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転生したら人権のない被差別種族だった件  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
最終章 魔王誕生
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第六十話 新時代

俺はエリザベスの部屋をノックして訪ねた。別に事前に王の力を使って頭の中に語り掛けてもいいが、ノックよりも心臓に悪いからな。

出来れば力は使わない方がいい。エリザベスは出てくるとすぐ部屋の中に入れてくれた。

俺の部屋とほぼ変わりのないがらんとした部屋に入ると早速こう言った。


「料理の専門家として話を聞かせてほしいんだが、アルコールの……つまり原液がある場合、どう使う?」


「アルコールの。ということは王様、それはすでに蒸留してあるということですか?」


「まあそのようなものだ。科学は空気から酒を無限に作ることが出来る。

その酒をどう有効活用するかというのを博士と話していたところなんだ」


「私も料理にお酒は使いますけどそう大量には使いませんし、むしろお酒はお客さんに飲んでもらう方がずっと多いでしょうね」


「酒と言っても原液のままだとただの刺激物に過ぎない。医務室のほうでは消毒と麻酔に使うんだが、どうせならエリザベス。

君には美味しいお酒を造ってもらいたい。具体的にはどうすればいい?」


「果実を漬け込むのが一番手っ取り早く香りと味をつけられますね。それとジュースと混ぜてカクテルにするとか。

ほかの方法だと、木樽から芳醇な香りが移るのを待つ時間などが必要ですね。

他にも燻製だったり発酵だったり……いずれも時間や手間が相当かかります。

かなり貴重なものになりますし時間もかかりますからおカネをたくさんとらないと」


「勉強になった。エリザベス、食糧庫を案内してくれないか」


「もちろんです。王様なら博士たちも怒らないでしょう」


「あ、やっぱエリーも船長は実質博士だと思ってるのね……」


俺たちは部屋を出てすぐ左にいったところにある食糧庫のドアを専用のカギで開け、中に入った。寒い。

船内は常に二十度くらいの温度に保たれている。半袖ででも長袖でも過ごせるくらいの快適な温度だ。

多分食糧庫の中は零度くらい。かなり寒い。ほとんど冷蔵庫だ。

食糧庫にはベンツとエースが独裁していることもあって、ヘルシーで堅実なラインナップが収納されている。


塩、砂糖、油などの必需品がアクリルのように透明度の高い、しかも硬くて軽い素材の箱に詰まっているのが塔のように高く積まれ、これが林立している。

このカテゴリーには小麦粉とコーンスターチ、玄米、豆類といった主食も含まれていた。

それだけに食糧庫の中は半分くらいこれらで占められている。


「第二食糧庫の中はもう見たか?」


「ここと同じですよ。しかし妙ですね。お魚だけ大量にあるんですよ。しかもバリエーション豊富。

もしかして博士か……もしくは王様の大好物だったりするんですかね?」


「魚?」


「ええ。養魚場で働く男性も見かけました。そんなに魚が好きなんですかね?」


「ああ。そうみたいだな」


親父め自分勝手な奴だ。そんなに大好物を毎日食べたいのか。

あるいは、ベンツがよっぽど親父に気を利かせたのかもしれない。

あとで確認したところ養魚場はこの近くに存在し、食糧庫への冷房の排熱を利用して水を温めていた。


しかも人工光合成しているので酸素が余るほど大量に出る。これを一部拝借して養魚場の水槽に酸素を吹き込んであげる丁寧ぶり。

なにか努力の方向性が間違っている気はするのだが、ともかく養魚場は食料のバランスやバリエーションには曲がりなりにも寄与していた。

赤身魚に白身魚、青魚に至るまで存在し、この乾燥して冷涼な冷蔵庫では干し魚も作っていた。

さらには養魚場には別個でいくらかの貝を育てていた。俺も貝は好きだ。

アレルギーのある人もいるが、うまみ成分が非常に多く含まれているからな。


まったくものすごい力の入れようだ。まあ魚の話はともかく、食糧庫には皮をむいていないフルーツや野菜も備蓄されていた。


「これなら果実酒とかカクテルが作れそうだな。まあ俺は飲まないけど」


「確か食糧生産は全部王様の管轄なんでしたよね?」


「一応な。発電と生産は全部船長の俺の管轄だ。俺以外に務まるものはいない。

ただ発電や生産現場の担当者は特に決まってない。

強いて言うならこの船に乗っている全員がそうだ。博士にも話をつけるから、食糧全般はエリザベスの管轄としよう」


「私がですか?」


