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転生したら人権のない被差別種族だった件  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
最終章 魔王誕生
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第六十二話 非日常的日常 その二

「そうだよ。私がアレと別れた理由を教えてやろうか。勝手にトーマのクローンを作ってたからだぞ?」


「やっぱりそうだったのか。博士が見せてきたよ」


「へえ、それでトーマはアレに何て言ったんだい?」


「博士は俺に恋をしているに違いない。だから、これを見せたがったんだって」


「ぶわはははは! やめてくれ! もうやめて、面白すぎる……!」


親父はついに腹を抱えて床を転げまわりだした。もう完全に泥酔しているという感じだ。


「ちょっと待ってよ。私もその話聞きたい」


「王様がそんなこと言うなんて珍しいな」


「倉庫にある俺のクローンが見つかったら嫌われる、と恐れてた。

なのにわざわざ俺にそれを見せに行くからだよ。肩の荷を下ろして楽になりたかったんだろうな」


「なんかわかるぜ。俺も未だにイザベルに故郷を滅ぼしたこと言えてないもん」


「いやあの……アルくん?」


さっきまでの話が完全に吹き飛ぶような文字通りの爆弾発言をアルが行った。

俺たちは呼吸も止まったかのように思われた。それを察してか、ウェイターやほかの客までもが凍り付いた気がした。


「え……?」


イザベルは見えない目で後ろを振り返り、アルの声がした方へ体ごと向き直って椅子の上に正座するような行儀の悪い格好になった。

それをセシルも注意できないほど異常な緊張感が場を支配する。


「まじでかよ。アルってまだそれ言ってなかったの?」


「いや……王様……イザベル……あの、その……」


「わ、私の……故郷を……?」


俺は付き合ってられないと思った。こんな空気の中に好き好んではいたくない。

あとで話を聞けばいいと思い俺はこう言った。


「やれやれ。俺は知らないぞ。お代ここに置いとくね」


俺は適当にテーブルの隅に我が国で作っている金貨を置いて立ち上がった。

紙幣の発行も考えたが偽造防止技術がないため金貨を作るしかなかった。

だが金貨ですらある方法で作ることが出来る。ノイトラで動かすエンジンを盗むことだ。

そのため防犯には細心の注意を払う必要があった。

特にこの船はエンジンをコピーして多数積んでいるからこの二年、盗みが入らないかと気が気じゃなかったほどだ。


俺はさっさと操縦席に戻り、部屋に戻ったがふとベンツのことが気になって、ベンツのいる部屋のドアをノックしたところ返事がない。


「もしもし博士。今から十秒待つ。返事がない場合は押し入るからな」


返事はない。十秒も待たずに部屋のドアノブを回すとカギはかかっておらず、すぐに入れた。

ベンツは部屋のベッドでじっとしている。かけ布団をめくるとむわっとした湿気が顔全体を覆い、ベンツが汗だくで寝ているのがわかった。


「こちらトーマ。トントン、親父と一緒に至急一号室に来てくれ」


慌てて通信を入れるとトントンは面倒くさそうにこう返してきた。


「悪いトーマ。今いいところなんだ。ちょっと待ってくれないか」


「いいところってなんだよ……」


「しょうがない。アルくんたちからは後で話を聞こうか。緊急の要件か?」


「ベンツの体調が悪い。医者が必要だ」


「なるほど。とりあえず二人で行く」


トントンは残念そうに言って通信を切ると、一分後には親父とそれにエースも連れ立って俺のいるベンツの部屋に入ってきた。

まだちょっと千鳥足で顔の赤い酔っ払いの二人だがさすがに真剣な顔つきをしてベンツを診る。

俺のしたように布団を上げて触診し、脈や呼吸を確認。また親父は医者をかじってたことがあるのでベンツを寝返りさせた。


うつぶせの状態で服をめくって背中や腰の部分を診察して、素人の俺たちにこう言った。


「こいつは誓って言うが……どこが悪いのかさっぱりだぜ!」


「役に立たねぇな。まずいぜ。どうしたらいい?」


「我らがこのミレニアムアヴァロン号は技術ツリーが偏っているからね。

残念ながら医学的知識はスフィアのそれと変わりない。何より一番医学知識のあるベンツが……」


「そうだ。エースは?」


「機械には強いけど私、人間の医学はちょっと……」


「だよな。親父、もうちょっと何とかならないか」


「やってるって。患者は意識不明。発熱と発汗……おそらく四十度近いな。

全身隅々見てみたが外傷や内出血は見られない。エース、こいつの生活態度で何か気づいた点はあるか?

