第十話 天国へ行く
「レオラって物知りだな。何でも教えてくれるし、お姉ちゃんみたいだ」
「ふふ、そう?」
はいかわいい。照れ笑いするレオラは天使のように可憐で俺のレオラへの好感度はすでに青天井。
向こうは俺のことを弟のようにしか思ってないだろうがそれでも今は構わない。
別にどうにかなろうとは思わないが、もしかしたらもしかするかもな。
俺はそんな期待を胸に抱いた。
「まあとにかく。シスターは俺や二人の事情を革命軍から聞いている可能性があると思う。
だから俺はこの部屋に入れられたのかも。その件は革命軍に知られてるとみていい」
「だとしたら私たち革命軍に利用されるかも……」
「冗談じゃないぞ。私はレオラを危険な目にあわせるのは反対だ」
「まあ待てって。バレてなきゃそれでいい。それに俺は二人のことは連中には言っていない。
話をしよう。今度お祭りの日に脱獄するっていうのは変更はないよな二人とも?」
「当然だろ」
「その日に革命軍がひと騒ぎ起こす手はずになってるから俺は逃げる。
二人も逃げろ。二人の抱えている秘密、二度と聞く機会はないだろ。
会うことも二度とない。ちょっと寂しいけどね」
「ふん……レオラ、妙なことは考えるなよ。話すんじゃないぞ」
「わかってるってば……」
一体、どんな事件を見たのか。貴族の令嬢が自分自身の存在すらも隠して孤児院なぞに逃げてくるほどの事件。
見ただけでまずい事件。そしてレオラの反応から、やはり、革命軍に知られれば面倒なことになりかねない事件であることも確かだろう。
俺は作戦決行の火を待つ間に考察を進め、これしかないという結論にたどり着いた。
やはり、レオラたちの見てしまった事件とは王政と、それにかかわる重大な何かであると考えられる。
その考え方はある程度的を射ていた。その秘密はそう遠くないうちに語ることになる。
お祭りの日が迫るある日のことだった。俺に面会人が来たとシスターが教えてくれた。
俺はまたジュリアン・アンドレアスなどという顔も見たくないような男が来たのだと思い、憂鬱ながらも面会室へ足を運んだ。
するとどうだろう。面会室へ入った時俺の声は弾んだ。
アンドレアスは一緒にいたが、その隣にはセシルもいた。
「セシル! 久しぶり。元気にしてた!?」
「おかげさまでね。現在例の……計画を進めている。本部の応援のおかげでね」
「その応援っていうのがそいつか?」
「おいおい人を指さすなよ、行儀の悪い」
俺は全く遠慮することなくアンドレアスの顔を指さした。
セシルは彼に遠慮している様子だった。無理もない、本物の革命軍の男なんだからな。
萎縮の一つや二つして当然だ。このアンドレアスという男、俺が最初思ったよりは大物らしい。
革命軍にとって俺もセシルも相当重要なはずだが、その二人の少年をシスターとコイツの二人で一手に握っている。
とはいえ、俺はそんな相手にも言葉を選ぶ男ではない。
「で、何の用だお前ら」
と言ったところで俺は思った。これはチャンスだ。探りを入れてみようと。
「……ところで、ひとつ興味本位で聞いてもいいか?」
「どうした少年?」
「俺以外にもいるのか? この孤児院に厄ネタの子が。もしいるなら会ってみたいね」
「お前さんの外に? 馬鹿言え、そもそもお前が特別な子っていうのも俺らはまだ信用しちゃいないんだ」
「そりゃそうだ」
「お前はドラクスラーの息子だ……少なくともそれ以上の価値のあるガキがここに居るとは聞いていない。
残念だったな。まあもう少しの辛抱じゃないか。その時を寝て待つといい」
「ふーん、そうか。もしいたならセシルにも紹介してやりたかったんだがな」
「それより用がある、聞け」
「ああ」
俺はこの問答でわかった。シスターはまだわからないが、少なくともアンドレアスにはレオラのことは知らされていないと。
「会うのは決行前はこれが最後だ。一度しか言わないからよく聞くんだぞ少年」
「あんまバカにしてると親父に言いつけるぞ!」
「おーおー、怖い怖い。で、その親父だ。お前に会うことが決定した」
「なんだって?」
「順を追って説明する。まずお祭りのある日は俺たちにとっても好都合だ。既にトンネルは開通している」
「ちょっと待てトンネルって?」
「このバカ忘れたのか? おいセシル、説明してやれ」
「あ、はい……」
セシルは頭をぽりぽりと掻いて、億劫そうにしながらも説明してくれた。
「いいかいトーマ。僕は王国が隠している『古代兵器』と呼ばれる兵器に通ずる一族らしい」
「ふむ」
それは知っている。忘れたわけではなかった。正直、ラピュタを彷彿とさせる設定だと思った。
「その古代兵器に関するヒントとなる場所、『座標』についてはもうすでに調べがついていて、そこにトンネルを掘った。
本来ならばとても限られた人間しか出入りできないようになっているのだろう。
僕は祭りの日にトンネルを通ってそこへ行き、古代兵器を奪取する」
