第二十三話 こどもたちの戯れ
「持ってきたよ。世界地図」
レオラに礼を言ってからすぐ食卓で地図を開き、今この家にいるメイドを除いた人間全員で地図を覗き込んだ。
もちろん人間にはエースもカウントしてある。地図をみるのは初めてではない。
確か、帝国と合衆国という二大巨頭があり、その他の国は緩衝国・日和見国だ。
つまり強いほうの味方につく。こうなってくると、お互いに情報戦が大事となる。
要はスパイや諜報作戦、そして外務大臣の手腕次第だ。
というのも、日和見国は強いほうにつくのだから、彼らには合衆国もこの帝国も、お互いに実態よりも強く見せ続けなくてはならない。
そのためならば嘘もつくし、スパイを送り込んでの諜報作戦すら行うに違いない。
これはつまるところ景気とか株価とかと同じである。
株価というのは人気投票でしかない。
例えば有力な多くの投資家たちがある日突然
「株が暴落するかもしれないからもっと安定した金とかの財産を持っておこう」
とか考えだした場合、その日のうちに株価は暴落して恐慌が起きる。
その株価が下がってしまった企業の業績とこの件は全く関係はない。
これは極端な話だが、そのくらい景気や株というのは、それを買う人々の気分次第でしかないということだ。
景気や株価とかは「なんとなく」「雰囲気で」決められている。
日和見国の動向も同じで、仮に合衆国のほうが強いと彼らの過半数が思ったならば、実際には帝国のほうが強かったとしても日和見国は合衆国の味方をする。
その結果、合衆国が勝つのだ。日和見国は小国ばかりだが、なかなかどうしてバカにならない。
つまり大事なのは真実よりもセンセーショナルな”情報”なのだ。
これがざっくりとした現在の世界情勢だ。北に合衆国、南に帝国。
俺たちのいるアルル王国は帝国の陣営におり、いわゆる日和見国ではない。
二か国は戦争を繰り返していて、今は膠着状態だがそれらに肩入れしている日和見国のバランスが崩れれば一気に形勢が決まってくる。
その南の帝国の田舎のほうに俺たちは今いるわけだ。そして案外すぐにエースが地図上のある点を指さした。
そこは北の合衆国領土にあるとある州の州都を指していた。
「ここじゃないかしら。多分ね」
「えっと、ここは……なるほど。この街を流れる川のずっと下流の土地だな」
「そうよトーマ。革命軍は水運会社を経営し、今いるこの港町でも影響力を持ってるって聞いたわ」
「ああ。そのおかげで俺らはここに来られた」
「そしてここからさらにずっと下っていくとこの街が見えてくる。
この街のことは知らないけど、恐らくここが革命軍の本拠地ね。
ワーテルローの町ね。結構栄えてるみたい」
「でもなんで合衆国なんだ?」
「わからないのトーマ?」
とからかうようにエースが言ってきて俺はムキになり、いつもより頭が回った。
そのおかげかエースのたどり着いている答えに辛うじて俺も考え至ることができた。
「考えてみるとそうだな。革命軍の……親父たちは”王政”という言葉を常に使っていた。
むしろ王政という言葉しか使ってないといってもいい。
合衆国だって”神”の息がかかっていることには変わらないだろうに」
「そう。彼らの目的はあくまで王政なんでしょうね……」
「ちょっと待ってくださいよ王様。革命軍はどうして王政だけ狙うんですか?」
「コロンビーヌ。君は聞き上手だな」
「恐縮です」
コロンビーヌは照れ笑いした。かわいい。
俺は気を取り直して説明を開始する。
「革命軍の資金源は恐らく合衆国からだ。
革命軍という名前からして表向きは……それすら裏だが、王政を倒す組織として知られている」
「あ、それで革命軍の本拠地は合衆国の領内だってことなんですね!」
「そう。合衆国からしてみれば、敵の国の中に不穏な分子がいてくれたら助かるだろう。
親父たちは上手くやったよ。そのおかげか資金繰りはそこまで苦しくないみたいだしな」
「ええ。私たちもいい暮らしが出来てますもんね王様」
「コロンビーヌ、こんなことで満足するなよな。俺はノイトラを解放する戦士だぞ?
