3-11 ゼラ
「あのさ」
「うん」
――シャアアァァァ……
優しさを帯びて水面に落ちゆく噴水の音を背で聴きながら、ミミリもゼラも、そしてうさみも。互いの顔は見ずに、アザレアの石壁に沈む夕陽に目を細めている。
「心配してくれているのに、急に飛び出してゴメン」
「いいの。ゼラくんが無事なら、それで」
「ただ、少しだけ1人になりたかったんだ」
「その気持ち、わかるわ」
3人が座る目の前を、ピィー! と耳障りが良い鳴き声を上げながら、3羽の小さな鳥が飛んでいった。空で時折身を添わせて飛ぶ姿に、ふと自分たちのようだな、とミミリは思う。
「あのさ! 街役場の脇の道を少し行ったところに、昨日チョコレートクッキーをくれたおばさんのお店があったんだ」
「そうなんだね、また会えたんだねぇ」
「俺の表情を見てなのか、何も言わずにお店の中に入れてくれて、お茶を淹れてくれて、また、クッキーをくれたんだ」
「ふふ。うらやましいなぁ」
「焼き立てで美味しかったんだ。今度ミミリとうさみも……」
「お父さん、抱っこして〜! ぼく、歩くの疲れちゃった」
「あらまぁ、この子ったら」
「仕方ないな、いくぞ、それっ!」
「わ〜い! 抱っこよりたかーい!」
目の前を楽しげに通り過ぎて行く一組の家族。まだ幼い男の子は、父親の肩車で大はしゃぎしている。母親が抱える紙袋から顔を覗かせるバケットは、明日の朝ごはんだろうか、ミミリはふとそんなことを思いながら、微笑ましい家族につい目を奪われてしまう。
「……俺の母さんもさ、よくクッキーを焼いてくれたんだ」
「そうなんだね。羨ましいなぁ」
「父さんも、よく、肩車してくれたんだ」
「そっかぁ。素敵なお父さんだね」
ミミリの膝に座るうさみは思わず振り返ってみるも、予想に反してミミリの表情が穏やかなのでほっと胸を撫で下ろした。
「あの特等依頼のモンスターさ」
「うん」
「……親の、仇なんだ……」
――シャアアアァァァ!
ーーぽたっ
ーーーーぽたっ
変わらず水受けに降り注ぐ噴水の水の音に、新たな雫の音が加わった。
「そう……、なんだね……。ゼラくん、つらかっ……」
「ほんとよ。ほんとにほんとよ。なんて言っ……」
「大丈夫なんだ、俺は。今もこうして、ミミリとうさみがいてくれるから」
大丈夫、と言うゼラの横顔は言葉のとおり穏やかに見えた。しかしそれは、ゼラを顔を染める、あの夕陽のせいかもしれない。
「うっうっ。ううう〜」
堪えきれずに鳴くミミリとうさみの涙を、ゼラは優しく指で拭った。
「可愛い顔が台無しだぞ、2人とも。なーんてな。泣き顔も十分、可愛いよ」
「ゼラ! この、コシヌカシのスケコマシ〜! ついでにえーとえーと、あと何だったかしら。ミミリ、私の代わりに言っちゃって! ううう〜」
「ひっく、ひっく。えーっと、えーっと、ゼラくんの、すけこまし〜?」
「ええーっ! ミミリまで⁉︎」
ゼラは少し間を開けて、いつも以上に優しい口調で、そして真心を、言葉に乗せる。
「ミミリ、うさみ。いつもありがとう。こんな俺のそばにいてくれて」
「ううっ、もう、我慢できない」
「私もよ、ミミりーん」
「ゼラくーん!」
「ゼラー!」
ミミリとうさみは、ゼラの胸に飛び込んだ。
泣きながら、もうどこにも行かないで、と言わんばかりにぎゅう〜っとしがみつく。
「ありがとうな、2人とも。すっごく、すっごく嬉しいよ。でもこれじゃ本当のスケ……」
ゼラはしがみいて離れない2人の頭を優しく撫でながら、言い切る前に言葉を止めた。
「……あの、いつから見てたんですか?」
「なんて可愛い顔なんだ2人とも! って、たぶらかすところからかな?」
「ち、ちが……」
「え? 可愛くないっていうの、ゼラ?」
「いや、そうじゃなくって!」
知らぬ間に自分たちを見守っていたコブシとバルディの視線に気がついたゼラは慌てて言葉を止めて見たものの、やはり手遅れだった。
コブシは両腕を組んでからかってくるし、バルディはやはり啜り泣いている。
きっと、「いつも俺のそばにいてくれてありがとう」という言葉も聞いていたに違いない、と考えたゼラは顔も身体も、全身が沸騰したかのように瞬時に熱くなった。
「あー、俺、ダメだ。もう、ダメだ」
「そんなこと言わないで、ゼラくん」
コブシとバルディがいることに1人だけ気がついていないミミリは、ゼラに抱きつく腕の力をもっと強めて、更にぎゅ〜っとしがみつく。
「あ、あのさ、ミミリ。嬉しいけど、その、ホラ、後ろ」
