1-30 温厚なミミリが怒ったら
「……もう、ゼラくんなんて、知らないっ! 勝手に触らないで!」
ーーバタン‼︎
ミミリは怒って勢いよく家を飛び出した。
「……エッ、いきなりどうしたんだよ、ミミリ! ちょっと待ってくれ‼︎」
何が何だかわからず戸惑うゼラ。
突然急変した少女に驚くばかりで、ゼラは呆然とその場に立ち尽くした。
……一拍置いて、か弱い少女を追いかけねばとゼラが後を追おうとしたその時、アルヒはトンッとゼラの肩を叩いて、後を追うのをやめさせた。
アルヒはゼラをこの場へ残し、ミミリを追うため急いで外へと出て行った。
「ミミリが落ち着くまで、ゼラはミミリに顔を見せないようにしてください!」
と、意味深な言葉を残して。
「エェ……、顔も見たくないくらいなことを、気づかずに俺、やらかしちゃったのか……?」
ただならぬ事態に、クリーンルームから帰ってきたばかりで状況が掴めていないうさみも動揺を隠せない。
「ちょっとどうしたのよ、ゼラ。アンタ、ミミリに何やらかしたの? ……触らないでって言ってたけど、アンタまさか……」
「いや、絶対よからぬことを考えてるだろうけど、疑われるようなことは断じてしてない……はず!」
「……はずぅ⁉︎」
うさみは歯切れ悪いことこの上ないゼラをキッと睨みつけるが、ゼラはそんなことすら気にも留めないくらいに動揺していて、腕組みしながら、うぅ〜んと唸って考えている。
うさみはゼラの様子から、想像していた「よからぬこと」に関しては潔白であろうと推理して、落ち着いて思い返してみるよう、ゼラに着席を促した。
「……で? ミミリと何があったわけ?」
ゼラは記憶を辿りながら、ポツリポツリと経緯を話し始めた。
「……実は……」
ーーゼラの回想、半刻ほど前のこと。
「ふっふふ〜ん、ふふ〜ん」
ミミリは上機嫌で、錬成に勤しんでいた。
木のロッドでグルグル釜の中をかき混ぜて。
上機嫌なミミリの動きに合わせて、若草色のワンピースのスカートの裾はフワリと揺れる。
……ゼラはふと、ミミリが錬成するときに好んで着ている、若草色のワンピースに若干の違和感を感じたが、きっと気のせいだろうと思い直した。
今日のミミリは上機嫌なので見ていて楽しい。ゼラの小さな違和感はすぐにかき消された。
ゼラは自主練の最中だ。
合間にミミリを見るだけで、ついつられて顔が綻んでしまうくらい、ミミリがうきうきと錬成を楽しんでいるのが伝わってくる。
「ミミリ、どうしたんだ? そんなに楽しそうにして。……683、684……」
ミミリは木のロッドで釜の中をかき混ぜながら、スクワット中のゼラをチラッと見て答える。
「あのねあのね! この間の採集作業でガラスの砂を拾ってきたでしょ? ガラスの砂をベースにいくつかレシピが思い浮かんでね!」
「……おお! すごい! さすが錬金術士だな!」
「えへへへ。褒めてくれるのは嬉しいけど、まだまだ見習い錬金術士だから。……あ、そうそう。それでね、頭の中のレシピを、いくつか試してみたの」
「おおおお〜‼︎ さすがミミリ‼︎」
「あんまり褒めないで〜、恥ずかしいよ」
褒められることが得意ではないのか、ミミリの背はだんだん小さくなっていく。
ゼラは思わずクスッと笑ってしまう。
「ごめんごめん。で、いい錬成アイテムができたのか?」
ミミリは丸まった背をピィン!と伸ばして嬉しそうに顔を赤らめる。
「そうなのそうなのッ! ガラスの砂を精製するのに何工程もかかかっちゃったんだけど、【ガラスの粉末】ができたんだよ! これは、汎用性の高い錬成アイテムだと思うんだよねぇ!」
ミミリは興奮するあまり、木のロッドをかき回す手を止めてしまい、思わずアッと声を上げた。
「むむ〜。これは失敗かなぁ。なんだかそんな予感がする。」
「ーー‼︎ ゴメン、俺が話しかけたばっかりに……」
ゼラの深謝に、ミミリは全力で否定する。
「違うよ⁉︎ ゼラくん。新しいレシピでお試し錬成する時って、初めはいつも失敗しちゃうの。何回、何十回と繰り返してレシピの検証をするんだよ。それがまたね、楽しいんだよ〜!」
