第五十八話 歴史を刻む!
「急にどうしたんだよベンツ博士。別にいいじゃんそんなこと」
「いやよくはないでしょトーマ……」
俺は諫めてきたエースに言い返した。
「だけどエース、足りないってどういうことだ? そんなに長旅は予定してないぞ」
「何を言っている。スフィア以外で人間が住めるところを見つけるのが我々の役目じゃないか。
トーマ君、この二年ほどの間、ノイトラ王国に尽力してきたのはなぜだ?
自分が旅立ってからもこのスフィアが安泰で、ノイトラも少しでも楽になるようにじゃなかったのかい?」
「ちょっと待てベンツ博士。なんか行き違いがあるようだ。博士はいったいこの宇宙船で何をしようとしているんだ?」
「もちろん移民だよ。旅立っていいところがあればそこに移民し、我々はスフィアに戻って新たな移民を募る。
その際に寿命が尽きても我々が移民先で子供を遺していれば血筋は繋がり、人々の新天地は失われることがない」
「寿命が尽きて……だと。ダメだ。みんな博士の言うことわかるか?」
「まあなんとなくは……」
「よくわかりませんけど、赤ちゃんを作るのはいいことだとトーマ様も常日頃言ってますしね」
とアンリは苦笑いした。皮肉のつもりかもしれない。
次にコロンビーヌとアルはこう言った。
「なるほど。そこが人工ではなく本当の太陽が照らしてくれる場所ならノイトラの発電は最低限ですみそうですね」
「開拓って、一番最初の世代が一番苦労するけどな。でもまあいいぜ。この土地に俺は未練はない」
「なるほど。それならベンツ、私とよりを戻す気になったのか?」
冗談のつもりか知らないがトントンが言うとベンツはあっけらかんとして答えた。
「君とよりを戻すのは構わんが、私はエースさんと同じだ。子供を作れる人という計算に入れてもらっては困る」
「ほう。じゃあベンツ、お前はどのくらいの人数が必要だと思う。ノイトラか、人間か?」
親父はクズなので何を考えているのやらわからない。だがおそらくろくでもないことを考えながらベンツに聞いた。
「道中のことを考えると残り連れて行くのは全員ノイトラがいいだろう。
最低でも五十人。実際、百人ぐらいは生活できるように居住区を作ってあるからね。
道中子供が出来てもいいように余白も設けてあるから、実際はもっと多く収容できる」
「なるほどな。思ってたんだが、うちのトーマのお気に入りの子。あのエリザベスとかいう子は適任に違いない」
「ほう。というと?」
「牧場の雌牛のような豊満な生命力を感じる。元気な子を産みそうだ。俺の孫が早くも見れそうだ」
「孫って見たいもんなのか?」
「そうだぜ。みんな赤ちゃんが大好きだ。他人の家で泣いてくれてる限りはな」
親父のクソ野郎発言は留まるところを知らない。なんだか会うたびにバリエーションが増えている気がする。
とはいえ親父の人の見る目は確かだ。革命軍は有能でいい人が多いし、エリザベスが非の打ち所がない素敵な人物であることも間違いない。
それに俺は別に、エリザベスがお気に入りなのは否定しない。実際、かなり特別扱いはしている。
そしてまた、彼女に牧場の雌牛のごとき豊満さがあることも認めよう。
骨格からしてもうすでにガッシリしていて、そのフレームにたわわな肉が実っている。
とにかくデカい。胸もたしかに非常に豊かで大きいが、それを感じさせないほど体全体が大きいノイトラだ。
骨盤や腰つき全体も広くて大きく、彼女に俺を生んだ覚えはないのにお母さんと呼びたくなるタイプである。
多分本人は気にしてるかもしれないが、いわゆる華奢でかわいい感じの体型にはどう頑張ってもなれない。
まだ二十代前半と若いはずなのに、すでに熟した大人な魅力を放っている。ベンツも彼女を知っているようで名前が出ると反応した。
「確かに、彼女は生命力が非常に強そうだよね」
「そうだね。一度見たことがあるが、活発で気持ちのよい子だった。
私もトーマの妻として、彼女なら悪くないと思ってるよ」
「トントンまで……」
「よし、さっそく招待状を手配しなければね。
一応何人かにすでに招待状は送ってるけど結構断られてるんだよね。しょうがないけど」