この部屋で一緒に暮らしていると聞いているが」


「博士の生活って言ってもねぇ……基本ここに来ないし、いつも操縦席で一緒だけど……」


「悪いものでも食べたとか?」


「いいえ。というかこの数日まともな食事をとってないと思う」


「だろうな。さて、俺は医務室に行って必要なものをとってくる。じゃあな」


「いや医者……」


医務室に行くならそもそも医者を呼んできてほしかったのだが、まあ医者なんて呼んだところで焼け石に水である。

この時代、文明水準では病気というものは治る方が珍しいぐらいだ。抗生物質の一つさえない。

俺にその辺の知識さえあれば作れるのだが残念ながらそれは無理というものだ。


親父にそれを期待しているわけではないが、親父はなんと戻ってくると医療キットを抱え、白衣姿。

別に着替える必要なんて全然なかったが親父は形から入るタイプらしい。それを見ると俺は無性にむかついた。


「ちっ、着替えてる暇あったら早く来いよ」


「まあそういうなって。俺もこっちのほうが気合入るんだから。さて、何の薬を投与したもんかな?

とりあえず意識を取り戻してくれないことにはどこが痛いかもわからんのだが……」


親父は無言でベンツの肩をゆすりだした。恐るべき傍若無人さだ。

これは医者として絶対あってはならない悪癖のような気もするが、逆にこのぐらい図太いほうが医者に向いている気もする。


ベンツは親父に起こされた。とりあえずひとまずそれはよかったが、起きるやいなや顔を歪めて悲鳴を上げた。


「くぅっ……痛い。お、お腹が……!」


「腹が痛いのか? 女が腹痛を訴えたら妊娠を疑えというのは鉄則だがな。

一応聞くがベンツ、その可能性はあるか?」


「まさか。それより楽に……」


「ちょうどよかった。実はトーマが酒を造っててな。問診が終わったら飲んで寝るといい。

痛いっていうのはここでいいのか?」


親父がベンツの骨盤のちょっと上あたり、ちょうど肋骨と骨盤の間のウェストのくびれたあたりを抑えるとベンツが悲鳴を上げた。


「いたっ、いたいいー!」


「ふむふむ。こいつは臓器がやられてるな。開腹手術はやったことがある。ほぼ間違いなく腎臓だが」


「まったく私としたことが。あれだけ予備は重要だと言っておきながら私自身のスペアを用意しないとはな……」


「腎臓の手術とか出来んの……?」


「開腹はリスクが高すぎる。腹痛の原因を確定できない限りやるべきではないだろう」


「そいつはもっともだが……あまりに情報がなさすぎる。といって、時間も限られてるんだが……」


親父はそう言いながらベンツのもう片方の腎臓がある方の腰も触ったが、こちらは特に痛がる様子がない。

本人から見て腰の左側を触られると激しく痛んでいるようだ。親父の触診は多岐に及んだが、痛がるところはそこだけだった。


「腹筋の硬直なし。聴診でもガス性の腸内音が聞こえないし、心臓も正常だ。

その他肝臓やヒ臓といった臓器のダメージの兆候は見られない。やはり開腹して手術しかなさそうだな」


「診断は?」


「右は正常のようだが、左は腎盂腎炎を発症している可能性が極めて高いと考えられる。

とりあえずトーマ、お前酒を持ってるだろ。麻酔するから持ってこい」


「わかった……!」


俺は同じ三階にあるタンクから大量の酒をビンにつめて持ってきた。

純度百パーセントのアルコールだから消毒にも麻酔にも使える優れものだ。

親父はこれを案の定ガーゼに染み込ませてベンツの顔に押し当て、そのまま固定した。

ほどなくしてベンツは動かなくなった。もっといい麻酔があればいいのだがそうもいっていられない。

ないない尽くしだ。この船には足りない物が多すぎる。親父は一応手術用の手袋や術衣一式を身に着けるとギャラリーにこう言った。


