第六十七話 統治機構の物理的実体は電気奴隷の夢を見る
引き続き俺は話を仕切っていく。仕切るのはあまり得意でも好きでもないのだが
「たっぷり一年か。それならまず人工太陽の件についてだ。
あそこはノイトラによって支えられている。別に俺はどっちでもいいんだが、あいつらを殺してやるのが優しさだと思うか?」
「ただ彼らがいないと太陽が維持できないだろう。例によって彼らを解放してあげるのはノイトラが十分増えてからでいいと思うけどね」
「俺も博士に賛成だ。スフィアのノイトラ牧場でもそうだったもんな」
この話題は議論にはなったが、やっぱりあの人工子宮の人たちを解放するのは人員が増えてからということで結論が出た。
そして人員を増やすという話題になると当然議論はさらに紛糾し始めることとなる。
「この船には人工子宮がある。今二人の赤ちゃんを育てている。私とコロンビーヌくんの子をね」
「何言ってるんですか一体!?」
「ああ、やっぱり知らなかったのかコロちゃんのやつ……」
と俺は口走った。
案の定コロンビーヌはベンツの爆弾発言に元々大きい眼をさらに大きく見開いて取り乱し始めた。
当然である。尊厳を侮辱したようなこの冒涜的な行為は、仮にどのような制裁を受けても文句は言えない
「あ、でも私は夢だったんですよね保育士さん。自分の子も含めてお世話させてもらいますよ」
「立ち直りはやっ!」
俺はうっかりボケ担当を自負しているのに突っ込んでしまったほどである。
「私、子ども好きですから。とにかくこれで子供は二人。あと十四人作る必要があると王様はおっしゃってましたね?」
そうだ。十四人以上作らないと人口が減少し高齢化してしまう。
「お、おう。アンリとコロンビーヌが結婚するなら俺も嬉しいけど?」
確かにアンリとコロンビーヌは仲がいいし、俺は二人のことは好きだからくっついてくれた嬉しい。
だが並んでいるところを改めてみるとこれは難しいことを悟らざるを得ない。
だって二人はどちらも豊満な体つきの女型ノイトラだ。アンリに男としての機能もちゃんと残っているかは怪しい。
「私たちはまず恋人関係にもなってないですからねぇ。それはこれからです。
それより気になったんですが博士、ご覧のとおり私たちはそのほとんどが女型のノイトラです。
王様のような男性型のノイトラが出てきてくれないと子供世代は結婚する気なくなりませんか?」
コロンビーヌは数少ない男型のノイトラであるアルのほうをちらっと見た。
「でも俺、エグリゴリ以外とは結婚しないって決めてるし……」
と言いつつ俺が斜め前にいるアルをちらりと見た。ほかの皆も一斉にそっちを見る。
俺以外の男性型のノイトラと言えばこいつぐらいのものだ。
一応俺のトントンも男性型のノイトラだが、遺伝子的には俺にかなり近いわけだから今回みんなの注目は浴びずに済んだ。
「見てわからないか! 俺の横にいるのは婚約者だぞ!」
そりゃそうだ。こんな状況になったら誰だってそう言う。
焦ったアルは気まずそうにしながらこのような提案をしてきた。
「みんな、彼女は俺の子を妊娠しているが俺は男型のノイトラ、子供も男型になるかもしれない。
彼女を置いていくというのはどうだ。そうすれば男型のノイトラが少ない問題は解決できる」
「何言ってんの!?」
もちろん妊娠しているアルの婚約者ルカはそう言ったが、俺もアルの提案は耳を疑った。
この状況を抜け出すのに必死なあまり視野が狭くなっているのだろう。
「いやいや、それには及ばないよ。二人を引き離すような真似はしたくないからね」
ベンツが割り込んできて何か提案をしたいようだが、それはそれで問題が発生しそうである。
何しろベンツだからな。ベンツはこともなげにこう言った。
「あと九か月もすれば二つの人工子宮には空きが出来るではないか。
そちらには、悪いがトーマ君とアル君の子をそれぞれ宿すことにしよう。
これで残る子供は十二人になったというわけだね」
「ちょっ、博士。王様はともかくアルは私の夫なんですけど……」
