第三十一話 君の名は……
「実はその……私、王様に、トーマ様に告白しなければならないことがありまして」
「な、なんだって?」
「こーくーはーくー!」
「どうせろくな事じゃないだろうけど、聞こうか告白」
「はい。実を言うと私、セシルくんの……」
「セシルの……なに?」
何を言われるかと思ったら、セシルの名前が出てきて俺は驚いて腰を抜かしそうになった。
だが早合点はいけない。落ち着いて話を聞いてみる。
「ええ、セシル君の……故郷を焼くことになった件ですが、私がその攻撃を担当した天使の一人です」
「えっ、何でそんな大事なこと今……!」
「ですから今言わないとって。でもこの間はなんだか言うチャンスがなくてですね……」
「それはわかった。もちろん、誰にも言わないよ」
「ありがとうございます。それで、私が今このタイミングで言いたかったのは、なんとか遺伝子の話が出てきたからなんです」
「何か知っているのか?」
「別に知っているわけではないのですが、少し気になることがあったんです。で、それをお伝えしたくて」
「ぜひ聞かせてくれないか」
「はい」
と言ってからコロンビーヌは過去を語りだした。
「私は現在十九歳です」
「え、そうなの。十六とかそのぐらいかと思ってた」
「そうでしたか。それで私はですね、十八歳で孤児院を卒業して兵隊にとられました。
もちろん、戦地へ行くと思っていました。結果は神の兵隊としての道だったのですが」
「そして俺たちと出会ったわけだな」
「はい。隊長とも狭間の世界で。マリーとミリー達とも、別に過去を話し合ったことがあるわけではないです。
ですから私の過去をほかのみんなは知りませんし、私もみんなの過去は知りません」
「しかし妙だな。それだと、アンリ達もセシルの故郷を焼く仕事をしてないと変だが……」
「隊長たちと会う前の私の初仕事がそれなのです」
「へえ……ほかに仲間は?」
「幾人かいましたが、たぶん今は狭間の世界に。彼女らもいずれ王様に救い出してもらえれば幸いです」
「それは……もちろんだ」
「ありがとうございます。私はあの時、自分の事で精一杯でした。状況を飲み込むだけで限界だったんです。
なにしろ神様のもとへ連れていかれたのも天使という名の兵隊にされたのも全く青天の霹靂でしたから。
今思えば彼……セシルくんの故郷をすべて焼き尽くすほどのことをする必要は別になかったはずです。
王政が神様に助けを請い、派遣された私たち。下された命令はすべてを無に帰すことでした」
「ちょっと待ってくれ。何が言いたいのかわからない」
「神様がどこまでご存じなのかは知りませんが……やはりこう考えたほうが自然だと考えられます。
例の遺伝子を持つ人間がセシルくんの故郷に住んでいて、たまたまあの日そこにいた。
古代文字を継承する一族はあくまでついで。その遺伝子の持ち主を殺すため、徹底的な皆殺しを命じたのです」
「ふむ……」
とか訳知り顔で言ってるが俺は全然話が飲み込めていない。ただコロンビーヌの言うことはわからないではない。
神は例の遺伝子の持ち主が飛行機を乗り回そうが、別にどうでもよい。
神にとって、飛行機では自分の脅威にはならないからだという。
もし奴の脅威になるものがあるとしたら、エースの持っているレベル8の装備、つまりは神と同格の者が持つ装備以外ないだろう。
だから仮にノイトラを派遣してセシルの故郷を焼いたのが、R2DX2遺伝子なるものの持ち主を殺すためだったとした場合、それは神よりも王政の判断。
王政はどうやら古代兵器などを武器に、神すらも倒してしまおうと考えているようだから、遺伝子の持ち主は邪魔だろう。
彼ら以外に古代兵器の主が存在してはならないというのは、とてもよくわかる。
そしてさらにコロンビーヌは俺に重大な情報を話してくれた。
「あの時のことはよく覚えています。私に与えられたのは、天候を操る能力」
「なにっ」
「そして彼は……彼の担当は太陽の力。生まれつきもっとも強い潜在能力を秘めていたらしくて、神様に解放されたそうです。
スフィアを明るく照らしていた彼はあの日、地に落ちました」
「セシルの故郷を焼いた日のことか?」
「ええ。ですがその……私と彼は出会った時からそりが合わないというか、水と油でした。
太陽と雲。それが私たち。私の心はいつも雨降り。太陽を失ったあの日からです」