外の世界に奴隷として囚われているという仲間も解放して、そして、俺からも」
「王様からの解放……ですか?」
コロンビーヌは首をかしげ、仲間のマリーとミリーといういつもセットの二人とも視線を交わした。
そして三人とも、あいつは何を言っているのだ、とでも言うように肩をすくめた。
彼らの代わりに隊長のアンリが言った。
「まさか。我々はトーマ様に支配されているなどとは思っていませんが」
「俺は旅に出ようと思ってる。トントンが言ってたのを聞いただろ。
この世界の未来に、俺は必要ない」
「ちょっとトーマ、そんなの聞いてないわよ。いつの間にそんなの決めてたの!」
「さっきだよエース。この不自然な世界には外の世界がある。エースがやってきた世界だ。
確かN極で生まれたとかなんとか言ってたよな。それに……」
「それに?」
「待っている人がいるならこっちから探しに行かないと。そうだろ?」
「いい子過ぎる……!」
エースは泣き出さんばかりに取り乱しはじめた。
俺は一連のセリフを本心から言っている。エースの探し人を探してやりたいし故郷にも返してやりたい。
求められている役割にはなるべく応えようと思っている。王様や解放の戦士っていうのが俺の役割ならそれは構わない。
だがその後は? その戦いがどれほど長く続くかは知らないが、ここまで革命軍の長年の準備もあり、古代兵器とエースも復活。
多分そう長くはかからないと思っている。その先のことだって俺は考えている。
ここは俺の居場所じゃない。ノイトラの仲間たちやセシルのことは好きだが、やはり王様として接してもらうことには居心地の悪さを感じるのだ。
「まあ実際、この戦いが終わるまではそんな自由な行動なんて出来ないだろうけどな。
今はもちろんノイトラを解放するっていう俺に与えられた役割に集中するよ」
「改めて私あなたに出会えてよかった。私、自分でも何ができるかはわからないけど、あなたの役に立てるように頑張るわ」
「それはありがとう。話を戻すけど、えーと、あれだな。要するにトントンから出された宿題は、エースのおかげで解けたってことでいいよな?」
「そうね。じゃあ私、やることないし寝る!」
「えっ……エースさんって寝るの?」
レオラが目をむいて驚いた。でも確かに驚くのも無理はなく、俺だってエースが寝るのは正直不思議だ。
「失礼なレオラちゃん。私、寝るのは得意なの。いつでもどこでも好きなだけ眠れるわ。
エネルギーを使いすぎないように節約しておくわね。何か用があったら起こしてくれる?」
「わかった。おやすみ。起こすときは何か食べモノでも持ってくるよ」
「ありがとう。おやすみ」
エースは二階へ行った。なぜそんなに急いでいるのかは不明である。
尾行しようかとも思ったが、そんなことをしてもし本人に気づかれたらエースに気持ち悪がられそうなのでやめておいた。
「なあトーマ、お前ってやっぱあの機械女の時だけ態度違うよな」
「えっ……なんだミシェル。お前そういう話に乗ってこないタイプだと思ってたけど」
「予定開いたんだったら少しぐらい話をしてもいいだろ」
「そうだな。俺はちょっと行くところあるけどついてくるか?」
「ミシェル、デートに誘われちゃったね?」
「レオラは黙ってろ。行くぞ」
ミシェルはからかってきたレオラを一喝すると先に部屋を出たので、俺はそろそろ太陽が真上に昇る昼頃、前庭に出た。
俺はミシェルと一緒に前庭を歩きながら門までのほんの何十メートルかの道すがらに少し話をした。
「俺は少し行くところがある。なんでついてきた?」
「別にいいだろ。行くところって機械の女のための用があるのか?」
「何をつっかっかってくるんだよ。俺がエースの世話を焼こうとお前に迷惑をかけてたつもりはないけど?」
「私には……そうだけど。どこ行くんだ今から?」
「今日こそ工場へ行く。ミシェル、盗みってやったことあるか?」
「数えきれないほど。レオラと二人で生きていくためには仕方がなかった」
「頼もしいね。エースに食わせるメシが欲しい。昨日は工場で働いてちょっともらってきただけだ。
工場で盗むかくず鉄を売りさばく業者で盗むか……ちょっと決めかねててな」
俺は門を開いた。鉄扉を手で支え、そしてそのままぼーっと突っ立っている俺を辛辣な口調でミシェルはけなしてきた。