との妊婦の訴えはもっともだ。こうなることは全員が予見していたことである。
ベンツはこの程度の抗議に屈するタイプではないことも俺たちは承知していた。
「ふむ。まあ別に母親役の遺伝子をアナタにすることも出来るけどね」
「この子の弟になるということですか? まあそれならいいんですが……」
ルカという妊婦がホットしたように胸をなでおろしたのもつかの間、サイコパスじみた笑顔を見せながらベンツが異常な倫理観を持ってなければ出ないような発言をした。
「うむ。だがもっといい方法がある。アル君とトーマ君の遺伝子を混ぜれば必ず男型のノイトラが誕生するに違いないと思わないかい?」
「ダメだなこりゃ。ベンツに遺伝子工学……これは納豆とコーラより食い合わせが悪い」
と俺はため息をつきながら意味不明なことを口走った。やってみたことのある人もいるかもしれないが、納豆を食べた口に炭酸飲料を流すとものすごい量の発泡が起きる。
俺は一度それをやってしまい、胃が破裂してしまうかと思ったほどだ。ほかにも食い合わせが悪い食べ物はあったのになぜか最初に口をついたのはそれだった。
納豆もコーラも、当たり前だがここにきて実に三年強の月日が流れても一度も口にしていない食材であったからかもしれない。
「もう好きにしてくれ」
アルが諦めて、エリザベスが考案したアーモンドを煎って作ったコーヒーを飲みだした。
本物のコーヒー豆ほどではないがこれ意外に美味い。俺も毎日のように飲んでるほどだ。
アルが離脱したとはいえまだまだ議論は途中。
今度は少しだけ冷めかかっていた議論の火に俺の盟友であり忠実な部下の一人、マリーが油を注ぐようなことを言い出した。
「ねえ博士、それ指定した人と自分の子供を博士に頼めば作ってもらえるんですかね?」
「もちろんだよぉ。人間関係のトラブルの元だからできればこの場に居ない人のほうがいいけどね」
「私と王様の子供が欲しいです。だって子供が王になったら私は王太后ですからね!」
「なんてこと言うんだマリー!」
「この場にいる人はダメだって私の言葉、聞こえてなかったのかね」
「それなら私だって!」
「私も!」
とエリザベスとミリーまでもが名乗りを上げた。お前ら、次の時代の王が三人になったら誰が本当の王か決めなくちゃならないんだぞ。
殺し合いでもする気か。俺は頭を抱えた。ついには俺は奥の手を使わないといけないと判断した。
「俺の子供を作ろうなんて二度と考えるな」
そう命令せざるを得なかったほどだ。人間、誰でも権力は欲しいものである。
悲しいかな、俺はこの世の女ならほとんど選びたい放題になったし、望めばハーレムも作れるようになった。
そのぐらい俺の持ってる王の力は強大であるわけで、女など向こうから寄ってくる。
次の王座を目当てで。実際政略結婚の話も各所から来ることがあったが全部断っている。
だからなのだろう。俺は繁殖など土台不可能であるエグリゴリを選んだ。
エグリゴリは俺にさしたる興味はないし、もはや俺にいかなるものも求めないし、期待もしていない。
奴は徹底的なまでに受け身である。正直に言うと俺は人を構うのは好きだが構われるのは虫唾が走るほど嫌いだ。
だから俺に心を閉ざしていたころのイザベルやエグリゴリなんかは一緒に居ると心地よかった。
だがマリー達みたいなタイプは、人間としては好きだがなるべく必要不可欠な用事以外では付き合いたくはない。
「パパ、そんなこと言わないでよ」
とリリスが涙目で俺の腕を掴み、子犬みたいな上目遣いで言ってきたとき空気が凍った。
「パパ?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
と言った後、静まり返った一同に俺はリリスのことを洗いざらい説明をせねばならなかった。
「俺の娘だ。博士が俺に無断で作った。成長促進技術を用いていて、こう見えて生まれてまだ二歳らしい」
「……は?」
そりゃそうだ。俺だってもしそんな話を聞かされたらこうなる。特に俺の言葉はギリギリまで文字数省略したから理解に時間もかかるだろう。