「また日は昇る、と言いたいわけか?」
「はい。彼の名はアーダルブレヒト・オーベルシュタイン」
「なっ、なんだって?」
「私は気軽にアルと呼んでいました」
助かった。そんな恐るべき名前、覚えられる気がしなかったので、アルという短い名前で済むということは朗報だった。
しかしコロンビーヌ。こういう風に長く話をしてみて初めて分かったのだが、彼女は十九歳のわりにちょっと不思議ちゃんなところがある。
セリフが妙に抽象的、あるいは詩的であり、俺もついていくので精いっぱいだ。
「名前からして合衆国、あるいは帝国。まあ北方の出身でしょう。彼はあの任務の日、誰よりも熱心に家を焼いていました。
私の能力はむしろ火を消すほうに役立つものでしたが、彼の場合火をつけるのには、ジャガイモにバターくらいうってつけのものでしたからね。
そんな彼が死ぬなんて考えられません。革命軍がいたとはいえ、戦力差は歴然。反撃もほとんどありませんでしたから」
「今も生きていると考えているのか、その……アルってやつが」
「そうではありません。私が雨を降らせて霧を出し、二人を廃墟の群れから逃がしました。彼は女の子を連れていました」
「その子について何か質問はしなかったのか?」
「いえ。あの時の私は大勢の人間の死に直面させられて、すべてに疲れ切った曇り空だったからです。
ですが不思議と、あの子を連れて自分を死んだことにして逃がしてほしいと頼んできたアルを邪険にする気が起きませんでした。
その子の名は知りませんが……言葉を話せないようでした。ひどく憔悴していて……無理もありませんね」
「その子を命を懸けても救いたかったその、アルってやつの行動の意味は……」
「おそらく私も王様も、考えていることは同じかと。アルはあの子を助けねばならなかったのでしょう。
それはノイトラの解放と関係あるかは知りませんが、少なくとも、彼がそうしなければ消されていた灯火なのは相違ありません。
彼女が遺伝子の保有者だった、と考えられます。つまり王政が集落を焼いた本当の目的は遺伝子の保有者のせん滅。
それをサー・ペンドラゴン家せん滅の裏に隠し、両方を同時に遂行しようとしたというのが真相だと考えられます」
「話してくれてありがとうコロンビーヌ。確かにそうだな。
そんなことを知っていたら話の流れを断ち切ってでも、俺に話す必要があるはずだ。
まあともかく、今はこの話はあとだ。トンネルへ行くことにするぞ」
「えっと、はい。わかりましたトーマ様。彼らの話はまた後ほど……」
「もちろんだ。入ろう」
俺はドアを開けておまたせ、と言いながら中へ入った。セシルは当然俺のほうを見て怪訝な顔をしている。
「終わったみたいだね。そんなに大事な話だったのか。羨ましいね」
「ああ、とても大事な話だった。時間も押している。行こうか」
「そうだね。飛行機を手に入れられたら僕らとはお別れだね。二人とも、今度こそその時は大いなる別れの時だ」
「いや、その顔はまだまだこれからも見ることになる気がするよセシル」
「だといいけどね。さ、レディファーストだ」
などといって俺とエースを先に行かせてセシルは最後尾についた。俺たちは灯りも持たずにトンネルの中へ足を踏み入れた。
というのも、俺はどういうわけか、アンリと初めて出会ったあの夜からというもの、目を凝らせばどんなに暗い場所でもよく見えるようになったのだ。
明かりをつけることが出来ているわけではないが、暗闇は得意になった。
といっても、スピードを出しすぎるとセシルを置いていってしまう。そうならないようにセーブしつつ、一度来た道を進んでいく。
奇妙なほど順調だった。警戒もしていたが、このトンネルに王政の手が入った形跡はなく、出口までたどり着いて遺跡の入り口を開けても誰もいない。
人気のない殺風景な格納庫らしき部屋には、相変わらずふてぶてしい戦闘機がでんと置かれている。
燃料はないだろうが、思ったよりメンテナンスがされている。最初見たときはもっとぼろかった気がするが。
そう思って機体の周りを手持ち無沙汰にぐるぐる回っていると、すぐ横でエースが俺に言ってきた。
「見て。なんだろうこれ。見たことあるような……ちょっと懐かしい気持ちがするんだけど」
「なんだあ、これ。カニか?」
と俺がギャグを言うのも無理もない。俺の足元にカニのようなものが二、三体動いていた。