「腎臓は一個なくなっても大丈夫なのは有名だ。臓器移植は今のところせいぜい二割くらいしか実績を上げられていない。

原因不明の拒否反応が出るからだ。今回は全摘するが、移植はしない」


拒否反応が出るのは臓器が肉親のものでないからだが、ベンツに肉親はいないし、この船によしんば他人でも適合する人がいても、それを検査することはできない。


「あ、ねえ。臓器が必要なら右の腎臓をコピーするのはどうかしら?」


「いや大丈夫だ。この病気は女性に多いとされている。細菌が入り込んで炎症を起こしてるわけだな。

理屈から言うと治療法は二つ。細菌をせん滅するか、炎症を止めればいい」


だが細菌を殺す抗生物質はこの世に存在しないし、炎症を止めるにはステロイド剤が有効だと聞くが、それもあるわけない。

それらは時代が進めばどこの病院にだって当たり前にあるものだろうが、この時代には存在していない。


「ベンツの場合労働時間が長く睡眠や入浴、食事はおろそかだった。

それが精神的、および肉体的に多大なストレスを生み、体の抵抗力を奪ったと考えられる。

だから細菌に付け入るスキを与えたのだ。対症療法が事実上不可能な以上はやることは一つ。

これより右腎の全摘をする。と言いたいところだが、まだ確定はしていない」


「何か決め手が必要なのか? 検査とか?」


「出来る検査はたかが知れている。今から開腹して様子を見ながら手術する」


「俺も立ち会っていいか、親父?」


「術中はツバ飛ばすなよ。ホコリも立てるな。患者の体に障る」


「わかった」


「あ、トーマが行くなら私も行くわ。何か手伝えることがあるかも」


「ありがとうエースさん。それでは私が助手をしよう」


と申し出たトントンに俺はこっそり聞いた。


「なあトントン、親父ってヤブ医者じゃなかったのか?」


「さあね。ただこの船に彼以上の医者がいないのは確かだと思う」


こうして手術が開始された。俺たちはあわただしく支度し、ベンツを医務室へ運んだわけだが、医務室には手術台なんかなかった。

そりゃそうだ。この時代、外科手術全般がまだ一般的ではないのだから。

親父のように人の体を切ったことのある医者は相当少ないのは確かみたいだ。

結局俺たちはタンカの上に患者を乗せて手術を行うことになった。親父はベンツの下腹部を切り開いてすぐ、不安になることを言った。


「うわっ、どうも見立ては間違ってたな」


「まじかよ親父! じゃあ俺たちはムダに腹をかっさばいちゃったのか!?」


「落ち着けトーマ。見立ては半分正解で半分間違いだった。見てみろ。気を失うんじゃないぞ」


「どれどれ……」


親父が見ろというので仕方なく患者に近寄って開いた腹を覗き込んだ。もちろん血だまりが臓物の間に出来ていてグロテスクなことこの上ない。

だが、それよりきになったのが親父が握っている腎臓と繋がる大きな血管だった。様子がおかしい。

ボコッとしたふくらみのようなものが出来ている。


「こいつは一体……動脈瘤みたいなやつか。知らないけど」


「尿路結石だ。お前も聞いたことぐらいはあるだろ?」


「け、結石!? な、なるほどぉ……」


確かに言われてみれば患者はいい年だ。四十五歳ともなれば腎臓に結石の一つや二つ出来てもおかしくない。

腎臓の根元のところの太い管に大きなできものが出来ている。俺は知っている。

結石の結晶構造はまるでウニのようにトゲトゲしていて命を刈り取る形をしているのだ。

そんなもんが血管を圧迫するほどの大きさになっていたら痛いなんてものじゃない。


「この結石を放っておくと尿道から排出されるが、患者は地獄の苦しみを味わう。

そのうえ、こいつが管を傷つけたり詰まらせるせいで感染症を引き起こしやすくなるわけだな。

つまりこいつを放っておくと当初の診断通り、腎盂腎炎になりかねない。

おいトーマ、見てみろ。患者の股間を」


