第十四話 そよ風みたいに爽やかな
「だから必要なのです。人間と戦うための命令を発してくれる、ノイトラの王が」
「うっ、俺は嫌だぞ、ノイトラに人間と戦えなんて。どっちにも血を流してほしくない!」
「ですが……トーマス・ドラクスラーという男は、それを望んでいるものかと思われます」
「アンリ……聞いたのは俺だけど、この話はここまでにしよう」
「承知しました」
「だからそいつは一体何なんだよ……」
アンリについてほとんど説明がなされていないため、アンドレアスの言った言葉に俺とアンリ以外は全員首肯していた。
ちょうどいいので、俺はここでアンリのことを説明することにした。
「みんな、こいつはノイトラの王、という情報をたまたま知ってるやつでな。
俺のことをそれだと会った時から確信していて、俺の部下になってくれたんだ」
「な、なるほど……」
「だけど父と会うのは俺一人で行く。アンリ、みんなと問題を起こすんじゃないぞ」
「承知しています。お気をつけて」
「おお、話していたらいつの間にか約束の時間が迫ってきてんな。コンコルドの広場だぞ。
お前はうまく祭りを楽しむガキに溶け込むんだぞ」
「親父はこのリボンで俺を識別するんだな?」
「ああ。絶対とるなよ。わかってるな」
「わかってる。じゃあみんな、まだ話すことは山ほどあるけど、とりあえず行ってくる!」
「お気をつけて」
「気を付けてね」
「頑張ってトーマ君! それと私をもとに戻す方法聞いてきてよ!」
「うん」
というわけで俺は特に手荷物を持たされることもなく、ただ頭にリボンをつけただけのみすぼらしい格好で町へ繰り出した。
日も沈み、闇が濃くなる。その一方で祭りの盛り上がりはいよいよ高みへ上り、視覚と聴覚は混線してくる。
人混みと煌びやかな明かりは目にうるさく、歓声と音楽は眩しく感じて、俺は逃げ出したいような気持に駆られつつ、祭りの中心地であるコンコルド広場へ向かった。
石畳を駆け、祭りの中心地へやってきた俺。ぐずぐずはしてられない。
親父と会ったら革命軍を動かしてもらって町の外のレオラたちを保護してもらうことも必要なのだ。
とはいえ俺は父の顔など知らない。祭りの中でも最大の目玉となるサーカス団のテント、その周りをウロチョロしていると、男に声をかけられた。
「君、ひとりかい? お菓子でも買ってあげようか?」
「いいの?」
「いいっていいて。ついておいで」
この状況で俺だけを見定めて声をかけてくるのは親父しかあるまい。俺はそう確信して男についていくことにした。
年齢も三十代後半から四十くらいのおっさんで、まあ十二歳の俺の父としては的確な程度の外見に見えた。
男と手をつないで少しずつ祭りの中心から離れ、路地裏へ来ると、男は俺の肩をぐいっとつかんで、近くの民家の壁に押し付けた。
「駄目じゃないか。親と離れて知らない大人についてきちゃ」
「な……お父さんじゃないんですか!?」
しまった、と思った時には遅い。男は俺の着ているシャツの襟をつかんでいて、暴れるとそれが引き裂かれてしまった。
もはや服としての条件を満たしていない布切れはかろうじて体に引っかかった状態。
女らしくはないが、かといって男のそれとも違う胸を見られて、俺は別に恥ずかしくはないが向こうはいたく興奮したらしいことがわかった。
「こりゃいい。ノイトラの子かな? ノイトラはいい。憲兵も本気では取り締まらねぇからな」
「クソ……やんのかこら!」
「ああ、やるぜ。へへ……」
男がさらに俺の肩をぐっとつかんで、俺の力で到底逆らえないよう、体重をかけて壁に押し付けてきたときだった。
それがふっと軽くなったかと思うと、もう一人の男が路地裏の俺を助けてくれた。
「やれやれ……騒ぎは起こしたくないんだが」
見るからに面倒くさそうに頭をぼりぼりかいているその男。まさしく俺の父しかありえなかった。
この状況で俺を助けてくれるなんて、それは父しかありえない。
「ようトーマ。お前の父さんだ。とにかく行くぞ、人は多いほうがいい」
「わ、わかった……」
親父は何のわだかまりも、何のこだわりもない態度で俺に手を差し伸べてくれて、俺は無心で手をつないだ。
生まれてこの方会うことさえなかった息子だ。ちょっとくらい罪悪感とかあってもいいはずだ。
だが、ここまで爽やかでこだわりのない態度をとられたら、むしろ責める俺のほうが悪い気にさえさせられる。
俺の父であるこの男、トーマス・ドラクスラーを一言で表すならそう、爽やかな美男だ。
とにかく爽やかだ。セシルもけっこう爽やかなほうだが、父も相当なものである。
俺は父に連れられてもう一度広場に戻り、サーカスのテントに背中をもたれかけさせて二人で並ぶ。
