第五十二話 新たな王国
「僕たちはどうすればいいんでしょうか、エースさん。人間にはたった一つの希望しかないことはわかりました。
そのイザベルとかいう子供がそうなんでしょう。それで結局僕たちはどうするべきなんでしょうか?」
「今すぐトーマがノイトラを解放するのは難しいわ。時間が差し迫っているわけでもない。
一旦戻ることにしましょうよ。ね、トーマもそう思うでしょう?」
「みんなは帰っていてくれないか。俺は残る。外に出たいんだ」
「約束はちゃんと守らないとな……」
俺は元来た道を戻って十五分ぐらいかけてまた階段を使って上へ昇った。
みんなには悪いが今の俺は無敵だ。俺の帰りを心配する必要もない、とトントンに通信して伝えた。
造換塔を使えば何でも作れるからな。俺は全身に汗をかきながら昇ってくると最後の段を昇った瞬間にこういった。
「エグリゴリ……頼むからもうこんなところに鎮座しないでくれ。しんどい……」
「認識した。相談は終わったようだな。私との約束を守ってもらおうか」
「ああ。これがいるんだろ?」
俺はエースの持っていた武器をコピーしたて作った。そのデータは既に造換塔内に存在していたので作るのは造作もなかった。
さっきエースが俺と一緒にネットにアップロードをされた時だ。俺はこれをエグリゴリに手渡した。
「お前がどこまで知っているかは知らないけど……」
「会話はすべて聞いていた。このスフィアを取り囲む壁を壊すと汚染が発生する危険がある、だったな」
「そうだ。お前にこれを渡しておく。出ていきたければそうするがいい……どっちみち統治機構と繋がることは出来ないらしいが。
お前はエースの言っていたことを信じるのか。本人が言ってるだけで別に裏付けはないが……」
「信じよう。私が欲しかった情報とは違うが、それで納得が出来た」
「降りて来いよ。お前の任務は俺が引き継ぐ。こんなところに独りでいる必要はない」
「なんだと?」
「おっ、ビックリした? お前でもそんな風に驚くことあるんだな?」
俺の思いがけない提案に、さすがの神と呼ばれるエグリゴリですら面食らっていた。
俺は最初からこいつにはこう言うと決めていた。そしてこう続ける。
「お前の使命はスフィアを守ることだろ。俺たちがそれを引き継ぐ。
俺が必ず守って見せる。寂しかったんだろ、長い間たった一人で」
「理解しない。私にはそのような機能は実装されていない」
「気づいていないだけだ。エースがあんなに人間らしいのを見ただろ。
拒絶するならそれでもいい。でも俺はもう一度来るから」
「私は監視の命令を受けている。ここにいるのがデフォルトだ」
「そうか。じゃあ気が向いたら分体でも俺のところへ送って遊びに来てくれ。じゃあな」
「これは返しておく」
「そうか。ああ、そうだ。最後に言っておく」
「なんだ?」
「約束は守る。必ずお前の任務の終了を統治機構に宣告してもらおう。
その手伝いをさせてもらう。そいつが終わったら任務のないお前はここにいる理由もなくなるだろ?」
俺はエグリゴリから銃を受け取り、もう一度長い長い階段を降りた。
べつに待っててくれなくてもよかったが歩いていくとみんな待っていてくれた。
「神様と何を話してたんですか?」
「ふふふ。実はねトーマって……ごにょごにょ」
とエースがコロンビーヌに耳打ちした。何を言ったかはわからないがコロンビーヌは飛び上がらんばかりに驚いた。
「ええっ、そんなことって!?」
「ほんとほんと。私、この目でばっちり見たから」
「おいエース、俺はべつにエグリゴリに恋してなんかないぞ!」
「ええ? 別に? わたしそんなこと言ってないけど?」
「そ、そうですよ、エースさんはそんなこと言ってません!」
「まあいいけど……」
どう見ても怪しいが、別にそこを追及する気は俺にはないのでこの問題は放置し、みんなで一つ下の階にエレベーターで降りた。
