第二十五話 はじまりのまち
実に長い戦いだった。それは数百年、あるいはそれ以上もの長きにわたって続いた戦いの物語。
俺の先祖であろう、ノイトラの王は過去に生まれたことがあったというが、それはそうだ。
生まれていなければ現代に伝説は伝わっていない。
彼らは神に挑んで恐らく負けた。そして俺がここにいる。
俺が見つけたエースは恐らくではあるが、過去一度もノイトラの王とも接触したことはなかっただろう。
彼女の存在が戦局を変えるはずだ。”神”はこのように言っていた。
「あれは不良品。対処するには値しない」
だがそれはあくまで奴の見立て。エースの持っていた謎の武器が使えるようになる可能性はある。
それに、謎の武器と言えば神と話したことから、ある程度その出所など詳細な情報が見えてくる。
まず、あの武器はエースの記憶にあった男が持っていたものと思われる。
そしてエースはKID Aであり、神はKID Eであった。そして二人は神の言うところによればセキュリティ・レベル8だという。
そしてエースの持っていた武器に書かれた”8”の文字。
これは本来エースのものではなく、エースと言う名をくれた記憶喪失の男のものだったという。
これらをつなぎ合わせれば次のようなストーリーがぼんやりとではあるが見えてくる。
おそらくエースとそのかつての仲間の男、そして”神”は同じセキュリティ・レベル8なる組織に属していたものと考えられる。
三人は元々知り合いか。彼らはこの世界の狭間の世界の、さらに外の世界からやってきた。
エースと男が会話の中でN極に人が住んでいると言っていたが、これは今俺たちがいるこの場のことを指しているものと考えていいだろう。
その話をしていたのがいつの時代かはともかく、その時まではまだエースはサイボーグではあるもののまともな人間だった。
恐らく自分がセキュリティ・レベル8であることすら知らなかったのではないのだろうか。
そもそもセキュリティ・レベル8って何のことやらわからないけどな。
レベル8であるという”神”は恐らく機械の体を持った人間だと思われる。
そして俺たちの前に現した姿は女の恰好をしていて、どこからともなく現れて用が終わると突然姿を消していた。
あれはかりそめの姿ってことだろう。あるいはホログラムか……などと考えながらその日は過ぎ、また朝を迎えた。
この世界の謎は解けない。それでも俺が外の世界にさえ行ければ恐らくすべてが終わる。
だからそこへ連れて行ってくれる親父を待たねばならないのだが、俺にはまだまだどうすることもできない。
親父が来てくれない限り俺には何一つ出来ないのだ。そのように考えていると、ふとある考えが浮かんだ。
そしてセシルに話をしようと思い、メイドさんたちと一緒に朝食を食べる段になってテーブルを見渡した。
「やっぱり帰ってきてないか、セシル」
俺が寂しそうに言うと、ノイトラなのにやたらとこういう話題に食いついてくる年頃の女の子らしさのあるコロンビーヌが、横の席に座る俺に絡んできた。
「あ、トーマ様。この間は隊長が恋人にふさわしいとおっしゃってましたけど、セシルくんも捨てがたいですか?」
「ああ、少しあいつをデートにでも誘おうかと思って。でもあいつ、ミシェルは自分に気があると思ってるみたいだったぜ」
「何言ってんだ。あんな軽薄そうなやつに気なんてこれっぽっちもあるかバカ」
間髪を入れずにミシェルが反論。これは照れ隠しとかそういうレベルじゃなくて本気で拒絶してるようだ。
案外女って女好きの男が好きだったりするらしいが、少なくともミシェルはその限りではないらしい。
「セシルからお前の気持ちに探りを入れてくれないか言われてたんだけどな。
そういうことなら俺の口からは言わないでおこう。で、セシルってやっぱあそこに居るのかなぁ、アンドレアスの家」
「何をしてるんでしょうね」
「あそこには不良親父がたむろしてたからな、変なことを教えられてないといいけど。
でもあいつノイトラにトラウマがあったからここよりは居心地いいのかも……」
「煮え切らないですねトーマ様。あなたもそのノイトラじゃないですか。