父は飲み物や食べ物を買ってくれるということもなく、個人的な話を道中でするでもなかった。
ただ単に必要なことを必要なだけ行う、という事務的な態度で俺と横に並び、話を切り出した。
「アンドレアスには世話かけたな。このリボンが俺とお前を結び付けた」
父は俺のリボンの結び目をほどいて抜き取り、裏返してそれを見つめる。
別に見たわけではないがわかった。リボンの裏には何か文字が書いてあったということであろう。
父は一人で納得し、リボンを自分のポケットにしまうとこう言った。
「ふむ、そうか。古代兵器の復活は上手く行かなかったか。まあセシルのガキに任せてた作戦。
別に構わない。しかし興味深いのはお前だ。やはり持って生まれたか?」
「ノイトラの王とかいう力のことか?」
「俺はそれを”コマンド”と呼んでいる。命令する力。お前こそがこの世の王だ」
「それはよくわからないけど、力を覚醒させる方法が知りたい」
「力ならもう覚醒している。だがその使いどころは大切だ。世界を滅ぼしかねないほどの力だからな」
「父さん、この世の果てを知ったんだろ。だったら教えてくれよ、外の世界に何があるのか」
「それは構わんが、お前が知っても意味のないことだぞ」
「なに……?」
「それより時間がない。兵器を奪えないのであれば、兵器の役目はお前がやるんだ」
「ええっと、確かセシルに聞いた話だと……国王を恐喝するって」
「そうだ。俺たち革命軍は弱小組織に過ぎん。兵力で一国に戦いを挑むすべはない。
だから兵器の力で王を恐喝し、国盗りをする計画だった。
だがそれはあくまで保険。わかるなトーマ。お前の力さえ目覚めれば兵器はなくてもかまわない」
「仲間にさえそれを秘密にしてたのか!」
「人聞きの悪い。リーダーには言ってあったさ。とにかく町の外へ出るぞ」
「あ、そうだ。町の外にいるんだ。俺の孤児院の友達が。それにその二人を殺しに来たノイトラも」
「やはり来たか。トンネル掘削が予定より伸びたからなぁ……お前がそれを止めたんだな?」
「そうだ。人数は四人、全員ノイトラ。革命軍で保護してやってほしい」
「わかった。指示を出そう。お前はアンドレアスのところへ戻れ。
俺に会ったと伝えてすぐに街を出ろ。俺は先に街を出る」
「わかった」
「じゃあな。お互い生き残ったら話してやるよ。外の世界のこと」
「約束だぞ!」
「ああ」
親父は極めてドライな人間だった。俺にはかすかに笑顔で手を振ってくれたがそれだけだ。
とはいえ、俺のほうもそんなことは一ミリも期待などしてない。
ただ一つ残念なのは、母さんのことを責め、説教してやるような暇はなかったってことだ。
そんなことをしている時間は正直言ってなかった。
父の言うとおりに動くのは少々癪にさわるところはあるが、ノイトラのためには父の言う通り動くのが最善。
迷惑をかけるような動きはしたくないというのも本音だった俺は、すぐアンドレアスたちのいる例のトンネルが地下にある家に戻った。
戻った俺はリボンをしていない。何も言わなくてもすぐにアンドレアスはそれを見て事情を察した。
「無事会えたようだな。一応聞くが何と言ってた?」
「すぐに街を出るって。これからどこ行くんだ?」
「いきなり革命軍本部へ行ったら本部の場所がばれちまう。
手筈通りにいけば船で三日。港町ル・アーヴルで腰を落ち着ける」
「ル・アーヴルって確か、もう一つの兵器があるとこじゃ?」
「本部は別にあるが、ル・アーヴルとこの街には兵器が隠されている。
その情報を得たのは十数年前。その日から組織は工作に工作を重ね、いくつか支部を作ったってわけだ。
中でも強固な地盤を築いた支部がル・アーヴル。俺たちはとりあえずそこに身を隠す。
王政も俺たちの狙いには気づいているだろうが、ドラクスラーはル・アーヴルだけは安心だと言っている」
「そうか。親父がそう言っているんだったらちょっと想像してたけど……やっぱりそうなんだな」
「あん? 何のことを言ってる?」
「ル・アーヴルに眠る古代兵器とは、核爆弾のことだ」
「なんの爆弾だ?」
「一発放てば、数十万人を一瞬で消し飛ばすほどの威力。しかも同時に毒をまき散らす。
直接爆発で死ななくても、放たれた毒はさらに広範囲の人間を死に至らしめる恐怖の兵器だ」
「そんなことお前が何で知ってる?」
「そんなことはどうでもいい。親父がル・アーヴルは安心だと言っているのはその点だ。
とんでもない爆弾が眠っている以上、王政もその街で暴れることはできないと考えている。
そしてその爆弾を落とすためのものがこの街に存在する飛行機だ」
「飛行機がどうした?」
