第五十五話 いい国作ろうノイトラ王国
「誰に通信を?」
「ちょっと野暮用だ。気にしないでくれ」
俺がコールしたのはもちろんエグリゴリ。エグリゴリは果たして俺に何かこう罪悪感みたいなものを持っているのだろうか。
それともケロっとして何事もなかったようにコールに出るだろうか。エグリゴリが応答した。
「体はもう平気のようだな?」
どうやら前者だったようだ。俺はシャワー室から出て体を拭きながら話を切り出す。
「俺のこと心配してくれてた……と捉えてもいいかな?」
「好きにするがいい。それを言いたかっただけなら切るが」
「もし申し訳なく思ってるなら頼まれてくれ。エグリゴリ、お前の力を借りたい。
移民を連れてくる仕事をしてくれないか?」
「ノイトラの移民か。それがお前の役に立つならそうしよう」
「どうした。俺の言っていたことを真に受けたのか?」
「私は一刻も早く統治機構と連絡が取りたい。お前の頼みを聞かなければ、お前は動こうとしないのだろう」
つまり、エグリゴリは自分が俺の役に立ちたいのは俺がグズグズと仕事を溜めていてエグリゴリの頼みを聞き入れる余裕がないからだと言っているのだ。
素直じゃないやつめ。と思いつつ俺はこう答えた。
「別にそんなつもりはなかったが、まあ、移民がさっさと来てくれるならそれに越したことはない」
「それならば鉄道を作ってやろう。簡単だ」
「まじで? ここへ来る途中砂漠とかあったけど、線路とかちゃんと敷けるわけ?」
「スフィアの地下は熱暖房システムになっている。すり鉢状なのだ」
そう。俺は思いがけないところからそれを思い出すことになる。思い出してほしい。
この世界には二つの太陽があり、一つは空に、一つは地下に埋まった。
そして水が大地に染み込んだら地下の太陽に触れて蒸発し、天に昇って雲になると。
その循環システムは単純明快。スフィアは全体がすり鉢状になっていて中央ほど深く、そこに水がたまる仕組みになっている。
これによってどうなるのかというと大陸の中央は常に水浸しになるのだ。そして親父の出身地は大陸中央の帝国の首都だという。
親父が魚釣りで生計を立てていたと言っていたが、それもそのはず。大陸中央は水浸しなのだ。
そして地下で熱せられた水が沸き上がり、流れ込む水と合流してぬるま湯となる。
親父やトントン、そしてセシルやイザベルといった連中の故郷はちょっと危険だが温暖な湿原地帯なのだ。
超巨大な湖と湿原が広がる大陸中央部の湖畔あたりに帝都はドーナツ型の姿をして存在しているはずだ。
これで川の謎も解けた。スフィアにある川は俺も世話になった通り、物流の大動脈だった。
これは大陸中央の湿原へ向けて注ぎ込む川だったのだ。そりゃそうだ。スフィアの南半球の水の大半が流れ込む川だったのだ。
あれだけの大河になることも自然。また、北の合衆国からも同じように中央へと南下する川が注いでいる。
つまり合衆国側の川と王国側の川は一応一つに繋がった水系なのだが、この水系を使い、国境を船で行き来することは不可能だ。
湿原から川へ戻るのは、かなりの傾斜があるので船では絶対に行き来できない。
これでは経済的にも文化的にも心情的にも南北は永遠に相いれないわけである。
だが、その南北でさえ否が応でも和平せねばならなくなる。俺の力でな。
「エグリゴリ、つまりすり鉢状ということは中心から遠いほど底が浅くなってるってことだな?」
「いちいち確認しなくていい。バカにしているのか。それだから、鉄道を敷設することは可能だ。
これまで誰もやろうとしなかっただけでな」
そういえば壁の近くの、つまり中心から遠い場所が砂漠だとはかなり前から聞いていたのだが、その理由もわかった。
すり鉢状になっていて中心から遠いということは中心と比べて標高が高く、水が流れ落ちて行ってしまう場所なのだ。
