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転生したら人権のない被差別種族だった件  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
最終章 魔王誕生
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第七十七話 二つの世界

翌日連絡船と一緒にスフィアへ向かった。

スフィアとの行き来にはすっかり慣れている連絡船に従って進んでいくと、やがて綺麗に工事されて電灯でしっかりライトアップもされている通行用の弁が見えた。


弁と言っているが、隔壁のようなもので、まあ要するにスフィアの中と外を隔てる壁が重なり合っているわけだが、その間に気密扉を設け、宇宙船が入ってきても空気が漏れないようになっているわけがこの弁だ。

これを二隻で通り、宇宙船の港に並んで停泊させる。様子をうかがっていると、やがて連絡船のなかから働きアリのようにワラワラとトラックが出てくる。


このトラックは半分は荷物をこのスフィアに持ってきたもので、もう半分は荷物を受け取りに来たものであると考えられる。


俺はスフィアの中なので、操縦席から久しぶりに博士ベンツに通信を行った。


「こちらトーマ。今忙しいかな、博士?」


「むっ、トーマ君か。普段手帳で通信しているからこの感覚もちょっと久しぶりだね」


「そうか。俺はスフィアでノイトラを募集したくてね。

何しろ地表に住んでいる限り、もはやノイトラはエネルギーを作る必要すらない。

人間も一緒に住める。人間には、まだノイトラ社会でポピュラーでない様々な高度な仕事をやってもらいたい」


「地表は君の言っていた通り、そういう魅力的な場所なのだね。

もちろんこのノイトラ王国の王は君だ。だが、造換塔の女王には少し挨拶をしていった方がいいんじゃないのかな」


「造換塔の女王だと?」


「エレベーターを設置してあるから、玉座に行ってみるといい。

いくら女王でも君ならばアポなしで謁見しても文句は言えないだろうからね」


「ふうん。じゃあ行くか」


俺は通信を切り、横にいたシシィとアルにこう告げた。


「俺は今から造換塔の下のエレベーターに向かう。二人は好きにしていろ。

もしヒマだったら、連絡船の方にでも遊びに行くといい」


「いや。俺は久しぶりに王国の娯楽施設を一通り満喫するよ。シシィも来い。

案内してやるよ。スフィアのことはまだ全然知らないわけだしな」


アルはこれ、完全に善意百パーセントで言ったと思う。

アルは少々下半身の規律が緩いところはあるが、基本的には非常にいい奴だ。

まして非常に長い間閉鎖環境で暮らしたシシィだから情が湧き、妹のように思っていることと思う。


ところがシシィは変にアルを意識しているのか疑惑のこもった上目遣いでアルを見ながら言った。


「それってデートの誘いみたいですね。奥さんがいるのに私まで……」


「おい待て。そんな気は微塵もない。お前を女としては全く見たことない」


「何かそれはそれでムカつきますけど……」


「理不尽だ! どうすりゃいいんだよ、なあ王様!?」


「俺に聞くなよ。じゃあ俺はこれで」


エレベーターと造換塔なら目視できる距離にあるので俺は船から降りて歩いていき、エレベーターに乗って一番上までいった。

造換塔の一番上は広さがだいたいコンビニエンスストアくらいだ。つまり、可能な限り離れたとしてもお互い会話できる程度の広さしかない。

この中心に玉座があると記憶していた。そこには、やはり思った通りエグリゴリが鎮座していた。

