第十一話 暗闇の中で鈍く光る
ミシェルがノイトラであったがためにこのような事態となったが、それを利用して二人はこの孤児院へ来た。
それが事件のすべてである。俺も後からこの話を聞いたが、これらの情報から推察されることがいくつかある。
まずひとつは、”神”はこの世の果てに居るということだ。それは間違いない。
神というのがレオラに教えてもらった”黒の女王様”なるものと同じかはわからないが。
次に、ノイトラは政府にとって存在が不都合な存在ではなく、むしろ逆であるということだ。
俺たちノイトラは”神”への捧げものとして生きるいわば家畜。
捧げられた後どうなるのかは知らないが、まあ生きて戻ってはくるまい。
外の世界を知り、そこから戻ってきた者たちがいる。
それが俺の親父たちだが、彼らへの扱いは上のものから市井の普通の人まで一様に、完全に大犯罪者へのそれだ。
そして世界の果てにはノイトラと神に関する情報があるということが確定している以上、親父の行動も理解できる。
俺の父トーマス・ドラクスラーという男はノイトラの中でも最重要とされる血筋の母を探し出して俺を生ませた。
俺には父の期待がかかっている。別にそれに応える義理はないが、俺はヤツに協力することにした、というわけで話は移る。
そう、俺とセシルとの約束の日、お祭りの日だ。その日は楽団を呼んだのか、楽し気な音楽が孤児院の中に居ても外から四六時中聞こえていいた。
朝っぱらから孤児院以外の子供らは遊び、笑い、食べ物の焼ける美味しそうな香りが街を包んでいる。
その日ばかりは戦争に国家の全精力を注ぎこむがごときこの軍事帝国も多少は丸くなったかのようだ。
そんなお祭りの日を俺やレオラたちは台無しにすると胸に秘め、お祭りが夜の部へ入るのを三人部屋で駄弁りながら過ごした。
だがそのような考え方はまったく甘かったのだと俺たちはこの後知ることになる。
この街の平和は、おれたちとは全く別の者たちの手によって大きく乱されることになるのだから。
その夜。日が暮れて人々の祭りを楽しむ声はさらに大きくなり、俺たちは灯りのついていない暗い部屋で顔を見合わせうなずいた。
「よし、行くか!」
「だがトーマ、お前の言ってた騒ぎってのは結局アレだな、特に何もなかったな?」
「あまり騒ぎになってもらうと困るっての。この世の特別な秘密にかかわる作戦の最中なんだからな。
そこまで言うんだったらミシェル、騒ぎが起こるまでここで待っていようか?」
「そうは言ってねーだろ」
「まあまあ二人とも。私たちはもともとこの平和なお祭りの夜に脱出する気だったんだから!
今そこを議論するのはズレてるでしょ?」
「ま、まあ確かに……」
レオラの言うとおりだと思い、俺はミシェルとは適当なところで手を打ち、この祭りの夜、今まさにここを抜け出そうと決めた。
奇しくも俺たちとセシルの方の作戦は共通している。トンネル作戦だ。
俺たちはこの部屋から外へと続くトンネルを掘っていて、そこを通れば出られるてはずになっている。
そして結論から言うが、俺たちは外へ出たとたん、ある女に呼び止められれた。そう、シスター。
「ここを出ていくのねアナタたち」
「シス……!」
俺たちは背筋が凍った。どうやらシスターがここで待ち受けているということは俺たちの会話が聞かれていたということ。
その上とっくに外につながるトンネルの存在も知られていたということに他ならないからだ。
「あら心配しないで、別に通報したりしないわ。行っておいで」
「シスターはやはり……革命軍の?」
俺が恐る恐る聞くとシスターはあっけらかんとして答えた。
「ええ。アンドレアスに聞いたでしょう。三人とも無事を祈っているわ」
「おいトーマ、時間が惜しい。今は外へ出ることだ。行くぞ?」
「あ、ああゴメン二人とも」
「気を付けてね」
シスターは疑う余地なく、完全に味方であるとわかった俺たちは後ろを振り返らず、怪しまれない程度に走り出した。
そして町の城門が見えてきたところで俺は急に立ち止まった。
「二人とも元気でな。俺にはまだ町でやるべきことがある」
「セシルとかいう奴のことだな。ああ、元気でなトーマ」
「これからこの街、大変な騒ぎになるらしいけど……でも無事でいてね!」
