1-34 いくつかの変化
あれから、おそらく2週間程度経過した。
いや、もう少し経っているのかもしれない。
ゼラの回復は、意外にも早かった。
この地下空洞へ辿り着いた日、睡眠をとったその後には、属性習得のための鍛錬を開始することができるほど。
ゼラは今、アルヒに見守られながら瞑想をしている。
目を閉じて、胡座をかいて、その上にはゆるりと腕を置いて。
雷という属性を、身体で感じる静寂な鍛錬。
感覚を研ぎ澄ませて雷を感じ、雷を理解して、自身を雷たらしめる、その練習。
ちなみに、この鍛錬は単なるウォーミングアップだ。
熱血指導のアルヒ女教師の荒療治はこの程度では収まらない。
いつもの修行の流れでいうと、このあとゼラは失神する。
この地下空洞の壁面の全てを覆っている雷電石を素肌で触ることによって。
手で触るだけならまだいいほうだ。
修行を始めた当初は指先が触れただけで卒倒していたが、鍛錬を開始した数日後から両の手のひらを。
それすら未だに失神するというのに、数日前あたりから加熱した熱血女教師の猛特訓。
それは、獅子が我が子を千尋の谷に落とすように。
アルヒによる背中の一押しで、ゼラは身体の前面をびたーんと打ちつけ、途端の眩い雷光ともに、意識だけでなく記憶も失いかけた。
まさに、属性習得に投じる身。
雷との親和性が高まれば、剣技に雷の属性を乗せることができるのだと、アルヒは言う。
感電少年(仮)は、これからの鍛錬に対する恐怖心をひたかくしにしながら、ウォーミングアップである瞑想に集中している。
ゼラの鍛錬を主軸とし、壁一面が雷電石で覆われたこの空間で過ごした2週間余りは、ミミリたちにいくつかの変化をもたらした。
まず、一つ目は。
「うぅぅ、今日も髪がボワってする……。身体中が電気になったみたいだよ……」
「私なんてもっと大変よ! 歩く度に、私のふわっふわの毛と毛が擦れて、どんどん帯電してくんだから!」
うさみの柔らかいふわふわの毛は、まとまりもなく膨張して、なにか別の種類のぬいぐるみになったようだ。
「ふふふ、ほんとだねぇ。うさみが一番大変だよね」
ミミリは踏み台に登って、釜に入った雷電石を、ゴリゴリと木のロッドで押しつぶしながら、別の生き物のようになったうさみを笑いながら見ている。
……『海の生き物図鑑』か何かで見たような。ハリセン……なんだっけ。
ミミリはそんなことを考えながらも、もちろん手には【絶縁の軍手】をしっかりとはめて。
もし、軍手なしに雷電石を押しつぶしようものなら、その拍子に散る火花と電撃で、ミミリも感電少年(仮)のように卒倒していたに違いない。
……ただ、この軍手は、万能なようで至らない。
ミミリの足に、纏わりつく若草色のワンピース。ミミリはこの感覚がとてつもなく嫌だ。
この軍手は、はめた部分しか絶縁しない。
それは、当然といえば当然なのだが。
「ひぇぇ。またくっついたよ、ペタンと張り付いてやなんだよね」
うさみはしょうがないわね、と言ってミミリの膝まわりに張り付いたスカートを剥がしてやろうと手を伸ばし触れようとする。
その瞬間。
「……あっ! ダメ! うさみ‼︎」
……バチィッ‼︎
「んぎゃあぁー‼︎」
「痛っ‼︎」
パリッと、鋭い電気が走った。
うさみは後ろ手をついてミミリのほうへ両足を投げ出し、ペタンと座り込む。
「忘れてた……ゴメン、ミミリ」
「いいのいいの。私たち、もう何回目かわからないくらいだもんね」
「ほんとよねぇ」
ミミリとうさみは呆れ顔で笑い合う。
……そう、1つ目の変化は。
ミミリたちは、「静電気製造マシーン」になってしまった。
といっても、ミミリたちは意図しない限り壁に近づかないよう、また、互いに距離をとって生活するよう心掛けている。
しかし、起き抜けの頭が働いていない時間帯や、今のように無意識的に接触してしまう時などは、手痛い洗礼を受けることがある。
一度、壁付近で静電気が起きてしまった時はそれはそれは大変だった。
