第四十三話 噓から出た実
「エースならなんとかできるかもしれない。第一セシルも必要だ。俺に考えがある」
「考えだって?」
俺はバイクのエンジンとなる駆動部分をさっきと同じ要領でぽこんと抜き取った。
すると数枚の薄い金属板を取りだした。俺のイメージとしてはアルミの板だ。
「どうするつもりだ?」
「こんな風にして物質を作り出すことが出来る。俺の望んだ通りのものを」
俺は次に鎖を作った。これは軽くて丈夫なら何でもよかったが、出てきたのはよくわからない材質で出来た鎖。
恐らく高密度プラスチックのようなものか。俺はこれをバイクに取り付けた。
「ちと格好悪いけどこういう感じでサイドカーを作ろうと思う。これを車体の両脇につければ最大で三人は乗れるはずだ」
「サイドカーねぇ? なんかよくわからないけど……トーマは賢いのかバカなのか」
「なにっ、トントンでも言っていいことと悪いことがあるぞ!」
「まあまあ。バイクもいいけど、飛行機に新しい座席を取り付けられば、乗れる人数が少ないという問題は解決するんじゃないか?」
「そ……それは考えてなかった!」
言われてみればそうである。だが新たな問題も発生した。
「トントンの言うとおりだ。飛行機を手に入れるのが先決だ。それには大統領と話す必要がある」
「さっきも言ったけど大統領から交渉で有利な条件を引き出すのはまず無理だよ」
「俺は野蛮人なほうでねトントン。交渉っていうのはこういうもんだと思ってる。
笑顔で握手をしながら、もう片方に武器を持って話をするんだ」
「怖い怖い。全くトーマが味方でよかったよ。どうする気なんだ?
遠慮はいらない、私もノイトラだ。命令を下してくれ」
「わかった。トントン、マリー、ミリーは学校で子供たちを引き続き監視しろ」
「承知した。二人とも行くよ」
「はーい」
トントンのすぐそばにいたマリーたちは銃を携えて食堂へ向かった。
俺もバイクをコロコロと手で押して食堂のほうへ向かい、イザベルを中に預けた。
そして校庭のノイトラたちにはこう言っておいた。
「校庭にいるノイトラはこっちへ注目して話を聞け!」
すると俺はたちまち密集したノイトラたちに囲まれた。ちょっと怖いが我慢して続ける。
「今から拳銃を配る。十人ずつの列を作って並べ」
すると言ったとおりの列が何列もできてさぞ校庭を上から見たら幾何学的で美しい模様が出来ていそうだとは思った。
俺はすぐ近くの三列に三十丁の銃を作り出して配った。
べつに俺はミリタリーオタクというわけではないが銃の構造はちゃんと勉強しているし、弾丸のほうも仕組みは知っている。
雷管と火薬と弾頭を合わせたものを弾薬という。
これを束ねた弾倉の弾を撃鉄で弾き、雷管が火薬に着火して弾が発射される。
銃身内部のシリンダーと呼ばれる筒の中にはライフリングという溝があり、これに沿って弾丸が回転することで軌道は安定する。
そうじゃなければ野球のナックルボールの要領で、弾丸はランダムな乱気流に左右されてブレながらあらぬ方向へ飛んで行ってしまうらしい。
そしてシリンダーは弾丸の着火とともに高音高圧のガスが発生するのでこれを逃がす機構もあり、これをスライドというらしい。
スライドや弾倉の弾を自動で装填する機構には絶妙に調整されたバネが必要だ。
自動拳銃はそういった複雑な機構が山盛りの精密機械だが、これは実際手元にある。
機械兵の持っていた銃という参考資料だ。見ながらぶっつけ本番で作ってみたが案外うまく行った。
上空へ二発ほど試射してみたが、問題なく連射が出来た。この世界では初、あるいは久しぶりに生まれた自動式の拳銃だ。
「お前たちには銃を渡す。銃を受け取ったら俺についてこい。そうでない者は楽にしていろ」
俺は三十丁の銃を無作為に選んだ三列のノイトラに渡すと、バイクをコロコロと押しながら例の初等部の校舎裏にやってきた。
トンネルへの地下道は開きっぱなしだ。俺は階段をバイクを押して無理やり降り、選ばれた仲間たちも銃を持ってついてくる。