「ベンツのプライバシーも考えろよ親父!」


「なにをヤラシイこと考えてんだ。今は真面目な話をしている。見てみろ」


俺は見ろと言われたので見たが、やはり通常のノイトラと変わりがない。

男性と女性、両方の性器が股間に同居しているのだが、男性の方は退化してしまっていて、これでは機能がないだろう。

ベンツは一般的ノイトラと同様、両方の性を持っているといっても事実上女性とほぼ変わらないということだ。

俺は孤児院でいろんな子供と三か月も生活していたのでよくわかる。


子どもは最初両方しっかりあるのだ。十五歳のノイトラであるミシェルとも風呂に入ったからわかるが、彼女はまだ両方あった。

個人差があるので一概には言えないが、十五から十八歳ごろまでに徐々に男性の方は退化していくのだ。

逆に俺はいまだに両方健在だ。気になるので今度アルやトントンの股間をじっくり見てみたくなった。


「この結石という病気は圧倒的に男性に多いうえ、男性の方が尿道の距離が長いわけだから余計に苦しむわけだな。

見ての通りベンツは女性型のノイトラだが、珍しくこの病気になってしまっているということだ。

当然、結石が通りたがっている尿道はこっちだから短くて済む。

まだまだ奥が深いということか、この結石の世界も」


そういえば聞いたことがある。痛風と結石は極めて男性に偏って発生する病気であると。

それに女性ホルモンと尿酸がかかわっているとかかかわっていないとか。

ベンツは女性ホルモンが比較的少ない体質なのかもしれないが、検査できないので詳しいことはわからない。


「患者がこうなった原因は何だと考えられる?」


「不明だな。恐らくベンツは水分をあまりとらず、とったとしても石ができやすい物質を含むものを飲んでたんだろう。

まったく、女性に多い腎炎をまず疑ったが……結石を除外してたのは先入観が強かったようだな。

さて、やることは簡単だ。ここの管を少しだけカットしてつなぎ合わせればいい。

あと五分以内に腹を閉じて術式を終了するぞ」


「親父酔っぱらってるのに大丈夫なの?」


「彼は死ぬほどお酒が強いよ?」


「じゃあさっきのはほとんどシラフの状態であれだけ爆笑してたのかよ?」


「そりゃそうだろ。うちの息子がこんな年増と恋だぞ。笑うなという方が無理だ」


とか茶化しつつも親父の手は一切スピードを緩めることなく縫合手術を続け、気づけば閉腹術式まで終えていた。

本当にわずか五分ほどでの手術。俺は正直あまり親父のことを信用していないが、最後の糸をハサミで切ったところで親父は帽子とマスクをとり、術衣もその辺に放り出した。

そして首元のネクタイを少し緩めてトントンの肩に手を置いた。


「俺たちも痛風と結石には気を付けないとな」


「お互いそういう年になってきたからね……ベンツには教訓をもらったよ」


「メモメモ。人間は体から石が出る……と」


「エースそんなことは覚えなくていい。

あと親父、ご苦労さん。術後の患者に対して気を付けることがあったら教えてくれるか?」


「暖かくして薄味の食べ物を食べること。二十四時間は絶飲絶食。まあこんなところか」


「わかった。今回のことでようやくわかったことがある。一旦スフィアに帰った方がいいな」


「そいつは俺も思ってたところだ。外へ出たはいいが、面白いもんが何もない。

そのうえバカみたいに広大なんだって? 全く嫌になってきたところだよ。

あ、でもエリザベスちゃんの料理は病みつきになる美味さだが……」


「今教訓を得たばっかりだろうトーマス。暴飲暴食は控えて水分と野菜をしっかりとらないとね……」


「まったく。この船じゃあそれしか楽しみないっていうのによ。

あ、でも帰るだけなら一日で帰れるんだったよな、トーマ?」


「ああ。事実上船長であるベンツが倒れている以上、闇雲に進むことは出来ない!