「なにバカみたいに棒立ちしてんだお前?」
「レディーファーストだよ。ほら行けよ」
「何をセシルみたいなことを気持ちの悪い……」
ミシェルが嫌そうな顔をして門を出た後、俺もそのあとを追う。そして二人で街へ出て、歩きながら俺は白状した。
「実を言うと、もうみんなには会わないつもりでいる」
「やっぱりか。おかしいと思ってたんだ」
「なにっ」
「この世界の未来に俺は必要ないとかさ……ガキのくせに悟ったようなこと言いやがって」
「わかった訂正するよ。お前らの未来に俺は必要ない」
「私たちのことが嫌いなのか?」
「もちろん好きだよ。ミシェルも三か月世話になったな。
でも俺はもう合衆国に行って戻ってこないから」
「ついていったら……って質問は必要なさそうだな」
「危険だ。ついてくんなよ」
「そうか。わかった。じゃあ二人で話すのもこれで最後だよな。
それを何度も同じ問答でつぶすのもバカな話だ。行こう」
「助かるよ。俺、親父の好物だって聞いてさ。新鮮な魚でも買ってこようかなって思って。
聞くけどミシェル。こいつで魚の一匹や二匹買えると思うか?」
俺がポケットの中から昨日もらった小銭を出して見せるとミシェルは鼻で笑ってきた。
「足りないな。第一ノイトラにはまともにものを売ってくれないこともあるんだぞ。
だから最初から盗もうって言ってるだろ?」
「おいおい……」
「まずは市場へ行くぞ。ここへ来る途中に見たよな。東のほうだ」
「あ、ああ」
マジで盗む気か、と俺は疑ったが、それは無駄だった。
疑うも何も、ミシェルにとって盗みは生活に必要な技術であり、悪いことと知ってはいるが、心のブレーキは働かない。
迷いなくミシェルは市場のある東の港へ向かって朝日を顔面へ受けながら歩き出し、俺もその尻を追いかける。
その途中、ミシェルは少しだけ盗みをレクチャーしてくれた。
「トーマ、覚えてりゃいつかなんかの役に立つかもだから盗みを覚えてろ」
「餞別代りってわけか?」
「私からの気持ちだ。まずお前がそのカネ持って魚を買いにいけ」
「さっきお前なんて言った!?」
「聞けよバカ。お前は魚の値引き交渉をしろ。当然店主はお前に怒って視野が狭くなるだろ。
その隙に私が盗む。私がさきに市場に行ってるからお前はあとで来て店主の注意を引け」
「それ一人だと出来ないやつじゃねーか!」
俺の抗議も聞かずにミシェルは行ってしまった。その後、実際に盗みをやった様子についてはまあカットでいいだろう。
とにかく俺は店主と交渉した結果、一匹の魚を丸ごともらえた。もらった袋は紙製だった。
俺は店を後にし、とりあえず市場の人ごみのなかでミシェルを探してみたが、あいつは逃げ足が速い。
まるでどこにも見つからず、すでに犯行を終えて逃走も済ませたようである。
「あいつに会えないとなぁ……どうしよ。このまま行くか?」
俺はこの魚をもって親父に会いに行こうと考えた。ミシェルに会えないのは仕方がない。
向こうは俺を忘れたか、あるいは消えたと見せかけて俺を見ているか。いずれにせよ今この場には出てこないだろう。
そう思って市場から少し遠くはなるが、住宅街の路地のほうに行くことにした。その先に親父たちの潜伏先がある。
と思っていたら市場の奥のほうから見知った顔が近づいてきて、向こうも俺のほうに気が付いている。
「あれ? どうしてトーマ様がここにいらっしゃるんですか」
アンリだった。懐に何か重たいものが入ったような布の袋を抱えており、怪しい風体である。
俺は俺で血の滴る紙袋を持っているので怪しさではむしろ俺のほうが勝っているが。
「どうしたアンリ。お金なんて持ってたかお前」
「いえ。盗んできました」
「お前もかよ!」
「”も”ですか?」
「いやこっちの話。何を盗んできたんだ?」
「工場に運ばれていた硫酸の瓶です。トーマ様、求めておられたのが中断されていたので」
「ありがとな。ご苦労様。気にしなくてもよかったのに……というかそんな危ないもん持って人ごみを歩くなよ」
「それからこちら。例のエースさんに必要かと思いまして同じく工場から盗んできました」
「おいおいおい。そんなもん出すなよここで」
「あ、すいません」
アンリが妙な金属片を出そうとしたところで俺は慌てて止めた。
それより気になっていることがあったので俺はすぐ強引に話題を変える。