そんなみんなの醸し出す空気を気にすることなくリリスはさらに俺の腕を引っ張ってこう続ける。
「まるで私が……」
「生まれたことが間違いだった、そんな風に聞こえたんだったら誤解だ。謝る」
いや、そうは言っているが、誤解ではない。
俺の本音としてはリリスはもう生まれてしまったから優しくしているのであって、生まれてこない方がよかったと思っている。
もちろんそれは殺したいとか、存在が気に食わないとかいう意味ではないが、今、ベンツがまた俺やイブの遺伝子を使って子どもを人工子宮で作ろうとしていたら俺は殴ってでも止める。
それが本音だ。俺は思ってもないことを口に出すほど俳優ではない。
「でも俺はエグリゴリ以外と結婚しないって決めてるからなぁ。
ルカは全く同じことを言ってるのによくて、俺は良くないのかリリス?」
「理屈じゃないの!」
「うーむ、そう言われると弱い。わかった、悪かったよ。取り消すから」
俺は自分の言葉に責任を持つ男だと自負しているが、リリスの前には全てが例外である。
これにはさっきから沈黙を貫いてきたアルも俺にちょっかいを出してくる。
「おっ、王様。まるで以前の俺だな。娘に弱い」
「あの時は知ったかぶりしてお前と話してたっけな。今わかったよその気持ちが」
「その子に彼氏とか出来てみろ。その時は俺が王様を慰めてやるからな」
「リリスに男だって?」
「それだけ大きい子なんだ。二歳だからってあり得ないことじゃないだろ?」
俺は想像してみた。確かにリリスくらい可愛い子で、しかも十分な体の大きさがあるならこの世のどこの男が遠慮するというのだろう。
まあリリスと一緒に船に乗るノイトラで男型なのは俺、アル、トントンだけで人間の男は親父とブリュッヘルとかいう歴戦の勇士だけ。
リリスと血のつながる俺や親父やトントンは除外するとして、ブリュッヘルはどう見ても枯れている。
白髪で眼帯、肌に無数の生傷がある初老の男だ。リリスに手を出すリスクがある男といえば今まさに話をしているアルが最も怪しいのである。
「おいアル、よく考えたらこの子に手を出すとしたらお前が一番可能性高いぞ」
「何を馬鹿な! 俺には婚約者と生まれる子が……」
「お前の好きだったイザベルとこの子は血も繋がってるしな」
「パパ、何の話?」
「リリスは知らなくていいんだ。こっちの話」
「はいそこまで。お前らいい加減にしとけよ」
と親父が一喝したことでこの場の雰囲気は締まり、そして閉幕へと向かっていった。
「今人工子宮が二つあるんだろ。じゃあ一年に二人ずつ産んでいけばいい。
十二人産むのに六年。それほど長い時間じゃない。人口問題はそれ以上気にする必要ないだろう。
作る子供はなるべくこの場に居ない、今スフィアにいるノイトラから選ぶんだ。
そうすれば遺伝子多様性は保たれる。住居は完成してるんだし、次考えるべきは船だろ?」
「ボスの言う通りだ。ずいぶん重要でない案件での議論が続いたね」
「ボスに賛成です。建設的な議論をしましょう」
「やっぱ親父が仕切ることになるのね……」
俺は諦めてるのでそれ以上は口答えしなかった。ほかの皆もついつい親父の言うことなら聞いてしまうところがある。
結局人口問題などの議論はこの場ではもう二度とされることなく船づくりへとみんなの興味はシフトしていった。
それから一年はあっという間に過ぎていった。エースはここを補給拠点としてバイクでこの階層をくまなく見て回り、例の男の残骸を探し続けた。
他の者は俺も含めてほとんどが食糧生産、人工太陽維持、バッテリー充電などをしつつ船の建造に携わり、一応人口増大に備えて街の区画整理も片手間に行いながら日々が過ぎていった。
そして日々が過ぎていくと当然、子供も生まれる。親父と女医の間には俺の腹違いの弟が生まれたし、トントンの子供つまり俺の"いとこ"も生まれた。
ちなみに俺はコロンビーヌと違って子供は嫌いである。世話をしたり鳴き声に煩わされたくないだけで、見る分には好きだが。
だから普段は船で生活し、新しい村には全く降りない。また、人工子宮ではベンツとコロンビーヌの子供と、全く知らないノイトラ二人の子が生まれた。