さっきの電話の部屋に来てみたが、俺も含め、この古めかしくて怪しい電話の操作方法は誰も知らないのでやむを得ずこれをスルー。
Bブロック研究棟へやってきてさっきまでこのバイクがあった場所へ戻ってきた。ここに補佐官の姿はない。
あれば銃でも突き付けて大統領のほうへ案内してもらうのだが。と思っていると、後ろから慌ててて親父が走ってきた。
「おいトーマ、俺を置いて大統領と交渉しようとするんじゃあない!」
「ああ親父。交渉というか……まあ、率直な意見交換をしようかと思ってね」
「銃を持った数十人の部下とか? 全くお前は。やれやれ、この子達を連れてきてよかったよ」
よく見ると親父が大統領の娘と手をつないでいた。そしてその子と手をつないでいるのがイザベルだった。
「ようイザベル。大統領のお嬢さんと仲良くなったのか?」
「また会ったわね。それにしてもあなたドラクスラー様の息子だったのね。
それならそうと教えてくれればよかったのに」
「それは事実だけど、別に人に言いたくなるほど自慢には思ってないんで。
それと俺はイザベルに話しかけたんだ。あんたにじゃない」
「まあ失礼しちゃう。まあドラクスラー様と会えたからいいけど……」
「おいおい……」
俺はそれ以上しゃべる気がしなくて閉口した。
大統領のお嬢様は中学一年生くらいの年だと思うが、いくら親父が爽やかと言っても年上好きすぎるだろう。
親父は三十代後半くらい。確かに、この親父というやつは見ていて憎たらしくなるほど爽やかな男だ。
颯爽としているとか洒落ているとか、もっと言い方はあるのだろうが、まあともかく、要するにルックス、声、しぐさ、知性、どれをとっても女にモテそうだ。
スラム街に生まれたと聞くが、いやいや。都会生まれの洗練された上流階級みたいな上品さがある。
しかも意外なことに異常なほど魚が好きで魚以外の食べ物を滅多に食べないという変なところがあるというギャップもある。
まあお嬢様がそこまで知ってるかは知らないが、いずれにせよお嬢様は親父にめっぽう弱いらしい。
ただしこいつは大統領との交渉カードとしてどのくらい役に立つかは未知数だ。
大統領なら全然娘の命なんて気にしないかもしれないからな。そのくらい冷酷な人であることも十分ありうる。
「とはいえ……娘ならこの地下施設、どこに要人が居るかも知ってるのか親父?」
「そうだな。お前、まさか知らないでトンネルに入ってきたのか?」
「うん」
「そんなことだろうと思った。お前は落ち着きのない奴だな。これが終わったら休むんだぞ」
「考えておく。案内してくれ」
「可愛げのないやつだな。知ってたが。ついてこい」
相変わらず警官隊の格好をした親父は俺たちノイトラの行列の先頭へ立った。
そうして先導されること数分。Bブロックの先のDブロックに入った。
ここは研究員居住区となっているようで、どうやらここが要人の避難所にもなっているようだ。
食料などの物資もあるだろうし理にはかなっている。バイクをコロコロと押しながら歩いてきた俺たちはようやく、要人たちの前まで来ることが出来た。
部屋のドアの前にはさっき見た補佐官二人の姿があった。
「そこを開けてくれ。まあ、こちらにはマスターキーがあるが」
と俺は補佐官二人にセキュリティレベル5の機械兵から奪った大き目の銃を突き付けて言った。
「こ、これは……は、反乱ですか!?」
「見ろフィボナッチ君、大統領のお嬢様の姿もある!」
「人質とは卑怯な!」
「ちょっと待ってくれ。俺たちは大統領に降伏し、恭順に来たんだぞ?」
「こ、降伏に恭順……?」
「そう……武装したノイトラが一千人以上。その全員で大統領に恭順の意を示しにきた。
俺こそがノイトラの、この種族の王。大統領閣下に会わせていただいて構わないか?」
「なるほど。バトラーさん、ここは通しましょう」
「恭順などする気がないことは明白だが……」
