第四十五話 マジメに復興支援
とにかく疲れた。俺はご飯を食べるとすぐに校舎裏へ足を運んでたきぎに火をつけて露天風呂に入った。
もちろん灯りはほぼなく暗闇だ。空には満点の星空。遠くを見はるかすと、オレンジ色に光った街が見える。
まるで夜なのに夕焼けみたいで滅多にみられるものではない風情がある景色だ。
火事など百害あって一利なしと思っていたが意外なところで役に立つ、と不謹慎なことを考えた俺だった。
風呂に入っているとマリーだかミリーだか未だにどっちかわからないが、その片割れが近寄ってきて話しかけてきた。
「王様、お風呂に入ってたんですね」
「今にも倒れて眠りそうだ……このまま寝たら湯が冷めて凍死しそうだけど」
「私が見ているから大丈夫です。私も疲れました……いっしょに入っていいですか?」
「まだ入ってないってことはマリーか?」
「まだ私たちの事見分けがついてないんですね。確かに双子ですけど」
「俺は、コロンビーヌやアンリの過去は本人から聞いてそれなりに知っている。
だが二人の人となりはまだよく知らない。一緒に入るのはその……いや、いいか。一緒に入ろう」
「はい」
マリーは俺のことを男、あるいは恋愛対象としてはみなしていない。
みんなの王様、とでも思っているのだろう。何の恥じらいもなく目の前で服を脱いで入ってきた。
俺は多分熟した女性が好きだと思うのでまだ十代のマリーのことは、別に嫌いではないが一緒に風呂に入って興奮して取り乱すほどには反応しない。
俺の入っている浴槽に遠慮なく入ってきたマリーは俺と肩をくっつけながら自分のことを話し出した。
「私のことが聞きたいんですよね。わかりました。私は十八歳の新人天使だったんですよ……王様に会うまではね」
「アンリの部下は新人ばかりだったんだな」
「ええ。ミリーとは双子でした。もちろん、王様と同じで孤児院育ちです。
私たちは隊長やコロンビーヌのような才能に恵まれていたわけではなかったので……」
「なかったので?」
「改造手術を受けました。必要なものはすべて与えられましたよ。
私は心配なんです王様。あなたのことが。とても不安で……」
「何が。俺は無敵だ」
「強化骨格、筋力増強、電気ショック、神経の鋭敏化。戦うことに必要なものはすべて与えられました。
中でも、強力な治癒能力を可能とする代謝機能の向上も……だから私たち、お風呂が好きなんです」
「えっ」
ミリーがしきりに風呂に入りたがっていたのはそれが理由だったとは。
と思っていたらマリーは目に涙をためながら、俺の顔のすぐ前に顔をどアップにして言ってきた。
「何度も見ました。王様が凄まじい速度で傷を治癒させるのを。ほとんど不死身と思えるほどに。
私たちは常人の二倍以上の代謝……命の危険を感じた緊急時にはさらにその数倍。
寿命もそれ相応に短いです。私は王様のことが心配で……このまま無茶を続けてたらいずれは……」
「無理でも何でもやるしかないだろ。俺はずっとそうやってきた。
寿命なんて気にしない。俺は……俺は……」
ふと、星を見上げた。満点の星空は胸を打つほど明るく、美しく輝いていて、無限の宇宙が俺を抱いてくれている。
そしてそれが真っ赤な偽物で、すべて虐げられたノイトラが無理やりエネルギーを作らされ、それによって明るく光る欺瞞と犠牲の象徴なのだということに思い至る。
それを解放するためになら俺は、寿命ごときいくらでも捧げなければならない。
俺が十二歳からこのトーマという哀れな子供の人生を操作、いや、追体験しているのはそういうことなのだ。
この決定された運命が十二歳から始まったのは、それほどまでにスケジュールが詰まっているということだ。
もしかすると俺は十三歳になる前に寿命を使い切るのかもしれない。
「よし、じゃあ倉庫でも建てるか。この力を使ってな」
「話聞いてなかったんですか王様。力を使うと寿命が――」
「俺好きなんだ。倉庫とか、備蓄とか、貯蓄とか、予備とか余白とかいった言葉が。