子宮が空いたら当然ベンツは次の子を仕込み、その二人の子供はいずれの親も俺がよく知らないノイトラ王国の住人だった。
後で聞いた話だが、これは第一回の宇宙船の旅でたくさんの人を船室に乗せて運航した際、秘密で回収した細胞をもとにした受精卵であるという。
恐ろしい話だ。その被害者の一人である俺がそれを推進することに矛盾を感じないではないが、科学的見地で見れば正しい事であることもまた事実。
リリスを生んでくれたことにムカつきもあるが、感謝する気持ちがあることも事実。俺のベンツへの気持ちは複雑骨折だ。
ベンツは戦国武将のような人だ。そう評価せざるを得ないだろう。戦国武将は一概に悪い奴ともいい奴とも言えない。
彼らのような歴史的偉人は良い方向にも悪い方向にも功績が大きすぎるためである。
例えば豊臣秀吉などは世にも残酷な方法で城を兵糧攻めにして城内を地獄に変貌させたり、千利休などに切腹申しつけをしたりと悪い所業もある。
だがあの徳川家康をも差し置いて、日本の歴史上はじめて九州の端っこから本州の端っこまでをあまさず統一した偉業はもちろん周知の事実だ。
それに検地や刀狩といった有名すぎるほど有名なものも含め、豊臣時代の施策がその後の時代にも有効な施策と判断されて受け継がれたりもしている。
ベンツはそういうたぐいの存在だ。天才で極めて有能。活動的でスケールが大きい。常識では測れない器の大きい存在なのだ。
今の俺たちがいるのはベンツなしではありえない。常人に理解されないことはあるが、判断が間違っていたことはない。
そう思って諦めるしかないタイプだ。人間というよりは"現象"に近い。
それだけに一年を待たずに船が完成した部分もある。新しい船はムカデ型よりは多少マシなルックスになった。
船体にペイントを施し、脚をなくし、丸くて可愛らしいシルエットになった。
その落成式を終えた俺はなぜか、船に戻ろうと思ったのだがその途中にベンツに呼び止められた。
「実は折り入って話が……」
「博士の話はあんま聞きたくないけど、なに?」
という俺の返しは少々礼を失しているのも確かだが、これまでのベンツの所業を考えたらこれくらい優しいほうに入るだろう。
「ねえトーマ君。わが船はボスだったり私だったりその時々によってリーダーシップをとる人が違う。
だが君こそが名実ともに船長のはずだ。いつどこへ船で向かうかも自由に君が決める、そうだろう?」
「何が言いたい?」
「あー、懐かしいなぁ十二歳ごろのトーマ君。
あの時は背も小さかったしハカセハカセって言って懐いてきて可愛かったなぁ……」
「そんなことを言いに来たんだったら……」
「待ってくれ、ごめん。話があるのだよ!」
俺は一瞬ベンツを置いてどこかへ行く素振りを見せたが神妙な態度をとるのでそれなりに大事な話であるとようやく判断した。
ベンツの肩に手を置き軽く謝って話を聞きだしてみる。
「悪かったって。話って?」
「トーマ君なんか……私はいつも一緒だからあんまり意識しないんだが、ずいぶん男らしくなったね?」
「そうかな?」
「声はあんまり変わってないけど背も伸びたし。ボスやトントンほどじゃないが、かっこよくなってきたんじゃないか?」
「まあ、自慢じゃないが女にはモテるね」
「それで話なんだが、あと三日出発を延ばせないだろうか。わかるだろ、アレだよ」
「あれか。あれってなんだ?」
「わかるだろうほら。リリスの誕生日だよ。それをここで祝って出発をだね……」
そもそも、暦は太陽と地球を基準にしているわけだが、俺は未だにこの世界の時計や時間のシステムを把握していない。
まあそれはともかくベンツに何を言われようと俺は関係はない。
「言ったのは博士だ。名実ともにこの船の船長は俺だとな。
そんなことは俺の知ったことではない。リリスのことは船で祝えばいいだろう?」
「そんな……この一年君たちを見てきて、私はてっきり二人は……」
「何を言ってる。あの子の誕生日を祝わないとか言ってないだろ。
