第十二話 この世のどこかで待っている
俺はしばらくの間隊長の顔を見ていたが、なんと隊長、こちらと目が合うと剣をひっこめた。
ひっこめた時にとてつもない激痛が走ったが、まあそのことは水に流してやってもいい。
隊長は剣を鞘に納めるやいなや、一目でわかるほど俺にうやうやしく礼をし、ひざまずいて首を垂れた。
「申し訳ございませんでした。私は何ということを……我らが王に剣を!」
「隊長? 一体どういう……」
他の隊員たちも隊長のおかしな様子には困惑を隠せないが俺だって困惑だ。
だが一方で俺は思った。やはり俺はそうなのだ、俺はノイトラの王として生まれついているのだと。
それがどういうことかはわからないが、とりあえず俺は隊長に言った。
「気にするな。それより俺の話を聞け」
「はい……」
「俺はお前らの王なんだな、そうなんだな?」
「は、はい」
さっきの威勢はどこへやら。まるで隊長は生気が抜かれたように真っ青な顔をして冷や汗を流し、目はうつろ。
うろたえている、という言葉があるが、まさにこの隊長のために作られたかのような言葉だ。
俺は一気に牙が抜かれたような思いで、血を垂れ流す腹をかばいもせずに平然として言った。
「なら俺に従え。レオラとミシェル……女の子一人とノイトラ一人がいるはずだ。治療をする……運ばせろ」
「はい。えー、でも……お言葉ですがご主人様?」
「どうかしたか?」
「我が王ならば治療は造作もないことかと。ご命令ください。傷を治せと」
「そ、そうか? なら命令させてもらう。傷を治せお前たち」
傷を治せと命じてくれというのでどうなることかと思ったら、隊員たちがミシェルらの治療をするのではなかった。
彼らはミシェルとレオラを二人がかりで担いでいる。
隊長とその部下が三人だったので四人で二人を運んでいるわけだが、不思議なことに俺の傷はいつの間にか完治していた。
自分でも気づいていないうちに剣で刺され、頭皮をぱっくりと割って出血した傷までもが完治しているのはいくら自分の体とは言え不気味だ。
さっきの隊長と変わらんぐらいに俺が青い顔をして脂汗を流していると隊長が説明してくれた。
「ノイトラは……王の命令さえあればこの程度は容易いのです」
「そうか。で、お前ら何なんだ?」
「話すと長くなりますが……」
と、道中俺に隊長が話してくれたのは以下のような話だった。
隊長たちは元々この国で生まれたノイトラの子供で、この街の出身でこそないが、生まれた町にはゲットーがあった。
ゲットー、つまりノイトラ専用居住区で生まれた彼らは十二歳になると孤児院へ行った。
そしてミシェルがそうであったように、やがて世界の果てに居るという”神”のもとへ天使として捧げられたのだという。
「つまり僕たちは神のしもべ……もっとも、僕は違いますが」
「隊長に選ばれただけのことはあるというわけか」
「光栄です」
隊長は照れた。なんという初対面の第一印象とのギャップ。俺は温度差で風邪をひきそうだ。
戦った相手を仲間にするという昔の少年ジャンプ漫画のような展開で俺は隊長たちを仲間に引き入れ、彼らにミシェルとレオラを運ばせる。
二人をその辺の民家の壁に背中をもたれる状態で石畳に座らせ、二、三回頬を軽く張ったところ二人は目を覚ました。
「あ……トーマ。ずっと呼んでたんだよ。来てくれたんだ?」
レオラは夢から目を覚ますなり意味不明なことを言った。こっぱずかしいので俺はほとんど相手にしない。
「何言ってる。とにかく目が覚めてよかった。ミシェルも起きたか?」
「ああ。すまん恩に着る……だがどういう状態なんだこれ?」
「やれやれ……」
俺は面倒くさいが一から十まで説明した。とりあえずこいつらは敵じゃないこと、信用していいこと。
それからみんなには悪いが俺は自分の都合を優先してこういった。
「おい隊員たち。お前たちは天使だとか言ってたけどな。お前たちは革命軍に入れ!」
「革命軍ですか……?」
「そうだ。神様に仕えるよりはそっちの方がいいだろう。街の外でミシェルたちと待機していろ。
用が終わったら俺は革命軍とともに迎えに行く。革命軍は”神”に挑む者たちだからな」
「わかりました。それでよろしいですね隊長」
と隊長の部下の一人が言うと隊長はすぐにうなずいた。
「全てはおおせのままに。諸君、王の命に従うのだ」
「は!」
隊員は知らないのに隊長は何故か俺がノイトラの王などという謎だらけの存在であることを知っているようだ。
天使にも階級があるってことなのだろうか。神に近いほど天使の格は上がり、知ってる情報も増える的なことか。