眠ったように玉座に座ったまま目を閉じて動く気配がない。


この玉座のある空間は異様だった。造換塔の頂上なので非常に高度が高く、しかも柵とかは全く見当たらない。

その頂上の狭い空間にはピンクのソファ、ぬいぐるみ、お菓子、テーブル、脱ぎ捨てられた衣服、その他がある。

まるで十代の女の子の部屋みたいだ。堕落した少女の部屋に鎮座するエグリゴリ。

その周囲には衛兵が二人、一対でいる。二人ともまるで騎士のようないでたちで全身を鎧で覆っている異様な姿だ。


一瞬奇妙奇天烈な頂上空間に圧倒された俺だが気を取り直してこう言った。


「よう、久しぶり。エグリゴリの分体というわけか?」


そう声をかけるとエグリゴリはゆっくり目を開け、俺と目が合い、そしてこう口にした。


「初めましてノイトラの王。私はイブ。エグリゴリではないよ」


「イブだって? だってエグリゴリと格好も一緒じゃないか」


エグリゴリはスフィアに居た頃はポンチョのようなものを着た銀髪の小柄な少女だった。

目の前のイブを名乗る女もそうだ。

エグリゴリの下半身は白いレオタード風なのだが、実はエグリゴリはレオタードを履いてるのではなくこの白くてツヤツヤした質感の表面も素足だったりする。

目の前の女もそうである。俺はぶしつけにも玉座に近づいて胸と股間に手をやった。


「なにっ!」


エグリゴリの股間はツルンとして何もない。また、胸もサイズは小さいものの人間の女性らしく膨らんでいて、触った質感は堅めのゴムみたいにぐにぐにとしていた。

強靭で弾力があり、堅い胸だったが、このイブを名乗る女の胸は柔らかい。


「わかったでしょ。私は人間。かつて存在したイブのクローンと言うわけ」


「何年前から……」


「リリスと同じよ」


「そうか。失礼、俺はノイトラに囲まれているので距離感がバグっていてね。

普通なら恥ずかしいところを触ったり見せたりするのは極めて普通のことなのだ」


よく考えたら俺は初対面の女性の胸と股間をいきなり手でまさぐったことになるわけである。


「ふふ、まあいいですよ。でも不思議よね。

こんなにもお互いを知らない私たちなのに、もうすでに私たちの子がいるなんて」


「リリスは俺が責任をもって守る。ところでここで何をしている?」


「少し私の遺伝子のことをお話ししようか」


「それなら私が話しましょう。"クイーン"」


何と騎士の一人が頭にかぶっている兜を脱いだ。

なんとその人物はライナー・ディーゼル=ベンツ博士に瓜二つの少女だった。

ただし非常に若い。十代くらいだ。俺は恐ろしくなった。

その横の騎士は誰なのかと思うと顔を確認することも億劫になってくる。


「トーマ様。見ての通り私はベンツのクローン、レオンハルト・ディーゼル=ベンツです。

あなた様が不在の間は、私たちでスフィアの"クイーン"をお支えしています」


「その横の奴の顔を見せてみろ」


「おっと、紹介しておいた方がよさそうですね。こちらは私の双子の妹。

ジークフリート・ディーゼル=ベンツです」


紹介された方も鎧を脱ぎ、案の定ベンツと同じ顔をした少女が姿を現した。


「私の方が十五ミリ秒生まれるのが遅かっただけで何かとマウント取ってくるんですよ、この人」


「トーマ様に会って第一声で愚痴ときたものですよ。全くしょうがない愚妹でして」


とレオンハルト・ディーゼル=ベンツと名乗った少女は恥ずかしそうに顔を篭手をつけた手で覆った。


「ところでトーマ様、ノイトラの戦力をご所望ですよね」


とジークに言われた。こちらの方が話しやすそうだったので俺はこう言った。


