヌ……頼むからやめてくれ。そんなに俺に優しくしないでくれ」
これ以上コロンビーヌに優しい言葉をかけられたら俺は、自分を抑えられなくなる。
そう思っていたらイブはこう言った。
「私はもう寝る」
イブはベッドの下に潜り込んで、二度と出てこなくなってしまった。
多分スリープモードに入ったのである。
タイマーを設定し、明後日、船を再び動かす時になったら再起動するだろう。
「やれやれ。ベッドの下にもぐりやがって。寝る時下が気になるよな、コロちゃん」
「私は別に。トーマ様も慣れてるのでは?」
「ああ。あいつと一緒に寝たことはない。もう、なんか、今日はいいかな」
俺は肩ひじ張るのはやめにして、まずはベルンハルトにこう言った。
「ごめんベルンハルト、忘れるところだった。そろそろ誕生日だし、これあげる」
と俺はコロンビーヌとベンツの息子にさっき作ったクッション型装具を手渡し、しっかり背負わせて後頭部を保護してあげた。
「はい、エラいね。ちゃんと背負えたね。ベルンハルト、しばらく夜は博士と一緒に寝なさい」
ベルンハルトも二歳弱とはいえノイトラなので俺の命令にはきっちり従う。
それにもともとベンツにも懐いているのだから、まあ問題はないだろう。
ベンツは俺の意図を分かってくれて、嫌な顔一つせず受け入れてくれた。
「え、ああ……わかった。おいで」
そんなことをしている間に、エースは新生児二人にミルクを飲ませてくれていた。
背面叩打法でげっぷを出させて、俺の命令の能力なしでも赤ちゃんを寝かしつけていた。
さすがだ。どこで覚えたのかは知らないが大したスキルである。
その後の話は大して面白い話じゃないのでダイジェストで。
俺は赤ちゃんたちに六時間ごとにミルクを飲ませる約束だったので、睡眠時間をこまめにとりながら世話を続けた。
その合間を縫って日サロで肌を焼いたり、娯楽室でもう大きくなってる子供には本を読んであげたりもした。
我ながら子煩悩だと思う。子供と一緒だったので体はそれほど休まらなかったが、精神的にはそこそこ休まったため、俺はアーセナル内がドロドロであることは忘れて次の日には出発。
一週間の長旅の模様もカットでいいだろう。
別に変り映えのすることはなかったからだ。
その一週間で変わったことと言えば、物資がわずかにではあるが減ってきたので、居住区を整理して新たにシシィを迎え入れたことか。
シシィは二週間ほど疎遠になっているうちに随分変わってしまっていた。
まず俺にますますよそよそしくなり、無口になっていた。
死にかけの彼女を助けた俺だが、もしかするとアフターケアーが足りなかったのかもしれない。
我ながらすぐにシシィに飽きてぞんざいな扱いをしていたことは認めざるをえまい。
俺はシシィに嫌われてしまったが、彼女も十五歳とは言え大人だ。
これからの仕事に支障をきたすような露骨に嫌な態度をとることはついぞなく、今回の赤道への旅の最重要人物として機能してくれることとなる。
赤道は太陽光が一番当たる場所である。地球であれば降水量が非常に多いところだ。
この星でもそれにある程度は当てはまっているようで、赤道にやってきた俺は操縦席にある窓から、この星の地表に来てほとんど初めて白くない地表を目にした。
海というほど広大ではないが、ぽつぽつと白い砂や岩の雪原の中に泉のようなものが湧き出て溜まっている。
これは恐らく降水したものが溜まっているものであると考えられる。空にはこの星に珍しく多少の雲もかかっていた。
別に俺も地理や地学に詳しいわけではないが、基本的に極地ほど寒く、赤道付近は暖かいし、それは地球でもこの星でも同じだ。
