第三十四話 まいごのまいごの子猫ちゃん
「ああ。よろしく頼む」
「ところでその男は何なんだ一体。イザベルと一緒に捕らえられてたようだが……」
とアルがセシルを指さしたので俺もセシルのほうを向いてみると、俺たちは一斉に目ん玉を飛びさせるほど驚いた。
なんと目の見えないイザベルがセシルになついている。
二人の相性たるやまるでコタツと猫、電柱と犬、トマトとパスタ。
セシルの肩にぴったりと女の子が肩をくっつけている。アルは開いた口が塞がらないようだ。
俺だって女の子との付き合いは全然ないがそれでもかなりびっくりした。
「おいおいおいおい、セシルお前聞いてないぞ。その子と仲良かったのかよ!」
「いやその……僕も困惑してるというか身に覚えが……」
「どう見ても訳アリだろお前ら。理由を言え。あれか、庁舎の監獄か何かで仲良くなったのか?」
「いやまあ、そりゃあ隣の房だったから何度か声はかけたけど反応なかったし……」
「おい泣くぞ!? 俺泣いちゃうぞ!」
「どうしたアル!」
泣くぞ、というか、もうすでに涙目のアル。事情を聴いてみると、想像以上にどうしようもない理由だった。
「一度もそんなイザベルを見たことがない。俺が必死に守ってきたのに……!」
「まあそういうもんだって。イザベルもほら、いつかはお嫁さんに行くかもしれないし」
「お嫁さん嫌だ! ずっと俺のそばにいてほしい!」
「わかるよその気持ち。自分のお嫁さんにはしたくないけど、誰かのお嫁さんにもなってほしくないよな」
「ああ、王様。わかってくれるか。そうなんだよ、俺はべつにやましい気持ちはこれっぽっちもないんだ」
そう、アルは多分イザベルの父親代わりだったのだ。父親というのは実に割に合わない商売だ。
自分の娘を手塩にかけて育て、娘に何の責任もなく、投資もしていない赤の他人の男に奪われるのが宿命なのだ。
かといって、完全に自分のものすることはできない。女の子が生まれた、あるいはそれを引き取った時点で万事休すだ。
俺はやるせない哀愁がただようアルの背中をぽんぽん叩いて気持ちを共有してやった。
すると困惑したセシルが気になることを言ってきた。
「ええっとさ。つまりこういうことか。この子はイザベル・オクセンシェルナ……僕の故郷の、たった一人の生き残り?」
「なにっ、生き残りがいたのか!?」
その時、アルはすべてを理解したわけだが、その胸には一体どのような思いが去来したのだろうか。
大切な大切な妹のような娘のような存在のイザベル。神を裏切ってまで、自分を死んだことにしてまで彼女を守り、尽くしてきた。
そのイザベルが奪われた。と思ったら、その男は自分が焼き尽くした彼女の故郷の唯一の生き残り。
もう償っても償いきれない、取り返しのつかなくなってしまったアルの彼女に対しての罪を、唯一和らげてくれる存在がセシルだ。
セシルだけがイザベルをほんの少しでも幸せで、暖かくて、懐かしい気持ちにさせてくれる男なのだ。
「イザベルお前……よかったな。本当によかったな……!」
「アル、お前立派だよ」
「慰めてくれるか、トーマ」
「ああ。イザベルの人生に、お前はもう必要ない。今までよく頑張った。
彼女のこともお前のことも、まとめて俺が引き受ける」
「よろしくな。世話になる。だがこれからの行動……アテがあるのか?」
「まあ待ってくれ。おほん、みんなちゅうもーっく!!」
俺は今日一番の声を張り上げた。のどが痛い。
先ほどまで不安な声をしきりに上げていた群衆もこれには注意を払い、通りには野次馬のちょっとした声以外には物音ひとつしなくなった。
「いいか。お前たちに指令を出す。コロンビーヌはアルと一緒に居ろ。
アルはコロンビーヌと一緒にどこでもいい、身を隠すんだ」
「承知しました」
「わかった。ほかの面々は?」
「アンリはここで俺が戻るまで代官を見ていろ」
「謹んでお受けします」
「セシル、エース、イザベル。三人は俺と一緒に古代兵器のある遺跡へ行く。
すぐに飛行機を起動させる。ほかの面々は庁舎を家探しして金品を盗むがいい。
これは礼だ。そして家に戻っていつも通りに過ごすんだ」
「ついに古代兵器を起動させるんですね。でもほかのノイトラたちは力を解放させなくてよかったんですか?」
とコロンビーヌが意見した。俺はこれには首を横に振った。
「今はまだその時じゃない。だが、いずれはそうするつもりだ。