「おいお前たちいっぺんに色々喋るんじゃない。わからなくなるだろ。

俺はここにイブに会いに来た。ジークと言ったか。イブの遺伝子がどうしたって?」


「ああ、そうそう。"クイーン"はトーマ様不在の間、ここ造換塔でレベル5達の統括をしているのです」


そういえばイブをはじめとした希少な遺伝子の持ち主に、セキュリティは絶対服従であると聞く。


「なんだって?」


「レベル5たちはノイトラを襲いません。また、すでに十分な改造を施されているので、ノイトラ王国民に配布されている手帳の持ち主は襲いません。

ですから、ノイトラではない移民であっても襲われることはないのです」


ベンツの開発した手帳はそういう意味でも役に立っているようである。

俺達ノイトラ王国は未だに人間たちと必ずしも永続的な友好関係を築けているわけではない。

交易をおこない、戦争も起こっていないのはひとえに王である俺が圧倒的な力を持っており、スフィア中の国家は平伏せざるをえなかったからだ。


俺はそこのところを深く理解せずに思い付きのままスフィアを出発していた。

まさかそこをここまで完璧にベンツにフォローされていたとは、と思うとクローンに関する倫理がどうとかで俺がベンツを責める資格がないように思われた。


「つまりお前たちとセキュリティのレべル5達がいたから、ノイトラ王国は無事だったと?」


「はい」


「しかし改めて見ると、お前たち博士にそっくりだけど眼鏡かけてないから何か感じが違うな」


「目が悪くなってませんからね。それよりジーク、トーマ様を例の場所へ案内して差し上げては?」


「それならあそこもついでにお見せした方がいいだろう」


「何言ってる?」


さっきから部下にセリフを取られて黙っていたイブは鶴の一声とでもいうようによく通る声で一言次のように言ったかと思うと周りは静まり返った。


「ではトーマ様、ジークの案内で例の場所へどうぞ」


「あ、ああ……部下を貸してくれて礼を言う。じゃあ行こうか」


「承知しました」


俺とジークは並んでエレベーターに乗り、降りるとジークはさらにエレベーターで下へ向かうことを俺に通達。

エレベーターのドアが開くと、そこは天井が非常に低く、だいたい二メートルあるかないかくらいの階層だった。

薄暗く、黒い天井と床が一面に伸びている。その天井の低い階層には薄暗いながら照明がぽつぽつ点いている。

それがなければ見えなかったのだが、この階層にエレベーターで降りてきたところから見える範囲を大量の木樽が覆いつくしていた。


「なんじゃこりゃ。酒でも造ってるのか?」


「ご名答ですトーマ様。人間は酒を好みます。ここで酒を樽で保存し、交易しています。

ここは低温で湿度も温度も一定ですから熟成に最適なんです。

チーズやハムなんかも保管してますよ」


「換気はちゃんとしてるんだろうな」


「ご安心を。ですがまあ、見せたいのはこちらよりむしろ……少し移動しますよ」


ジークはさらに一個下の階層にエレベーターで行くと、その前にあるバス停で止まり、バスを捕まえて一緒に乗った。

バス路線は俺が出発した一年半ほど前よりもだいぶ増えているようで、これは俺の知らない路線だ。


二個目のバス停でジークは降りるよう俺に指示した。


「こちらの建物です」


ジークが指さしたのは病院みたいな建築で、ちょっとした小学校ぐらいの敷地面積であり、外観から考えて四から五階建てぐらいだ。

入口から堂々と入るのは少々はばかられたが、ジークが鎧姿で遠慮会釈なく入っていくので俺もその後ろをついていくと、入り口から入ってすぐこの建物が何の建物なのかわかった。