そしてこの比較的暖かい赤道付近の空気は温かい。ということは上昇気流が発生して地表の空気は上に行く。
すると対流が発生する。これは全球規模でも同じことが起き、常に赤道付近が低気圧なのに対し、極地付近は高気圧であると考えられる。
そして極地にある大量の氷河や地表の水は夜は凍り、日が昇ると溶けて蒸発。
この湿った空気は恐らくほぼ一方通行で気圧の低い赤道付近へ強風となって吹き付けると思われる。
そういうダイナミックな空気の流れの果てに、赤道付近は豊富に水もあって暖かいようである。
とはいえ、この赤道には人間の住む町はなさそうだった。というのも、一応街の形はあるのだがどの建物も寂れていて人がいる気配がないのだ。
だいたい、俺たちは人工光合成プラントのおかげで地表で生きられるが、それが地表に見当たらないのである。
この赤道にやってきた初日。俺、エース、シシィ、ベンツ、リリスの五人は約一名を除き、船外作業用の宇宙服を着て地上に降り立った。
俺とリリスは常に無線で交信しながら並んで散策する。街の外側の何もない白い砂利道を歩きながらまずは雑談と情報の確認だ。
「気温は十度ほど。湿度四十パーセント。寒くてちょい乾燥してるが、我慢すればギリギリ半袖で過ごせるな」
「うん。冷たい南風が常に吹いてきている。赤道ですらこんなにも厳しい環境なんて」
「街があると聞いていたが、地下の話らしいな。さて、どうかなリリス。
俺達がここへ来たことは地下の連中も気が付いていると思うか?」
「少なくともこっちにはレベル8が二人いるでしょ。向こうは――」
ズンという地響きが俺たちの体をかけめぐった。リリスと一緒に反射的に後ろを振り返ると話に聞く二足歩行戦車がアーセナルから一機、発進してこちらに向かって歩いてきていた。
「もしもし、こちらトーマ」
と通信を入れるとイブが出てくれた。
「こちらイブ。戦車は私の分体が操縦している」
「そうか。脅威を確認したのか?」
「いや。だが、向こうが武器を持っている場合、そのようにほぼ生身の状態ではリスクが高い」
「いや、それはそうだが。でもそいつで地下への階段は降りられないだろう」
「ではどうする気だ?」
「シシィ、こちらトーマ。入口はあるか?」
「それが私の知らない地方でして」
「じゃあどこの地方なら知ってる?」
「わからないんですよ。ほぼ地下で暮らしていたので、地表から見てどこに住んでたかは」
「言われてみればそうか。フム、もう少し散策して何もなさそうなら帰るぞ」
果たして、俺もリリスも何も見つけられず、シシィも結局旗艦に帰ることになった。
俺達やベンツ、エース、それからアーセナルにいる面々も集まって会議になった。
食堂に集まる習性があるのは相変わらずなので俺たちはアーセナルの面々も入れて食堂で会議という運びに。
だが、二日目以降もここに残って入口を探すという案は誰も提案しなかった。
「するとみんな、このまま南極へ行こうということか?」
俺は実に不服そうに子供っぽく口をとがらせながら言った。
それには親父、トントン、エース、ベンツ、リリス、シシィの順にこのように矢継ぎ早に反論があったのでちょっと俺は傷ついた。
「だいたいお前、ノイトラを助けるなんて息巻いてるのは王様のお前だけだぞ」
「日和ったわけじゃないが、別に我々に手出ししてくるわけじゃないし積極的に動く気になれないね」
「統治機構があるというS極に行けば、私の大切な人が見つかるかもしれない」
「ぶっちゃけ私は安穏と研究していられればそれでいい。息子のベルンハルトっていう生き甲斐も出来たし」
「パパには悪いけど正直、今さら人間の街を突ついても面倒ごとが増えるだけだと思うよ?
