第十七話 王の名のもとに命ずる
「確かに、それもそうだね」
「もはや俺もその力が俺にあることを疑ってはいない。だから力の制御はなるべくできるようにしておきたい」
「それはもっともだ」
「だろ、セシル。だから俺は考えた。ミシェルを連れてきてくれないか。あいつは俺のことがあんまり好きじゃないらしいから」
「三か月も一緒に生活したのにか? ちょっと待っててね」
「あ、使い走りなら私たちが行きますよ」
と手を挙げてくれたコロンビーヌに俺は首を横に振った。
「その態度を続けられると息苦しい。肩の力を抜いてくれ」
「はい」
と言ってコロンビーヌはだらんと両腕を下げた。俺はあまり機嫌がよくはなかったので、テメェ俺を舐めてんのかこのアマ、と言いかけた。
が、これは何とか我慢して飲み込む。そして面倒くさいのでそれ以上触れないようにし、玄関から家の中へお邪魔した。
衛生観念に対しては日本ほど厳格ではないが、靴を脱いで入ることになっており、靴を脱いで家に上がり、すぐに奥の廊下からミシェルをつれてセシルがやってきた。
「おーい。実験体をつれてきたよ!」
「実験体言うなテメェ、しばくぞ?」
と言いながらもうすでにセシルの後頭部はミシェルのビンタで引っぱたかれていた。
なんだかんだで二人はけっこう打ち解けているようだと俺は微笑を禁じえなかった。
「フッ……仲がいいな二人とも」
「そんなことないけど……しかしなんだか久しぶりに会った気がするな、トーマ」
「かもなミシェル。ところで俺、ノイトラの王としての力を使いこなしたくてさ」
「聞いたよ。実験だろ。ホレ、やってみ。私に命令できるもんならな」
これは好都合。ミシェルは俺に絶対服従のアンリ達とは違って生意気なやつだ。
もっとも、それが普通だが。俺は少し咳ばらいをしてから、俺よりわずかに背の高いミシェルの明るい茶色の瞳を見つめて言った。
「ミシェル。エースというガラクタ女をここへ連れてこい」
「わかった」
あまりにも即答するのでびっくりしていたら、直後にミシェルもびっくりしたような顔で言った。
「私、今なんて言った!?」
「わかったって言ってたぞ」
「誰が命令なんか……!」
と言ったのもつかの間。ミシェルは踵を返して廊下の奥へ歩き出したではないか。
「なんでー!」
ミシェルはどうやら俺の命令で意識が乗っ取られているわけではないらしい。
己の意思に逆らう形で体が勝手に動く。それはどこから見ても明らかだ。
果たして、ミシェルは一分もしないうちに、玄関で待っている俺のところへガラクタ女を持ってきた。
「持ってきたぞ、これでいいだろ!?」
「めちゃくちゃ息上がってるじゃないか……」
ミシェルは無駄な抵抗をしたのか、息が上がっていて顔は赤く、俺のことを睨みつけている。
「なるほど。こいつは便利だな。あとで実験をするか。
よっ、久しぶりだなエース。何時間ぶりだっけ?」
と声をかけるとエースは言った。
「すごい力だね。それでもまだ覚醒していないのかい?」
「ああ。とにかく今はだな。この力をお前のために使いたい、エース」
「あら。情熱的に愛をささやくのね」
「別に愛じゃないけど。興味があるだけだお前に」
「素直じゃないんだから」
口の減らないエース。俺は主人へのあいさつもそこそこに後ろの俺の部下たちに言った。
「アンリ、コロンビーヌ、ミリー、マリー。お前たち四人は俺の配下となっている……違うか?」
「いえ、私たちはあなたの配下です!」
と四人が口をそろえていったので、俺は気をよくしてこう続けた。
「そうかありがとう。アンリ、硫酸を手に入れろ。コロンビーヌは銅を。
ミリーとメリーは鉛の板を手に入れろ。どんな手段を使ってもいい」
「はい」
「承知しました」
「わかりました」
「おおせのままに」
と四人が言うと、四人は一斉に屋敷の中へ入っていった。すぐにセシルとミシェルが首をかしげながら聞いてきた。