「ありがとう二人とも。二人がいなかったら俺、この三か月耐えられたかわからない」
「解放の戦士だか何だか知らないけど、お前はお前の思うまま自由に生きろよ……じゃーな」
ミシェルはこういうの照れくさいタイプなのでいち早く俺に背を向けた。
それに続いてレオラも俺に少し手を振ってから城門へと歩き出した。
その後どういうアテがあるのかは知らないが、まあ、それは俺がどうこう言うべきことではないだろう。
そう思い、俺も二人に背を向けて向かう先は当然ながらセシルたちがいる場所だ。
理由は不明だが俺はこの三か月ずっと感じていた。俺は死なないのだと。
俺は運命に選ばれた解放の戦士で、人々を自由にする使命を与えられている。
皮肉な話だが、俺はその運命から解放されることはない。
俺は解放の戦士としてそのように生きるよう宿命づけられていて、使命を果たすまでは死なないだろうと。
俺の存在がこの世界にとって絶対に必要なはずだ。そう思えば足はすくまない。
街の外側なのでレオラたちの向かった城門側は当然暗い。
逆に俺の向かう街の中心部側はお祭りをやっているので当然音楽も聞こえてくる。
そのうえ明かりが町中いたるところに灯されていて太陽のように明るい限りだ。
俺はもちろんセシルの元へ向かっている。木を隠すには森の中。
トンネルは中心街の普通の民家の軒下に作られており、ここには革命軍の息がかかった者が住んでいる。
映画などではよく、銀行強盗のために日夜穴を掘り続ける悪党が出てきたりする。
現代と違ってこの世界ではコンクリートを貫くために機械を使う必要はなく、石畳の下は即、土である。
この街には川も流れていて地盤はそんなに強固じゃない。ある程度の人手と時間をかければ誰にも気づかれずトンネルを掘ることが可能。
三か月もの時間を要し、レオラたちの計画と重なったのは、別に革命軍が俺らに合わせてくれたわけじゃあない。
トンネルを掘る時間的にも三か月というのは妥当な数字であるため、話がまとまったというわけだ。
ところが不思議なことが起こった。俺の背中側から大きな爆発音がしたのである。
「なんで……そっちで!?」
俺は思ったことをそのまま口に出し、後ろを振り返った。
何度も言うが俺は街の中心へ向かって歩いているため、必然的に後ろにあるのは街の外側のあまり人が居ないくらい場所だ。
せいぜいいるのは見張りの番兵くらいのものだし、ここが敵国との最前線ってわけでもないから、攻めてきた敵に大砲を撃って防衛しているとかではないはずだ。
では、何故爆発音がするのか。レオラたちの向かった方向じゃないか。
確認せずにはいられない、俺はそう思った。俺が行こうと行くまいと遅刻しようとセシルたちのところに何か変化があるわけじゃあない。
それよりはまず確認だ。そう思い、俺は急いで踵を返して街の城門の方へと向かっていった。
凄まじい勢いで人の気配と音楽と光が俺の横を波のようになって通り過ぎ、ぽっかりと口を開けた静寂の闇に俺は自ら突っ込んでいく。
その状況を俺は冷静に、まるで幽体離脱して自分を俯瞰してみるようにして分析していた。
闇と静寂へ突進していく俺はまるでこれからの運命を暗示しているようだと。そして悪い予想は、よく当たるものだ。
「おい! 俺だトーマだ! お前ら大丈夫かーっ!」
俺は声の限り静寂の中に叫んで、声は反響しながら徐々に減衰して夜の深い闇に吸い込まれていった。
「ノイトラが来た。捕えますか?」
俺は走りながら前方からそのように話す声をはっきりと聴いた。何故だかわからないが俺は背筋がゾッとした。
「半分は殺していいと言われている」
声に答えたのは女の声。最初の問いを発したのも女の声だった。
というよりは、男のように低くないだけで本当に女かはわからない、子どもの声に聞こえた。
次の瞬間、俺は腹に焼けるような痛みを感じた。痛い、そう思ったかと思うと後頭部を何かで強く叩かれたように感じた。
熱のような痛みの奔流が全身を駆け巡り、あまりにも闇の中なので、頭の痛みは後頭部を石畳で打った傷だと気づくまでに時間がかかった。
「クソ……こんな……ところで!」
ミシェルの声だった。レオラの声は聞こえない。はぐれたか、すでにレオラもやられたのか?