「船員各人によるこういう食べ物を生産してほしいという要望はすべて君に話を通せばいい。

俺に持ってくる必要はない。そして何を生産するか最終的には君が決定すればいい。

この船の全員……約一名エースを除くが……の命を君が預かるんだ」


本音を言うと面倒くさいので、食糧のことはエリザベスに丸投げしようと思っただけである。

もちろんそれには彼女への全幅の信頼あってこそだが。


「私は食糧生産計画を立てて王様に持っていけばいいということですね?」


「ああ。この船ってモノを生み出せるのが便利すぎてその辺アバウトにしか決まってなかったからな、今決めよう。

計画は週に一度で構わない。原則、計画を提出して俺たちが却下を出すことはないから安心してくれ」


「わかりました。私、王様に評価されてうれしいです。特別扱いしてもらって、何かお返しできるといいんですが。

そうだ。王様の好物ってまだ聞いたことありませんでしたよね。料理をお出ししたことは何度もありますけど……」


「俺の好物? 言ってもいいのかな。第一生産できるかもわからないんだけど」


「言ってください。私、腕によりをかけて作りますから」


「実は俺、ナッツ類が好きなんだ。アーモンドとかクルミとか」


「リスみたいで可愛いですね」


「焙煎したり燻製したり、チョコレートをかけてみたり、生で食べたり色々できる。

栄養価も高い。好物なんだけど作れるかな?」


「やってみましょう!」


「頼んだ。エリー、今回頼んだこと全部覚えてるよな?」


「もちろんですよ。お酒の有効活用法の模索。食糧生産計画。そしてナッツ類でしたよね」


「そう。すべて君に任せ……ぬわっ」


「きゃっ!」


びっくりした。急に船体が揺れたかと思う九十度ほども重力の向きが変わって俺はバスルームのドアに向かって墜落してしまった。

その上に、別に太っているわけでは全くないが巨体のエリザベスも墜落してきてドアが壊れるかと思ったほどだ。


と思ったら重力の向きは百八十度変わり、今墜落したのとは反対方向の部屋の壁に俺たちはまたしても墜落してしまった。

俺とエリザベスはもみくちゃになり、さらにもう一度重力の方向が変化してひと悶着あった後、また静かになった。

船体が壁を登って穴をくぐり、その後、今度は逆に壁にひっついてカサカサと下に降りていき、ようやく地面を歩き出したというわけだ。


確かにバスルームの浴槽にしっかり掴まっていないと大惨事を引き起こしかねない。

俺は目を回しているエリザベスを抱き起すとさっき乱れた前髪をかきあげて廊下に出た。

急いで操縦席へ戻るとすぐにベンツに指示された。


「もう大丈夫だから娯楽室なり食堂なりに行ってくれ、と伝えてくれるかいトーマ君?」


「そうだな。みんな退屈してたみたいだし」


「ご苦労様トーマ。穴を超えた……いよいよ新天地だよ!」


「人が住める土地……はまだなさそうだな」


小さい窓から見える外の景色は相変わらず暗闇だし空気もなさそうだ。気温も低いだろう。

変わり映えしない景色だ。俺はその後船内放送をして船員を落ち着かせた後、三階にある空気清浄室へと向かった。

するとベンツが俺の入った後、すぐドアから入ってきた。


「説明をしよう。空気清浄室は同時に動力機関も兼ねている。船で一番大きなエンジンが積まれているのがわかるだろう」


「人工光合成をするのと、エンジンで酸素を作るのではどっちがエネルギー効率がいいんだ?」


「もちろん光合成だよ。効率は千倍ぐらいになる。それでもなお、物質を好きに生み出せるというのは魅力的だけどね」


「へえ。この畑みたいになってるのは?」


「浄水場……まあはっきり言って、船員の老廃物を浄化施設で処理したものをこの畑にまく。

そういう循環システムだ。ちょっと難しい話だけど、人工光合成システムと有機的に結合した植物の畑なんだ」


「……?」


意味が分からない。俺が首をかしげてそうジェスチャーするとベンツは懇切丁寧に教えてくれた。


「トーマ君、植物は夏に成長し、また年輪も太陽の当たりやすい方向に偏って成長することは知ってるだろう」


「ああ、なんかそんな話も聞くね」


「それは光合成をしているからだ。太陽のエネルギーを炭水化物という形にしてため込んでいる。

だが水と空気中の二酸化炭素を炭水化物にする光合成だけでは植物は生きていけない。

窒素化合物やリンなども必要だ。だが、光合成が植物の成長速度に直結していることは事実。

人工光合成でそれを圧倒的にブーストしてやればリンや窒素などほかの栄養素も吸収するスピードが速くなり、成長速度がこれまでとはけた違いになったのだよ。

これはイチゴ畑だが、非常に糖度の高い果実が二か月に一度ほど収穫できる」


