第六十三話 非日常的日常 その三
この日から一年間のことは非常にざっくりとだけ話そう。
まず、船に枝肉などが運び込まれていたが、これは一年後も備蓄するわけではまさかないだろうから、時折船内で焼き肉パーティーを催してこれを消費した。
もちろんパーティーにはノイトラ、人間を問わず無作為に人を選んで連れてきた。
そんなことをしながらベンツの回復を待ち、一か月しないうちにはもうベンツ主導で新たな仕事が始まっていた。
そう、宇宙船の大改修と船外作業を行えるバッテリー付き宇宙服の作成だ。
これがあれば何か不測の事態が起きても船を直したり改造することが出来る。
そのためには真空や低温環境を作れる実験室から作らなければならず時間はかかったが、幸い研究費用を我が国は無限に出すことが出来るので研究自体は滞りなく進んだ。
研究のかたわら大改修も始まり、居住区を半分くらいにし、その分を種類豊富な食糧生産プラントにあてることで船内での退屈を少しでも軽くした。
実際の宇宙船でもやはりネックになるのは船内の不和と退屈だ。俺は閉鎖環境には頑迷なほどの耐性を持っている。
孤独や退屈にはかなり強いほうだと自負している。まあ孤独に関してはわが船では心配要らず、むしろ一人になれる場所が必要なぐらいだが、問題は退屈のほうだ。
世の中には、どういうわけなのかは知らないが外に出て遊ぶことが好きで、それが出来ないとストレスを抱えるという極めて理解に苦しむ人種がいる。
それを俺は感染症が広がって家から出られない日々が続いたころに知ってカルチャーショックを受けたものだ。
彼らと俺とでは様々な言葉の定義や概念が違い、むしろ外国人よりもコミュニケーションをとる上で難しいものがある。
例えば"休む"ということは俺にとって寝るということだが、そういう人種は"休む"と言えば外に出て遊ぶということなのだ。
そういう人間は船の中には耐えられない。かといって運動場を作るほどスペースはない。
そこで俺がベンツに、どうしても作ってほしいと懇願したのが日焼けサロンの設置である。
俺も詳しくは知らないのだが、太陽光には強い可視光線や紫外線が含まれており、浴びすぎると有害だが適量を浴びると骨軟化を防いだり脳内に快楽物質を出したりする。
これを模倣した日サロを作ってほしいと俺が懇願してきたときのベンツのあまりにも意外そうな困惑した表情は、一年経ってもまだしばしば思い返されるほど記憶に深く刻まれている。
別に俺も好き好んではいかないが、健康のために多少は通ってもいいかなとは思っている。
日サロ建設は、技術的には問題なくできた。その後の俺はと言うといつも通りの業務の合間にベンツから船の操縦や船外作業のマニュアルを渡されて訓練にあたった。
こうして日々は過ぎていき、一年後。以前とはとはずいぶん様変わりした格納庫の船の前には今回乗り込む船員たちが続々と集まった。
エグリゴリは後で来るのでいいとして、俺はベンツと一緒に最も早くから格納庫でみんなを待っていた。
三人目にエリザベスが来て、マリーとミリーといった仲良くしているノイトラがやってきた。
彼らと談笑していた時だった。俺は格納庫に入ってくる二人組を発見した。一人はアルで、もう一人は知らないノイトラだった。
「アルも来たか。その人は?」
俺がぶしつけにアルの隣の彼女を指さすとアルは彼女を紹介した。
「この人はルカと言って俺の婚約者だ。博士からは家族や恋人は乗せていいと言われてるが……?」
「何だお前。結局身を固めたのか」
「何だお前とはなんだよ王様。俺も二十二だぜ。別に結婚したっていいだろ」
「この度はよろしくお願いします王様。覚えてませんか。私、王様と同じゲットーで育ったんですけど……」
「いや、実は顔を見たことがある気がしてたが……確か俺がアルと初めて会った日に会わなかったか?」
「そうです!」
三年前彼女に俺は会ったことがある。その時は十五から十七歳ぐらいだったはずだから、今はまあだいたい十八から二十歳ぐらいのノイトラである。
お腹が明らかに大きいので妊娠しているということがわかった。