そして中央部は流れ込む水を沸かして雲を作っている場所なので、当然そこから離れれば降水は少なくなる。
外周が砂漠となり、人が住みにくくなれば壁に近づきにくくなるし、これは実によく出来ていると言えた。
熱源が中央にあるのだから外が一番気温が低いはずなのに砂漠になるというのも面白い。
その少し寒冷な砂漠に鉄道を敷設するのは妙案だ。それならば運転手一人で非常に多数のノイトラを運べる。
そもそもエグリゴリならそれを自動化することも容易いだろうから運転手すら要らないかもしれない。
「エグリゴリ、それを自動化してノイトラをここへ運ぶことは可能か?」
「私の分体を一体、それ用に最適化して自動化することは可能だ」
「そうか。どのくらいで作れる?」
「二十四時間あれば」
「なるほど……じゃあこっちの用事も並行してやっておく必要がありそうだな。通信を切るぞ」
「待て」
「どうした?」
エグリゴリは少し迷ったあと、俺に恐る恐るこう言ってきた。
「またお前に会いたい」
「今度ハグするときは手加減してくれよ?」
「善処する」
なんとエグリゴリはそれだけ言うと通信を向こうから切った。まったく知ってはいたが、改めて勝手なやつだ。
俺は着替えを済ませてさっきまで俺が寝ていた部屋に直行した。そこにはベンツやイザベルらが集い、不思議なメンバーで仲良く食卓を囲っていた。
俺の席もちゃんと用意されていた。部屋の入口に立っている俺にまず気が付いたのは親父。
「遅かったな。もうすこしで俺がお前の分も食っちまうところだった」
「待たせた。ベンツ博士、エグリゴリに協力を依頼したところ、大陸の果ての壁まで届く鉄道を敷設してくれるらしい」
「何それ面白そう。まったく君やエグリゴリくんと知り合いになってからというもの、面白すぎて寝不足だね」
「それは何より。俺はこれから各国首脳にノイトラ王国の建国を宣言し、率直な意見交換の出来る外交の場を設ける」
「ていうか脅しだよね、それ……」
「トーマだけは敵に回したくないよ。いよいよ面白くなってきたね。
ところでイザベルや僕……それにドラクスラーたちは人間だけど、ノイトラ王国に居てもいいのかい?」
「それどころか機械のエースや神だとかいうエグリゴリすら国民として認める。
何人たりともわが国民を傷つけることは許さない。俺は王様だからな。ごはん食べたら分体を飛ばす」
俺はトントンの作ってくれたご馳走を味わう暇もないほどの勢いで食らいつくし、水もコップになみなみと注いでガブガブと飲みほしたかと思うと、椅子の背もたれにぐったりと体を預けた。
まるで突然死んだみたいだが、俺は意識をほぼ完全に分体に移したのである。
俺は分体を合衆国首都の国会議事堂に飛ばしてみた。復興のため議員は様々な予算の編成などで大忙しだろう。
入り口で待っているとひっきりなしに馬車が走って出てきたり入ってきたり、あるいは徒歩でスーツ姿の秘書らしき人が出てきたりする。
俺は無敵だ。恍惚とするほどの全能感を感じていた。このように何も考えずに堂々と議事堂へ不法侵入しても平気なのだ。
銃で撃たれようが拘束されようが無意味。楽しくてしょうがない。俺はニヤつきながら長大なファサードへと歩いていき、石造りの白い階段を昇って中へ侵入。
ついにはガードマンを潜り抜け、議場まで入ってきた。扉を開けば劇場のような内部に議員が集い、大半は居眠りしていた。
だが大統領は違う。俺の顔は忘れもしないだろう。飛行機は結局奪われ、自分らの国の地下にあった謎のバイクすらも俺に奪われた。
が、幸いなことに、バイクだけはこの国にあった。飛行機と車を使わねばならなかったので、俺は泣く泣くバイクは置いてきたのだ。
大統領と目が合った。大統領はひとつまばたきしたあと、静かにこう言った。