「あれは空を飛べる。空から爆弾を落としてすぐ逃げるんだ。でなきゃ爆弾を落とす本人も死んじまうからだ」
「空を飛べるなんて馬鹿な……とも言えないのが古代兵器だな」
「アンタら飛行機も知らないの? 原始人ねぇ」
「そりゃサイボーグのアンタからしたらこの世界はそう見えるんだろうけどさ……」
「サイボーグ……なんて言葉もよく知ってるわねトーマ。
もしかして……知識のダウンロードとかしてる?」
「さあ? 知識をダウンロードできるんだったらもっとこう……こんな面倒はなかったんだけど」
「それもそうね。ところでいいかしら。トーマの言っていることは事実よ。
徐々に思い出してきたわ……私がこうなった時もこんな感じだったわ」
「と言うと? まさか……」
そのまさか、とでも言うように、テンポよくエースは答えた。
「私もこの世界の外から来た。一体何百年前からこの世界は変わらずそのままなのかは知らないけど、異様な世界であることは間違いなさそうね」
「へえ、じゃあ海って知ってるか?」
「うみ?」
エースはきょとんとして、一秒ほど閉口したがやがて答えてくれた。
「何を言ってるかはわからないけどそれも流れ込んできた記憶かしら。うみ……見つかるといいわね」
「ああ。エースも知らないとなると筋金入りだな……親父でも知ってるかどうかってところか。
まあいい、忘れてくれこの話は。いいんだ別に」
「ふーん。あなたがうみを見せてくれるというなら楽しみにしてるわ。それっておいしいもの?」
「美味しくはないかな……」
と言っていると、玄関ドアをノックする音が聞こえて俺を含めたその場の全員が振り返った。
そして応対するアンドレアスが合言葉を言うと来客はそれに何らかの符丁を返した。
すぐにドアが開き、一人の男が入ってきた。二十代くらいの若い男で、これといって特徴のない顔だ。
こういうやつは覚えにくく目立たないので潜入とか諜報とかに向いていそうである。
男は入ってきてすぐドアを閉めて俺たち全員に向かっていった。
「上からの通達だ。四人のノイトラを確保した。
彼らとともに我々全員でル・アーヴルへ向かう……それで問題ありませんね、部長」
「ああ、ご苦労。ガキのお守りは任せておけ。お前は四人のガキと相棒を連れて船に乗れ。
俺たちは次の便で行くことにする。道中気をつけてな」
「もちろんです。これでこの街での任務はすべて終了と思っても?」
「ああ。穴掘りから雑用から、ご苦労だったな。ル・アーヴルへ無事にたどり着けばお前たちの任務は完了だ」
「しかし初めて会いましたよ。ドラクスラーってあんな感じの人だったんですね……もっと強面かと」
「ああ。だいたいみんなそう言う。謎に包まれた陰で動くボスの右腕。
底知れない男だったが、今回の任務で多少の親しみやすさも出たってもんだ」
「ええ。では僕はこれで……」
謎の連絡係とおぼしき男が出ていくと、アンドレアスはようやく年長者らしく俺たちに大上段から通達をする。
「いいかお前たち。作戦を説明する。俺たちは今夜、暗いうちに街を出て組織が経営している水運会社の船に乗る」
「船でル・アーヴルへ行くのか」
と俺は聞いた。この世界に海はないとのことだが、湖や大きめの河ならあるようだ。
そうでなければ船は航行できないからな。
「ああ。当然貨物船だ。荷物に紛れて航行する」
「親父はどうするんだろうか」
「まだこの街でやり残したことがあると言ってたな。まあ十中八九、古代兵器のことだろう。
お前の言ってたほらあの……あれだ」
「飛行機」
「飛行機だ。そいつを見たいんだろう。世界の果てで何を知ったのかは知らないがな」
「ああ。約束する。もし俺の力が覚醒したならあの飛行機は直す。
そして、飛行機が直ったならこの国は革命軍のものだ。合衆国との戦争も勝利に終わるはず。
もっとも、親父は古代兵器なしでも、俺の力されあれば勝てると踏んでるようだが……」
「図抜けた男の信頼は、確実な未来でしかないってことだな。
ドラクスラーがお前を革命の旗印、解放の戦士として生み出したのなら、お前は確実にそうなる運命だ。
俺とお前は決して仲がいいとは言えないかもしれないが、俺は全霊をかけてお前を守る」
「たまには大人らしいことも言うんだな」
「お前に健気に尽くして、命だって投げ出すことが俺にできる最大限の任務だからな。
言っておくがトーマ、お前の連れてきたガキと女、騒いだりしたらどうなるかわかってんだろうな?」
「責任は俺が持つ。お前たちに迷惑はかけない」
「だといいが。最終便までは少し時間があるな……待機だ。荷物をまとめるぞ」
W杯面白くて寝不足だけどこちらも完結に導けるように頑張る。
ただ、もう片方の未完の奴は全然進まない。