誘わなくちゃセシルくんもデートに応じてくれませんよ」
「ずいぶんコロンビーヌはおせっかいなんだな?」
「だって……」
コロンビーヌは思わず俺の心臓をぎゅんと締め上げて冷や汗をかかせるような重苦しい回答をしやがった。
十七か八歳くらいなのに、なんてザマだ。まるで地獄を見てきたみたいな目をして言った。
「私なんてとても恋愛なんて余裕はありませんでしたからね。マリーやミリーも同様です。
だからその自由がある人には、出来れば思い切り楽しんでほしいんです。
もちろん私たちの王様ならばなおさらです」
「そうか……悪いな。冗談でデートなんて言って悪かった。正直セシルに恋愛感情とかは全然ない」
「あ、そうだったんですか」
「だけどコロンビーヌも、恋愛したいなら恋愛していいんだぞ。誰か好きな人とかいないのか?」
「私にそんな資格はありませんよ。私の心はいつも雨降り。
もし晴れるとしたらトーマ様が本懐を遂げられた時しかないと思います。
マリーたちはあるの、好きな男性とか」
「コロンビーヌ……見てよこの食卓。全員ノイトラしかいないじゃない。どうやって恋しろっていうの」
「セシルくんやトーマ様もまだコドモだし。あ、でもこの間来た人はかっこよかったよね?」
「あの男はやめといたほうがいいな……じゃあこれ食べたらセシルを迎えに行くとするか。
場合によっては何十日も戻らないかもしれないけど、その時は俺のことは気にせずここで暮らしていてくれ」
「そんな。私たちはトーマ様のためにここにいるのに……」
「僕でよければついていきましょうか、トーマ様」
「いや、いいアンリ。お前はコロンビーヌたちを守れ。今でも三人の隊長はお前だろ」
「トーマ様、何を焦ってらっしゃるのですか。もしかしてこの前の事……」
「トーマ、私もついて行っていい?」
「……ああ、そう言うつもりだった」
エースはやはり俺より頭がいい。俺の考えていることはかなり予測がされてしまっているようだ。
「よかった。旅をするなら私の出番だと思ってたところだから。ところでアンリ君?」
「何か用でも?」
「アナタ硫酸だとか色々持ってるみたいね。くれない?」
「トーマ様が元々あなたのために集めていたものですから、かまいませんよ」
「ありがとう。後でいただくわ。それじゃトーマ、私は一足先に出発しておくわね」
「……ああ。セシルが来てくれるかはわからないから、その時は俺一人で後を追うことにする」
「わかった」
「二人とも、ボスがあなた方を迎えに来る約束のはずです。勝手に行動していいんでしょうか」
「別にいいって。飛行機手に入れたら、親父たちなどに頼る必要はなくなるだろ?」
「アテがあるんですか?」
「任せとけって。エースが全身回復してんのを見ただろ。飛行機も直せるって」
「それに私の頭には、あの飛行機の設計図から何からすべて頭に入っているわ」
「直すんですかやっぱり……あの飛行機……とやらを?」
「あ、ごめんトーマ。私今思い出したんだけど、あの飛行機二人乗りだったわ」
「……じゃあどうしよう。セシルは置いとくか?」
「そうしましょ。レオラ、この前見せてくれた世界地図持って行ってもいい?」
「あ、地図ですか。持ってきますね」
レオラは食事もそこそこに二階へ上がり、すぐに地図を手に降りてきた。
俺たちはそれをさっそく受け取ると、レオラには一番最初に別れの挨拶をすることにした。
「レオラには本当に世話になったな。これ、今まで使う機会がなくてさ。
セシルにもらったもんなんだけど、それでもよかったら受け取ってほしい」
俺はレオラに手を差し出させると、その手のひらにチャリンと金貨を三枚落とした。
これが俺の全財産である。レオラは目を見張って驚いていた。
「こ、こんな大金……!」
「あ、やっぱそれ大金だったのか。セシルがくれたんだ。
あいつには悪いけど俺が持ってるより二人が持ってたほうがいいだろ」
「ありがとう、でも……まあ、これもトーマらしいね」
「そうだな。別れの品がカネなんて最低のセンスだ」
と、最後まで俺に厳しめの態度をとるミシェル。何しろこいつはレオラ以外どうでもいいからな。