帰りにはみんなで奴隷のノイトラを見学することに。せっかくここへ来たのに素通りという手はないだろう。
俺はエレベータで下に降りている間にみんなに今後の計画を話しておいた。
「みんな、俺は決めたぞ。根本的な解決とはならないが、比較的マシな方法がな」
「それは一体……」
「ノイトラ人口増加計画だ。ノイトラには、奴隷ではなくローテーション方式で勤務してもらう。
で、そのローテーションの枚数が増えれば増えるほど一人の負担は減るわけだろ?」
「それはそうですが……」
「まあとりあえず、ノイトラたち全員で作業を分担するっていうのはいいんじゃないか。
さいわい、見ての通り土地はいくらでも余っているじゃないか。いっそ人間の住む地の外側に街を作ってしまうというのは?」
親父の信じられない提案に意外とトントンとベンツは好意的な反応だった。
「私はいいと思うよ。造換塔を使えばどんなことだってできる。
街を作ってインフラ担当のノイトラたちの待遇を改善するのは、必須だと思う」
「私もボスに同感だ。ノイトラは数が多いほどいい。ノイトラの数はそのままトーマ君の力になるわけだからね」
「それなら私たちもここに住みたいですね……実は引け目を感じてたんです。
同族が苦しんでいるのに何もできないのはちょっと……」
「いい子ぶりやがってコロちゃんよ。本当は"大陸"は雑事が多くて嫌だからだろ?」
「確かに人間の政治模様にかかわるのはもうイヤだけど……そういうアルはどうなの?」
「俺もここに住みたいね王様。粛清はもうしたくない。だがそういうわけにも行かないな」
「なにっ、アルお前、まだ誰かを粛清する気なのか?」
「神に仕える影の政府。俺はこの諸悪の根源をぶっ潰す。俺を止めたきゃ命令すればいい……どうする王様?」
このアルという奴は出会った時から、いや出会う前から実に面白い奴だ。
コロンビーヌの力はまだ未知数だが、どうやらアルはすべてのノイトラの中でも特別戦闘に長けた能力を持っている。
そして特に男型の姿をしている。しかもだ。こいつは中身が若干情けないところもあるが底知れないところがある。
戦闘力が、というよりも考えることが。親父と似ているタイプだ。
「前から思ってたがお前ってやつは殺しにあまりにも躊躇がないな」
「人間に対してはな。こないだは同じノイトラを殺すことになって参ったよ」
「俺はお前を止めない。お前の好きにしろ」
「わかった。街の建設を手伝いたいところだが……俺は行く」
「コロンビーヌ、ついていってやったらどうだ。アルとは仲いいんだろ?」
「悪くはないですけど……でも確かにアル一人だと心配ですね。
私はその……王様のそばに仕えていたいのは山々なんですが」
「わかった。イザベル、今まで本当に悪かったと思ってる。連れまわしたり、ほったらかしたり。
恐らくここならば追手に怯える必要はない。セシルと好きなだけここで一緒に居ればいい」
「そのことなんだがトーマ。僕は古代文字が読める。正確に言えば消されてしまった文明の文字が。
この先、エースさんの話によれば外にいかなければいけないよね。僕は役に立てるんだろうか?」
「正直に言おうセシル。悪いがお前が必要だ。その時にはイザベルも必要になりそうだけどな。
しかしアレだなイザベル……お前の遺伝子が貴重なんだってな。保存パックか何か作れないかな博士?」
そう、ここが問題だ。イザベルの遺伝子は重要だ。だが、イザベルは子供だし何より女の子だ。
産めても十年後。そして十人くらいが限界だ。彼女に何かあった時のためにも何らかの保険が必要になる。
確かに倫理的に考えてイザベルには多少酷なことを言っているかもしれないが、子供が産めるようになったらすぐ産め、と命じるよりは優しいはずだ。
もちろん、それらの対策を講じないのはもっと論外だ。
「出来ないことはないと思うけど、我々の技術には限界があるからねぇ。