「ここに来る途中ミシェルのやつを見なかったか。荷物を抱えてたはずだ」
「いえ……彼女は孤児院でトーマ様と一緒に暮らしいたノイトラだそうですね」
「ああ」
「僕は彼女のことを危うく殺すところでした。人の出会いには、何か運命のようなものを感じますね」
「何の話だ?」
「僕もトーマ様も運がいいという話です。僕、トーマ様のお役に立ってますか?」
「当たり前だろ。なんだ急に」
「役に立てているのならぶしつけですがお願いがございます。
僕の力を解放してください。この力を解放してくだされば同じノイトラの同胞を守ることができます」
「解放? なんかよくわかんないけどいいぞ別に」
ごほん、と咳ばらいを一つし、俺はよくわからないけどなんだかそれっぽい感じの呪文をアンリと目を合わせながら、あてずっぽうで言ってみた。
「えー、王の名のもとに命ず。お前のノイトラとして生まれ持った力にかかっている制限よ外れろ!」
「あ、たぶん今のでいけたと思います」
「え、まじで?」
「屋敷へ戻りましょうか。試してみたいことがあります」
「おお、なんかよくわからないけどそうだなっ。戻るか!」
「ちょっと待てよお前ら何の話だ?」
そこへどこからともなく出現して俺たちの話に割り込んできたのはやっぱりミシェル。
姿を消してこっちを見ていたらしい。すると何故かアンリはミシェルから目を逸らす。
「お前らさ、しゃべってるところ見たことないよな」
「そりゃまあ私もこいつに殺されかけたしなぁ。気にしてるんだろ……私は気にしてないぞ?」
なれなれしくミシェルがアンリの肩に手を置いた。
アンリはスッと一歩下がって肩の上の手から逃げ、すぐに小さい声でこう言った。
「僕に触れないでもらえますか」
「そ、それはごめん……」
「僕はこれからトーマ様と帰って用があるので……失礼」
「あっ、そうだったな。じゃあ帰るか」
「私も帰る。戦利品は持ち帰ることが出来たからな」
アンリの表情は暗かった。こんなことはいつものことだ。
ほかのコロンビーヌたちは割と砕けた様子でレオラやミシェルと話していることが多い。
ノイトラというのはほぼ女の子のような見た目なので俺は女と同じ扱いで接しているし、ほかの人もそうしていると思う。
ノイトラ同士の場合もそうだから、たとえばモテない男が女の事話すとき緊張してどぎまぎする、みたいなのは全くないと言っていい。
だからアンリのミシェルに対する態度は確実にそれとは違うはずだ。といって、それの正体が何かはわからない。
俺はこういう連中の調整役は絶対に出来ない質だ。上手くいかない二人をとりなすほどのコミュ力は、ない。
ノイトラの王としてノイトラ同士の人間関係の問題は俺も力になるべきなのだろうが、俺はどうしたらいいかわからない。
二人がぎこちなくしている中、俺は何の対策も打てずに沈黙を続けて屋敷へ戻った。
戻るとすぐミシェルはメイドと何かを話していた。盗んだ魚を何かするつもりかもしれないがよくわからない。
俺たちも持っていた荷物を適当に部屋に置くと、すぐ前庭へ。
別に示し合わせてたわけでもないのに俺が庭へ出るとアンリも庭に出てきた。
「アンリ。硫酸は置いてきたな?」
「ええ。トーマ様、あの紙袋は多分魚でしたよね」
「ああ」
「いや、やっぱりやめときましょう世間話は。力を解放してもらったうえ、さらにお時間を取らせるわけにはまいりません」
「俺はどっちもでいいけど、一つ言っとくぞ。俺はノイトラの王としてお前とミシェルはもうちょい仲良くしてもらいたいね」
「彼女とですか……トーマ様。これは決して誰にも言わないでもらえますか」
「お、どうした?」
「僕は数年前、ある街の孤児院にいました。ある日突然国の役人がやってきて、まだ兵隊にとられる年齢に達していない僕が選ばれたんです」
「へえ。それで神のしもべになってコロンビーヌたちと出会った?」
「そうです。それ以前までは全く初対面で。後になって知りましたよ。
僕はある少女の代役として急遽近くの孤児院から選ばれたノイトラだったってことをね」
「……まさかとは思うが、それがミシェルだとか言わないよな」
「え?」
「え?」
「……」
と俺たちの間に長い沈黙が横たわった。
「……あれ、違う?」
「彼女にそのような過去があるとは存じませんでしたが……」
「今のナシな、アンリ」