異常な植物だった。どうもエースやベンツは俺の想像以上に万能の天才だったらしく農学にも通じていた。

品種改良の結果なのだろうが、この畑に植えられているイチゴは葉らしきものが見当たらない。茎と根とまだちょっと青い果実のみなのだ。

人工光合成で間に合ってるから葉っぱで光を取り入れる必要がないってことだろう。

いったい何時品種改良なんてしている時間があったのか。それとも造換塔にデータがあったのだろうか。


「別にこの船を作ることになって急遽用意したわけじゃあないよ。

我がノイトラ王国は太陽の恵みがないし食料はエンジンで作っていただろ。

何とかしたいと思った結果、エースさんとともに開発したんだ。もっとも、雛形は造換塔のデータにあったんだけどね」


「それでも凄いよ博士。イチゴをお酒に漬けたりカクテルにするのもいいな……俺は飲まないけど」


「私はお酒をたしなむ程度だから、そういった甘口のやつのほうが好きだね」


「さて、じゃあ電気でも起こしますか」


俺がエンジンに手をかざして電気ショックを起こしたその時だった。


「ム?」


といぶかしげな顔をベンツがした。


「ム?」


俺も同じように目を細めてベンツのほうを見ると彼女は俺の胸に手を当ててボタンで留めていた服の胸元をはだけてきた。

俺は十四歳になったが相変わらず胸は平ら。別に成長なんかしなくていい。だから胸をはだけさせられて見られるのは構わないのだが……。


「私は以前から君の胸が輝くのを見たことがある。通常のノイトラでも多少光っていたが君は特別強く光る」


「そうだが?」


「これはまるで……残量の表示のようだ。君の胸の光が前回時と比べて暗くなっている部分があるのだが」


「それは俺の寿命が近づいてきているってことかな。特に自覚症状はないけど……」


「大変だ。今すぐ力を使うのをやめないと!」


「ほかのノイトラたちも同じように命を削ってるんだ。死ぬつもりはないがギリギリまで使いつぶさないとな」


「何を言っているんだ君は。君にしかできないことがあるんだ。同胞たちのためにも……」


「もうすぐだぜ博士。もうすぐノイトラたちの苦労も報われる。俺は知ってる。この世界には本物の太陽があるんだ」


俺は今にも泣きそうなほどうろたえているベンツの両肩に手を置いて優しくなだめるように、だが力強く、たった一人の聴衆のために演説した。


「太陽が俺たちを待っている。たとえ今回の旅がうまくいかなくても次がある、次の次がある。

もうすぐなんだ。手が届くところまで来ている。今しかない、今しかない。

この力、もうこれだけしか残っていないけど、最後の一滴までこの旅のために使いたい」


「もう我慢ならない、限界だ!」


「ぬわっ、びっくりした。顔にめっちゃツバ飛んだんだけど」


「ああそれはごめん。でももう我慢できない。私はもう……!」


「どうした。倉庫の話か?」


「来てくれトーマ君。私は君にそんなに優しく労わられる資格はないんだ」


「俺はそうは思わない。この船の隅から隅まで博士の努力と発明と技術と心遣いが詰まっていて、乗っているとまるで博士に優しく包まれてるみたいだ」


「とにかく来てくれ!」


俺は三階から二階へと降り、さらに階段を使って一階の倉庫までほとんど無理やりベンツに連行されてしまった。

倉庫は一階食糧庫の隣にあり、厳重に施錠がされている。ベンツが持っていたカギを開けるとやはりこの中もかなりひんやりとして冷房が効いていた。

というか食糧庫よりも寒い。間違いなく氷点下。こんなところにそこまで隠したいものが。


と思っていたら、二メートルくらいの高さのある箱状のものに黒い布がかぶせられた怪しいものが視界に入り、これをベンツが指さしていた。


「何かわかるか?」


「一応察しはついてるけど。わざわざ布をどけるまでもないだろ」


「これは一体なんだ?」


「俺のクローンだろう。違うのか?」


ベンツは布に手をかけていたのを中止して腕組みをし、深くうな垂れて大きく息を吐いた、

俺の心と同じように、その息は雲を形成して宙に舞った。


「すまない。君の保険がどうしても必要だとエースさんとも話し合って決まった。

ここに一体、王国の領土にもう一体安置している」


俺の吐く息も舞い上がりながら白く瞬いて、ベンツもそれを目で追っていた。

肺の隅々まで冷気が入り込み、俺の体温を盗掘団のように根こそぎ持って行ってしまいそうだ。

凍り付いた息も、凍り付いたベンツの顔も俺は構わずに、息を吐きだしつくした肺に一気に空気を吸い込んでこう言った。


「いつもだったら博士、いやーなんかクローン作っちゃったわ。ごめんごめん!

