第四十話 セキュリティ・レベル5
「しかしこんな子供とは……」
「何か言ったか?」
「いえ。それでは」
補佐官は帰った。しらじらしいが、今のところ俺たちはリー将軍の娘には全く触れない。
存在すら知らないかのようにふるまっている。これが俺たちの作戦だ。
この裏でリー将軍と大統領には取引をしてもらう。ネタバラしのタイミングについては相当に熟慮する必要がある。
場合によっては大統領の失脚もありうるからな。だが大統領はそんなへまをするわけないが。
とにかくここからの二十四時間が最も大切だった。これこそが最速でセシルたちを助ける道。
現場に俺が行っても何をできるかわからないし王政にとってはカモがネギを背負ってくるようなもの。
それよりは最終目標とでもよべる場所へ最速で先回りすることこそ勝利のカギだと俺は考えていた。
補佐官が帰ったあと、また無聊の一時間を俺は過ごした。ストレスもかかるしだんだん眠くなってくる。
素手の子供や教師にいくら大群で飛び掛かられても電気ショックで全員気絶させられる。
俺としてはそこまで奴らは脅威ではないが、それでも警戒は必要。一時も気が休まることなく時間だけが過ぎていった。
胃に穴が開きそうだった。食べ物を今後に備えて食べておきたい気もしていたが、喉を通る気がしなかった。
どれくらい待っただろうか。また銃声があって俺は外へ出た。さすがにこの時代だ。
狙撃銃に出来るほどの精度を備えた銃はないようだ。ライフリングといって銃の弾丸の精度を上げる技術があるがそれも見たことがない。
つまり俺が出待ちされてそこを狙撃されるということはまずないと言っていい。
俺は外へ出て補佐官を再び迎え入れた。彼女は大きめの声で食堂全体に聞こえるように言った。
「一億即金は用意できない。一千万ならば今すぐ用意できます。
また、人質を無傷で解放してくれるならただちに警察に逮捕させることはせず、逃走してもらって結構とのことです」
「舐められてるなぁ、おいマリー」
「は、はいボス。私たち舐められてます!」
「だいたい、いいのか大統領がテロの脅威に屈したら」
「そう受け取るかどうかは有権者次第です」
「まあ、大統領の娘以外にもそりゃあたくさんの名家の子息令嬢がいることだしな。
大統領が抱えているそれはもうたくさんのスポンサー企業のお偉いさんの子供とかもいるかもな」
「大統領は清廉潔白な方です」
「まあ大統領が何に配慮しようと構わない。要求さえ通ればな」
「あなたのような、いえあなた方のような子供ばかりがこんなことを。
一体、後ろにどんな組織がいるというんですか!?」
補佐官さん迫真の演技。どんな組織も何も俺たちのバックにいるのは大統領である。
俺は笑わないように気を付けながら演技を続ける。
話は長引かせねばならない。いずれ大統領から合図が来てこの茶番劇も打ちきりだが、まだリー将軍との話はついてないようだからな。
「知る必要のないことだなそれは。第一あんたは――」
俺が言いかけていたところを遮るかのように通信が入った。トントンからだった。
今のところトントン以外にこれが出来た人はいない。俺と近しい血縁関係だからというのが大いに関係しているものと思われるが、それよりも大事なのはその用件だった。
「トーマか、私だ。何かとてつもなくヤバい事が起きている」
「何の話だよトントン」
「町が燃えている。ちょっとした暴徒とかそういうレベルじゃない。まるで戦争だ!」
「まるで戦争? この首都の守りは万全のはずだろ?」
「兵士が攻めてきたことは確かに考えられない。でも気をつけろトーマ。もう人質なんかとってるばあいじゃなくなるかもしれない!」
「なんだって。ここまで来てそりゃないだろ。大統領はどうする?」
「それどころじゃあない。大統領は人質とこの謎の放火に忙殺されていて連絡取れないんだ」
「じゃあリー将軍との交渉も白紙か? クソッ、ここまできて!」
「ひとまずはそこにいてくれ。今私は学園の近くにいる。危なくなってきたらまたコールする!」
「わかった。親父は今どこにいる?」
「学校を囲む武装警官隊に変装して紛れているが……君も彼と一緒になって避難をするんだよ。
いずれこの警官隊も街のほうへ回されるかもしれないからな」
「わかった」
通信を切った俺を不思議そうにフィボナッチ補佐官が見つめていた。
「あの……君、大丈夫? 一点見つめて……」
「補佐官は大統領と最後に連絡をとったのは?」
「二時間前ですが……」
「街のほうで何かが起こっているらしい。一旦帰って外を見てきてくれないか。街が燃えているらしい」
「わかりました……」
補佐官は出て行った。俺は額にかいた汗を服の裾で拭って一息つくと、近くにいたエリザベスとミリーにこう告げた。
「マリーは上で見張りだな?」
「はい」
「俺も行ってくる。街を見渡してくる」
俺が一番上の八階まで行ってみると階段を昇ってすぐの廊下の窓辺にマリーが立っていて外の景色にくぎ付けになっていた。
慌てて俺もその横に立って同じ景色を見てみたところ、トントンの言っていたことは全く大げさでないことがわかった。
街を火の手が舐めるように一方向から進行している。まるで一方向から放火集団が大挙して押し寄せてきたかのようだ。
「まるで戦争だ……何でこんなことに?」
「リー将軍が私兵でも動かしたんでしょうか、王様?」
「あり得ない。首都の人間を一体何千人殺してるんだこれは。政治模様どころの話じゃない!」
「私たち、もう人質どころではなくないですか?」