コロンビーヌ、命令が聞こえなかったか。アルと一緒に身を隠せ」
「はい……」
「さっそくつもる話をする時間が出来たな?」
「さっきの王様との話聞こえてたわ。あなたちょっと気持ち悪い……」
やはりコロンビーヌからするとさっきの俺とアルの会話は気持ちが悪かったようである。
なんか会う前は英雄的なカッコイイ奴なのかと思っていた。実際、数分前まではそうだったのだが、会ってみるとアルは割と親しみやすい奴であることがわかった。
コロンビーヌがここまで口が悪いことも珍しいが、それだけ二人の心の距離は近いということでもあるのだろう。
「あのぉ、ところで私、あなたの先祖と関係あるみたいなんだけど……」
ふと目を離していた隙にエースがこっそりイザベルに話しかけていたが、案の定打ち解けられず、彼女はセシルの陰に隠れてしまった。
俺は気になって子供をあやしている最中のセシルに質問をぶつけてみることに。
「なあセシル、その子、言葉が通じてないのか。それともショックで言葉が話せなくなってるのか?」
「いや、言葉が通じないというのはないと思う。トーマ、それより話したいことがある」
「なんだ? 今から遺跡へ行かなくては。時間がないんだが」
「それだよ。マリーとミリーは街の外へ逃がすことが出来た。三日以内にこの街へ革命軍による援軍が来るだろう。
それにイザベルにもっと休める時間をあげたい。一石二鳥だろ?」
「いや、悪いが俺は急いでいる。イザベルとエースが飛行機を飛ばすんだ。
飛行機を飛ばせれば、行き先は合衆国。ここよりも格段に安全だろうし革命軍のケアも受けられる。
そして二人を飛ばすのは古代文字が読めるお前にしか出来ないことだ」
「わ、わかった」
「それに……この街にはノイトラでありながら、油断ならない奴もいるようだしな」
「そんな奴と会ったのかい?」
「さっきちょっとな。さあ行こう。エース、これからの予定はわかってるか?」
「え、全然」
「しょうがないな。とにかく、セシルたちと一緒に遺跡へ行くんだ。
そしてエースがあのカニみたいな奴に指示をして全速力で飛行機を修理させる」
「それはわかったけど……」
「その後、イザベルとエースが二人で飛行機に乗って合衆国へ行く。
操縦できるのはエースしか、飛行機を起動させられるのはイザベルしかいないからな」
「さて、まあ、それが出来ればの話だけど……」
「なにっ」
「いや、別に。行こうか」
「……?」
俺はバカなのでよくわからなかったが、エースが俺の気づいていないことに気付いていることだけはわかった。
それで、エースが目線を向けているほうを俺も見てみると、確かに、これから大きな仕事が待っていることは理解できた。
というのもセシルと手をつないで肩を寄せ合い、イザベルがぴったりと彼にくっついている。
セシルは女好きである。ここは喜ぶところかと思いきや、なんか思ったよりもよそよそしい。
セシルは年下はあんまり好みでは無いらしい。と思いつつ俺は背後から二人に忍び寄って声をかけた。
「あのなセシル。気になってたんだが二人はどういう関係なんだ?」
「同郷だよ」
「それだけじゃないだろ、どう見ても」
「別に面白い話ではないよ。僕の父方の家系はサー・ペンドラゴン家だが、別に古代文字を継承していたってだけで、地位が高いわけじゃない。
金持ちなわけでもね。家の格は母方のオクセンシェルナ家のほうが高かったのさ」
「二人は親戚というわけか」
「彼女は僕の母の兄の娘だから、いとこだね。とはいえ格は彼女のほうが上。それとこれが大事なことだ。
彼女の眼は故郷の焼き討ちとは関係ない。生まれつき目が不自由な子なんだ。
物心ついたときにはもう、こうして目の見えない彼女の手を引いていた」
「うらやましいな。こんなかわいい子のお守りならしてみたい」
「やってみたらわかるよ……」
セシルの目は、一言で言えば死んだ魚のような眼をしていた。ついでにいえば傍らの幼い少女をまるで鬼上司でも見るかのような怯えた目で見ていた。
どうやらイザベルお嬢様は、とてつもない傲慢、高飛車、我がまま、怒りんぼ、泣き虫、甘えん坊なようだ。
それと一緒にいるとストレスを抱えるのだが、それを素直に彼女の前で口に出すわけにもいかない、といった様子。
聞いたことがある。というか、俺も正直身に覚えがあるのである。