すぐに帰って一旦態勢を立て直さないといけない。少し船全体を大きくすることを提案するよ」


「それがいい。ヤブ医者の俺でもこのくらいのオペなら何度かやったことがあるが、これ以上のことは出来んぞ。

人間の医者をスフィアから集めるんだ。少しはマシな奴が来てくれるかもな」


「そうだな親父。とりあえずこのタンカ、俺も運ぶから悪いけどトントンも手伝ってくれる?」


「もちろん。今となってはベンツは、数少ない革命軍の立ち上げメンバーだからね……」


「道中教えてよ。ほかのメンバーも」


「いいよ」


俺とトントンはもとから手術台代わりにしていたタンカの両端に立って向かい合わせになり、出発。

階段を昇り、自室と娯楽室や食堂などを行き来する船員たちとすれ違いながら革命軍の初期メンバーのことなどについて聞かせてもらった。


「あれは十七の時だったなぁ。私とトーマスはやがてスラムの悪ガキを束ねるようになった。

構成員に盗みをやらせたり大人のギャングとさえ抗争して勢力を拡大したものだよ」


「なんてことを……」


「そうして資金を溜めてまずは合衆国でコネを作った。現在も合衆国の与党であるところの議員たちとね。

資金繰りが楽になったところで合衆国で人を集めた。だから革命軍の初期メンバーは大抵合衆国の出身さ。

ベンツも合衆国でスカウトした一人だ。こんな優秀な子を神に渡しちゃうのは勿体ないと思ったからね」


「ふうん、やっぱベンツも孤児院出身だったんだな」


「孤児院近くの武器工場やスクラップ置き場から素材を盗んで何かを作っていた。あれは筋金入りだね」


「しかし彼女がこんな病気を隠していたなんて気づかなかったよ。きっと今までも体が痛んでいたはずだが……」


「急患だ!」


「えっ」


俺たちが三階の廊下を歩き、ベンツの部屋に本人をタンカで運んでいる最中のことだった。

三階の廊下沿いに立ち並ぶ部屋の五号室がドア開きっぱなしになっており、そこからタンカで女性らしき人を乗せたノイトラ二人が出てきた。

ていうか、その女性もノイトラだろう。俺たちは廊下で立ち往生。お見合い状態であった。


「悪い、急患の女性だな。どくよ」


俺は王様であることもすっかり忘れてすぐ近くの娯楽室にタンカごと退避。

無事女性を乗せたタンカとすれ違うことに成功し、改めて廊下に戻った。


「大きな病気やケガじゃなければいいが……」


「さっきの女性、気を失ってたね。大丈夫かな……親父の拘束時間も心配だ」


「酔いが回って寝ちゃわないといいけどね」


「急患だ!!」


「えっ……」


俺はかなりびっくりした。というのも同じ三階の別の部屋からさっきと同じくノイトラが二人タンカの上に人を乗せている。

しかも載せているのは非常にお腹の大きい人で、ノイトラの妊婦である。


「しかし臨月の妊婦をあえて募集するとはベンツらしい。

船内で無事分娩や世話を行えるなら、新天地を見つけずともこの船内で何千年でもやっていける、そういうことだろうか」


「まあ船内分娩というやつのテスト要員としてあの妊婦を欲しがったのには違いないね。

トントン、悪いけどベンツを頼めるかな。俺、また医務室に行こうかな」


「構わないよ。私はあんまりお酒強くないから寝ちゃうかもだけど……」


自信なさげなトントン。

俺もトントンにベンツを任せていいのか不安だが、それより妊婦のことも気になったので俺はベンツを部屋のベッドに慎重に寝かせると、すぐ部屋を出て行った。

医務室は一階にあるので三階から一階へ行くのは非常に長い距離を行くことになるがそうも言っていられない。

俺は面白そうなので医務室へ行ってみた。すると案の定疲れ切った様子の親父が妊婦の夫らしき人と中で会話していた。


「すみません、妻が産気づいて……」


「とりあえずそのタンカを置いとけ。妊婦に持病や常用薬などはないか?」


「ありません。お医者様、どうか妻を……!」


「ばっちり任せておけ。未熟児ならともかく、これだけ大きく育っていれば大丈夫だ。

お前さんは酒飲んで寝なさい。どうせできることは何もないんだからな」


「はい……でもその前に患者さんがいるみたいなんですが妻は……」


「ひとまずタンカに載せておく。今は急患が先だ!」


「そんな無体な……」


「よう親父。今度は妊婦と同時に急患の人か。うっかり引き受けた船医の役目、結構大変だろ?」


「何を嬉しそうにお前……あ、そうだ。いいこと思いついた。お前の王の力は胎児に効くか試そう!」


「試そうってアンタ言い方考えろよ……それが無事に生まれるのに重要なのか?」