「ああ。もしかするとセシルたちが連絡を絶った焦土と化した街も同じことが起こったのかも」
「とするとあれはノイトラの天使たちでしょうか、私とも同じ。であれば王様が行って止めなくては!」
「くそっ、ここでも俺が止めなきゃならないのか!」
そう言っているとトントンからもコールがあって、案の定今言っていたこととほぼ同じようなことを言われた。
「トーマ、もう駄目だ。学校なんか捨てて出てくるんだ。武装警官隊は解散した!」
「マジでかよ。子供たちはどうしよう」
「放っておけ。下手に外へ出すより学校にいたほうが食料もたんまりあるし、安全だろう」
「それもそっか」
「わかったね、今すぐ出てくるんだ」
「わかった」
俺は通信を切るとただちにマリーに指示した。
「下へ行くぞ。もう見張りはしなくていい」
「わかりました王様!」
俺たちは階段を急いで降りて、気温こそ寒いが体に汗をかきながら一階まで駆け下りた。
するとそこには警官隊の格好をした親父とさっき見た補佐官の姿があるではないか。
「あ、あれはいったい……!」
と補佐官も震えている様子。俺が見たものよりもさらに鮮明に近くで見たのだろう。
いつもは大物ぶって落ち着いて冷静に構えている親父もさすがに目に動揺の色を見せていた。
「あんなのは初めてだ。補佐官、あんたも不幸中の幸いだったな。ここにいるのが多分首都じゃあ一番安全だ。
おいトーマ、あれをお前で何とか出来るか?」
「あれってなんだよ?」
「それよりその格好では締まらん。着替えろ」
「ああ、わかった」
親父の持ってきてくれた俺のいつも着ている服は、メイドにもらった古い女性用の服だ。
前にも説明したと思うが、センスが古いものの上品ではあるので俺は結構気に入っている。
これを俺は何の躊躇もなく公開生着替えしたところでトントンまでもが食堂に入ってきた。
「街はいま大変だ。機械のような連中が人間を殺して回っている!」
「ちょ……機械のようなってノイトラじゃないのか?」
「わからない。機械のようなノイトラか、ノイトラのような機械か。命がある感じはしない」
「おいおい……」
と言っているとまたもや食堂に来客だ。俺はいい加減怒りそうだったが、どんどんと扉をたたく音がうるさくて出てみると知らない顔の身なりのいい中年くらいの男だった。
いや、訂正しよう。知ってる顔だった。大統領と一番最初に会った時バトラーと呼ばれていたおっさんだ。
まあだからなんだという話ではあるのだが。
「私は大統領補佐官のものです! トーマという子供は!」
「トーマに何か用でも?」
と聞いてみると補佐官は息せき切っていながらもどうにかして息を短時間で整えて深呼吸をし、一息に言った。
「飛行機で要人をのせて脱出します。しかし動かせません。来てください!」
「行くか! 俺は飛行機に乗れないんだろどうせ。行くわけないだろ!」
「そこをなんとか!」
「それより補佐官、アンタも幸運だ。ここにいたほうが国会議事堂より安全だぜ。
俺は街へ出る。トントン、それに異論はないな?」
「ああ……背に腹は代えられない」
そうだ。俺を出すのは危険ではあるが、どのみち俺が対処しないと俺も死んじゃうかもしれないので、俺を対処に向かわす以外の選択肢はない。
食堂から飛び出して校門を抜けてみると、ここは街で一番高い場所だからわかった。
眼下には地獄絵図が広がっていた。それに大量の銃声も聞こえてくる。
そして同時にこの街に起きていることの全容がようやくつかめてきたというものだ。
この街を襲っているものの正体は機械でできた兵士のようなやつだ。人間のように見えなくもないが、顔が明らかに違う。
そいつらが口から銃弾を撃っているのだ。家から飛び出して逃げまどう市民をこれが容赦なく撃っている。
まさに死山血河。街の中に一人でも生き残っている人が居るのだろうかというありさまだった。
「大統領はどうでもいいが……ここには革命軍の本部もあるんだったな」
そう思えばこの兵士たちに立ち向かうモチベーションも保てるというものだ。これは一か八かだ。
こいつらの武器は銃。それに対して俺は、割と不死身のようだが武器は素手での電気ショックのみ。
俺のことを全く認識せず無抵抗の市民を殺すのに夢中のご様子の機械兵に俺は走りながら無造作に距離を詰めていく。
これが通じなければ俺は終わりだ。蜂の巣になって死ぬだけ。
だが極限状態は嫌いじゃない。元来スリルは好きだ。そのうえ、俺は今まで命の危機が迫る度に新しい力に目覚めていった。
今度も同じになるはずだ。俺はそう思いながら、自分でも思いがけないことを叫んでいた。
「この街中のノイトラ、俺のところへ集まれっ!」
そして俺の掌底は機械兵の体にぺちっという格好の悪い音を立てながら当たった。そして電気ショック。
鉄扉が溶けるほどの俺の超高電圧電気ショックはさすがに効いたようで、この機械兵は二度と動かなくなった。
俺は性格的にこういう連中のことは怖いもの見たさで探ってみる癖がある。
戦闘中は焦っていたのでよく見えなかったが体をよく確認してみると、うなじと手首のところに文字が書かれていた。
「セキュリティレベル……5だと?」
間違いなくそう書いてある。そして、これがエースやエグリゴリと関係性があることに疑いの余地はない。
そして、もう一つ確かなことがある。こいつを派遣したのは間違いなくエグリゴリ、このスフィアの支配者だ。
レベル8なんだからレベル5を操ることもそりゃあるだろう。そしてほかにゴロゴロとレベル8がいるとも思えないからな。
「とりあえず鹵獲させてもらうぞ、レベル5」