そりゃまあ、この場に俺たち以外に誰もいない時点で全員に断られているということだろう。
親父は面倒くさそうに頭をかきながら、革命軍初期メンバー同士特有の親しさで言った。
「まったく……そういうことは事前に言えよ。で、どうすんだトーマ。
ベンツは完成したと言っているんだ。この十二人でなら今すぐ行けるんだろ、外へ?」
「もちろん行けるが、それならば最大でも行きで半月、帰りで半月、一か月程度の旅になりそうだね。
これじゃあ本番だってのに試験運用みたいじゃあないか」
「博士、新天地への旅なんてそんなことを夢見てんのか?」
「夢見るだろう。考えてもみろ、外に人間はいた。しかも恐らく人間は死に絶えている。
新天地じゃないか。ワクワクするなぁ。開拓って言葉、私は大好きでね」
「そりゃ、嫌いな奴はいないだろうけど……まあいいや。博士がそう言うなら俺もひと肌脱ごうじゃないか。
久しぶりに王の力を使うとしよう。何年ぶりかな?」
「ちょっと待って、命令して連れてきてほしいってわけでは……!」
「そんな心配そうな顔しなくてもあくまで応募をするだけだよ。
新聞に広告うって明日の朝刊に載せるよりこっちのほうが早いだろ?」
「そ、そうだね。年齢はゼロから三十歳まで。資格不問。ノイトラなら全員歓迎だと国民に伝えてくれ」
なお、ベンツやエースなど三十歳をゆうに越している人員が今まさにここにいる気もするが、まあそこはあえて触れる必要はないので触れないでおいた。
「わかった」
次の瞬間には、もうすでに我が国に生きるすべてのノイトラの頭の中に俺の声は響いていた。
二年ぶりに使うこの力。改めて思うがあまりにも強力すぎる。
正直言って俺がいる限りバトル展開とかになっても盛り上がりようがない。
まあそれだけにアルやコロンビーヌたちが派遣された天使と戦った壮絶な模様はさぞ盛り上がっただろう。
俺がいなかったからこそ死闘になったのだろうが、見られなかったのは残念だ。
今回はここで解散し、続きの説明は翌日になった。翌日研究所を再び訪ねてみるとベンツは入口で出迎えてくれた。
それに留まらず、にやにやが止まらない、といった風に小躍りしそうなほど喜んでいた。
「ねえねえ聞いてよ。抽選式になったよ!」
「ええっと、定員をオーバーするぐらい応募が来たってことか博士?」
「そうなんだ。いやはや持つべきものは王様やってる友達ですな。
あ、クツ磨きましょうか。肩揉みましょうか?」
「見苦しいですよ博士。三十歳も年下の子供にこびへつらって……」
「よせアンリ。ちょっと嬉しくて変なテンションになってるだけだろう」
「悪い悪い。厳正なる抽選ののち一週間後にはついに、外の世界へ出発するつもりだ」
その後、エースが登場して例の武器を手に持ちこう言った。
「この銃を使ってね。壁はこれで破壊する。私もこれを使って穴を開けてスフィアに入ってきたようだから」
「わかった。ところで博士、少しツラを貸してくれ」
「わかった。ツラでもヅラでもなんでも貸すよ……」
俺はアンリとエースを置いて、物陰にベンツを連れ込み、小声でこう持ち掛けた。
「もし感謝してるなら頼みがある」
「ほう。何でも言ってくれていいよ」
「エリザベスという名のノイトラがもし応募者リストにいたら……」
「わかっている。不正……じゃなかった。厳正な抽選のうえ当選させるのだね?」
「ああ。俺は王様。権力者……権力者には腐敗がつきものだ。まあもしリストにいなかったら別にいいんだけど」
「わかった。善処しよう。しかしトーマ君、君はてっきりエグリゴリが……」
「エグリゴリも好きだ。エリーも好きだ。それ以上でもそれ以下でもないよ博士。
ただまあ、彼女はツガイになる相手として間違いなく魅力的なのは確かだが」
「ツガイって君ね……」
そうとしか表現しようがない。もっと直接的な表現をすれば繁殖相手だ。
エリザベスの肥えた雌牛のような大きな体で元気な子をたくさん産んでくれそうだ。
もちろん、俺にそうするつもりは今のところ全然ない。