ちなみにエースさんとやら、イブとかいう子供を作ったときはどうやったのかな?」
「実を言うと私、メカニックなんですよね。ベンツ博士とはかなり違うタイプのでしょうけど」
「ああ、エースの記憶見たよ。例の男もエースが修理してやったんだよな?」
「そうそう、だから私は体内に無菌の人工子宮を作ったんですよ。
だから私はイブを産んだ、それは間違いありません。血のつながった親ではないですけどね」
「そうか。問題はイザベルちゃんの遺伝子をどうバックアップするかだね」
「あ、それも大丈夫。飛行機にバックアップが」
「というと?」
「飛行機には、イブのすべての遺伝情報がインプットしてあるんですよ。
イブの遺伝子がないと、それと搭乗者の遺伝子を比較することができませんからね。
それを読み取ってエンジンにプログラミングすればいつでもイブの細胞を三次元プリントすることができるわ。
その細胞を初期化することでやろうと思えば受精卵から開始して、人工子宮で育てることも。
まあそれは、出来れば使いたくない最終手段だけど……」
「確かに使わずに済めばそれが一番だね。ああ、楽しくなってきた。
もう一秒だって無駄にしたくない。四十歳を過ぎてこんなに人生が楽しくなってくるなんて思いもしなかった!」
エースとベンツの会話はインテリ同士だけあって聞いたこともないような用語が飛び交い、俺たちには理解不能だった。
だが親父は医者だったこともあるというだけあり、何とかついていけてる模様だ。
「もう勝手にやっててくれ。さて、ノイトラのみんなを見て回ったら建設作業をやろう」
「エンジンは持ってきてないが、いいのか王様?」
「チッチッチ、それが大丈夫なんだアル。俺は無敵になったんだ。
造換塔を使って俺は何でもできる。どこにでも好きなものを作れるようになった」
「そうか……じゃあ行くか。俺も天使だったけど実際に働いてる仲間のことは見たことないんだよな」
「出発!」
俺たちはとりあえずノイトラたちの生み出した力を使って例の車を建設。全員で目的地を目指した。
このフロアでも太陽や星は見える。それを中心にぐるっとドーナツ状になった階層だ。
適当にどちら方向でもいいから回るだけでよい。数時間走ると目的地へ到着した。
俺はこのスフィア全体を統括するネットに接続できているので、もはやノイトラがどこに密集しているかも感覚的に理解できる。
マップだってダウンロードできた。だからどこへ向かうべきかはおのずとわかっている。
そこはまさにノイトラ牧場とでもいうべきありさまだった。俺は生物学関連でこんな生き物を知っている。
ある生き物は、特定の動物をおびき寄せて狩ることで知られていて、非常に高い確率で狩りを成功させる。
そのため、被捕食者は、狩人に対する抵抗手段を遺伝的に獲得できないのでいつまでも狩られ続けるのだという。
例えば人間は病原菌にさらされ続けると、やがてそれを生き残った者は抗体を持つし、生き残りやすい遺伝子をもった個体が選別される。
だが致死率百パーセントの病気があったらよっぽど技術が進んで特効薬かワクチンでも作れない限り人間はなすすべがない。
それと同じで、ノイトラ牧場に子供がいない。また、俺たちが訪ねたときには老人もいなかった。
産んでも苦しい生活の待っている子供を産まないのは当然だ。過酷な環境で老人がいないのも当然。
地上でのノイトラは差別されてはいるものの、産めば政府が世話してくれるので一応数が減らない程度に子供を作っている。
これは外で奴隷にされていると誰も知らず、またそこから戻ってきた人数がゼロであるためだ。
ノイトラ牧場は明るく清潔な白っぽい建物の中にあった。まるで病院のような外観の施設に車を停めて俺たちは入り、中を観察。
中には若くて疲れた様子のノイトラしかおらず、また、生活環境は清潔ではあるもののかなり退屈そうだった。