「……それはドラクスラーたち革命軍が手に入れた確かな情報なんだな?」
「ああ。君の父さんたちは元々少数のメンバーだった。その初期メンバーが二十年近く前に『この世の果て』を見た」
「この世の果て……」
この世には海はないということになっている。というか、海という概念すらない。
だがそれはおかしい。海はあって当たり前だ。何かによって隠されている。
〇撃の巨人という漫画でも元々壁の中に暮らす人類はぼんやりとではあるが、外の世界があり、外の世界は多様なもので溢れていることを知っていた。
だがこの世界の人々にそれはない。外の世界という概念はない。まさに井の中の蛙。
それをどうにかして外へ出て行ってしまった人間がどうやら俺の親父とその仲間らしい。
「彼らがどうやって外に出たのか、そもそも世界の外へ出るなんていう普通あり得ない概念をどうやって考えたのか。
そして何より、彼らは何を知ったのか。知った上で革命軍を名乗り活動しているのは何故か……いずれもわからない。
でも確かなことは、彼らの言うとおりに行動する以外にないってことだ」
「ははは、それは言えてる」
「この古代兵器へと通じるトンネルに君も来るな。代わりにお父さんに会うんだ」
「えっ」
「僕も遅れて合流するが、君は一足先にお父さんに会え。君は言ったな、自分は母方の血が重要だと。
それならば君にはもはや、お父さんも出し惜しみせずに会えばすべてを話すだろう」
「世界の果てで何を知ったのか……か」
俺はその後何があったかは知っている。つまり世界の果てに何があったのかを、お祭りの日のあと、親父から聞いた。
それはまた後で話すとして、ここで少し話をすることになる。
何を隠そう、レオラとミシェルが見てしまった事件。それを見た二人が命がけで逃げ続けるほどの事件についてだ。
俺の視点で見たことを一人称視点でつづっていく関係上、レオラたちの過去に触れる機会は一切ないのだ。
お祭りの日の長い一日について語る前にまずはこれを語っておかねばならない。
レオラの本名はエレオノーラ・ド・メディシス。王宮でもトップクラスの地位を持つ家系のご令嬢だった。
だがむしろ重要だったのは、ノイトラの少女、ミシェルだった。語るのも胸が苦しくなるほどミシェルの境遇は悲惨を極めていた。
ミシェルの母はしがないメイドの一人だったが家の主人に手を出されて妊娠、そのまま出産した。
が、母親自身もノイトラで生まれた子もノイトラ、つまり両性具有の差別される種族だ。
貴族家の後継ぎとして相応しいはずがない。母親は妊娠発覚からほどなくして本妻からのイジメを受けはじめた。
よくミシェルが流産せず無事に生まれたものだと感心する。ミシェルは男だったなら後継ぎ候補としてよい待遇を受けられたのかもしれない。
どっちが良かったのかはわからないが、ミシェルはノイトラだったため生まれた後は本妻からのイジメはなくなった。
自分にとっての脅威ではなくなったと判断し興味を失った。だが人間とは不思議だ。
元凶だった本妻からのイジメがなくなっても使用人たちは自発的にこの母娘に嫌がらせを行い続けた。
被差別種族であるノイトラの親子ゆえ、周囲の誰も咎めない。二人は使用人たちからのストレスのはけ口にされた。
家畜小屋で生活し、もう二度と主人に見初められることがないだろうと思われるほど母親は痩せこけて顔色も悪くなり病気がちになった。
母親が仕事できなくなるとまだ小さいミシェルが働きだしたが、やはりイビリ、イジメの類は続いた。
ミシェルにとって生きるということは苦しくて辛いのが当たり前であり、生まれてこの方良いことなど一つもなかった。
それでも親子はその家に居続けた。それでもそこが二人の居場所には他ならなかったからだ。
そんな中ミシェルに初めての友達ができた。初めて優しくしてくれる他人が出来た。本妻の娘、レオラだった。
家畜と同じ臭いがする不潔で痩せこけた子供にもレオラは分け隔てなく接し、二人の心は通じ合った。
ミシェルが十歳になるころには母親が死んだので、彼女にとってはレオラだけが心の支えだった。
レオラが居ない世界がもし来たら、そこに生きている意味はない。心の底から本気でそう思っていたのだった。
そして十二歳になるころ、事件は起きた。それは貴族家の主人、ミシェルとレオラの父がミシェルに初めて声をかけたことだった。
そのある日を境に彼女の生活は一変した。ミシェルとレオラは対等に扱われ、いやそれどころではない。
ミシェルの方がむしろ丁重に扱われるほどだった。突然のお姫様のような扱い。温かい寝床、美味しい食事。
今までの生活がウソだったかのようなこの扱いにミシェルの情緒はムチャクチャになり、使用人たちを殺してやろうかとも思った。
だがその気も徐々に失せた。人は生理的欲求が満たされていると過激なことや暴力的なことを考えないものだ。