自分の倉庫に物資をいっぱい食べさせて、丸々と肥え太らせてパンパンにするのは病みつきになりそうな快楽だ」
「そこにため込むのはあなたの寿命に等しいじゃないですか。私にも協力させてください」
「……やってみるけど。えー、マリーに命令する。所与のものとして与えられているお前の遺伝的に制限された力をすべて解放しろ」
「……解放されました?」
「わかんない。しかもなんか憲法でも読み上げてるみたいな難しい言い回しをしてしまった」
「そうでしたね。私は先に上がります。少し力を試してみたいですから。
でもどうせなら今この街にいるノイトラ全員に同じことをやらせてみては?」
「今はまだ……」
「そうですか。あ、そうだ。いいこと思いついたんですけど」
マリーは風呂から出て体を焚火に当て、髪などを手ぐしでときつつ提案してきた。
「そのエンジンとやらをコピーは出来ないんでしょうか?」
「やったことない。でも俺が別に内部構造を理解しているわけではない生物だってコピーできたんだし、出来るかも」
「人間もコピーできるかも?」
「そんなまさか……マリーそれは試すなよ。言っておくけど」
「わかっています。そろそろお湯熱くなってきてませんか王様?」
「うむ、そろそろ出よう。三人も入った後だからさすがに湯も汚れてきたな」
俺は風呂から出て二人並んで体を乾かした後、服を着るという段階になった思った。
「この服もニオってきたな……もう一週間以上ろくに着替えてないからだが」
「私たちなんて代謝が速いですから、毎日のお風呂と着替えと洗濯は欠かせませんよ」
「どうせならおそろいの服でも着ようか」
「いいですね。歩み寄ってくれてるみたいで私も嬉しいです。
私たち、隊長たちと比べるとあんまり話してこなかったですからね……」
「ああ」
焚火を消し、浴槽を傾けてばしゃぁっと一気に全部湯を捨てた後、俺はさっき創り出した使用済みタオルで浴槽を拭いた。
その後、マリーの持ってた着替えをコピーした。それを着て体も気分も幾分すっきりした。
いや、まあ全快時と比べるとせいぜい二割から三割ぐらいの体調だ。
眠いし体も重いし、頭も重いし、気分も重い。でもやるしかない。俺とマリーは一緒にエンジンに手を添えた。
「行くぞ。電気ショックはやったことあるよな」
「見たことは。この夜空の星々や月の明かりを作っているノイトラたちが、今もやっているんですね」
「ああ。彼らには最低限の負担しかかけないようにしないと。それが俺の生まれた意味だから。
じゃあ気を取り直して行こう。まずは倉庫だ。それを作るためのエネルギーを注ぎ込む!」
俺はマリーと一緒に電気ショックを敢行。彼女が出来たかは別にみてないので知らないが、とにかくエンジンのモニターの表示はさっき減ったのに比べると増えた。
恐らくこれが燃料となるエネルギーに違いない。俺はこれを使って資材を作った。
さっき出した高密度プラスチックのようなものを使う。これは強度のわりに硬く、しかも砕けにくい柔軟性も兼ね備えると来ている。
これをトントンのところへ持っていくと、トントンと親父には意外にも建築の心得があるということを知った。
というのもスラム時代には自分らで家を建てたり、それ以外にも貧乏時代に家を建てたり建設労働者をやってたことがあったり。
意外にも経験豊富だということで未知の素材でも建築出来るかどうか聞いてみた。
「当たり前だろ。しかしお前ら仲いいのか?」
「そうだね。おそろいの服なんか着て。トーマ、王妃は決まったかい?」
「茶化すんじゃねぇよ二人とも。出来るんだったら……」
「それよりトーマ、明かりが欲しいね。建設をする我々だけでなく子供たちも必要だろう」
「まあそれぐらいなら……」
俺は決して理系ではない。が、辛うじて電球くらいなら作れるし、幸い設備は十分だ。
まず電球を作るには透明度の高いガラスなどが必要だ。幸い、校舎には油を使ったランプがあった。
有名な話だが、現代でこそ日本人の捕鯨を欧米人が批判することがある。