ミミリはふふっと微笑んで、再びゆっくり釜をかき混ぜる。
ミミリの優しい心遣いに、ゼラは頭が下がるばかりで、
「ありがとうな、ミミリ。今日は俺がミミリのご希望のメニューを作るな?」
とせめてもの誠意を伝えるが、
「嬉しいけど、ゼラくんのせいとかじゃ、ほんとにないからね?」
とミミリは答えるのだった。
「それにね……失敗作だとは思うんだけど、錬成スキルが上がったからなのか、多分形にはできそうだよ!」
「そっか……。本当にすごいな、ミミリは。よーし! 俺、今日のランチは腕を奮っちゃうぞ〜! お湯沸かしてくる!」
「ありがとう〜。私もちょうど錬成終えて、後は回収するだけだよ〜!」
ーーゼラの回想は終わり、うさみとの会話へ戻る。
「う〜ん。特段、ミミリを怒らせるような事件は無かったように思うんだけど、強いて言うならば、錬成途中に話しかけたこと? …いや、でもそれはありえないわね。錬成慣れしてるレシピなら、ミミリはお喋りしながら錬成するしねぇ」
「新しいレシピの検証中に話しかけたことがまずかったのかな」
ゼラの考えをうさみはすかさず否定する。
「ありえないわね。そんなことで怒るような子じゃないわよ。温厚な人間の代表格よ、あの子は。……他の人間、ゼラしか知らないけど」
「俺もそう思うんだよなぁ」
うぅ〜ん、と二人は首を捻るが、今話した経緯で気になる点はやはり挙げることができなかった。
「ねぇ、その話の続きないわけ?」
「続きっていうか、なんていうか」
ーーゼラの回想、再び。
「うわぁぁ! 気を抜いてたら、鍋のお湯が噴いてる! 鍋つかみ? ミトン? みたいなもの、ないかな……」
ゼラはスクワットに夢中になるあまり、火にかけた鍋のことをすっかり失念してしまっていた。
辺りを見回すと、いいところにいいものが。
ゼラは釜の横に置いてあった軍手をミトン代わりに手にはめて、火から鍋を下ろしてふぅっと一息ついたところで、顔面蒼白のミミリと目があった。
「ゼラくん! それ……わぁっ‼︎」
ミミリが駆け寄ったその時、勢い余って躓きかけたミミリの身体をゼラが受け止めて、事なきを得た。
……その結果。
「……もう、ゼラくんなんて、知らないっ! 勝手に触らないで!」
ミミリは急変してしまったのだ。
ーー回想終わり。
「どう考えてもそれじゃない」
うさみは半ば呆れて、テーブルに肘をつき、顔を乗せて頬杖をついた。
「そうか、俺の受け止め方がまずかったのか……。もしかして、気がつかないうちに変なとこ触っちゃったとか……」
ゼラの顔は青ざめてゆく。
うさみは、はぁ、とため息をついて。
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。……というか恐らくアンタのせいでもあるけれど、アンタだけのせいとは言い切れないわね」
「……ごめん、さっぱりわからない」
「その軍手、釜の横に置いてあったんでしょう? ミミリが試作した錬成アイテムだったんじゃないのかしら」
「……あ‼︎ 確かに」
……確かに。ミミリは駆け寄りながら、「それ」と言っていた。ミミリは軍手のことを言っていたのかもしれない。
「あの温厚なミミリが怒って家を飛び出すなんてまずないから、おそらく予想は合ってると思うわ。時間も置いたし、そろそろ迎えに行ってきなさい? そろそろ落ち着いたんじゃないかしら」
ーーその頃ミミリは。
ゼラにとってしまった態度にひどく落ち込んで、庭にうずくまり、アルヒに話を聞いてもらっていた。
「あのね、アルヒ。私、おかしいの。ゼラくんはちっとも悪くないのに、なぜだか急に腹が立って、顔も見たくなくなっちゃったの。さっきまでは身体の底から、湧き上がるようなイライラがあったけど、今は少し落ち着いて、ちょっとむうってするくらい。私、どうしちゃったんだろう」
アルヒはミミリの横へ座り、優しくミミリの肩を撫でる。