そういえば前回、アルがイザベルと一騒動起こしていたのだが、その途中に俺はその場を抜け出していたので話を聞いていなかった。
だがどうやら十歳も年下のイザベルに執着していたあの気持ち悪いアルはもういないようだ。
あの時何か大いに実のある話をして吹っ切れたのだろう。知らないけど。
「おめでとうございますと言っておこうかな。出産のときは俺の親父に任せるといい」
「はい」
「そういえばボスも女性を連れてくるそうだよ」
「やめてくれよ……」
これ以上異母兄弟はゴメンだ。と思っていたら親父と一緒にトントンも現れた。
そして案の定二人は妻帯しており、実際には四人である。
いや、下手したら六人以上かもしれないな。アルとルカの例もあるからな。
俺は親父たちとマメに連絡とかはとっていない。というか、実際のところ忙しくてほとんど誰とも連絡を取っていない。
親しい仲間のノイトラたちでさえたまに船外作業研修で会うくらいだ。だから親父の再婚も全く初耳である。
もちろんトントンの結婚式には出たし、奥さんの顔と名前も知っているが親父の方は全然知らない。
「親父、その人は?」
「彼女は女医だ。必ず役に立ってくれるだろう」
「そうじゃなくて、恋人とか、奥さんなのか聞いてんだ。
アンタは忘れてるかもしれないけど俺、一応アンタの息子なんだけど」
親父は一瞬苦笑いした後、横の女性の肩を抱いてこういった。
「いちいち言い方にトゲがある奴だな。ベンツがぜひパートナーと一緒にって言うから連れてきたんだよ」
「ノイトラか?」
「ノイトラ初の医者だ。すごいだろ。だいたい、女を連れて来いと言われたらこの船に入りきらないだろ?」
「何言ってんだテメー?」
だいたい、そんなことしたら船の中が親父の子孫だらけになる。
俺やアンリの子孫もそのうちの一人になるわけだから、遺伝的多様性が失われてしまう。
「それに船の中が血の海になるしな。一人だけ選ばなきゃいけないわけだ。
だから、彼女は俺の女の中じゃ一番頭がいいから連れてきた」
「とかほざいてるけど、アンタはそれでいいわけ?」
と俺は不審そうに親父の隣のノイトラの女医とかいう奴に言ったところ、彼女は笑顔でこう答えた。
「まだまだ王様はウブなんですね。女心がわかってません」
「そうだそうだ」
「何でそこでエースが乗ってくるんだよ」
「教えてあげる。ごにょごにょ……」
エースが耳打ちしてこっそり解説してくれたところよると、この親父の彼女はこう考えているという。
親父はたくさんの女がいる。自分がその一番であると言ってくれているのが嬉しい。
浮気をされているのは気に入らないが、上記の喜びはそれに勝るし、第一船の中に一度入れば降りるまで浮気はあり得ないじゃないか、と。
理解はするが、納得も共感もできない感覚であると俺は思った。
もし俺だったら百人の男がいるモテモテな女に、自分の男たちの中で、俺が一番の男だと言われたとしても別に嬉しくはない。
「出たよエースの知ったかぶりが。女でもないくせに女心を解説すんなよな」
「はぁ、だからあなたは王様なのにモテないのよ」
「放っておけ。あ、またカップルが来た」
格納庫のドアが開いてアンリとコロンビーヌが二人連れ立ってやってきた。
俺はみんなの輪の中に入ってきた二人を疑惑の目線で冷たく見据えながら、遠慮がちに切り出した。
「あのさ、二人とも。まさか二人はデキてるとかないよな。俺に内緒で」
「何を言っているんですかトーマ様。別にデキていようがデキていまいが、船内の人口バランスが崩れそうなら子供作るでしょう?」
「ノイトラが減ったら船は動きませんからね。私たちはなんでもありませんけど」
「それならいいが……博士、一般応募はかけたのか?」
「一般にはかけてないね。個人的に声をかけた人が四人いる。いずれもノイトラだ。
一芸に秀でていてきっとみんなの役に立つ。しかもまだ若いからね」
「そいつはよかった。若干思ったより大所帯にはなったがまあいいか。
しかし博士、出発の時刻が迫ってきてるぞ」