俺はそれについてはあとで聞きたいし、何より隊長とは一緒に行動しなければ話が聞けないので隊員たちに言った。
「悪いが隊長は借りていく。じゃあ隊長、行くか」
「はい」
隊長は腰に剣を帯び、帽子や靴も兵隊風の恰好をしたちょっと胸のあるボーイッシュな女の子って感じの格好だ。
普通に明るい所で横に並んだらただの可愛い子で、現在お祭りをやっているということを考えればただの仮装した子供にしか見えない。
木を隠すには森の中。俺は誰にも怪しまれることなく隊長と二人で行動。一路街の中心部を再び目指す。
そんな中、俺は当然のことだが隊長とはうんざりするほど様々な確認事項について議論し、お互いをより深く知るための会話をせねばならなかった。
「隊長。俺たち自己紹介をしないといけないな。俺はトーマ。母の姓は知らないから、苗字はないんだ……隊長はどうだ?」
「僕ですか。僕はアンリ。王と同じで母の姓はなく、孤児で……」
「トーマでいいよ。いや、トーマって呼べ」
「そんな! 恐れ多い!」
「よべって言ってんだろ!」
「わ、わかりました、トーマ……」
やりにくそうに口ごもりながらも隊長は俺の要求を素直に受け入れてくれた。そしてこう続ける。
「僕は十二歳まで母のもとで育ちましたが、その母が言っていたことがあるんです。
この世には王が生まれる。僕たちノイトラはそのお方に仕えるように宿命づけられているのだと」
「それが俺だと直感的にわかったのか、アンリ」
「はい。剣で貫いたあの時に」
「そういうもんなのか。まあいい、話は分かった。悪いけどアンリ、しばらく俺に付き合ってもらうぞ?」
「しばらくと言わずいつまでも。あなたこそ我らの王ですから」
「神様からの仕事はいいのか?」
「構いません。行きましょう」
「ああ。会ったばかりだがお前のことは信用することにしよう。
用が終わったら外の世界の話、色々と聞かせてくれよな」
「それには及びませんよ。我らが神から仰せつかった命令は、古代兵器復活を阻止すること。
あなたが何者かはわかりませんが、古代兵器の復活をなさろうとしているんでしょう」
「まあ……そうだな」
俺は話しながら思った。この計画は神に漏れていた。そりゃ当たり前のことだ。
俺の父たち革命軍の幹部らは外の世界に出て”神”の存在などいろいろな事を知ったのだろう。
そして古代兵器を復活させることを考えた。神にはその思考の流れは読めておかしくない。
あるいはスパイでもいるのか。そして天使がやってきた。それを俺が止められたことはラッキー以外の何物でもあるまい。
「僕はあなたの役に立ちたい。何でも命じてください」
「わかったよ。とにかく俺と来い。古代兵器とやらをこの目で見にいくんだ」
「はい」
従順すぎて気持ちの悪い隊長とともに俺はさらに街を歩き、例のトンネルがある民家の前へやってきた。
そして教えられた通り玄関の戸を叩き、符丁を口にした。
「あー、祭りは順調!」
「お菓子は何個買ってきた?」
「五個だ!」
「入れ」
戸を開けてくれたのは、やはりジュリアン・アンドレアスという俺の嫌いな男だった。
彼は俺たちを入れてくれた後、当然ではあるが俺の顔を指さして小声で言った。
「誰だそのガキは? 孤児院のお友達でちゅか?」
「赤ちゃん言葉使うな! こいつはまあ……説明すると長くなるけど、とにかく、アンリといって俺の友達なんだ」
「初めまして。革命軍の方ですね」
「おい小僧、こいつにどこまで喋った?」
「すまない、全部喋った。俺もセシルの所へ行きたい。あいつはこのトンネルの奥に?」
「ああ。先に進んだ。トンネルは空気が薄いからな。体の小さいガキの方が向いてるらしい」
「で、アンタは留守居ってわけか?」
「うるせーぞガキ。そいつを連れて行くのは構わんが、武器を持ってるな。おいていけ」
「え? いいの?」
俺はアンリの持ってる剣をもぎとって、アンドレアスに渡しながら言った。
「空気が薄いからなトンネルは。ガキ一匹増えたところで構いやしない。
もうすでにセシルは古代兵器にたどり着いているはずだ。お前らがいっても何も変わらないと思うが……戻りが遅い」
「あっ! 俺らに見に行かせようってことか!」
確かに理にかなっていた。トンネルは空気が薄いので子どもの俺たちでないと、そこを進むのは非常に危険だ。
なかなかセシルが戻ってこないので悶々としているところへ俺たちがやってきた。
アンドレアスはちょうどいいから俺たちに見に行かせようという腹だ。