「誰しも、そんな時はありますよ。私は機械人形ですから、人間ほどの感情は持ち合わせていないかもしれませんが、それでも自分の感情に戸惑うことはありますよ。多感な人間なら尚更でしょう。イライラが落ち着いたら、原因を思い出すはずですよ。今回の件は、確固たる原因がありますから、あまり気に病まないようにしてくださいね」
「……原因?」
……原因ってなんだっけ……。思い出せそうな気もするけど、イライラしてうまく思い出せない。でも、何か思い出せそう。
ミミリが考えを巡らせている時、アルヒはそっと声をかける。
「ほら、お迎えが来ましたよ」
ミミリが顔を上げると、そこには心配そうな顔をしたゼラが、ミミリに手を差し伸べて立っていた。
ミミリは途端に、むぅっと膨れてしまう。
……頭では、膨れたくないと思っているのに。
「ごめんな、ミミリ。許可なく錬成アイテムに触って。お詫びにミミリの食べたいもの、なんでも作るからな? 今日はミートソーススパゲティの予定だったんだけど、他、何か希望あるか?」
「……ミートソーススパゲティ?」
ミミリのささむけた心が少し動いた。
「はちみつパンケーキ、焼こうか?」
「……はちみつパンケーキ?」
「それと、リンゴ蒸しパンも作ってみようか?」
「……リンゴ蒸しパン⁇」
「あと、ホットチョコレートも淹れような」
「……ゼラくん、リンゴ蒸しパン、私の分は二つにしてね?」
ミミリはむくれながら、ゼラと目を合わせて会話できるまでに落ち着いて。
リンゴ蒸しパンを頬張った頃には、ミミリの心は、すっかりまぁるくなっていた。
「もー‼︎ 二人とも、お騒がせなんだからッ! 心配したじゃない!」
うさみはリンゴ蒸しパンを食べながら、二人にしっかり注意をする。
「もおっ、注意してよ? ミミリは錬成アイテムを置きっぱなしにしたこと。ゼラは確認せずにアイテムを使用したこと。まぁ、ゼラは錬成アイテムか見分けつかないだろうから不可抗力だったとは思うけどね」
うぅ……とミミリはしょんぼり項垂れて、ゼラに心からの謝罪をする。
「ごめんなさい、ゼラくん。置きっぱなしにしたうえに、ゼラくんは悪くもないのに怒ったりして」
「いいんだよミミリ。俺こそごめんな?許可なくアイテムを使っちゃった俺だって悪いんだ。だから、お互い様ってことで、気にするのはやめような?」
それに……と、ゼラは言葉を続ける。
「ミミリがあんまりにも美味しそうに食べてくれるから、俺はとっても嬉しいよ。なんかホラ、頬を膨らませて食べてる姿なんか、メリーさんみたいだろ?」
イタズラ風に、ゼラはミミリをからかう。
「む〜。ゼラくんのいじわる」
さらに頬を膨らませるミミリを見て、
「本当にメリーさんに似てますね」
とアルヒが追い討ちをかけたので、みんな揃って笑ってしまった。
今回ミミリが試作した錬成アイテムは、そっと【マジックバッグ】に収納された。
更なる改良を目指して、ミミリは向こう数日かけて、レシピの改良に勤しむことになる。
今回の失敗作は、いつか日の目を見る日がくるのだろうか。
いつか日を見るその日まで。失敗作は、眠り続ける。
【絶縁の軍手 失敗作 特殊効果:軍手をはめた状態で嫌われたい対象へ触れると、一時的に絶縁状態になる。効果継続時間は、対象者の機嫌が直るまで】
普段穏やかな子が怒るほど、よっぽど怖かったりする。そんなことありませんか?
次話は明日の投稿を予定しています。
よろしくお願いいたします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー☆★☆ーーー
最後までお読みくださりありがとうございました。
続きを読みたいな、と思ってくださった方がいらっしゃいましたら、是非、ブックマークと☆☆☆☆☆にて評価をお願いいたします。
執筆活動の励みにさせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
うさみち