「問題ない。わが研究所に住み込みで働いてるからね。遅刻はない」
そう言っているうちに四人が来たが、案の定四人ではなく六人だった。
博士によると研究所の食堂で働く料理人が一人。研究所で働く材料工学の専門家にしてメカニックとかいう人が一人。
診療所から看護師一人、そして三十代くらいのノイトラが一人。この四人はいずれも結婚してパートナーを連れてきたという。
そしてパートナーを連れていない博士の知り合いが二人いた。一人は俺と同い年くらいの子供のノイトラ。
彼女がパートナーを連れてないのはわかるとしても、一人だけほかの五人とは毛色の違う奴がいた。
何しろノイトラではない。明らかに年季の入ったおっさんなのだ。しかも親父とトントンの反応からして革命軍だ。
ヒゲをはやした筋骨隆々の四十代後半ぐらいのおっさんが場違いに浮いている。
「紹介しようトーマ君。この人はブリュッヘルと言って革命軍創設メンバーにして地上最強の兵士だ」
「お世辞はよせベンツ。それは素手での話だろ。銃を持ったアランにはかなわない」
「そうだったかもね。彼は純粋な戦闘要員だ。妻や子を連れて来いと言ったが置いてきてしまったようだね」
「まあ判断は人それぞれだが、俺は妻子を冒険には巻き込まない主義でね」
「そりゃ俺のことを批判してんのかい?」
「まさか。元とはいえボスを批判するわけないだろう?」
いや、そうは言っているものの明らかにブリュッヘルは親父のことを揶揄しているようだ。
今まで誰も、親父が息子である俺を危険な場に出したり利用したりしていることを批判しなかった。
それだけにこの人は良心的だと思い、すっかり俺は彼に気を許したが、問題はノイトラらしき女の子である。
俺と同い年ぐらいのようだが、アンリや仲間たちに聞いても誰も彼女を知らないとのこと。
俺だって知らない。ベンツは知っているようだが、ベンツはなにも語らない。
みんなが割り振られた部屋にすでに移動を開始している中、俺と女の子はじっとにらみ合っていた。
「君……名前は?」
女の子の顔を初めて見た時俺はびっくりした。似ている。
誰にって俺にだ。俺のクローンならばすでに居るというのに、また性懲りもなく作ったとは。
そして、これは気のせいだと思うのだが、俺の遺伝子と誰かの遺伝子が人工授精で掛け合わされたとすると絶対にありえないはずの俺の知る人物とも顔が似ている。
同じことを二回言うが、仮に俺の遺伝子と誰かの遺伝子が博士によって勝手に掛け合わされたとして、その片割れはつまりこの子の親なわけだ。
その片割れは絶対に子供を作れるはずのない人物だ。というのも、この子はエグリゴリに似ていた。
一体ベンツはどんなヤバイことをやったのか、俺は頭をグルグル巡らせた。
でもよく考えたら、この子は十三歳から十七歳ぐらいに見える。よってベンツの手によるものではないだろう。
となると、俺にソックリということはトントンもしくは親父の隠し子である可能性があった。
「私はリリス」
「そうかリリスか。部屋は?」
「十三号室。ずっと会いたかった!」
「は?」
俺は女の子に抱き着かれた。別に振り払うほどのことでもないが、ハグもそこそこに俺は次の疑問が湧いてきたので俺の上半身を逸らせるほど強く抱き着いて来る彼女の腋から手を入れて、赤ちゃんを抱っこするみたいにして持ち上げた。
そして目の前にストンと下ろし、考え事をするときの癖で自分の顎に手を当てながら聞いてみた。
「博士のやつ明らかに君に関してなんか隠してるよな。君は口止めされてる?」
「べつに。でも気づいてほしいから教えない!」
「何言ってんだこいつ……」
なんかこう会ったことのないタイプの女の子との遭遇だったので俺はかなり面食らった。
俺が絶句している間に彼女はタラップを上がっていた。自分の部屋である十三号室へでも行ったのだろう。
もちろん彼女の正体に心当たりがないわけではない。だが、今はまだ口にするのも恐ろしいので言わないでおいた。
俺も自分の部屋へ行かねばならない。すぐに三階へ上がって準備中のベンツとエースを手伝おうとしたその時だった。