「何を言ってんだお前。そんなもん集めて……」
「科学の実験でもするのかい?」
「原始的なバッテリーを作る。変電さえ出来ればエースの体に充電できるはずだ」
「変電ってお前一体……」
変電というのは電気の周波数を変換することだ。日本では昔から東西で電源の規格が違うことが問題となってきた。
もちろん技術革新の末、東から西へ、あるいは西から東へ引っ越して家電製品が使えなくなるなどということは徐々に起きなくなった。
その変電の技術は現在この世界にはなさそうだが、何とかなる気がしていた。
ところがエースは何もかもお見通しなのだろうか。アンリ達四人がいなくなったあと、こんなことを言ってきた。
「大丈夫よトーマ。ノイトラの起こす電気は元から私の体に合うようにできているの。
だからケーブルさえ接続すれば電気は問題なく通ると思うわ」
「なんでそんなことを知ってる?」
「私の最後の記憶から数百、あるいは千年以上経過してるのかもしれないけど、あなたたちがノイトラと呼ぶ種族なら私も知っているわ。
人類が生み出した最高傑作。そして奴隷であり、ある種、最強とも言えるし、最弱ともいえる」
「なるほど。外の世界のことなんか知らなくたって、アンタから色々聞きだせることがありそうだなエース」
「私の知ることは少ないけれど……でも知る方法ならあるわ。
私の下半身がどこかにあるはずよ。それの腰のところに有線接続端子があるわ」
「下半身ねぇ……そりゃどっかにあるかもだけど」
「それが取り戻せたらあなたの体に接続して直接情報を送ることができるはずよ」
「怖いわ!」
「大丈夫、ノイトラなら出来るわ。痛くないし。
その時の電源としてバッテリーを作っておくのはいいアイデアかもしれないわね」
と言っていると、早くもコロンビーヌとミリーたちが戻ってきた。
「あの、これ一応、銅ですよね。今はこんなのしか……」
とコロンビーヌが手渡してきたのは数枚の銅貨だった。緑青、つまり銅につくサビでなんとも言えない緑色になっている。
「ありがとう。これで大丈夫だ。それよりこれ大丈夫なやつか?」
「あ、ご心配なく。盗んだとかじゃなくて私のちょっとしたお小遣いです」
「そうか。まあ深くは詮索しない。俺は結果を重要視する上司だからな!」
「ありがとうございます!」
「私も持ってきました。これ、ご婦人の食器棚から。鉛入りの青銅のお鍋です!」
「おお、ありがとう。噂には聞くが本当に食器棚にあるもんだな」
有名な話だが酸味の原因の一つである、ブドウ果汁内の酢酸が鉛と反応した酢酸鉛はかなりの甘みを口の中に与えるらしい。
それを作るための鉛を加えた青銅製の鍋はなんとこの家にもあったようで、これは都合がよかった。
しかも古代ローマだと、食器にまで鉛が含まれるケースも多かったということである。
そのせいで鉛中毒になっていたローマ人がいるという研究結果は、当時の遺体の骨の研究から発見されている。
「鉛は手に入った。さて、あとは硫酸か」
「硫酸は手に入んないでしょう……」
「ちょっと無茶を言っちゃったかな。アンリのやつ妙なことをしてなきゃいいが……」
「見に行きましょうか?」
「うん、探しに行こう」
「おい、こいつどうすんだよ?」
ミシェルはエースを手に抱えたまま立ち尽くし、俺のことを怒りのこもった眼で睨んでいる。
「悪いけど待っててくれ。多分アンリは俺の命令撤回でないと話を聞かない」
「お前あとで覚えとけよコラ!」
「やれやれ、トーマは勝手なやつだね。戻ってきたらお昼ごはん一緒に食べるよ?」
ミシェルと比べるとセシルのほうが万倍も優しくて品があり、俺はあやうく彼に抱き着きそうになったほどだ。
これは、俺のノイトラとしての体がセシルのほうを魅力的と思っているということなのか。
単に優しいから嬉しいだけなのか。それは俺自身でもわかってはいない。