それすら俺には闇の中で何もわからない。ところがどうだろう。何やら焦っている子供の声がミシェルの声に交じって聞こえてきた。
「隊長。ご命令を。隊長。ご命令を」
「トーマ、いるのか、トーマ!?」
「ミシェルか? ごめん、俺助けに来たつもりが……」
不思議と今まで経験したことのないほどの激痛が全身を襲っている割には、俺の頭の中は酷く冷静だった。
俺は冷静に状況を分析し、これから死ぬのだと納得したうえでミシェルに謝らねばならないのだと感じて、心の思うまま謝罪した。
「クソ……間違いだったのか。何がだ。ノイトラに生まれてきたことがか!?」
ミシェルは傷を負っているのか、それすらわからないが、悲痛なまでの慟哭が聞こえてきた。
その間も時々命令を隊長、という声が聞こえてくるが俺に追撃やトドメはやってこない。
「レオラ……私の代わりに守ってくれ。トーマ、聞いてるか。たった一人の家族なんだ。
私にとってたった一人の家族で、友達で……大切な人なんだ。なあトーマ」
「ああ、聞こえてる。レオラは必ず俺が守る」
「ありがとな。私はやり方を……間違えたみたいだけど……お前なら……」
「ああ、間違いだ。ミシェル、お前の友達はたった一人なんかじゃないだろ?」
不思議だった。俺はなぜ、腹から流れている血の温かさを感じながらこんなにも自信に満ち溢れた友達を勇気づける言葉を吐いているのか。
首筋に、温かい血が流れてくる。後頭部を切った出血だ。石畳の隙間に流血がたまり、俺の後ろ髪が浸かってふわふわと浮いていた。
「妙な気分だ……スッキリした……夜が来たのにまるで……夜明けが来たみたいだ」
俺はそう言いながら立ち上がり、そして視界が一変しているのを理解した。
俺の腹に刺さっているのは長剣だった。それを持っているのは恐らく隊長と呼ばれていたヤツ。
そいつは俺より少し上、くらいの外見の子供だったが、そのファッションの取り合わせはノイトラ風だった。
男は男の、女は女の決められた服を着るのがこの世界の常識。
この世界は文明的に十九世紀後半くらいの水準だと前に言った。
実際日本もそのくらいの時代には、男女で着る服は厳格に決められていた。
女は女らしい着物、男は洋服か男らしい着物を着るべしという風に。
俺を刺した隊長の外見は金髪碧眼、髪は長くて無造作に伸ばしたまま好きな方向へ流れている。
服は女性風で少し胸があり、下は逆に男っぽい服装だ。厚手の白い生地で下半身を締め上げて足を長く見せる効果があるらしい。
ナポレオンやブルボン朝の人物の絵画は大体みんなこのようないわゆるバレエのレオタードに近い感じの下半身である。
つまりこの隊長という奴はノイトラなのだ。
上半身は女性並みに胸のある女らしい体型だが下半身は男にも近いのでスカートを履かないことになっている。
そして隊長と呼ばれた奴以外の奴が数名いるがそのどれも大体同じような服装で、特に同じ白の帽子と靴まで白い下半身が統一されていて、まさに部隊という感じだ。
何故それが突然見えるようになったのか、それは説明できない。
だが見えるのだからしょうがない!
「妙な気分だ……痛みがない」
俺を刺している隊長の顔と言ったら傑作だ。まるで時間でも止まったかのように、驚いた顔をして一点を見つめ、微動だにしない。