「リリスに会ったでしょ。何て言われた?」
とまさかのエースが俺に言ってきた。これはいよいよ怪しいものである。
リリスを連れてきたベンツは確実に黒だ。
ベンツはリリスに確実にかかわっているはずだが、エースが関わっているとなるとすこぶる怪しい。
「リリスに? 会いたかったと言われた。自分の素性は教えないとも。エースは何か知ってるんだろ?」
「私は知ってる。博士も知ってる。博士って押しに弱いところがあるからね。あんまり詰め寄らないでよ?」
「わかってる。何者か知らないがあの子の素性はおおよそ想像つく。この場にいない人間がそれを教えてくれるからな」
「ぎくっ」
とエースは白々しく言った。この場にいない人、つまりイザベルとセシルだ。二人は欠かすことの出来ない存在のはず。
それが乗ってくる素振りさえない。俺は当然彼らも招集しているとばかり思っていた。
「セシルとイザベルはどうした。あの二人は重要人物だったはずだが?」
「二人は今回一身上の都合で欠席することになった。まあ、問題はないだろう。
別に彼らと二度と会えなくなるわけじゃあない。何か問題があればすぐ帰ってくるつもりだし」
「そうだな。発進は任せた。何かあったら呼んでくれ。これでも研修は受けたんだからな」
「そうだね。君は空気清浄室を管轄してくれ。この船で最も重要な場所は君に一任した」
「謹んでお受けする」
言われた通り三階の空気清浄室へ向かい、中を確認して一つ一つ点検する。
ここでは様々な食糧生産も行っており、掛け値なしに最重要拠点だ。
肥料、配管、プラント、薬剤、その他は出発前だから当然どこにも異常はなく、その後もちろん俺は次に十三号室へ向かった。
十三号室のドアをノックすると返事がない。鍵はかかっておらずドアが開いていて、俺はドアを開けた。
不法侵入する気はないが一応ちょっとだけ中を覗いたはいいものの、中は別に俺の部屋と変わりはしない。
ちょっとした机にノートと筆記具があり、壁際には本棚とベッドがあり、バスルームへ続くドアがあるほかは何もない。
「ふーむ、どうしようか?」
「リリスという子供を探しているのか?」
「ぬわっ、びっくりした」
いつの間にか俺の横にエグリゴリがいた。相変わらず人を驚かすのが上手なやつだ。それにマイペースである。
「お前はあのリリスについて何か知っているのか?」
「私を誰だと思っている。スフィアの支配者だ」
「知ってるなら何か教えてくれよ」
「何か……とはなんだ。命令するなら厳密に言え」
「そりゃお前あの子の……どぅわっ!」
重力が突然横殴りに俺の全身を襲い、エグリゴリと一緒に俺は廊下の壁にたたきつけられた。
エグリゴリは頑丈なので平気だが、俺の方は頭を打って血が出るかと思ったほどだ。
「あの子のどうした?」
エグリゴリはもちろん俺より先に立ち上がっているが、手を差し伸べてなどくれない。
俺は自力で立ち上がり、空きっぱなしのドアを閉め、さらなる重力の変化に耐えた後ようやく船の姿勢が通常に戻ったところでこう言った。
「あの子の親だ。産んだのはどこのどいつだ?」
「エースだ。奴が人工子宮で産んだのだ」
「やはりな……それに遺伝子工学も修得しているベンツが絡んだ、といったところか。
とにかくあの子に会いに行ってくる。どこにいると思う?」
「聞くが、私がそれを知っていると思うか?」
「見当もつかないってところか。わかった、じゃあな」
ということで俺は各階の娯楽室と食堂を検索してみるがリリスの姿はない。
もちろん、俺は三階から降りてきているので三階にいる可能性はゼロだ。
結局一階の最奥部である食糧庫、冷凍庫、そして医務室を残すのみとなった。
医務室に入ろうとしたところそこには四人の人物がいた。
俺は入るのを一旦やめてしゃがんだ。俺の顔の高さくらいに窓があるためだ。
すると、気づかぬうちに俺の後ろにいたエグリゴリが小声で聞いてきた。
「何故入らない? 目当ての人物がいるのではないのか?」
「ちょっと待て。静かにしていろ」
俺は息をひそめて医務室のドアに耳を当てるとこのような会話が聞こえてきた。
