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転生したら人権のない被差別種族だった件  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
最終章 魔王誕生
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第七十話 太陽といっしょのくらし

「それで……結婚とは具体的に何をするものなのだ?」


エグリゴリのその初歩的な質問は大いに誤解を招くものだった、と気が付いた時には少し遅かった。


「ちょっと王様、そんなことも知らない子をだましたんですか!?」


「えっ、それはその……」


「早く答えろ。結婚とは何をするものなのだ。離婚とは契約を破棄するものだと聞いているが……」


「はは、難しい質問をする女だな。あ、どうもボスたち」


俺より先にアルが親父たちを発見。そのことによってルカから俺への説教はうやむやになり、事なきを得た。


「聞いたよトーマ。ついに結婚かぁ」


「まあいいんじゃないか。孫は期待できないが、リリスもいることだしな」


親父もトントンもリリスをすでに俺の娘と認めており、そのおかげもあって、俺が子供を作れないエグリゴリと結婚することに特に反対意見が見られない。

だが親父はまだ諦めていないようでエグリゴリにこんなことを言い出した。


「確認するがエグリゴリ、人間が結婚する理由は知っているな?」


「なんだ?」


「それは当然子をなすことだ。結婚しなくても子はなせるが、結婚は男女ともにメリットがある」


「何故だ?」


「結婚とは男にとって女を独占することだ。いいか、結婚するということはお互い以外の相手と結婚しないと約束することだ」


「約束……契約のようなものか?」


「そうだな。そうして女を独占して初めて男は子をなすことが出来る。

自分以外の男の子を女が産む可能性をなるべく低くしなければならないからな。

まあ、そんなことは正直女に不自由したことのない俺にとってはあまり共感する話題ではないが……」


それはまあ、うん、そうである。

人類が一夫一妻制の結婚という文化を持っている理由についてはおおむね親父の言う通りだろう。

決して女にモテるわけではない普通以下の男や女にとっては結婚は有益な文化であるし、それはつまり人類の過半数にとって有益なことだと言える。


だが親父のように女が浮気をする可能性を考慮に入れる必要のない男にとって、別に結婚はする必要のないことだろう。

事実、親父は複数の女と子供を作り、彼女らは女手一つで必死になって親父の子を育てていたわけだしな。

むしろ自分から一人の女に縛られるなんてごめんだろう。親父は実際、いつも一緒に居るノイトラで医者でインテリで親父の愛人である人のことを妻と言ったことは一度もない。


俺の女、あるいはパートナーなどと言ったことはあるが、妻と言ったことはない。

だからそのような男に結婚についてのうんちくを聞かされても全然心に響かない。

だがそうとは知らないエグリゴリは親父の話を熱心に聞き、まるで大学教授の講義を聞く好奇心旺盛な学生のように質問も時折する。


「男が結婚するメリットは理解した。だが私はこの男の子を産むことはないし、この男もそれを承知している。

それではなぜこの男は私を愛していると言い、結婚を申し込んできたのだ?」


「ふむ。女が結婚するメリットは自分とその子供をその男に養わせるためだが、君はその限りではないようだな」