入り口から左を見ても右を見ても同じシンメトリーな構造になっていて、どちらからも子供の声が聞こえてくる。


「子供がたくさんいるのか。全員ノイトラなんだろう?」


「トーマ様、こう考えたことはありませんか。運命の見えない糸で結ばれた相手がこの世のどこかにいると。

あなたに最適な人がどこかにいると。我々はそれを実現することを手伝ってあげるのです」


「勝手に手伝ってるだけだろどうせ。許可も取らずに人工授精して赤ちゃん作ってるだろ」


「ええ。中をご覧ください」


廊下の脇に設置されたドアから入れるそれぞれの部屋の中には保育士みたいな人が赤ちゃんから三歳児くらいまでの子供をそれぞれ面倒見ていた。


「この保育士たちはどこから湧いてきてるんだ?」


「私のように成長ホルモンの過剰投与で生まれた二歳、三歳の人もいますね。

移民してきたノイトラも結構いますが。五年くらいの時間をいただければ人口を十万人にしてみせます」


「なるほど。イブに伝えておけ。俺はこれ以上不必要に成長を促進させて生まれる人材は必要としていないとな」


「伝えておきましょう。トーマ様はこれからどちらへ?」


「百人だ。百人のノイトラを募集する。受付会場は俺の宮殿にする。

お前たちにはその権限があるんだろ。

ノイトラが集まるまで滞在するから手帳を使ってその旨を一斉に伝達しておけ」


「承知しました」


「俺はもうここから失礼させてもらおう」


俺はすぐにその場でアルに通信を入れた。


「アル、こちらトーマ。そっちはどうだ」


「こちらアル。ちょうどアンタの宮殿付近にきたところだ。

エリザベスの店も見えるぜ。もうスタッフが継いでいるが、本人が戻ってくることはあるのかね……」


「そうか。シシィも一緒だな。それなら宮殿付近のリゾートで適当に遊んでいてくれ。

俺も宮殿へ戻るから。ノイトラを積んだら即刻地表に帰ろう」


「お、おう。わかった。それまで俺らは英気を養っておくことにするよ。

ノイトラ募集って言ったってそこまで俺らに手伝えることないだろ?」


「それはそうだな。好きにしていてくれて構わない。俺の宮殿も好きに使ってくれ」


「ああ」


「じゃあ俺は博士に用があるから」


と言ってアルとの通信を切り、俺は次に外に出て歩き、バスに乗りながらベンツに通信を入れた。


「博士。こちらトーマ。今いいか?」


「もう、頭ん中に突然声が響くのは慣れないね」


「悪いな。俺は通信用の手帳を持ってないんで」


「会いに来てくれればいいのに。いくらでもあげるよ?」


「博士は今、連絡船にいるんだろ?」


「そうだよ。来てくれるの?」


「ああ。相談したいこともあるしな。俺は過去の実験航行で学んだことがある。

ノイトラたちは俺の命令をよく聞くとはいえ、密室に密集して放置するといずれ退屈して治安が乱れてしまうんだ」


「そうだね。その件で私に話を持ち掛けたということは……フフ、わかっているよ」


「え?」


「この手帳には私の作ったゲームが内蔵されている。通信対戦も可能だ。よって退屈はあり得ない!」


俺は完全に失念していた。。そういえばスマホではゲーム出来て当たり前である。

それに博士はプログラミングも出来る人だった。つい四年前までは、プログラミングなどという概念すら知らなかった人が。


「す、すげえ……じゃなくて、俺が相談したかったのはコールドスリープだ」


「コールド……まあそれでもいいが。とにかく私の船においで。話はそれからだ」


「了解、今向かっている」


俺は連絡船のところまでバスなどを乗り継いで必死こいていった。

忙しすぎる。俺はこのあとすぐ、砂漠の宮殿までいかなければいけない。


ここ、狭間の世界は気温が低いので汗はかかないが、気持ち的には滝のような汗をかきながら約三十分ほどかけて船の停泊するガレージに似た巨大空間に戻ってきて連絡船のタラップをあがった。