静電気の青い火花が、壁一面の雷電石に誘電して、地下空洞一帯に鮮烈な火花が散って、まさにお祭り騒ぎになったのだ。
幸いにも、ミミリたちは一箇所に集まっていたために、うさみの保護魔法「守護神の庇護」にて避雷して、事なきを得たのだが。
一歩間違えれば、高電圧で卒倒するだけでは済まなかったかもしれない。
そして2つ目。
変化はゼラに訪れた。
それは、好ましいとは言えない変化。
ゼラの身体は、確実に重たくなった。
……これには、明確な理由がある。
この地下空洞は、壁一面の雷電石で常に明るいが、陽の光は一切入らないため、朝も昼も夜もない。
採集作業に向けて、常に万全なアイテムで充実の野営ライフを送ってきたミミリたちだが、珍しく時計を持ってくるのを忘れたため、時間の感覚が麻痺して一体今は何時なのかわからなくなってしまった。
そんな中、この地下空洞で頼れるものは、ある人物の腹時計のみ。
それは、ミミリのお腹のこと。
一同は、ミミリの腹時計に合わせて食事をしているが、おそらく一日3食ではない。
ミミリはお腹が空くと、率先してみんなの食事を用意する。
パンにスープに、サラダに肉に。焼き魚や、ドリンク、デザートまで。
アルヒやうさみは長年の慣れもあってミミリの食のスピードについていっているが、ゼラだけはなかなかついていけず、
「せっかくだけど、一食抜くよ」
と言うこともしばしばある。
しかしあまりにもミミリが残念そうな顔をするので、結局ゼラは料理に手を伸ばしてしまう。
結果、ゼラの身体は重たくなった。
アルヒとうさみは機械人形とぬいぐるみなのでともかくとして、ミミリの体重に変化がなさそうなので、ゼラは不思議で仕方なかった。
「そういえば……」
うさみは、再び釜と向き合い始めたミミリの背を見て、足を投げ出したままの状態で話しかける。
「若草色のワンピース、イメチェンしたのね? 少し丈をつめたのかしら。それともミミリが大きくなったの?」
うさみの指摘に、ミミリの背中はピーンと伸びる。
ミミリは、あはは……と笑いながら、うさみをチラリと見て、またうさみに背を向ける。
「そそそそそそうなんだよねぇ。イメチェンってやつかなぁ。あはは」
ミミリの返しに、うさみは「ふぅん」と一つ言い、続けて
「まったく、隠すの下手なんだから」
と小さく呟いた。
「えっ、なぁに?」
「なぁんでもないわよ〜。……それより、ミミリ。錬成もいいんだけどさ、そろそろ行っちゃう?」
うさみはミミリを見上げてニヤリと笑う。
ミミリも同じくうさみを見下ろし、
「いいねぇ、今釜に入ってる分の錬成が終わったら、そろそろ行っちゃおっか!」
とニヤリと笑い返した。
ミミリは、錬成したアイテムを回収し、【マジックバッグ】に収納した。
【雷電石の粉末 良質】
ミミリは次いで踏み台と釜を【マジックバッグ】にしまい、ゼラがまだ瞑想中でこちらを見ていないことを確認してから、若草色のワンピースを脱いで【白猫のセットアップワンピース】に急いで着替えた。静電気が起きない程度の、最高速度で。
「行こう、うさみ! 私たち、バチッとこないように距離をとってだけどね」
「そうね! 『ミミうさ探検隊』の出発ね!」
ミミリ隊長とうさみ副隊長は、力強い足取りで雷電石の地下空洞の探検を開始する。
木のロッドを片手に、自作の地図を小脇に抱えて。
……そう、3つ目は。
この地下空洞は、ミミリの内なる好奇心を加速させた。
ミミリは、大賢者の涙が流れる川を越えることを躊躇い、森に恐怖も感じていたというのに、採集活動を幾度か経た今。この不思議な眩い地下空洞の効果もあり、ミミリは冒険することに恐怖よりも好奇心を感じるようになった。
「この地下空洞の発見てさ、偶然の産物ってアルヒが言ってたじゃない? あれってどういうことだかアルヒに聞いた?」
「うん。この地下空洞の入り口の穴があった窪地に私たち違和感感じたでしょ? あれ、間違いじゃなかったみたい。……あ、行き止まり。×と」
ミミリは自作の地図に、×印を記した。
