3-9 「特等依頼」
たくさんの先輩冒険者に囲まれて質問攻めにされた後、ローデに連れられてやってきたのは、冒険者登録窓口。
カウンター越しに眩しい笑顔を向けてくれたのは、ギルド職員だった。
「ローデさん、お疲れ様です。その子たちが例の新規登録希望の方ですね」
「はい。よろしくお願いいたします」
長い赤髪を後ろで編んで、髪先は片肩から胸の前へゆるりと流す、ローデより少し年下の女性。白のブラウスの一番上のボタンは留めずに、フレームのない眼鏡を引っ掛けていた。
褐色の肌、深く落ち着いた緑色の瞳。彼女は、小さな魔法使いに興味津々の視線を向けて、明るくニコッと微笑んだ。
ミミリは、どこかで見たことのある彼女の容姿を、ある人物と重ねているところ。
……このお姉さん、もしかして――
「うさみちゃん。さっきは兄を治療してくれてありがとうございました。私はデイジー。よろしくお願いします」
――やっぱり、コブシさんに似てたんだ。
振り返れば、コブシがこちらへ、「妹をヨロシク」、と言わんばかりに手を振っている。
「気にしないでちょうだい。コブシは昨日、モンスターを倒すために広場へ助っ人に駆けつけてくれたから、そのお礼よん。……勇敢で、素敵なお兄さんね」
ミミリに抱かれながら、少し勝ち気でいて優しい言葉を、デイジーに返すうさみ。
「――!」
デイジーは、ギュッと両手で胸元を押さえて、苦しそうにローデを見た。心配そうにデイジーを見ているミミリたちをよそに、ローデの凛とした笑みは変わらない。
「ロッ、ローデさ〜ん」
「はい」
「うさみちゃん、めちゃくちゃ可愛いです。私、胸をワシッとつかまれました!」
「……うん、褒めてくれて嬉しいけど、貴方の胸をつかんでるのは、私じゃなくて貴方自身だけどね?」
「ツンデレっぽいところも、たまりません! うさみちゃん、後で抱っこさせてくださいね!」
「それは私も是非お願いしたいです。勤務時間外に、抱っこさせてください」
デイジーもローデもうさみのファンになったようだった。ミミリは大好きなうさみを大事に思ってもらえて嬉しいものの、ちょっぴり嫉妬もしてしまう。
……一番の仲良しは、私がいいなぁ。
ミミリの少し膨らんだ頬を見て、ゼラは優しくミミリの頭を撫でるのだった。
◆ ◆ ◆
ローデはデイジーに後を任せ、お先に失礼します、と帰っていった。全て1人で抱え込まず、振れる仕事は人に振ることも、彼女が有能秘書たる所以。
ミミリは憧れのローデがいなくなってしまい残念に思うも、これから始まる「冒険者登録」に、いわゆる冒険者らしさを感じているため、期待感で残念な気持ちはすぐに上書きされた。
「この用紙の太枠の中を全て記入してくださいね! 下の細枠はこちらの処理欄なので、お気になさらず。書き終わったら、持ってきてくださいね!」
デイジーから必要書類を手渡され記載台に異動したミミリは、用紙の記入を求められると、どうしてもある場面を思い出してしまう。
「なんだか、『審判の関所』の入学テストを思い出すね!」
「今日は落書きするなよな、うさみ?」
「失敬ね。落書きじゃなくて『画伯の遊び心』、とでも言ってちょうだい? それに今日はミミリが私の分も書いてくれるから大丈夫なのよん」
楽しい雑談を楽しんではいるものの、ところどころで「う〜ん」と唸り、手を止めながら書き進めていった。
『身分証発行申請書
名前(年齢)性別:ミミリ(13)女性
誕生日:2月14日
出身地:
現在の居住区(定住地がない場合はその理由 例:冒険者のため):アザレア内の工房
職業:見習い錬金術士』
『冒険者登録申請書
冒険者の名前:ミミリ
冒険者の職業:見習い錬金術士
所属パーティー:ミミうさ探検隊』
「う〜ん、出身地、なんて書いたらいいんだろう」
「わからないものはわからないし、雰囲気でいきましょ。ゼラはできた?」
「ん? ……あ、ああ。俺、先にデイジーさんに出してくるな」
うさみはゼラの用紙を何の気なしに見ようと思ったが、ゼラはサッと用紙を持って記載台を後にした。