「これはこれは。ゲットーでなにやらおかしなことをやっているノイトラが、ここに何の用かな?」
大統領が話している間はほかの議員は遠慮して話をしない。面倒臭くないのでそれはありがたいことだ。
俺の分体は下にいる大統領のほうへ階段を下りながらこう答える。
「これはこれは大統領。我々はノイトラ王国の建国を宣言する。我々と外交すればそれなりの恩恵を保証しよう。
どこか……二人になれるところがいい。首脳会談と行きましょう」
「首脳会談……なるほど。最初に我が国と国交を樹立しようとは賢明なご判断だ。
それでは行こう。大統領官邸がよろしい。それでよろしいか。ええと……国王陛下?」
「そちらこそ賢明な判断だ」
「私は仕事が残っているもので。失礼でなければ補佐官に案内させますが」
「よろしくお願い申し上げます」
俺は大統領のことは心情的には好きではないが、ぶっちゃけ昆虫のような人間性を持つ彼女のほうが都合はよい。
打算でしか行動しないということは、想定外の行動をとりにくいということに他ならないからな。
補佐官というので期待したがオジサンのバトラーという補佐官だった。
やつは下にいる俺の方へ上から降りてくるとこう言ってきた。
「君はこの間会ったね。まったく何者なのかね」
「あまり首は突っ込まない方がいい。アンタは運がいい人だ。あの惨劇を生き残った。
それなのにこれからわざわざ、危険な方へ向かう必要はないだろう?」
「おっと怖い怖い。すまない、行こうか」
バトラー補佐官の案内のもと一旦外へ出て馬車に乗らされた。乗ること十分ほど。議事堂にほど近い場所に大統領官邸はあった。
いわゆるホワイトハウスだ。別にホワイトではなくグレーな外観だったが官邸というだけあって美観も敷地もこの首都一番だろう。
この官邸は無事だった。首都が襲撃を受けたあの日は、大統領やその家族は官邸にいなかったからだ。
外国の賓客である俺が官邸に招かれるとは妙だが、ほかにこの首都にはふさわしい建物がないのも事実。
レストランでもあればよかったがそれらは軒並み壊滅状態であると思われる。
俺は官邸の中に招いてもらってあまりに広い応接間の豪華な椅子に座らせてもらったところでバトラーにこう言った。
「時間がかかりそうなら休ませてもらう」
「時間って……そう長くはかからない。一時間以内に大統領はこられるはずだ」
「そうか」
しばらくして大統領が応接間にやってきた。バトラーは人払いされて消えた。
俺はせっかちだがそんなに性急に本題に切り込むことはせずまずは適当に挨拶しておいた。
「お待ちしてました大統領閣下。あなたと二人で話すのを楽しみにしてました」
「私と話をすることがどういうことか貴君もおわかりのはずだ。どのような話を持ってきたのかな?」
「そう時間を取らせるつもりはない。そちらがそう来るならこちらも単刀直入に話をしよう。
帰国と正式に国交を結ぶとともに、王国側との外交の窓口を開いてほしい」
「ほかに要求は?」
「わがノイトラ王国は移民を募集中だ。邪魔だけはしないでもらいたい」
「それで……」
「大統領。アンタが望むなら金貨でも銀貨でも好きなだけやろう。
王国のコインでも合衆国の通貨でも好きなだけな。それに、選挙の際も協力しよう」
「ほう」
「本音を言えば選挙の度にいちいちこうして外交関係を結ぶのは面倒だ。
選挙にはマクブライド閣下が勝ってもらえればこちらも助かる。
まずは友好の証、あるいは手付金としてこれをどうぞ」
俺は手のひらを目の前のテーブルの上にかざし、金貨をジャラジャラと百枚ほど出してやった。
テーブルの上に無造作に散らばる大量の金貨には退廃的な魅力があった。
「な……なんという力だ。まるで神……」
