3-17 先輩冒険者
「えええええ〜! 私、ゼラくんに抱きついちゃってたの⁉︎ ごめんね、ゼラくん〜!」
「俺はむしろ、ありが……、いや、俺は平気だ。それよりミミリ、具合は大丈夫なのか?」
「うん、うんっ! 大丈夫なんだけど、恥ずかしさは大丈夫じゃないの。だから修行しなきゃいけない! 荒ぶる羞恥心を抑える修行〜! 邪念よ、雑念よ〜ってしなきゃ!」
「予想だにしない場面で急に大剣を振り下ろされた気分だな。大ダメージだ」
「え……?」
すっかり酔いがさめたミミリを見て、安堵のため息をついたうさみ。うさみはチラリとバルディの様子も見て、一旦はトラウマがひいた様子に一安心した。
「この様子なら大丈夫そうね」
「こんなこともあろうかと、酔い覚ましの濃いレモン水を持ってきておいてよかったよ」
落ち着くまでに、随分と時間を要した。
ゼラはまず、ミミリの背にしがみついたうさみごと背負って「湧き出る酒泉」のある小高い丘を降り、太い樹木の幹へミミリを寄りかからせた後、うずくまるバルディを奮い立たせ肩を貸して連れてきた。
時間が経つにつれ正気を取り戻したバルディは、腰に提げた皮袋をミミリの口にあてがい、濃いレモン水を飲ませて――やろうとしたが、ゼラの視線が何やら物語っていたので、その役目をゼラに与えた。
しかし、ゼラは途中でギシッと固まってしまったので、やはりバルディがミミリにレモン水を飲ませてやった。
そうして全員が正気を取り戻した頃には、木漏れ日の夕陽に照らされる時間帯となっていた。
このアザレアの近くの森はモンスターの遭遇率が低いとはいえ、日没後はその限りではない。
このような差し迫った状況下にもかかわらず、のほほんとしたパーティーの様子はそのままなので、バルディは1人、焦りを感じていた。
「まずいな、アザレアの門が閉じちまう。そうなると、野営せざるを得ないぞ。みんな、危機感を持たないと」
焦るバルディにミミリはまだ少し火照った顔でニコリと微笑み、少しやんちゃに、ある提案をする。
「あの……、せっかくだから野営しませんか? 私、どうしても採集したいものがあるんです!」
「コラッ、ミミリちゃん。俺の話聞いてたか?」
年輩として、先輩冒険者として、冒険者になりたての可愛い後輩を導かねばならないバルディは茶目っ気を出しながらもしっかりと注意をする。
ミミリは、優しさゆえの注意であると理解し、正直に思いの丈を述べてみる。
「夜の森は危険かもしれないです。でも、シャボンの実が欲しいんです」
「「「シャボンの実……?」」」
「【シャボン石鹸】の材料になる、錬金素材アイテムのシャボンの実の在庫が心許なくなってきて。せっかくみんなに気に入ってもらえたから、在庫をちゃんと用意しておきたいなあって」
「あぁ、爆売れの【シャボン石鹸】の材料ね!」
「すごいところは、用途が多岐に渡るところだよな。長年の返り血がこびりついたポチの毛も、嘘みたいに綺麗に蘇らせたもんな。これは間違いなく、なるだろうなぁ」
「そうね、間違いなくなるでしょうね」
「「アザレアの特産品に」」
「――!」
バルディは、うさみとゼラの言葉にハッとする。そして、取り繕うかのように咳払いを始めた。
「あの、ダメだったら、日を改め……」
少し口籠もりつつ言うミミリの言葉を遮るように、バルディは背を正し、勇んで言う。
「余計なこと言って、本当にごめん。ミミリちゃんたちのことは、俺が身を挺して守るから。行こう! シャボンの実の採集に!」
「わぁ……! ありがとうございます!」
うさみはゼラをチラリと見てウインクを送り、気づいたゼラも小さく頷く。そして、クスッと笑い合った。
「それでミミリちゃん、シャボンの実ってどこにあるんだ? 俺はずっとアザレアに住んでいるけど、今まで聞いたこともないんだよなぁ」
「私もこの地へ来たばかりだから、あるかどうかはわからないんです。あるとしたら、夜空を見上げながら歩いていたら、わかるかも」
「「「夜空……?」」」
「そうなの。夜空が揺らいで光って見える場所があったら、その真下にシャボンの実があるんだって。アルヒが言ってたの!」
「アルヒ……。よしっ! 私が一番に見つけちゃうわよん!」
「うさみ、前も見ないと転ぶからな?」
「あら、大丈夫よん。だってミミリに抱っこされて歩くもの」
「ふふふ。一緒に頑張ろうね、うさみ!」
これから危険な夜の森を迎えるというのに、楽しそうにするミミリたちに、バルディは思わず目を細める。
「純粋に冒険を楽しむミミリちゃんたちのほうが、よっぽど冒険者の先輩っていう感じがするよ。ついてきて良かった。学ぶことが多い採集作業になりそうだ」
◆ ◆ ◆
「ゼラ! そっちに1体行ったわよ! うううう……。蛇腹、蛇腹がキツイ。オエエッ」