俺はこんな状況で最後まで奴といがみ合いたくはないので、ここはひとつ大人な態度をとることにした。
「ミシェルも世話になったな。もうたぶん会うことはないと思う。レオラと元気でな。
まだ恩を返せたとは思ってない。いつかまた会えたらその時はもっと大きな礼をするよ」
「お前は最後まで相変わらずだな。おいお前ら、他にあいさつとかあるか?」
とミシェルに聞かれてアンリの部下たちはほとんどみんな、首を横に振った。
「いえ、私たちの王ですから。今は離脱するとしても、いずれお役に立たせていただきます。
私たちはまだ王様のためになんのお役にも立てていませんから」
「お前らも相変わらずだなぁ……」
と俺はため息をついた。まあ、別に期待とかはしてなかったが。
「トーマ様、本当は僕もついていきたかったのですが、飛行機が二人乗りだというのなら仕方ありませんね。
金貨を彼女たちにあげてしまいましたが、路銀は大丈夫でしょうか?」
「多分大丈夫だ。俺はお前たちを解放する運命にある。嫌でも運命に守られるはずだ!」
「多分とかはずとか……もういいです。あなたの行動力には呆れを通り越して尊敬しますよ」
「誉め言葉と受け取っておく。じゃあな。あ、メイドさんも世話になったな」
「恐縮です。いってらっしゃいませ」
俺たちは簡単なあいさつをこうして済ませると、荷物と言えばエースの持っていた謎の武器だけを持って外へ出た。
そして港へ出てきて、俺たちは船を眺めながら立ち止まった。
「船で向こうへ帰るのは無理だよな」
「馬を調達するのも無理そう」
「いや俺馬乗れないし」
「歩くか」
「歩きか。なんかそんな気はしてたけど……船で半日だったよな」
「歩きなら急げば一日ってところかな」
「やれやれ、早くも後悔してきた……しかも遺跡に行かなきゃいけないだろ?」
「私の下半身と武器がこの街で奪われたのはさすがに王政も知っているはずよ。
とすると、向こうの街の飛行機がある遺跡が厳重警戒されてることも考えられる」
「でさ、エース。確認するけどエースって強い?」
「誰に聞いてるのよ。まあ少なくとも、この時代の銃弾くらいなら何発当たろうと効かないけど」
「俺は死ぬからな。あれ、どうだろ。俺って銃弾に当たって死ぬと思う?」
「さあ……以前は剣で刺されても完治したのよね」
「そうだったな」
「おいそこのお前ら」
と呼び止められたので振り返ると、なんか知っているような、知らないような顔をした兵士の男がいた。
エースは一応、見た目はただの少し背が高めの街の女って感じで、服装もおかしなところはない。
俺は頭にリボンを付けた、サイズが大きめの服を着た町娘といういで立ち。
怪しまれるところはないはずだ。その兵士は俺たちを目ざとく発見すると、さらに近づいてくる。
そして至近距離まで近づいてきてから、ボソボソと低い声でつぶやいた。
「俺は革命軍のスパイだ。この街の監視兵の中に入り込んでいる」
「なるほど。アンタこの前会った男だな。あの時はよくも殴ってくれたな」
「すまなかったな。お前たちの監視はボスから下された最重要任務の一つだ。
全く勝手なことばかりしやがって。研究所へ無理やり押し入ったり……今度はどこへ行く気だ」
「ボスなら予測するはずだ。用がないなら帰れよ。それともやるか?」
「勝手な行動は許さん。俺の任務は……」
俺は男の腹に手を当て、この前のように頭の中で念じた。電気よ発生しろと。
その瞬間、男は痙攣しながら地面に倒れてそのまま動かなくなった。
「ちょっとやりすぎよトーマ」
「こいつには恨みがあるんだ。まあいいだろ、任務失敗の言い訳もこれで立つ。
さて行こうかエース。飛行機まであとたった一日歩き通すだけだ」
「って景気よく言ってるけど、歩けるの?」
「歩けなくなったらおんぶしてくれ」
「別にいいけど……さっきまで一端の男みたいなセリフを言ってたかと思ったら赤ちゃんみたいに甘えてくるのね」
「今回はプライドとかより効率を優先したい。失敗の許されない任務だからな」
「そうね」
俺たちは結局ろくに荷物も調達しないまま港町を出て歩き出した。