「あ、そういえば俺腹減ってるんだった。すぐ戻ってくる!」
俺はノイトラ三人衆とともに街へ繰り出し、アンリが硫酸を求めて足を運びそうな場所を相談した。
その結果、薬屋さんか化学工場、あるいは大学にあるんではないかという結論に至った。
そしてすぐさま俺たちは顔を青ざめさせることになった。
「まずいって。大学も工場も、およそノイトラの子供が寄り付くところじゃない」
「ノイトラだとバレたら隊長、ただじゃ済まないかも」
「でも男の人が多いところだし……」
とコロンビーヌが言った。それは確かにもっともである。
ノイトラはほとんどの場合男との恋愛、結婚を望む。
何故かというとノイトラは女にモテないし、ノイトラ同士の恋愛や結婚も数は少ない。
理由は簡単で、背が低く腕っぷしも貧弱。そのうえ収入も男より圧倒的に低い傾向にあるとなれば、結婚相手としてノイトラが女性に人気なわけはない。
もちろんそれはノイトラ同士でも当てはまる。そして、腕っぷしがひ弱で収入が低く、背も小さくたって男は一向に気にしない。
そのため、この世界では男と女はだいたい半々くらいで生まれるのに、追加でノイトラもおり、このノイトラから男が人気なため、男は基本モテモテなのだ。
したがって男は基本ノイトラは見下しつつも優しく接する傾向にある。
が、女は違う、女にとって、見下しているノイトラは同時に良い男を奪い合うライバルである。
その見下しているノイトラに良い男を奪われる屈辱はどれほどのものだろうか。
もう何が言いたいか分かったと思うが、男ばかりのところへノイトラが行くと多少の危険はあるが、女だらけの場所に行くことの比ではないということ。
石を投げられたり、木の棒や箒で追い立てられたりは当たり前。
物も売ってくれないし、仮に重傷を負わされたり死んだとしても、彼女らが黙っていれば罪にはならない。
という観点で見ると、アンリが大学や工場といった男性比率の高い場所に行っている可能性が高いのは、不幸中の幸いだった。
「しょうがない。俺、ちょっとあそこに上ってくる。みんなは固まって行動するんだぞ」
「はい、トーマ様。しかし監視塔なんかに上って何を?」
「指示を届ける」
俺は町の監視塔に目を付けた。川に現れる族と書いて川賊。三国志を読んだことあれば、その単語を目にしたこともあるだろう。
その川賊を監視する監視塔が昼休み休憩か何かでさっき無人になったことを俺は目ざとく発見していた。
さっそく上へ上り、めいっぱいの声を張り上げて街の上空に吹く風に俺の声をアンリに向けて届けた。
「おーいアンリ戻ってこーい。俺の声のするほうへおいでー!」
と何度か叫んだあと疲れた俺はさっそく下へ降りた。そして数分間、ノイトラの三人と談笑しているとアンリが塔のほうへ走ってくるのが遠めに見えた。
俺はさっそく手を振ってやるとアンリも手を振りながら走ってきて、肩で息をしながら俺の目の前までやってきてようやく立ち止まる。
荒い息を地面に向かって吐き、膝に両手をつきながらアンリは地面を睨んでいった。
「すみませんトーマ様。僕、その……硫酸を手に入れられませんでした……」
「俺のほうこそ無茶な命令をして悪かった。許して……いや、許してくれるか?」
「もちろんです。それは……」
許してくれ、というと命令になりそうかと思い、俺は慌てて言い直したのだった。
「ところでアンリ、俺の声が聞こえてたのか?」
「あ、いえ。ですが頭の中に声が響いてきました」
「え? なんだそりゃ。俺なんか人間離れしてきてない?」
「それはもう、ノイトラの王であらせられますから」
「お前俺のことバカにしてるだろ」
「そんな、滅相もない!」
と言い合いしているところへ野太い声で横やりが入った。
「こらっ、悪ガキどもめ!」
「兵隊さんごっこって年かてめえら?」
俺の登っていた監視塔から子供の叫び声がするので不審に思ったのだろう。