もし本当に全員の遺伝子を遺さなければならないという極限の限界集落を作ることになったらそうするだろうが。
「博士、アンタはつまり第二のスフィアを作ろうってわけだろう?」
「そうだよ。ようやくわかってくれたみたいだねトーマ君。このスフィアは負の歴史を抱えている。
エグリゴリによって支配され、その配下はエグリゴリが人間に興味がないのをいいことに好き勝手していた。
第一、外部にエネルギー源がないのでノイトラに完全依存をしていた。第二のスフィアは違うぞ。
本物の太陽に照らされて人々は自由に生き、ノイトラが身を削ってエネルギーを生むのは必要に駆られた場合のみ。
今のノイトラ王国も居心地いいけどね。やっぱり新天地が私は見たい。
それに、スフィアが仮に全滅したとしてもほかに生き残る場所が必要だろう?」
確かに。スフィアがなくなったら多分人類は完全滅亡。
聞くところによるとエースがイブを生んだらしいが、イブは多分スフィア以外では何百年ぶりとかに生まれた人類ではないだろうか。
例えば今の代ではノイトラが人間を見捨てることはない。俺がいるからだ。
だが何百年後かに別のノイトラの王が生まれたらその時はどうなるか分からない。
そして新天地で生きていくなら、血が濃くなりすぎないように最低限の遺伝的多様性を保っておく必要があるのだ。
そのために百人ぐらいを確保した宇宙船で旅立つというのも決してやりすぎではない。
「私も君と同じだよ。"予備"や"余白"に、"備蓄"、"保険"といった言葉は大好きなんだ。
重要なものには何でも保険を用意しておくべきだ。そうだろう?」
「いやまったくだ。その通りだ博士。俺の考えが浅かったよ。
博士やエースの考えた通り、移民先を見つけなければ本当の意味で俺は解放の戦士にはなれないんだと気が付いた!」
「わかってくれてありがとう。私も若くない。最後に、君の子どもだったら産んでもいいよ」
「いやあの、博士。こういうのは好きな人同士で……」
「私は初めて会った当初から君のことが大好きだが? 君はそうではないのか?」
なんか好きというのが俺とベンツとで意味が違う気がする。
トントンも急にベンツにこんなことを言われて結婚したはいいものの、一か月くらいで別れてしまったのに違いない。
「いやそういうわけでは……博士のことは尊敬しているし、魅力的だと思ってる」
「では構わないではないか」
「俺は博士のことは好きだよ。ただこの話をされる前に予備だの保険だのの話をされてなかったらもっと乗り気になれたが……」
「ぎくっ」
「ぎくって口で言うなよ。全く博士は一緒にいて飽きない。面白い人だなぁ……」
俺に何かあっても予備の王の力を持つものがいれば安心だ。そのようにベンツが考えたことは明白だ。
もはやここで二人で話している意味があるとも思えないので俺はさっさと別れを告げた。
「じゃあな博士。一週間後にまた会おう。日時は?」
「キリのいい正午にしようと思っている」
それから一週間、俺は特に仕事をするでもなくダラダラと宮殿で過ごしていたが、宮殿にいる俺は約束の時間のおよそ一時間前には準備しておかないといけない。
意外と遠いからな。そういった理由で実の兄、アンリが宮殿の俺のところへ午前十時半ごろに迎えに来た。
「トーマ様。時間ですよ。そろそろ参りましょう」
「いい加減その堅苦しいしゃべり方やめてくれない?
実の兄弟だってわかったじゃないか。なあアンリ?」
「この方が慣れてますから」
「そうか……そういえばアンリ、道すがら話したいことがある」
「お供します」
俺はアンリとバスに乗っている間に極めて重要な問題を議論のテーブルに乗せた。
「なあどう思う。俺たちは宇宙船に乗るんだ。この先どれだけ長いこと乗っているかわからない」
「もしお嫌でしたら、すぐに取りやめることも王の力なら出来るでしょう」
「それはそうだが……船の中での娯楽っていうのは切実な問題だ。ヒマすぎて狂ってしまうことも考えられる」
それに、船が俺たちの意思で引き返すことが出来るならいいが、たとえば難破したりして無人島みたいなところに置き去りになったら?