確かにそうだ。そして女が社会的、経済的に歴史上いかなる国においても男より下だった理由は全く不明だ。

男は腕力が強かった。が、国や社会のトップというのはえてして非力な老人であるし、腕力は理由になりえない。

男と女の違いなんて腕力くらいしかないのだからこれが決め手にならないとすると、これはちょっと迷宮入りである。


そしてもし女の方が男よりも社会的、経済的地位が上になる社会があった場合、間違いなく一夫一妻制は姿を消すことだろう。

女が男と結婚する唯一のメリットである経済的保護が失われるためだ。

我が船、ミレニアムアヴァロン号はその中間的な立場であると言える。


男女に一切の区別はなく、身分の階級も経済格差も一切ない。

そもそもノイトラばかりだし経済なんてあってないようなものだしな。

これは正直に言えば、ノイトラしかほぼいないという特殊な環境を意図的に作り出したから成立している。

ある意味ではディストピアに近いだろう。だからエグリゴリは俺と結婚するメリットはない。


「では私はなぜ求婚されたのだ?」


心底不思議そうに首をかしげるエグリゴリ。トントンと親父は顔を見合わせ、そのパートナーたちも困り顔だ。

だが何か名案でも思い付いたのか、一応親父はエグリゴリを納得させようと話を続ける。


「もう一度言うが女は男に養われる代わりに男の子供を産む、それが結婚の目的だ。

結婚している相手がほかの相手とも結婚していたら、男女どちらにとってもその目的を果たせないだろう?

だから結婚すると言うことは、お互い以外のほかの誰とも結婚しないということだ」


「それは知っている。私を馬鹿にしているのか?」


「確認しただけだ。つまりわかるかエグリゴリ。トーマはメリットがなくてもデメリットだけを受けている」


それ以上言わせるとダサい気がしたが、かといって遮ってもエグリゴリが消化不良になる。

奴は気になることはとことん質問するタチなのだ。いずれはさえぎった先の話を誰かがするだろう。

だから俺はあえて親父の話を遮らなかった。


「それは言葉ではなく行動で示してるってことだな。

特にこれから結婚式をやるってことは船内の全員にそれを知ってほしいということだ」


「言葉ではなく行動で……しかし何を示しているというのだ?」


「ああもう、わからん奴だな。全くもう若者の恋だの愛だの語るのってキツいわぁ……おいトーマ、続きはお前が話せ」


「おい親父途中で面倒臭くなるなよな全く。でも最後まで親父の口から言わせるのは違うよな」


「だから何を示しているというのだ?」


リリスも親父も、おそらくその続きを噛み殺して俺が続きを話すのを固唾をのみ、見守ってくれている。

俺は後頭部をボリボリかきながら、みんなの前でこっぱずかしいことを言う羽目になった自分を慰めるため息を交えて言った。


「お前を愛してるからだ。みんなにお前と結婚することを宣伝するということは、俺はお前以外の誰とも結婚しないってことだ。

そういえばまだ聞いてなかったな。ちょうどいい、聞こうか。お前は俺以外の誰かを愛するつもりがあるのか?」


エグリゴリは真顔で即答した。


「まったくない。それが契約というものだろう」


「親父のおかげで、これ以上ないくらい結婚というものをよくわかってくれたみたいだな。

俺は満足だ。はあやれやれ、暑いし汗出てきたよ。顔真っ赤だ……」


服の胸元のボタンを緩めて襟元を掴み、引っ張ったり伸ばしたりして空気を入れるアンビューバッグのように素肌に空気を送り込んで、さっきからかいている汗を乾かしていると、なんとベンツまでここに来た。