そして前回このタラップを上がった時と同じく上った先には博士とエースが待っていてくれたのは助かった。

この上二人を探し回ってウロウロする時間がもったいないからな。


「よう二人とも。コールドスリープの件だが……」


「待って。それより我々は居住区を減らしてしまっただろうトーマ君。

百人も載せたら窮屈だ。急ごしらえで居住区を作ろう」


「居住区……ってそんな時間あるのか?」


「三日もらえれば出来るけど」


「そんな短時間で?」


「コールドスリープをさせるんだろう。だったら少々の増築でそれは可能だよ」


「それよりハイこれ。持っていてくれれば何かと役に立つ」


とエースは懐から例の通信用の手帳を出して俺に渡してきた。

俺はこれを黙って受け取った。使う気はあんまりないが。


「ええっと、これの使い方はね」


エースが使い方を教えようとしてきたので俺は急いで遮った。


「そんなのは後でいくらでも話す時間あるからあとでなエース。

じゃあ博士、俺はちょっと向こうで整備点検をしてから宮殿に向かう」


「ちょっと、君働き過ぎじゃないか?」


「博士こそ働きすぎだろ。自分の心配をしていろ。じゃあな」


俺はシシィとアルには本人たちも言っていた通り英気を養わせてあげることにし、博士との話を取り付けたらすぐに自分の船に戻った。

この船は当然一人で点検することになる。各階の空気清浄室と動力室を点検し、リネン室の衣類やシーツの残ったやつは全部洗濯して乾燥させ、たたんで収納。

操縦席で計器を見て異常がないか確かめ、最後は空気清浄室と繋がる養魚場だ。


エサを時間通りにあげて水質をチェックし、汚れは一定値に達していないことを確認。

空気清浄室からしっかり酸素が送られてきていて、かつ不要な二酸化炭素などを含んだ排気がなされていることも確認しなければならなかった。


全てオールクリアだった。言うのは簡単だが、ここまででだいたい五時間かかった。

俺がそうして忙しくしている間にベンツもこの船に乗り込んで工事に着手。


いつの間にか博士のクローンであるジークとレオンが参戦していたため、同じ顔をした三人がぺちゃくちゃ喋りながら工事をするという異様な光景が繰り広げられていた。

というわけなので、ここからの模様は大幅にカットしてしまおう。


それから三日が経った。コールドスリープのカプセルを林立させた格納庫が船に増設された。

この船に乗って移民するノイトラ募集には相変わらず応募が多数あり、抽選会を開かねばならないほどだった。


何しろ地表付近で暮らす限り、ノイトラはそのエネルギーを消費しなくてもよいというのだから飛びつかない手はなかった。

ただしそれも良し悪しである。考えてみると、ノイトラ王国の人々はシフトに応じて発電所で己のエネルギーを供出し、その対価として給料を支払われて生活している。


ある意味ここではすべてのノイトラが社会から必要とされている大切な存在で、己の存在意義に疑問を持つなどと言うことはない。

求められるとおりに電気を作って給料もらうだけで沢山の人々の役に立てるのだから。

だが地表へ行ったらそれ以外の方法で仕事をし、働かねばならない。


ベンツのように死ぬほど有能だったり親父の彼女の様に医者だったりする人ならともかく、スキルのないノイトラにとっては地表はある意味怖い場所だ。

"自由"と"権利"と"機会"というのはアメリカ合衆国の建国以来の基本概念だ。

そしてその後の地球における国際社会においても同じく基本概念となった。


人間は神が作った。よって生まれながらに特別で、あらゆることに挑戦する権利があり、その生命と自由と尊厳は神聖不可侵でありこれを損害することは許されない。

全ての人に機会が与えられ、その機会をもとに人間は能力に応じて働く。これが人間に関する基本的な考え方だ。

だから教育の機会を平等にすべきであり、また、国家といえども人々の尊厳や自由、命を侵害する死刑制度などは許されないと考えられていた。


この考え方は一見正しく見えるが、それを本当に正しいものとするには様々な矛盾を解消せねばならなかった。

例えば学校。通常、学校教育が一般化するまではどこの国でも家柄のよいエリートが国を動かす主役であることは当たり前の常識だった。

仮に彼らが貴族という名前を名乗っていなくても事実上は貴族制だったというわけだ。

だが、やがて試験に合格した優秀な人材ならば出身を問わずに登用する、という考え方ができ、その目的もあって学校教育に国家は力を入れていった。


そして残念なことに矛盾は発生した。いい大学を出たエリートはいい仕事につける。

結果、自分の子に潤沢な教育資本を投資できるので、その子もいい学校に行くうえで有利となる。

逆に貧乏な子供は弟妹の世話をさせられたり農業などの児童労働をさせられたり、教育資本が十分でないなどの理由で勉強するうえで不利な条件が降りかかっているケースが多い傾向にあった。

これが何世代にもわたって続いた結果、名門校と言われる学校の生徒は親が富裕層であることがほとんどになった。


結局学校は新たなエリート層を生んだだけで、社会的な格差を埋めるどころか、さらに助長するものとして作用することに。

言うまでもなく、昔からのエリート家系は上のような理由で子供に教育資本を投下できるので、この新興エリート層から振り落とされることはなかった。


社会の幅広い層から人材を登用するという試験やテストなどといったものの当初の目的からいつの間にか離れてしまったのだ。

このように矛盾が発生した地球の国と地表の暮らしは似ている。


地表は自由で平等で実力主義になってしまうから、確かにスフィアに残っている方が楽であるのは確かなのだ。

スフィアに残っている限り、能無しと烙印されるノイトラは発生しようがない。

我がノイトラ王国も確かに自由や機会、権利といったものを重んじてはいるが、スフィアに残りたいという人の意見ももちろん尊重する。

俺だって、王の力を持っていなかったらスフィアに残りたいと言っていたところだろう。


船を点検したりコールドスリープカプセルを増設したり、船に乗るノイトラ募集したり、砂漠のリゾートでアルたちと一緒にプールに入ったりしたが、結局のところは別に面白いことがあったわけじゃないのでカットである。


希望者を抽選で選んだら船に乗せたわけだが、出発前に博士によってコールドスリープしてもらう希望者を募った。

というのも、居住区を減らし、ただでさえカプセル置き場が増えたので抽選で選ばれた百人を船に乗せることは厳しかったからだ。


妊婦および妊娠してる可能性のある人をコールドスリープさせると何が起こるかわからないので、だいたい搭乗者の半分にあたる五十人近くの独身者がコールドスリープすることに。