「まあ中を超能力で透視でもしない限り赤ん坊の様子はわからんが、やってみる価値はあるだろう。

とりあえず骨盤位……じゃなかった。足から先に生まれてしまう逆子っていうのが厄介なんだ。

だからお前は頭から生まれて来いと命令するんだ」


「そんな無茶な……まあ一応やってみるか!」


正直、そんなことで上手くいく自信は全くない。

だが一応タンカの上で肥え太って蛹になる準備が万端になった芋虫のようにモゾモゾしている妊婦の横で俺は腹を触りながらささやいた。


「頭から生まれてくるんだぞ~。へその緒が首に引っかからないようにも注意するんだぞ~」


「よしいいぞ。ああそうだ。妊婦にも何か命令しろ」


「何かってスゲーざっくりした指示しやがって。ええっと妊婦さん。名前は?」


「わ、私は……!」


妊婦はさっきから怪しい言動を続ける俺たち父子を泣きそうな顔をしながら見た。

こんな奴らにお産を任せて大丈夫なのかと不安でいっぱいな顔だ。

だがとりあえず唇をかみしめてこういった。


「マリアと言います。この子の名は……アリスと……」


「アリス?」


ふと、なぜかエースはアリスという名前に反応した。今まで見たことのないような驚いた顔をしているが俺だってびっくりだ。


「アリス……その名は……確か……」


「機械女がフリーズしたようだがまあいい。トーマ、患者に落ち着いて一定のリズムで息をしろと命じろ」


「ええとマリアさん。下手にいきまずに一定のリズムで呼吸をするんだ。焦らさず急かさず息をしろ」


「わかりました……」


「そうだトーマいいぞ。妊婦に対し医者が出来ることは少ない。まあ、俺らの技術水準ではの話だが。

俺らに出来るのは赤ん坊を引っこ抜いてへその緒を切ってやることぐらいだが……まあ、一応母体のほうも検査しておこう」


「妊婦を診る時に気を付けることは?」


「首筋や乳房など主に上半身だな」


親父は首筋や胸を触診し、特にこれといった異変がない事を確認した。


「あと一応耳の後ろ、うなじなどを調べたが異常はない。

この妊婦には最初に問診したが、これといって何もないようだ。怪しいぞこれは」


「怪しいって何が? カラダに異変が何にもないのはいい事じゃないか?」


「お前にはまだ観察力ってやつがないのか。よろしい、そいつを今から教えてやろう」


「まるでバカだと言われてるみたいで聞き捨てならないな」


「まずこの妊婦はまだ二十歳そこそこと若く、ダンナも同様。部屋を見たか?」


「ああ」


「子供がいなかったろう。まさか子供のいる夫婦がそれを誰かに預けて宇宙船に乗るわけもあるまい。

つまりこれがこの人の初産だ。なのに体に何も異常を感じないことがおかしいんだ」


「まあ言われてみればそうかも……?」


俺も別に出産したことはないが、確かに臨月の妊婦ともなれば体は限界ギリギリのはず。

それが、医者に言いたくなるような体の気になることが全くないというのは変な話だ。


「必ず何かがある。本人がそれを言っていないだけだ。トーマ、白状させろ。

俺はこちらの急患も見なきゃいけないんだからな」


「ええ……」


とは言ったが俺も妊婦のために何かできることがあればしてあげたいので、親父には素直に協力した。


「あの、えっとマリアさん。何かまだ主治医に言ってない自分の体の違和感などがあれば言うんだ!」


「その……大したことはないと思ったので言わなかったんですが、お腹が痛くて」


「お腹が? 具体的に言うと?」


「赤ちゃんがいるのでお腹が少しぐらい痛くても普通かなって……胃が痛いようなもっと下なような、よくわからなくて」


「いやわからんぞ。胃が痛いと思っていたら心臓や肺が痛んでいたというケースもある。

精密な検査が出来ればいいんだが。虫垂炎なども併発していると開腹を余儀なくされてしまうが……」


「体位を変えてみたら?」


「おうそうだな。じゃあもっと足開いてみようか」


親父が言うとなんかヤラシイが、ともかく妊婦はあのお決まりのポーズをとった。

足をM字に開く姿勢。奇しくも赤ちゃんもこのカエルみたいな姿勢を好む。

妊婦がいよいよ本気でいきみ、赤ん坊を出産するための姿勢だ。


すると妊婦は激しくお腹を痛がり出した。


「妙だな。陣痛とも違う腹の痛み。いよいよこれはアレをやらざるをえないかもしれないなぁ……」


「アレってまさか……帝王切開?」


「おう。そのためのハードルは多いぞ。輸血をする必要があるが、母体に合うかはわからん。

次に妊娠以外に病気があったらそれこそ手術に耐えられるかわからんし、胎児も注意が必要だ。