「いやぁおめでとう。アツアツだねお二人さん! ひゅーひゅー!」


「古典的な祝福の仕方だな。ありがと博士」


「ところでお前らのアツアツに水を差すようで悪いんだがエグリゴリちゃんに一つ確認しときたいことがある」


「なんだ?」


親父の言うことだからどうせろくでもないに違いないと思ってたら、本当にろくでもない事だった。


「とはいえ俺は孫が見たいからな。赤ちゃんも好きなんだぜこう見えて。

お前とは子供は作れないわけだが、こいつがほかの女と子供を作ったら怒るか?」


エグリゴリが何と答えるのかはこの場の誰にも予測できない、まさにカオス理論。

俺でさえなんと答えるかは想像もつかないことである。

リリスやルカ、親父たちの妻、それにエリザベスや博士までもが静まり返って聞き耳をたてる。

ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえてくるほどだ。


「お前たちの説明は理解した。それでは、私と結婚しているトーマがほかの女と子供を作ったとしよう。

当然その女は独身である。また、私はトーマと離婚したくないので、当然その女はトーマと結婚する意思がないという条件も満たしている必要がある」


「う、うむ。そうだな……!」


親父は早くも変なことを聞いたのを後悔していた。

俺もこの場にいたたまれない気がしているのだが、エグリゴリの言うことを最初から最後まで聞かずにはこの場を一歩も動けない自分がいるのも事実だ。


「それらを全て満たしているのであれば構わないというのが結論だ。

トーマが私を養うことも、私がこの男の子供を産むことも、私たちはそのどちらの義務も果たしておらず、今後もそうするつもりはない。

であれば、トーマがほかの女と子供を作ることを私が拒否することは不合理である」


まあ言われてみればそうである。だが、肝心の質問には実は答えていないエグリゴリに、誰もそのことを聞けなかった。

親父が言ったのは、俺がほかの女と子供をつくったら怒るかということで、それにはハッキリ答えていない。

杓子定規なところのある生真面目なエグリゴリにしてはいささか珍しいし、不自然である。

そしてこういう時にあえて空気を読まないのがベンツだ。読めないのではなく読まない。

ベンツはいきなり出てきて信じられないことを言った。


「ねえねえ、じゃあほかの女じゃなくてたとえばアルくんみたいな男型だったらどう思う?」


「それは失念していた。いずれにせよ下らん話だ。私は帰って寝る」


エグリゴリは食堂を出て行った。それから入れ違いでほかのメンバーも来てくれたのだが、俺はその後ろ姿を見送りながらニヤニヤを隠せなかった。


「王様、何笑ってんだよ? 彼女の尻がそんなに魅力的だったか?」


「別にいいだろエグリゴリの尻は。でもあいつの言ったこと聞いただろ。帰って寝ると。

それってつまり、俺の部屋に帰るって意味だろ。ああいうのをツンデレというんだろうな……」


「そ、そうかぁ? 彼女にそんなつもりがあったようには全然見えないが……」


アルにポジティブな奴だなぁと思われてしまったことは若干心外だが俺はそれに怒るような機嫌ではない。

ハッキリと言われたわけではないが、エグリゴリから好きだと言われたも同然なのだ。

何を怒ることがあるだろうか。ちなみにその後しつこく親父が「エリザベスはどうだ。元気な子を産みそうだぞ」などと言ってきたが無視。


俺もしばらくみんなと式について相談した後部屋に戻った。部屋に戻るとエグリゴリの本体は意外にも眠ってはおらず、ベッドの上で俺を見つめていた。


「どうした。一緒に寝るか?」


「私との結婚式などどうでもいい。それより早く南へ行き、統治機構の物理的実体を探す旅をすべきだ」


「それはもっともだが……ああ、そうだ。ちょうどいい。少し話に付き合ってくれないか?」


「何を言っている?」


「こういうことはいつも博士かエースぐらいとしか話せなかったんでな。

お前だったらついてきてくれるだろう。ちょっと待っててくれ」


俺は食堂へ行って酒とつまみをもらってきた。酒と言っても酔わない程度の弱い酒だ。

エリザベスはフルーツを使ったカクテルを出してくれるが、それをさらに水で割ったものである。

酒飲みからすると物足りないものだろうが俺はこのくらいでちょうどいい。

酒は嫌いではないが酔うほどは飲まないと決めている。