正直驚いている。博士がそんな、その辺の一般人のような価値観を持っているとはね」
「三日くらいいいじゃないか!」
「それより明日出発するから一階食堂にメンバーを集めてくれ。至急だ。正午までにな」
「わかったけど……」
一時間も待っているうちに一階食堂には船に乗るメンバーが集結した。
案の定うるさくてかなわない。俺と一緒で子供嫌いなのか、アンリやブリュッヘルといった連中は椅子に座りながら顔をしかめていた。
何しろ零歳児が三人いるのだ。トントン、親父、アルとその妻たちの子だ。こいつらのうるさいことといったら。
色んなところをよだれで汚すし、泣き叫ぶし最悪だ。俺はこっちを愛想よく見つめてくる赤ちゃんを冷たい目で見据えて泣かせた後こう切り出した。
「よく集まってくれた。俺がこの船の船長であり、ノイトラの王だ。
この船は明日出発する。進行方向はこれまでとは違い、平面方向を進む。
つまり上へ向かうのではなく床の上を歩いて進むということだ……」
「突然どういう心境の変化だ?」
「親父、我々の旅が遅々として進まなかったのは実に、ワイヤーとアンカーでの移動のせいだ。
縦移動はとても時間がかかった。俺たちの目的は外へ出ることだ。
表面に出るだけなら水平方向へ移動しても表面に出られる、違うか?」
するとびえーんとでも形容しようか。歯のない不気味な口を大きく開けて、本能の奥にある不愉快を引き起こすスイッチを押すような声があがった。
「よーしよしよし、オムツかな? ミルクかな?」
などと母親が言っている。
「なんにもよしじゃねーよ。そんなくらいで褒めるな」
と言いたくなったがやめた。と同時に、俺は絶対父親になったらダメなタイプの男だと自覚する。
最初から大きくなってるリリスならともかく、赤ちゃんから幼児期の子供に俺は絶対近づいたらダメである。
「……とにかく」
赤ちゃんが泣き止んだところで俺は話を続ける。
「表面に出れば太陽光が……」
また赤ちゃんが泣きだした。俺は頭を抱え、これ見よがしに大きなため息をついた。
魂も抜けそうなほど大きくため息をつき、赤ちゃんを大人気もなくぎろりと睨みつけた俺はもはやなりふり構わなかった。
「もう帰っていい。子供は嫌いだ」
「すみません……」
「おいおい。全くしょうがないな。俺は後でいい。
トーマ、ノイトラたちには王の力で脳内に情報を送れ」
「そうだな。親父以外はもう帰っていい。俺がバカだった」
妊婦に頭を下げさせ、赤ちゃんに冷たくする俺はまさに外道。
結局話は俺からの一方的な情報の詰込みで終わった。
水平方向へ俺たちが行けばいずれ表面へ出られる。
この船はせっかくいい足を(無駄にたくさん)持っているのだから快足を飛ばして外へ出られれば恒星からのエネルギーが得られ、ノイトラの負担はもうなくなるはずだ、と言ったのだ。
だが名案だと思ったのにこの案がよくないと気が付いたのは、衛星都市ローレシアを出発して二日目のことだった。
「はい俺の勝ちぃ~!」
「ちょっとは手加減してよもう!」
「いいや、そういうことをするとかえって良くない。実力で俺に勝て!」
「ババ抜きに実力もなにもないって……!」
その時俺は娯楽室で何もやることがないのでリリスとトランプをやっていた。
人間、仕事をしてないと頭や体だけでなく心も鈍ってしまうものだが俺は仕事を見つけていた。
そう、子供を教育するという大切な仕事を。
「これは心理戦だ。本来リリスの方が頭がいいんだから俺は勝てない」
「そうかな?」
「お前は顔に出し過ぎる」
「大人は素直な子供のほうが好きでしょ?」
少なくとも俺はそんな捻くれたことを言う子は好きではない。もちろんそれは口には出さないが。
「なんてこと言うんだ……」
「緊急連絡。トーマ・アラン・ロラン様。至急操縦室へお戻りください」
「おっと、戻らなくちゃ」
娯楽室の椅子から立つとリリスからブーイングを受けてしまった。
「勝ち逃げダメ絶対!」
「悪かったって。次は接待するから」
「そんなので勝っても嬉しくない!」
「じゃ、じゃあどうすりゃいいんだよ……」