俺には姉がいた。姉は、弟をまるで下僕のように扱っていた。
そして人生経験を重ねてくると、それは姉と弟の関係性に特有というより、立場が上の女と、立場が下とみなされた男の関係性だと納得するようになった。
少なくとも俺は、姉以外の女からも同じような扱いを受けた。
男の専業主夫家庭、および夫のほうが年下になる夫婦が世界的に見ても少ない理由はこれが絡んでいるに違いない。
男は女王様に耐えられない。まあ今回の二人のように子供や学生のうちだったら、そういう関係性のカップルもアリかもしれない。
だが仕事場でこき使われ、家に帰っても下僕、子供が出来ても子供は夫婦の力関係を暗黙の了解で学習し、子供にとっての父親の威厳もない。
そんなストレスに耐えられる男はやはり少数派となるだろう。
セシルたちも今はこれでいいかもしれないが、俺個人的には、結婚することはオススメしないでおきたい。
さて、セシルたちはこのような非常に一方通行的な関係性である。
セシルが一方的に我慢し、世話をし、守り慈しむ一方、女の子のほうはとにかく依存して甘えている。
故に厄介な問題が発生しうることを俺は悟らざるを得ない。
俺はその問題が発生しているのかどうかたしかめるため、全員で遺跡へ向かった。
そしてイザベルを飛行機の座席に座らせたあと、俺は恐る恐る彼女にこういった。
「イザベル、トーマだ。今乗っているのは飛行機だ。それを使って合衆国へ飛んでもらう」
イザベルからの返事はない。ただソワソワして落ち着きのない様子で降りたそうにしているばかりである。
そして次に俺は飛行機の下から上にいる彼女へ向けてこう続けた。
「いいか、飛行機は俺の仲間のエースが操縦する。今から合衆国へ行くんだ。
あとからセシルと俺もそっちへ行く。少しくらい我慢してくれるよな?」
返答はない。が、すすり泣きともうめき声ともつかない謎の音声が上から聞こえてくることだけは理解できた。
横のセシルに目配せしてみるとセシルは俺と目が合い、次に重苦しくまぶたを下ろして首をゆっくりと横に振った。
「ダメだ。ああなったらテコでも動かない」
「どうすりゃいいんだよ! 最悪パイロットはセシルでもいいけどさ……」
「僕にできるわけないだろ、無茶言うなって。三人乗りとかできないかい?」
「二人でもキツイくらいだぞ。そっちこそ無茶言うな!」
「それより新しい問題があるわ」
「なんだエース?」
エースはイザベルの駄々っ子問題については当然、事前に察していたようだが、俺の気づいていなかった新たな問題も大人らしく提起してくれた。
「トーマ。あなたはエグリゴリという子と約束を交わした。彼女はトーマにだけ特別に、合衆国から飛行機を誘導してくれると」
「あっ……すっかり忘れてた」
「でしょうね。当てずっぽうで私が操縦してもいいけどそれだとイザベルを危険にさらすことに……」
エースが言いかけているところへ、何やらけたたましい音が遺跡内に響き渡った。なんと上からイザベルが落ちてきたのだ。
さいわいそれほど怪我はしてないようだがセシルに大泣きしながら抱き着いており、こうなると全く手が出せない。
目が見えない、高いところにいることは理解している。それでもセシルのところへ行こうとするのだ。並大抵の精神力ではない。
「つまりこういうことかエース。この二人乗りの飛行機に乗る組み合わせはパイロットが俺、後ろにイザベル、それしかありえないと」
「そういうこと。で、セシルくんがいないとイザベルはああなってしまう……どうしよ?」
「……麻酔かなにかで眠らす?」
「イザベルのこと道具か何かだと思ってる?」
「冗談だって。しかしこの飛行機の認証システムさえ騙せれば、乗る必要はないんじゃないか?」
「もうやってるけど無理っぽいわ。一定時間ごとの再チェックがあるみたい」
「ここまできて、ここまできてダメなのか。せっかくアルもイザベルも見つけられたのに……何か手はないのか?」
「飛行機にこだわる必要もないんじゃないかしら。エグリゴリちゃんには悪いけど」
「おいおい。ここを一度退いてしまったら、王政はもう二度と革命軍の目にさえ触れさせないだろう。
そもそも、アルやイザベルたちを探したことも無駄になる。ここへ来たこと自体が無駄になる!」
「時にはそういう損切り思考も必要だと思うけどね。リーダーを名乗るなら、時には感情を押し殺して冷静になることも必要だわ」