「ねえペペ、さっきから何してるの?」
「そりゃこっちのセリフだ。さっきから誰なんだ君は。ベンツが連れてきたようだが……」
「ペペですって?」
「どうしたのかなルカさん」
ルカというのはアルの嫁さんだ。見た感じ臨月近い妊婦であり、親父にさっそく検診をしてもらっている。
親父もリリスの話す言葉を知らないわけではないだろうが、ルカがこれを通訳した。
「ペペというのはおじいちゃんという意味ですが」
「おいおい……俺はまだそんなトシじゃねえって」
「私にもやらせて! やってみたい!」
「ダメだ。聴診器は意外とつけてると耳が痛いんだからな」
「ええ~?」
「そこまでだリリス」
俺は我慢しきれずに医務室の中に入った。すると親父や、その横の看護師に嫌な顔をされた。
「何してんだトーマ。ていうかそのカワイ子ちゃんは誰だよ」
「こいつのことは気にしないでくれ。それよりリリス、俺の仮説を聞いてくれるか?」
「仮説?」
リリスは笑った。俺も信じられないことなので自分で考えた仮説とはいえ本人に確認をとるまでは半信半疑だ。
「君はエースの人工子宮で生まれた。そして遺伝子的には恐らく……俺とイブの子供ということになる……のか?」
「ふふふ」
と笑うばかりでリリスは何も言わないが、これはほぼ肯定ととっていいだろう。
「何か言えよ!」
「ちょっと待てお前は何を言っているんだ?」
「いや親父、俺だって頭がおかしくなりそうだよこんなこと。でもこの子の反応……それが事実だと物語っている。
何よりこの子が親父のことをペペと呼んだ。それが何よりの証拠じゃないか?」
「そう、私はイブとトーマの子。私にはこの世の誰よりも沢山の親がいるの!」
頭がおかしくなりそうだ。リリスは俺と同い年くらいだから、最初はベンツの娘じゃないかと思った。
あるいは親父の子かと。だがそんなもんじゃあない。もっと邪悪で吐き気を催すような技術によって生まれた子なのだ。
成長促進技術はすでにある。この船にも乗っているマリーとミリーは通常の倍以上の代謝能力があり、寿命も短いと聞く。
ベンツやエースがリリスを作る暇があったのはノイトラ王国建設以後だから、この子は最大でも三歳以上では決してあり得ないということだ。
成長促進技術は存在するのだから、理論上は出来るだろうが、それにしても宇宙船を作りながらこんな子を作っているヒマがどこにあったのだろうか。
「まさか君は……俺と同じ能力を持っているのか?」
「王の力のこと? それならもちろん。そして何よりイブの家系に存在する特有の遺伝子も持ってる」
「お前最強か!? 道理でイザベルを残していったわけだ……」
正直予想しておくべきだったとは思う。ベンツやエースはいずれこうするであろうことを。
確かに理論上においてはこの子を作っておくべき理由はある。だがまさか実行するとは。
「私の部屋に来ない? 詳しい話はそこで……パパ」
「パパはやめてくれ。じゃあ行こう。親父、邪魔したな」
「お、おう……」
いくら親父でもここまで理不尽で意味不明なことがあると開いた口が塞がらないほど動揺していた。
ベンツはまともな倫理観を持っている。何をしていいか、何をしたら悪いかわかっている。
なのに、それを破るのである。そこがタチが悪い。本人も破って反省し、動揺するだけにこっちもなんか許さざるを得ない空気の感じになるのだ。
ベンツがここまでやるとは思っていなかった。
俺は心臓をバクバクさせ、全身に激しい血流を送っているのに顔面だけは蒼白になりながらリリスと手をつないで階段を登り、十三号室へ入った。
リリスに見せてもらった彼女のノートにはなんとセシルに教えてもらった古代文字だというアルファベットが書かれていた。
「古代文字まで勉強しているのか! お前無敵か!?」
「えっへん。すごいでしょ。もうだいたいマスターした!」
「賢いなリリス。さすがは俺の娘だ……聞きたいことは山ほどあるけどな!」
「私に聞きたいこと?」
「そりゃ……まずはその性格だろ。明るいなリリスは。どうしてそんなに明るいんだ?