で済ませてただろ。ずいぶん引っ張るんで、何かと思えばこんなことか……」


「こんなこととは何だ。君の尊厳を踏みにじる行いだぞ。もっと怒れ!」


「いやどの立場で怒ってんだよ……」


「私も、もうわけがわからないよ。どうしてこんなに心がかき乱されるんだろう。

提案したのも実行したのも私なのに。私はどうしても君に嫌われたくなかった。

なのにどうしてだろう。私は君がこれに気付くよう仕向けていた」


「知るかよ。俺は乙女心はわからない。いや、俺も一応怒りたい気持ちもあるんだよ?」


「じゃあ怒るんだ!」


「でもなんかなぁ……自分より取り乱してる人が目の前にいるとかえって冷静になるというか……」


俺はいい年して子供ぐらいの年の少年の前で取り乱して涙目になって顔も耳も赤いベンツを見ていると噴き出してしまった。


「ぷはっ。なんか馬鹿らしくなってきた。さて俺のクローンはどんな姿かな」


布をどけてみると確かにそこには俺がいた。コールドスリープというやつか。

氷漬けになって眠っている。俺は一瞬だけそれを目に焼き付けた後、すぐに布をもとに戻した。


「こんな寒いところに長居は不要だろう。三階へ戻ろうぜ博士?」


「私を許してくれるのか……?」


「あれっ、もしかしてそいつを期待してたのか?

なるほど、乙女心ってやつは複雑なんだな……」


「乙女心はわからないと言ってなかったかな?」


「博士、落ち着いて聞いてくれ。いいか、博士は俺に恋をしている恐れがある!」


「なんだって! 四十歳すぎの私が十四歳の君に恋を!?」


「ああ。話を聞いてみると博士、アンタ俺に倉庫の秘密を匂わせてまるで見つけてほしがっているみたいだった。

確かに不思議だ。俺に嫌われたくないんだったらな。でもこうは考えられないか?」


「うむ」


「俺の尊厳を踏みにじるような行いをしていても、俺が博士を許すならそれは俺が博士のことを愛しているという証拠になる。

だから博士は自分でも無意識のうちに俺に倉庫の秘密を匂わせて探させようとしたんだ。

そしてついに我慢しきれなくなってここへ連れてきてしまったんだ」


「それだと辻褄が合うようだね。しかし私は君に恋をしているとして……どうしたいんだろう?

私は恋をしたことがないので、それがつまりどういうことなのかとか、具体的に何をすべきものなのかが分からないのだ」


「お、俺も知らないよ。何をすべきかなんて。とにかく、今回の件は仕方のないことだった。

博士の判断は正しい。俺は博士のことを許すから、とりあえずこの寒い冷凍庫から出よう!」


「悪かった。でも許すということは私を愛していることになると言ったのは君だぞ。

いいのか、こんなおばさんのバツイチで」


「しかし……うむ……」


そういえば、ベンツは俺にかなり直接的に私のことが好きじゃないのか?

と聞いてきた。あれが果たして恋する乙女の態度であろうか?