「よし! 出身地には、『アルヒの家』って書いてみたよ。嘘じゃないから、これでいっか! 私たちも出しに行こ、うさみ」
「そうね……」
少し、上の空で答えるうさみ。
……ゼラはやっぱり、触れられたくない過去があるのね。
心の中は、ゼラへの心配でいっぱいだった。
◆ ◆ ◆
「ご提出ありがとうございます。これで受付は完了です! 申し訳ないのですが、人手不足で、発行まで1週間程度お時間をいただいています」
「大丈夫です! ……けど、人手不足なんですか?」
「そうなんです。最近、ますますモンスターが出現するようになってしまって。おかげでうちの兄は冒険者暇なし! っていう贅沢な悩みを抱えているんです。よかったら参考までに『ご依頼ボード』を見て行ってくださいね!」
先程まで一緒にいたはずのバルディは、気づけばご依頼ボードの前でコブシと話し込んでいた。
「申請終わったんだな! こっちこっち!」
「なんだバルディ、先輩風吹かせちまって」
「か、からかわないでくださいよ、コブシさん!」
「ふふふ。なんだか、バルディさんってゼラくんと似てますね」
「「え……?」」
お互いに顔を見合わせるゼラとバルディを背にして、ミミリは壁面の一角を利用した大きなご依頼ボードに貼られたたくさんの依頼書に目を奪われた。
薬草の採集に、モンスターの討伐、調達依頼まで。次々と心移りしてしまうほどの依頼書の多様さに、ミミリの胸のときめきは止まらない。
「すごいね、うさみ。いっぱいあるねぇ」
「本当ね。でもこんなにあると、どの依頼を初めに受けるべきか、悩んでしまうわね」
ミミリたちが依頼書に釘付けになっている間にも、依頼書をボードから剥がし、『依頼受注窓口』へ持っていく冒険者たち。依頼書を剥がしながらミミリとうさみにウインクをするお茶目な男性もいた。依頼書のように冒険者も多様なのだと、ミミリは思う。
「お礼ってわけじゃないけど、依頼の受注の仕方、教えるよ。本来は冒険者登録が済んだ後に、うちの妹から説明を受けるはずだけど。ミミリちゃんたち、待ちきれないって顔してるからさ」
「いいんですか? よろしくお願いします!」
「もちろん! まず、冒険者に等級があるように、依頼書にも等級がある。一枚、例に挙げて見てみるか」
『【討伐依頼(常設)】
パーティーの平均冒険者等級:D級
《討伐対象モンスター》
ほろよいハニー 3体
《モンスターの特徴》
機嫌が悪いと見境なく襲ってくる蜂。
ハチミツの入った小瓶を持ってふらりふらりと飛んでいる様から、ほろよいハニーと名付けられた。
《出現エリア》
アザレアの森
《依頼達成報酬》
30,000エニー』
「この依頼書のとおり、依頼には「常設」もあれば「特設」もある。ほろよいハニーなんか、よく出没するから常設だな。だから、依頼達成期限なんかもない。その分、達成報酬も低めだったりするわけだ」
「なるほどね。であれば「特設」は出没が稀なモンスターだし、危険だから期限もある。その分、達成報酬ははずむ、ってことかしら」
「さすが、魔法使いのうさみちゃん!」
ミミリは例に漏れず、ふんふん、と言いながらメモを取っている。
「ちなみに、「特設」の上は「特等」って言って、今あるこの「特等依頼」も、モンスターの目撃情報だけで報酬が出るくらいのすごい……」
「……見つ……、けた……」
ゼラは、ご依頼ボードの一番上、一際目立つ場所に貼られた「特等依頼」を見て、半ば放心状態で呟いた。
そうかと思えば、いきなりコブシを軽く突き飛ばしーー、
「ちょっ、オイ! ゼラ!」
「ゼ、ゼラくん?」
ーー「特等依頼」を強引にむしり取ってから、『冒険者登録窓口』のカウンターへ、ダァン! と両手をついてデイジーに迫った。
「デイジーさん、この依頼、どうやったら受けられますか⁉︎」
いつもは、コシヌカシやらスケコマシ、最近では伝説の暴漢とまで呼ばれるゼラですが、今日のゼラは真剣そのもの。
ここから数話かけて、ゼラの心に触れていきます。
次話は明日の投稿を予定しています。
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うさみち




