1-27 満点の星空と宵の番
「ミミリの【マジックバッグ】ってすごいなぁ、こんな小屋を出せちゃうなんて。あと、女の子にストレートに聞いていいかわかんないけど、その……」
時は宵闇、場は小屋の外。
緩やかな窪地、そして小屋の近くに設置したテーブルにて。
テーブルに広げられたご馳走は、小屋の屋根から吊るされたランタンでじんわり暖かく照らされている。
焼き立てのパンと具沢山のスープ、そしてピギーウルフのローストステーキを目の前に、ゼラはミミリに疑問をぶつける。
「んぐ……⁇ 【マジックバッグ】?」
ミミリはちょうどピギーウルフのローストステーキを口に入れたところだった。右手で口元を隠し、もぐもぐしながら左の手のひらをゼラに向けて、ちょっと待ってと合図する。
アルヒはしとやかな食事の手を止め、
「代わりにお答えいたしましょうか」
と、ゼラにニコリと微笑み申し出る。
「お願いします。俺、気になって。【マジックバッグ】の大きさによらず、大小様々なアイテム、例えば指先サイズの結晶からこんなに大きな小屋まで…がおそらく収納時点での状態そのままに出てくることは理解しました」
「えぇ、その解釈で間違いないですよ」
「……収納されたものの重さはおそらく、バッグの総重量に加味されないんですよね?」
「ご推察のとおりです」
やはり、と言いながら、ゼラはミミリを観察する。
上から下まで、丹念に。
身体つき、筋肉量、腕や足の細さまで。
視線に気づいたミミリはゴクリとステーキを飲み込んで、
「うぅぅ。ゼラくん、なぁに? ちょっとこわいよ」
とかなり引き気味だ。
「あ、違う変な目で見てるんじゃなくて……」
とゼラが弁明を始めようとしたその時、有無を言わさずうさみは、
「やっぱりそ〜ゆ〜趣味あるんじゃない。やめてよね、うちのミミリに」
と言って釘を刺す。
ミミリまであまりに冷ややかな目をゼラに向けるので、
「冤罪です、ご容赦ください」
とゼラは素直に、そして平にお許しを請うた。
ーー夜も更け、辺りはシンと張った寒気が増す頃。
うさみは、【マジックバッグ】から出して準備してあった薪木を風魔法を巧みに操り焚き火の炎にくべていく。
くべられた薪木はパチパチッと音を出し、焚き火の炎を一層大きくさせた。
「それで、なんでミミリを見てたわけ? 弁明の余地、与えてあげてもいいわよ?」
うさみがくれた機会に、ゼラは先程の質問を続ける。
「ミミリを見てたのはさ、とてもこの小屋を持つだけの腕力なんてないだろうなって、その確認! どう見ても、華奢な女の子だろ?」
「間違いないわね」
「……だけど、いつもテーブルとか椅子もなんなく出してくれるから錬金術の何かなのかもしれないけど、今回の小屋は規模が違うだろ? 俺じゃなくたって、疑問に思うはずだよ!」
テーブルも椅子も、いつもミミリはヒョイっと【マジックバッグ】から出してくれる。
それだけならまだ、人は見かけによらぬもの、ただ人より腕力強めの女の子、と捉えることもできるが今回は訳が違う。
ーー先刻。野営の準備を開始しようとした頃。
まずゼラが驚いたのは、窪地の中央にあった大きな木のことだった。
ミミリの【弾けたがりの爆弾】で大仰に倒れたそれを、アルヒが【アップルパイ】を切り分けるかのように、サクサクサクサク剣で切っていって、次いでミミリが扱いやすいサイズになったそれを、サッササッサと【マジックバッグ】に収納していったことだ。
そして本題は。いや、問題は。
ミミリが肩から提げた【マジックバッグ】を地に置いて、空を見上げながら片手を突っ込んで少しモゾモゾ。続いてヨシ!と頷いて、
「えーーーーい‼︎ 今日のおやすみ場所だよ〜!」
と言いながら、片手でこの小屋を出すのを目撃した時のことだ。
ゼラは思わず腰を抜かしかけて、不名誉なあだ名を返上できなくても致しかないと思ったほどだった。
ーーそして今。
ゼラは自分の常識で物事を推し量ってはダメだと悟った今だからこそ、ミミリが実は華奢な見た目に反して怪力娘であるという小さな可能性を潰すため、ミミリの体格を確認していたのだった。
疑いの目を向けられたミミリは、袖を捲って細腕を曲げ、わざと力瘤を作ってみせる。
「実はねゼラくん、私ね、力持ちなの! 多分ゼラくんくらいなら、親指と人差し指でつまんで、ぽーいってできちゃうと思うよ?」
とミミリは爆弾発言をした。
それはもう、見事なほどのドヤ顔で。
ゼラは半信半疑のままに、
「えぇと、ミミリさん? それ、本当? それとも嘘?」
と動揺しながら沙汰を待ったが、ミミリは震えて答えてくれない。
うさみは隠すことすらせずにお腹を抱えて大爆笑している。