俺はだんだん自信がなくなってきた。ちょっとはこの心もベンツのために燃えていた気がしたが、その熱もこの冷気に剥ぎ取られたみたいな心地がした。


「ちょっと、そこで悩まないでくれよ!」


「とにかく外に出よう」


外に出て倉庫のカギを閉めた。俺たちは娯楽室や食堂へ向かったり、知り合いの居住区に行こうとしたりしている人の列をかきわけながら廊下を進み、階段を昇る。

そしてまた廊下を歩いて階段を昇り、また廊下をあるいてようやくこの通路の最果てにある操縦席にたどり着いた。

操縦席の前ではエースが仁王立ちしていて、俺たちが廊下を歩いて来るのをじっと観察していた。


「ふふん、その様子だと仲直りには成功したみたいだね?」


「エースさんも人が悪い。私たちがどうなるか観察して楽しんでたんだろ?」


「その通り。この船は私たち三人で回していくんだから二人には仲良くしててほしい」


「もちろんだ。確かにちょっとショックだったけど、博士とは天秤にかけるまでもない事だったよ」


「そう……」


少し嬉しそうにほほ笑んだ後エースは突然語りだした。


「こんな私にも大切な人がいた。その人がね、よく私のことを先生、先生って呼んでたの。

二人を見ているとそのことを思い出す。だから、二人に仲良くしてほしかったのは本当に本音なの」


「そういえばエースの記憶で見たっけな……」


「私のせいで心配をかけたようだね二人とも。安心してくれ。

もう隠し事はないし、おかしな様子になることもはいはずだ。

トーマ君、私には楽しそうに笑っててほしかったんだろ。元気な博士復活だっ!」


「えっ……トーマあなたそんな歯の浮くようなセリフ言ったの?」


とニヤニヤしながらエースが言ってきた。そういわれると素直に認めたくなくなるのが人情ってものだ。


「言ったような言わなかったような。ところでエース、この辺にエースの開けた穴は見えるか?」


「それが……全然見当たらないのよね。ロボットが修復しちゃったのかも」


「だいたいおかしいぜ。飛行機は空気の揚力を利用して飛ぶんじゃないのか。

真空中だとわずかに落ちながら滑空することしかできないんじゃないか?」


「つまり穴は高いところにあるって?」


「そう。天井に穴が空いていると考えるのが自然だ。それに修復されてても痕跡があるかも」


「痕跡ねぇ……あっ、あった」


「まじでかよ。登れるか?」


「博士、あれ登れると思う?」


「いや、無理だ。さっそく例のものを使おう。大丈夫、船外作業は必要ない」


「とはいえ……真空中では博士の言ってた気球作戦も使えないぞ。ここが無重力だったらよかったんだが」


「問題ない。構造物の強度は把握している。尋常ではない強度だからな。

崖登り用のアンカーとウィンチを搭載しているからいけるはずだ。

ただし少し準備が必要だ。船員のみんなに二十四時間ほど待機と伝えてくれるか?」


「わかったけど……」


「それとボスに伝言。例の作戦を実行するからトーマ君も空気清浄室に集合」


「なるほど。ボスっていうのは親父のことだな」


「ああ。君のトントンも呼んでくれ。操縦席はどうしようか……」


「カギをかけよう。私も行く」


ということになり、エース、俺、ベンツの三人は三階にある空気清浄室へ集合。

少し遅れて親父とトントンが入ってきた。別に具体的に区分しているわけではないが、実質的にはここにいるメンバーが上級乗組員。


それ以外が一般乗組員だ。彼らには難しい仕事や重要な仕事は任せず、なるべく楽に乗っていてもらう。

俺たち五人が空気清浄室の一か所に集結するとまずはベンツから説明があった。


「ボスたちにはもう言ったが、船の人工光合成機関のガスを一時的にこちらのタンクに貯める」


「えっ!? 俺の養魚場への酸素は?」


「ボスのではない。みんなのための養魚プールだよ。ただ、魚たちへの供給は元々ほんのわずかだから継続する」


「ほっ……俺はそれだけが心配で」


「このまま高温高圧処理プラントでの作業に移行する。もちろん私以外では動かせないから私がやろう」


「博士、頼むから過労で倒れないでくれよな?

アンタ予備や保険は大好きと言ってたけど博士の予備はいないんだからな」


そんなものを用意する時間はなかった。時間があったとしてもそんなに頭のいい人間はそういないだろう。

強いて言うならエースが代わりになれるかも、といったところだがエースは操縦で忙しいのだ。


「そうも言ってられないだろうトーマ君。さて、今ここにあるものを整理しよう。

水素、酸素、窒素化合物、リン、カリウム。

すべて人間および植物の畑や養魚場へ供給するための肥料だったり、呼吸や生存に必須のものだよね。

だから使ったら使った分はエンジンを使って補給しなきゃいけないけど、これを使えば下へ向かってジェット噴射が出来る」


「するとどうなる?」


「ウィンチへの負担が軽くなる。というのも、我々にはエネルギーが死ぬほどあるわけだけど、ウィンチの巻き取りの出力には限界があってね。

例えるならブクブク太った人間は数か月食べずに活動できるエネルギーを蓄えているが、懸垂の一回もできないのと似ている」


「なるほど……なんか格好悪いけどわかりやすい例えだったな博士」

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