確率的に見て非常に低いがあり得ない話じゃない。
確かにベンツはそういう時のことを考えても、やはり遺伝的多様性を保っておかないと集落が絶滅すると考えている。
だから人をたくさん集めたかったのだ。人がたくさんいるとそれだけたくさん娯楽を用意する必要がある。
「人は何もなくても娯楽を楽しめると思いますが。特に船の中がノイトラだらけなら」
「確かに子どもを作れと奨励してるのは俺だけどさ……」
「ノイトラの船員が増えればそれだけ生み出せるエネルギーが増えます。いいことじゃないですか」
「モテないやつはどうなる。何十人も移民を募れば何人かはモテないやつも出てくるぞ」
「トーマ様はお優しいですね。たかだかモテない奴ごときのことまでお考えになるとは。
このアンリ感服致しました。全くあなたが王で本当によかった」
「俺は真剣に悩んでるんだぞ」
「失礼しました。ですがベンツ博士は人間のことを意外によく理解してらっしゃる人でしょう。
そういうことを失念しているとは僕は思いません。何か面白いことでも考えていてくれてるんじゃないでしょうか」
「だといいが……」
俺たちはそんなことを話しながらバスに揺られ、予定時刻ギリギリに例の場所へ到着した。
研究所の格納庫に顔パスで入るとそこには俺の知り合い以外にもたくさんのノイトラが集まっていた。
その中のベンツを見つけると俺はアンリを置いてこっそり近寄っていき、肩をつかんだ、
振り向いたベンツは俺と目が合うなりにやりと口元をゆがませ、なすがまま俺に手を引かれていく。
そして気持ちの悪いヤスデみたいな脚の間から伸びる、一見すると脚と間違えそうなタラップの階段を昇って二人でまだ無人の船内へ入った。
「ああ、案内してほしいんだね。君の居住区はいささか特別製にしておいたよ」
「面白いもんでもあるのか?」
「そうだね。まあ見てからのお楽しみってことで」
俺はエリザベスがこの中にいるのか聞こうとしたのだがまあいい。船内は外装と違ってまったく気持ちは悪くない。
清潔だしモノもごちゃついていない。というのも、俺たちは必要物資は道中作れるので出発時の荷重を軽くしておくことが出来るからだ。
それに壁や床は明るめの緑色と白色を基調とした落ち着いた色使いで目に優しい。
照明も明るくてしっかり廊下の隅々まで照らしてくれている。そんな好ましい廊下を進み、階段を上がっていく。
そしてさっき来た方向へ折り返して数十メートル歩くと恐らく船首付近に来たのだろう。
ほんの小さな窓から格納庫の様子がわずかにのぞく。この船首に操縦席がある。その操縦席を挟むように二つのドアがあった。
「右のドアが君のだよ。私とエースさんは同じ部屋に住む……左側のドアだ」
見てみるとドアにはそれぞれ番号が振られている。
ドアの番号は左が一、右が二だった。
「なるほど。じゃあ抽選のクジには部屋番号も書いてあるというわけか」
「ああ、だから迷うことはない。今から抽選会をするけど乗り込みはそれも込みであと一時間もすれば完了のはずだ。
私とエースさんが操縦士と副操縦士であり、かつ整備士と機関士も兼務する。そして君が船長だ」
「なるほど。事前にそれ全然知らされてないけどまあいい。博士のやることだからな」
「あ、そうだ。忘れるところだったね。部屋を開けてみたまえ」
「ああ、二番のドアか?」
開けてみるとキングサイズくらいのベッドがあり、謎の本がぎっしり詰まった高さ三メートルくらいの本棚。
それに中へ入って詳しく調べるとトイレ付バスルームなどもあり、ちょっとしたいいホテルの部屋みたいだった。
「いい部屋だな。ありがとう。だが面白いものって……」
「キングだからキングサイズ」
「……」
俺が反応に困って口をつぐむとベンツはなにが面白いのか、一人でテンションを上げ始めた。
「はははっ、まあそう怪訝な顔をするなよジョークだよ。ねえトーマ君。
まさかとは思うけど、一週間前に言ったこと忘れてないよね?」
「博士が忘れてたらいいとは思ってたが」
「私は操縦や整備の仕事で忙しいからね。まあ気が向いたら世継ぎでも作ってみるといい。
ベッドは大きいから相手が大きな体のエリザベスくんでも困らないだろう。
ああ、それと言い忘れていたが倉庫には入るんじゃあないぞ?」
「倉庫? そんなこと言われてもどこにあるかも知らない」
「そうだね。とりあえずトイレと風呂は備え付けているし食堂もある。
それに食堂だけでなくレストランも後で作っておこう。エリザベス君が働けるようにね」
「どうもお気遣いありがとう博士。あと一時間したらついに……出発なのか?」
「ああ、そこの窓があるだろう。出発の際にはそこから銃の先っちょを出して撃って穴を開ける。
恐らく反動があるだろうから撃つときは自室で待機して、この操縦席には入ってこないようにしてくれよ」
「わかった」
いよいよだ。俺は武者震いがしてきた。いよいよ出発だとようやく実感できてきたのだ。
本当に本当に、なんて長い道のりか。ここまでいろいろあった。
別に世界を救うとか大それたことは思ってないが、この狭間の世界のさらに外側へ飛び立つことはこの空白だらけの人類史に大きな一歩を刻むことだ。
スフィア内の伏線はもうほぼ回収しきったのでまた伏線を仕込むターンになります