それは作業用のアームのようなものを体から出していて、それがカニのはさみのように見えたのだ。
これは恐らくロボットの類。人間らしさは微塵もなく、感情もなくわさわさと動いている。
足は六本。昆虫のようなロボットがアームを上げてちょこちょこと白い格納庫の床を歩いているさまはちょっと可愛い。
と下に注目していると、頭上から飛行機の操縦席に乗っているセシルからの声が聞こえてきた。
「ふむ、間違いない。遺伝子保有者だけがこの飛行機を操れる。一応やってみてくれないか二人とも。
僕は機械にはうとくてね。遺伝子なしでも無理やり飛行機を動かせないものだろうか」
「感覚的なものだから難しい。やってるが全然出来る気配がない!」
「そうか。ところでなんだこのカニみたいなのは……」
「カニって何?」
「あ、そっか。エースはまだカニを見たことないのか」
「でもちょっと可愛いかも……なんなのこの子たち?」
俺もエースも興味津々でカニ型ロボットを眺めていると、さっきまで二、三体だったロボットが倍ぐらいに増えていることに気が付いた。
そして数秒後にはロボットは全部で十体近くにもなり、それらが理路整然と横一列に並んで、何故かエースの前でまるで命令を欲しがっている兵隊のように待機しだしだのである。
「おいおいおい、なんだこいつら。レベル8と関係あるのか?」
「さあ。少しアセンブラを起動してみる」
「はい?」
どうやったのかは知らないが、エースはしばしカニたちと見つめ合った後俺のほうを向いて状況をくまなく説明してくれた。
「やっぱりね。彼らは私に信号を送っていた。私はそれを読み取ったの。命令を下さいだって、可愛いわね」
「俺もそれ出来る?」
「脳内に機械言語翻訳機、たぶんトーマもあるけど自力ではなかなか使えないみたいね。
これを使って彼らと話した。どうやら彼らは建設機械らしいの。この小型の奴は、特に建物や機械の細かいところへ入り込んで修復を担当するみたい」
「王政はハイテクだなぁ……前に来たときはこんなのなかった」
「そうね。王政がつい最近これを配備したみたい。恐らく私がこの子たちに接触したこともすべて筒抜けね」
「やばいじゃないか二人とも。ここを早く出ないと。あるいは飛行機をなんとかしないと……」
「今すぐは無理ね。この子達の仕事は戦闘機の修復だったみたい。
恐らく……王政はル・アーヴルの港街に眠るといわれる爆弾をこの飛行機を使って落とすつもりよ」
でも確かに、何百年もそのままにされていたであろう飛行機はいつでも直せるものだったということがわかった。
それを今王政が直しているということはつまり、本格運用が決定したとしか考えられない。
「正気かよ王政は。そんなことしたらとんでもない被害が出るぞ!」
「王政にはもはやそんなこと関係ない。トーマも私もセシル君も……あまりにも王政にとっての危険になりすぎたのよ。
セシル君、私たちに飛行機は乗りこなせそうにない。それでもこの子達に飛行機の修復をさせる?」
「ええっとつまりエースさん、作戦は完全に失敗ってことでいいのかな?」
「残念だけど。この飛行機は戦力には出来ないわ。ここに王政が向かってくる。
天使の兵力は出てこない。それが逆に厄介ね」
「いや……待てよエース。妙な状況だ」
「どうしたのトーマ?」
俺は一度冷静になって考えてみるとおかしな状況であることがわかった。ついさっき、コロンビーヌから聞いたことがある。
それは、一年以上前にセシルの故郷が焼かれ、そこにはR2DX2遺伝子なるものを持った女の子がいたらしいとのこと。
それを王政が滅ぼそうとしていたらしいのだが、であれば、この飛行機は王政が操ることが可能であるということか。
乗れる人が居るとは思えないのだが。遺伝子の保有者を王政が確保している、とも考えられる。
「よしっ、エース。このカニ野郎たちをぶっ壊す。そして飛行機もどうせ俺らが乗れないなら破壊してやる!」
「何言ってるのよ! ダメよ。これは私が昔外から乗ってきたものらしいんだから壊すなんて絶対にだめ」
「僕もトーマに賛成する、どのみち僕らの役に立たないなら壊しておくべきだ」
全くそうだ。俺は先走りすぎていた。馬鹿だ。親父たちの言うとおりにしておけばよかったのだ。
最短距離で外の世界へ行き、なんとか塔というところへ行く。