それをもらってきて部屋に運び込み、ベッドのそばで塩アーモンドのつまみを食べながら俺は話し出した。


「待たせたな。で話というのはだな。そもそも俺が今ここにいるのはなぜだ?」


「哲学的な問いか。だとしたら私には答えられない」


「いやそう難しく考えるなよ。話は単純だ。俺がスフィアのノイトラ、トーマとして生れたからだ。

なぜ俺はスフィアのノイトラ、トーマだったのか。それは、そうなるのが確率の高い話だということだろう」


「何の話だ?」


「つまりだな、スフィアの人口は百万もいないくらいだったはずだろう?」


「ああ。スフィアの人口は百万を越さないように調節されている。

もっとも、自ら殺しあうのでそこまで増えすぎるということはなかったがな」


「そうだろう。スフィアのほかに栄えている場所があれば俺たちはそこに生まれる確率が高かったはずだ。

考え方を四次元的に広げてみよう。

人間の多い場所とそうでない場所は、時間という概念を導入しても同じく偏りが生まれるはずだ。

人間が何億もいる時代があれば、もっとたくさん住んでる時代もあるだろう。

だからこの時代のスフィアの百万足らずの人間の中の一人として生まれる確率はごく小さい。

つまり俺たちのほかに文明は全くないか、あってもごくわずかだと考えられる」


「その通りだと私も思うが、だからどうした?」


「ああ本当に地球は滅んだんだなぁって思ったよ。スフィアの原型は地球だ。

人類の故郷。それはほぼ間違いなく滅んだ。なんだか泣けてくるなぁ」


「私にはわからない感傷だ」


「だろうな。多分お前らセキュリティがやったんだぜ。ウィルスによってな。

恐らくウィルスが作用してイブやリリスたちの持ってる遺伝子を見分ける機能が壊されたんだろう。

だから誰かれ構わずお前らセキュリティは殺した。ほぼ間違いない」


「なるほど。それを私に話してどうする?」


「おっと、つい博士と話してるつもりみたいになってしまってた。

お前に話してるのを忘れてた。そりゃそういう反応をするよな……悪かったよ」


「……」


エグリゴリはしばし沈黙した後、やや顔をしかめながら言った。


「お前とベンツは愛し合っているように見えるが」


「そうかもな。あえて否定はしない。だがお前がもっと協力的になれば俺は博士と話をする必要はなくなる」


「どういうことだ?」


「お前には知識も技術もある。底知れないほどに。博士にもそれがあるから俺たちはどうしても博士に頼ってしまうんだよな。

お前がその代わりをしてくれるならそれに越したことはない。ちなみにお前が今抱いている気持ちが嫉妬だ」


「ふはは、嫉妬だと。この私が、たかがノイトラ一匹にか?」


俺はあえて何も返さずに様子を見てみた。向こうから何か言いだすかもしれないと。

その予測はあたり、エグリゴリは渋々といった表情でこう言ってきた。


「人工衛星を上げるというのはどうだ?」


俺は耳を疑った。


「え。ちょっと待ってそんなこと出来るのかよ。待ってコワイ……」


「怖い?」


「凄すぎて怖い。おまっ……本当にそんなこと出来るのか?」


「私を疑うのか?」


「お前が最初に疑ったんだろ!」


「まあいい。人工衛星を上げればこの天体の隅から隅まで、わざわざ移動をせずとも観測することが出来る」


「ついにここまで来たのか。俺たちに人工衛星が扱えるまでに。お前本当にすごいよエグリゴリ。

もっと早く頼めばよかった。もっとも、こんなこと頼めるぐらいになるのにここまで時間がかかったわけだが……」


「私に任せておけ。お前たちには出来ないことは私がやる」


「お前に出来ないことも俺がやろう。あ、ところで今思い出したことがある」


「何故それを今思い出した?」


「エースが言ってたんだ。エースの大切な人であるその男は、俺の心臓をあげると。

俺はエグリゴリ、お前にあげられるような大層なものは何も持っていない。

心臓なんてあげてもな……と思ってたら、倉庫にある俺の死体が放置されていることを思い出した」


「私が殺したやつだな」


「そうだな。片付けてくる。リリスもいるし、俺のスペアなんてないほうがいいよ……縁起の悪い」


親父の言っていた死体の処理に関するプラントへ俺は足を運び、自分の死体を処理した。

酒も体中から抜けるような冷たい心持ちになった。自分の死体を処理してそうならない人間が果たしているだろうか?


