第八話 世界の果て
もし仮に海がないとしたら、この空にかかる白い雲はどう説明する?
ゲットーに流れていた川の水はどこから来ていた?
俺は怖くなってこの身に震えさえ起っていた。
「まあ、つまりな。俺たちは大陸というところに住んでて戦争をしてるわけだな。
その国境はそれぞれの国の力の及ぶ範囲によって決定される……当たり前のことだ。
だが、それとは関係のない境界線。それが世界の果て。その先には何もないはずだった」
「それは神が作った……?」
「と、されてる。俺は無神論者だがな。この世界の果てには、多分壁があるんだろう。
お前さんの父親や、革命のリーダーたちはそれらを超えた。
地面を掘ったかよじ登ったか……いずれにせよ、超えたということだけは間違いないようだ。
そこで何かを知った。奴らはそれを話したがらないがトーマ君、お前が会いにいけばドラクスラーとて、堅い口を開くかもしれないな」
「それで俺に何をさせたい?」
「簡単な話さ。お前を奴に会わせる。そして俺ら組織の者たちに秘密を語らせるのさ。
何を知ったか知らないが、それを隠して何十年も活動を続けているわけだろ。
俺たち下っ端は不信感を抱えているのさ。まあともかくそれにはここを出ることが先決だ」
「悪いがもう少し待って欲しい。実は俺の仲間がこの孤児院で脱出の計画を整えている」
これは漏らしていいものかどうかちょっと迷ったが、俺は話してしまった。
「脱出? あー、まあ確かになあ」
俺が三か月後の脱出の日の前に出て行ってしまったら警備が厳重になる恐れもある。
そう思って言ったのだがアンドレアスは意外な反応をした。
「シスターマリアンヌは俺たちの仲間だ、信用していい」
「ええっ!?」
「なんだ、知らなかったか? 政府は兵士を欲しがってるから補助金を出して昔から孤児院をやらせてる。
セシルからなにも聞いていなかったのか?
マリアンヌは先代のバアさんの時代に俺たちが見習いとして送り込んだスパイと聞いている」
そういえば俺は何かで勉強したことがある。
ドラクロワの絵画「民衆を導く自由の女神」のあの自由の女神の名はマリアンヌ。
フランスという国自体の擬人化だと。いや、違う。
そのような知識がこの世界にあるはずがない。何しろ海がないのだ。
と思って俺はこのように考えた自分の思考に中断を命じた。
「ス、スパイだったのか。道理で俺に優しいはずだ」
「セシルからは色々聞いている。墓場を掘ればいいらしいな」
「あ、ああ。そう言ってた。俺たちは三か月はここにいる。
あんたたちはその間に墓を掘り出して例のホラ、古代兵器でもなんでも見つけてくれよ」
「そうしよう。三か月したら迎えに行く。
しかしやはりガキだな。シスターが俺らとの内通者でもなけりゃ、脱出口なんか見落とすと思うか?」
「まあそうだけど」
「ま、三か月おとなしくしてるってんなら、それもいいだろう。
話はひとまずこれで。また父親としてここに来ることにする。じゃあな」
アンドレアスは満足したらしく去っていった。俺に残されたのは、奴がくれたお菓子の袋。
俺はなんだか食べる気になれなかったのでそれを部屋に持って行った。
ちょうど同部屋の二人もいたので、俺は二人に初めてのプレゼントをしてみた。
「よっ、二人とも。よかったらどうぞ」
「ん? つまんねえ物だったら承知しないぞ」
と言ってミシェルが俺からひったくるようにして袋を受け取り、急いで中を開けた。
続いてもう一人の仲間、レオラは袋から漂うアツアツの油脂と糖分の匂いを嗅ぎつけたのだろう。
上からのぞき込むと、躊躇なく中のものを手に取った。
中身は揚げたてドーナツだったらしく、レオラは手が油と糖でベタベタになるのも構わずにこれを口に運んだ。
「おいしい! どうしたのこんなもの!?」
「レオらがそんな大きい声出すなんて珍しいな。これは俺の親父が持ってきた」
「おい、トーマは食べなくていいのか?」
「俺は大の男だぞ。甘いもんは女子供が食べればいいさ」
「相変わらずだなコイツ……まあくれるって言うんだからもらっとこう、レオラ」
コイツ相変わらずだな、は俺がそのままミシェルに言い返してやりたいところだ。
レオラはエレオノーラが本名。完全に女の子の名前だ。大人しくて女の子らしい子だ。
だがミシェルは男とも女ともつかない名前だし、女寄りのノイトラではあるものの、割と中性的だ。
「ん? おい何見てんだよ。今更くれとは言わないよな」
「お前……」
妙に態度の悪いミシェルに対し、俺は続く言葉が出てこず、そのまま会話を打ち切ってベッドに横になった。
俺のこと嫌いなのかと思ったら、態度が悪い癖に、一度会話を打ち切った俺にミシェルが絡んできた。
「しかしお前何なんだ?」
「こっちのセリフだ」