ミミリたちは、階段から降りた場所に居を構えている。広く平坦な面で、生活するのに都合がいいと感じたからだ。
それに、この地下空洞の全容が把握できていない中、イタズラに移動しすぎるのもよくない。なにか異変があったらすぐに階段から脱出できる場所であることも、あの場に居を構える重要な要素の一つなのだ。
この地下空洞の壁一面は雷電石で覆われ、側面から天井に向けて大きなアーチを描いている。足元は草一つ生えておらず、正方形の大きな灰色の石が敷き詰められて、まるで「整地」されたかのよう。
これが元々そうだったのか、それとも後天的になったのかは知らないが。
今ミミうさ探検隊がいるところは、拠点を現在地として考えた場合、地上への階段を背にした位置から見て、奥へと続く通路が5つあるうちの、左から3つめ。
左から順番に謎を解き明かそうとしているこの通路。
先日、1つめの通路を攻略しようと探検した日。
1つめの通路を突き進んでいったはずなのに、出口はなんと見慣れた拠点。振り返ると、2つ目の通路から出てきたことがわかった。
1つめの通路と2つ目の通路は繋がっていたのだ。
そして今。
3つ目の通路が行き止まりであることがわかったため、ミミリたちは踵を返して拠点に向かっている。
「……それでね、話の続きだけど。この地下空洞の上の窪地はね、もともと草木が生えてたんだって」
「やっぱりねぇ。無理矢理何かで抉られた感じしたもの」
うさみは腕を組み、うんうんと頷きながら、予想が当たっていたため誇らしげに小鼻を上げた。
「うん。私もそう思ったんだよね。それがね、ピギーウルフと戦闘しているときに、放った爆弾であぁなったみたい」
「はぁっ⁉︎ 爆弾であんなに地が抉れるもの⁇ ……まぁ、ミミリの【弾けたがりの爆弾】も巨木を薙ぎ倒したからなくはないんだろうけど」
うさみは驚いているが、ミミリは非常に冷静だ。
「私の【弾けたがりの爆弾】ではあそこまでの威力は出せないなぁ。でも、同じレシピでも作り手によって威力は変わるはずだから、もっと品質が良ければ可能性としてはあるのかも。それか、もっと高火力の何か別の爆弾か」
ミミリは錬金術士として錬成アイテムの分析をすればするほど、アルヒたちのご主人様の底知れない力に驚かされるばかりだ。
これが見習いと熟練の差なのか。それともご主人様が飛び抜けているだけなのか。
いずれにせよ、ミミリは力不足を痛感する。
「それにしても、あれよね……。例の錬金術士がいなくなって100年は経ったって言ってたけど、それだけ長い年月をかけても窪地に新たな生命の息吹が芽生えないなんて。よっぽど根こそぎ、圧倒的な火力で抉ったのね」
「……そうだねぇ」
どれくらいの火力ならば、あのように地を抉ることができるのか。今のミミリには、推測すらできない。
「なるほどね。それで、爆弾を放ってできた窪地で、偶然地下へ続く穴を見つけた、と」
「そういうことみたい」
ミミうさ探検隊は拠点へ戻ってきた。
「ーーえぇっ⁉︎」
そして、衝撃の場面を目撃する。
……この雷電石の地下空洞がもたらした、いくつかの変化の、締めくくり。
ゼラの身体を覆うのは、燃え盛る炎のように揺らめく金。
その輝く金色の中で、ゼラの赤い瞳は鮮烈に映えている。
何が起こったのか、それは、ゼラの口から明かされた。
「雷属性、習得できたみたいだ」
ゼラは、輝く雷電石の壁面を素手で触りながら、たじろくことなく、そう語った。
たった数日前は、それこそ、読んで字の如く血反吐を吐いていたというのに。
この変化は、ゼラに突然訪れた。
しかし、ゼラは至って冷静で。
ゼラは、属性の習得に嬉々するでもなく、習得できたことへの安堵の表情を浮かべていた。
物語を重ねるたびに、どんどん増えていくゼラのあだ名。最終的には何種類になるんでしょう。
次話は明日の投稿を予定しています。
よろしくお願いいたします。
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どうぞよろしくお願いいたします。
うさみち