確かに、考えてみれば革命軍に俺たち以外に、トンネルを行かせられる子供の手駒なんかあるわけがない。
俺もセシルも特例中の特例で内部にいるだけだからな。
これは俺にとってもアンドレアスにとっても利のある提案だったため、俺は喜んでこれを受けた。
「いいぜ。アンリ、剣は置いていくけどいいよな?」
「はい。ですが道中少々お話が」
「ああ。じゃあちょっと行ってくる!」
「そうか。念のためこれをもっていけ。紐を引っ張ると空気を発生させるそうだ」
「ん? ああ、ありがとう」
俺が受け取ったのは抱えるほどもある大きな袋で、袋の中から外へ何かの紐が伸びている。
恐らくこれは革命軍が用意した空気を発生させる装置だろう。
紐を引くと中の化学物質と何かの物質が反応して酸素が発生するようになっていると思われる。
俺は理系じゃないので詳しいことは知らないが、学校で何かの金属が酸化したものを還元して酸素を発生させる実験をやった記憶はある。
俺たちの命はどうでもいいが、セシルに万が一のことがあるとアンドレアスも困るのでもたせてくれたんだろう。
「じゃあ行ってくる。トンネルなんだから真っすぐいけば目的地にいけるんだよな?」
「何本か空気穴といって空気を取り込む穴は作ってるそうだが、細くて子供でも入りにくい穴になっているそうだ。
要は一番大きい穴にだけ沿っていればセシルに会える……はずだ」
「そっか。じゃあアンリ、行くぞ!」
「はい」
アンドレアスはその後、俺たちに灯りや最低限の食料などをもたせてくれたあと、家の床に敷かれたカーペットをとった。
ーペットの下には特に変哲のない木製の床板が見えるが、これに見えにくいが金属製の取っ手がついていた。
アンドレアスがこれを掴んで引っ張り上げれば、その下にはぽっかりとトンネルが口を開けている。
俺たちはその中に飛び込み、真っ暗なトンネルの中をランプ一つで進んでいく。
当たり前だが声は出さない。話し声が隣の家の床下から聞こえたら住民もびっくりしてしまうだろうからな。
何より空気が薄いので余計なおしゃべりは最悪命取りにもなりかねない。秘密のトンネル内は私語厳禁なのだ。
何百メートル行ったのかは自分でもわからない。ただ間違いないのは一言も喋らず、俺はアンリとともに気が遠くなるほど長い時間トンネルを歩いたということだ。
ランプはまだまだ元気に火を灯していたところから、体感時間が長いだけで実際はそうでもなかったのだろう。
相当なストレスがかかって精神的にも限界には近かった。そんな時ようやく出口らしきものが見え、しかもそこに人影があった。
急いで人影の方に行ってみると、セシルが泣きそうなほど安堵した顔をしてこっちを見ていた。
俺たちはお互いが視認でき、目が合っているとわかるほどの距離までくると約束も忘れて会話をしだした。
「久しぶりだねトーマ。横の子は孤児院のノイトラかい?」
「まあ詳しい話はあとで。久しぶりだなセシル」
「そうだね。さあ、こっちへ来てくれ」
「ああ」
出口はそのまま何かの部屋に通じていた。中は何本かロウソクが灯っていて一応俺の持ってきたランプなしでも支障なく行動できる明るさだ。
セシル以外に人気はないので、もとから灯っていたものではないだろう。
セシルがトンネルを通って持参したロウソクのはずだ。ちなみに壁はすべて石積みだ。かなり古い感じがする。
「セシル、アンドレアスが心配してたぞ。ここで何もたついてるんだ?」
「それがね。この部屋に仕掛けがあるのか……僕だけじゃどうにもできないみたいでさ」
「バカ言えセシル。革命軍は俺たち子供に全部託してるんだぞ。誰もついてきていない。
それは、下準備さえすればあとは全部お前が何とかできると確信しているって事だろ」
「そうかもしれないけど……」
「とにかく、俺も頼もしい仲間を連れてきた。三人で知恵を絞ればなんとかなるって」
「う、うん……トーマ、いいかい。僕の一族は代々ある情報を継承してきたんだ」
「なんだそりゃ?」
「古代文字だ。古代文字を使った文献はことごとく削除され、この世にはほとんど残っていない。
でも僕の家系だけは多分唯一それを継承してきた。僕も読める」
「へー、お前すごいな」
「で、これなんだけどさ……」
セシルは壁に手をかけた。すると壁が勢いよく回転し、俺たちはこの謎の部屋の更に奥へ進むことができた。
俺は目を疑った。古そうな感じのする石壁とは正反対の滑らかで美しい白色の人工的な壁と床と天上が印象的なその部屋。
その部屋のど真ん中に、この世界にはあり得ないはずの機械がドンと鎮座していた。