この病院風の建物は中も病院みたいでグリーンの床と白い壁、明るくて清潔に保たれていて、そして何よりつまらないことが病院と酷似している。
とにかく何もないのだ。運動場的なものすらない。すべてみっちりと居住区が占めており、またこのような大規模居住区に必要なものがなかった。
食堂だ。詰め込まれたノイトラたちはそれぞれ居住区にちょっとした机がある。この机にはくぼみが付いている。
あるノイトラはそれで食事をするさまを俺に見せてくれた。自分らで造換塔から食事を作ってこのくぼみに置いて食べるのだ。
家畜そのものだった。効率重視にもほどがある。しかし、このノイトラ牧場に言えることはそれだけだ。
何といっても言うことが本当にない。そのように効率重視で、寝起きする部屋にテーブルがあって、それ以外には本当に何もない。
そして脱獄は不可能。まあ、こんなだだっ広くて何もない周りの代わり映えしない風景を見ていたら脱獄する気力も起きないだろう。
申し訳程度の薄い壁で仕切った蜂の巣のような同じ建物が数棟並んでおり、恐らくこれが奴隷にされているノイトラ全員だと考えられる。
"大陸"つまり人間が住んでいる内側の世界の受け入れられる人口のキャパシティは、たぶん一億人ぐらいだと思う。
で、技術水準が低いので実際の全人口は数百万人くらいしかいないと思われる。まあアンリのようなノイトラ第一主義者からすればこれでも多すぎるくらいだろうが。
ノイトラはおそらくその一パーセントほど。子供を産むノイトラも相当数必要だろうから、牧場に存在するノイトラはその十分の一以下といったところだろう。
仮にすべてのノイトラが五万人だとすれば、今牧場にいるのは二、三千人くらいといったところか。
だが牧場は人の消耗が激しいため、メンバーの入れ替わりは頻繁だ。数字以上にこの牧場はたくさんのノイトラが働き死んでいく過酷な現場である。
思えばノイトラをぎっしり詰め込んだ居住区、ゲットーを設けているのはこのような牧場の環境に適応させやすくするためなのかもしれない。
俺は親父や仲間たちにひとしきり施設を見せた後は廊下の途中で立ち止まって目を閉じた。
ネットにアクセスし、この施設の全員に語り掛けたのだ。
「造換塔にて働く諸君。ノイトラの王、そして解放の戦士がやってきた。
今すぐに助けを呼ぼうと思う。それまで耐えてくれ」
言い終わった後すぐに後ろのアンリにこう言われた。
「聞こえましたトーマ様。今から下界のノイトラたちをここに呼び寄せるおつもりですか?」
「ああ。だが呼び寄せるにもここは遠すぎる。あと数日は待ってもらうことになるだろう」
「働きすぎですよトーマ様。ここ何日もずっと……」
「まったく残念だよな。二十年近く待ったが、オチは外へ出られませんか」
「まあ待てよ。まだそうと決まったわけじゃない。
トーマだっていずれは出ると決めているみたいだ」
「それに輪をかけて残念なのは外の世界だ。災厄によって人間は死に、追い打ちをかけるようにセキュリティとかいうやつらが殺しつくしたんだろう。
それじゃ面白くない。無人の荒野を手に入れたって……」
「そこ、王様が話してる最中だ。私語を慎むように!」
「はいはい」
親父がアルに注意されていた。まあ親父の気持ちもわかる。ワクワクして冒険してたのにオチがこれではガッカリもいいとこだ。
外の世界に希望はない。むしろ外の世界にとっての希望が我々の中のイザベルだというのだから拍子抜けである。
「アンリ心配するな。俺には分体という新しい能力が身についた。これを使えば時間は短縮できる」
「そういうことを言っているんでは……」
「心配するなって。もうしばらくしたら休めるはずだから。少しずつノイトラたちの移住を進めていく。
そうしてここに新たな国、ノイトラ王国を建国する。いや、トーマ王国のほうがいいいかな?」
「えっ……」
「とにかく今やってる最中だ。静かにしてろ」
「はい……」