「必要ならいくらでも用意しよう。これはもちろん国庫ではなく個人的に持っていてもらって結構だ。
マクブライド大統領閣下、我々はよい友人になれるかな?」
「もちろんですとも。国王陛下さえお嫌でなければ、私の娘を……」
「それはお断りしたはずだ。選挙はあと一年でしたね大統領。
とりあえずノイトラを国から追い出した大統領として喧伝すれば得票が期待できるでしょう。
ゲットー跡地には病院とか、今回の災厄で亡くなった人々を弔う霊廟でも作れば支持もされるはず。
ああ、それとアレだ。今後は戦争についても気にする必要はない」
「というと?」
「先日の件は申し訳なかった。我々がふがいないばかりに、政敵を失脚させるという閣下の依頼を完遂することができなかった。
大統領閣下が戦争で苦慮しているのは把握している。もはや戦争で名を挙げた軍人などに脅かされる心配はいらない。
周辺国との外交ルートさえ都合してもらえれば、もはやこの大陸に戦争そのものがなくなる」
「本当にそんなことが……」
「ハッタリに見えるでしょうか。防衛費も要らない。大幅にカットされるがよろしい。
その分選挙の時のバラマキにでも使えば支持率は高まるかと。
いいですか、我々は無敵になったのだ。出来ないことはない。大統領閣下。
我々はビジネスマンではない。だがあなたに以上のような恩恵を与えることはできる。
それは十分魅力的ではないかな。少なくともあなたは取るに足らない些細な労力と引き換えに相当の恩恵があるはずだ」
「それはそうだが……」
「いいですね。他国との外交ルートを開きたい。それにはあなたの力を使うのが最も効率がいいはずだ。
これは手付金。お納めください。では俺はこれで。ほかにやることがあるもので……失礼」
そう言い終わった瞬間、官邸にある俺の体はぐったりと椅子の背もたれにのしかかる。
これを目にした大統領の胸にどんな思いが去来したかは不明だが、ともかく俺は意識を狭間の世界に戻した。
「ふぅ……これほどの力を持っていても、すべてを掌握するには結構手間も時間もかかるもんだな」
「大統領とでも話をしにいってたのかい?」
気づけば周りに人はおらず、俺のいる部屋にはトントンしかいなかった。
「ああ。じゃあエグリゴリにまた通信してみる」
「忙しいね……休みたかったらいつでも休むんだよ」
「わかってる」
俺はエグリゴリにコールし、エグリゴリはすぐに出た。
「なんだ。私は忙しい」
「ああ。今ちょっといいか。どうせ鉄道を敷設するならエレベーター付近までつないでほしい。
あとエレベーターから俺のいるノイトラ牧場までも鉄道でつないでほしいね。意外と車でも時間かかるんだよ」
「私は壁から合衆国首都までの鉄道を敷設中だ。頼みならそのあとに聞く」
「ありがとう。どのくらいで新規の依頼に取り掛かれそうだ?」
「最初に二十四時間と言ったはずだが?」
「ごめん。なんか怒ってる?」
「私は作業中だ。新規の依頼は認識した。以後連絡は不要だ」
エグリゴリに通信を切られた。さすがに調子に乗りすぎた。
エグリゴリじゃなくてもこれはイラっとくるに違いない。
もう一回通信して謝ろうかと思ったが、いい加減怒られそうなのでやめておいた。
俺は大統領に連絡し、エグリゴリにも連絡した。今できることと言えばベンツの様子を見に行くことぐらい。
と思っていたらベンツのほうが俺のいる部屋に会いに来たのだった。
「あ、アランとトーマ。すまない、忙しいだろうが力を貸してほしい案件があってね」
「というと?」
「面倒な処理の必要な仕事だ。移民の氏名と年齢を記録し、住居に入ってもらわねばならない。
あとさ、重要なことだが部屋番号を割り振って表札を配っておかないと混乱が生じやすいし……」
めんどくさっ。俺様はさっきまで大統領と対等以上の立場で会話していたこの世の王だぞ!