さてマリアさん、あんたはこんなもんでいいだろう。頭が出てくるまでまだまだ時間はかかる。

正直言って医者にはそれまで出来ることがないのが現状だ。

それまで落ち着いて息をしていろ。トーマ、こちらの急患を見てみろ」


「忙しいなぁ……」


ここには看護師一人いない。全部親父のワンオペである。続いて見せられた患者は若い女性型のノイトラ。

名前は不明だ。本人は気を失っており、脈も弱いようだ。顔色もかなり悪い。


「患者は既婚者。妹と患者の夫が運んできた。発作的に部屋で突然倒れた模様。

以前からめまいや吐き気を時折訴えていた。倒れた時に床で頭を打ち、出血がある。

さてトーマ、この女性のことをどう見る?」


頭皮からの出血は傷が大したことなくても非常にハデになりやすい。

ボクサーなども試合中にまぶたや額を切るとすさまじい出血をするが、実際にはアゴやボディにいいのをもらう方がよっぽどダメージが大きいという。

この女性は前のめりに倒れたようで額に大きな傷が出来ている。


この船に雑菌は少ないと思うが、正直言って抗生物質もないこの船ではこの傷一つで致命傷になりかねない。

だいたい、女性の顔の傷なのだから慎重に痕跡が残らないよう処置もしなければならなかった。


「発作前に何か食べたとか?」


「食べたかもしれんが、わからないというのが正直なところだな。

この人もそっちの妊婦同様、内臓を悪くしている感じは全くない」


「くも膜下出血とか? だとしたらめちゃくちゃヤバいけど」


「こんなに若くて健康そうな人がか? 確かに脳の病気かもしれんが、だとしたらお手上げだぞ。

いったいどうやって脳なんか手術するというのだ。想像もつかないぜ」


確かにそうだ。親父の年代の医者は薬も少ないし病名のついていない病気も多い。

術式も未熟で覚えることは少ないが、その分患者にしてあげられることは少ない。

むしろ外科的オペをしてあげられるだけ親父はこの時代でも相当優秀な方だろう。


そんなオヤジでも脳を手術するなんて考えられないはずだ。俺だっていまだにちょっと信じられないくらいだ。

頭蓋骨を開け、脳を切り開くなんて今から百年以上は技術を進歩させる時間がもらえないと無理そうである。


「だいたい脳の病気は死後解剖してみて初めて分かることがほとんどだ。今考えてもしょうがない。

血圧の低下……首筋の頸動脈や静脈に血栓ができている可能性がある。こいつを投与する」


「なんだって?」


俺はびっくりした。この時代に薬なんてあるのか。あってもせいぜい薬草とかじゃないかと。

と思ったら、意外にちゃんとした小ビンを親父は戸棚から引っ張り出してきたではないか。


「血栓溶解剤だ。どこぞの学者が動物の毒から抽出したと言われている」


「スゲーなそれ。でもそいつを投与したが最後、血液がサラサラになるから手術はムリじゃないか?」


「だろうな。最後の手段だ。今のところ首や胸……上半身のどこにも血管の異常は見られない。

あ、そっか。脳や血管じゃなくてもっと大元の……心臓に原因があるかもしれない」


親父は聴診器を引っ張り出してきて患者の胸にピタリと合わせて心音を難しい顔で聴き取りだした。

だが親父はすぐに聴診器を放り出して首を横に振った。


「まったく正常だ。ちょいと弱いが元気な心音をしてる。ますますわからん……」


「どうする。一か八か投薬を……」


と言っているとなんと患者が起きだした。目をこすり、ここがどこか確認している様子だ。

そしてあのお決まりのセリフを口にした。


「ここは……私は一体……?」


「部屋で倒れて医務室に運ばれたそうだ。相当具合が悪かったんじゃないのかね?」


目の前で白衣を着ている親父を見てすぐ医者だと理解した女性はいきなり大声でこう言った。


「私、最近吐き気やめまい、気分が悪くなることが多くて。

たしか今回も突然気分が……頭を打って痛かったのは覚えてます」


「なるほど。ずいぶんはっきり話せるようだ。トーマ、こいつをどう見る?」


「血管の疾患ではないはずだ。血管が悪ければ時間が経過して症状が悪くなることはあってもよくなることはないはずだ」


「そうだ。この女性の悪いところがますます解らなくなったと言える」


「脳が悪くないとすると、三半規管とか。耳の奥に異常が発生してるかもしれない」


三半規管こそめまいの原因として真っ先にやり玉に挙げられるやつだ。


「だが耳の奥も治療はほぼ不可能だろう。こうなってくると、もうアレだな」


「アレだと親父?」


