1-40 雷様の、加護と一撃
「ふふふ、ふわっふわ〜!」
ミミリはアルヒの膝でふにゃりと顔を埋めた雷竜を抱き上げ、ふわふわで黄色い背中の毛に顔を埋めた。
雷竜もミミリに抱かれることが満更でもないようで、上機嫌に喉をゴロゴロと鳴らしている。
ふと、お腹の毛はどうなっているんだろうと気になって、ミミリは雷竜の前足の付け根の下に手を入れてくいっと上へ持ち上げた。
「おおおおお……何をするのじゃ小娘!」
雷竜は小脇を抱え上げられ、身体はダランと長くなり、無防備なお腹を露わにする。ドラゴンの姿と同じでお腹の毛は灰白色をしていた。
「ふふふ。お腹の毛も可愛い〜!」
ミミリはおもむろに灰白色に顔を埋めようとしたが、すかさずゼラがミミリから雷竜を奪い取った。
「あぁっ! ゼラくんずるーい!」
ゼラと雷竜は無言で睨み合う。
お互いの心の声は、なんとなく分かり合える気がした。
……なんじゃ小童。男の嫉妬は見苦しいぞ。
……なんだよ嫉妬って。お前こそ、本当はドラゴンのクセに猫被りやがって。
「――‼︎」
ゼラと雷竜は終始無言で、しかし、心の中で罵り合った。2人の間には、火花が散って見えるよう。
しかしミミリにはそうは見えなかったようで。
「見つめ合うくらい仲良しなら、邪魔しちゃダメだね」
と言ってクスリと笑った。
「ーー‼︎」
……お前のせいで〜‼︎
心の中の言い争いは未だ続く。
うさみはそんな2人をチラッと見て、大きくため息を吐いたのちに、
「放っときましょ」
と呆れ顔で見限った。
「それで……これからのことだけれど」
仕切り直してうさみは言う。
この部屋に来て、いくつかのことがわかった。一番大きな収穫は、アルヒたちのご主人様のスズツリー=ソウタの失踪経緯が垣間見えたこと。
失踪した理由まではわからなかったが、少なくともアルヒたちに愛想を尽かして出て行ったわけではなかった。これは非常に大きな収穫だ。
これがわかっただけでも、アルヒの胸につかえた大きな心の重石が小さくなるには充分だった。アルヒたちを大事に思っているからこそ、雷竜に後を任せて行ったのだから。
「私はね、もっともっと努力しなきゃなって思ったよ。ソウタさん、努力を重ねて錬金術を磨いていったってこと、よくわかったから。あとね、ソウタさんが今も困っているなら、助けてあげたい」
ミミリの胸中は確固たる決意で満ち溢れている。それはうさみも同じだった。
「私も同感。なんかすごく訳アリっぽいじゃない。もともと、私の旅の理由はアルヒたちのご主人様を探すことでもあったしね。その理由が更に深まっただけ! だから、やることは変わらないわ」
「ありがとうございます。心から、感謝申し上げます」
「俺も忘れないでくれよな」
ゼラも遅れながら名乗りを上げた。
そして。
「わしも力を貸してやろう」
雷竜はブルンと身を捩って、ゼラの手から離れて落ちた。雷竜はスタッと地に四肢をつき、しなやかに背中を反って首を軽く上げる。
「ソータは訳もなくわしに一服盛るようなヤツではない。ソータが待ち受ける日の脅威から、おそらくわしを遠ざけようとしたんじゃろう。不器用なヤツよ。直接会ってお灸を据えてやらんとの」
「でも、その来たる日の脅威からアルヒたちを守りたいんだったら、アルヒたちにも一服盛ってもおかしくなさそうなのにね」
うさみの疑問にはアルヒが答えた。
「私もポチも忠誠心が強いと自負しています。ご主人様の指示なしに、勝手な行動はしないと考えられたのでしょう。そういえば……」
「そういえば?」
「いなくなる、少し前の出来事でした。家の周りに流れる川に、モンスターが忌避する成分を付与してくださったのは」
「……大賢者の涙」
「そのとおりです。ミミリ」
「ご主人様は、この川で少しは安心できるな、と仰っていましたが、まさかその後いなくなるとは私は夢にも思いませんでしたけれど」