とは少しだけ思ったことを白状するが、仕方がないので俺はベンツの求めに応じることにした。
なにしろ必要な仕事であることは間違いないからな。まったく、技術が進んでも仕事というのは減らない。
それどころか増え続ける一方だ。人間社会とは不思議なものである。
「よし、何をすればいい?」
「とにかくノイトラを集めてくれ。書類仕事をする者が必要なんでね」
「あ、そうだ。エースを呼んでこよう」
「何をする気だ?」
「エース見なかったか、博士?」
「確か力仕事をしていたが……今も外にいるかな?」
とりあえず外へ出てみたところ、家具をまだ運んでいるエースを俺は認め、すぐに駆け寄って仕事を中断させ、こう言った。
「エース。コンピュータが必要だ。何とかして作れないか?」
「ああ。作ってあげようか。簡単だ」
「ええっ」
ダメもとで言ってみたらなんと簡単だとのこと。つくづく恐ろしい女だ。
コンピュータなんて、俺は何がどんな原理で動いているのか皆目知りもしないのだが。
エースは造換塔の機能を呼び出すやいなや、黒い棒を出現させた。
「はい。出来た」
「んなっ、こ、これがコンピュータ?」
「の、電子回路。私はこれでも平気だけど人間が使えるようにしなくちゃいけないんでしょ。
しかも自然言語に翻訳しなおさなきゃだし……モニタも作って、あとキーボードを……」
ものの数分でコンピュータの出来上がりだ。俺は気が遠くなりそうだった。
聞いた話だがコンピュータの基盤となる部分には半導体が使われ、その基盤はフッ化水素なるガラスをも溶かす恐ろしい物質を使って洗浄。
その後ようやく組み立ての運びになるらしいのだが、そんな過程はまるっとすっ飛ばしてコンピュータが完成していた。
エースの持っていた電子回路とかいうのも全然見覚えがない。俺の知っている電子回路というのは緑色の基盤にはんだ付けされたコアとたくさんの配線が張り巡らされたものだ。
ところがエースのやつは真っ黒な巻物のようなものだった。
「エース、その電子回路とかいうのは何なんだ?」
「これは炭素繊維で作られた電子回路よ。私の時代ではこれが主流。といっても、私がその時代の技術で作られたってだけだけど」
チンプンカンプンである。炭素繊維を使えば電子回路ができるのか。俺はよくわからないが、まあ出来ると言っているからできるんだろう。
「このスフィアには人間の研究所があった。わずかだけどコンピュータもね。コピーするのは容易いわ。
で、博士もトーマも、コンピュータなんか使って何するつもりなの?」
「住民の住所や年齢、氏名のデータを入力して保存しておきたくてね。紙でやるつもりだったけど……」
「それにノイトラによる発電作業もシフトを管理しやすいようにしたい。コンピュータで勤務記録をデータ化して残しておきたい」
「えっ、トーマ君そんなこと考えてたわけ?」
「常に国民のためを考えるのが王のつとめだ。勤務データを残しておかないと、だれがどれだけ寿命が減ってるかわからない。
そうしないと適切な引退勧告ができず、過労死するノイトラを出してしまう恐れがあるだろう?」
「確かにね。勤務データというところで言うと、ほかにも人間の労働者の勤務データも記録しておかないとね」
「うーむ、そうは言うがトントン、人間って言っても今はセシルや親父ぐらいしか……」
「そうか、確かにねアラン。ノイトラだって風邪もひけばケガもする。
医者や看護師は必要だが、教育を施されていないノイトラには無理な話。人間の移民は必要だ」
「確かに、そりゃ盲点だった。それは造換塔でもカバーできないかなり切実な問題だな。すぐ解決が必要だ」
トントンはさらにこう続ける。
「ノイトラの国民たちには生活に必要なものは全部現物支給でいいはずだ。
医療と住居は無料。学校も無料でいいし、当然食料も無料でかまわない。
だが人間は、物質を生み出すためのエネルギーを産めない。だから医療サービスとか、できることをして働いてもらうわけだ。
人間に対し、食料とか全部無料支給でいいのかは議論の余地があるんじゃないか?」
「確かにそうだが……こうして話している時間も惜しい。作業しながら話そう」
「それはそうだね」
エースがコンピュータ、そしてその電源となる巨大バッテリーと配線を作っているうちに俺たちは表札づくりという極めて地味な作業をしながら議論を進めていく。
表札づくり自体は博士が機械を作って自動化してくれたので、それはいいのだが、できた表札を俺はトントンと一緒に各家庭に番号順に配っていく。
その道すがらふたりでこのような会話を交わした。
「そういえばさ、トントン」
「んん?」
「娯楽も必要だよな。娯楽」
「酒場とか? サーカスなんてのもあるね」