アルヒは見兼ねて、ミミリとうさみに、意地悪してはいけませんよ、と釘を刺した。
「あ、あー。なるほど。ひどいなぁミミリ。俺傷ついた。」
ゼラは両腕を胸の前で交差させ、二の腕をギュッと掴んで眉尻を下げ、傷ついた風を装った。
ミミリはたちまちプッと吹き出し、
「ふふっゼラくんひっかかった〜!」
とケタケタとお腹を抱えて楽しそうに大笑いした。
「ミミリ〜⁉︎」
ゼラが低い声で軽く威圧すると、ミミリは笑いすぎて目尻から溢れた涙を人差し指で拭って、ゴメンゴメンと謝った。
「あのね、【マジックバッグ】に出し入れする時には、アイテムの品質や重量に相応したMP…」
「MPって魔力のことだっけ」
「そうそう。MPを消費するの。食べ物を出すぐらいなら少ないMPで済むんだけど、小屋を出すとなると相当なMPが必要だから、ちょっと大変かなぁ」
「そうなのか。それで、重量の関係は?」
「えっとね、出し入れしたいアイテムの相応のMPを【マジックバッグ】に込めることができれば、出し入れの過程で身体にかかる負荷はMPによって相殺されるから、重たいとかそういうのは大丈夫なんだよ」
ゼラは、漸く納得できた。
「……なるほどなぁ。錬金術って奥が深いや」
「……ふわあぁぁ」
夜も更け、お腹も満たされ、うさみの魔法で全身さっぱりと清められ。
ミミリたちは、そろそろ順番に睡眠をとることにした。
……と言っても。
アルヒとうさみは、人間と比較してそれほどは睡眠を必要としないので、寝ずの番をすることも可能ではあるが、せっかくの野営の良い練習として、交代で火の番をすることにした。
この小屋は、大賢者の涙の成分を含む川の水を吸って育たせた木で作られた物であるので、よっぽどのことがない限り、モンスターが襲ってくることはないらしい。
モンスターが嫌う炎も一晩中焚いておけば、ほぼ大丈夫であるとのことだった。
それを聞いてミミリもゼラも、安心して床に入ることにした。
小屋の中。
それぞれが寝袋に入って、天井から吊るされた暖かい光を放つランタンを見ながら、ミミリはゼラに眠たげな声で話しかけた。
「……ねぇ、ゼラくん。今日は大変な一日だったね」
「ほんとだな……。でも」
「うん、でも」
「「楽しかった!」」
二人の意見は一致して、クツクツと小さな笑い声が小屋の中に響く。
「ねぇ、ゼラくん、これからも、よろしくね。私頑張るからね!……だから……」
ミミリはもう充分頑張ってるよ、と言おうとした時、ゼラの隣ですぅーっと寝息を立て、ミミリは既に夢の中だった。
ゼラはゆっくり微笑んで、
「おやすみ、ミミリ。…俺、ミミリに肩を並べられるよう、頑張るよ」
と語りかけ、ゼラも眠気に誘われるまま、深く意識を落としていった。
「あの子たち、寝たわね」
うさみはアルヒの隣に座り、ねぇ、アルヒ?と問いかける。
「なんでしょう、うさみ」
優しい眼差しでうさみを見つめるアルヒ。
いつも勝ち気なうさみは照れ臭そうに、
「離れていても、私たちの心は一つだからね。なんてね! そんなこと、もう知ってるわよね! ……私も魔力回復のため小屋で休むわ。起こしてね⁉︎」
と言って、ニコッと笑って小屋の中に入って行った。
「……私は、恵まれた機械人形ですね。」
ーー宵も深まり、頭上には満点の星空と吸い込まれそうな深色の紺。
……ピィーーーーッ‼︎
うさみも寝たであろう頃、アルヒは指を咥えて口笛を吹いた。
……ドスッドスッ。
遠くの方で、地を駆ける音。
……ガサガサッ!
暫くして草を掻い潜って現れたのは、ポチだった。
ポチはアルヒにキュウンと鳴いて歩み寄り、アルヒの側に座ってアルヒの頭にコツンと鼻先を当てる。アルヒは優しいポチの胸下あたりの毛をそっと撫でて労った。
「来てくれてありがとうございます。初めての野営でみんな疲れているので、寝かせてあげたくて。ポチがここにいてくれたら、モンスターへの牽制になると思うのです」
それに、と、アルヒは哀しげにフフッと笑う。
「静かな夜、焚き火の炎を見つめていると、寂しさで、ゆらめく炎の赤に心を奪われてしまいそうで。……一緒に宵の番をしてもらえますか?」
ポチはキュウンと同意して、アルヒに身体を更に添わせて座り込んだ。
「……離れていても、心は一つよ」
小屋の中、まだ起きていたうさみはそう呟いて、顔まわりの毛を涙でしっとり湿らせていた。
大好きな人と別れるって辛いですよね。
次話は明日の投稿を予定しています。
よろしくお願いいたします。
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どうぞよろしくお願いいたします。
うさみち