まあそりゃあ私も王の力を持ってるし、同胞は出来れば救ってあげたいけど」
「申し訳ありません私に土地勘がなくて。こうなったら、南極へ行ってからこっちに戻ってきて地下の街を探すというのはどうでしょう?」
親父、トントン、エース、ベンツ、リリス、シシィらによる反論のあとには、イブ、コロンビーヌ、アル、アンリらが次のように擁護してくれた。
「南極へ行く前にノイトラの戦力を増やしておくのは合理的だ」
「トーマは私利私欲のためじゃなく、同胞のためを思って動いているんですよ皆さん。
忘れたんですか。シシィちゃんも私もトーマがいてくれたから助かったのに……!」
「俺はノイトラを虐げる人間がいたら、絶対に許さん。セキュリティも同じだ」
「僕は元々ノイトラ第一主義者。仲間を見捨てて先へ行く気はありませんよ」
このままだとただでさえ険悪なみんなだ。またケンカになってしまうかもしれないと思ったので俺は折れることにした。
「しょうがない。ここは素通りしていこう。というのもだみんな。
これは俺の考えていることで確証はないのだが、統治機構は世界一強力なネット環境に接続していたはずだ。
S極に埋まっているとのことだが、その直前まではネットと繋がっていたはず。
その統治機構に接続できればセキュリティを止められる。セキュリティを止める、または操れれば人間の住む街を掌握することは容易い。
そのうえ、セキュリティは人間とノイトラを見分けられるわけだしな」
「私に提案がある」
普段こういう場であまり意見しない、いやそれどころか部屋に帰って寝てしまうタイプのイブが挙手した。
俺は怪訝な視線を向けつつも発言を許可した。
「どうした?」
「私はセキュリティの軍団を生みだし、制御することが出来る。
この旗艦に搭載されているビーム兵器を最大出力で運用して射出。
地表から穴を開け、地下都市にセキュリティを流し込むというのはどうだ?」
「それだと大勢が死んでしまう。お前はどうしてそう、いちいち暴力的なんだ」
「合理的に考えて、ノイトラの戦力を迅速に、そして手軽に確保するにはこれが一番だ」
「却下だ。俺たちノイトラ王国の基本は、ノイトラは解放するが、人間がその過程で死ぬことはなるべく避けるだ。
もちろんそれ以外に無益な殺生も避ける。もっとも、避けるのが難しいのは無益な殺生より有益な殺生だが……」
「ではどうするのだ?」
「だからさっき言ったろ。ここは素通りして南極を目指す。素通りさせてもらえればの話だが。
ベンツ博士、今のところ地上には、下の連中が上がっては来てないんだよな?」
「ああ。我々の足音などが探知されているかもしれないが」
「無視して進むべきだ。シシィの家族とかがもしかしたらいるかもしれんが、助けるのは後ででもいいだろう。
俺達の戦力は十分に整っている。博士のおかげでな」
結局この場は俺の独裁によって素通りすると決まり、一時間後にはそれぞれ持ち場に戻って艦隊を動かしはじめたのだった。
だが、皮肉にも俺の警戒して口にしていた通りのことになってしまった。
我らが艦隊が動き出してから三日くらいしたある日の昼間のことだった。
赤道付近の昼間の日光はそれはもうキツい。
どのくらいキツイかというと、赤道に入ってから急遽操縦室の窓に即席の黒いシートを張って日除けしなければ命に関わる病気や、失明のリスクが操縦者にあるとベンツが言い出したほどである。
言う通りにして艦隊を進ませていたある日の昼間のこと。俺たちは計器によって妙な影が前方数百キロメートル向こうに見えることを発見した。
俺はすぐに横のエースにこのことを報告する。
「エース、気づいていると思うが、恐らく人間と一時間後ぐらいに会敵する」
「どうする?」
「こういう時はノイトラでもセキュリティでもない者が対話に赴くのが最適だろう。
すぐに親父を呼んできてくれ。人間が見えたら話をさせよう」
「わかったわ。博士、例の奴を」
「了解した」
エースが去った後、俺はベンツに当然のことながら我慢できずに質問した。
「例の奴って?」
「多種多様な波長の電波を使って呼び掛ける。敵ではない、話をしようとね」
「なるほど、そいつは重要だ。話を聞いてくれるかは別として」
「協力的ならば助かるね。ああいう連中と仲良くするにはどうすればいいと思う?」
「まあ親父に任せておけばいいだろう。俺は親父のことは嫌いだが、あの男はそういうことにだけはどうも長じているからな」
約一時間半もすると、俺たちを待ち受けているものの全貌が見えてきた。ショボすぎて鼻で笑ってしまった。
確かに紫外線よけや有害な粉塵を避けるため、ガスマスクのようなものと宇宙服のようなもので体を覆っている人間らしき集団がずらっと並んでいる様は壮観だ。
だが彼らの乗り物は俺たちのアーセナルや艦隊と比べればママチャリ対戦車ぐらいの実力差があることは明白だった。
ちょっとしたジープぐらいの大きさの車が最大。もっと小さい車もあるし、軍隊にしてみるとかなり貧しそうな様子である。
「ハッ、まるで黒船来航だな」
「え?」
「ああごめん博士。要は実力差が開きすぎてるということを言いたかったのさ。
それもこれも博士の能力が優秀だったおかげだけどな」
「なるほど。君は交渉に行かなくてよかったね。そうやって見下している感バリバリ出ちゃってたら交渉も何もないからね」
「ごめん、博士。俺は暇だから娯楽室にでも行ってくるよ」
「うん、いってらっしゃい」