兵士らしき若い男たちが二人組で歩いてきて俺たちを値踏みするように観察。
その後二人はこのように会話した。
「兄弟よぉ、こいつら兵隊さんごっこって柄か?」
「それにしちゃ大きい子が多いし、何より……」
と片方の男が少し貯めてから言った。
「こいつらはノイトラのガキだ。多分孤児だな。全員顔が似ていない」
「さすが監視兵。観察力が高いですな」
「おいボウヤたち、遊ぶのは結構だが大人の人の迷惑にならないようにな?」
俺もアンリ達も最初はちょっと怖がっていたが、何のことはない。
この男目が笑ってないが、危惧していたほど理不尽に厳しい態度をとることはなかった。
むしろ穏当に済ませてくれるだけいい人だ。
「みんな、ごめんなさいだ。頭を下げろ」
「すいませんでした……」
「いいってことよ。お前がこいつらの長兄か?」
「え? ま、まあ、そんな感じかな……」
「リーダーってのは責任を負わなくちゃいけないよな。
それにガキってのはちゃんといけない事はいけない事だと教えなくちゃな」
「ちょっと怖いんだけど……」
次の瞬間、何かの潰れるような鈍い音が聞こえた。
次に顔を激痛が襲い、難渋しながらかろうじて立ち上がった。
立ち上がってから、俺は自分が地面に顔から叩きつけられていたのだということを理解する始末だ。
そして後頭部に残る鈍い痛みと残響が、俺に嫌でも見逃したストーリーを知らせてくれる。
俺は兵士が持っていた警棒のようなもので頭を殴りつけられて半分気絶しながら石畳に顔をぶつけ、鼻血が出ていた。
「や、やりすぎっすよ……」
「まあこんなもんか。反省したら大人しく遊ぶんだぞ」
そういいながら男たちは去っていったが、俺はそれを追いかける事もできない。
人間の首から上は特に血管が張り巡らされていて、ちょっと皮膚が避けただけでも出血がみられる。
俺の後頭部からはどくどくと血が流れ、立っているだけで背中が生暖かくてぬめりを帯び、ただでさえ悪い気分をさらに悪化させていた。
俺が立っていられずに座り込むまでにそう時間は必要なく、すぐにほかの四人が支えてくれた。
「しっかり。トーマ様!」
「血が……!」
などと心配してくれる仲間が有難くて泣きそうだったが、しかし、以前にもこのようなことがあった。
力の覚醒の兆候。その次に訪れた重い負傷。そして更なる力の覚醒を。
「大丈夫だよみんな、俺は死なない。運命が俺をつれていくまで、俺はずっとここにいる」
それしか俺には仲間にかける言葉がなかった。とはいえこれは慰めではなく本心だ。
俺を生かす運命を俺は感じている。迷惑なことだが感謝もしているのは事実だ。
それがなければこの四人には出会えなかった。四人が俺をどう思おうとも、彼らは俺の大切な存在だ。
友達とも部下とも違う気がするが、今ある言葉のどれでもない、たった一つの存在なのだ。
「今しかないよな、今しか」
俺はニヤニヤと気持ちの悪い笑みを口元に浮かべながら立ち上がる。
今しかない、今しか。大切なこいつらのためには、俺はただ命じるだけの王であってはならない。
成長し、覚醒するためには俺は多分命の危険が必要なんだと思う。
あるいは体の奥底に眠る、防衛本能だけが力を引き出すのか。
「どこにいる? 引き裂かれた半身!」
わけもわからず呟いてみると、次に俺の口からほとんど無意識に、このような言葉が出てきた。
「行こう。ここにはもう用はない」
「えっ……ど、どこにですかトーマ様」
「わかるんだ、感覚的に。体と体が引かれあう感じだ。あそこに半身がある」
俺は自分でもわけもわからず、ふらふらと街を歩きだした。むろん血は出たままだ。
「マズイですわが王。こんな目立つ格好では……」
「でも俺は一刻も早くいかなくては。呼んでいるんだ俺のことを!」
「一旦家へ戻りましょう」
今年中には更新止まってるもう片方の作品も進めたいけど、構想自体はあるのに一文字たりとも書けていない…