「何か知ってるのか。特別な家柄とか?」
「馬鹿言え。ノイトラなんかに特別な家系なんか……ん?」
ノイトラに特別な家系があるという発想自体が少しだが妙だと思って俺は起き上がり、ミシェルを問い詰めてみる。
「何か知ってるのか?」
「ん? まあお菓子もくれたし話してやってもいい」
「お前の基準はユルユルか!」
さすがに今のは冗談だったらしく、少々レオラとアイコンタクトをとった後、ミシェルはこういった。
「ふむ。まあなんだかんだで自己紹介する時間もなかったし話をしようか。
私はミシェル。こっちはレオラ、ことエレオノーラ。双子だ」
「似てねぇ……」
「どういう意味だ?」
「どっからどう見ても似てないだろ」
「まあいい」
レオラと似てないといわれてミシェルが怒ったことからみて、ミシェルは自分よりレオラの方がかわいいと思っているのかもしれない。
それはさておき彼女は続ける。
「年齢は十四歳。三か月もすればここを出るつもりでいる……お前も出ていくだろ?」
「そうするつもりだ。ところでお前に一個聞きたいことがあったんだ」
「なんだ? 今は機嫌がいいから聞いてやるよ」
相変わらず愛想もクソもないミシェルだがこれはどっちもどっちだ。
俺は気を取り直してこう質問した。
「川ってあるだろ。その上に橋が架かってる」
「馬鹿にしてんのか? ちょっとこいつシメるかレオラ?」
「いや、私はちょっと……」
確かに怒るのも無理はないが俺は無視して続ける。
「怒るなって、悪かった。つまり川だ……川って一体最後はどうなると思う?」
「川……最後?」
ミシェルとレオラの双子は不思議そうに顔を見合わせた後俺にこう答えた。
「蒸発したり、地下に染み込んでいくんじゃないか?」
「その水はどうなる?」
「どうなるってお前……なあ?」
急に話をふられたレオラは、普段引っ込み思案のくせにこう申し出てきた。
「よかったらなんだけど、図書室に行く? 説明したいことがあるから」
「あ、私はいい。パスで」
ミシェルはやはり図書室と聞くと寒気がするぐらい本を読むのが嫌いなタイプであった。
双子なのに本当に血がつながってるのかと思うくらいに性格が違う二人。
「本当に置いてくぞ? ていうか……レオラ借りてもいい?」
「好きにしろよ」
ミシェルはつれない女だった。ここまでツンツンした態度をとるなら俺の方から歩み寄る必要はないと考え、俺はレオラと連れ立って図書室へ。
レオラが引っ張り出してきた本を俺も一緒になって同じ机に向かって読む。
それはよいこの昔話の本だった。俺は母親にご本を読んでもらってる子供みたいにその中のお話をレオラに読み聞かせられる羽目になり、思わず赤面する。
「いい? むかしむかし。太陽さんは元気いっぱいで、この地上を照らしすぎていました。
地上は熱くなって誰も住めません。そんな時、黒の女王様が言いました」
「……なんだって?」
聞きなれないワードだった。辛うじて赤の女王だったら聞き覚えあるが。
レオラは話の腰を折られ、しぶしぶといった感じで説明してくれた。
「伝説の存在なの。この世には黒の女王と呼ばれる神様が君臨してるって。
だから、親はいい子にしてないと黒の女王様にバチを当てられると教えられるんだって」
「ふーん。ああ、腰を折ってごめんレオラ。続けてくれ」
「うん。えーと、黒の女王様は太陽に言いました。あなた方は明るすぎて地上を住めなくしています。
川や湖は涸れ、生き物が住めなくなっている。あなた方の半分を地下に封印しましょう」
「なんじゃそりゃ……」
「それ以来太陽は大人しくなり、地下には熱が発生するようになったの。
川はいずれ地下に染み込んで地下の太陽に触れ、湯気となって空へ上る。
そして雨が降り、大地を潤してまた川が生まれるってわけ。
トーマ、ほんとに知らなかったの?」
「ぐーむ。ああ、そうだな。まあそういう話として納得するしかないか」
この世界には海がない。ならば世界の果てというのは海のことを言っているのか?
いや、それは違うだろう。俺の父さんは世界の果てをみた革命家だという。
その後、「古代兵器を発掘せよ」という風な感じで行動を起こし、革命軍を導いているとかいないとか。
その先には何か、海だけではなく重要な情報が隠されているのであり、それを弾圧しているのがセシルの言っていた影の政府だ。
このことから考えると、この世界には何か、俺の想像の及ばない何かがあると考えられる。
正直セシルに手を貸していいのかはちょっと迷うところだが、俺は気を取り直してレオラに甘えた。
ファンの人はわかると思いますがこの作品は明らかにワンピースを意識して作っています。
ただし、あちらが海だらけの世界ならこちらは海のない世界の話ですが