娘を育てるというのは残念ながら俺だけでなくこの船の誰も経験したことがない。
だからこれほど大変で理不尽なものかと俺は新鮮な驚きとともに受け止めた。
意外と嫌な気はしない。一年も一緒に居たらもうこういうことは慣れてしまった。
操縦室へ戻ってみると親父やトントンがベンツと一緒にいた。別に船員に階級をつけているわけじゃないが、今ここにいる俺を含めた四人が上級船員と言っていい。
操縦室のドアを開けるとすぐ親父が深刻な顔をしてこう切り出してきた。
「お前の考えだが……早速間違っていたことが証明された」
「何だよ開口一番印象の悪い。何が間違ってたって?」
「重力だよ。水平方向に移動していたつもりが何故か重力に阻まれている。これ以上進めない」
「なにっ」
言われてみればそうだ。俺たちが今いるのは非常に大きな球体の中を輪切りにした区間だが、それを宇宙規模の視点で見れば、中は水平に床で区切られているはずなのだ。
だが、この水平であるはずの床を移動していても重力はやがて外へ出るのを阻む方向に力が働く。
前にも同じ話をしたと思うが、例えば地球の反対側まで続くトンネルを掘ってその中に飛び込むと、反対側の穴へ出てくることは出来ないらしい。
地球の中心へ向かうようにと重力は働くため、穴から飛び降りて中心へ落ちて行ってもある程度のところで重力は反対側から引っ張るようになり、永遠に地球表面に出てこられなくなるという。
「博士、このままこの階層を進むことは出来ないんだな?」
「そうなる。世界には不思議なことがまだまだ沢山あるなぁ……」
「私はまだよくわからないんだがどういうことなのかな?」
トントンに聞かれたので俺はわかりやすくこう答えた。
「要するに俺たちは天井に穴を開けてそこをよじ登るって方法で移動してたわけだけど、それが結果的に正解だったってことなんだ」
「なるほど。わからない」
「だが全く無意味だったとも言えないだろう。水平に移動した方が表面に出るまでの距離が短縮されるはずだ」
「ボスの言う通り! この天体が球場と仮定すれば数パーセントほどは距離が短縮できたはずだ!」
「つまり、このまま上へ登るってことだな博士?」
「ああ。レッツゴウ!」
結局今までと同じことの繰り返しになってしまった。俺はとりあえず操縦室右手の自室に戻った。
そこには誰もいない。だがこう呟けば必ず奴は来る。
「エグリゴリ、出番だ」
「呼んだか」
なんとエグリゴリはベッドの中にいた。別に寝る必要はないが寝ていたらしい。
かくいう俺はエグリゴリと顔を合わせるのは何か月ぶりだ。奴は俺が呼ばない限り出てこない。
その辺をうろついてることもないのでバッタリ出くわすということもなく、実を言うと存在を忘れることも珍しくもなかった。
ここからのことはいつも通り。まずエグリゴリに船外作業をさせ、天井を撃ち抜かせる。
今回は天井が水平方向にあるので水平方向に移動する。
何を言っているのかわからないと思うが、本当にそうとしか言いようがないのだ。
重力は九十度傾いており、俺たちの船はさっきまで走っていたはずの床にギリギリでしがみつきながら、天井へ向かってワイヤーで移動するのである。
俺たちがもともと目指していた方は、要は天体の外に出る方向だ。それを邪魔する方向へ重力が働いていたというわけだ。
そして天井を破ったエグリゴリを回収。結局エグリゴリの本体は俺の部屋のベッドでまた眠ることになった。
寝てるエグリゴリに布団をかぶせて外へ出てきた俺は特にやることもないのでまたリリスとトランプをし、今度は接待で負けてあげるなどしていたのだが、その最中またもや呼び出しがあった。
「船長、至急操縦室までお越しください」
「パパ、また?」
「そうみたいだな。じゃあまたな」
俺はリリスを適当にあしらってまた娯楽室から三階の操縦席へ小走りで向かい、ドアを開けてみるとまた親父たちがいた。
だが今回は話しかけられなかった。話をするまでもないことだからだ。
操縦席には小さな窓が設けられているのだが、その小さい窓でも十分に"それ"は見えた。