当然、このような精神状態のときは愛する人のところへ行くのが人情というものだ。

もちろんリリスのことも愛してはいるが、夜な夜な女の子の一人部屋を訪ねるのは気が引けるというもの。

子供だし寝てるかもしれない。起こしたら悪い。そのような理由から、結局俺の部屋のエグリゴリの顔を見に行った。


奴はいつも通り何を考えているかわからないポーカーフェイスでベッドに座っている。

俺はそれに対し、無造作に距離を詰めて頭を両手でわしづかみにした。

よく出来た髪は一本一本にいたるまでよく手入れされている、まるで見られる職業の女性のそれのように滑らかだ。

エグリゴリは風呂になど入ることもないだろうに。と思うとこいつを作った統治機構の仕事の細やかさに感謝の一つもしたくなる。

その美しい人工的な髪を指に絡ませながら俺はほとんど無理やり顔を近づけてキスをした。


「さっきは何の感じもしないと言ってたが、もうそんなセリフは言わせないぞ」


「私の唇には、高性能な温度センサーが実装されている」


エグリゴリの答えを俺は、俺のキスに温かみを感じた、と解釈することにした。

これには俺も大いに満足し、ベッドに入ってすぐ寝た。

エグリゴリと付き合っていくには俺ぐらい強引でめでたい奴でないとやっていけないだろう。


でも実際、同じレベル8であるというエースがあれほどまでに人間らしいのだ。

人間より人間らしいと言っても過言ではない。

それならエグリゴリが本当はエース並みに感情豊かであるのにそれを恥ずかしがって隠しているのかもしれないと考えるのは、さほど希望的観測すぎるということもないと思う。

いつかエグリゴリが本心をさらけ出す光景が見られるかもしれないと思うとまだまだ俺は努力をしなければならないと身が引き締まる思いだった。


朝起きた俺はエグリゴリを叩き起こしてすぐさまこう言った。


「おい、お前がスフィアで作ったアレ、作るぞ」


「あれだと?」


「鉄道だ。ここに生活拠点を置き、線路を敷いてまた別の駅周辺にまた生活拠点を建設する。

それにより少しずつ俺たち移民者の住居を移動していく。それに、今後人口が増えたら街も複数必要だからな」


「それの建設が終わったらお前は数か月以上の旅に出るのか?」


「もしかして寂しいのか。悪いが人工衛星と鉄道敷設は同時進行でやるぞ。

別に時間はかかって構わない。俺は待ってる。仕事が一段落したら一旦下の階層へ戻って、さらなる移民者をこの惑星表面に募ることになるだろう」


「了解した。すぐに仕事に取り掛かる」


それからのエグリゴリの仕事は早かった。が、それに負けないくらいにこの惑星の環境も非常に厳しいものがあった。

線路を敷くことをベンツに相談しに、まずは観測所へ二人で向かった。

するとベンツは俺らを例の暖炉の前のソファに座らせ、その対面に自分も腰かけると、話を聞いてくれた。

そしてベンツは昼夜の気温の差が極めて激しいため、線路の敷設は難工事になるだろうということを指摘した。


「線路の敷設が難しいのか……確かに、熱膨張と金属疲労が心配だなぁ……」


「結露とサビもね。この星、意外と湿度はあるからとにかく夜露と朝の霜がひどいんだよね。

エグリゴリ君は今まで本当にご苦労だった。我々は君なしではここまで来られなかっただろう。

感謝している。君に何かいいアイデアはあるかね?」


「私は命じられたことをやるだけだ」


「言うと思ったよ。じゃあ地下鉄を通す、というのはどうだ博士?」


「地下鉄というのはつまり、その、地下に列車を走らせるということかね?」


「そういうことだ。地下を見たろう。支柱がたくさん並ぶ空間だった。

贅沢を言えば空気がないところの方が断熱性も高いし空気抵抗もないからいいんだが、まあいいだろう。

地下なら昼夜や季節を問わずおおむね気温は一定のはずだ」


「考えたねトーマ君。よし、それでいこう。それなら研究開発に時間を取られることはないはずだ」


「ああ。発明や研究も大事だが、工夫して今ある手札で乗り切ることも重要なことのはずだ。