だが、自分たちは昔、電気式のランプが普及するまではクジラを大量に捕獲して鯨油のランプを使用していた。
彼らに言わせれば自分たちは"捕鯨などという野蛮な行為から卒業した"ので未だに同じことをやっている進歩しない奴にやめろと言う資格がある、ということなのかもしれない。
今回はこの油のランプには助けられた。薄い成形されたガラスはコピーしないとこんなチートじみたロストテクノロジーの機械を使っても作れないからな。
薄いガラスを作ったらあとは簡単だ。適当な箱を作ってそこに水を張り、そこに大量の素材となる金属を溶かしこむ。
これもわずかな手間で生成できた。本当に反則じみた性能をしているエンジンだ。
そして俺が素手で水に手を突っ込んで大量の電気を流すとあら不思議。
適当に作ったフィラメントを搭載したソケットに大量の金属が張り付いてメッキがなされた。
実際に金属メッキ加工はこうやっているらしい。大量の電気を食う作業工程だが、俺がやってみると別に大したことではなかった。
ノイトラ一人が生み出せる電気量はかなり莫大なものらしい。
数千とか数万も用意すれば、確かに大陸一つを運営していけるぐらいのエネルギーが出せそうだ。
「フッ……まさかここでバッテリーを作る時が来るとはな」
「あっ、そういえばバッテリーだの硫酸だのと言ってましたね」
「ああ」
ニッケル、マンガン、鉛、プラチナ、何でもござれだ。何でも作れる。
今の俺にはバッテリーを作ることは造作もないことだ。
プラスチックで作ったバッテリーと、同じくプラで覆った電線をソケットにつなぎ、さらには同じのをもう何セットかコピーすれば完成。
だったのだが、完成したあとで俺は親父やトントン、果てはマリーたちにすらダメ出しされてしまった。
「やれやれ、何を作ってるのか黙って見てれば、なんだいそれは?」
「何って、電気の電灯だけど」
「トーマは相変わらずバカなのか賢いのかわからないね。油のランプをコピーすればこんなに時間かからなかっただろ?」
「あ、そっか」
トントンの言うとおりだ。俺のアイデアとして、完成品をコピーすれば量産できるっていうのはよかった。
それを油のランプで行えばよかったのに、なぜか無駄に手間のかかることをしてしまった。
そのせいでまた寿命と体力をかすかに削ってしまったのだった。
「私も思ってました。言いませんでしたけど」
「マリーまで……」
「お前は人に有無を言わせないとこがあるよなトーマ。父親として少し心配だぞ?」
「うるせーな……」
「だがおかげで明るくなった……しかしお前の力、と言うか古代兵器の力ってやっぱすごいな。
理論上、それを使えば金貨が無限に増やせるって事じゃないか、おい?」
「バカだなぁトーマス」
「なにっ」
「考えても見てくれよ。別に物資なんか買わなくたって、物資も生産できるじゃないか」
「あ、そっか」
べつに俺は親父に口調を似せているつもりは一切ない。逆に親父が俺に口調を似せているはずがない。
ところがいまの親父のリアクションと来たら、俺とうり二つだ。俺は空恐ろしくなった。
やっぱりそうだ。奇しくも俺はこの前考えたことをそっくりそのまま自分の体感として直感的に理解することとなった。
そう、俺の命令を聞いたノイトラはそれが自分の意思であると錯覚して、その通りに命令を遂行する。
命令されたことに対し、自分の脳で言い訳を生成する。それと同じことが俺にも起こっている。
俺は自分が自分の意思で思ったことをしゃべっているつもりなのだが、ここまで口調に親父との血縁を感じさせるということは、別に俺が選んで言葉を発しているわけではないのだ。
俺が選んでいると思っているだけで、俺が発する言葉も、行う行動もすべて決定されているのだ、あらかじめ。
意識や意思は幻想だった。俺のこの体がすべてを決めており、意識などはそこに後付けで発生するものなのだ。
俺はそう考えながらもまるでこう答えるとあらかじめ決められていたように、次のように言った。