通常では考えられないような生まれ方をして、それを"私にはたくさん親がいる"なんて二歳児に言えるもんじゃない」
そうこの子は二歳児なのだ。俺の娘で、二歳の女の子。その事実を直視することは正直まだ俺にはできていない。
いくら予備や保険を用意し不測の事態に備えることを好むと言っても限度というものがある。
いくら何でもこれは、いくら何でもあまりにも度を越している。俺はベンツに対して初めて怒りが湧いてきた。
「でも事実でしょ。私を生んだたくさんの人がいる。スフィアのすべての人の未来を背負って私はここにいる」
「そうか、わかったよ。なんだか未来さえ見えた気がした。
俺は君を命を投げ出してかばって、守らなければならないってことだな。
ははは、面白い。ひどく面白いぞ。面白いなぁ、リリス?」
「いや、面白いかなぁ……?」
「うーっ、早く敵に遭遇しないかなぁ。それとも敵も統治機構もみーんな滅んでこの世にはスフィアしかないのかな?
いいや。きっとそいつはいるはずだ。早く行きたいな、約束のあの場所に。
とにかくリリス、もしかして不安に思ってたのかもしれないけど、俺は君を愛してる」
リリスの反応は上々だった。飛び上がるほど喜んで俺に抱き着いてきて、こんなところを見ると本当に賢いだけの二歳児なのだなと実感できる。
「別に父親だからじゃないが、君のことはどんな犠牲を払っても守る。
じゃあ俺はこれで。俺はこれでも操縦も出来るからな、操縦席に行く」
もちろん操縦だけをしに操縦席へ行くわけではないことはいくら二歳児とはいえリリスもわかっていた。
「自由時間は? 私を知ってる人はママと博士だけだから、少し心細いというか……」
リリスは会った時の第一印象としては随分明るいし活発だし物怖じや不安とは無縁のように思っていた。
だが間違いだ。それに間違いといえば俺の言っていたことも間違いだと言わざるを得ないだろう。
この船でだって孤独はありうる。周りに誰かいても孤独であることはあり得ることを俺はすっかり失念していた。
「それなら上へ一緒に来ればいい。大丈夫、二人を追い詰めたりしない」
「よかった……二人を怒らないであげてって言おうとしたところだから」
「俺があいつらに腹が立つのは君に酷いことをしていると思ったからだ。
リリスがそう思ってないなら俺が怒ることじゃない。じゃあ行こうか」
「パパ優しいね。ママが言ってた通り」
「パパはやめろって。俺がエースと結婚したみたいだろ……」
その後の模様は言うまでもない。まず俺がリリスを連れてきたのを見て観念した二人は開き直って、予備が必要だとか言ってきた。
聞く耳を持つ俺ではない。そこで俺ははっきりとエースにこう言った。
「エース、離婚だ離婚。この子の親権は俺がもらうからな!」
「ちょ、離婚って何を言い出すの!?」
「親権は俺がもらった。全く、お前らには失望した。これでも俺はお前らを大切に思っていたんだがな。
まさかここまでのことをやらかすとは。おい博士、さっさと上へ行け」
「ちょっと待ってくれ。いいか、今いるのは前回最後に昇った壁だ。穴は開けていない。
まずエースさんを外に出して穴を開けた後、アンカーとウィンチの角度を調整。
機体の姿勢制御をしながらアンカーを徐々に巻き取って上へ行く。その工程には約一時間がかかる」
「わかった。行け」
「えーんリリス、トーマが冷たいの……!」
とエースは半泣きになりながらリリスに泣きついた。なんという厚顔無恥だろうか。
これもある種人間らしさと言える。俺はため息をつきすぎて目まいがしてくるほどだった。