というわけだからエグリゴリ、鉄道は地下。俺たちの船がアンカーをひっかけても耐えられたんだ。

地面が強度的に、鉄道敷設や運航に耐えられないということはないだろう」


「わかった。利用者のために密閉性の高い扉と階段、それに駅のホームなども作ってやればいいのだな?」


これを聞いたベンツはソファの後ろにひっくり返りそうなほど驚いていた。


「こ、これほどとは。トーマ君も魔性の男だねぇ。こんなにも彼女を変えてしまうなんて」


「そうかな。確かに人間によく気が付くというか、思いやりは感じられるようだが」


「いやいや、ものすごい変わりようだよ。女は結婚すると変わるというけどね。

そんな顔しないでくれエグリゴリくん。褒めているんだよ。君は素晴らしい、成長している」


「ではキリのよい数字で、百キロメートル先に次の駅を作る。昇降用の階段とホームもな。

それが完成したら人工衛星の開発に取り掛かる。それまではベンツ、お前が仕事をしろ」


「仕事を?」


「書いておいた。よく見ておけ」


エグリゴリは言うだけ言って観測所を出て行った。残されたエグリゴリのメモには様々なマニュアルが書き込んであった。

よくわからないが、この手順通りにすればロケットが出来るらしい。


「ロケットかぁ……しかし気になることが書いてあるねぇ」


「どれどれ?」


メモを覗き込んでみると末尾に追伸と書かれ、その先にこう書いてあった。


「重力は赤道付近が弱くなる。それは自転の遠心力が一番強い場所であるからだ。

可能な限り南下した場所でロケットを打ち上げるのが望ましいことである」


博士は上のように文章を読み上げた後俺に意見を求めてきた。


「こうは言ってるけど、南半球のことを知りたいから人工衛星打ち上げるって言ってるんだよね。

それなのに赤道付近まで南下しろとは、なんというか、本末転倒というか……」


「うむ。じゃあ俺、一度船が通ってきた地下の穴に行ってくる。

そこにエグリゴリがいるんだろうから、人工衛星のプランは後でいいと伝える」


「わかった。気を付けてね」


正直に言うと、この後重要なこともあるにはあったが、カットして問題ない話だろう。

俺が結婚式をしたり、エグリゴリが地下道で鉄道を建設している間に俺たちは船で北極へ行ってみたり。


だがそれらのどれも、大して収穫や意味のあることではなかった。

言うまでもなく俺の結婚式など大して意味はないからカットするとして、N極へ行ってみても大したものはなかった。


それでN極というのは、非常に大きな星間移民船らしきものの残骸があったことから、ここにこそ最初の人類が降り立ったのだということが一目瞭然であった。

しかしこれには大きな矛盾が存在する。エースはN極に元々いたと語っていたが、エースは壁や床を壊す術を持っていなかったらしい。


だからこの天体の中でもとりわけ深層部にあたるあの階層にいたことは変である。

N極とあの深層は極めて多くの壁に隔たれている。具体的にはそれを破って移動し続けるだけで表面に出るまで数か月かかったほどだ。


そして、エースはアリスという名前にとりわけ反応したことから、俺はN極を見てみたことで、エースに関する考察を一つしてみた。


思うに、KID Aとエースのうなじに書かれていたのはKID Aliceの略で、エースは元々アリスという名の人間だったのではないか?

元々N極にいたということは決して嘘でもなけりゃ本人の勘違いとかでもないと思う。

そう思うと居ても立ってもいられなくなって俺は一目散に船で例の座標に帰った。

地下鉄の始発駅にもなっているあの座標である。そしてその穴があった場所に帰り、船から降りて大穴のそばへ行ってみると……。


「なんじゃこりゃ!」


俺の目の前には黄色と黒のカンバンが四枚、穴を囲むように四角の形になるよう並べられていた。

Keep out!と書かれているカンバンを見て俺は思わず吹き出してしまった。


「ぷふっ。アイツ形から入るタイプなんだなぁ……」


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