「まあいいじゃないですか。降伏すると言っているんですから本人が。ね?」
「こうふくしますよー」
「あ、ああ……通りなさい」
「どうも」
「お前、前世はヤクザか?」
などと親父が言ったが俺は無視した。むしろそう言う親父なんて現世でも武装集団の長をしているくせによく言う。
俺と三十名のノイトラ、そして親父たちの合計で三十四名が一斉にぞろぞろと要人たちの部屋へアポなしで入ってきた。
そこには新聞で見たリー将軍の顔や大統領の顔もあり、中には死にかけていて治療を受けている政治家らしい奴もいた。
大統領は娘が武装した俺たちの人質に取られているということは理解したようだ。俺に興味があるらしい。
「ドラクスラーか。我々の研究所から盗み出したものを押しているのが息子だな?」
「ああ。今回の茶番劇の主犯でもあるぜ大統領閣下。さてトーマ、話があるんだったな」
「そうだな親父。大統領閣下、まずはこの武装したノイトラ、俺を含めて三十一名。
まとめて大統領閣下に恭順させていただいてもよろしいでしょうか?」
「面白い。断るとどうなる?」
「断るはずがありません。それでは足らないとおっしゃるなら、上の学園からいくらでも残りを連れてきますが」
「必要ない。お前たちは私の票田にはなり得ない。人口の一パーセントもいないようなお前たちノイトラはな」
「そうですかそれは残念。では例の約束はどうなりますか。我々の目的に協力してくれるはずでしたが」
「そのことだが、私の出した条件をお前たちは満たさなかった。よって話はナシだ」
「残念です。親父、大統領閣下は取り付く島もないって感じだな?」
「ああ。あんま下手に出すぎるとあの手の輩はこうなっちまう」
「やれやれ。まさか自分の立場を理解いただけてないってことはないでしょうね、大統領閣下」
「お前の王の力はよくわかった。それは魔法のように無敵の力だ。それは認めよう。
だからこそお前を外へやることは出来ない。お前がこの世の王になってしまうのだからな」
「ずいぶん潔く本音を言ってくれる方だ。それなら話が早い。
あなた方要人が一か所に集まってくれている。これはまたとない機会だ。
早い話、俺たちの役に立たない要人は不要だ。そこでだフィボナッチ補佐官」
「は、はい? 私ですか?」
「アンタが大統領になるというのはどうかな。割といいアイデアだと思うが。
大統領にはそれなりの支持層が居る。アンタなら女性だし大統領の側近だしで、その支持層を丸ごと取り込めそうだ」
「考えたなトーマ。確かに、彼女なら出馬すればそれなりに票を集めるだろうし、他に対抗馬もいないことだしな」
親父はナチュラルに、この首都にいた要人たちが一斉に避難してきているこの部屋を一掃する気でいるようだ。
いや、もう一掃した気でいる。
「待て。そこまでバカではあるまいと思って聞いていたが、お前たちは本当にこの私を?
長年の投資を受けた大恩ある私を裏切ってその程度のものを新しく担ごうとでもいうのか?」
心底驚いた様子の大統領。この人のことがだいたいわかってきた。
この人は一応は血の通った人間だ。が、とにかく自分のことが好きでしょうがないのだ。
そしてその大好きな自分のためならどんなものも些細な問題。犠牲にしても構わないという人間性だ。
プライドが高いが、それを押し殺してへこへこ腰を折ったり作り笑いをすることもできる。
「トーマと言ったな。私の娘をやろう。そうすればお前は私の義理の息子だ。違うか?」
「なるほど」
「お前たちには何十年もかけてさんざん投資してきた。その恩を仇で返すというのか?」
現実にそんな場面に出くわしたことはないが、昆虫が会話出来たらこんな風に命乞いをしそうだと思った。
本人でさえ通じるとは思っていない理屈の通らない話だが、一応状に訴えかけてみるか、という気持ちで話している。
そのように思われた。大統領は笑顔だった。どう見ても作り笑顔だ。それが不気味だった。
「大統領。この状況を見てまだ事の本質がわからないか?
