1-19 私の旅は、貴方のために
「んっふふ、ふふ〜ん」
採集作業の帰り道も終盤に差し掛かったところ。
ミミリたちはあと少しで大賢者の涙が流れる川に辿り着くところだ。
そんな中、ミミリは上機嫌で鼻歌を歌っている。
初めての採集作業で採れたたくさんの錬金素材アイテム。モンスター討伐で得られたものだけではなく、行き掛けにも帰り掛けにも目ぼしいアイテムを採集しながら進んできたので、ミミリのマジックバッグは錬金素材アイテムでほくほくになっていた。
「ふふふ〜ん」
ミミリのモフモフワンピースについている紫色のリボンつきの白い猫のしっぽが、ミミリの鼻歌に合わせて右へ左へ楽しそうに動いている。
ミミリの後ろ姿というより、リズミカルに動くしっぽをパーティーの最後尾から見ているゼラは、ミミリが人間というのはやっぱり嘘で、猫型の機械人形か猫のぬいぐるみか、それともはたまた別の何かか、と思ったりする。
そうやって多様な視点であらゆる可能性を模索できるくらいには、ゼラはこの地にだいぶ馴染んだようだ。
「あのさ、確認だけどミミリは人間だよな?」
「うん、そーだよ? どうしたのゼラくん」
「だってしっぽが動いてるぞ?」
その会話を聞いて、聞き捨てならないと口を挟んできたのはうさみだ。
「ちょーっとコシヌカシ? 聞き捨てならないわね! 可愛い少女のしっぽに釘付けだなんてッ。まさか、いつも私のふわっふわで愛らしいしっぽも盗み見てるんじゃないでしょうね⁉︎」
言ってうさみは深い葉っぱ色のコートで隠れているしっぽの膨らみを、両手でギュウッと押して隠した。
「ッ! 変な言い方すんなよなっ! まぁ見てなかったといえば嘘になるけど、断じて変な目では見ていない!」
ミミリもうさみも振り返って、白けた目でゼラを見つめる。
「……ゼラくん、やらしいよ」
「……‼︎」
ミミリの一言はかなりの攻撃力があり、ゼラは大ダメージを負った。メリーさんの酸弾より、パンチが効いている。
そんなゼラをうさみはチラッと見て、片手で口元を押さえ、ニヤリと笑った。いや、ほくそ笑んだ、が正しいか。
「…クッ。うさみ覚えてろよ」
「静粛に。話の続きは川向こうまで我慢してください。まだモンスターとエンカウントする可能性があるのですよ」
ここでパーティーの先頭を行くアルヒから全員に釘が刺される。
「「「ごめんなさ〜い」」」
ミミリたちは川の向こう岸まで帰ってきた。
ここで漸く、アルヒから一息つきましょうとお許しが出たため、ゼラは気になる質問の続きをした。
「なぁミミリ、さっきの話の続きなんだけど……」
「……なぁに?」
ミミリは採集した木綿の糸を川で洗いながら、真横のゼラに視線を移した。
ちなみに木綿の糸は、睡眠蝶の幼虫から吐き出されたものももれなく回収してきたため、ドロップアイテムと合わせて満足のいく収穫量となった。
ミミリの視線に応えないまま、ゼラは川の水で洗っているメリーさんの毛だけを敢えて意識的に見て質問する。
「素朴な疑問だぞ?」
「うん。なぁに?」
「大事なことだからもう一回言うな? 素朴な疑問」
「うん、素朴な疑問?」
「うん。だから、決して深い意味や変な意図はないんだけどさ、なんでワンピースのしっぽが動くんだ?」
「むうぅぅ。またしっぽ……」
ミミリはじと〜っとゼラを見てから、ちょっと頬を膨らませて言葉を続けた。ゼラはやはり、敢えてミミリの方は見ない。
「それはね、錬金術で作った服だからだよ。……と言っても、アルヒたちのご主人様がアルヒのために作ってくれた服を、アルヒが私に合わせて手直ししてくれたやつだけど」
「……と言うと?」
「えぇっとね、アルヒの服もそうなんだけど、錬金術で作った服はね、時と場合に見合った服を選ぶことで作業効率を上げられる効果があるんだよ。例えば、アルヒの室内用の衣装は家事効率の上昇効果があるし、戦闘用衣装は戦闘に有利な効果が付与されることになってるの。それに、ゼラくんの【忍者村の黒マント】だってそうでしょ?」
「女神様たちからもらったこのマントもそうだったのか……! ってか、錬金術って万能すぎないか⁉︎」
ゼラが言うように、錬金術の知識がないものが錬成アイテムを見ても、それが錬金術によって作られたものなのかどうなのかは全くわからない。
もしかすると、俺の村にも錬金術によって作られた錬成アイテムがあったのかもしれないな、とゼラはふと思った。
「……じゃあ今のミミリの猫服は?」
ミミリはゼラの質問に、幼い子が見せるイタズラっ子の顔をしてから、身を低くして川に飛び込んだ。
飛び込みざまに、右手でシュッと何かを捉えた様子。
ゼラは驚いて、危なくメリーさんの毛を握る手を緩めて貴重な錬金素材アイテムを川に流してしまうところだった。
「……ちょっ、ミミリ! 大丈夫か⁇」
ミミリが飛び込んだ川の場所はちょうど浅かったようで、ミミリは満面の笑みで川の中で立ち上がった。
両手を大きく上に掲げて。