「くっ……もうこれしかないか!」
俺はぴょんとタラップを使って飛行機の上に昇ると、下の仲間たちに言った。
「おーい、イザベル俺が悪かったよ。セシルと一緒に飛行機に乗るんだ!」
「どういうことだトーマ。僕が操縦するわけじゃないだろう?」
「ああ。俺が操縦席に乗る」
「まさか三人乗り?」
「つべこべ言うな。三人乗り、これしか方法がないんだ!」
「なるほど。王様なら冷静さも必要だけど時には型破り的な発想も大事か……」
エースはとりあえず納得してくれた模様。セシルも困惑しながらも操縦席のほうにやってきた。
「おい、何でお前が来たんだ。俺とイザベルならちっちゃいからまだ二人乗りも出来るかと……」
「彼女にこれ以上ストレスを与えるわけにはいかない。三日ほど捕まっていて食事も睡眠も満足にとれていないんだ」
「俺と相乗りするのがストレスか!?」
「ストレスに決まってるだろ。さあ、行くなら早くしよう。イザベルはもう後ろに乗り込んでくれている」
「わがままなお嬢さんだ……」
俺は席に座って操縦桿を握る。そしてその足元にセシルがひざまずくような形で、俺の股間もしくは下腹部あたりに顔が来ている状態だ。
この状態で数時間、あるいは半日以上もの間過ごさねばならない。
「エース、操縦に関してだけど……」
「ノイトラのあなたなら難しくないはずよ。エグリゴリからのナビも期待できるはずだし」
「要はぶっつけ本番か。まあ、この旅はすべてがぶっつけ本番、予想不可能の行き当たりばったりだったけどな!」
「うん、頑張って」
「わかった」
「しょ、食料とか水とかどうしよう」
心配性なセシルが言ったが、俺はこれをすぐに一刀両断した。
「予定では数時間のフライト。第一、トイレもないのにメシや水を飲むのか?」
「それは……」
「心配するな。合衆国へ行けば何とかなる、なんとかな……いざ発進!」
「発進じゃないよ、バカか君は!」
セシルが俺の股間めがけて叫んだ。
「どうした?」
「どうしたじゃないよ。この遺跡は密室だぞ。このまま飛び出したら壁に飛び出して全員死ぬだろ!」
「あ、そっか」
「そっかじゃないよ。トーマ、とにかく降りてくれ」
「ああ……」
とりあえず三人で乗れないこともないことは確かめた。
次はこの部屋のギミックを探り、遺跡から飛行機を発進できるようにしなきゃな。
と思いながら俺は飛行機を降りた。するとセシルが飛行機を眺めている俺の横に立ってこう言ってきた。
「まったく。あれじゃあ僕のほうが死にそうだった」
「そりゃ悪かったな」
「しょうがない。初めからこうしておくべきだった。僕が彼女を説得する」
「出来るのか?」
「任せて。ただし少し離れていてくれ」
それから数分間、俺たちはトンネルのほうまで対比して事の成り行きをじっと待った。
意外にすんなりと事は運び、トンネルのほうへと顔の左上から右下にかけて斜めに赤い三本線を新しく付け加えたセシルが顔を出した。
「やあみんな、ごめんね待たせた」
「ええっと、どうしたその傷?」
「ああこれか。さっき子猫にやられてね。ここにネズミはいないはずだが」
「そうか。子猫にやられたならしょうがないな」
「案外凶暴な子猫だったみたいね……」
セシルが今まで、イザベルを説得することに決心つかなかったのもわかるというものである。
いくら何でもこれは凶暴すぎる。やはり、結婚するのはお勧めできないなと俺はセシルのひっかき傷を見て心から再確認した次第だ。
しかし、子猫ちゃんもそれによって満足を覚えたのだろうか。
試しに飛行機のほうを覗いてみると、泣きじゃくってはいるものの、飛行機の下で座り込んでいるイザベルからはそれほど精神的に不安定な感じは見て取れなかった。
「俺はあの子と二人で行くことになるのか?」
「何を怖がってるの。あれはきっと甘えてるのよセシル君に」
「出たよエースの知ったかぶりが。女でもないくせに女心がわかったようなことを……」
「私にはわかるの! あそこまでしても許してくれる彼に甘えてるのよ」
関係ないですけど100万字以上の小説ってたまに投稿されてますけどどうやったら書けるんでしょうね。
この作品でさえ風呂敷広げすぎたなぁ、過去最大ボリュームの50万字以上行きそうだなぁってくらいなんですが100万なんて行ける気がしない。