「――! ひゃあっ! コブシさんにバルディさん! いつからそこに」
ミミリは驚いた拍子にうさみのように跳び上がってゼラから離れた。それを見たバルディはにこりと微笑んでいる。しかし、ゼラに向ける視線は冷ややかな気がする。
……嫌な予感がする。
――ゼラは、気がついていた。
ミミリが更にゼラに強くしがみつくのを見たバルディが途端に啜り泣きを止め、眼圧強めにゼラを見ていたことを。
ゼラは今までに、うさみにポチ、それにアルヒからも同じような視線を幾度となく浴びてきた。保護者からの強い視線を。
「ミミリちゃん、うさみちゃん、それにゼラ。夜寝るときにはな、お互いの部屋の鍵を絶対にかけて寝るんだぞ。俺と、約束してくれるよな?」
「あら、バルディは心配性ね? 大丈夫、ミミリは私が守るから」
「いや、うさみちゃん。俺は、君も心配なんだ」
「あら? 悪い気はしないわね。わかったわ。必ず鍵はかけるから」
「そうしてくれ」
ゼラの嫌な予感は、当たっていた。
ここ、アザレアでも、たった2日目にしてミミリを狙う『スケコマシ』認定されてしまったのだ。
ガックリと肩を落とすゼラに、追い討ちをかけるかの如く不運が襲う。それはミミリの、次の一言。
「任せて! ゼラくんのことは私が守るからッ!」
むんっ! と息巻くミミリに、コブシは思わず心の声が口をついて出てしまう。それは、「審判の関所」で繰り返し聞いた、あの言葉。
「……ゼラ、なんて憐れな弟分」
ゼラは大きくため息をついて、すっかり暮れた夜空を見上げた。
……まるで俺みたいだな。前途多難、真っ暗だ……。
更には、これでもかと、【マジックバッグ】のしゃがれ声が頭の中に響いてくる。
……傑作ダナァ、相棒(仮)
「うるせえよ……」
ゼラの呟きでこの後また一波乱あるのは、いつもの話だ。
◆ ◆ ◆
騒がせたお詫びにと、ゼラが工房にて得意のはちみつパンケーキを振る舞うこととなり、コブシとバルディも是非にとお呼ばれされた。
コブシとバルディは駆け足で準備に向かうミミリたちに配慮して、できるだけゆっくり、すぐそこに見える工房へ向かっていくところ。
暑かった気温も嘘のようにすっかり冷えて、夜空には輝く星が見えている。
澄んだ空気をすうっと大きく吸い込んでから、コブシは重たい口をゆっくり開いた。
「……親の、仇だってな、あの年で。どうりで重たいもん背負ってるような顔してると思ったよ」
「ミミリちゃんって、不思議な子ですよね。まさか、見抜かれるとは。まぁ、本人はそんなつもりもなく言ったのでしょうし、俺もゼラの話を偶然盗み聞いてしまったからわかった、結果論ですけれど」
「ボードの前で言ってた、お前とゼラが似てるってヤツか」
「はい……」
バルディは歩みを止めて、俯きざまに奥歯を噛み締めた。歯軋りの音が、ギリギリと夜の街に重たく響く。コブシはバルディの肩を少し力強めに叩いて、行き場のない心を受け止めた。
「あの子たちにはお前がついているし、お前には俺たち冒険者ギルドのみんながついてる。でも、なるべくなら俺たちで討とう。ゼラの仇も、お前の仇も」
「……はい」
「コブシさーん、バルディさーん! コーヒーがいいですか、それともホットミンティーがいいですか〜?」
明かりがついた工房の入り口から、ミミリが手を振りながらこちらへ向かって呼びかけている。
「行こう、バルディ。あの子たちが待ってる」
「はい、コブシさん」
バルディは顔を上げて、背を押すコブシとともに歩み始めた。
「ミミリちゃーん! ホットミンティーって一体なんだ〜?」
「「エェ〜⁉︎」」
コブシの質問に、ミミリの声に重ねてうさみの声も乗せられている。バルディはミミリとうさみの息の合った声にクスリと笑ってから、そうだ、と大きな声を上げてコブシを驚かせた。
「どうした、バルディ」
「俺、うさみちゃんを抱っこさせてもらいたくて」
「……やっぱりお前、ゼラに似てるよ。それはホラ、スケコマシってやつだ」
「えぇ……、それはちょっと」
「ハハハ!」
豪快なコブシの笑い声が、アザレアの夜街に響き渡った。
ゼラの心に触れる話、はここで一旦おしまいです。
これからも、ゼラを暖かく見守ってくださいますようお願いいたします。
次話は明日の投稿を予定しています。
よろしくお願いいたします。
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うさみち