リリスはやはり二歳児だけあってママの味方である。
「もう許してあげてよ。そんな冷たい態度とらずに……」
「頭を冷やしてくる。昼飯の時間だ。リリスも来るか?」
「私、食べ物食べる必要ないんだけど……うん、行く」
道中話を聞くとリリスはノイトラなので無からエネルギーを生み出し、これを動力源としている。
ただし通常のノイトラはこの機能は封印されているのだという。
リリスは空腹感を無視すればの話だが、自分で常にエネルギーを作っているので食べ物を食べなくても非常に長い間生きていける。
なんなら酸素を吸うことさえも通常の人よりはるかに少なくて済むというのだから驚きだ。
だがさすがに脳にはブドウ糖が入ってこないと活動できないらしく、甘いものが好きだという。
パンやお米も好きだとか。何も食べなくても生きていけるとは羨ましい体をしたリリスと食堂へ行き、二人で並んでメニューを開いた。
するとリリスは俺の横からメニューを覗き込みながらこう言ってきた。
「私知ってる。パパの好物ってアーモンド類なんでしょ?」
「メニューにもちゃんとあるな。俺はこれを頼むとするがリリスは食べないのか?」
「パパのおすすめは?」
「だからパパはやめてくれって。おすすめは……俺が食べるのと同じものかな?」
「わかった。じゃあそれで」
注文後まず出てきた小さなボウルには塩を振って少しだけ火を通して香ばしい香りをつけたナッツ類が山と盛られている。
続いてやってきた皿は生バゲットの上に塩漬けサーモンのスライスとヴィシソワーズとかいうジャガイモで作った白いソースがついたとかいう料理だった。
ワインでも欲しくなるが俺は飲まないので飲み物は緑茶を合わせた。
メインディッシュはポテトサラダ。香ばしく焼き上げたポテトとツナのほぐした身、それからコーン、ペンネのようなパスタも入っている。
これらをざっくり混ぜ、少しガーリックの利いた塩コショウが振られ、タイムなどのハーブも利かせている。
これはいわゆるサラダというよりもかなり主食に近いものである。
一般的に想像されるポテトサラダは冷たくてニンジンやキュウリなどの入っているものだし、これをメインディッシュにはしない。
ところがこちらは温かく、お肉や卵を使った料理を作りにくいこの環境下では十分主食、かつメインディッシュになりうるポテンシャルがあった。
デザートはアーモンドのチョコレートがけだった。これはもう説明不要。
アレルギーでもない限り全人類が美味しいと言うはずだ。
俺の注文した料理がおすすめだとは言ったが全然同じのを注文する素振りのなかったリリスでもこれは同じのを注文したほどだ。
これを食べながら俺たちは極めて大切な会話を行った。それが弾んだのも美味い料理のおかげのはずだ。
まず、俺が最初に運ばれてきたアーモンドをハムスターみたいにかじりながらこう言った。
「リリスは納得しているということでいいよな。自分の存在、期待されていること、その使命。
全部知ったうえでここに乗り込んだ。後悔はない。そう思っていいんだな?」
「私はまだ三歳にもなってないかもしれないけど、私の存在に疑問はもたない。
私は私の意思でここにいるの。ウソ、ごめん。本当はそうでもなかった」
「やっぱり……」
「それもパパと話すまでね。パパが私を受け入れてくれることがわかって、本当の意味で納得してここにいる」
「もちろんだ。だから、今こうして食事してる。ほかに出来ることが思いつかないからな」
「それで十分だって。私がどんな思いでパパに会いたかったか……」