「了解! ……なんかコイツら、フラフラしてないか⁉︎」
「……! ゼラくん! きっと『ほろよいハニー』だよ。だって、酔ってるみたいだし、小瓶持ってるもん!」
森という地の利を生かし、そこかしこの木の樹皮を突き破り、緑色の蔦が網目状に張り巡らされた。
うさみの拘束魔法――しがらみの楔により、自由に飛び回る空間を制限されたほろよいハニー数体のうち1体が不機嫌そうにゼラに迫る。
うさみの支援魔法、剣聖の逆鱗による効果で敵対心を一身に受けるゼラは、迫り来るほろよいハニーのお尻から突き出た針をヒラリと避け、4枚の羽根の中央、オレンジと黒の2色の背に雷属性を帯びた一太刀を浴びせた。
「キイエエエエエエ!」
背に受けた稲妻のような痛みに、奇声を上げるほろよいハニー。その声を聞いて残りの数体は逃げ出そうと試みるも、既にしがらみの楔による蔦の檻の中だった。
「更に蔦を出して、残るモンスター全てを締め上げることはできると思うわ。でもできない、というかやりたくない! 想像しただけで……オエエッ」
オエオエとえずきながらも、魔法をかけ続けるうさみや、圧倒的な力でモンスターの攻撃力を削ぐゼラ。
そして、ミミリはというと。
ゼラに向かおうとフラフラ飛んでゆくほろよいハニー1体を【マジックバッグ】から出したロッドで、勇敢にも――――「えーいっ!」と思い切り殴り倒した。
驚くべきはそれだけではなかった。
ゼラに切られたほろよいハニーだけでなく、ミミリに殴られたものまでも、感電したかのようにバリバリと音を上げ倒れている。
「……すご……すぎるだろ……」
出会いの日、アザレアの門扉の前で繰り広げられたピギーウルフとの戦闘において感じた恐怖心や感嘆心を、再びミミリたちに向けるバルディ。
しかし今回はそれだけではなく、滾る高揚感を覚えている。
「……俺も、役に立たねえと! 行けッ!」
バルディは背の矢を取り、狙いを定めて一矢を放った。
放たれた矢は、ほろよいハニーの胴体には当たらず、1枚の羽根を僅かに掠め、地に刺さる。
「クソッ! や、やべぇか」
今の一撃でほろよいハニーの敵対心はゼラからバルディに移る。バルディは、横跳びしながら矢を放ち続けるが、ひらりふわりとかわすほろよいハニーとの距離は眼前まで迫って来ていた。
――ザンッ!
死を覚悟して目を閉じたバルディの耳に聞こえる斬撃音。
不思議と痛みは感じなかった。
恐る恐る目を開けると、そこにいたのは淡い月明かりに印象的な赤い瞳が目を惹く、ゼラだった。
ゼラは、穏やかな笑みを浮かべてバルディに問う。
「怪我はないですか、バルディさん」
「ごめん、ありがとう」
バルディが辺りに目を向けると、気づけば戦闘は終わっていた。辺り一面、ドロップアイテムが光り輝いている。
ミミリたちは、
・ほろよいハニーの針
・ほろよいハニーの小瓶
を手に入れた。
「お疲れ様です! バルディさんっ! 一緒に拾ってくださーい!」
「頼んだわよ、バルディ。私は触れたくないから。オエエッ」
護衛という名目でついてきたものの、全くと言っていいほどパーティーに貢献できていないバルディ。それでもミミリたちの態度は変わらなかった。
……役立たずの護衛でも、普段どおりに接してくれるんだな。
「もちろん、お安い御用だ! 任せてくれッ! あ、あれ……?」
バルディは一間置いて、二度見する。
「……あれは……」
バルディは、ミミリたちに手を振ろうとして、ふと視界に入った夜空に目を奪われた。
雲一つない月明かりが綺麗な夜空に、垂直に揺らぐ一筋の光。それは、普段なら見過ごしてしまうだろう、偶然の出会い。
今までも当然あったのだろうが、危険な夜の森で空を仰ぎ見ることなど滅多にないために、気にもとめていなかっただけなんだろうと理解する。
「みんな見てくれ! あそこ! 揺らいでないか!」
「ほんとだ! バルディさんすごーい!」
「やるわね、バルディ!」
「……うん。いいな、冒険って」
気づけばバルディは、すっかり夜の森の冒険を楽しんでいた。
ミミリだって、やるときはやるんです。
という思いがあって書いたお話です。
書きたかったシーンは、ほろよいハニーとの戦闘。
ミミリは錬成アイテムを使うでもなく、雷のロッドで
「えーい!」と勇敢に闘ってみせました。
第1章の序盤では、川向こうの森が怖いといっていたミミリですが、今からするとそんなミミリが懐かしく感じるほどです。本当に成長してくれました。
次話は明日の投稿を予定しています。
よろしくお願いいたします。
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うさみち