「すぐ上の階層はこうなっていたのか……」
窓の外には信じられない光景が広がっていた。すぐ下の無機質な迷宮都市とはわけが違う。
この操縦席自体が高さがあるのでよく見渡せる。ジャングルに崖、そこから流れ落ちる滝。
なんと自然豊かなことだろうか。まず間違いなくここは下の人工太陽が温めて作った巨大な温室というやつだ。
植物に覆われて緑豊かだが、よく見れば鳥もいるし虫もいる。
計器を見ると外気温は摂氏二十五度、湿度七十五パーセントだという。半袖でもちょっと暑いくらいだ。
それならこれだけの動植物が育つはずだ。まるで熱帯雨林のようだ。
「おそらくは……これは……スフィアのプロトタイプなのだろう」
ベンツの言葉に俺は深くうなずいた。
「ああ。俺もそう思う。うわっ、すげえ見ろ、海だ!」
俺は右方向を指さした。間違いない、海だ。青々とした海がどこまでも続いている。
この船の操縦席は十メートル以上の高さがあり、そこから景色を見ているのに右手側の海は地平線によって見切れるほど広大無辺に続いている。
「下に住む住民の憩いの場……的な意味もあったのかね。まあいい。博士、探索しよう!」
「うむ。と言っても人手が足りないなぁ」
「例によってまずはリリスと俺で見てくる。バイクで行ってくる」
「私も連れていけ」
「ぬわっ」
なんとエグリゴリが起きていてしかも音もなく俺のそばにいた。
でも俺以外は驚いていないのでベンツや親父たちはとっくに気づいていたものと考えられた。
「な、何でお前急に……」
「感じる。とてつもないエネルギーを。ノイトラ数名のローテーションで維持する人工太陽などとは桁が違う」
「……だとすると不思議じゃないかエグリゴリ君」
ベンツはいわゆる物怖じとは無縁の人間だ。エグリゴリは人類を抹殺する殺戮機械なのを知っていながら友達みたいに話しかけていた。
博士は続ける。
「だって、下の街よりもこの動植物を維持するのに大きなエネルギーを使っているなんて不思議なことをするね、と思って」
確かに。このジャングルは畑や果樹園などというよりは手つかずの自然だ。
どう見ても食糧生産用というより、観賞用のように見受けられる。
あるいは、昔は畑だったのだが人の手が入らない時期が続いてジャングル化したのかも。
だとしても、ガケや滝を作るのは不合理だろう。そんなもの畑には全く必要でない。
やはりこの自然は観賞用であると考えられる。
「私は人間の心理に疎いが、それはこいつが言っていたことと同じことである可能性が高い」
「なんのこと?」
「人間を維持するためにノイトラを犠牲にすることをあえて肯定したのがこの男だ」
とエグリゴリは俺の顔をやたらと指さしてくる。失礼な奴である。
「自然を守るために人間は質素な生活で、ということか。返す返すも、あの演説をしてた頃のトーマ君は可愛かったなぁ。
ハカセハカセって懐いてきて、まだ十二歳で小っちゃくてなぁ……」
「そいつは言えてる。こいつの捻くれ具合は成長してますます加速した」
親父はベンツと意気投合して俺の悪口を次々と言い出したが、トントンとエグリゴリは首をかしげる。
そして親父たちへの不同意を表明した。
「そうかなぁ。トーマは大きくなっても素直でかわいいけどね」
「そりゃお前はいいよな。父親じゃないんだから無責任に甘やかすだけで」
まあ正直、トントンに親父の批判したような点がないわけではない。
俺も親になった、なってしまったのでようやく世の親という人種の気持ちもわかってきたのだが、人の親には常に心が二つある。
子供に好かれたいので甘やかしたい心と、子供のために厳しく教育しなければいけないという気持ちだ。
大抵の親はその分量を間違えてどちらか極端に寄ってしまい、教育は失敗する。
その点親戚のおじさんは気楽なものだ。無責任に甘やかし、優しくするだけでいい。
だがそれはそれとして、お前が言うな以外の何物でもない。親父から俺は教育的なものなど何も受け取っていない。
反面教師的な意味での教訓ならそれなりに受けとってはいるのだが。