「サーカスはいいね。酒場もいいだろう。そういえば酒場を作ろうって、街づくりが始まる前から話してたな」
「そうそう。やっぱりいっそのこと、ノイトラにはお金を配ろうか。
その代わり無料支給はなしにして、発電の仕事で給料を支払う」
「うーん。でもそうした方がいいか。国民にはお金を持ってもらった方がいい」
「娯楽にお金を使わせて、使ったお金は我々政府が回収してまた給料を配る、という方式がいいと思う。
ノイトラはノイトラなりの大事な仕事を、人間は医療や娯楽のサービスを提供する仕事だ。
もちろん家賃は無料にするが、なんでも無料にしすぎると資源の無駄遣いを招く恐れがあるからなぁ」
うっかり表札を掲げるためのくぼみを作ってなかったので、俺たちはベンツの用意した番号入りのシールを家々の壁に貼っていく。
「共有地の悲劇ってやつだな。みんなが無料で共有して使うものはたった一人の不届き者がいるだけでも台無しになってしまう。
ちょっと性悪説な気もするけどトントンのやり方は妥当か……革命軍もこんなやり方で律してたのか?」
「ああ。私はノイトラだろう。差別しているものも多い。革命軍内部でさえね。
正体を一切明かさないことを選択した。人のことはあまり信用しない性質でね」
「俺のことは?」
「もちろんトーマのためなら死んでもいいっていうぐらい信頼しているよ。トーマもそうだと嬉しいな?」
「もちろんトントンのことは大切に思っているし、疑うことなんて考えたこともない。
それで話の続きだけど、医者や看護師、サーカス団員なんかはこっちに移民して来てくれるだろうか?」
「いくらトーマでもさすがに人間には命令出来ないよね。それに関しては、住環境をもっと改善する必要がありそうだ」
「そうだね。さっき住民が話してくれたけど昼も夜も薄暗いこの土地は気が滅入ると言ってた。
洗濯物もちょっと乾きにくいしな。改善するのはちょっと難しそうだけど……」
「なるほど。それは確かに改善は難しいな。気軽にスフィアの中へバカンスにでも行けるようにしてあげたいね」
「休みを与えるには、やっぱり仕事と働き方を管理する必要があると思う。なんか話が最初に戻ってきたな」
「そうだね。さて、仕事の管理は今進行中。娯楽を与え気分転換にスフィアの中へ行けるようにする案も採用しよう。
その他、医療や学校教育などノイトラだけでは難しい仕事も人間に力を借りよう。
人間を虫けらと毛嫌いする連中もいるから、これも簡単にはいかないだろうが……」
「うーん確かに。エヴァンゲリオンとかいう連中がいるらしいな……」
「あと足りないものはあるかな。あ、そうだ。おいしい料理を作れる料理人はトーマが直々にヘッドハントしたのだったね。
ほかには……どんなものがあるかな。今のところ何が必要か、わからないんだよね」
「この仕事が終わったらベンツが借りれるかな。やりたいことがあって」
「いいけど、どうしたの?」
「壁の外のすぐ近くに砂漠のホテルでも作ろう。そのついでにでっかい宮殿を作って、そこを外交所にするんだ。
いまちょうど外交をやっててさ。外国の要人をそこに招きたいんだよね。
まあ、俺たちは圧倒的に強い立場だから別に交渉や接待をする必要はないけど……」
「お、いいね。トーマも王様らしくなってきた。
宮殿の一部を一般に開放して、日光に当たりに来た国民がついでにプールなんかに入れるようにするのはどうかな?」
「それもいいね。息の詰まる薄暗い国を出てせっかくバカンスにきたんなら、楽しめる観光資源の一つでも提供しないと味気ないし」
「ホテルにもレストランや娯楽施設を盛り込もう。屋上は日焼けを楽しめるように簡易ベッドとパラソルをたくさん置いてやるんだ。
ちょっとしたお酒や軽食を提供する売店も屋上に設置してね」
「あ、トントンもそういうとこ行きたいの?」
「誰でもバカンスの妄想をするのは楽しいものだろう。それが自分で作って、行ける観光地ならなおさらね」
「うん、俺もトントンと話すの楽しい。
よし、俺の連れてきたエリザベスという料理人にはホテル勤務ということで、その隣に従業員の住宅を作ってあげよう!
彼女は人質事件でも協力してくれたとても忠誠心の強いノイトラでさ、いい思いをさせてあげたいと思ってね」
「おっと。それだと彼女自身はホテルのレストランでご飯が食べられないね。それはちょっとかわいそうじゃないか?」
「あ、そっか」
「彼女はホテルではなく、近くにレストランでも開かせてそこのオーナー兼シェフでもしてもらおう」
「ああ、きっと喜ぶ」
「今はまだほかに必要なものってちょっと思い浮かばないね……住民から苦情でも来たら考えよう」
「そうだね。まずは仕事を終わらせよう」