ゼラはこれまでの話を踏まえて、そうか、と言って腕組みをした。
「そうか、って何よゼラ」
「一つの可能性なんだけどさ、やっぱり山陵の向こう側なんじゃないのかな。ソウタさんが向かった場所は」
「何でそう思うの?」
「だってさ、アルヒさんはこの山陵を越えられないように作られてるだろ? 多分、100年で全部終わらせる気だったんだろうな。たった1人で。万一の保険として雷竜に後を託していったんだろうけど。もっと言えば、100年はかかると踏んでたんだろうな。雷竜が途中で目が覚めないための保険として一服盛ったんだろうから」
「ん〜。わかりそうでわからないわ。つまりゼラが言いたいのは」
うさみは自身の推測も含めながら、ゼラの推理を捕捉する。
「アルヒが山陵を越えられないようにしたのは、忠誠心の強いアルヒが着いてくることで怪我をさせないため。薬を盛ったのは雷竜を守るため。そして、100年で帰れない可能性を踏まえてアルヒたちのことを頼んだと雷竜に言ったのね。でも、雷竜のいない100年間、アルヒたち、危険じゃない?」
「アルヒさんは強いだろ? 雷竜の目が覚めない期間でも乗り越えられると踏んだんだろ。活動範囲に制限があるからこそ、山陵の中で強い力を発揮できる、でしたっけ」
「ええ、そのとおりです。ゼラ」
「そして更なる保険として、川に大賢者の涙の成分を付与した、と。ますます、山陵の向こう側へ向かった可能性が高いな。その来たる日の脅威が山陵の範囲内で起こるなら、側を離れず守っただろうから」
ここまで話してうさみは呆れ気味にクスリと笑う。
「保険だらけね。活動範囲の制限、大賢者の涙、雷竜。どこまで過保護なのかしらね」
「アルヒたちは、大事にされていたんだね」
ミミリのふんわりとした声掛けに、アルヒは涙を浮かべた微笑みで返事を返す。
うさみは、ソウタがアルヒたちを心から想っていたことは十二分にわかったが、それでもあのことに対しては文句を言わざるを得ない。
「でも、100年くらい帰れない可能性があるなら、アルヒの生命活動を維持する錬成アイテム、【アンティーク・オイル】も充分な量を置いていって欲しかったものだけど」
「それは、心無い者に盗まれてしまいましたから。……容易に作れないほど、錬金素材アイテムが希少で錬成が難しいと仰っていました」
「なるほどね……、でもアルヒたちから盗むだなんて、身の程知らずなヤツね」
アルヒは、うさみの言葉で睫毛を濡らす。
「気心知れた、仲だと思っていたのです……」
「そう、なのね……」
「まぁ、わしが目覚めたからには安心せい」
「……なによ、カッコいいじゃない、雷竜」
うさみの褒め言葉に、雷竜はフン!と照れ隠しに顔を背けた。
「雷様、一緒に来てくれるってこと?」
ミミリは嬉しそうに可愛らしい猫を見つめるが、雷竜は更に照れて最早顔をミミリに向けられなくなり、横目でチラリとミミリを見るだけで精一杯だった。
「小娘に喜んでもらえるのは嬉しいんじゃがの、わしはわしで行動しようと思う。長く生きた分古い付き合いも多いからの。ツテを頼りに探ってみよう。時折落ち合い、情報交換しようではないか」
「ありがとう、雷様。心強いよ。……でも、お互いの居場所、わかるかな?」
ミミリの疑問に、雷竜は行動で答える。
「小娘、手を」
ミミリは雷竜に言われるがまま、膝をついて右手を差し出した。雷竜は2本の前足をミミリの右手に添え、額も添わせて言葉を紡ぐ。
雷竜の額から、雷電石のような眩い光が放たれ始め、紡がれた言葉は可視化され、宙へ黄金色で綴られていった。
『我、雷竜は、汝ミミリと共に在る。我は汝の鉾となり、また苦境を打ち破る一矢となろう。そして常に盾となる。授けよう、〜雷神の加護〜』
ーーーーキィィィン!