そこは電波塔のようなもので、俺の声をすべてのノイトラに届け、味方にすることで王政も神もノイトラの王である俺の前にひれ伏す。
そういう計画だったのだ。最初からそうしておけば話は早かったのに。だが後悔してももう遅い。
「ぜーったいダメ。もし壊したら私、もうあなた達に協力してあげないからね!」
「ぐっ……どうするセシル。エースは俺たちに必要な人材だ。それは間違いないだろう?」
「そうだね。天秤にかければ、どちらが必要かは考えるまでもない。飛行機のことは放っておこう」
「奇遇だなセシル。俺もその意見に賛成する。エースも大切だ。でもお前も大切なんだ」
「なんだよ急にトーマ。ようやく僕の魅力に目覚めたのかい?」
緊張感のないセシルの回答を俺は無視して言った。
「今ここに王政が迫っているらしい。向こうの家で待ってるアンリ達がいるだろ。
革命軍とのつながりを使ってこの街から脱出させられるのはお前だけなんだ。
今すぐトンネルを戻って帰ろう。ここにはもう、用はない」
「潔いんだねトーマは。確かにその通りだ。行こうか」
「あ、このカニちゃん持って帰ってもいい?」
エースがぬいぐるみのようにしてロボットを胸に抱いて俺に言ってきたが、優しく対応している余裕なぞありはしない。
「バカ言ってないで撤収するぞ」
「はい……」
セシルが戦闘機の上からジャンプして降りてきて、今度はレディファーストだ、などとは言わず俺の言うとおりにして、トンネルの先頭を進んでいく。
行きと同じく帰りも無言でトンネルを抜け、たぶん十分くらいで目的地へ到着。俺たちは地上へ上がり、アンリ達に出迎えられた。
家の中は特に変わった様子はなく、外に何かいればアンリ達もピリピリしているはずだがその様子もない。
なんだか警戒していたよりは追手がすぐ近くまできてないようで、安堵した俺は戻ってきてすぐに全員に指示した。
「みんな、すぐにここを離れる。船に乗る組と潜伏組に分かれよう」
「と言いますと?」
「俺とエースは大丈夫だ、少々の事では死なない。船に乗る組はそれ以外だ。すぐにここを離れてくれ。
俺たちはもう少し時間を空けてからここを出ることにする。そのほうが分散されてリスクが低いはずだ」
「それならば私も残らせてもらいます」
と言い出したのはコロンビーヌだった。あまりにも早い決断。頭が切れる証拠だろう。
俺たちがこのように切迫した様子で帰ってきたのを見ればある程度の推測は立つということか。
実際、他人に聞かれないようコロンビーヌは「残る」と言い出した根拠を俺に耳打ちで説明してきた。
「王政は遺伝子の持ち主を確保しているんですね? 飛行機とやらの入手を諦めて戻ってきたということは」
俺はすぐにコロンビーヌに耳打ちし返した。
「不明だけど、王政が飛行機を修復して今すぐにでも飛ばす気であることは確かなようだ」
「逆にこれはチャンスですトーマ様。女の子を見つけて奪還すれば……」
「コロンビーヌを戦いに巻き込むことになる」
すると、コロンビーヌは耳打ちするのをやめて俺の前に片膝をついて自分の胸に手を当て、まさにこれ以上ないほど真摯な態度で次のように発言した。
「私なら大丈夫です、こう見えて強いですから。私の心は、いつも雨降り。
神様に無理やり解放されたこの人間離れした力。誰かを救うために使えることが、どれだけ幸せなことか。
どうかトーマ様にも伝わってください。私を天使から人に戻してくれたあなたですから」
「ずるいぞ、そんなこと言われたら大人しく帰れなんて言えないだろ……」
「二人とも内緒にしないで教えてくれ。僕は何を手伝ったらいいんだ?」
「セシルは帰れって言っただろ?」
「そうはいかない。レディが戦うというのに僕だけおめおめと逃げるだなんて、紳士のすることじゃないだろ」
「私もあなたには帰ってほしいところですが……」
コロンビーヌが珍しく意見した。だがセシルは案の定これを拒絶する。
「言ってくれ。二人で何を隠してる?」
俺は渋々、コロンビーヌに許可を取ることなくセシルには言ってもよさそうなぎりぎりの範囲を攻めつつ事情を説明することにした。
「……例の遺伝子の持ち主を奪還することをコロンビーヌと話していた。
手がかりはない。アルというコロンビーヌの知り合いのノイトラが知っているかも、と言っていた」