もしかすると俺たちノイトラ王国のものが全滅し、このコールドスリープしている者たちだけが何十年後とかに自然解凍されて取り残されるかもしれないな。


そんなことを思いつつ俺たちは約二か月弱もの旅に出たがその模様は一切カットする。

別に変ったことは何も起こらなかったからである。そこのところはあまり重要ではないと考えている。


実に五か月近くもの間、俺たちが離れている間に地表付近はずいぶん様変わりしていた。

まず地表に家がなくなっていた。俺はそのことを聞きに、地表へ到着するとまず観測所を訪ね、ベンツに理由を聞いたのだった。

それによると、この星の大気にはオゾン層がないということがわかった。


この星の地表は高い技術力を持った植民者が頑張ればギリギリ住めないこともない程度の環境だ。

重力も強すぎないし明るいし、気温も昼間なら素肌を出して過ごせるくらいになることも多い。


ところが、オゾン層がない。オゾン層と言うのは皆さん聞いたことがあるだろう。

通常酸素はO2と言って二つ繋がった状態で存在することが多いが、オゾンは三つ連結した特殊な分子なのだという。

この酸素は通常、植物が光合成でもしない限りは空気中に大量に放出されることはない。

植物の作った酸素がオゾン層と呼ばれるような上空高くへと舞い上がり、ここにとどまって太陽の紫外線を吸収してくれるのだという。


ところがこの星は歴史上一度も地表に植物など生まれたことはない。

意外に酸素は大気中にそこそこ存在しているが、オゾンは全くといっていいほど存在しない。

だからこの星の太陽光はスフィアの光に慣れている俺たちに非常に有害なのだという。


特に俺たちノイトラには金髪だったり肌が白かったり、目が青いなど色素が薄い者が多い。

それもあって、結局地表に家を建てることは断念。断熱性が高くて温度が一定、かつ紫外線の届かない地下に住むことを余儀なくされたと博士は語った。

それにこの星には地磁気もあるとは思えないからさらに太陽風や紫外線の被害がきつそうだ。


俺は地表に到着した初日に観測所へ行ってこの話を暖炉の前のソファで聞き、出されたお茶を飲みながらこう聞いた。


「とすると、シシィの言っていた赤道付近の街と言うのは……」


「あり得ないことだ。ここでさえ紫外線は厳しいんだ。赤道なんていったらすぐに皮膚がんや眼病などになって死んでしまうだろう。

一度でもそうなったら今の我々の医療水準では、治療は不可能だろうね」


「つまりシシィは地下街出身ということになるのか」


「少なくとも地表には絶対住めない。というか無理して住む必要がないという方がいいね。

レベル8でさえ、強い紫外線は出来れば遠慮しておきたいところだろうね」


「なるほど。地表から街を見つけることは出来ると思うか?」


「そりゃあ人間が住む街だからね。でもレベル8に見つからないよう隠蔽しているとかいう話だったし。

実はエグリゴリ君が人工衛星を飛ばしてくれているんだが、地表には特に何も見つからないようだ」


「なるほど。エグリゴリで思い出したんだが、結局俺は妻のあいつより真っ先に博士に会いに来てしまってるな。

これはイカン。イカンぞ。反省しないとな。別にさっき出迎えてくれたら会ったといえば会ったんだが……」


「何故急にそんな話を?」


「今、赤道の街の話をしてもシシィがいないからな。話を変えようと思って。

俺はもう行くよ。そういえば博士のクローンだとかいう奴に会ってきた」


「どうだった。ジークとレオンハルトに会ってみて?」


「別に何とも。あの二人とローレシアに残った方の博士が一緒に居る姿はちょい不気味だった」


「フフ。私の分身とはいえ彼らはもはや私とは違う考えを持つ。知識量も私と彼らとでは違うだろう。

そのために作ったんだが。私はみんなの役に立ちたい。特に君に」


と博士は俺の顔を指さした。俺は特にそれには何も答えず席を立った。


「博士、実はローレシアの方にいた博士なんだが、プラントを作る時間が足りなかったと言っていた。

この手帳にすべて記してあると言っていたんだが……」


博士は俺の出した手帳を初めて目にする。珍しそうに黒い画面を見つめていたが、ややあって、首をかしげながら聞いてきた。


「あの、手帳ならめくってくれないと」


「見てくれよこれ。これが"画面"というものだ」