金持ち喧嘩せずとも言う。ミシェルは徐々にこの満ち足りた生活に慣れ始めた。そんな時だった。
ミシェルとレオラはこの世界の秘密、その闇の一端に触れてしまったのである。
ある日ミシェルはいつものように屋敷の使用人にかしずかれ、うやうやしく世話されていた。
その横にはいつものようにレオラ。だがその日は少し様子が違った。
いつもどこで何をしているのやら。屋敷にいることのほとんどない屋敷の主人がミシェルにあてがわれた豪華な部屋に入って来たのである。
「エレオノーラ、ミシェルと仲良くしてくれて感謝する」
入ってくるなり開口一番そう言った屋敷の主人、つまりレオラとミシェルの父親。
レオラは純粋なためこれを聞いて、父も実の娘のミシェルに情がわいたのだ。
これまでは人目をはばかりながら仲良くしていたがこれからは名実ともに姉妹として暮らすことを許されたのだ。
そのように考えていたが、もちろんミシェルはそうではない。
この父とも呼べぬ男への警戒感など一生かかっても消えることはないだろう。
ミシェルはおびえたような上目遣いで椅子から立ち上がり、父を見据えながら例のあのお決まりの、スカートのすそを指でつまんで持ち上げてお辞儀をするあの所作をして父に挨拶。
レオラも続いて同じようにした。そして父親はこう答えたという。
「そうかしこまるな二人とも。親子じゃないか。さあミシェル、おいで。お客さんだよ」
この言葉は口調と声こそ優しかったがレオラには否応なしにわかった。自分はついてきてはいけないと。
ミシェルは言われるがまま父についていき部屋を出た。屋敷の客間へ行くと、一人の老紳士が待っていた。
老紳士はいわゆる好々爺ってやつで、その外見はゆで卵のようにツルツルに剥げた頭頂部に血管の色が赤く映え、まぶたはシワシワに垂れ下がっている。
見るからに人のよさそうな老紳士に父親は娘を紹介した。
「こちら私の娘、ミシェルです。十二歳のノイトラ……この件は貸しと思ってよろしいですね」
「無論だ伯爵殿。この件は国王様……ひいては”神”にも伝えておきましょう」
「困ったときはお互い様ですよ」
「あ、あの……私は一体どういう理由でここへ?」
とミシェルが発言したところ、老紳士は目を細めていかにも優しそうに言った。
「心配しなくて構わないよ。ノイトラとして生まれたその役目を果たすだけの話だ。
喜ぶがいい、お嬢さん。おっと、お嬢さんとお呼びした方がいいかな?」
「あ、いえ、私なんかのために……お好きな呼び方で結構でございます」
「そうかね。お嬢さん。少し話をしようか。君、この世の果てというのを知っているかね?」
「こ、この世の果て……?」
ミシェルは学校に一切いっていないがレオラにはたくさん本を読み聞かせてもらっており、読み書きもそこそこ出来ていた。
レオラが俺に本を教えてくれたのはミシェルとそのように生活していた時代の癖が出たのだろう。
「うむ、この世の果てだ。この世には果てがある。その先には水の平原があるというもの。
砂の雪原があるというもの、神が住んでいるというもの。そんなものはないというもの。
まあ色々だ。だが我々一部の人間は知っているのだよ。その先に何があるのかを」
「そ、それは……?」
「うむ、君はそこへ行く。新しい天使の誕生を”神”様も喜んでいる。
喜びたまえ。まずは身体検査だ。では失礼伯爵殿。今年のノルマが遅れるところだったよ」
「は……良い旅を」
「良い旅を。それでは。お嬢さん、あとは父上の言うことをよく聞くように」
そう言って老紳士は帽子を被って荷物を抱え、屋敷から外へ出て行った。
それから間髪を入れずに父親が娘にこう言った。
「お前は神に選ばれた天使だ。この二年間大切に世話をしてきてやったな。
恩に報いるがいい。私のために役に立て」
「……はい」
ミシェルは反射的にうなずいてしまった。
だがよく考えるとおかしい。この男、自分の娘を世話したことを恩に着せて報いろと言っている。
時代や文化に関わらず、普通人の親ならこのような考え方はしないはずである。
「決まりだな。明日にでも迎えが来る。そして身体検査だ」
結論から言えば、レオラとミシェルは嫌な予感がしてここから逃げた。それだけの話である。
そして後から知った話であるが、ミシェルが逃げた埋め合わせをするため、ノイトラの子が一人誘拐されたと知った。
見ず知らずの子だがそれを知った二人は責任を感じている。
ミシェルがノイトラであったがためにこのような事態となったが、それを利用して二人はこの孤児院へ来た。
それが事件のすべてである。俺も後からこの話を聞いたが、これらの情報から推察されることがいくつかある。
まだ未完の作品を二つ同時進行でやるものではない。
どちらかの更新速度を犠牲にしなければ一向に進まない。
ということでもう片方のヤツは少しお休みしてこちらを進めます。




