1-24 左手越しに射られた矢
アルヒが深紺の鞘から白刃の剣を引き抜いたことを合図に、ミミリたちは総員臨戦体制に入る。
「うさみ、モンスターがいるの? でも、魅惑草たちはもういなくなったよ?」
ミミリは木のロッドを構えながら辺りを見回すが、モンスターの姿形を捉えることができない。
「俺も、見えないな……。日が暮れる前にはなんとかしないと」
そろそろ日が傾き始める時間帯だ。
野営地もまだ見つけられていない今、出来る限りの速さで状況を打破する必要がある。
「この窪地に足を踏み入れた時は、私も先程感じた気配は魅惑草のものかと思いました。ですが、彼らがいなくなった今も気配を感じるのです」
そうアルヒは話しながら、気配を感じ取ろうと感覚を研ぎ澄ませている。
「……なにより、【マジックバッグ】に自ら収納された時点で、魅惑草は生き物であるとは言い難いということになります。うさみも、同意見ではないですか?」
うさみは周囲を警戒しながらも、アルヒの質問に答える。
「そうなのよ! 私も探索魔法にひっかかった複数のグリーンの気配は、魅惑草だと思ったわ。でもあの子たちがいなくなっても消えないのよ、複数の気配が。しかも、すごく近くにいるはずよ!」
うさみはあちらこちらを見ながら気配を探る。
そして大きな声で、
「ちょうど、あの辺り……!」
と、窪地の中央の大きな一本の木辺りを手で指し示した。
先程は、眼下に広がるたくさんの色鮮やかな魅惑草に目を奪われたためにあまり意識的には見ていなかったが、改めて着目してみると、とても立派な太い幹に今更ながらも年季を感じる。
その樹皮の無骨さは上まで続く。
木の頭頂が目視できないほどの大きさだ。
木を見上げて、後頭部と背中が限りなく近づいた頃には、太い枝の付け根が見えて、さらに視線を先に向けると、太い枝から派生した一回り以上細い枝が大きくしなっているのがわかった。
……何かの重みが原因で。
更に窪地の中央へ。
ミミリたちは太い木の幹に近づき、真下から上を眺めてみた。
すると、たくさんの「何か」が木の枝葉をしならせていることがわかった。
大きさは1メートル程度。
しなる枝から、白い糸が垂れている。
その糸の先には、黄緑色の袋。
どこか見覚えのある、焦茶の一本の模様と蛇腹を思わせる横線がある。
枝葉をしならせていた「何か」は、たくさんの袋……?
「ギャアアアアアアアアア‼︎」
うさみの叫びも時すでに遅し。
この木の枝を、しならせる袋。
……その正体は、睡眠蝶の蛹だった。
「ギイィヤアアアアア‼︎ 嫌、嫌〜‼︎ 気持ち悪い、吐く、嘔吐するうぅ〜‼︎ とととととと鳥肌…は立たなかった、ぬいぐるみだった私〜‼︎」
「おおおおおおちついて⁉︎ うさみ!」
「そういうミミリも落ち着こうな? ……アルヒさん、この蛹、羽化すると蝶になるやつですよね。この状態であれば無害とはいえ……」
放っておいて去るべきか。
それとも無害であるうちに挑むべきか。
できる限り殺生はしないとはいえ、後々のことを考えると放置するにはあまりに危険か。
……ピシ。
……ピシピシ。
考える猶予ももらえず、無情にも、蛹の殻にヒビが入り、破片が地にパラパラと落ちてゆく。
「……せせせせせ聖女の慈愛!」
うさみはガタガタ震えながら、全員に保護魔法をかける。
「おおおおおおおおちついてうさみ⁉︎」
ミミリもガタガタブルブル震えている。
睡眠蝶の幼虫を思い浮かべれば、それも当然のことなのかもしれない。
蠢く蛇腹、体毛から滴る毒液。
お世辞にも可愛いとは決して言えない容姿。
その幼虫が蛹の中にたくさんいるとなると。
大パニックのミミリとうさみを見て、ゼラは一層冷静になった。
「俺がしっかりしなきゃ、と思うけど、これはあまりにも……」
蛹は次から次へと羽化を始めた。
蓋が外れるように、蛹の上部が開き、まずは足。
蛹の殻に足を引っ掛け、苦しそうに縮めた小さな身体を頭から、徐々に徐々に出してゆく。