「光った!」


自分のクローンがこれの開発者だというのに博士はお手本みたいな初めて液晶画面を見る未開の人の反応をしてくれた。


「これは大量の小さな電球を電気的に制御することによって光を操り、あたかもそこに存在するみたいに色々なものを表示することが出来るらしい」


「ふむふむ。こんなものを持ち歩けるようにするとは、あっちの私もなかなかやるね」


「で、図面は――」


「もちろんだ。完璧だね」


博士の返事がいいので船に戻った。

向こうで博士にもらったのは俺も原理はよく知らないのだが、とにかく地表の砂を有効利用できる素材に変えるプラントだった。

大量の塩や二酸化炭素、水素、カルシウムなどが含まれたこの星の地表の砂は、それこそ宝の山。

こども科学実験でもやるような初歩的な、かつ基本的で広範な用途のある物質が多い。


例えば塩と水があるだけで塩酸が作れる。この強酸性の物質を砂と混ぜれば二酸化炭素が取り出せるという。

この二酸化炭素は人工光合成に使えるので有用らしい。

また、塩があればそこから殺菌消毒作用のある塩素の塊が作れる。

カルシウムは言うまでもなく人体に必要だし、水素を含んだ砂は様々な物質の調合に使えるのでプラントで処理することが出来れば便利だと向こうの博士が言っていた。

だいたい、高度に科学的な用途とは別に、水素は燃やせば水が手に入るから使い道に困ることはまずないだろう。

出発まで三日ほど時間があったので設計図だけは手帳に入れてもらっていたのだが、その三日は、博士は人工冬眠のカプセルの増築などで忙しくてプラントまで手が回らなかったのだという。


さて、観測所を後にしてからすぐに俺はコールドスリープで寝かされていないすべてのノイトラに通信を入れた。

食堂に全員集まれと。医務室にいる親父は別に来ても来なくてもどっちでもいいが、とにかく俺は全員集まるまで食堂の椅子に座りながらノイトラたちの頭に次のような話をしていた。


「こちらトーマ。諸君たちノイトラの王だ。話があるので船の食堂に集まるように。

話というのは他でもない。いよいよこの船はこの拠点を一旦放置し、南下を開始するからである。

南下した先には巨大氷河が覆う南半球があり、人は住んでいない。

敵が襲ってくる可能性はあるが、我々の戦力ならば問題はないだろう」


このように話したうえで続々と仲間が集まってきた。もうすっかり大きくなって乳離れしだした息子を抱くコロンビーヌ。

うっかり俺と不倫してしまったが、なんやかんやあって妻と仲直りできたアルとその妻子などなど。

なにしろ五十人からの人間が船にいるのだ。俺たちは食堂の定員いっぱいになった。


皆は行儀がいいのと王である俺を尊敬してくれているので大人しく声も抑えてくれている。

まあ子供は少々騒いでいるようだが、それは気にせず俺は話の続きを始めた。


「みんな。この船に乗ってきてくれたことをまずは感謝しておく。

我々の船は、これよりいよいよ南下することとなった。

そこでここを新たな街として命名し、移民者を募ることとした。

船について来るのは危険だし、ここならば生活のために寿命を削る必要がない。

エネルギーが十分あるからいくらでも暮らしていけるのだ。そこで親父」


俺は聴衆の中にいた親父の顔をピッと指さし、こう続ける。


「奥さん……じゃなかった、パートナーと一緒にここに残ってみんなの医療を担当してくれ」


「ちょっと待て、それなら船には……」


「ああ。船には健康なものしかいないから問題はないだろう」


「バカ野郎。俺はどんなことがあってもこの船に残って船医を続けるぞ」


「なんでだよ」


「お前を死なせはしない。俺も四十を超えた老兵だ。お前たち若者を支えていくのが使命。

ベンツやブリュッヘルたちだってその気持ちは同じのはずだ」


親父がアイコンタクトをとると、その場にいたベンツやブリュッヘルといった革命軍の創設メンバーが打ち合わせでもしていたように首肯した。


「なんか……感動的なことを言っている気がするんだが、親父のセリフだからなんか素直に受け止められないわ、ごめん」


というのが俺の本音だったので思ったことを素直に口に出した。


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