「金貨ねぇ……例えば帝国や王国と交易できるんだったら考えなくもないけど、モノとか売ってくれるのかな……こんな、敵国が非常時なのに」
「この世には帝国や王国だけじゃあない。いわゆる日和見ともいえる勢力があることを忘れるな」
「そっか。じゃあ親父、日和見国に話をつけて物資を買うっていうのは?」
「ナシだな。日和見国に今合衆国首都が危機的状況にあることが知られてみろ。
モノ売るどころか大挙して攻めてくる。出来れば関わり合いになりたくないとこだな」
「親父が言ったんだろ日和見国がいるって!」
さすがに親父も悪いと思ったのか、理不尽な扱いを受けて声を荒げた俺をなだめてきた。
「悪かったって。一から説明するから。まずこの世界には神がいる。
だがこれはだれの味方でもない。そしてその下に影の政府と呼ばれる連中がある」
「ああ、あのアレか。天使たちノイトラに関する仕事をしてる連中?」
「ああ。奴ら影の政府と呼ばれる連中に隠れて王政や合衆国は古代のロストテクノロジーを研究してるわけだな。
影の政府は神の配下だ。実権はほとんどない。そして帝国。俺やセシルの生まれ故郷だ。
この大陸のほぼ中央に位置する小さな国だったが、本来は世界すべてを統一していた。
影の政府はその統一時代の残党だ。影の政府の中枢も帝国の帝都にある。
そしてその帝国に味方する王国と敵対する合衆国があるわけだな?」
「それは知ってるけど……」
「二大勢力とはいってもそのどちらにもつかない連中はいる。で、だ。
早い話が、俺たちの仲間はそこら中にいる。意外と日和見的な勢力の国にもな。
なにしろ俺たちは大統領の手下。安全保障上の理由からも中立勢力にそれなりの労力を割いてきた」
「こういう非常時に、攻めてくるかもしれないからか?」
「そうだ。別に俺はどっちにも肩入れする気はないが、中立勢力が中立でなくなることは、すなわち戦争の終結を意味するからな……」
「俺もだ。だって、最後に勝つのは俺たちだからな」
「その意気だぜ息子よ。大統領の命令で様々な情報工作を各国で行うことも俺たち革命軍の密かな仕事だった。
だから中立国方面にも俺たちは顔が利く。時間を稼ぐんだ。俺たちにはとにかく時間が足りない。
その間にセシルやお前の仲間とも連絡をつけないといけないしな」
「そ、そうだな。なんか初めて親父が頼もしく感じてきた……!」
「なんか引っかかる言い方だがまあよしとするか……」
こうして俺たちは話をしつつも、建設作業にとりかかり、倉庫を完成させた。
そしてこの倉庫に、俺とマリーで作った大量の物資や資材が次々と運ばれていく。
俺たちはそれを近くで並んで眺めながら嘆息した。
「はぁぁ……確かに王様、これはクセになりそうですね……!」
「だろ? グフフ、たらふく食べて大きくなるんだぞぉ~」
「何の話をしてるんだお前ら?」
いつも颯爽としていてほとんど常に爽やかなキメ顔。
全てに訳知り顔の格好つけで、それを崩すことのない親父だがさすがに二人で並んで、色気も何もないただの倉庫に物資が詰め込まれていく様子を恍惚として眺める俺とマリーには呆れていた。
「親父もこの快楽がわかるだろ? 苦労して作った食料や建築資材が次々とあの倉庫に貯蔵されていく」
「皆さんの役に立てるのを今か今かと待っている物資たちがぎっしりとつまっていくあの倉庫を見ていると、なんだか愛おしさを覚えますよ……」
「それを言うなら俺の作ったかわいい倉庫だからな。
娘が腹いっぱい食べて肥え太っていくのを見てると思えば、悪くない気分かもな」
「おいおい君、そっちの仲間に加わるのか……」
トントンはこの場に残った唯一の常識人である。俺も親父もマリーもいわゆるランナーズハイみたいな状態になっている。
もう深夜で眠たい。それを無理やり起きているため、疲れすぎていて逆に変なテンションになっているのである。
「うーっ、でも眠い。なんか目の覚めるようなことしてよ親父」
「やれやれ。マリー、ちょっとおっぱいでも揉ませてやれ」
「私、王様以外の命令聞きたくないんですけど……」