身体の半分出たあたりで、窮屈そうな羽根を大きく広げたそれは飴色、そして蛇腹の腹は顕在だ。逆三角形の顔には大きな黒い目を光らせて、頭から二つ、触覚も出ている。
羽化したての睡眠蝶が、フワリパタリと羽ばたいた。
気がつけば、全長も横幅も1メートルくらいの睡眠蝶がミミリたちの頭上から見下ろしている。
それも、何体も。
「幼虫の姿よりマシとはいえ、完全に大丈夫とは言い難いわね」
「ううう。私はあの蛇腹のお腹がダメだよ……。でも、頑張る……!」
うさみもミミリも、耐え難いとはいえ、幼虫よりは幾分かマシなようだ。及び腰ながら、半ば観念したように再び戦闘体制に入ったその時、アルヒは指示出しをする。
「……全員、鼻と口を覆ってください!」
「ーー⁉︎」
全員がアルヒの指示どおり鼻と口を覆ったが、ミミリだけが一歩遅れ、
「……ケホッケホッ!」
と、咳き込んでしまった。
頭上の蝶が羽ばたくたびに、肉眼では確認できない何かが降っているようだ。
途端、ミミリはフラッとよろめき、慌てて左足を力強く地に押しつけてとどまった。
「ミミリ、大丈夫⁉︎」
うさみの心配も虚しく、ミミリは軽いめまいを覚える。
「……うっ大丈夫だよ、まだ闘える……!」
「指示が遅れたことは私の不注意です。反省はあとで必ず。しかし…私も群生地に足を踏み入れたのは初めてです。睡眠蝶は舞う度に鱗粉を撒きます。苦しいでしょうが、過度な呼吸は控えてください」
「……そういうことなら、私の出番よね! 怪しいモノは体内に摂取しない、そう意識すれば呼吸だけできるもの。そもそも私呼吸しなくても生きていけるかも? ……だって私、ぬいぐるみだから!」
うさみは、右手を大きく上げゆっくりと胸元に近づけたのちに素早く木に向かって突き出した。
「……守護神の庇護‼︎」
大きな木の根元に、長剣の柄を両手で持ち、剣先を地面に突き刺した灰色の石像が地面から現れる。同時に現れた薄いピンク色をしたドーム型の結界は木を中心に範囲を拡大していく。睡眠蝶の多くは、ドームの中へ捕らえられた。
「……チッ、何体か逃したわ。コシヌカシ! 逃げたヤツはやっちゃって!」
全部で3体、うさみの魔法から逃れた睡眠蝶は、頭上から、ミミリたち獲物を狙っている。
「ゼラ、なるべく敵対心を集中させるよう意識してください。パーティーの要であるミミリたちヒーラーへ意識が向かないようにするのです。今はうさみに敵対心が集中しています。何かあったら助太刀しますので対応を!」
「……習うより慣れろ、か」
ゼラはメリーさんと対峙した時のことを思い出し、睡眠蝶たちの軽微な動きから行動を推測できるよう、3体全てをを視野に捉えた。
「……っと、その前に敵対心だよな」
ゼラは、足元に落ちている小石を拾い、おもむろに1体に投げた。
「こっちだ! 降りてこい!」
投げた石は睡眠蝶にひらりとかわされ、敵対心は多くの睡眠蝶たちを捕らえているうさみに向いたままだ。
ゼラのことなど気にも留められていない。
「……クッソ、どうしたらいいんだ!」
ゼラは地面の小石を手当たり次第に投げるが、どれもひらりとかわされてしまい、なす術がない。
ついに小石もなくなり、ゼラはやぶれかぶれに、拾いそびれていた魅惑草の魅惑のスパイスを投げてみると、睡眠蝶はすぐさま舌を出し、パクッと喰らい付いた。
「クソッ舐めやがって! あいつらには剣が届かないし、どうしたら……!」
頭上の1体が、うさみ目掛けて口から矢を吹いた。
気がついたうさみは、悲鳴にも近い声を上げる。
「――‼︎ 私じゃ防げない‼︎」
うさみは今、ドームに捕らえている睡眠蝶で手一杯だ。
うさみに向かって放たれた矢。
ゼラはうさみに向かって駆け出すも、到底間に合いそうもない。
ゼラは力なく左手を伸ばし、手のひら越しにうさみを見る。
「……うさみ‼︎ 避けてくれェッ‼︎」
次話は明日の投稿を予定しています。
よろしくお願いいたします。
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うさみち