「ああ。若い女性が体調を悪くしているときにまず疑うこと。トーマ、夫を呼んでこい」


「わかった」


この人の住所はわかっている。患者を運んでくれた妹と夫が医務室の近くで一緒にいたので、これを俺は医務室まで引っ張った。

戻ってくると親父は女性の子宮のあたりに聴診器を当てているところで、俺たちが部屋に入ってくると、ふっと息をついて立ち上がった。


「どうやら奥さんは元々貧血気味なうえ、つわりの症状が重かったようだ」


「つわり? それじゃあ……」


患者とその身内合計三人はそれぞれ顔を見合わせた。親父はほっとして椅子に座りなおしてこう言った。


「おめでとうございます、というところかな。聴診器で赤ん坊の心音が確認できた。

奥さんはそうとも知らず体調が悪くなったのと、もともと貧血気味だったせいで極度の緊張状態になったようだ。

精神状態によって体の異状は時に倍増することもあるからな。これを渡しておこう」


親父は話をしながらちくちくと乙女のようにガーゼを縫い合わせており、もこもこした白い帽子を患者に渡した。

考えてみると医者だから裁縫は得意で当たり前である。


「貧血の薬も出しておく。必ず飲むように。部屋ではその帽子をかぶって過ごすといい」


「ありがとうございました先生!」


「命の恩人です!」


「お、おめでとうございます……」


とさっきから放置されている妊婦が言った。


「お大事に。さて問題はマリアさんだが……」


親父はM字開脚している妊婦の膝を何の意味もなく手でたたいた。


「今から帰るんだったらホラ、あっただろ。穴を超える時にてんやわんやの大騒ぎになったこと」


「あったなぁ」


「あれをなるべく緩和してくれ。場合によっては生まれるまでここで待機だ」


「大丈夫、俺がなんとかする。俺はもう行くよ親父。助手とかはなくて大丈夫だよな?」


「ああ。アンタはこいつを手伝ってやってくれ」


「わかったわ。あなたも妊婦さんを頼んだわよ」


と言ってからエースは俺の手を引っ張りながら医務室のドアを開けた。

俺たちは二人で並んで歩き、操縦室へ戻るとすぐにエースは操縦席へ、俺は船内放送設備の担当となった。


「本船はこれより五分後に姿勢を九十度傾斜させる。穴を降りてスフィアへ帰投する。

船員の皆さんは自室に戻り、バスルームの浴室で耐衝撃態勢をとれ」


「トーマ。次来るときはもっと船をパワーアップさせて来ようね!」


「うん。それにベンツには悪いが次は少数精鋭で来よう。移民船というのはもう考えない方がいい」


「そうだよね。敵と遭遇する確率がある以上、こんなにたくさんの人を乗せなくても……」


「ああ。次はベンツなど必要最低限の人員以外は戦闘要員で来よう。道中退屈が支配するかもしれないが……」


ここからの模様は正直、あまり大して言うべきことがあったわけではないので大胆にカットしてしまおうと思う。

まず、俺たちはウィンチとアンカーそれにジェットの逆噴射などを使って慎重に姿勢を制御しながら千八百メートルなどという恐るべき高低差を降りた。

船員になるべく負担をかけないようにだ。首一つ振るのも慎重に時間をかけ、これまでくぐってきたすべての穴を一つにつき一時間ほどかけてくぐる。

そして仕上げはエースの持っている銃を使い、スフィアまで帰還した。


道中、マリアさんは特に別条もなく出産したが、出産したのちに彼女は前立せんがんであることが判明して大騒ぎになったことは余談だ。

妊婦が前立腺がんなど何の冗談だと思ったが親父は本気だった。ノイトラは男特有の前立腺という器官を持ち合わせている。

そしてこれが完全に退化するわけではない。例えば男性だって乳がんになることもあるが、まあそれと同じである。


マリアさんが感じていた腹痛は正確には下腹部痛で、その原因は体内の深いところにある器官の病変であり、速やかな全摘手術の結果彼女は快復した。

まあ、その後再発したり転移が見つかったりしないとは限らないが、俺たちの技術力ではそれは無理な相談である。

技術力を上げたい、というある意味どうしようもない課題が俺たちに立ちふさがるが俺はそれを待っているほど気長ではない。


俺たちは帰ってすぐ、この船を格納していた格納庫で会議し、一年間の充電期間の後、少数精鋭で再出発することを約束した。


ここ二話ほど一話あたりの分量が多いですが別にいいですよね。

この作品をブクマしてここまでついてきてくれるような人は相当な猛者だろうと思うので。

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