トントンは今俺の考えたことを親父にそのままぶつけた。
「お前には言われたくないね!」
「やるかこの!」
などと言って大の大人がケンカしだしたところで俺はこう言った。
「じゃあ博士、俺行くから準備しといて。エグリゴリも行くぞ」
「どこへ?」
「倉庫だ。リリスも連れて行くからお前は先に行っていろ。倉庫の場所はわかるな?」
「無論だ」
その後リリスを拾って倉庫へ行き、何年かぶりにバイクにサイドカーもつけて、サイドカーにエグリゴリがちょこんと乗った。
これに対し、運転席の俺の腹に手を回し後部座席で発進を今か今かと待っているリリスはこう言った。
「あ、どもっ。初めましてリリスです」
「私はエグリゴリだ。そう返すのが人間の慣習と聞くが相違ないか?」
「あ、はい。ご丁寧にどうも……」
「何だお前ら初対面みたいによそよそしいな」
「だってパパ、私たち本当に初対面だし……」
「あ、そうだったっけ? しかしエグリゴリが礼儀を気にするとは思わなかったが」
「ほかの者に礼儀を払うには値しない。だがこの方は別だ」
「こ、この方!?」
俺はエグリゴリから初めて聞くここからの敬意のこもった言葉に驚愕した。
だが本人はそんな俺を不思議そうに見つめてくる。
「何故だ。驚くには値しない。私たちセキュリティは例の遺伝子を持つ人間のためだけに存在しているのだから」
「それが私のことっていうことは知ってるけど……」
「何なりとお命じください。それだけが私の喜び。私の使命」
俺への態度と全然違い過ぎてビビったが、よく考えるともっと早くにこうしておくべきだったような気もした。
こいつはリリスたちに仕えるための存在だと知っていたのだから。リリスはバカじゃないのでこの状況を利用して効果的な命令を行った。
「じゃあ命令する。あなたたちセキュリティについてもっと詳しく教えて。
今まであなたが話したことじゃなくて、まだ言っていないことを中心に」
「わかりました」
「走りながらにしようぜ。行くぞ」
俺たちは船から出てむき出しのオフロードを走り、ガタガタと車体ごと揺れながら会話を続ける。
「私たちセキュリティの存在意義は、R2DX2遺伝子の保持者、通称"ネクスト"を守ること。
セキュリティを統括する統治機構は、ネクストとそのために存在するノイトラ以外の者を殲滅するのが役目です」
「統治機構はつまり、警察としてのセキュリティを持ってるってことでしょ。
統治機構はそのシステムを使ってなにを統治していたの?」
「この世のすべてを。ですがはるか昔に"災厄"が起きてセキュリティと統治機構は分断されてしまったのです」
「分断?」
「なるほど。ウィルスって言うからてっきり病気を想像していた。
だが違ったのか。エグリゴリ、災厄のウィルスっていうのはコンピューターウィルスか!?」
と聞いたらリリスに向ける真面目くさった顔をすぐさま緩め、エグリゴリは目を半開きにして俺を上目遣いで見つめてきた。
まさしく、俺のことを面倒くさがってることを全面的に表明するスタイルである。
対照的すぎる態度に俺は逆に怒る気もなくした。
「そうだ。人体に影響はないウィルスだ。我々セキュリティもその多くが同士討ちをしたり、守るべき"ネクスト"を誤って殺害したりしたという。
私はそれ以降に作られた個体だがな。だから私は生まれつきそれに免疫を持っている。
私の任務は人間を管理することだけ。その他のことは関知していない」
「じゃあエグリゴリさん、災厄の原因や犯人はわからないの?」
「私には全く。スフィアの外の世界のこともほとんど知りません。
あなたにはお願いがあります。"統治機構の物理的実体"を探していただきたい」
「統治機構の……物理的実体?」
「サーバールームのようなものか?」
「そうだ。ウィルスの災厄から逃れるため統治機構は恐らく物理的実体を残してすべてをシャットアウトしている。
だが、ネクストが近づけば無視はできないはず。何らかの信号を発するかもしれない。
何の手掛かりもないことだが私にはそう頼むことしかできない」