「見てみて〜! 魚が上手に採れるんだよ。今日は焼き魚食べようニャ! ……なんちゃって」
ニヒヒッと笑ってミミリが見せるドヤ顔に、ゼラも思わず顔が綻ぶ。
「ミミリ、すごいのはわかったから風邪ひく前に上がってきてくれ!」
……そんな二人の微笑ましい光景を、少し離れたところで眺めながら、ホットミンティーとコーヒーをお供にテーブルを囲むアルヒとうさみ。
「……ねぇ、アルヒ。ミミリ、成長したと思わない? つい最近まで川の近くに来ることすら、怖がってたあのミミリがよ? アイテム錬成して、モンスター討伐までして。嬉しい反面、ちょっと寂しい感じもするわ。子どもの成長を見守るって、こういうことなのね」
うさみの話を聞きながら、アルヒはミミリを目を細めて眺める。
「本当ですね。こんなに大きくなって」
そしてアルヒは、胸に秘めた強い願いを、ふいにうさみに口にする。
「……本当は、叶うのであれば、私も貴方たちについて行きたいと思うのです」
「……アルヒ……」
アルヒの横顔からでも、目に薄らと涙を浮かべているのがわかったうさみは、ゆっくりアルヒから視線を移して、ミミリたちを見ながら話すことにした。
「やっぱり無理なの? ……ごめんなさい、野暮な質問だったわ」
アルヒはテーブルの上で、両手をギュッと結ぶ。
「いいのです。私の活動範囲はこの山陵の中だけなのです。活動範囲に制限をかける代わりに、私はこの山陵の中で人並外れた力を発揮することができると聞いています。そもそも、私はご主人様に仕える身。ご主人様不在の今だからこそ、ご主人様の家を守る必要があります」
「そうよね。わかるわ」
アルヒは涙を流していることだろう。うさみはアルヒの声の様子から、涙を堪えながら話していることを察した。アルヒの心情を慮れば、身を斬られるように痛かった。
「……でも、任務を放棄してでも、私は貴方たちと共に行きたいと思うのです。ミミリの成長を貴方と分かち合いたいのです。もちろん、ご主人様を想い慕う気持ちは変わらずあります。作っていただいたご恩も忘れてはいません。しかし、それでも……。……私は悪い機械人形です」
「そんなことないわ。アルヒの気持ちは痛いほどわかるもの」
うさみは、震えるアルヒの両手にそっと手を添える。
「アルヒ、いつもミミリに言っているわよね。私が必ず貴方を守りますって。……きっと、ミミリの両親から託された重みもあっての発言だったと、今は理解しているわ」
「……」
アルヒは答えなかったが、それは質問の肯定であるとうさみは受け取った。
「これからは、私がミミリを必ず守るから。アルヒとミミリの両親の分まで。知ってるでしょ? 私だってソコソコ強いのよ?」
「その言葉は、私にとって何にも勝る手向けの華です。ありがとうございます、うさみ」
アルヒに添えたうさみの手も、我慢できずにふるふると震えてしまう。
「……バカね、何縁起でもないこと言ってるのよ! 怒るわよ⁉︎ ……【アンティーク・オイル】の効果が切れるまで、まだ時間があるんでしょう?」
「えぇ、おそらくは。おそらく、貴方たちを送り出すくらいの余裕はあるかと思います。……帰りを何年も待ち続けることは、できないかもしれませんが」
うさみは大きく深呼吸する。
「決めたわ! 私の旅の目的。絶対探してくるから。アルヒたちのご主人様。それか【アンティーク・オイル】をね! もし、家に帰ってきた時アルヒが寝てたら、叩き起こしてあげるんだから! 覚悟しなさいッ! 嫌とは言わせないんだからね⁉︎ わかった⁇」
「はい……。たとえ生命活動が停止しても、貴方の帰りを心待ちにしています。ありがとうございます、うさみ。心から、感謝申し上げます」
アルヒは添えられたうさみの手、震える小さなぬいぐるみの手を、そっと包んで気持ちに応えた。
「おお〜い! アルヒにうさみ、そろそろお家に帰ろ〜‼︎ ポチがお腹空かせて待ってるかも〜‼︎」
錬金素材アイテムを川で洗い終わったミミリが、大きくこちらへ手を振っている。眩しいほどの、満面の笑みで。
……私が必ず、貴方を守るわ。アルヒたちの分まで、必ず。ついでにコシヌカシも守ってあげるんだから、感謝しなさい?
うさみは片手を挙げてミミリに答える。
「そうね! すごい勢いで走って行ったから、今頃家に着いてるはずよ!」
「うさみ、それは内緒では……」
「ーー⁇」
ミミリとゼラは、ポチがついてきていることにやはり気づいていなかったようで。
アルヒもうさみも涙を拭いて、顔を見合わせて吹き出してしまう。
二人とも、涙の跡は残ったまま。
お互いのそんな様子が更におかしく、二人とも声に出して笑ってしまった。
ポチは急いで家に帰って、何事もなかったかのように取り繕いました。
次話は明日の投稿を予定しています。
よろしくお願いいたします。
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どうぞよろしくお願いいたします。
うさみち