宙に綴られた黄金色の光は音となって、ミミリの右手に集約された。
……チャリ
ミミリの右手首には、華奢な黄金色のブレスレットと小さな紅い猫のチャーム。
綴られた雷神の加護は、アクセサリーとなってミミリの手首に収まった。
「わあぁ、可愛い。ありがとう」
「わしは常に猫やドラゴンの姿をしているとは言えんからの。姿形はその場に応じて臨機応変に、じゃ。居場所の把握や姿形の相違の問題を解決する意味でもそのアクセサリーは役立つはずじゃ」
「すごい! ありがとう!」
ゼラはアクセサリーを見て、雷竜に視線とともに心の声を送った。察した雷竜は、すぐに応戦する。
……なんでチャームがドラゴンじゃなくて猫なんだよ。また、猫被りやがって。
……なんじゃと、小童。これに関しては同意を得られると思ったんじゃがの。想像してみい。小娘が紅いドラゴンのチャームを身につけているところを。見知らぬ奴から、不良娘だと目をつけられ、いらんちょっかいを出されてもいいと申すか。
「そういうことなら。細やかな配慮だと思うよ」
「じゃろ、小童よ」
2人だけの世界。
うさみは2人の世界に対しては、残念ながらしっぽが少しも震えなかった。
「喜ぶのはまだ早い。小娘に相応しいこの部屋のアイテム、まだ手に入れておらんのじゃろ」
言って雷竜はスタスタと釜の横へ歩いてゆく。
「これじゃ」
雷竜の背景にあるもの。
それは、錬金釜の隣に立て掛けられた、木のロッドだった。
ミミリは、木のロッドを手に取ってみた。
先程は、錬金釜の陰に隠れてよくわからなかったが、手に取ってみて改めて細部まで認識した。木のロッドの上部には、雷電石のようなものが埋め込まれている。
触れればたちまち電撃を食らうだろう。それが想像できるほどに、パリパリと電力を放っているのが伝わってくる。
「こんなにすごいもの、もらっていいの?」
ミミリの問いに、ドラゴンは鼻高々に答えた。
「もちろんじゃ。まぁ、もとはソータにくれれてやったものじゃがな。既にヤツはそのロッドの更に高みにおったから、無用の長物となったわけじゃ。じゃから、遠慮なく使うがよい」
ミミリは新しいロッド、もとい、雷様がくれた雷のロッドに使用者登録を行う。
雷のロッドに語りかけ、認められれば唯一無二の主人となることができる、錬金術士特有の使用者登録だ。
ミミリは目を閉じて、心の中で雷のロッドに話しかけた。
……私はミミリ。見習い錬金術士だよ。頼りないかもしれないけど、これから一緒に冒険をしてくれるかな。
……『ミミリ、ヨロシク』
「認めてもらえたみたい。ありがとう、雷様」
ミミリはニコリと、笑顔で感謝の気持ちを述べた。
ーーーー場面は拠点へ。
ミミリたちと雷竜は、この地下空洞の最初の場所へと戻ってきた。
当初の目的であった、ゼラの雷属性の習得も、ミミリの雷電石の入手も無事に達成したため、ここで暮らす必要がなくなったということだ。
ゼラは、もう一度あの長い長い、暗闇の階段を通らねばならないかと思うと、手足が震えて胸焼けを起こしていた。額からは、冷や汗をじんわりかいている。
「ゼラくん。大丈夫……?」
ミミリの心配に虚勢を張る余裕もなく、ゼラは素直に不安な胸の内を曝け出した。
「ごめん。乗り越えなきゃいけないのはわかってるんだ。アルヒさんだって、緑の扉を乗り越えた。俺も頑張らなきゃとは思うんだ。ただ……」
ゼラのただならぬ様子が全員心配でならない中、1匹だけはあっけらかんとしていた。
「なんじゃ、小童。階段が苦手なのか。どれ、わしが手を貸してやろう。少しばかり、いや、失神するほどには痛いがの。我慢するんじゃぞ」
言って雷竜は、黄色い毛を故意に逆立てた。
「ーーまさか‼︎」
ーービリィッ!
ゼラが身構えようと思った時にはすでに遅かった。圧倒的な電力が、ゼラの全身を容赦なく襲った。
ゼラは咄嗟に目を瞑る。瞼越しの鮮烈な光。そして痛いという感情は置き去りに、無数の針に突き刺されるような鋭い衝撃が走った。
「うそ……だろ……」
雷属性を習得したとはいえ、その頂点にいる絶対的強者の一撃には太刀打ちできなかった。
ゼラは眩い光に導かれるまま、意識を光の中へ落としていった。
残すところあと数話で1章完結となります。
1-42で完結となる予定でしたが、幕間や回想も含めると残り4話となります。
そこで皆様にご報告ですが、1章の回想を終えた際一度完結設定させていただきます。
現在、2章執筆中なので連載再開予定なのですが、1週間程度のお休みをいただき、2章に向けてのチャージ期間&1章の改稿に充てる期間とさせていただきたいです。
ちなみに、回想の語り手はうさみです。
新たな視点でお楽しみいただけるお話となっていると思います。今しばらくお待ちください。
そして!2章もお楽しみいただけるよう、鋭意執筆中です。よろしくお願いいたします。
次話は明日の投稿を予定しています。
よろしくお願いいたします。
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最後までお読みくださりありがとうございました。
続きを読みたいな、と思ってくださった方がいらっしゃいましたら、是非、ブックマークと☆☆☆☆☆にて評価をお願いいたします。
執筆活動の励みにさせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
うさみち