「いつでも君のそばに居る。俺にはほかに何も出来ないけど」
「ペペはそうしてくれなかったから?」
「そうだね。ペペにはあんまり近づくなよ。教育に悪いから。ところでぺぺと言えば、妊婦に興味があったのか?」
「うん。あの人の婚約者なんでしょ?」
とリリスが指さした先にはトレーに必要以上の皿を乗せているアルが歩いていた。
アルは俺たちと目が合うとこっちに近づいてきた。
「確かその子出発の時に……王様、もう仲良くなったのか?」
俺はリリスを最初見かけたときアルにも、あの子を知っているかと尋ねていた。
そのことから、アルにとっては俺たちがこうして隣同士で仲良く話しながら食事をしているのは理屈に合わないことだったに違いない。
わざわざ俺たちのところに寄ってきて近くの席に座ったのは、それが気になったからというのもあるだろう。
「ああ。お前の嫁さんのお腹が気になったらしい。医務室で会ったんだ」
「ふーん。俺は見ての通り彼女の飯を取りに来たんだが二人とも、何か彼女に異常はなかったか?」
「そんな話は聞いていなかったが。そうだよなリリス?」
「ペペはなにも言ってなかった。ねえおじさん」
「俺はおじさんじゃねえよ?」
「まあ待てアル怒らないでやってくれ。子供からしたら二十台以上なんてみんな十把一絡げで大人とかおじさんていうカテゴリーなんだ」
「子供って……この子、こう見えてまだ幼いのか?」
「二歳らしい」
「ふっ、王様。しばらく会わないうちにギャグセンスが鈍ったか。で、リリスちゃんが俺になんか用か?」
「ふふふ。お辞儀しろ!」
「なっ……!」
俺がリアクションしている間にアルはお辞儀をしていた。全くリリスはやんちゃというか子供っぽいというか、悪い意味でも幼い子だった。
しかもリリスの声は大きかったので俺の周りにいる一般の関係ないノイトラたちでさえ立ち上がって腰を折り、頭を下げているありさまだった。
「ふうん。なるほど。どうやらパパにだけは効かないみたい」
「あのなぁ……じゃあ試しにやってみるか。リリス、好き嫌いせずにニンジンも食べなさい!」
「うぇっ!? い、嫌だ!」
言うが早いか、俺がリリスの持っていたフォークをひったくり、彼女の皿に残されたニンジンを突き刺して顔までもっていった。
ニンジンといってもポテトサラダにわずかに入ってるぐらいなのだが器用なくらいにリリスが全部残していたやつだ。
リリスは嫌がる素振りを見せているのに、素直にフォークをぱくりと口に含み、ニンジンを咀嚼して飲み込んだ。
「うぐっ! み、水!」
などと言ってニンジンを飲み込んだ直後にリリスは水をがぶ飲みした。二歳児というのは伊達ではない。
俺は呆れかえったとともに、こんな子の親権をもらったとか勝手に言い出してしまったことを後悔し、一緒にやっていけるか不安になった。
「おいおい、王様。その子の力はまさしく王の力……こいつは一体どうなってるんだ?」
「すまんアル。一言で説明するのは困難なんだ。ベンツ博士かエースにでも聞いてくれ」
「王の力の複製……そんなことを、そんなことをあの人はしたというのか。何て奴らだ……」
アルは呑み込みが極めて早い。恐らくはさっきの二歳児という一見ギャグに聞こえる俺のセリフの真意もおのずと理解したことだろう。
「おっといけない。こんなことしてる場合じゃなかったな。俺は婚約者にメシを持って行かなきゃな」
最後の重要な新キャラリリス。
風呂敷を広げすぎてしまい、自己最多の文字数になったこの長編もさすがにもうそろそろ終わります。