アンタの娘は我々の人質だ。アンタが娘を使って交渉するのではない。
俺らが娘をつかって交渉するんだ、わかるよな?」
「何が目的だ?」
「もういい加減この茶番を終わらせたい。子供を人質に上で立てこもっているが、連中のことなどどうでもいいんだ。
正直もう家に帰って寝たい。事態の終結を宣言するのは大統領の力が必要だ」
「了解した。娘の命は惜しい……背に腹は代えられないからな。
お前たちの要求を全面的に受け入れよう。何でも言うとおりにするから娘を無事に返してほしい」
「それでいい。面白い、娘の人質は茶番劇だったはずだがここにきて本当にそうすることになるとはな」
「バカ言え。大統領は娘を溺愛してる。だから実際に連れてきたんだよ」
「あっ、そうなのか親父?」
だが、十三歳くらいの娘を躊躇なく俺にやると発言していたあたり、別に愛情によってそうしているわけではなさそうだ。
文字通り昆虫のように自分の血を継ぐ子だからだろう。大統領には一応夫はいるが、十年以上前に戦死していると聞く。
それに大統領自身、もうさすがに子供を産める年齢ではない。自身の血を継いだ子は娘たったひとりだけなのだ。
それ以外に娘を大事にする理由が大統領にあるとは思われない。
「しかし……お前は口下手か。それとも状況が分かってないのはお前もか?」
「なにっ」
「いいか、俺たちが今やるべきことはこの災厄に見舞われた首都の次の支配構造に食い込むことだ。
今のまま大統領の傘下でいても、今回の遺恨が残っている分、俺たちは前進したとは言えない。
今回は想定外の事ばかりが起きた。でも、前進はしないとな」
それに、大統領が俺の力を警戒していると恐らく本音で言っていたから、平時に戻ったとたん、言うことを聞かなくなることは考えられる。
ぶっちゃけ、俺は大統領は娘が殺されるはずがないと知っていると思っている。
だから仮に大統領が本当に娘を溺愛してたとしても、心配しているのは演技だと考えている。
「大丈夫だ、俺は口がうまいから上手くやるよ」
「本当かよ……」
「ホントホント。さて皆さん。俺は全員の顔と名前を知っているから言えることだが、アンタらはもう終わりだ。
思い思いにビジネスをやって成功し、その資本で政治家になれたようだが今のこの首都は機能不全。
どんな組織もまともには動かない。俺たち以外はな。ウィンザー議員。あなたは鉄道会社の創業者だ。
マッコイ氏は新聞のメディア王。そこのマックイーン氏は不動産王だし、マクマナマン氏は鉄鋼王だ。
いずれも大臣を歴任された政界の重鎮……だが、無意味だ」
死刑宣告である。彼らの会社で働く人間はもはやいないかもしれないし、もはや彼らを認めはしないだろう。
人は承認されることで初めて社会に存在できる。価値が生まれる。承認と信頼は社会になくてはならない。
そして今、人々はそれどころではない。働くどころじゃあない。仕事もなければ家もない。
誰も鉄鋼王やら鉄道王の話など聞かないし、その存在を認めない。この非常時に役にも立たない年寄りの言葉など。
「地価は紙くずと化した。印刷所や鉄道は停止し、誰も鉄を精錬しない。それが現状だ。
あなた方を守るものは何もない。考えても見ろ。どれだけ汚職をした?
どれだけ労働者を搾取し、どれだけの人を省みてこなかった?
人間扱いしなかったことは? 上げられた声を握りつぶしたことは?
今あんたらが外に出て歓迎されると思うか? 何か役に立てるとでも?
警察により秩序が保たれない今、何が起こるかは誰にも保証できはしない。
あなた方が恐れるべきは我々ではなく、この災厄を生き残り、絶望と行き場のない怒りを持った市民ではないか?」
と、脅したところで甘い顔をする。これが親父の得意技のようである。
「我々なら守れる。我々は人々を救助し、家を建て直し、がれきを撤去し、食料を配れる。
さあ、上へあがって学園で避難生活をなされたほうがいい。
ここの食料も運び出して学園へ持っていこう。何か反対意見はあるかな?」
親父の優しい言葉を聞いて若干人々は安心したのか、誰も声を上げなかった。
「では行こうか。これは、クーデターだ。まだ誰も死んでいないだけのな。
だから今後も誰も殺したくはない。学園でただ大人しくしていれば、無力なあなた方に危害は加えない」
こうして要人たちとその家族はぞろぞろと部屋から出てきた。大統領も初めて会った時と比べるとずいぶんしおらしくなった。
もちろん演技だろうが。この人はそういう枠の人間なのだと俺は納得することにした。
大統領は俺たちの一応は味方であり、助けになれば心強い。
その心がドス黒くても手が汚れていても、この国に結果として大統領が害を及ぼすとしてもな。
そして親父や俺たちに先導され、一行は学園へ出てきた。初等部のほうはいい加減手狭なので、避難者の一部を中等部のほうへ移動させた。
こうして仕事を完了したしたのもつかの間。親父はぐっと伸びをしてため息をつくと、面倒くさそうに俺の横でこう言ってきた。
「まだまだ仕事はあるぞ。食料を運ぶとするか」
「いや、その必要はないぜ。俺にはこいつがある」
と、俺はバイクのエンジンを指さした。親父は怪訝な顔をする。
「いや……そうなんだが……それで食料を作れるのか。まじで?」




